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[35815]  魔法聖闘士 セイント☆マギカ ―希望の物語― (まどか☆マギカ×LC冥王神話)
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆175723bf ID:9f458038
Date: 2013/02/17 09:11
 これは、私が漫画版魔法少女まどか☆マギカを読んで、この作品に聖闘士が乱入したらどうなるか、という妄想を書きなぐったものです。
 ・・・とは言っても実際は聖闘士以外に恋姫やらのキャラまで出てくるんですけどね。まあまどか達と直接かかわるのは聖闘士だけですけど・・・。

 こんな作品ですが読んで下されれば幸いです。また、よろしければ感想、御意見もよろしくお願いいたします。

 2012年12月6日 第五話投稿、タイトル変更。

 2012年12月24日 その他版に移行、第六話投稿。
 ハーメルンにても連載中。



[35815] プロローグ 黄金との遭遇
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆175723bf ID:9f458038
Date: 2013/01/01 11:38
 
 何度も何度もやり直してきた…。

 
 
 ただ一つの約束を守るために…。



 『…馬鹿な私を…助けてくれないかな……』



 『…約束する!!何度やり直したとしても、絶対に…を救ってみせる!!』



 でも…、



 何度繰り返しても、何度繰り返しても、彼女を救えない…。



 でも私は諦めない。彼女を救うまでは。決して…。




 プロローグ 黄金との遭遇




 とある病室で、少女、暁美ほむらは目を覚ました。
 目を覚ました彼女は、壁に掛けられたカレンダーを見る。
 そして、その日付を見て確信した。

 …また戻ってきた、と…。

 「よお、ようやくお目覚めか?嬢ちゃん」

 「…!?」

 と、突然誰もいないはずの病室に、何者かの声が響いた。ほむらはギョッとした顔で声の聞こえた方向を見る。
 
 そこには一人の男が床に置かれた四角い箱に座ってこちらをおもしろそうに見ていた。男の眼は鋭く吊り上っており、髪の毛は群青、黒っぽいコートを纏った体は、細身だがかなり鍛えられているのが見て取れた。
 そして何より、男の周囲からは何か異様な気配が滲み出ていた。そう、それはまるで、死霊のような…。

 「誰!?」

 ほむらはベッドから跳ね起きると男を睨みつける。何しろ今までのループでこんな男は存在しなかった。今まで目を覚ましたら病室にはだれもいなかったはずだ。
 
 「落ち着け嬢ちゃん。俺は別にてめえにどうこうしようって気はねえんだぜ?大体そんな貧相な体形じゃ、なあ…」

 「!!!!!!」

 男の言葉にほむらは顔を赤らめて、別の意味で男を睨みつける。ますます警戒を強めてしまったほむらに男は大きく溜息をついた。

 「はーっ!ったく、これだからガキのお守は嫌だって言ったんだよ。あの野郎、面倒な仕事押しつけやがって…。おいクソガキ!!」

 「だ、だれがクソガキよ!!」

 男の言葉にほむらはますます顔を赤らめて男を睨みつける。そんな少女に男はにやりと笑みを浮かべる。

 「ほー、気の強いのは俺好みだぜ。ま、それは将来に期待として…。お前、確か何度も人生やり直してるんだってな。お友達を救いたくて、だっけ?」

 「!?ど、どうしてそれを…」

 今までの表情から一変し、ほむらは困惑の表情を浮かべる。その様子をみて男はしたり顔を浮かべる。

 「まあ、それは依頼主から聞いた、とだけ言ってくか。でだ、単刀直入に言うぞ?そのてめえの望み、俺も手伝ってやろうか?」

 「…!?何ですって!?」

 男の思いがけない言葉にほむらは動揺の表情を浮かべた。男はそんなほむらを涼しげに見ながら何処から取り出したのか缶ビールの蓋を開け、それを一気に飲み干すと大きく息を吐きながら言葉をつづけた。

 「つまりだ、てめえ一人で大変だったら俺も手伝ってやるっつってんだよ。てめえのお友達の鹿目まどかとかいうのを魔法少女にすんのを妨害するのも、ワルプルギス潰すのも、その他の魔女潰すのもな」

 ニヒルな笑みを浮かべながら話す男を、ほむらは信じられない表情で見つめていた。

 何でこの男は魔女の存在を、ワルプルギスの事を知っている?

 何でこの男は私の目的を知っている?

 この男は、一体…。

 「さあ、どうする?協力してほしいか、それとも断るか。ま、俺はどっちでもいいんだがね、何もせずに帰るとジジイ共と依頼主がうるせえんだよ。だから出来る限り受けてほしいんだが」

 男を睨みつけるほむらに、男はニヒルな笑みを崩すことなくほむらに問いかける。しかし、ほむらはキッと男を睨みつけて、返答を返す。

 「…断るわ、私は一人でまどかを助けるって決めた。もう、誰にも頼らないって決めた!何処の誰とも分からない貴方には、頼る気は無い!」

 ほむらの固い決意を秘めた表情に、男はきょとんとした表情をすると、直ぐに面倒そうな表情で溜息を吐いた。

 「はあ…、ったく、あの青銅のガキを思い出しちまう…。しゃあねえな。んじゃあこれを聞いても俺の協力はいらないって言えるか?」

 男はにやりと何処か悪戯を思いついたかのような笑みを浮かべる。

 「俺は魔女を元の人間にもどす方法を知っている」

 「!!?な、何ですって!?」

 ほむらの表情は一瞬で驚愕に変わった。その表情を見た男はしてやったりと言いたげな顔で、ほむらを見る。

 「ああ、本当だ。とはいってもまだ試したことはねえが、ジジイ共の言うことじゃ可能らしいぜ?」

 男の言葉に、ほむらは沈黙して考える。果たして男の誘いを受けるべきか、否か。
男の言うことが本当なら、魔女化した美樹さやかを救えるかもしれない。そして、万が一にもまどかが魔女になってしまったら、その時も…。
 だが、この男は何でその方法を知っている?まさかこの男は、インキュベーターの…。

 「いっとくが俺はインキュベーターとか言うのとは無関係だぜ?あのくそ忌々しい淫獣セールスマン共とは関わり合いたくもねえ」

 ほむらの思考を読んだかのように、男は一足早く口を開く。その表情は嫌悪感に満ちており、男の言葉が真実であると何よりもはっきりと告げていた。
 男の言葉を聞いたほむらは、再び口を開いた。

 「…一つ、聞かせて」

 「あん?」

 「まどかを救って、私を助けて、貴方には何の得があるの?」

 ほむらは男をじっと見ながら、真剣な表情で問う。男はその質問に、頭を引っ掻きながら顔をそむけて何かを考えていたが、やがて再び視線をほむらに向けた。

 「得、ねえ…。俺にはねえよ。俺はただ依頼主の依頼受けてるだけだからよ」

 「ならその依頼主の目的は?」

 「そりゃあ企業秘密…てわけじゃねえから、まあいいか。言ってやるよ。依頼主の目的は」

 この世界の真のハッピーエンド。

 男はどこか面倒くさそうな表情で、そう答えた。男の返答を聞いたほむらは、目を閉じて再び沈黙した。が、やがて眼を開き、決意に満ちた表情で男を見る。

 「一つ言っておくわ、私の邪魔はしないで。どんなことがあってもね」

 「へっ、そりゃ場合によりけりだな。俺が気に食わねえこととかの場合は遠慮なく邪魔させてもらうがな。で?俺に協力をお願いするのか?」

 「…まだ貴方を完全に信用したわけじゃない。でも、私には一人でも多くの味方が必要なのは事実だから」

 「ハッ、まあいいぜ、んなら付き合うとするか。ま、短い間だと思うがね?」

 男はニヤリとほむらに笑みを向ける。ほむらは表情を変えることなく男を見る。

 「そう言えば自己紹介してなかったわね。私の名前は…」

 「暁美ほむらだろうが。知ってらあ」

 「…そ、なら、貴方の名前は?」

 「お、そういや俺の名前を言ってなかったな」

 男は頭を引っ掻くと再びほむらに視線を向け、自身の名前を名乗る。

 


 「俺の名前はマニゴルド。蟹座の黄金聖闘士だ」



こうして、世界を繰り返す少女と、死刑執行人の名を持つ黄金の闘士は、此処に巡り合った。









[35815] プロローグ2 孤独な少女と黄金の野牛
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆175723bf ID:9f458038
Date: 2013/01/01 11:53
 佐倉杏子は一人だった。
 
 彼女には家族も、帰るべき家もない。

 もう全て、失われてしまった。

 自分が魔法などというものに頼ったせいで…。

 だから彼女は決めた。

 もう他人の為には魔法を使わないと。

 

 もう魔法は自分の為にしか使わないと…。


 プロローグ2 孤独な少女と黄金の野牛

 

 太陽も傾き、空も少し赤くなり始めている頃、スーパーは客でごった返していた。
 スーパーの中の客の大半は、夕飯の食材を買い求める人々であり、あちこちのカウンターは客でごった返しており、店員達もその対応に追われていた。
 そんなスーパーの喧噪のなか、赤いポニーテールの少女、佐倉杏子が棚の間を、人垣を通り抜けるように移動していた。
 杏子はさり気なく棚を見て、商品を物色しながら移動をする。その様子は一見すると買い物客が目当ての商品を探しているようにしか見えない。
 やがて菓子の陳列してある棚に移動し、ポテトチップスの置かれている棚の前に立つとポテトチップスの袋を掴み取ろうとした。

 「金も払わずに、物を盗っていくのは感心せんな」

 と、いきなり隣で何者かの声が聞こえた。杏子はギョッとした顔で隣に顔を向けた。

 そこには一人の巨漢が腕を組んで立っていた。
 モスグリーンのジャンパーに青いジーンズを着込み、2メートル以上はあるであろう体は隆々の筋肉で覆われている。髪の毛は肩にかかるほどの長髪で、その眉毛は両方とも繋がっていた。
 杏子はこれほどの巨漢の接近に気がつかなかった事に驚きながらも、何とか表情を平静に戻す。

 「…んだよオッサン。あたしを万引き犯呼ばわりしようってのかよ。今からこの菓子買おうとしてたってのによ、言いがかりもいいところだぜ」

 そう言って杏子は目の前の巨漢を睨みつける。男はその視線を平然と受け止めつつ、にやりと笑みを浮かべる。

 「ふん、どう見ても仕草が買い物客と言うより盗人に見えたのでな。少々つけさせてもらった。しかし俺以外だったなら誰も気がつかなかっただろうが。相当やりこんでいるようだな?」

 男の言葉に杏子は警戒心を露わにして後ろに後ずさる。それを見た男は突然後ろを向くとスーパーの出入口に向かって歩き始めた。が、数歩歩くと杏子の方を振り向いて片手で着いてくるようにジェスチャーをした。

 「…んだよ、あたしに何か用かよ」

 「少しお前と話したくてな。話が終わったら飯でも奢ってやろう」

 男はそう言ってニッと笑みを浮かべる。その笑顔は何故か杏子を安心させるような雰囲気を漂わせていた。

 「…分かったよ、約束は守れよ」

 杏子はそのまま男の後ろから着いてきた。
 やがて男と杏子はデパートを出た。そしてそのまま市街地を歩き、やがて路地裏に入ると男は足をとめた。

 「…さて、では質問だが…、お前の名前は佐倉杏子、でいいな?」

 「!?…何で知ってやがる…!!」

 突如自分の名前を言い当てた男に、杏子は再び警戒感を露わにする。だが男はそれでもなお涼しげな表情をしていた。

 「俺の依頼主から教えられた。お前の名前も、そしてお前が魔法少女とか言うのであることもな」

 「…!!!」
 
 杏子は無意識に指輪型になったソウルジェムを撫でる。
 この男は自分の名前だけじゃなく自分が魔法少女であることも知っている。
 自分が魔法少女だってことはマミ以外は知らないはずだ…。
 何でこいつが知ってるんだ…!?

 「てめえ…、一体何者だ!!」

 「安心しろ、少なくともお前の敵ではない」

 「んなこと言って信用できるか!!」

 杏子は激昂の言葉と共に瞬時に魔法少女の姿に変身する。それを見た男は溜息を吐いた。

 「やれやれ、俺は話をしたいだけなのだがな。まあ仕方がない。お前の気が済むまで相手をしてやろう」

 男はそう言うと右手の中指と親指を合わせる、いわゆる「デコピン」の形にすると右腕を杏子に突き付けた。

 「さあ、かかってこい」

 「オッサン、てめえ、舐めてるのかよ!!」
 
 「何を言っている。子供の躾にはこれで十分だ」

 「上等だ!!!」

 さらに激昂した杏子は手に持った槍を突き出し、男に突撃する。
 そして槍の射程圏内に入った…、と思った瞬間、

 「!?なあっ!?」

 杏子の体が弾き飛ばされ地面に叩きつけられた。地面に叩きつけられた衝撃で背中に痛みが走るものの、杏子はそれを抑え込んで立ち上がる。
 一方の男は合いも変わらず右手をデコピンの形にしたまま平然と立っていた。

 (…何だ!?)

 杏子は警戒しながら男を見る。男は涼しい表情で杏子を眺めていた。

 (…ムカつくぜ…。ならこれでどうだ!!)

 杏子は空中に飛び、槍の柄を幾つも分割し、多節棍状にする。

 「ほう、中々面白い技を使うな」

 「粋がってんのも今のうちだオッサン!!」

 杏子から放たれる多節棍は、不規則な動きをしながら男に迫りくる。その槍の先端は、確実に男の背中を狙っている。避けられるはずがない。そう、杏子は確信していた。

 …が、

 「なっ!?また!?」

 槍は再び何かに弾かれ、男には届かない。
 杏子は地面に着地すると、男をじっと見る。

 (どうなってやがる。確かにあたしの槍は何かに弾かれたような感覚だった。だがあの野郎は全然動いた様子がねえ。いったい何が起こってやがる!!)

 杏子は男を睨みつけながらジリジリと距離を保ちながら周囲を回る。

 「てめえ…、まさか魔法を…」

 「残念だが俺はお前と違って魔法は使えん。お前の槍を弾いたのは、これだ」

 男はそう言って右手の中指を何度か親指に引っ掛けながら弾いた。それを見た杏子は、怒りのあまり顔が真っ赤になった。

 「ふざけたこといってんじゃねえ!!あたしの槍をデコピンで弾いたって言いてえのかよ!!」

 「ふざけてはいない、事実だ。お前の槍は俺のデコピン程の威力もない。そんな程度の槍では、俺は倒せん」

 「舐めんじゃねえ!!だったら今度はその指を削ぎ落してやる」

 杏子は槍を構え中空を滑空しつつ、男に突進する。

 「小細工が通じぬからまっすぐ突撃してきたか、だが、その程度では…」

 男は再びデコピンで弾き飛ばそうと中指に力を込める、が…、

 「甘えんだよ!!」

 瞬間、男の体が鎖のようなもので拘束された。杏子の魔法によって作られた鎖だろう。相当な頑丈さを持っており、並みの人間では指一本動かせなくなるであろう。

 「これで、終わりだ!!」

 杏子の槍が、男の心臓を突き破ろうと、迫る。勝利を確信した杏子の顔に笑みが浮かぶ。




 …が、




 ベッチイイイイイイン!!!「うぎゃあああああ!!!」

 悲鳴を上げて吹き飛ばされたのは杏子の方であった。杏子は地面を転がって、仰向けになって倒れ伏した。槍は地面を転がった時に落としてしまい、男の足元に転がっている。

 「…な、何で、何で動けるんだよ…、あたしは、確かにてめえを拘束…」

 杏子が顔をあげて困惑の表情で男を見る。その額には真っ赤なあざが出来ており、目は痛みで涙が滲んでいた。

 「ふ、この程度の拘束で、俺は縛られはせん!!」

 男はそう言ってまるで紙でできた紐を引き千切るかのごとく、彼女の鎖を引き千切ったのである。
 そして男は、足元に落ちていた槍を足で踏みつけ、真ん中からボキッと圧し折った。

 「さて、もうお前の獲物は無くなった。どうする。これ以上続けても意味はないと思うが…」

 「な、舐めんじゃねえよ…、あたしが、あたしがこんな程度でやられるわけねえだろうがあ!!!」

 杏子は瞬時に新しい槍を作り出すと、構えて敵を睨みつける。男は杏子を感慨深そうに見ていた。まるで、かつての友を思い出すかのように・・・。

 「…似ているな」

 「ああ!?」

 「お前の眼、そして殺気も。俺が以前出会った男によく似ている」

 その男は、何処までも孤独だった。
 
 その瞳には凶暴さと哀しさを宿し、
 
 誰とも交わらず、敵も、味方も無く、

 ただ、己が主と認めた少年を護るためだけに戦う孤独な男。

 「だからであろうな。俺は、お前を捨ててはおけん」
 
 「…だったら、あたしをどうしようって言うんだよ…!!」

 「決まっている」

 男は好戦的な笑みを浮かべた
 
 「お前の曲がりきった性根を、俺が叩きなおす!!」

 「ッッッ!ざけんじゃねえぞテメエ!!!」

 杏子は持っていた槍をさらに分割し、先程のような多節棍状にする、が、その長さは先ほどとは桁違いに長い。その長大さはもはや多節棍というよりも鞭と言ったほうがいい。

 「テメエみたいな、テメエみたいな偽善者が!!あたしン中に土足で踏み込んでくるんじゃねえ!!!」

 杏子は絶叫を上げて多節棍を思いっきり男に叩きつける。男は防御をするでもなく、避けるのでもなく、その一撃を受け止めた。その拍子に男の着ていたジャンパーが裂ける。
 だが、攻撃はそれで終わらない。杏子は何度も何度も多節棍を叩きつけ、斬りつけ、殴りつける。そのたびに男のジャンパーは裂け、常人ならば悶絶し、ショック死してしまうであろう痛みが走る。しかし、男は何もせず、ただ杏子の攻撃を受け続ける。

 (ちくしょう!!ちくしょう!!何が放っておけないだ!!何が叩きなおすだ!!ふざけんな!!ふざけんな!!ふざけんな!!)

 お前に何が分かる!!希望も何もかも打ち砕かれた気持ちが!!

 お前に何が分かる!!父親に拒絶されて、罵倒された時の気持ちが!!

 そして…、家族が居なくなって、自分ひとりだけ残された時の気持ちが…、




 お前に、分かるのかよ!!!!

 「ああああああああああああああ!!!!!」

 多節棍で殴りつけながら、杏子は絶叫を上げる。まるで、溜めこんだ怒りを、憎悪を吐きだすかのように…。

 が、次の瞬間、彼女の振るっていた槍の穂先が、弾け飛んだ。

 「なっ……」

 「言ったろう。お前の攻撃は、一切効かんと!!」

 杏子が驚愕のあまり動きを止めた瞬間、男は一瞬で杏子のすぐ前に接近し、杏子の顎にデコピンを打ち込んだ。

 「が…あ……」

 顎に喰らった衝撃で、杏子の脳が頭蓋骨のなかで大きく揺れる。

 (ち…く…しょ…お…)

 杏子は悔しげな表情で、地面に倒れ、意識を失った。





 「全く、大したじゃじゃ馬だな。あいつもとんだ奴の護衛をしろといったものだ。まあ、確かに俺向きかも知れんが」

 男は意識を失った杏子を片手で持ち上げると、肩に背負う。

 「さて、いつまでも此処にいるわけにもいかんし、近くの公園にでも向かうか。ついでに何か飲み物と食い物でも買っておくか…」

 男はそう呟きながら路地裏から歩き去って行った。







 「…ん、うう…、こ、此処は…」

 杏子が目を覚ますと、目の前には満天の星空が広がっていた。そのまま周囲を見渡してみると、どうやらここは公園であるらしい。あの路地裏から誰かに此処まで運んでもらったのだろう。

 「…!!そうだ!!あいつは…」

 杏子は瞬時に起き上がると、自分の体を覆っていたモスグリーンの布が体から滑り落ちる。よくよく見るとあちこちが破れ、裂けている。杏子はそれに見おぼえがあった。これは杏子を魔法も使わず倒したあの男のジャンパーだ。

 「お!起きたか。随分長い間寝込んでいたな。少々手加減が足りなかったか」

 「っ!!テメエ…」

 と、自分が寝ていたベンチの隣で、あの男が朗らかな笑みを浮かべて座り込んでいた。着ている上着は黒いワイシャツ一枚、随分と寒々しい格好だ。

 「いやすまんな。さすがに路地裏にそのまま放っておくわけにもいかずにここまで連れてきたんだが、中々目を覚まさんから弱っていたのだ。先程は手加減が足りなくてな、すまんすまん」

 「ざけんじゃねえ!!今ここで決着を…」

 杏子は起き上がって男に襲いかかろうとした瞬間、杏子の目の前に何かが突き出された。
突き出されたそれは…、たこ焼き。

 「腹が減っているだろう。食え」

たこ焼きを突きだしながら、男はニヤリと嫌みの欠片も無い笑みを浮かべる。

 「…何のつもりだよ」

 「ん?なに、長い間寝ていたのだ、腹も減っているだろうと思ってな。飲み物も用意してある」

 男はそう言ってもう片方の手に缶ジュースを持って、杏子に突き出す。

 「……」

 杏子は無言でその二つを受け取ると、ジュースはベンチにおいて、たこ焼きのパックの蓋をあけ、付属していた爪楊枝を指につまみ、たこ焼きに突き刺して、口の中に放り込んだ。

 「!?あ、あひっ!あふっ、あふっ!!」

 「あー、全く…。熱いものを急いで食うからだ。ゆっくり食え、ゆっくり」

 「う、うるへー!!」

 アツアツのたこ焼きを口に放り込んだせいで、その熱さに悲鳴を上げる杏子を男は呆れた表情でたしなめ、杏子はそんな男の言葉で顔が真っ赤になる、主に羞恥心で、だが。

 「まあ落ち着け。先ほど言ったように俺はお前に危害を加える気はない。さっきの戦闘はまあ、正当防衛と言ったところだ、悪く思うなよ」

 「…ん、まあ、アタシも少し早とちりだった、けど…」

 男の言葉に杏子はバツの悪そうな表情でたこ焼きを口に入れる。今度はちゃんと冷めていたので口をやけどするようなことはなかった。

 「ところで、アンタ一体何者だよ。何でアタシの名前とアタシが魔法少女だってこと知ってんだよ」
 
 杏子は思い出したように男に向かって爪楊枝を突き付け、質問をぶつける。男は頭を欠きながら困ったような表情を浮かべた。

 「やれやれ、人にものを聞くときは自分の名前から名乗るのが礼儀だろうに…、まあいい。俺がお前の事を知っているのは俺の依頼人からの依頼でお前の事を聞いたからだ。そして俺の受けた依頼は、お前を護ることだ」

 男の言葉に、杏子はきょとんとした表情を浮かべた。が、直ぐにその表情を引っ込めると馬鹿にしたような表情で再びたこ焼きを口に入れ、咀嚼する。

 「ハッ、アタシを護る?訳がわかんねえ。アタシなんか護ってどうすんだよ。それにアタシは護衛なんて必要ねえ、一人で十分だ」

 「その割には俺に負けてたな」

 「う、うるせえ!!あんときは…、その…、ちょ、調子が悪かっただけだ!!」

 焦った表情で男に反論を返す杏子に、男は豪快な笑い声を上げる。

 「ハッハッハッハッハ!!まあいい。だが生憎とこちらも仕事でな。それにお前の事がどうにも放っておけなくてな」

 「例の知り合いに似てるって話かよ…」

 「…まあそれもあるな」

 男は苦笑いをしながら何処からか取り出した缶コーヒーを開け、煽る。それを見ながら杏子は傍に置いてあったジュースに口をつける。

 「…いいよ別に、アタシなんか護らなくても。どうせ死んでも悲しむ人なんざいねえんだし…」

 「あまりそんな風に自分を卑下することを言うな」

 杏子の自嘲気味な言葉に、男は厳しい表情で杏子をたしなめる。が、それを聞いた杏子は乾いた笑い声をあげながら、何処か寂しげな笑みを浮かべた。

 「本当だって…。アタシの家族も、アタシを置いて先に死んじまったんだしさ…」

 そして杏子は語り始めた。自分の父親がとある教会の神父であったこと、人々を救うために教義に無い教えを説き始めたこと、そのせいで破門され、人々がどんどん離れて行ってしまったこと、それが許せず、魔法少女として契約し、全ての人々が父の話に耳を傾けてくれるように願い、それが叶ったこと、
 …そして、自分が魔法少女になったことと、人々が自分の話を聞くようになったことが杏子の願いによる事だと知った父が、杏子を魔女と呼び、最後には杏子一人を残して母、妹と共に心中してしまったこと…。

 「結局、アタシは間違ってたんだよ…。魔法で他人を救っちゃいけなかった。魔法なんかに頼ったからこんなことになっちまったんだ。だからアタシは誓った。自分の為にしか魔法を使わないってさ…」

 杏子は自嘲気味な笑みを浮かべながら、近くのゴミかごにたこ焼きの空き容器と空き缶を放り込んだ。男は、ただ黙ったまま、杏子の話を聞いていた。

 「…てなわけだ。アタシは一人で勝手に生きて、勝手に死ぬ。それだけだ。護られる必要も、その資格もねえんだよ」

 杏子の言葉を聞き終えた男は、黙って立ち上がると、杏子の額にデコピンを喰らわした。

 「っあっだ~!!!」

 「馬鹿な事を言うな。自分で勝手に生きるだの勝手に死ぬだのほざきおって。
これは相当な躾が必要なようだな…」

 「はあ!?テメエ何言ってんだよ…」
 
 「とりあえずここでは冷える。まずは何処かで飯でも食いに行くぞ」

 「え!?ちょ、ちょっと待て!!さっきたこ焼き食ったじゃねえか!!」

 杏子の言葉に男は振り向くとニヤリと笑みを浮かべた。

 「あんなものでは腹一分目にもならんだろう?それに言っただろうが。話をしたら飯を奢ってやると。約束は守ってやる」

 「ま、まあ何か食えるんなら良いけど…」
 
 「なら行くぞ。俺がきっちりと食事のマナーというものについて叩きこんでやろう」
 
 「…ふざけんな!!食事のマナーなんざ既に極めてらあ!!オッサンこそどうなんだよ!!」

 杏子の挑発に男はニヤリと笑みを浮かべた。

 「ほう、面白い。ならお前のマナーとやら、しっかり見せてもらおうか。後俺はオッサンではない!!」

 「ああ!?んじゃあ何て名前なんだよ?」



 「俺の名前はアルデバラン。牡牛座のアルデバランだ」

 男、アルデバランは夜空に光輝く星を見上げながら、自らの名を名乗った。


 


 黄金の野牛との出会い、これが杏子の人生、そして運命を大きく変えていくことになるのだった。




[35815] プロローグ3 運命の少女は黄金の射手座と出会い、始まる物語
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆b1f32675 ID:44e0e130
Date: 2013/01/08 17:48
 プロローグ3 運命の少女は黄金の射手座と出会い、始まる物語

 「行ってきまーす」

 「行ってらっしゃいまどか」「いってらっしゃーい!お姉ちゃん!」

 鹿目まどかは父と弟に挨拶すると親友の美樹さやかと志筑 仁美の待ち合わせ場所に向かって走っていた。

 「あ~も~こんなに時間がかかっちゃうなんて!!早く行かないとおいてかれちゃう!!」

 寝坊をしてしまい、挙句着替えにも手間取ったせいでいつもより遅く家を出る羽目になってしまった。さやかと仁美は大分待たせてしまっているだろう、これ以上待たせるのは申し訳ない。

 「急がないと・・・(ドンッ!!)・・・きゃっ!」

 急いでいたせいで前が見えていなかったのか、曲がり角から出てきた誰かにぶつかってしまい、まどかは尻餅をついてしまう。

「あいたたたた・・・・」

「大丈夫か?」

「え、あ、は・・・い・・・」

 痛む腰をさすっていると、突然目の前に手が伸びてきた。まどかはそれに反応して顔を上げると、思わず言葉が出なくなってしまった。

 そこには茶色いコートを着込んだ長身の男性が立っていた。髪の色は大地のような茶色で、額には赤い輪をつけており、表情は凛々しくもどこか優しげな笑みを浮かべていた。
 まどかは、その表情に思わず見とれてしまい、言葉が出なくなってしまっていた。

 「どうしたんだ?」

 「え?あ、は、はい!!大丈夫です!!」

 まどかは差し伸べられた手を無視して急いで立ち上がる。その顔は、まるでりんごのように真っ赤になっていた。

 「そうか、すまなかった。私が余所見をしていたせいで・・・」

 「そ、そんなことありません!!私もよそ見していました!!謝るのは私のほうです!!」

 「いや、私にも責任がある。とにかく怪我が無くてよかった」

 「あ、は、はい、ありがとうございます!!あの、私、急いでいますので!!」

 まどかの言葉を聞いた男はそうか、と一言だけ言うと、

 「なら引き止めて悪かったね。気をつけていくんだよ」

 「は、はい!!」

 まどかは男に一言だけ返事を返すと、後ろを振り向かずに待ち合わせ場所に向かった。

 (さっきの人、かっこよかったな、それにとても優しそうだったし・・・・。あわわわわ、か、顔が熱くなってきた~)

 まどかは熱くなってくる顔と、高鳴る胸の鼓動を抑えながら、一生懸命に足を動かす。


 その後、さやかと仁美に真っ赤になった顔について色々とからかわれることになるのだが、それはまた別の話・・・・。


 シジフォスSIDE

 住宅街のとあるマンションの屋上にて、男は携帯電話を片手に、誰かと連絡を取っていた。

 「シジフォスだ。鹿目まどかと接触した。これからどうすればいい?」

 『いずれ彼女は魔女と遭遇します。その時に彼女を救出してあげてくれませんか?』

 携帯電話から聞こえる声に、男、シジフォスは軽くうなずいた。

 「なるほど、了解した。遭遇地点は、あそこでいいんだな?」

 『はい。既にマニゴルドさんとアルデバランさんはそれぞれのターゲットと接触、行動を共にしていますから少しずれが生じる可能性がありますが、ほぼ間違いないと思います』

 「分かった、任せてくれ」

 『そして、まどかがキュゥべぇに勧誘されても、彼女を思いとどまらせるだけにしておいて、キュゥべぇへの攻撃は出来る限りしないようにしてください。・・・もっともマニゴルドさんは関係無しにやってるみたいですが、思いっきり・・・』

 「・・・いいのか?もし奴を放っておいたら・・・」

 シジフォスはいかにも不満げに携帯電話の声の主に問い返す。キュゥべぇの目的は分かっている。彼の任務はまどかと奴との契約を妨害し、まどかを魔法少女にさせないことである。確かに魔法少女になっても魔女にさせない方法、あるいは魔女から人間にもどす方法は無いわけではないが、実験例が少なく、リスクも成功率も分からない以上、あまり頼るわけにはいかない。ならば、出来る限りキュゥべぇとまどかを接触させない・・・最悪の場合キュゥべぇを出会い頭に始末していくことも視野に入れねばならない。
 シジフォス自身は、まだ幼く、未来のある少女達を犠牲にするキュゥべぇのやり方を気に食わないと感じており、奴らを叩きつぶすことにも躊躇は全く無い。だが、それを知っているにもかかわらず待ったをかけられ、若干不満に感じているのだ。

 『分かっています。でもいきなりキュゥべぇに攻撃を仕掛けた場合には彼女達から信頼を得られなくなる可能性があります。それに、キュゥべぇに下手に警戒をされるとまずい』

 「成程、承知した。安心してくれ、鹿目まどかは俺が何としても守り抜いて見せる」

 シジフォスの言葉を聞いた携帯電話の声の主は、しばらく沈黙をした後、申し訳なさそうな声で再び話し始めた。

 『・・・すみません、本当は俺がやるべきことなんでしょうけど、貴方達に任せてしまって・・・』

 「気にするな、君には俺達に新しい命をくれた借りがある。これくらいはどうってことはないさ」

 『・・・はい、ありがとうございます、シジフォスさん』

 「ではこれで電話を切る。何かあったらすぐに連絡するよ、一刀」

 『はい、残る二人の方も直ぐにそちらに向かいますので、それまでよろしくお願いします』

 電話を切ったシジフォスは、屋上の上から見滝原を見降ろした。

 目の前に広がる街並み、その中でどれだけの人々の営みがあることだろう。

 ・・・そして、その営みを崩すであろう魔女が、その魔女と戦う宿命を義務付けられた魔法少女が、どれだけいるのだろう・・・。

 「だが、その戦いも、それによって生まれる絶望の連鎖も、俺達が断ち切る。その為の女神の聖闘士なのだから・・・」

 黄金聖闘士、射手座のシジフォスは自身に言い聞かせるようにそう呟き、目の前の風景を見つめ続けた。



 暁美ほむらSIDE

 「・・・本当にいいのかよ」

 「ええ、貴方なら出来るんでしょ?」

 「そりゃそうだがよ、なんせ俺も全く実践例がねえんだぜ?」

 目の前の少女、暁美ほむらに対し、蟹座の黄金聖闘士、マニゴルドは気が乗らなさそうに答える。しかし、その程度ではほむらの決意を揺るがすことは出来なかった。

 「それによ、成功したとしてもリスクが無いわけじゃねぇ。魔法少女だった時の利点、まあ単純にいやあ不死身な能力はまず消えるし、へたすりゃ魔法の使用にも支障が出るかもしれねえ。んでもいいのか?」

 「構わないわ。たとえどんな重荷を背負っても私はまどかを救う。その為にも私は魔女になるわけにはいかない!」

 ほむらは固い決意を秘めた視線で、マニゴルドを見つめる。そして彼女の返事を聞いたマニゴルドは、しばらく沈黙していたが、やがてニヤリと笑みを浮かべた。

 「へっ、いいね、その強気な態度、悪くねえな。いいだろう、やってやるよ。ま、俺もどうせ付き合うならゾンビみてえな女じゃなくて生身の粋の良い女が良いんでな。・・・まあ性格が合格点でも、その胸じゃあ、なあ・・・」

 「・・・早くしなさい」

 マニゴルドの言葉にほむらは機嫌が悪くなったのかじと目でマニゴルドを睨み、右手にソウルジェムを乗せて彼をせかす。マニゴルドははいはいせっかちなお嬢さんだねぇと言いながら床から立ち上がり、右手の人差し指をほむらのソウルジェムに突き付ける。

 「いっとくが、失敗して黄泉比良坂に飛ばされても恨むんじゃねえぞ?まあこの世界に黄泉比良坂あるかどうかわかんねえけど・・・」

 「その時は幽霊になって貴方を呪い殺してあげるわ」

 おお、こええ~、とマニゴルドはおどけたものの、直ぐに真面目な表情になると、人差し指に小宇宙を集中する。

 「じゃあ、いくぜ?・・・・積尸気冥界波!!!」

 マニゴルドの言葉と共に右指から放たれた閃光が、ほむらのソウルジェムを包み込んだ。

 
 佐倉杏子SIDE

 「・・・おい、杏子。起きろ。もう7時だぞ」

 「・・・むう~・・・、いいじゃねえか。あと30分・・・」

 「なに馬鹿なことをいっている!早く起きろ!!」

 「んあああああ~!!布団剥がすな~!!寒い~!!」

 朝、杏子はアルデバランに布団を無理やり剥がされた。突然襲ってきた寒気に杏子は体を丸める。そんな杏子を見ながらアルデバランは笑い声を上げる。

 「はっはっはっはっは!!早く着替えて下に下りてこい。朝食はもうできてるぞ」

 アルデバランはそのまま杏子を放って部屋から出て行ってしまう。杏子は悪態をつきながらベッドから起き上がる。既に眠気は吹き飛んでしまっていた。

 「ったく、何であたしがこんなところに・・・」

 あれから杏子は、アルデバランと一緒に焼肉を食べたあと、アルデバランの住んでいる家に無理矢理泊まることになったのだ。
 曰く、「どうせ行くところが無いのだろう?ならば俺の家の部屋が空いているからそこで泊まっていけ。お前のその性格を直すには時間が掛かりそうだからな」とのことらしい。
 杏子自身はもう関わらないで欲しいとも思っていたのだが、結局宿が無かったことからアルデバランの申し出を受けることになった。
 
 「はあ・・・、まあ宿と飯が無料で手に入るんだから贅沢言えねえけど・・・」

 杏子は文句を言いながらもアルデバランから借りたブカブカのパジャマを脱ぐと、昨日自分が着ていた服を身につけ、一階のダイニングルームに向かう。

 「あー、おっちゃん、腹へ・・・」

「朝起きたらちゃんと顔を洗って来い!!それから、おはよう位言ったらどうだ!!」

「うおお!?」

 挨拶もせずに食卓につこうとした杏子にアルデバランは大声で怒鳴りつける。あまりにでかい声でさすがに杏子はたじろいだ。

 「べ、別にいいじゃねえかよ!!顔なんて洗わなくても・・・」

「そんな目ヤニだらけの面で飯を食うな!あと、朝起きたらおはようございますと言うのが礼儀だ!!挨拶をして顔を洗ってくるまで飯は食わさん!!」

「・・・・・!!」

 杏子は悔しそうにぶるぶると震えていたが、やがてぼそりと一言言った。

「・・・おはようございます」

「何だ?聞こえんぞ」

「おはようございます!!!」

「よし、次は顔を洗って来い。そうしたら朝食にするぞ」

 杏子はアルデバランを一睨みすると足音を荒げながら洗面所に行き、さっさと顔を洗ってきた。杏子が顔を洗い終わってきたころには、既に食卓には朝食が用意されていた。

 「なんていうかなあ・・・」

 「ん?何だ」

 「おっちゃんが料理できるって、意外だな・・・」

 「あのなあ、こう見えても俺は何人か弟子を養っていたのだぞ。料理くらいできて当然だ」

 「・・・あっそ、てかあんたに弟子がいたのか?」

 「昔、な・・・」

 アルデバランは昔懐かしそうに、そして、どこか悲しげな表情を浮かべた。その表情を見た杏子はこれ以上この話題に触れるべきでないと感じたのか、さっさと食卓に着く。

 「んじゃ、さっさと食おうぜ、おっちゃん。いただきます」

 「ん?おお、いただきます。お前も食事のときのマナーはいいんだがなあ・・・」

 杏子に急かされたアルデバランは、そうボヤキながら食事を開始する。

 食事は意外にも和食。味もかなり美味であった。

 (・・・なんだか、久しぶりだな。他の人と飯を食うのって)

 熱い味噌汁をすすりながら杏子はアルデバランを見て、思う。こうして他の人間と食事をするのは、随分久しぶりだ。家族を失ってからは、いつも一人で飲み、食い、眠る日々を送ってきた。自分自身それでいいと思っていた。けど・・・、

 (たまには、いいもんだな。こういうのも・・・)

 杏子はなんだかんだと自分の世話を焼いてくる目の前の大男を見ながら、そう思った。





[35815] 第1話 変革する日常、黄金の翼との出会い
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆175723bf ID:9f458038
Date: 2013/01/09 09:50
夢を見た。

 辺り一帯が焼け野原となった街の夢を。

 そこで一人の黒い服装の少女が『何か』と戦っていた。

 『彼女だけでは、荷が重すぎたんだ』

 目の前の白い動物がしゃべる。

 『     !!     !!!』

 向こうで黒い少女が焦った表情で何かを叫んでいる。でも、よく聞こえない。

 『だから』

 

僕と契約して、魔法少女になってよ

 

その言葉で一度、目の前の映像は途切れた。






 そして再び目の前に広がる映像。

 自分は何故か地面に倒れている。

 周囲は相変わらずがれきの山。いや、先ほどよりも遥かに荒廃している。

 そして目の前には、黒い少女が戦っていた『何か』よりもより巨大な『化け物』が存在していた。

 よく見るとあの白い動物も黒い少女もいない。あの化け物に食べられてしまったのだろうか・・・?

 『・・・大丈夫だ』

 と、声が聞こえる。その声は、とても優しくて、暖かくて・・・。

 『必ず、護る・・・。この世界も、君も・・・・・』

 目の前には・・・まるで太陽のような黄金の輝きが、まぶしく煌めいていた。

 その輝きの一つに、光り輝く翼を見たような気がした。


 第一話 変革する日常、黄金の翼との出会い

 
 「う、うーん・・・・」

 窓からこぼれる朝日を浴びて、鹿目まどかは目を覚ました。ベッドから上半身を起こしたまどかは、大きく伸びをした。

 「ふぁ、あーあ・・・、何だか変な夢見ちゃったなー・・・」

 まどかは着替えながら寝ているときに見た夢を思い出していた。
 全く見た覚えのない光景と少女、そして白い動物。だが、どれもが何故かなつかしさを感じてしまう。
 そして、最後に現れた黄金の光。特に、その中の一つに見えた黄金の翼が、未だに目に焼き付いて離れなかった。
 
 「あれ、何だったのかなー・・・。天使様?なんちゃって♪」

 まどかはくすくすと笑いながら着替え終えると、洗面所で顔を洗い、未だに寝ている母を起こしに行った。
 変な夢を見た以外は、全く変わらない朝だった。
鏡の前で今日つけていくリボンを選び、父親の作った朝食を家族一緒に食べて、父と弟に見送られて自宅を出る。
 そしてさやかと仁美との待ち合わせの場所に向かう途中、曲がり角に差し掛かった時、昨日のあの出会いが思い出された。

 (結局あの人の名前も聞けなかったな・・・)

 それがまどかの心残りだった。
 昨日曲がり角でぶつかった名も知らない男性。
 彼のことがあれからずっと頭から離れなかった。

 (もう一度会いたいな・・・・)

 まどかは心の中で密かにそう思った。
 ふと気がついたらまどかは待ち合わせの場所に到着していた。

 「おっはよ~!!まどか!!」「まどかさん、おはようございます」

 「さやかちゃん!、仁美ちゃん!おはよう!!」

 目の前の親友達に挨拶を返した時には、既にあの人物の事は頭から消えていた。


 暁美ほむらSIDE

 「じゃあ、私は行くから」

 「おうよ、まあ俺もどうせ後で行かせてもらうんだけどな」

 「出かけるのは良いけど戸締りはちゃんとしてね」

 「わぁってらぁ。ガキじゃあるまいし・・・」

 ほむらは制服に着替え、荷物を持つと部屋に残っている同居人に出かける旨を伝え、返答を聞くと直ぐにドアから外に出て行こうとした。

 「お、そういや思い出したけどよ。体の調子はどうだ?なんせソウルジェムの魂を無理矢理お前の体に戻したんだ。不具合の一つでもあんじゃねえの?」

 マニゴルドは思い出したかのようにほむらに問う。その質問に対し、ほむらは表情一つ変えずに答える。

 「問題ないわ。体には何も不具合無し、そして魔法も試してみた限りでは問題なく使えるわ。ただ、痛みは通常通り感じるから、ソウルジェムがある状態とは違って不死身ってわけにはいかないわね」

 今のほむらはソウルジェムを保持していない。その理由は、昨日マニゴルドに頼んでソウルジェムの魂を自身の肉体に戻してもらったからである。
 その方法は単純。積尸気冥界波をソウルジェムに打ち込み、その内部の魂を引きずり出して元の魂の入れものである肉体に戻す、というやり方である。魂を肉体から抜き取り、黄泉比良坂に送るという特殊な性質の技である積尸気冥界波だからこそできた芸当であり、こんなことを出来るのは、マニゴルド以外では師であるセージとその兄であるハクレイ位なものであろう。
 ソウルジェムは魂を肉体から切り離し、持ち歩くことでソウルジェムが破壊されない限り肉体をいくら攻撃されても死ぬことが無いという一種の不死身とも言える状態に肉体を作り替えるメリットがある。反面、ソウルジェムによる変身を繰り返す、若しくは負の感情の高まりによってソウルジェムが濁っていくと、最終的にソウルジェムはグリーフシードに変化し、魔法少女は魔女と化してしまうという致命的なデメリットがある。
 ほむらはこのデメリットを克服し、より効率的に目的を遂行するためにマニゴルドに頼んでソウルジェムから肉体に魂を戻してもらったのである。これによって、魔法少女としての能力は個人差はあるもののそのままに、魔女になるというデメリットを無くすことが出来る。ただし、魂は肉体に存在しているため、ダメージは通常の人間と同じように受けてしまう。よって、魔法少女だったころは平気だったダメージが一気に致命傷になるというデメリットも出てきてしまう。

 「ま、そりゃ仕方無いわな。むしろそれ位で済んだことをありがたく思いな」

 「そうね、そうさせてもらうわ」

ほむらは相変わらず無表情のまま、ドアから外に出て行った。
ドアが空しく閉じる音が響く部屋の中で、マニゴルドは溜息を吐いた。

 「もうちっと笑えばあいつも可愛げがあるんだがね。ま、それでもやっぱり胸が足りねえけど」

 本人が聞いたら間違いなく絶対零度の殺気を放ってくるであろう言葉を、ぽつりと呟いた。

 まどかSIDE

 「変わった子、だったなー・・・」

 「まどか~、まだそんなこと言ってる~。もういいじゃない」

 「そうだけど、どうしても気になっちゃって・・・」

 まどかは今日転校してきた女子生徒、暁美ほむらのことが気になっていた。
 今朝の夢に出てきた少女とそっくりな転校生。まるでまどかのことを知っていたかのような雰囲気。
 そしてあの警告のような言葉・・・。

 『もしそれが本当なら、今とは違う自分になろうとは思わないことね・・・』

 『さもないと、全てを失うことになる・・・』

 彼女の言葉が耳から離れない。
 一体、彼女は何者なのだろう・・・。何故あんなことを言ったんだろう・・・。

 「ほ~らまどか!いつまでもウジウジ悩んでないで。まどかも何か好きなCDでも買っていったら?」

 「え、あ、う、うん!!」

 まどかが若干どもりながら近付いてくるのを見て、さやかはニヤリと何やら悪戯を思いついたかのような笑みを浮かべた。

 「はっはーん?さてはまどか、昨日出会った初恋の人の事でも考えてたんだろ~?うんうん、乙女だね~」

 「な!?なななな何言ってるの!?そ、そんなんじゃないよ!!それにあの人は初恋の人なんかじゃ・・・」

 「またまた~、曲がり角でイケメンな男とぶつかって恋に落ちるなんてギャルゲやエロゲの定番じゃ~ん?まどかも同じシチュエーションなんでしょ?さあ吐け!白状しろ~!」

 「ち、ちょっとさやかちゃん!?大体ギャルゲにエロゲってさやかちゃん女の子でしょ!?何でそんなのやって・・・」

『・・・助けて・・・』

「・・・・え?」

 顔を真っ赤にしながら必死でさやかの追及を逃れようとしていると、突然何かの声が聞こえた。それは、耳に入ってきたというよりも、まるで頭の中に直接入ってくるような・・・。
 
 「何?どうしたのまどか?」

 「何だか、声が聞こえた気がして・・・

『・・・助けて、まどか・・・』

「・・・ほらまた!!」

 「声?そんなの全然聞こえないけど・・・ってまどか!?」

 さやかが返事をする前に、まどかは店から飛び出していった。
 頭の中で響いてくる声を聞きながら、ただひたすらに声の主を探す。
 探し続けるうちに、いつの間にかまどかは建物と建物の間の裏路地に迷い込んでしまった。
 自身を呼ぶ声は徐々に、徐々に大きくなっていく。まるで、声の主に近付きつつあるかのように・・・。
 やがてまどかは、扉に「立入禁止」と書かれた建物の前に立っていた。声は、どうやらその中から聞こえてきているみたいだ。

 まどかは意を決して扉を開け、中に入る。

 建物の中は薄暗く、中に何があるのかよく見えない。
 だが、声はどんどん大きくなってくる。まどかは恐る恐る建物の内部を歩き始めた。

 「・・・どこにいるの?」
 
しばらく通路を進んでいくと、床に何か白い物がある事に気がついた。
 よくよく見ると、床の白い物体は微かに動いており、それが生き物であることが分かった。まどかはゆっくり、忍び足でその生き物に近付く。
 その生き物は、一見すると白い猫に見える。が、よくよく見ると背中の赤い模様、長い耳、のようなもの等、猫とは似ても似つかない姿をしている。そして、生き物は全身にひどい傷を負っており息も絶え絶えの状態であった。

 「・・・助けて・・・」

 「しゃ、喋った!?」

 ただの動物かぬいぐるみにしか見えない動物が言葉を話したことに、まどかは一瞬驚くが、すぐにその動物が今にも死んでしまいそうな状態であることが分かり、自身の抱いていた疑問を引っ込める。

 「ひどい怪我・・・、待っててね、直ぐに獣医さんの所へ・・・」

「そいつから離れてっ!!」

「えっ!?」

 まどかが白い動物を抱き上げると、突然鋭い声が響いた。驚いたまどかが声の聞こえた方向に視線を向けると、そこには今日転校してきた転校生、暁美ほむらが拳銃を持って立っていた。
 その服装は見滝原中学の制服とは違う、黒を基調とした物で、左手には何か円盤状の物が取り付けられている。そしてその視線は、まるで獲物を狙う狩人のごとく、鋭い。

 「ほ、ほむら、ちゃん・・・?その格好は何?その銃は・・・本物?」

 「・・・そいつを渡して」

 ほむらは銃口をまどかに、いや、まどかが抱いている白い動物に向けながら淡々としゃべる。そんなほむらの様子にまどかは警戒感も露わに動物を抱きしめ、後ずさりする。

 「この子を渡したらどうするっていうの!?この子を殺すの!?」

 「貴女には関係のないことよ」

 「駄目だよ!!私はこの子に呼ばれたの!!助けてほしいって!!」

 「そう・・・」

 まどかの必死な訴えでも、ほむらは表情を動かそうとしない。

 「姑息ね、助けを呼ぶふりをしてでも、目的を達しようとするんだから」

 「目的!?目的っていったい何なの!?」

「貴女には関係のないことよ。さあ、渡しなさい。渡さないなら、無理矢理でも引き剥がすしかないわ」

 ほむらの言葉にまどかは沈黙し、ゆっくりと背後に下がる。しかし、ほむらは表情を変えることなくまどかに一歩一歩近づいてくる。銃口をこちらに向けたまま・・・。

 「まどかっ!!」

 と、突然さやかが現れて、手に持った消火器から高圧の液体を発射する。ほむらとまどかの間で白い煙が立ちこめ、煙幕のようにほむらの視界を遮る。
 
「まどかッ、こっち!!」

 さやかは消火器を投げ捨てるとまどかの腕をつかんで通路めがけて駆け出した

 「くっ・・・、っ!?」

 ほむらは急いでまどかを追いかけようとしたが、突然足を止めて背後を向いた。その隙にさやかとまどかは急いでその場から逃げ去った。


 ほむらSIDE

 「くっ、こんな時に・・・」
 
 ほむらの目の前には、ひげの生えた目の無い人間の顔に、蝶の羽が生えたような化け物が、何十匹も漂っていた。化け物は口々に不気味な歌を歌いながら、ほむらに迫ってくる。
魔女が作り出した「使い魔」である。魔女に比べれば能力的に劣る物がほとんどであり、ふだんのほむらならば恐れるに足りない相手である。だが・・・、

 (一発も攻撃を喰らう訳にはいかない・・・!!)

 ソウルジェムの無い今の体では、たとえ使い魔の攻撃でも致命傷となりえる。ゆえに、より慎重に立ち回らなければ・・・。ほむらはそう考えて銃口を使い魔に向ける。


 と、その瞬間、


 ドシュッ!!ドシュッ!!


 ほむらに接近しようとしていた使い魔二体に竹串が突き刺さった。そして、次の瞬間、使い魔は青白い炎に包まれ、悲鳴と共に燃やしつくされた。

 「んだよほむら。キュゥベエ追っかけて行きやがったと思ったら、ずいぶん楽しそうな事になってんな」

 「・・・マニゴルド!!」

 ほむらが振り向いた先にいたのは、彼女の護衛を務める蟹座の黄金聖闘士、マニゴルドであった。その服装は白いシャツの上に黒いジャケットを纏い、腕や指には金色のアクセサリーや指輪を身につけているといったチンピラ染みた服装であった。何処かで買ったのか焼き鳥を食べながらこちらに向かってのんびりと歩いてくる。あの竹串は恐らく焼き鳥のものだろう。

 「なんとまあ随分と団体さんで・・・。おうほむらよ。こいつらの遊び相手は俺がしてやっからよ、てめえは愛しの彼氏、いや彼女か?を追いかけな」

 「なっ!?」

 マニゴルドの言葉にほむらは顔を真っ赤にして動揺する。と、そこを狙ったのか、再び使い魔が二体ほむらに襲いかかる。

 が、

 「はい、ごくろうさんってか」

 マニゴルドの繰り出したローキックを喰らい、壁に激突して二体とも絶命した。

 「ほらほら行けって。こいつらは食後の運動代わりに俺がやっといてやっからよ」

 「・・・分かったわ、マニゴルド。任せる」

 ほむらはすぐにいつもの無表情に戻ると、まどかとさやかが逃げて行った通路に向かう。それを見ながらマニゴルドは溜息を吐いた。

 「ちったあ人を心配するそぶりみせやがれよ。ま、別にいいけどよ」

 マニゴルドは右手の人差し指と中指で竹串を回転させながらそうぼやいた。その余裕そうな雰囲気をチャンスとみたのか、使い魔十体がマニゴルドに襲いかかる。・・・・が。

 「ん、ウゼエ」

 マニゴルドの拳の一撃で、全て地面に叩き落とされた。

 「さぁーてと、んじゃ、ストレス発散兼食後の運動と行きますか。オッサン達、ちょっと付き合ってくんな!!」

 マニゴルドは、嬉々とした笑みを浮かべながら、大量の竹串を構えた。

 まどかSIDE

 「んも~!!なによアレ!!コスプレ通り魔なんてミステリアスなんてもんじゃないだろ!?」

 「そ、そうだね・・・」

 その頃まどかとさやかはほむらの追撃から逃れて廊下を走っていた。一刻も早くここから逃げ出したい、二人の心はそれで一致していた。

 「・・・つーか何それ。ぬいぐるみ、じゃないよね。動物?」

 「あー、うん。まあ、ね」

 さやかの質問にまどかは曖昧な返事を返した。さやかはふーんと気の抜けた返事をしながらなおも走る。

 「見たようだと怪我してるみたいだし、さっさと獣医にでも診せたほうがいいんじゃない?」

 「う、うん!私もそう思う・・・って、あれ?」

 と、まどかが突然足をとめた。足をとめたまどかにさやかは足を止めてまどかの方を向く。

 「ちょっとまどか!こんな所で立ち止まったらあのコスプレ通り魔が・・・」

 「分かってる、けど、なんかおかしいよ。この道。さっき、通ったような・・・」

 「へっ?あ、そういえば、もう非常口に着いてもいいはずなのに・・・」

 そう、その場所は、まどかとさやかが通り過ぎた場所にそっくりだったのだ。それだけではない。なぜか、周囲がどんどん歪み、空間そのものが、何か別の物へと入れ替わっていく

 「さやかちゃん!何か変だよ、ここ!!」

 「な、何がどうなってるのよ!?」

 やがてまどか達の周囲は、先程までとは異なる完全な異空間へと変貌していた。
空間の内部は暗く、空中にはひげの生えた目の無い人間の顔が、大量に飛び交っている。
それらの顔は、口々に不気味な歌を歌いながら、まどかとさやかの周囲を舞っている。

 「い、いや!!何なのコレ!?ば、化け物!!」

 「ま、まどか、私、悪い夢でも見てるのかな?ねえ!?まどか!?」

 あまりにも異様な光景に、二人は地面に座り込んでしまった。それをみた化け物達は、次々とまどか達に迫ってくる。


 
 ・・・その瞬間。



 黄金の閃光が、目の前の化け物達をなぎ払った。

 「え!?」

 「な、何!?」

 その閃光のまぶしさに、まどかとさやかは思わず目を閉じた。だが、まどかはゆっくりと、徐々に目を開いていく。
 何故か、まどかはその光を、輝きを見たことがあった。

 そう、それはあの夢の中で、巨大な化け物から護るように立ちはだかる黄金の輝き・・・。

 それと、よく似た輝きだった

 「あ・・・・」

 まどかが目を開くと、目の前には、太陽のような輝きを放つ、黄金の翼が翻っていた。

 「・・・わあ」

 その翼は間違いなく、あの夢に出てきた翼だった。あの、太陽のような輝きの中でもはっきりと見ることが出来た黄金の翼・・・。

 「危ないところだったな」

 と、その翼の持ち主の声が聞こえた。
 まどかは、その声を聞いてはっとした。
 なぜならその声をまどかは、聞いたことがあったから・・・。
 昨日、立った一度の出会いだったけど、記憶に残されていたのだから・・・。

 そして、黄金の翼の持ち主は、ゆっくりとまどか達の方を向いた。

 「・・・・あなたは・・・」

 「君か、また会えるとは、本当に奇遇だ」

 黄金の翼、それを宿す鎧を纏った彼の顔を見たまどかは、驚きで目を見開いた。それを見た黄金の翼の持ち主は、にこりと穏やかな笑みを浮かべた。
 その顔は、間違いなく、昨日まどかが曲がり角で出会ったあの男性であった。

 「もう大丈夫だ、ここは私が引き受ける」

 「あの、貴方は・・・」

 「おっと、自己紹介がまだだったな。だが、それはこいつらを倒してからにするか」

 黄金の鎧を纏った彼は、穏やかな表情を引き締めると、目の前の化け物達に目を向ける。
その姿は、まるでおとぎ話に出てくる勇者か騎士のようであった。
 化け物達は、黄金の戦士目がけて、次々と襲いかかってくる。

 が、

 「ハッ!」

 ただ一度、一筋の閃光が走ったと思いきや化け物の姿がかき消えていた。そして、それ以外の化け物も黄金の戦士目がけて突撃するものの、それらの事如くが、近付くことも出来ずにけし飛んでいく。

 「・・・あれか」

 黄金の戦士は、じっと黒い空間の空を見上げた。彼は拳を握ると背後の少女二人に指示を出す。

 「二人とも、伏せていろ!!」

 「え、ええ!?」

 「な、何でですか!?」

 いつの間にか目を開けていたのかさやかも返事を返す。その返事に黄金の戦士は笑みを浮かべる。

 「この化け物達の親玉ごと、こいつらを吹き飛ばす」

 そう言うや否や、右腕を引き、左腕を前に出した。その姿はまるで、矢を引絞っているかのような姿であった。

 「あ、腕が・・・」

 まどかは、彼の右腕を見て思わず声を上げた。彼の右の拳が、黄金に輝いている。そして、彼から、何か黄金色の風のようなものが吹いてくるのを感じる。

 それは、まるで・・・。

 「黄金の、風・・・」

 動かなくなった黄金の戦士にチャンスと見たのか化け物達が次々と襲いかかってくる。
が、彼はそれを不敵に見ながら、

 「ケイロンズ・・・」

輝く右の拳を・・・

 「ライトインパルス!!」

 放った。

 その瞬間、黄金の風が周囲を吹き荒れ、彼の周囲に集った化け物達を次々と吹き飛ばし、消滅させていく。やがて、黄金の風は漆黒の空間を切り裂きながら、空間の中心に存在する“何か”を貫いた。
 形容しがたい悲鳴と共に、“何か”は消滅した。それと同時に、異空間は徐々に消えていき、最終的に異空間は元の廊下へと戻っていた。

 「あ!、さ、さやかちゃん!!私達戻ってこれたよ!!」

 「うわー、よかった~!なんだったのよあれ~!!訳が分からないわよ~!!」

 元の場所に戻ってこれて嬉しげな二人を、黄金の戦士は微笑ましげに見ていた。

 「・・・あ!そうだ!助けてくれてありがとうございます!!」

 「構いはしないよ。困った時はお互い様だ」

 「い、いえ!それでもありがとうございます!!・・・あの、私、鹿目まどかっていいます!!彼女は私の友達のさやかちゃんです!!」

 「美樹さやかです!!えっと、助けてくれてありがとうございます、お兄さん!」

 「いや、もうお兄さんという年ではないんだがな・・・・。そういえば自己紹介がまだだったね」
 
 苦笑いをしていた黄金の戦士は、ふと思いついたかのように手を打った。そして少女二人に視線を向け、再び口を開く。

「俺の名前はシジフォス、射手座の黄金聖闘士、シジフォスだ」

 黄金の鎧を纏った彼は、優しげな笑みを浮かべながら己の名を口にした。


 



[35815] 第2話 魔法少女と聖闘士
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆175723bf ID:9f458038
Date: 2013/01/09 18:06
 「っと、これでラスト、っと!」

 マニゴルドの投げた竹串が使い魔に命中する。そして次の瞬間、使い魔は大爆発を起こした。マニゴルドはそれを見届けると、大きく伸びをした。

 「あーあ、ったくよ。こんなんじゃ食後の運動にもなりゃしねえ。やっぱ魔女当たり潰さねえとダメか・・・?」

 退屈そうな表情でマニゴルドがそう呟いた時、何かを感じたのか、ほむらがあの二人を追いかけて行った通路に目を向ける、が、しばらくするとニッと笑みが浮かんだ。

 「ホー、この小宇宙は・・・、シジフォスか。なら、魔女はもう駆除されてっかね。しゃあねぇ。一つキュゥベぇの魂でも引っこ抜いて・・・・・・・あん?」

 マニゴルドが通路に向かって歩き出そうとした時、胸ポケットに入れてあった携帯電話が鳴りだした。マニゴルドは舌打ちしながら携帯電話を取り出すと、着信ボタンを押して、耳に当てる。

 「ああ、もしもし俺だが?」

 『私だ、マニゴルド』

 「お、お師匠!?」

 電話の相手、それはマニゴルドの師匠にして、かつてのアテナの聖域の教皇、セージであった。

 『どうやら無事に任務を果たしているようだな、暁美ほむらの様子はどうだ?』

 「あいつなら既にソウルジェムから魂引っこ抜いて体に戻しましたよ。まあ無事にやってるようですがね」

 『何?もう魂を戻したのか?』

 「そりゃあいつがやってくれって頼んだんでね。まあやってやりましたけど、お師匠、それがどうかしたんで?」

 『・・・・・・・』

 マニゴルドの言葉を聞いてセージは沈黙をしていたが、やがて口を開いた。

 『実は今日はお前に伝えたいことがあったのだ。ソウルジェムの魂を体に直接戻した時のデメリットについてだ』

 「は?なんすか?まだんなのがあったんで?」

 『ああ、あったというより、発見したと言った方が正しいな。私と兄上がわざとインキュベーターと契約を結び、実際に魂を体に戻す実験を行ったことは知っているな?』

 「ん、ああ。んなことありましたね。んで?その実験で何か起きたんで?」

 『その実験で我々自身が安全であったから最近魔女化した魔法少女を一人、積尸気冥界波でソウルジェムの魂を戻し、救ったことがあったのだ。
その後同じ現場にいた七人の魔法少女の集まりと共に魔法少女を人間へと戻す活動を始めたわけだ。魔法少女と魔女の関係をあらかた話した上でな。
彼女達も好意的に我々を受け入れてくれたのでな、順調に活動を続けていたのだが、たびたび魔法とやらを使っているうちに、我々にある副作用が出てきたことが分かったのだ』

 「副作用?」

 セージの言葉に、マニゴルドは怪訝な表情を浮かべる。
セージはマニゴルドにとってはただの聖闘士としての師匠としてだけではなく、自身の生き方も決めてくれた恩人とも言うべき人物である。
 その師匠の体に異変があると知ったならば多少なりとも心配する。

 「その副作用ってのは、命にかかわるんで?」

 『いや、死ぬとかそういうのではないのだがな。まあ戦闘中ならば命にかかわるだろうが、我々ならば問題ないだろう』

 セージはマニゴルドの質問に曖昧にそう答えた。マニゴルドは黙ってセージの言葉を聞いていたが、やがて真剣な表情で、携帯電話に問いかけた。

 「んで、その副作用ってのは・・・?」

 『ああ、それはな・・・・』

 セージはマニゴルドに対して、その『副作用』について語り始めた。

 第2話 魔法少女と聖闘士

 その頃、まどかとさやかは自分達を助けてくれたシジフォスに対して、口々にお礼を言っていた。シジフォスは笑いながらそれを聞いていたが、ふと何かに気が付いたかのように廊下の曲がり角に視線を向けた。

 「・・・さてと、そこで見ている君、隠れてないで出てくるといい。私は君と戦う気は無い」

 「・・・・・」

 シジフォスが廊下の曲がり角に向かって声をかけると、ほむらが少しむっつりとした表情で出てきた。突然出てきたほむらに対して、まどかとさやかは驚きと共にあからさまに警戒心を抱く。

 「ほ、ほむらちゃん・・・」

 「ちょ、あんた一体何の用!?またまどかを狙ってるの!?」

 「落ち着け、彼女は何もしない。大丈夫だ」

 シジフォスはまどか達を落ち着かせるようにそう言うと今度はほむらに視線を向ける。

 「君もだ。何度も言うが私は君と敵対する気は無い。だからそう警戒するな」

 シジフォスは笑顔でほむらに声をかけるものの、ほむらは相変わらずの無表情であり、シジフォスは弱った表情で後頭部をかきむしった
 一方、ほむらはシジフォスの着ている黄金の鎧を見て、表情には浮かべていないもののかなり驚いていた。
何しろそれは、形状自体は異なっているものの、自分の協力者となっている人物の着ている物と、同じ物であったのだから・・・。

 「まさか・・・、貴方も・・・「無事かしら!?・・・てあら?終わっちゃってるわね」・・・っ!」

 突然聞こえた声に、ほむらの表情は一瞬で強張った。まどかとさやかが声の聞こえた方向に顔を向けると、そこには金髪を左右でカール状に結った少女が、苦笑しながら立っていた。
よく見ると少女は奇妙な格好をしている。右手には銀色の銃、形状からしてマスケット銃を所持しており、服装も黄色を基調とした奇妙な物を着ている。

「君は?」

シジフォスは突然現れた少女に表情を変えずに問う。少女は穏やかな笑みを浮かべたまま名乗る。

「私の名前は巴マミ。この見滝原で活動している魔法少女で、そちらにいる三人と同じ見滝原中学の三年生です」

「そうか、私の名前はシジフォス。射手座の黄金聖闘士だ」

「サジタリアスのゴールドセイント?聞いたことがありませんけど、貴方も私達魔法少女と同じキュゥベエと契約を結んだ人なのですか?」

「残念ながら違うな。私達は君達魔法少女とは全く違う存在だ」

「そうなんですか。まあそれはおちおち聞くとして・・・」

マミは一度シジフォスに笑みを浮かべながら断りを入れると、今までの笑顔を引っ込めてほむらに視線を向ける。ほむらは相変わらず硬い表情をしている。

「魔女はご覧のとおりそこの彼が倒してくれたわ。もう貴方の用は無いはずよ?」

マミは先ほどとは違って厳しい表情をほむらに向けてくる。それに対してほむらも鋭い視線をマミに返す。

「私が用があるのは・・・「そうだぜ、俺達の目的は魔女じゃねえ。そこの白い淫獣だ」・・・マニゴルド!!」

突如響いた第三者の声に、周囲の人間が驚いたような表情で声の聞こえた方向を向く。驚いていなかったのはシジフォスとほむらの二人、シジフォスは表情を変えることなく、ほむらはどこかほっとしたような表情で他の人間と同じ方向を向く。
 そこにはほむらを襲った使い魔を一掃してなお涼しい顔を浮かべているマニゴルドが立っていた。彼はシジフォスを見るとニヤリと笑みを浮かべた。

 「おお!久しぶりじゃねえかシジフォス!やっぱりさっきの小宇宙はお前かよ」

 「久しぶりだな、マニゴルド。お前もどうやら使い魔を一掃してきたようだな」

 「へっ、ンな雑魚食後の運動にもなりゃしねえよ。まあそれはともかくとして・・・」

 マニゴルドはシジフォスとの話もそこそこに、白い動物を抱いているまどかににこりと(本人からすれば)フレンドリーな笑みを浮かべる。

 「なぁ嬢ちゃん、悪いけどそいつを渡してくんねぇか?そいつは嬢ちゃんみてえな可愛子ちゃんがもってちゃいけねぇ奴なんだ。安心しな、俺が責任もって可愛がってやるからさ?」

 「っ!!」

 まどかはより強く動物を抱きしめると、後ろに後ずさりする。そしてさやかは警戒心も露わな表情で、まどかの前に立ってマニゴルドを睨みつける。そしてマミは手に持ったマスケット銃の銃口をマニゴルドに向ける。あからさまに警戒されてしまったマニゴルドは、弱った表情でほむらに視線を向ける。
 
 「おいおい、警戒されちまったぜ。どうすんだよコレ」

 「貴方のせいでしょ。私に聞かないで」

 「ったく、冷てえ女だぜ・・・。しょうがねえ・・・。おいガキ共!!どうでもいいからさっさとそいつを渡しやがれ!!そいつはな・・・」

 「マニゴルド!!」

 何かを話そうとしたマニゴルドを遮るかのようにシジフォスがマニゴルドに怒鳴りつける。その眼光は先ほどと違ってかなり鋭い。

 「余計なことは言うな。それから、此処は引いておけ」

 「ああ!?シジフォス、テメエこいつが何なのか分かってて・・・「分かっている。だが今は手を出すな。これは依頼主と教皇とハクレイ殿の御意思だ」・・・・っっ!!」

 シジフォスの言葉にマニゴルドの顔が嫌そうに歪む。そして小声で「・・・あのジジイ共と種馬は・・・」「リア充魂ごと爆発しやがれ」等とブツブツ呟いていたが、やがて面倒そうに舌打ちするとほむらに怒鳴りつける。

 「チッ、分かったよ・・・・。オイほむら!!帰るぞ!!」

 「何ですって!?貴方・・・「分かってらぁ!!文句は後で聞いてやる!!さっさと帰るぞ!!」・・・・分かったわよ」

 ほむらは不満そうな表情を浮かべながらマニゴルドの後に着いて行く。が、途中で足を止めるとまどか達の方を振り向いた。

 「鹿目まどか、美樹さやか、もしも自分の人生が尊いのなら、奇跡を起こそうなどと、変わりたいなどと考えないことね。そして・・・、甘い言葉には釣られないことよ。奇跡の代償は、それ相応に重いものだから・・・」

 そう言ったほむらは再びマニゴルドの後に着いて去って行った。残されたまどか達は、ほむらの言葉に何も言えず、そのまま見送った。ただ、シジフォスは彼女の後姿を、哀しげな、そして辛そうな表情で眺めていた。

 「変わりたいと考えるなって・・・。ほむらちゃん、何が言いたかったんだろう・・・」

 「さあね!にしてもあの転校生まさかコスプレ通り魔だなんて・・・。人間外見じゃ分かんないもんね」

 「コスプレ通り魔じゃなくて、彼女も魔法少女なんだけどね・・・」

 さやかの言葉にマミは苦笑いをしながらそう呟いた。そしてまどかに近付くとまどかに白い動物を地面に置くように言った。

 「えっと、どうするんですか?」

 「治療するのよ、大丈夫、私は彼女達とは違うから」

 まどかはマミの言葉に頷いて、白い動物を地面に置く。すると、マミは白い動物に手を置いた。
 すると、その動物につけられていた傷が段々と治っていき、最終的にはかすり傷一つ残さず完治していた。
 
 「ふわあ・・・」

 「す、すごい・・・」

 「・・・・・・・・」

 その様子にまどかとさやかは感嘆の声を上げたが、一方のシジフォスは何処か苦々しげな表情でそれを見つめていた。

 「・・・ん、ああ・・・」

 と、白い動物が声を上げる。やがて動物は目を開けると、口を開いた。

 「ありがとうマミ!助かったよ!」

 「ひゃあ!?しゃ、しゃべったあ!?」

 その動物から出たのは鳴き声ではなく、はっきりとした人間の言葉であった。
 どうみても動物にしか見えないものが人間の言葉をしゃべったことに、さやかはびっくりした表情で後ろに飛びのいた。まどかとマミはそれを見ながら苦笑いし、シジフォスは仏頂面でその動物を見ていた。

 「私はただ通りがかっただけよ、キュゥべえ。お礼はあの子達とあの人に言って」

 「そっか、三人ともどうもありがとう。僕の名はキュゥべえ」

 白い動物が自分から名乗ったことにさやかは再びビックリしたものの、先ほどよりも衝撃が少なかったようで、直ぐに興味深そうにその動物、キュゥべえを眺め始めた。
 一方シジフォスはじっとキュゥべえの顔、特にその赤い目をじっと眺めていた。

 (・・・まるで作り物、人形だな・・・)

 シジフォスは心中でそう呟いた。
甲高い声で騙されそうになるものの、その表情、そして瞳には見事なまでに全く表情が浮かんでいない。まるでマネキンの顔でも眺めている気分だ。
 生気も全く感じることが出来ない。マニゴルドの情報だと魂は存在するようだが、とてもではないがそう実感できない。それくらいこの生物はこの地上の生き物とはかけ離れていた。

 「鹿目まどか、美樹さやか、実は僕は君達にお願いがあって来たんだ」

 「ッ!?」

 思考に没頭していたシジフォスは、突然響いたその声に、ビクリと体を震わせる。
 そんなシジフォスに構わず、キュゥべえは続ける。

 「僕と契約して、魔法少女になってほしいんだ」

 そう、キュゥべえはまどかとさやかに向かって言った。

 「え?契約?」

 「ま、魔法少女って、あの、マミさんみたいの?」

 突然のキュゥべえのお願いに、まどかとさやかは戸惑っている様子だった。キュゥべえはそんな二人に構わず言葉を続ける。

 「僕と契約すれば、どんな願いでも叶えてあげる」

 「え!?」

 「本当!?」

 「何だってかまわないよ。どんな奇跡でも起こしてあげるよ」

 キュゥべえの言葉にまどかとさやかは目を輝かせる。しかしシジフォスは、そんなキュゥべえの言葉に対して、いかにも気に入らないと言いたげな表情でキュゥべえを睨みつけていた。

 ほむらSIDE

 「ったく、いい加減機嫌なおしやがれ」

 「別に、機嫌なんて良くも悪くもないわ」

 「そうかよ」

 「・・・(コクリ)」

 あの場から引き揚げたマニゴルドとほむらは、市街地のハンバーガーショップに入って休憩がてらに食事をしていた。

 が、マニゴルドはハンバーガーセットを注文したのに対し、ほむらはミルクシェーキのみを注文して黙って啜っているのみだった。その表情は何処となく不機嫌そうであったが、マニゴルドが聞いても何でもないの一点張りであった。
マニゴルドは多分先程の事が原因だろうと考えてはいたものの、依頼主と自分の師匠達の命令である以上、おいそれと逆らう訳にはいかない。マニゴルドはハンバーガーにかぶりつきながらそう考えていた。

 「まあまだ始まったばっかだ。あのまどかとかいうのにはシジフォスの奴が付いてやがる。おいそれと魔法少女にゃならねえだろ」

 「やっぱり彼とは知り合いだったのね」

 「ん?まあ同じ黄金聖闘士の同僚だからな。長ぇ付き合いになるな」

 「そう・・・、彼以外の黄金聖闘士で此処に来ているのは?」

 「んあ?確か牛・・・、もとい牡牛座が来てやがったな。今どこにいるか分からねぇが。後依頼主が二人送るとか言ってやがったがこれも誰か分からねぇし・・・」

 「そう・・・・」

 ほむらはマニゴルドの話を聞き終わると、再びミルクシェーキを啜り始めた。マニゴルドはフライドポテトを口いっぱいに頬張りながら黙ってそれを見ていたが、やがて使い魔を全滅させたときにかかってきた電話のことを思い出した。

 「そうそう、そういやさっきジジイ共から電話があってよ」

 「ジジイ共って、確か貴方の師匠とその兄だっていう?」

 そうそれ、とマニゴルドは肯定しながら注文したコーラを飲む。

 「そのジジイ共が言ってたんだが、ソウルジェムの魂を肉体に戻した時の影響についてなんだけどよ・・・」

 「・・・魔女化しなくなって、不死身じゃなくなることだけじゃないの?」

「いや、それがな、この街とは別の街でジジイ共は魔法少女を元の人間の体に戻す活動をしてやがったんだが、それをやってるうちに新しい影響・・・っつうか副作用がある事を発見したんだってよ」

 マニゴルドの言葉に、ほむらは眉をひそめた。

 「貴方の師匠達も、此処に来ているの?」

 マニゴルドはコーラを啜りながらコクリと頷いた。

 「ん?ああ。何でもプレイアデスなんたらとかいう七人組と活動しているらしいぜ。んでだ、ソウルジェムの魂を体に戻しているうちにな、戻した魔法少女があるリスクを負う事に気が付きやがったんだ」

 マニゴルドの話を聞いていたほむらは、口からストローを放すと真剣な表情でマニゴルドを見つめた。

 「その、リスクって?」

 「ああ、それはな・・・・」

 マニゴルドはその“リスク”についてほむらに語り始めた。



[35815] 第3話 黄金の射手座は憧れを否定し、天球より2星は舞い降りる
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆175723bf ID:9f458038
Date: 2013/01/09 19:07
第3話 黄金の射手座は憧れを否定し、天球より2星は舞い降りる

 「うっわー・・・」

 「素敵なお部屋・・・」

 「私はなんだか場違いな感じがするが・・・」

 「一人暮らしだから遠慮しないで。碌におもてなしの準備も無いんだけどね」

 あの後、まどか、さやか、シジフォスの三人はマミの部屋に招かれた。
キュゥべえに魔法少女になるよう頼まれた時、マミが契約の前に、魔法少女について説明したいと言い、立ち話もなんだから自分の家に来てくれるよう三人に言ったのである。
シジフォス自身は「私は契約する気は無い」と言って断ろうとしたのだが、マミが「貴方が何者なのか話して貰いたい」と言われ、まどかとさやか、そしてキュゥべえからも話してくれるように頼まれたためにしぶしぶ付いて来たのだった。
ちなみに今のシジフォスは射手座の黄金聖衣を着ていない、まどかと出会ったときのあの茶色いコートをまとった姿である。聖衣の姿はさすがに目立つのでマミの部屋に向かう際に脱いでパンドラボックスに収納してある。

 マミの部屋は清潔感に溢れており、様々な女の子らしい小物が置かれている。
まどかとさやかは部屋を見て目を輝かせているが、シジフォスは何処か居心地が悪そうな表情を浮かべていた。
 そして、三人はマミからお茶とケーキを御馳走になりながら、魔法少女についての説明をマミから受ける・・・予定であった、が、・・・・。

 「その前にシジフォスさん、貴方について知りたいのですが」

 「・・・何故私が先に・・・?」

 「私自身も貴方のことが知りたいと思ってますし、彼女達も貴方の事を知りたがっていますから」

 マミの言葉にまどかとさやかは同時にコクコクと頷く。
 視線がこちらに集中している事にシジフォスは眉を顰めて嫌そうな表情をしていたが、やがて観念したのか口から大きなため息を吐いた。

 「・・・分かった、が、言っておくがあまりにも突拍子の無い話だからな。信じられるか分からないぞ」

 「何をいまさら。魔女や魔法少女が居るんですからもう何が来ても驚きませんよ」

 「そうです!!シジフォスさんが何であっても私は絶対信じますから!!ね!さやかちゃん!!」

 「ちょっ!?まどか!!あたしに振るなっての!!」

 マミは穏やかに笑ったままであったもののまどかはどこか必死な表情でシジフォスを
見ている。隣のさやかもまどかに抗議する物のその目は好奇心で輝いており、いかにも話を聞きたそうだ。
 そんな三人を見て(キュゥべえは意識の外)、シジフォスは溜息を吐きつつ話し始めた。

 「・・・・なら話すとしよう。まず、私、というよりも私達は聖闘士、厳密に言うならアテナの聖闘士と呼ばれている」

 「アテナの聖闘士?アテナってあのギリシャ神話の戦いの女神ですか?」

 「その通りだ。ローマ神話ではミネルヴァと呼ばれているな」

 シジフォスはマミの質問に答えるとマミが用意してくれた紅茶を一口飲んで口を湿らせる。

 「アテナは戦いの女神ではあったが、その戦いとは防御的な、つまりこの地上を護るための戦いだった。ギリシャ神話で語られる軍神アレスとの戦い、ポセイドンとの争い、ギガスとの戦いであるギガントマキアも、アテナが地上の平和を護るために行った戦いだったわけだ」

 「「「・・・・・・・」」」

 シジフォスの話しを、三人は真面目な表情で、一匹は相変わらず何を考えているのか分からない表情で聞いていた。

 「そして神々との戦いの中で、アテナに従って共に闘う戦士達が居た。
それが、アテナの聖闘士、というわけだ。
彼らは己の内にある小宇宙(コスモ)というエネルギーを燃焼させることで、圧倒的な力を引き出すことが出来た。実際に、一人の聖闘士の力は、拳で天を裂き、蹴りで地を割るほどだと伝えられている」

 「へえ・・・」

 「すごい・・・」

 「拳で天を、蹴りで地を・・・、かっけー・・・」

 シジフォスの語る聖闘士の話しに三人は、特にまどかとさやかは呆けたような表情を浮かべる。
 実際、あの時魔女と使い魔を彼が拳の一撃で倒したのを見てしまえば、シジフォスの言葉も全然誇張じゃないと思えてしまう。

 「・・・続けるが、アテナの聖闘士は戦いの際には聖衣(クロス)という鎧を纏っていた。聖衣は夜空に浮かぶ星座をモチーフとして作られ、合計で88の聖衣が存在するとされている。聖闘士の数もまた、聖衣と同じく88人という訳だ。まあ同じ時代に88の聖闘士が集まる事は、殆ど無いのだがな・・・」

 「へえ・・・、ということは白鳥座やアンドロメダ座の聖衣というのもあるのですか?」

 「ああ、ある。これ以外にもわし座、ペガサス座、蛇使い座、竜座の聖衣も存在する」

 「うっわー!!すっげー!!あたし魔法少女より聖闘士になろっかなー・・・」

 「さやかちゃん・・・」

 目をキラキラ輝かせたさやかの言葉にまどかは呆れた表情を、シジフォスは困った表情を浮かべた。

 「あー、まあ、女性も聖闘士には、なれないことはないんだが、な・・・・」

 「え?なんすか?何か問題でもあるんすか?」

 「あ、いや、問題というかなんというか、な・・・」

 「???なんですか?教えてください!」

 「・・・・・」

 (言えない、女性が聖闘士になった時は仮面をつけなければならない等とは、言えない・・・・!!)

 シジフォスは内心冷や汗をかきながら心の中で呟いた。
 確かに女性も聖闘士になる事が出来る、出来るのだが聖闘士は男しかなれないのが原則であることから、女が聖闘士になった時、女を捨てた証として仮面をつけなくてはならないという掟がある。
 こんな掟のことを知ろうものなら

 「ありえねえ!!」「人権侵害です!!」「女性蔑視もいいところね」

 等々非難轟々になるのは目に見えている。こんなことで聖闘士のイメージを下げるのはかなりまずい。
 ちなみにハクレイは聖戦の前に、こんな掟は時代遅れだと廃止を呼び掛けたのだが、結局却下されたらしい。

 「・・・・聖闘士になるためには、小宇宙というものを燃やせるかどうかで適性が決まる。小宇宙というのは人間の中に存在する特殊な力で、聖闘士はそれを燃焼させる事によって超人的な力を発揮することが出来、原子を砕くという究極の破壊を行うことが出来る。だが、これを極めるには長い年月修行しなければならない」

 「え、えっと、ちなみにその修業の期間って・・・」

 さやかが恐る恐るシジフォスに質問をする。その質問を聞いたシジフォスはしばらくじっとさやかとまどか、そしてマミを見ると、結論を下した。

 「聖衣を手に入れるには・・・、君たちならば最低7、8年は必要だな・・・」

 「うえ!?し、7、8年!?あたしもう大学生になってんじゃん!!

 「うう・・・、私そんなに修行出来ないよ・・・」

 「さすがに、無茶があるわね・・・」

 シジフォスの言葉にさすがにまどか、さやか、マミは仰天した。いくらなんでも7年修行するなど自分達には無理だ。いかんせん一介の中学生がそんなことに時間を費やせるはずがない。さやかとまどかはかなりがっかりした様子であった

 「・・・そんな顔をするな。別に聖闘士になるのが幸せという訳じゃあない。修行も常に命の危険と隣り合わせだし、任務も死と隣り合わせのものばかりだからな」

 そう言ってシジフォスはまどかとさやかを慰めてくる。と、すかさずキュゥべえが勧誘をしてくる。

 「でも魔法少女になれば聖闘士になる事も夢じゃ・・・「貴様は黙ってろ」・・・・」

 全部言う前にシジフォスが遮り、鋭い眼光でキュゥべえを睨みつけ黙らせる。その視線にはさすがにキュゥべえも黙らざるを得ず、キュゥべえを抱いていたマミも背筋にゾクリと寒気が走った。流石にやりすぎたと感じたのかシジフォスはマミにすまないと詫びを入れて紅茶を口に含む。

 「・・・話が途切れたな。あと、聖闘士には階級が存在する。最下位の位である青銅聖闘士、第二位の位である白銀聖闘士、そして、黄道十二星座を象った聖衣を纏う最高位の黄金聖闘士の三つだ。この階級に含まれない例外的な聖衣も存在しないわけではないが、おおむねこんな感じだ」

 「へえ、そういえばシジフォスさんは黄金聖闘士っていってましたね!じゃあ聖闘士の中で一番偉いんですか?」

 まどかが目を輝かせながらシジフォスに質問をしてくる。と、シジフォスは首を左右に振って否定する。

 「いや、平時に聖闘士を束ねるのはアテナの代行者である教皇と呼ばれる地位の方だ。私達が一番偉いという訳ではないよ」

 「でもでも!聖闘士の中では最強なんですよね!?」

 「ん、まあ聖闘士の強さは聖衣によって決まるわけではないが、まあ概ねそうだな」

 「「おおー!!」」

 シジフォスの言葉にまどかとさやかは感激の声を上げる。と、マミが何か思い出したのかシジフォスに質問した。

 「あの、シジフォスさんは暁美ほむらさんと一緒にいた人と知り合いみたいでしたけど・・・」

 「ん?ああマニゴルドか。それは知ってて当然だ。彼もまた黄金聖闘士だからな」

 

「「えええええええええええええ~!!!」」



 シジフォスの返事にまどかとさやかが大声で絶叫を上げる。そのあまりの音量にシジフォスとマミは耳を塞いだ。

 「いや、何で君達が驚くんだ」

 「だ、だってあんな怖い顔をした人がシジフォスさんと同じ黄金聖闘士だなんて!!」

 「そうっすよ!!あんなどっからみてもマフィアにしか見えない目つきの悪いオッサンが・・・」

 「いや、そこまで言うか・・・。・・・もう一度言うが彼、マニゴルドは蟹座の黄金聖闘士だ。実力は教皇の直弟子だけあって相当なものだし、口はアレだが中々面倒見のいい奴だぞ」

 シジフォスの言葉に、三人とも信じられないと言いたげな目つきでシジフォスを見やる。
シジフォスは少しマニゴルドが憐れになってきた。

 (まあ、あいつももう少し言葉遣いがよければ、な・・・)

 シジフォスは内心ボソリと呟いた。

 「さて、私の話しはこんな所だ。次はマミ、君の話を聞かせてくれないか?」

 「へ、あ、はい。すいません。すっかり忘れていました」

 マミは照れ笑いしながらシジフォスに謝罪する。あまりにシジフォスの話しが凄過ぎて魔法少女について説明するという目的をすっかり忘れてしまっていたのだ。
 そして、マミはキュゥべえと一緒に魔法少女について話し始めた。

 曰く、魔法少女とはキュゥべえと契約したものであるということ。
 魔法少女はどんな願いでも叶えられる代わりに魔女と戦う使命を課せられること。
 魔女とは呪いから生まれた存在であり、世界に災いの種をまき散らす存在であること。
 魔女は常に結界の中に潜んでいるため、決して人前に姿を現すことはなく、結界に飲み込まれた人間は、大抵生きて帰れないこと。
 
 マミとキュゥべえが話したのは大体そんなところだった。
 まどかとさやかは真面目な表情で聞いていたが、シジフォスは既に知っていることであるため、お茶とケーキに舌鼓を打ちつつ聞き流していた。

 (希望を振りまく存在が、絶望を振りまく存在に変わる、か・・・。知っているとはいえ、どこまでも皮肉なものだな・・・)

 まるでどこぞの魔術師殺しみたいだ、とシジフォスは思っていたが、突然マミの言葉が耳に入ってきた。

 「・・・だから魔法少女になるのは命懸けよ、そこで一つ提案なんだけど、二人ともしばらく私の魔女退治につき合ってみない?」

と、突然マミが一つ提案を出す。その提案にまどかとさやかは疑問符を浮かべた。一方のシジフォスは黙ってマミを見ながらティーカップを傾ける。

 「魔女との戦いがどういうものかその目で確かめて、その上で魔法少女になるかどうか判断すればいいと思うわ。その上で、危険を冒しても叶えたい願いがあるかどうか、じっくり考えるといいと思うわ」

 「うーん、そうだね、そうしようよさやかちゃん」

 「まあ、アタシも今のところ叶えたい願いもないけど、もしできたときの為にやっとこっかな・・・」

 マミの提案にまどかとさやかも同意しようとした。が・・・、

 「・・・私は反対だ」

 と、今まで黙って聞いていたシジフォスが突然口を開いた。
その口調は固く、どこか冷たかった。

 「えっと、シジフォス、さん・・・?」

 助けてくれたときと正反対な雰囲気に、まどかは戸惑った。シジフォスはティーカップを下ろすとまどかとさやかに視線を向けた。

 「まどか、さやか。君達は何でも願いが叶う、マミのように人のために戦えると言う考えから魔法少女に憧れているようだが・・・・、逆に聞くが魔法少女とはそんなに良いものなのか?」

 「え・・・・?」

 シジフォスの言葉にまどかとさやかは茫然とした表情になる。シジフォスは構わず話し続ける。

 「確かに魔法少女は人々に害をなす魔女と戦い、人を守る。憧れるのも分からないわけではない。だがな、魔女と戦うと言うのは、一歩間違えれば魔女との戦いで戦死する可能性もあるということだ。そこを分かっているのか?」

 「そ、それは・・・・」

 「・・・・・」

 シジフォスの言葉にまどかもさやかも二の句が告げられなくなる。シジフォスはそんな彼女達を見ながら、再びカップに口をつけると、息を吐いて少し悲しげな表情を浮かべた。

 「・・・私達聖闘士も、地上の人々に害をなす多くの敵と戦ってきた。どの戦いも熾烈で、安易な敵など誰一人としていなかった。
そして、その戦いの中で、多くの同志達が犠牲となった。そして、その犠牲となった者達の中には・・・・、君達と同年代の子供達もいた・・・・」

 「「「・・・!!」」」

 シジフォスの言葉に、まどか、さやか、そしてマミの表情が強張った。一方のキュゥべえは相変わらず無表情であったが・・・。

 「私は、彼らのことを誇りに思っている。彼らの死が犬死だとも考えたことはない。・・・だが、私は見たくはないんだ。まだ未来のある君達が、戦場で命を落とすところを、な・・・・」

 「・・・シジフォスさん・・・・」

 「まどか、さやか、君達には愛する家族がいるだろう?大切な友達も、いるはずだ。
君達が魔法少女になれば、その人たちとは今までと同じ関係ではいられないだろう。


 そして恐らく、いや、絶対に引き返すことは叶わない、その道を、行く覚悟があるのか?」

 「・・・・」

 シジフォスの言葉にまどかとさやかは言葉も出なかった。そんなこと、全く考えてなかった。戦場に出るということも、死ぬということも。
 
もし死んだら、家族は、友達はどう思うだろう。
 きっと、悲しむだろう。パパも、ママも、達也も、仁美も。

 そして、さやかも、きっと悲しむ。

 どんな願いが叶っても、どんなに強くなったとしても、死んでしまうのは怖い、嫌だ。

 人の役に立てるから、どんな願いでも叶うから・・・・。

 そんな安易な考えで踏み込んじゃいけないんだ・・・・。

 まどかは沈痛な表情で俯き、さやかも同様な表情を浮かべていた。
 そんな二人の様子を見たシジフォスは、今度はマミに視線を向けた。

 「君も少し軽率すぎるぞ、マミ。君一人ならまだしも、二人の一般人を魔女との戦いに連れて行くなど危険すぎる。弱い魔女や使い魔ならまだしも、強力な魔女との戦いになったら、彼女たちを守りながら戦うことができると思っているのか?」

 「!?そ、それは、その・・・・」

 「彼女達にも彼女達の生活がある。万が一彼女達に何かあったら、君は彼女達の家族に、友達にどうやって詫びるつもりなんだ?君に悪気がなかったとしても、周りはそうは思わないだろう。君は、彼女達に親しい人々から恨まれ、罵倒され続けることになるかもしれない。その覚悟は、君にあるのか・・・・?」

 「・・・・私は・・・」

 シジフォスの言葉に、マミは今にも泣きそうな表情で俯いた。

 そうだ、彼女達は自分とは違う。

 自分達を心配し、愛してくれる家族もいる。

 何でも相談できる友達もいるのだ。

 もしも彼女達が自分と一緒に行動しているときに使い魔に襲われたら・・・。あるいは魔女の攻撃を受けて死んでしまったら・・・。

 彼の言うとおり、魔女にも強いものと弱いものが存在する。

 万が一にも強力な魔女と戦闘になったら、彼女達を守りながら戦うのは難しいだろう。

 その間に彼女達が使い魔に襲われたら・・・・。

 マミの表情を見て、シジフォスは言い過ぎたと感じたのか、ばつの悪い表情を浮かべる。
そしてティーカップに残っている紅茶を飲み干すと、クロスボックスを持ち上げて床から立ち上がる。

 「まあそういうことだから私は君達が魔法少女を志すのには反対だ。もうなってしまったマミは仕方ないかもしれないが。
君達は日常の、もとの生活に帰るんだ。魔女も、使い魔も私達黄金聖闘士が何とかする。マミ、君もできることなら魔法少女の力は自衛の為に使うほうがいい。心配しなくても手に入ったグリーフシードはすべて君に譲るから安心してくれていい。
 私が言いたいことは以上だ。ご馳走様、マミ。まどか達ももう夜遅いから気をつけて帰るんだよ」

 シジフォスは最後にニコリと彼女達に笑みを向けるとクロスボックスを背負って玄関まで歩いていき、玄関のドアを開けてそのままマミの部屋から出て行った。一方まどか達はその後ろ姿を呆然と見送るしかなかった。


 シジフォスSIDE

 「ふう・・・、少し言い過ぎたかな・・・」

 シジフォスは夜風を浴びながら自分が住居としているマンションに向かって歩いていた。
そして、歩きながら今日出会った少女達、まどか、さやか、マミについて考えていた。
魔法少女になるのをためらわせるためとはいえ、少し言い方が厳しかったかもしれないとシジフォスは若干反省していた。
 魔法少女はいずれ魔女になる事、そしてキュゥべえの本当の目的を洗いざらい言ってしまえば彼女達も魔法少女になりたいなどと思わなくなるだろうが、それを伝えるのは出来る限り終盤の方が望ましい。
 今言ったとしてもあのインキュベーターに言いくるめられるだろうし、下手をすれば全く信じない可能性もある。
 そしてたとえ信じたとしても、最悪巴マミが暴走して魔法少女達を殺して回り、最後は自分も死ぬという結末になる可能性もあるのだ。
 だから伝えるのは出来る限り後、少なくともさやかが魔女化した時にするべきだと依頼主は言っていた。

 「しかし・・・、俺ももう少し言い方を考えるべきだったか・・・」

 だが今回の言い方は少し厳しすぎたかもしれない、シジフォスは少し反省しながら夜空を眺める。

 空には幾つもの星が煌めき、それぞれの星が空に星座を形作っている。それらの星座の中には、自分が聖戦の折りに共に戦った戦友達の星座もあった。

 (あの聖戦の時・・・、俺は、いや、俺達は一度死んだ・・・、しかし、『彼』によって我々は新しい生命を与えられ、この世界に来た・・・)

 シジフォスは感慨深げに夜空に輝く星座達を眺める。

 自分達の時代よりも後の聖戦については『彼』の話しで知っている。

 自分の知っている天馬星座の聖闘士によく似た、次世代の天馬星座の聖闘士、星矢。そして、彼らと共に闘う青銅の少年達。

 彼らは幾多の激戦の中で多くの奇跡を起こし、遂には神にも勝利した。

 その時彼は、いや、かつての黄金聖闘士達は確信した。

 もう、大丈夫だと。自分達の願いも、思いも、全て次代へ受け継がれたのだと。

 (ならば、私達も新しい役目に励まなくてはな)

 彼ら後輩が戦っているのならば、先輩である自分達もうかうかしていられない。

 自分達も新しい命を再び世界の為に使おう。そして、絶望にあえぎ、希望を失った人々を救いあげよう。

 「未来の後輩に、かっこ悪いところは見せられない、か・・・。確かにその通りだ」

 アニメでマミが口にした言葉を呟きながらシジフォスは笑った。

 と、その瞬間・・・、

 「・・・!この小宇宙は・・・」

 シジフォスは足を止めると、周囲を見渡した。まるで、何かの気配を探るかのように。
 彼が足を止めた理由、それは、この世界では感じとれないはずの小宇宙を二つ、感じ取ったからである。無論、マニゴルドやアルデバラン、ましてやシジフォスのものではない。
 だが、シジフォスはその二つの小宇宙を知っていた。なぜならその小宇宙は、彼が共に戦った戦友達のものであったのだから・・・。
 シジフォスの表情に、笑みが浮かぶ。それは、旧来の友との再会を喜ぶ笑み。

 「ふっ、別に来ると言っていたが、まさかお前達とはな。これは、少し面白くなってきたか」

 シジフォスは笑みを浮かべながら、再び夜道を歩き始めた。そんな彼の頭上では、気のせいか二つの星座が一際強い輝きを放っていた。



あとがき

ちなみにシジフォス達黄金聖闘士はこの世界に来るまでに漫画版星矢を全巻読破しています。ついでに蟹座と魚座のあんまりな扱いに、マニゴルドの兄貴と教皇とアルバさんがブチ切れたことはまた別の話。
で、まどマギでの任務が終わったら未来の聖域に行ってデスマスクとアフロをボコりに行こうと決めているのもまた別の話。



[35815] 第4話 魔法少女体験コース
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆175723bf ID:9f458038
Date: 2012/12/16 08:30
 第4話 魔法少女体験コース

 「行ってきまーす!」

 「行ってらっしゃい、まどか」「行ってらっしゃーい!おねーちゃーん!」

 まどかはいつも通り元気よく家族に挨拶して家を出る。
 いつもの習慣と化した行動であり、家族達も彼女に向かって返事を返す。

 なお、家族にはまどか一人が学校に行くようにしか見えないが・・・、

 「本当に人には見えないんだね」

 「その方が僕にとっては都合がいいからね」

 実際はまどかの肩の上にキュゥべえが乗っていた。
 何故かはわからないがキュゥべえはどうやらまどかやさやか、マミ以外の人間には見えないらしく、昨日家に帰って来た時も家族はキュゥべえに気付いた様子はなかった。

 「おはよう、さやかちゃん!仁美ちゃん!」

 「まどかさん、おはようございます」「おはようまどっ・・・くあ!?」

 仁美は普通に挨拶したのに対して、さやかはまどかの肩に乗っているキュゥべえに気が付いて声が上ずってしまった。

 「?どうしたんですの、さやかさん?」

 「!?あ、い、いや、何でもない!何でもないんだ!!」

 奇声を上げたさやかに仁美は不思議そうな表情を浮かべるが、さやかはすぐさま驚いた表情を引っ込めて何でもなさそうに右手を振る。が、左手はまどかに向かってこいこいと合図をしていた。まどかは不思議そうな表情を浮かべながらさやかの側に近づいた。と、さやかがまどかに接近してまどかにヒソヒソと話し始める。

 「・・・やっぱりそいつって、アタシ達にしか見えないみたいだね」

 「そうみたいだね」

 「あの~、さやかさん?まどかさん?お二人で何を・・・」

 流石に気になったのか、仁美がどこか心配そうな表情で聞いてくる。

 「うえ!?なななななんでもねーよ!!」「うんうん!!さやかちゃんの言うとおり!!」

 「・・・そうですの?なんだか変ですけど・・・」

 仁美はどこか釈然としない表情で二人を見ていた。一方のさやかとまどかは内心冷や汗をかきながら表面上はニコニコと笑っていた。

 (あっぶね~・・・、マジで仁美こいつが見えてないんだ・・・)

 (あ、それからさやかちゃん、私たち声を出さなくても会話できるらしいよ?)

 (マジ!?テレパシー!?あたし達もうそんなマジカルな力が・・・。それとも、シジフォスさんの言っていた小宇宙に目覚めた!?)

 (いや、僕の力だから・・・)

 (・・・あ、あっそ・・・)

 ちょっと期待していたのかさやかはがっくりと肩を落とした。それを見ながらまどかは「あはははは・・・」と、苦笑いしていた。

 「本当に二人ともどうしたんですか?目配せばっかりして・・・。・・・はっ!!まさか、一日合わない間にそんな関係に!?で、でも駄目ですわ~!!それは禁断の愛の関係なのですのよ~!!」

 「いい!?ち、違う違う!!アタシとまどかは百合じゃない!!百合じゃないっての!!」

 突然なにを勘違いしたのか頬を真っ赤に染めてイヤイヤと顔を振り始めた仁美に、さやかが顔を真っ赤に染めて反論する。一方のまどかは何が何だか分からないといった表情を浮かべている。が、次のさやかの言葉でまどかの表情は一変した。

 「大体ありえねえって!!まどかにはな、初恋の人が居るんだよ!!」

 「ちょ、ちょっとさやかちゃん!!」

 「あら?そうだったんですの?一体どんな殿方なんですの?」

 「ひ、仁美ちゃんまで~・・・「おや?まどかにさやか。また会ったね。今日も元気そうだな」・・・シ、シジフォスさん!?」

 まどかが反論しようとすると、突然噂の人物の声が後ろから聞こえた為、まどかはびっくりして後ろを振り向いた。まどかの視線の先には、紺色のスーツを着込んだシジフォスが、朗らかな笑みを浮かべながら立っていた。
 突然現れたシジフォスに、まどかは顔を真っ赤にしながらアワアワと慌てている。一方さやかは仁美とひそひそ会話をしていた。

 「・・・あれが例の初恋の人だよ。おとといまどかが言ってた、曲がり角でぶつかって、惚れた人らしい・・・」

 「・・・まあ!素敵な殿方じゃないですの~・・。まどかさん羨ましいですわ~・・・」

 仁美は頬を真っ赤にしながらうっとりとした目でまどかとシジフォスを見ている。さやかも二人を面白そうなものを見るような眼で見ている。まどかはそんな二人に構わずシジフォスとの会話を楽しんでいた。

 「おはようございますシジフォスさん!えっと、昨日は、その・・・」

 「いや、構わないよまどか。私も昨日は言いすぎた。すまない」

 「・・・あ、はい・・・」

 シジフォスの言葉にまどかは顔を真っ赤にして俯く。そんなまどかを微笑ましげに見ていたシジフォスは、ふとさやかと仁美の方に顔を向けた。

 「おはようさやか、・・・と、そちらのお嬢さんは?」

 「あっ、おはようございますシジフォスさん!!この子はアタシとまどかの友達の
志筑仁美っていいます!」

 「志筑仁美といいます。よろしくお願いしますねシジフォスさん」

 「ああ、よろしく頼む、仁美」

 自己紹介をしてきた仁美に対して、シジフォスは礼儀正しく礼を返した。
そして、二人を見ると少しすまなそうな表情を浮かべる。

 「あ~、二人ともすまないがまどかと二人きりで話がしたい。少々外してもらえるかな?」

 「え、ええええええ!?」

 シジフォスの言葉にまどかは顔を真っ赤にして慌てふためく。一方さやかと仁美は黄色い声を上げてはしゃぎ回った。

 「ひ、仁美!!こ、これはアレ、アレだな!!」

 「そうです!!きっとそうですわ!!さやかさん!!こうしちゃいられませんわ!お邪魔にならないように私達は退散しましょう!!」

 「おっしゃ!!んじゃまどか!!アタシ達は先行くから!!結果聞かせろよ~!!」

 「お二人でごゆっくり~♪」

 「ああ!!さやかちゃん!!仁美ちゃん!!・・・いっちゃった」

 「全く・・・、何を勘違いしたのだか・・・。大体私はもう29歳のおじさんなんだが・・・」

 急いで学校に向かってしまった二人を見送ったまどかは呆然とした表情を浮かべ、シジフォスは苦笑いをしていた。

 「まあいい。ところでまどか、一つ聞きたいんだが・・・」

 「は、はいっ!!まずはお友達からです!!」

 「はあ・・・?」

 シジフォスは訳が分からないと言いたげな表情で、まどかを見ていた。まどかは自分が言ったことに気が付いて、顔に火がついたように真っ赤になってしまった。

 「あー、私が聞きたいのは、だ・・・。昨日のことだ。まどか、結局君は、どうしたいんだ?」

 「え・・・?・・・・あ、あれは、その・・・」

 まどかは、シジフォスが何を言いたいのか気がつき、顔を下に俯かせた。
 その様子を見て、シジフォスは彼女とさやかがどういう決断をしたのかが大体予想できた。

 「えっと、その、・・・さやかちゃんと一緒に、何度かマミさんの魔法少女の活動を見学しようって、事に決めたんです、けど・・・」

 「・・・・」

 怒られると思ったのか、小さい声で話すまどかに、シジフォスは予想通りの答えが出たことに、怒るよりも溜息が出てしまった。

 「・・・一応聞いておくが、何故そうしたんだ?昨日魔法少女になる危険を説明したはずだが・・・」

 「・・・分かっています。魔法少女は単なる興味本位や軽い気持ちでなっちゃいけないものだってことは・・・。でも、でも私は・・・」

 「・・・誰かを助けるために、働きたいから、か・・・?」

 「・・・!!そ、そうです!!・・・あの、いけませんか?」

 「・・・・・」

 まどからしい答えだ、とシジフォスは頭を痛めた。
 アニメで魔法少女になる前のまどかは、とにかく自分に対して劣等感を持ち続けていたという記憶がある。
 魔法少女になりたいというのも、あまり役に立たない自分でも、人の役に立ちたいという“献身”の気持ちから来ているのだろう。
 結果的にそれが最悪の魔女を生み出す結果となるのは、あまりにも皮肉としか言いようがない。
 シジフォスはしばらく沈黙していたが、やがて諦めたかのように溜息を吐いた。

 「・・・・分かった、仕方がない。君達が決めたことならもう何も言わない。ただし、念のために私も付いて行くぞ。君達に何かあったら、私自身寝覚めが悪すぎる」

 「ええっ!?い、良いんですか!?」

 「本当ならば行かないでくれればこちらも一番なのだがな。危険を少なくするためだ」

 「あ、ありがとうございます!!」

 「礼には及ばない」

 シジフォスはぶっきらぼうにまどかに返事をする。が、まどかは何処か嬉しそうににこにこ笑っていた。シジフォスはそれを見てふう、と息を吐いた。

 (・・・仕方がない、どの道彼女達は魔法少女と魔女の戦いに関わらなければならないのだからな・・・)

 それでも彼女を止めたいと思っていたシジフォスは気付かれないように、鋭い視線をまどかの肩に居るインキュベーターに向けた。

 ほむらSIDE

 「・・・ああ、ああ、分かったぜシジフォス。んじゃあな」

 「・・・彼は、何だって?」

 電話の連絡を終えたマニゴルドに向かって、ほむらは表情を変えることなく問いかける。
 マニゴルドは携帯電話を折りたたむと、肩をすくめた。

 「鹿目まどかと美樹さやかが巴マミと一緒に魔法少女研修に行くってよ。随分とご苦労な事だぜ」

 「・・・何ですって?シジフォスは止めなかったの?」

 「止めたらしいぜ。が、結局駄目だったっぽいな」

 「くっ、今日は魔法少女になれないのに・・・」

 ほむらは苦々しげな表情で地面を蹴る。
 マニゴルドはそんなほむらを安心させるように口を開いた。

 「まあそんなに心配すんなっての。あいつらにゃシジフォスが付いてやがる。並の魔女なんざあいつ一人で充分だろ」

 「それでも、もしまどかに何かあったら・・・」

 「はあ・・・この過保護が・・・。んなに心配なら俺もこっそり行ってやろうか?それなら満足だろうが」

 「・・・・いいの?」

 ほむらは表情を一変させると、マニゴルドをじっと見る。マニゴルドは後頭部を掻きながらコクリと頷いた。

 「こうでもしなきゃてめえは納得しねえだろうが。ただし、てめえが魔女に襲われても自己責任でなんとかするんだな」

 「・・・ええ、分かったわ」

 「ちったあテメエの身体も心配しやがれ、ったく・・・。んじゃさっさと学校行け。遅刻すっぞ遅刻」

 マニゴルドはほむらを追い払うかのように手を振った。ほむらは黙って学校への通学路を歩きだした。が、数歩歩くとほむらはマニゴルドの方を振り向いた。

 「マニゴルド」

 「あん?

 「・・・・ありがとう、私の為に、色々してくれて」

 そういうとほむらは再び前を向いて通学路を歩いて行った。

 「・・・へえ、案外素直なとこあるな、あいつ・・・」

マニゴルドはそんなほむらの後姿を見送りながら、ポツリと呟いた

 シジフォスSIDE

 「さてと、それじゃあ魔法少女体験コース第一弾、張り切っていきましょうか!」

 「・・・・・・」

 そして時間はあっという間に過ぎて、放課後・・・。

 集合場所に指定したハンバーガーショップに集合したまどか、さやか、シジフォスに対して、マミは元気良く宣言した。他の二人は「おー!!」と掛け声を上げたりどこか楽しみな様子だったが、シジフォスはむっつりとした顔で黙々とハンバーガーを咀嚼していた。
 そんなシジフォスをマミはどこか気まずそうな表情で見ていた。はしゃいでいた二人もシジフォスの様子を見て気まずそうにお互いに視線を交わした。
 
 「で、みんな準備はいいかしら?」

 「私ならば聖衣無しでも大抵の魔女に対処するのは可能だ」

 気まずい雰囲気を振り払うように質問をしたマミに対して、まずシジフォスがコーヒーを啜りながらそう返答した。それを見ながらまどかたちは苦笑いを浮かべた。確かにこの人なら聖衣無しでも魔女とかをなぎ倒してしまいそうだ。

 「あたしはさっき体育館倉庫から借りてきたコレで!」

 と、さやかは金属製のバットを取り出した。どうやらそれで魔女と戦うらしいが・・・。

 「・・・まあ、無いよりはマシといったところか・・・」

 「ええ!?シジフォスさんヒドッ!!」

 「まあ、覚悟は認めるわ。覚悟は。・・・それで鹿目さんは何か準備してきたの?」

 「え、えっと、私は・・・これ!」
 
 マミの質問に対して、まどかが取り出したのは一冊のノート。そして、まどかが開いたページに描かれていたのは・・・・。

 「・・・うっわー・・・・」

 「・・・・・」

 (なん・・・・だと・・・・!?)

 「えへへ、とりあえずまずは形から、って思って」

 さやかとマミは呆然とした表情を浮かべ、シジフォスは目を見開いて開いた口がふさがらないといった表情を浮かべていた。
 シジフォスはアニメの知識でまどかが魔法少女になった時のデザインをノートに描いて持ってくることを知っていた。そして、実際に描いてきた、描いてきたんだが・・・・。

 (なんで黄金聖衣のデザインがドッキングしてるんだ!!??)

 そう、そのデザインは、アニメの魔法少女のデザインと射手座の黄金聖衣をドッキングさせたものだったのだ。いや、ほぼ射手座の黄金聖衣といってもいい。
 まず頭には黄金聖衣のマスクがつけられている、次に上半身なのだが袖が無いことを除けばほぼ射手座の黄金聖衣だ。あの特徴的な翼も付いている。
 下半身のスカートはアニメのものと同じだが、脚部は黄金聖衣のフットパーツを装着している。
 どうやらシジフォスに憧れたことが原因らしいが、まさかまどかの魔法少女のイメージにまで影響を与えるとは思わなかった、シジフォスは内心頭を抱えていた。

 「・・・まあ、意気込みだけは認めるわね。でも、これって・・・」

 「どうみても・・・、黄金聖衣、だよなあ・・・」

 「えへへ、だって魔女と戦っていた時のシジフォスさん、すごく格好良かったから・・・あれ?シジフォスさん?どうしたんですか?」

 「ん、あ、ああ、何でもない、何でもないんだ」

 シジフォスが頭を押さえているのを見たまどかは、心配そうに声をかけた。それをシジフォスは苦笑いを浮かべながら大丈夫だとまどかに言った。そして大きく息を吐きながら複雑そうな表情でノートを見る。

 「あー、まあ、魔法少女になるか否かはともかくとして、憧れてくれるのは、私としても嬉しい。うん、ありがとう」

 「えへへ、はい」

 シジフォスの言葉にまどかは嬉しそうな笑みを浮かべた。それを見ながらマミとさやかは苦笑いしていた。

 「・・・唖然としたんでしょうね、自分の聖衣をモデルにされたことに」

 「・・・はあ、まどかにゃ負けたよ・・・、いろんな意味でな・・・」

 少女達はぼそぼそとそんなことを話していた。無論、シジフォスにはその会話はばっちり聞こえていた。しかし、彼自身はそんなことはどうでもいいとばかりに目の前の絵を眺めながら溜息を吐いた。

 (・・・まさか私の聖衣をモデルにしてくるとはな・・・。やはり介入したせいで歴史が変わり始めているようだな。だが、この変革は、喜ぶべきなのか、そうでないのか・・・)

 シジフォスはまどかから渡されたノートの絵を見ながらぼんやりとそう考えた。そのうち、シジフォスの頭の中に、ふと疑問が出てきた。

 (・・・それにしても魔法少女の衣装はどうやって決定されるのだ?まさかソウルジェムを作り出した時に、自動で・・・?・・・となると、教皇とハクレイ様の御衣裳はどうなるというのだ?)

 シジフォスは、教皇であるセージとその兄ハクレイが自らの実験の為にキュゥべえと契約したことを思い出し、少し想像してみた。

 セージとハクレイがアニメでマミやさやかが着ていた魔法少女の服装を装着した姿を・・・。

 (・・!?!?!?い、いかんいかんいかん!!こんなものを想像するのは視覚の暴力・・・、ではなくあまりにも不敬だ!!俺は何と恐れ多いことを!!忘れろ!!忘れるんだシジフォス!!)

 頭の中に浮かび上がった余りにもおぞましい姿に、シジフォスは真っ青になって頭を振り回して想像を忘れようとする。 

 「ふわっ!?し、シジフォスさん!?大丈夫ですか!?」

 「ちょ、ちょっとシジフォスさん!!一体どうしたんすか頭を振り回しだして!!」

 「何か思い出したくないことでも思い出したのかしら?」

 何気にマミが当らずとも遠からずな事を言っているのを聞きながら、シジフォスは自分の思い浮かべた想像を打ち消すため、頭を光速でブンブンと振り回し続けた。

 その後、まどかを介してキュゥべえに聞いたところによると、もし男がキュゥべえと契約して変身した場合には本人のイメージや願いによって変わってくるものの、ちゃんとした男用の衣装になるとの返答があり、シジフォスは内心安堵を浮かべたとのことだ。

 セージ、ハクレイSIDE

 「ファークシッ!!ズズ、何じゃ一体・・・」

 「いかがなされた兄上。風邪でも引かれましたかな?」

 「違うわセージ。どうやらどこぞの誰かがワシの噂をしておるようじゃ」

 ここは見滝原から離れたあすなろ市に存在する屋敷。そのとある一室で二人の老人が茶を飲んでいた。
 老人は二人ともそっくりな容姿をしており、着ている服装、そして髪形を見なければどちらがどちらなのか分からなくなっただろう。
 片方の老人は長い髪をそのままにしており、濃い緑色の羽織と茶色い袴を着ている。一方の老人は白髪を束ね、群青色の羽織と紫色の袴を着ている。
 
 この二人こそ、かの聖戦において死と眠りを司る双子神を封印した教皇セージと祭壇座のハクレイその人である。ちなみに緑色の羽織を着ているのがセージ、群青色の羽織を着ているのがハクレイである。
 彼らはこのあすなろ市において、魔法少女となった少女達を魔女にならないよう、また、魔女になったばかりの魔法少女を人間へと戻すために活動を行っているのである。

 「しかし此処に来てからもう2カ月近く経つのう・・・。なんとも時が過ぎるのは早いものよ・・・」

 「はい、ですが未だに魔女の出現は収まりませぬし、魔法少女の契約も後を絶ちませぬ。インキュベーターの勧誘に釣られる者が、それだけ多いのでしょう」

 「全くじゃ。仕事熱心なのは結構、とよく言うが、この仕事ばかりはサボって貰いたいもんじゃわい、というかやらんで貰いたいのう。まあ、それを言うなら勧誘に釣られる連中も連中なのじゃが・・・」

 「彼奴等もやり口が巧妙なのです。事故で死にかけたところ、肉親が病気なところ、さまざまな困難にぶつかったところ等々、少女達が悩み苦しんでいるところを狙って勧誘を行ってきます。発見するのが中々に困難ですので防ぐのも容易ではないのです」

 セージは茶を啜りながら苦々しげにそう呟く。
 実際彼らも少女がキュゥべえと契約することを止めようとはしているのだ。
 しかし見つけたころには、既に契約していた場合がほとんどであり、あまり効果が無いのが現状だ。
 セージの苦々しげな表情に対して、ハクレイはどこか自信ありげな表情で茶を啜る。

 「わかっとるわい。その為にわし等がその契約を、・・・何と言ったか。・・・そうじゃ、くーりんぐおふしておるのではないか」

 「兄上・・・、用法が違いますぞ。まあ確かに契約を取消すのでは同じかもしれませんが・・・」

 セージはじと目で兄の言葉に突っ込みを入れる。
 結局彼らの行っていることは、魔法少女と化した少女を魔女化させないために、ソウルジェム内部にある魂を肉体に戻すことしかない。
 魔法少女が魔女に変異するのは、ソウルジェムが穢れによって完全に濁りきった時である。この『穢れ』の機能はソウルジェムに備わっている機能であり、ソウルジェムから魂を切り離して肉体に戻せば、穢れが溜まる事も無くなり、魔女化することはない。
 その代わり、魔法少女の時とは別の影響が出てくるのだが、これは今のところ研究中である。
 
 「ふっ、しかもこれは契約を解除したわけではないから願い自体はそのままよ。すなわち折角インキュベーターが結んだ契約を踏み倒して無駄にしてやった、ということになるのう?いやはや、愉快だとは思わんか?セージ」

 「踏み倒しとは言葉が悪いですぞ兄上。そもそも連中が魔法少女化する際のデメリットを教えぬから悪いのでありましょう?まあ、知ったらまず確実に魔法少女になりたいなどとは思わぬでしょうがな」

 ハクレイの言葉にセージは苦笑しながら茶を啜る。と、突然ドアをノックする音が聞こえてきた。

 「ぬ?誰じゃ?」

 「イエーイ!グランパ’s、元気にしてたー?みんな大好きカズミちゃんの登場だよ~!!」

 「なんじゃ、ミチルか」

 「なんじゃって、ひっどーい!!折角来たのにそれないんじゃなーい!?」

 扉が開くと黒い短髪の少女が元気な声を上げながら飛び出て来た、が、ハクレイは気のない返事を少女に返す。と、ミチルと呼ばれた少女は不満そうな表情で抗議の声を上げた。

 「兄上、あまりいじめてはなりませんぞ。よく来たなミチル。今日も元気そうで何よりだ」

 セージが苦笑しながらミチルに声をかけると、ミチルは嬉しそうにセージに笑顔を向けた。

 「えへへ~、セージグランパこんにちは!・・・ハクレイグランパもついでにこんにちは~」

 「ワシはついでか・・・」

 「いじわるなハクレイグランパはついでで十分なの!!」

 そう言ってハクレイに向かってアッカンべーをするカズミ。ハクレイはむー、と唸り声を上げながらカズミを見る。

 「全く、お主という奴は・・・」

 「兄上落ち着かれよ。みちるもあまり他人を挑発するでないぞ?」

 「はーい、ごめんなさーいセージグランパ♪」

 「ワシにも謝らんかい!・・・ったく」

 ハクレイは文句を言うものの、彼女の元気な様子に、どこか嬉しそうな表情を浮かべていた。
 この少女の名前は和紗ミチル、通称「カズミ」。
このあすなろ市を中心に活動している魔法少女集団、「プレイアデス聖団」の創設者であり、リーダーである。
 魔女から救い出した六人の少女と共に聖団を結成したものの、その後無理が祟ってソウルジェムが濁りきって魔女化。その時にセージとハクレイの手によってグリーフシード内の魂を人間の肉体に戻され、救出されたのである。その後、聖団のメンバーと一緒に、セージ、ハクレイの任務に協力しているのだ。
 ミチルはセージ、ハクレイの二人には、命の恩人ということもあって懐いており、グランパ(おじいちゃん)と呼んで慕っている。一方のセージとハクレイも、ミチルを含むプレイアデス聖団のメンバーの事を、孫のように思い、可愛がっている。

 「ところで、何か用でもあるのか?まさか、また魔女でも出てきたのか?」

 「ノンノンノーン!もうすぐお昼でしょ?だから私が一つ腕でも振るおうって♪」

 みちるは指を振りながらニコニコと笑っている。それを見てセージとハクレイも笑みを浮かべた。

 「ふむ、なら我等も同席に預かろうか、セージよ」

 「はい、丁度腹も減ってきたところですしな」

 「ふっふーん!ならダイニングルームにレッツゴー!!」

 元気よく掛け声を上げながらミチルは二人を先導するように先に歩きだす。セージとハクレイはその後ろに付いて行く。

 「やれやれ、元気なもんじゃわい」

 「まあまあ兄上、若い時はこれだけ元気な方がいいものですぞ」

 若干呆れた表情のハクレイとセージは、そんなおしゃべりをしながら食堂へと歩いて行った。
 食堂に着くと、そこには既に他の聖団のメンバーが集まっていた。
と、突然一人の少女がハクレイ目がけて突っ込んできた。

 「おじいちゃーん!!」「ぬおお!?いきなりつっこんでくるでない!!」

 ハクレイはその少女を受け止めると彼女の頭を優しくなでる。少女は気持ちよさそうに顔を和らげる。
 もし、ミチルを知っている人物が彼女の顔を見たら、さぞかし驚くことだろう。
 なぜなら彼女の顔は、ミチルの髪の毛をそのまま長くしたかのようで、鏡で映したかのようにそっくりであったからである。
 そんな少女とハクレイの触れ合いにミチルと他の聖団のメンバーとセージは微笑ましそうに笑っていた。

 「くっくっく、兄上、随分懐かれてますな」

 「セージ、茶化すでないバカモン。子供を持つ身にもなってみるがいい」

 「まあいいじゃなーい♪『カズミ』ちゃんもおじいちゃんに会えて嬉しいよね~♪」

 「もちろんだよ!ミチルお姉ちゃん!」

 ミチルと会話するカズミと呼ばれた少女の頭を撫でながら、ハクレイは苦笑した。

 「全く、厳密にはお主はワシの孫ではなく、『娘』、なんじゃがのう、昴カズミよ・・」

 ハクレイは周囲に聞こえない声で、ボソリと呟きながら、自分の『娘』の頭を撫でていた

 恭介SIDE
 
上条恭介はベッドの上で、音楽を聴きながら自分の動かない腕を見つめていた。
 
病院の医師に宣告された。この腕はもう元には戻らないだろう、と。
 
 奇跡や魔法でもない限り、バイオリンを弾くことなど出来ないだろう、と・・・。

 その宣告を受けた時、恭介は呆然となった。

 もう、バイオリンを弾けない、もう、あのステージに立つことも適わない・・・。

 そう確信した彼の胸に浮かんだ感情は、絶望・・・。

 好きなバイオリンを弾けない絶望、自分の大好きな曲を思う存分弾くことが出来ない絶望・・・。

 恭介は、震える指でCDの音楽を止めた

 正直、聞きたくなかった。もう自分に弾けない曲なんて・・・。

 折角のさやかの好意で貰ったCDも、今では聞いても苦痛にしか感じなかった。

 どうすればいいんだろう。もうバイオリンの弾けない人生なんて、生きる意味があるんだろうか・・・。

 恭介が物思いに沈んでいた時、突然思考を遮るかのようにドアをノックする音が聞こえた。恭介はうつろな瞳でドアを見る。

 「・・・はい、どちらさまでしょうか?」

 「ああ、すまない、起こしてしまったかな?」

 と、扉の向こうから声が聞こえた、が、恭介には全く聞き覚えのない声だ。
 一体誰だろう、と黙って扉を見ていると、再び向こう側から声がした。

 「私は君の見舞いに来た者なのだが、部屋に入っても構わないかな?」

 聞き覚えのない声だが、声の音程からすると男性の声であることには間違いない。恭介自身は全く記憶にないが、ひょっとしたら自分が覚えていないだけなのかもしれないし、なにより自分の見舞いにわざわざ来てくれた人を無碍に追い返すわけにはいかない。

 「えっと、はい。どうぞ」

 「そうか、なら失礼させてもらうよ」

 恭介の了承を聞いて、声の主は病室のドアを開けた。
 その瞬間恭介は、入ってきた男性を見て、呆然となった。

 彼は緑色の髪の毛を首辺りまで伸ばし、青味がかったスーツを着ており、右手には白い包み紙で包まれた箱を持っている。その容姿は整っており、男である自分から見ても相当な美形であることが分かる。

 だが、恭介が気になったのは、彼が身に纏っている雰囲気だ。

 冬の風を纏っているかのようなまるで冷気のような雰囲気、何故か部屋が少し涼しくなったかのような感覚を覚えた。

 「君が上条恭介君か。いや、是非会いたいと思っていた」

 「えっと・・・、貴方は・・・」

 恭介は自分が全く知らない人物が自分の名前を知っていたことに驚きながら、彼の名前を尋ねた。

 「私の名前はデジェル。君のファンと言っておこうかな」

 恭介の問い掛けに、男性、デジェルはニコリと口元に笑みを浮かべて、名乗った。

 「えっと・・・、ファンの方、ですか・・・。それは、ありがとうございます。でも、残念ですが僕は今バイオリンを弾ける状態じゃなくて・・・」

 「気を使わなくてもいい。私はただのしがないファンさ。単に君のお見舞いに来ただけだ」

 そう言ってデジェルは、近くにある棚に持ってきた箱を置くと、近くの椅子に腰掛ける。

 「もし時間があるのなら、少し私と話をしてくれないかな?折角だから君と是非話をして見たいと思ってね」

 「話、ですか・・・?別に構いませんが・・・」

 見たところ怪しい人物でも無さそうであり、話をするくらいは問題ないだろうと考えた恭介は、デジェルの言葉に応じた。デジェルはニコリと笑みを浮かべると、両手の指を組み、恭介の顔をじっと見る。

 「では早速聞きたいことがあるんだが・・・、



 もしも自分の願いが叶う、例えば、もう一度バイオリンの演奏が出来るようになるとしたら、どうする?」

 「え・・・?」

 思いがけない問い掛けに、しばらく恭介は呆然となった。
しばらく頭を整理すると、恭介はデジェルに聞き返した。

 「・・・それは、腕の怪我が治るって事でいいんでしょうか?」

 「そうだ、だが、代償として君は、君の一番大切な人を失うことになるが、ね」

 「大切な、人・・・?」

 デジェルの表情は、先ほどとは違って真剣な面差しとなっている。恭介は、その視線に気圧されながら、恐る恐る口を開く。

 「その・・・、つまり、大切な誰かを犠牲にすることで、願いを叶えるって事ですか・・・」

 「そういうことになるな。
 バイオリニストとしての人生か、それとも自分の大切な人の命か・・・。

 もし、君がどちらかの選択を迫られたなら、一体どれを、選ぶ?」

 「・・・僕は・・・」

 デジェルの問い掛けに、恭介は、ただ俯いて沈黙することしか出来なかった。

 腕が動けるようになりたい、バイオリンを再び弾けるようになりたい。

 さやかと一緒に聞いていた曲を、この手で弾いてみたい。

 でも、でもその為に、自分の大切な人を、家族を、親友を、自分を応援してくれている人たちの命を・・・、

 犠牲に、出来るのか・・・・。

 恭介は、頭の中で自問自答を繰り返した。

 でも、結局、答えを出すことが出来なかった。

 その様子を見て、デジェルも苦笑しながら肩をすくめた。

 「まあ、そう簡単に答えは出ないだろうな。君にとって、相当重い選択になるだろうから。ただ、これだけは言っておくよ。



 どんなに険しく、厳しい困難に見舞われても、君の側にいて、支えてくれる人が居るということを忘れてはいけないよ。君にとってその人が誰かは分からないが、その人との絆を、大切にすることだ」

 デジェルは恭介に言い聞かせるように、そう言った。恭介は、呆けたような表情で、デジェルの言葉を聞いていた。
 

 あとがき

 第四の黄金聖闘士、デジェルさんの登場です。本編じゃいまいち目立ちませんでしたけど・・・。外伝ではかっこよかったんですけどね。
皆さんの想像どおりでしたか?
 あとセージ、ハクレイの二人も登場。この二人が居れば、もう悲鳴合唱団なんて言わせない・・・!!
 次回は早いですが例の第三話に入りたいと思います。そして、そこで第五の黄金聖闘士を出したいと思いますので・・・。
 
 コメント、ご意見等お待ちしております。
 



[35815] 第5話 死の運命を砕き、絶望を消し去る孤高の毒薔薇
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆175723bf ID:9f458038
Date: 2013/04/28 09:48
第5話 死の運命を砕き、絶望を消し去る孤高の毒薔薇

あれから地道な魔女探索を行ったものの、結局探索をしたものの、魔女は発見することが出来なかった。
 それは当然だ。この魔法少女体験コースで出現するはずの『薔薇園の魔女』は既にシジフォスの手によって倒されている。ならば当然出会うはずも無い。
 その為この日は街を巡っただけで解散となった。まどかとさやかの二名は何処か物足りないと言いたげな表情を浮かべていたが、シジフォス自身は何事も無くてよかったと内心ホッとしていた。それに関してはマミも同じなようだった。

 「さてと、今日は何も起きなかったし、ここで解散としましょうか」

 「そうだな、もう暗くなる。3人とも早く帰ったほうがいいだろう」

 「あーあ、何だか街中駆けずり回っただけで一日終わった気がするよ~」

 「そうだね~。でも魔女に鉢合わせなくて良かったような・・・」

 まどかとさやかは口々に何か言いながら家に帰っていった。それを確認したマミはシジフォスに軽く会釈した。

 「すみません、なんだかつき合わせてしまって」

 「構わないよ。俺が望んでしたことだ。また何かあったら連絡してくれ。これは俺の携帯番号だ」
 
 そう言ってシジフォスは胸ポケットからメモ用紙を取り出してマミに渡した。マミはそれを礼を言いながら受け取ると、そのまま自分の家に戻っていった。
 シジフォスはマミの後姿を見送ると、背後の路地に視線を向ける。

 「・・・で、何時まで隠れているんだ?マニゴルド」

 「んだよ、ばれてたのかよ」

 シジフォスの声に応じて、路地の物陰からマニゴルドが苦笑いしながら出てきた。それを見てシジフォスも笑みを浮かべる。

 「まああの三人にはばれなかったようだが、一体何の用だ?まだキュゥべえをつけ狙っているのか?」

 「ちげーよ、ほむらの奴がまどかが心配だとか何とかほざいてやがったから俺が見に来てやったのよ。本当まどかに関しちゃ過保護すぎっぜ、あいつ・・・」

 ぶつくさと文句を言うマニゴルドに、シジフォスも苦笑する。

 「まあ彼女はまどかを救うために何度も時間を繰り返しているからな。過保護も当然だろう。・・・それよりもこれから一緒に食事でもしないか?奢りはしないがな」

 「・・・ま、同僚のよしみってことで良いかね。んじゃあそこらのラーメン屋でラーメンでも食うか?」

 「まあ、俺は何処でも構わないぞ?」

 「そうかよ、んなら行くか」

 そしてマニゴルドとシジフォスはその場から歩き去っていった。


 さやかSIDE

 「うわあ、いつもありがとうさやか。本当に君はレアなCDを見つける天才だね」

 「そ、そうなの?えへへ・・・」

 さやかの持ってきたCDを受け取った恭介の嬉しそうな表情にさやかは思わず顔を綻ばせる。
 彼女はたびたび恭介が好きなCDを買って、お見舞いの時にプレゼントしているのだ。
 恭介はさやかがCDを持ってくると心から嬉しそうな表情を見せてくれる。それがさやかにとっても嬉しいのだ。

 「この人の演奏ってとても凄いんだ。さやかも一緒に聞いてみない?」

 「え!?ええっ!?」

 突然の恭介の提案にさやかは顔を真っ赤にして焦る。それに構わず恭介はケースからCDを取り出してCDプレーヤーに入れると、片方のイヤホンを自分の片耳につけ、もう片方をさやかに差し出す。
 
 「本当はスピーカーで聞きたいんだけど、此処は病院だから…」

 「あ…、う、うん…」

 さやかは顔を真っ赤にしながら片方のイヤホンを受け取って自分の耳につける。それを確認した恭介はCDプレーヤーのスイッチを入れる。
 さやかの右耳にはめたイヤホンから音楽が流れてくる。しかし、さやかはそんなことは気にならなかった。
 恭介と、大好きな人と一緒に音楽を聞ける。それがさやかにとって一番幸せなことであった。
 さやかはゆっくり目を閉じて、今聞いている曲を演奏する恭介の姿を思い浮かべた。

 一方の恭介はさやかと違って暗鬱な気分であった。
 正直今はクラシック等聴きたくは無い。
 以前は大好きだった曲も、もう弾くことの出来ない今では聴いても自身が惨めになるばかりだった。
 CDを聴いていて思い浮かぶのは、かつてステージで多くの人達に演奏を披露していた日々。

 今の自分にはもはや望めないモノ…。

 「うっ…」

 恭介の瞳から涙がこぼれる。
 あまりの自分の惨めさが、悔しくて、悲しくて…。
 声を出すことも無く、たださめざめと涙を流すしかなかった。
 そんな彼を、さやかは辛そうな表情で見つめていた。



 「ねえ、マミさん。願いって、自分の為でなくちゃいけないのかな…」

 その日の魔法少女研修の折、さやかは使い魔を全滅させたマミに対してそう問い掛けた。
 マミはさやかの質問を聞いてさやかの方を振り向いた。まどかとシジフォスもさやかに視線を向けている。

 「どういうことかしら?」

 「例えばだけど、アタシよりずっと困っている奴が居るとする!そいつを助けることを願いにしちゃいけないのかな~って」

 「さやかちゃん、それって上条君のこと?」

 「た、例えばだっていってるだろ例えばって!!」

 まどかの問い掛けに顔を赤くしてうろたえているものの、シジフォスには間違いなく彼女の言っていることは上条恭介に関することだろうと予想していた。
 彼女はマミの死の後、上条恭介の腕を治すことを対価に魔法少女として契約する。
 最初はマミの跡を継ぎ正義の味方となろうとするも、ソウルジェムの真実を知り、想い人を奪われ、最後には理想も失い絶望し、魔女となってしまう。
 そして、まどかによって改変された世界でも、魔法少女となった彼女の死は避けられない。

 (できれば、彼女には契約して欲しくはない…)

 シジフォスは内心そう思っていた。
 彼女には今の元気な姿が一番似合っている。できれば想い人と結ばれて幸せになってもらいたいというのがシジフォスの個人的な願いであった。

 「前例は無いわけじゃないよ?」

 「でも、あまりお勧めは出来ないわ。一度しか願えないし取消しも聞かないから、願う内容はよく考えないと」

 キュゥべエの返答の後にマミが少し厳しい表情でさやかに釘を刺す。
 さやかが若干落ち込んだ表情になるのを見たシジフォスは、マミの後に続けるように口を開く。

 「そもそも俺は君達が魔法少女になることには反対なのだが、まあなると仮定した場合の話だが、さやか、君はその困っている人間を救いたい理由は一体何なんだ?」

 「え…?」

 シジフォスの質問に、さやかは何が何だか分からないと言いたげな表情になる。その表情を見ながらシジフォスは言葉を続ける。

 「君はその人が困っているから救いたいのか、それともその人を救った恩人になり、見返りが欲しいから救いたいのか、あるいはもっと別の理由があるのか・・・。それをはっきりさせておいた方がいい。さもないと、君にとって後悔する結果になる」

 「シジフォスさん・・・」

 シジフォスの言葉に、さやかとまどかは言葉が出なかった。一方マミとキュゥべえは黙ってこちらを見守っている。
 シジフォスは続ける。

 「前にも言ったと思うが、魔法少女になったらもう後戻りはできない。君の家族や友達とも今までどおりの関係ではいられないし、君が救いたいと願っている人物とも魔法少女になる前と同様の付き合いが出来る保証は無い。
 下手をすれば君にとって望ましくない、最悪の結末が待っている可能性もある。契約するしないは抜きにしても、その事だけはよく覚えておくんだ」
 
 シジフォスはさやかにそう告げると、そのままその場から去っていった。
 シジフォスの言葉に、さやかは何一つ反論することが出来なかった。
 そんなさやかを見てマミは溜息を吐きながら口を開いた。

 「シジフォスさんの言葉は厳しいけれど、正論だと思うわ。
 魔法少女になる契約はやり直しがきかない。一度なってしまったら死ぬまで魔女と戦い続ける運命を背負うことになる。
 たとえ願いを叶えるためになるとしても、たった一度きりの願いなんだから、後悔のない選択をしてね」

 「そうですね・・・、アタシの考えが甘かったんですね・・・」

 マミの言葉に、さやかは寂しげな笑みを浮かべて頷いた。


 シジフォスSIDE

 「・・・むう、やはりもう少し言い方を柔らかくするべきだったか・・・?」

 「まだンな事言ってんのかよシジフォス。いい加減にしやがれ、飯が不味くなる」

 まどか達と別れたシジフォスは、途中でマニゴルドとほむらの二人組に出会い、折角なので一緒に屋台でラーメンを食べていた。シジフォスはラーメンを食べながらさやかに対する発言を反省しており、マニゴルドはそれを呆れながら眺め、ほむらは我関せずとばかりにラーメンを啜り続けている。

 「大体よお、お前が釘刺しておかなかったら間違いなくあのガキ契約するぜ?ああいうガキにゃガツンとキツイの言ってやりゃあいいんだっての」

 「それで済む問題ではないだろうが・・・、はあ・・・」

 マニゴルドの言葉に、シジフォスは溜息を吐きながらラーメンを啜る。
 マニゴルドはそんな年長の同僚を横目に見て、実に面倒くさそうな表情をする。

 「ったく、アルバフィカといいアンタといい、ちったあ頭を柔らかくして考えろっての…。おうほむら、お前からもコイツになんとか言ってくれや」

 「私には関係ないわ。食事くらいゆっくりさせて」

 「ったく、この薄情女が…。てめえ本気でまどか以外関心ねえんだなオイ…」

 マニゴルドの文句を無視してほむらはラーメンに舌鼓を打つ。そんな二人を眺めながら、シジフォスはポツリと呟いた。

 「…仲がいいな二人共」

 「「いや、どこが」」

 シジフォスの言葉にマニゴルドとほむらは同時につっこんだ。


 まどかSIDE

 「はあ…」

 「あ!さやかちゃん、上条君に会えなかったの?」

 「うん…、病室にいなくてさ。折角来てやったのに失礼しちゃうよね…」

 病院の玄関で待っていたまどかと話をするさやかの表情は何処か寂しそうであった。
 その日の放課後、まどかはさやかと一緒に見滝原の病院に来ていた。
 ここにはさやかの幼馴染の上条恭介が入院しており、さやかはそのお見舞いに来たのだ。
 まどかもさやかに一緒に来ないかと誘われてついてきたのだ。
 結局恭介には会えなかった様子だが、まどかと話しているうちに気が晴れていったのか、さやかの表情も少しずつ明るくなっていく。
 もう病院にこれ以上長居する必要も無いため、さっさと帰ろうと二人は踵を返そうとした。

 「あれ?ねえさやかちゃん、あそこの壁で何か光ってないかな?」

 「ん?あ、本当だ。何だあれ?」

 まどかの言葉にさやかが視線を向けると、確かに壁に何か小さいものが光っている。形状は距離があるのでよく分からないが…。

 「グリーフシードだ!孵化しかかっている!!」

 「ええ!?そ、そんな!!」

 「は、早くマミさんかシジフォスさんに連絡しないと!!」

 キュゥべえの言葉にまどかとさやかは驚いて慌てる。

 グリーフシード、魔女の卵。
魔女が所持しておりソウルジェムの穢れを吸収することでソウルジェムを浄化することが出来る。
 しかし、穢れを溜めこみ過ぎたグリーフシードは最終的に魔女を生み出してしまう。
 目の前にあるグリーフシードはもう孵化寸前だという。しかも此処は病院、もし魔女が誕生したらどれほどの人間が犠牲になるか分からない。

 「まどか!!マミさんかシジフォスさんのアドレスか電話番号知ってる!?」

 さやかの質問にまどかは首を左右に振る。さやかはそれを見て頭を押さえる。

 「マズッたなあ…。しゃーないな!まどか、アタシがここで見張ってるからまどかはマミさんかシジフォスさんを呼んできて」

 「ええ!?さ、さやかちゃん危ないよ!!」

 「そうだよ!結界が形成されたら危険だ!ここははやく逃げないと!」

 まどかとキュゥべえはさやかの行動を危険だと反対の声を上げる。そんな一人と一匹を見てさやかは気丈な笑みを向ける。

 「あの迷路が形成されたらこいつの居場所も分かんなくなるんでしょ?ここで魔女が出てきたら恭介が、ううん、沢山の人達が犠牲になっちゃう。放っておけないよ」

 「さやかちゃん…」

 まどかは心配そうな視線でさやかを見る。と、まどかの肩に乗っていたキュゥべえがさやかの肩に乗り移る。

 「まどか、なら僕がさやかの側にいるよ。僕がいればマミに魔女の居場所を伝える事が出来る。幸い孵化までまだ時間があるから急いでマミを呼んできて」

 「キュゥべえ…、うん!分かった!」

 「頼むから早く来てよ!アタシ一人じゃ魔女の相手なんて無理だし!」
 
 「分かってる!!直ぐ戻ってくるからねさやかちゃん!!」

 まどかはさやかとキュゥべえにそう叫んでマミとシジフォスを探しに走りだした。
 さやかはまどかの後姿を眺めながら、少し気になった事をキュゥべえに質問した。

 「ねえキュゥべえ、何でマミさんだけなの?シジフォスさんでもテレパシーで場所教えること出来るでしょ?」

 さやかの質問にキュゥべえはしばらく沈黙していた、が、やがて口を開いた。

 「…彼は僕の事が嫌いみたいだからね」

 「…そっか」

 何処かはぐらかすようなキュゥべえの返事にさやかは取りあえず納得した。
 確かにシジフォスは何故かキュゥべえを毛嫌いしているような態度を取っている。
 単純に嫌いというよりも何処か根本的な所で気に食わないような雰囲気だ。
 何故彼はそこまでキュゥべえを嫌っているのだろうか、それに魔法少女になる事に反対するのも自分達の命の心配以上に何か他にもあるようだけど…。
 さやかはしばらく考えていたものの、結界の展開が始まった事から一時的に思考を中断することになった。



 マミSIDE

 グリーフシード発見から約20分後、まどかはマミを連れて病院に到着した。
 テレパシーによって、さやかとキュゥべえは結界内部で無事だと言うことが分かった。

 「よかった…、無事だったんださやかちゃん…」

 「無茶しすぎ、って怒りたいところだけど、今回はいい手だったわ。これなら魔女を取り逃がす事無く、倒すことも出来るし…」

 マミは突然言葉を止めると、突如背後に向かって石を投げつける。まどかは何がなんだかわからないと言いたげな表情をしていたが、マミの表情はまるで目の前に敵が居るかのように厳しかった。
 と、マミが石を投げつけた物陰から、ゆっくりと暁美ほむらが姿を露わした。服装は魔法少女の物ではなく、見滝原中学の制服のままであった。

 「ほ、ほむらちゃん…」

 「もう近づかないでって、警告したはずだけど…」

 マミはほむらを見て、不機嫌そうにそう言った。ほむらはその言葉に表情一つ変える事無く、マミとまどかに視線を通わせる。

 「ここの獲物は譲ってもらうわ。中に閉じ込められている美樹さやかの安全も保障するし、何ならグリーフシードを譲っても構わない」

 ほむらの提案にマミは顔を顰めた。それは当然だ。
 魔女退治の褒美であるグリーフシードを譲ってもいいと発言するなど、魔法少女としては有りえないと言わざるを得ない。はっきり言って、何か裏があるとしか考えられない。

 「話が旨すぎる。とても信用できないわ」

 「嫌なら結構。貴女が力不足でもシジフォスがついているのなら、心配要らないでしょうし」

 「なっ!?」

 ほむらの言葉にマミは驚愕の表情をする。ほむらはそれを無視してさっさとその場から去ってしまった。

 「……」

 「ま、マミさん…」

 ほむらに言われたことがショックだったのか、マミは呆然とした表情でほむらの去っていった方向を見ている。そんなマミの様子が心配になったのかまどかはマミに話しかける。
 マミは一度まどかに視線を向けると顔を俯かせた。

 「…行きましょう、急がないと」

 「え?あ、は、はい!」

 マミの感情の篭らない声に、まどかは動揺しながらも後をついていく。
 結界内部の廊下を抜けた先にあったのは、まるで病院内部のような空間であった。
 周囲には医師や患者のような姿をした人影がいるものの、どれもこれもまるで人形のようであった。
 マミは結界の周囲を見渡し、魔女の気配が無いかを探る。

 (魔女はもっと奥、そして、ここならまだ携帯の電波は届く…、今からシジフォスさんに連絡すれば…)

 マミはポケットから携帯を取り出すとシジフォスから受け取ったアドレスを画面に表示する。
 ここでシジフォスに来てもらえれば、まどか達を気にせず戦うことができるだろう。
 でも…、

 『貴女が力不足でもシジフォスがついているのなら、心配要らないでしょう』

 先程ほむらの言った言葉が脳内にフラッシュバックされる。まるで、自分がシジフォスのおまけのような言い方、自分一人では魔女を倒せないとでも言っているかのような言葉…。
 今まで、自分一人で魔女と戦ってきたというのに…。

 「……」

 マミはじっと携帯電話を見つめていたが、やがてポケットにしまった。

 「あの、マミさん?」

 「…ううん、何でもないの」

 マミはまどかに笑顔を向ける。まどかは心配そうだったが、ここが魔女の結界の中だということで口を閉じる。
 
 「急ぎましょう、さやかさんも危ないわ」

 「あ、はい!」

 マミの言葉を聞いて、まどかも一緒に通路を駆け出した。

 (大丈夫、きっと大丈夫よ。シジフォスさんが居なくても戦えるわ!)

 マミは決意に満ちた瞳で結界内部を走る。
 
そうだ、自分はいつも一人で魔女と戦ってきた。
 いまさらシジフォスの助けが無くても魔女一体くらい大丈夫だ。
 …彼女達も必ず守れる、いや、守り抜いてみせる…!!

 マミはまどかと一緒に結界の奥にある扉に辿りつくと、慎重にその扉を開けた。
 扉を開けた先には、病室とはうって変わって全てがお菓子で出来ているようなメルヘンチックな空間が存在していた。
 周囲にはケーキで出来た塔が幾つも立ち並び、あちこちに大きなチョコレートやドーナツが置かれている。
 一見すると絵本に出てくる御伽の国のような風景であったが、よく見れば大量の異形の化け物があちこちを行進している。恐らくこの結界を作り出した魔女の使い魔達だろう。
 一体一体は大した事が無さそうだが、数が多い。これを全て倒して突破するのは至難の技だろう。かといって、まどかが居る以上、無視して通るわけにもいかない。
 さて、どうしたものかとマミが考えていると、突然まどかが口を開いた。
 
 「あの・・・マミさん」

 「何かしら?」

 「願い事、私なりに考えてみたんですけど・・・」

 まどかは一拍置いて再び口を開く。

 「あの、考えが甘いって言われるかもしれませんけど・・・」

 「かまわないわ、聞かせて」

 マミの言葉を聞いて、まどかは一拍置いて話し始める。

 「私、昔からずっと、得意な学科とか人に自慢できる才能とかが無くって、それでこれからもずっと他の人に迷惑をかけて生きていくのかなって考えてしまって、それが凄く嫌だったんです」

 ぽつりぽつりと話し始めるまどかの話をマミは黙って聞いている。

 「でも、シジフォスさんに助けてもらって、マミさんに出会って、誰かのために戦っているのを見せてもらって、キュゥベえから私にもそんな力があるって言われて、それがとっても嬉しくてたまらなかったんです。
 だから私の願いは、魔法少女になったら叶っちゃうんです」

 「…あんまりいい物じゃないわよ。魔法少女って」

 まどかの言葉に反論するように、マミはぼそりと呟く。その表情にはいつもの優雅で余裕のある雰囲気はなく、どこか寂しそうで、今にも泣き出してしまいそうな表情を浮かべていた。

 「シジフォスさんの言うとおり、魔法少女は命懸けだし、とても危険なのよ。
 今までのように友達と遊んだり、恋愛したりする暇は無くなっちゃう…。
 それに私だって憧れるような立派な人間じゃないわ。
 無理してカッコつけているけれど、本当は臆病で、魔女との戦いも怖くてつらくて、でもそれを誰にも相談できなくて、一人ぼっちで夜には泣いていることだってあったわ。
 憧れるものなんかじゃないわ、魔法少女なんて…」

 目の前のマミの姿は、まるで一人ぼっちで泣いている子供のようであった。それを見ていたまどかは、マミに近付くと彼女の両手を包むように両手で握った。

 「…!鹿目さん…!?」
 
 「マミさんは一人じゃありませんよ。私も、さやかちゃんも、シジフォスさんもいます。もうマミさんは一人ぼっちじゃないんです。もしもの時は、私達を頼ってくれていいんです」

 まどかの言葉に、マミは驚いた表情でまどかを見ていたが、やがて、目からぽろぽろと涙が零れてきた。

 「…本当に、本当に私なんかの側に居てくれるの?一緒に、戦ってくれるの?」

 「勿論ですよ!私なんかでよかったら、一杯頼ってください!!」

 まどかの笑顔を見たマミは、嬉しそうにクスリと笑いながら涙を拭った。

 「参ったな…、まだまだちゃんと先輩ぶっていなくちゃいけないのに、私って駄目な子だな…」

 「マミさん…」

 「ありがとう鹿目さん。なんだか元気が出てきた。…そうだったわね、もう、私は一人じゃないんだよね」

 マミの表情は、先程までとは打って変わって、輝くような頬笑みを浮かべていた。先程までの怯えや悲しさに満ちた表情はもうそこには残っておらず、もう孤独ではないということへの喜びや嬉しさで満ち溢れていた。

 「ふふ、でも折角願いを叶えてくれるんだから、何も願わないのは勿体無いわ。そうね、折角だからシジフォスさんの彼女にして欲しいって願ったらどうかしら?」

 「ふええええええ!?か、か、彼女~!?」

 マミの言葉にまどかは顔を真っ赤にしてうろたえる。そんなまどかを見てマミはクスリと笑みを浮かべた。

 「あら?貴女シジフォスさんの事好きじゃなかったの?てっきりあの人に恋でもしてるんじゃないかと思ったんだけど…」

 「そ、そんな、恋だなんて、た、確かにシジフォスさんの事は好きですけど…」

 まどかは顔を真っ赤にして小さな声でぼそぼそと何かを呟く。それを眺めていたマミは何か悪戯を思いついたかのような笑みを浮かべる。

 「そうだ鹿目さん!この魔女退治が終わったらシジフォスさんにデートして下さいって頼みなさい。さすがにいきなり付き合うのは無理でしょうけど、デートに誘う位は出来るでしょ?」

 「ふえええええええええ!?で、ででで、デート!?そ、そんないきなりそんなこと、私じゃ無理です!恥ずかしいです!まずはお友達からです!!」

 「ダーメ♪そういう事言っている女の子に限って、良い男を取り逃がしていくんだから(まあ私は恋愛経験0なんだけど…)」

 マミはどこか遠い目をしながらまどかを茶化した。まどかは顔を真っ赤にしてあ~う~と唸っている。

 『マミ!グリーフシードが孵化を開始した!急いで!!』

 と、キュゥべえからのテレパシーがマミの頭に響き渡る。どうやら大分時間をかけてしまったようだ。マミは少し表情を引き締める。

 「OK!それじゃあ、速攻で片付けてくるわね!」

 「えええ!?ま、待ってください!!まだ心の準備が…」

 顔を真っ赤にしてうろたえるまどかを尻目にマミは魔法少女の姿に変身する。

 『体が軽い・・・。こんな幸せな気持ちで戦うなんて初めて・・・』

 銃弾が次々と使い魔を打ち抜く。軽やかに空を舞い、目の前に立ち塞がる使い魔を次々となぎ倒すマミ。その表情はどこまでも晴れやかだった。

 『もう何も、怖くない』

 地上に降りたマミは、こちらを見つめるまどかに視線を向ける。その視線に、まどかも笑みを返す。

 『私、一人ぼっちじゃないもの』

 マミの心は、今どこまでも軽やかだった。


 マニゴルドSIDE

 「ん?」

 「どうしたの?マニゴルド」

 突然何かに反応したかのように通路の先に目を向けるマニゴルドを見て、ほむらは気になって質問をする。

 「いや、なんだかよ、死亡フラグが立ったような気配がしてな・・・」

 「死亡フラグって・・・、何よそれ」

 マニゴルドのどこかとぼけた物言いにほむらは呆れたように突っ込んだ。が、マニゴルドは真剣な表情をして通路の先を見ている。

 「・・・あ~、なるほど。そういや、そうだったな・・・。なるほど、死亡フラグ立ったのはマミか・・・」

 「・・・わけが分からない事言ってないで、どうせ彼女たちにはシジフォスが付いているでしょう?」

 「まあそうだ・・・『・・・おいマニゴルド!!』・・・あん?シジフォス。テレパシーで連絡なんて珍しいなオイ。・・・てお前、確かまどか達んとこに居たんじゃねえのか?」

 マニゴルドは突如頭に響いたシジフォスの言葉に疑問符を浮かべる。
 聖闘士、特に最上位の黄金聖闘士にもなれば、小宇宙を利用してテレパシーによる会話も可能である。が、それなりに小宇宙を負担するため、緊急時以外はもっぱら携帯電話などを利用するのが一般的だ。それをテレパシーで連絡してくるとはよほどの緊急事態としか思えない。しかもマニゴルドが疑問に思ったのは、それがまどか達の近くにいると思っていたシジフォスからの連絡だったことだ。

 『今向かっているところだ!!魔女との戦いで時間を取られた!!』

 「んだと!?何やってんだ!!早くしねえとマミ死ぬぞ!!」

 『分かってる!!くそっ!!マミに魔法少女体験の時には俺も呼べと言ったんだが・・・!!』

 シジフォスの声は相当切迫している。何故マミが自分に連絡しなかったかは分からないが、このままではこの世界の本来の歴史そのままに、マミは死ぬ。

 「ちっ、仕方がねえ!!俺が行く!!ここであいつを死なせるわけにはいかねえ!!」

 『すまない、マニゴルド・・・。この礼は必ず・・・』

 「んなもんは後だ!!テレパシー切るぞ!!」

 マニゴルドはシジフォスとの連絡を切ると、呆然とした表情のほむらに視線を向ける。

 「事情が変わった!!連中に加勢すっぞ!!」

 「何ですって!?シジフォスは・・・」

 「いねえ!!マミの奴が連絡しなかったらしい!!このままじゃマミは死ぬぜ!!」
 
 「なっ!?この魔女は今までとは違うって言うのに!!」

 マニゴルドの言葉にほむらは悪態をついた。
この魔女はほかの魔女とは違う。マミ一人では対処しきれない。
既にシジフォスが居るだろうと考えたから今回は傍観に徹しようと考えていたのだ。それが居ないとなったら、残されるのは一般人二人・・・。

「くっ、急ぐわよ!!マニゴルド!!」

「おうよ・・・『その必要は無い』・・・て、この声は・・・」

と、突然マニゴルドが足を止めて虚空を見つめる。突然足を止めたマニゴルドに、ほむらは後ろを振り向いて急かす。

「マニゴルド!早くしないとマミが・・・」

「・・ああ、なるほどな、まあお前なら何とかなるか・・・。おい、ほむら、やっぱ行かなくていいわ。ここで静観だ」

・・な、何ですって!!貴方さっきシジフォスが居ないって言ってたじゃない!!」

あせった表情のほむらに対してマニゴルドは平然とした表情をしている。

「問題ねえよ、ここにゃもう一人黄金聖闘士がいるからな」

「な!?もう一人の黄金聖闘士!?」

驚いた表情を浮かべるほむらにマニゴルドはにやりと笑みを浮かべた。 


 マミSIDE
 
 「無事かしら!!」「あ!マミさーん!魔女が孵化しちゃったよー!!」

 マミ達が到着したときには、既にグリーフシードは孵化し魔女が目の前に出現していた。
 魔女の姿は一見するとただの人形にしか見えないくらい、小さく可愛らしい姿であった。
 魔女は高い脚の椅子の上に座っているものの、まるっきり動く様子は無く、本当に人形のようであった。
 と、突如魔女の座っていた椅子が傾き、魔女は地面に落ちていく。マミが手に持ったマスケット銃で椅子の足を叩き折ったのだ。

 「折角出てきたところ悪いけど、一瞬で決めさせてもらうわよ!」

 マミは落ちてきた魔女をマスケット銃の柄で殴りつける。殴られた魔女は壁に激突し、そこに間髪いれずにマミの銃撃が追い打ちをかける。
 銃撃を受けた魔女はそのまま地面に落下する。が、魔女は全く動かない、というよりも反応すらしない。本当にただの人形なのではないかと考えてしまう。
 マミは地面に倒れて動かない魔女のこめかみに銃口を突き付け、容赦なく弾丸を撃ち込む。それと同時に地面から黄色いリボンが出現し、魔女を拘束して空中に磔にする。
 マミは魔女を拘束すると、マスケット銃に魔力を込め、まるで大砲のように巨大化させ、拘束された魔女に標準を合わせる。

 「ティロ・・・」

 大砲の内部に膨大な魔力が集まり、一発の弾丸として構成される。そして、その弾丸が魔女目がけて・・・。

 「フィナーレ!!」

 発射された。
 拘束された魔女にその弾丸を避ける術は無く、まともに直撃する。

 「やった!」「マミさんの勝ちだ!!」

 攻撃が命中した瞬間、まどかとさやかから歓声が上がる。マミも勝利を確信した笑みを浮かべた。
 しかし、攻撃が直撃したにもかかわらず、魔女はボロボロになりながらも生きていた。
 さらに、それだけに留まらず、人形のような姿の魔女の口から、突然巨大な怪物が出現したのだ。
 怪物の見た目はどこかのぬいぐるみのようにファンシーであり、凶悪さどころか愛らしさも感じてしまう。
 が、その開かれた口の中には、剣のように鋭い歯がずらりと並んでいる。

 「え……?」

 余りにも突然な事で、マミは反応しきれない。
 ただ呆然と目の前に迫ってくる巨大な口を見ていることしか出来ない。

 魔女の巨大な口が、マミを食らおうと迫る。

 マミは、恐怖からか、そこから動くことが出来ない。ただ自らを喰らおうとする魔女の姿を見ていることしか出来ないのだ。
 その光景を、まどかやさやかは声を出すことも出来ずに見ていることしか出来ない。

 そして、魔女の口がマミの首に食らいつこうとした。

 喰われる、その場にいた全ての人間が、そう感じた。



 その瞬間、



 何かが、黒い何かが魔女目がけて降り注ぎ、魔女の頭部に次々と命中していく。

 『■■■■■■■■■■■■!?』

 「・・・え?」

 魔女は形容しがたい悲鳴を上げてのけぞった。
 よくよく見ると、魔女の体は傷だらけになっており、一部は何かが貫通したかのような穴があいている。
 マミは、地面に突き刺さっている魔女目がけて飛んできた黒い物体に目を向けた。

 「くろ、ばら・・・?」

 地面に突き刺さっていたのは、花弁が文字通り真っ黒の薔薇であった。
 よく見れば周囲には似たような薔薇が幾つも地面に突き刺さっている。先程の黒い物体の正体は、この薔薇なのだろう。
 しかし、ただの薔薇にしか見えないそれが、あの魔女に傷を負わせるなどマミには信じられなかった。
 マミは、近くにあった黒薔薇に、思わず手を伸ばした、

 「その薔薇には触らない方がいい」

 と、何処からか声が響いた。マミははっとして手を止めると、声の出どころを探して周囲を見回した。

 「その薔薇の名前はピラニアン・ローズ。その花弁と棘はいかなる物も引き裂き、噛み砕く。下手に触ると指が落ちる。あと、早くそこから離れるといい。魔女はいつまでも苦しんではいない」

 「だ、誰ですか!?」

 マミは、声の聞こえた方角に、視線を向けた。
 マミの視線の先には、ケーキでできた大きな塔が建っている。その頂上のイチゴの屋根の上に、誰かが立っていた。
 そして、その屋根に立っていた何者かは、塔の上から飛び降りると、軽やかに地面に降り立った。
 地面に降りた人物の姿を見たまどか達は、はっとした表情を浮かべた。

 彼の纏っているのは黄金に輝く鎧、シジフォスのものと形状は違うものの、間違いなく黄金聖衣であった。
 
だが、それ以上に彼女達が見惚れたのは、彼自身の容姿であった。
 
 まるで女性と見紛うばかりの、輝かしく、凛とした美貌。この世のありとあらゆる美女が憧れ、羨むであろう美しい面貌。流れるような水色の髪の毛が、その美貌に華を添えている。

 その美しさはまさに、絶世の美と呼ぶに相応しい。

 美貌の彼は、ゆっくりと魔女に近づいて行き、マミと魔女の間で立ち止まった。そして彼は、マミに向かって振り返ると、表情を変えることなく、彼女に問いかける。

 「怪我は、無いか?」

 「・・・・・」

 地面に尻もちをついたマミは、彼のあまりの美しさにポカンと口を開けたまま、声を出すことが出来なかった。

 それを見た黄金聖闘士は、その姿に見おぼえがあるのか少し不愉快そうな表情を浮かべると、今度は少し強い語調で問いかける。

 「怪我はないか?」

 「へ・・・?あ、は、はい!!」

 マミはようやく気が付いたかのようにはっとした表情で立ち上がる。
 それを見て美貌の黄金聖闘士は、納得したように頷いた。と、彼はマミの背後に視線を向ける。

 「・・・どうやら迎えも来たようだな」

 「マミさーん!!」「だ、大丈夫っスかー!!」

 と、マミの後ろからまどかとさやかが駆け寄ってきた。マミはそれを確認すると緊張が解けたのか、今にも泣き出しそうな表情になった。

 「あ、ありがとうございます!!マミさんを助けてくれて!!」

 「早く安全な場所に行くといい、そして、私の側には決して近寄るな」

 お礼を言ってくるまどかの言葉を無視するかのように、黄金の麗人はそっけない態度でドーナツで出来た物陰を、先ほどまどか達が身を隠していた物陰を指差す。
 そのそっけない態度にさやかはむっとしたものの、その表情は真剣そのものであったため、何も言わなかった。

 「わ、分かりました、直に・・「あ、あのっ!!一つだけ、一つだけ聞きたいことが!!」・・・ま、マミさん!?」

 突然大きな声を出したマミにまどかとさやかはびっくりした表情をする、が、マミはそれに構わずに謎の黄金聖闘士に話しかける。

 「あのっ!貴方の名前は・・・」

 マミの問い掛けを聞いた謎の黄金聖闘士は少し表情を緩めると口を開いた。

 「私の名前はアルバフィカ。黄金聖闘士、魚座のアルバフィカだ」

 彼、アルバフィカはマミ達に自身の名前を名乗ると、マントを翻し、目の前の魔女の前に立ちはだかる。

「魚座の、アルバフィカ・・さん」

 「三人目の、黄金聖闘士・・・」

 「・・・・・」
 
まどか達は、魔女と対峙するアルバフィカの姿をじっと見つめる。
 
その凛とした佇まいは、まるで一輪の咲き誇る薔薇のようであった。

少女達、特にマミは、その姿から目を離すことが出来なかった。
 
「早く行け、私と彼女の戦いに巻き込まれたくなかったら、な」

 アルバフィカは背後にいる少女達に視線を向けずに言い放つ。その言葉は、有無を言わさない迫力を秘めていた。魔女は先ほどの傷ついた体を再生して、既に目の前の敵に対して臨戦態勢を取っている。

 「わ、分かりました!!さやかちゃん!マミさん!いきましょう!!」

 「お、おう!!」「え!?ちょっと・・・」

 マミはまだ何か言いたげであったが、まどかとさやかに引きずられてその場から立ち去ることとなった。
 アルバフィカは三人の少女が逃げたことを確認すると、ようやく動き出した魔女をじっと見上げる。
 魔女は目の前の黄金聖闘士を敵と判断したのか、人形のような一見すると愛らしい表情を恐ろしげに歪めて歯をむき出しにし、威嚇するかのように唸り声を上げた。

 アルバフィカは、じっと目の前の魔女を見据える。

その表情は、どこか悲しげで、目の前の魔女を、憐れんでいるかのようであった。

「・・・辛かっただろうな、君も・・・」

 と、突然アルバフィカが口を開く。その口調は、その表情と同じく哀しげであり、魔女への哀悼の念に満ちていた。

「・・・君が、何を望み、何のために戦い、何に絶望しその姿になり果てたかは私には分からない。
 だが、辛かっただろう、苦しかっただろう・・・。希望を得て、人を救う力を得たにもかかわらず、人に絶望を与える存在になり果ててしまったその悲しみ、君を今までずっと苛み続けていたのだろう・・・。
 だから私が君の絶望を受け止める。そして、その絶望を終わらせる。せめて、君が安らかに眠れるように・・・。
 来い。このアルバフィカが君の悲しみを、苦しみを、絶望を断ち切ろう」

 アルバフィカはそう言うと表情を一変させた。
今までの憂いを秘めた表情とは違う、敵と相対する戦士の表情・・・。
その凛々しい表情に、マミはただ見とれるしかなかった。

 魔女は、自分を傷つけた仇敵を喰らおうと、怒りの声を上げて襲いかかって来た。
 アルバフィカはただそれをじっと見ているだけであった。

 「…!!あ、危ない!!」

 マミ達は悲鳴を上げるがアルバフィカは全く動じた様子はない。
 そして、魔女の巨大な口が、アルバフィカを噛み砕くために閉じられようとした。

 「……!!」

 体を真っ二つにされたアルバフィカを想像したマミは顔を両手で覆い、まどかとさやかは耳をふさぎ、思いっきり目を閉じた。



 が、何時までたっても人を噛み砕く音が聞こえない。不自然なまでに静かであった。
 唯一聞こえる音は、あの魔女が発していると思われる声のみである。しかし、その声は今までとは違って何処か苦しげで、苛立っているかのように聞こえた。

 マミは恐る恐る掌をどけた。そして、視界が完全に開けた時、目の前には信じられない光景が映っていた。
 魔女は確かにアルバフィカを噛み砕こうとしている。しかし、その顎は閉じられていなかった。アルバフィカに歯を鷲掴みにされ、それがつっかえとなって顎を閉じることが出来なかったのである。

 「…ふっ!」

 アルバフィカは表情を変えることなく、魔女を地面に投げつける。
巨大な魔女は、思いっきり地面に叩きつけられて悲鳴を上げた。

 「うわあ…」

 「す、すげえ…」

 「……」

 まどか達は開いた口がふさがらなかった。あれだけ巨大な魔女を、片手一本で投げ飛ばすなど、とんでもない力である。
 アルバフィカは背後の少女達の視線を気にせず、地面に叩きつけられた魔女から視線を離さない。魔女は、地面から起き上がると、再びアルバフィカ目がけて突進してきた。

 「終わらせようか」

 アルバフィカは右手を頭上に掲げる。と、何処から現れたのか深紅の薔薇がアルバフィカの手の中に現れる。
 アルバフィカは目の前の魔女を見据え、深紅の薔薇を構えた。

 「ロイヤル…」

 そしてアルバフィカは手の中にある薔薇を…

 「デモンローズ!!」

 魔女目がけて、放った。

 深紅の薔薇が放たれた時、放たれた薔薇を中心に、無数の薔薇が次々と何処からともなく現れる。
 そして、深紅の薔薇は魔女の身体を覆い隠すかのように舞い踊った。魔女は突然出現した薔薇を振り払おうと暴れるが、次第に抵抗の動きが鈍くなり、遂には地面に倒れ伏した。

 「猛毒の薔薇、デモンローズ。その香気を吸えば、徐々に五感を失い、陶酔の内に死に至る…。いかに再生能力が優れていても、体内から侵食する猛毒の香気は防げないだろう。
これが、私が君に送る、せめてもの手向けの華だ」

 アルバフィカは、目の前で倒れている魔女に言い聞かせるかのようにそう言って、魔女に近寄っていく。魔女はまだ唸り声を上げ、体を震わせていた。しかし既に虫の息であり、その体は確実に死へと向かっている。
 それでも魔女は、自分に近づいてくるアルバフィカに、歯をむき出しにして精一杯の威嚇をする、が…

「すまない」

 アルバフィカは、それを恐れることなく、魔女の顔を撫でる。

 「すまない。私が君にしてあげられるのは、君を倒すくらいしかない。
でも、もう苦しまなくていい、絶望しなくてもいい。君はもう十分苦しんだ。君の絶望も、悪夢も、もう終わった。

やすらかに、お休み…」

 アルバフィカは、まるで、目の前の魔女を慈しむかのように、宥めるかのように声をかけ、顔を撫でる。魔女は、そんなアルバフィカに目を見開き、驚いているかのようであった、が、徐々に目が閉じていき、やがて、眠るように動きを止めた。
 そして、魔女の死と共に、結界は徐々に消え去り、やがて元の場所に戻っていた。
 アルバフィカは、魔女の消滅を見届けると、地面に残ったグリーフシードを拾い上げて、まどか達の方に歩いてくる。

 その表情は、どこか悲しげなままに…。



 あとがき

 マミさん生還・・・!勝った!!第一部完っ!!

 ・・・なんちゃって、まだ続きます。

 今回は魚座の救世主、アルバフィカ様の登場回です。かっこよく書けたかな・・・。それが不安です。

 アフロディーテも大好きですよ?己の美を誇らないところとか特に。ただカルディナーレ、てめえは駄目だ。・・・まあデストールさんが良い人だったから実はカルディナーレも・・・、って事もあり得るんでしょうけど。あとΩの魚座どんな奴なのか・・・。残念枠なのか、それとも・・・。

 次回は戦いの後の話をお送りする予定です。と、ついでにもう一つ。
そろそろ自分自身小説に書き慣れてきたかな、と感じるのでチラ裏からその他掲示板に移そうかと考えています。
まあ読者の方から見れば私の文章力などまだまだかもしれません。もしそうならば遠慮なく言って下さい。
 では今回はこれにて。感想、ご意見等お待ちしております。



[35815] 第6話 孤独な毒薔薇と一人ぼっちの少女
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆175723bf ID:9f458038
Date: 2012/12/24 13:39
 第6話 孤独な毒薔薇と一人ぼっちの少女

 あの魔女を一瞬で倒した黄金聖闘士、アルバフィカの姿に、三人の少女は驚きのあまり声が出なかった。彼は地面に落ちたグリーフシードを拾い上げると、そのまま少女達の所へ近づいてきた。
 やがて三人から約2メートルほど離れた場所で足を止めると、相も変わらず無表情で三人に声をかける。

 「終わった。これは君達にあげよう。私には必要無い」

 アルバフィカはそう言うと、マミに向かってグリーフシードを投げ渡した。
 マミは両手でグリーフシードをキャッチすると、真っ赤な顔でアルバフィカに礼を言う。

 「あっ、ありがとうございます、あの、アルバフィカさん!!貴方が居なかったら私、きっと死んでいたと思います!!貴方は命の恩人です!!」

 「そうか・・・。それにしても君達にはシジフォスが付いていたはずなんだが・・・。彼は一体何をやってるんだ・・・「まどか!!さやか!!マミ!!無事か!?」・・・丁度到着、か・・・」

 アルバフィカは少し顔を顰めながらまどか達の背後に視線を向ける。まどか達もつられて背後を向くと、そこにはシジフォスが肩で息をしながら額に汗をかいて立っていた。

 「・・・!アルバフィカ!お前が彼女達を・・・」

 「一体何をしていたんだシジフォス。危うくそこの彼女は魔女に食いちぎられるところだったぞ。私が居なければどうなっていたか・・・」

 「そうか・・・。すまない・・・。魔女二体を倒すのに手間取っていて・・・。連絡さえあれば直ぐにでも行けたんだが・・・」

 アルバフィカの言葉にシジフォスは沈痛な表情を浮かべる。それを見てアルバフィカも溜息を吐いた。

 「まあ、三人は助かったから良いとしよう。これからは気をつけてくれ」

 「ああ、本当にすまなかったな、アルバフィカ」

 「構いはしない」

 アルバフィカはそっけなくそう言うとさっさとその場を立ち去ろうとした。

 「あ、ま、待って下さい!!」

 と、突然マミがアルバフィカに向かって声をかけた。アルバフィカはそれを聞いて、何処か煩わしげな表情でマミの方を向く。

 「あ、その、アルバフィカさん!!ど、どうか助けてもらったお礼をさせて下さい!!」

 「必要無い。私は別に見返りが欲しくて君を助けたわけではない。君の気持だけで十分だ」

 「そ、それじゃあ私の気が済みません!!私、私、あの時本当に死んじゃうかと思ったんです・・!折角助かった命を、また失ってしまうって・・・。そんなときに、アルバフィカさんに助けていただいて、本当に、本当に嬉しかったんです・・・!そ、それに・・・・、貴方みたいに綺麗な人にあったのは・・・、初めてですから・・・」

 最後の方でマミの顔はトマトのように真っ赤になっていた。
 が、マミの言葉を聞いたアルバフィカの表情は、かなり嫌そうに歪んだ。マミの言葉を聞くや否や、右手で顔を隠しながら顔を背ける。

 「・・・・・」

 それを見たシジフォスは「まずい・・・」と言いたげな表情を浮かべていた。それに構わずアルバフィカはマミ達から背を向けた。

 「・・・何度言われようと要らない物は要らない・・・。それに、私は容姿で人を見る人間は好かん。もう二度とそのようなことは口にしないことだ」

 「・・・え!?」

 アルバフィカは不機嫌な表情を隠すことなく早歩きでその場から去ろうとする。一方のマミは、自身の言葉で不機嫌になってしまったアルバフィカに、驚いた表情を浮かべていた。まどかとさやかは訳が分からないといった表情であり、シジフォスは、額を押さえて溜息を吐いている。

 「あっ、ご、ごめんなさい!!わ、私何か失礼な事を言ってしまいましたか!?もしそうなら謝りますから・・・」

 マミはそう言いながらアルバフィカに駆け寄った、そして彼の腕を掴もうとしたが・・・。

 「・・・!!」

 アルバフィカは血相を変えるとマントを振るってマミを後ろに突き飛ばした。マミは抵抗できずに地面に尻もちをつき、突然突き飛ばされたことに驚きの表情を浮かべていた。
 アルバフィカは一瞬しまった、と言いたげな表情を浮かべたが、直ぐに無表情になると、

 「・・・私に、触るな・・・!!」

 と、マミに言い捨てて、そのままマントを翻して去って行った。
 マミはあまりにも突然の事に呆然として、ただ去っていくアルバフィカの背を見ていることしかできなかった。

 「な、何だよあの態度!!いくらマミさんを助けたからってあの態度は無いだろ!!大丈夫っすか!?マミさん」

 「え、ええ・・・、何とか・・・」

 さやかに助けられてマミはなんとか立ち上がる。アルバフィカの態度に怒り狂っているさやかに対して、マミはアルバフィカが一瞬、ほんの一瞬見せたあのすまなさそうな表情が気になっていた。

 「・・・三人とも、無事か」

 「・・・!し、シジフォスさん・・!!」

 突然降って来た声に、マミは思考を中断して背後を振り向く。シジフォスの表情はどこまでも心配そうであり、彼女達が無事な様子を見て安堵しているのが分かった。

 「・・・・・・」

 その表情を見てマミの心は申し訳なさで一杯になった。
 
 もしあの状況でアルバフィカが助けてくれなかったら自分はあの魔女に殺されて、彼女達も魔女の餌食になっていただろう。

 シジフォスさえいれば、少なくとも彼女達を護ってくれて、もしかしたら自分も命の危険に晒されずに済んだかもしれない。

 それを自分は、自分の見柄だけで、シジフォスを呼ばずに、自分を仲間と呼んでくれた彼女達を危険にさらして・・・。

 「・・・うっ、ううっ・・・・・」

 マミの目から涙が零れ落ちる。そして地面に膝を突き、ボロボロと涙を流しながら泣き始めた。

 「ま、マミさん?」「ど、どうしたんですか?」

 突然泣き始めたマミに、まどかとさやかは戸惑った表情を浮かべる。一方のシジフォスは、ただマミが泣いている姿を、じっと眺めているだけだった。

 「・・・ご、ごめん、なさい・・・、私の、私の、せいで・・・、二人、危険に・・・、鹿目さん・・・美樹さん・・・シジフォスさん・・・ごめんなさい・・・・、ごめんなさい・・・!」

 マミは泣きながら、三人に対して謝り続ける。二人を危険に巻き込んで、自分の勝手で行動してごめんなさいと詫び続ける。
 三人はマミのその姿を、ただじっと見ているしかなかった。

 アルバフィカSIDE

 アルバフィカは装着していた聖衣を脱ぎ、若干地味なねずみ色なコートと赤いストールに身を包んで魔女が出現した病院から出ていこうとした。
 が、病院の正門を出た時、物陰から突然顔見知りの男が黒い長髪の少女と共に彼の前に姿を露わした。

 「ようアルバフィカ。お仕事御苦労さん」

 「・・・マニゴルドか。見ての通り魔女は倒した。もうここには用が無いはずだが?」

 「そりゃそうなんだがよ・・・、アルバフィカ・・・」

 マニゴルドはどこか不満げな表情を浮かべながらアルバフィカをじっと睨む。

 「お前なぁ、もう少し女に優しく出来ねえのかよ・・・。いくらテメエの毒の血が危険だからとか言っても、突き飛ばすか普通・・・」

 「・・・これで彼女が私を避けるのなら、それでいい。それで彼女が私の毒に巻き込まれることは無いのだから・・・」

 「はあ・・・、前にも言ったと思うけどよ、お前もう少し気楽に生きろよ、気楽に」

 お手上げと言わんばかりの表情で、マニゴルドは大きく溜息を吐いた。アルバフィカはそれを無視し、マニゴルドの隣に立つ少女に視線を向ける。

 「君が暁美ほむら、かな?」

 「そうよ、そして貴方も彼と同じ、黄金聖闘士ね?」

 「そのとおりだ。魚座のアルバフィカ、それが私の名だ。握手は出来ないが、悪く思わないでくれ」

 「貴方の事はマニゴルドに聞いているわ。気にしないで」

 アルバフィカの言葉にほむらは気を悪くした様子も無く頷いた。アルバフィカのことはマニゴルドから事前に聞いており、ほむらは出来る限りアルバフィカから距離をとって話をしている。

 「そうか、ならほむら、少し頼みがあるんだが・・・」

 と、アルバフィカは何処から取り出したのか、黄色い花弁の薔薇をほむらに向けて放り投げた。ほむらはそれを表情を変えずに受け取った。

 「すまないがそれを巴マミに渡しておいてくれないか?先ほどの侘びと言っておいてくれれば分かる」

 「・・・そうね、貴方にはまどかを助けてもらった借りもあるし、引き受けるわ」

 「・・・頼んだ。では私はもう帰る。何かあったら連絡をくれ。マニゴルド、ほむら」

 アルバフィカはそう言うと二人に背を向けてさっさとその場を立ち去った。マニゴルドとほむらはその後姿を黙って見送った。

 「・・・もう少し愛想よくなんねぇかな。あいつも」

 「仕方がないでしょ、彼の体質の問題なんだから。他人を危険に晒したくないって気持ち、私にも少し分かるから・・・」

 「まあそりゃそうだけどよ・・・」

 マニゴルドはぼそりと、ほむらは少し感情を滲ませた声でそう呟いた。

 まどかSIDE

 あの後、何とかマミを泣きやませたまどか達は、いつまでも外にいるわけにも行かないため、病院内のレストランで休んでいた。

 「・・・すまなかった。嫌な予感がしたから急いでいたんだが、魔女が二体出てきたから放って置くわけにもいかずに相手をしていたら、ここまで遅れてしまった・・・」

 「気にしないでくださいシジフォスさん。みんな無事だったんですし・・・」

 「そうっすよ。シジフォスさんは悪くないですよ」

 レストランで飲み物を注文した後、シジフォスは再び三人に向かって謝る。そんなシジフォスをまどかとさやかは気にしていないと謝る。一方マミは、泣いてはいないもののその表情は暗く、沈痛そうであった。

 「そうか・・・、だが一体何故今回はマミ一人で魔女と闘おうとしたんだ?前は私に連絡をよこしたと言うのに・・・」

 「ッ!!」

 シジフォスの言葉にマミは体を震わせた。その表情は、まるで親に叱られた子供のようであり、普段のお淑やかな雰囲気はほとんど無かった。
 それを見てシジフォスはばつの悪そうな表情を浮かべる。

 「いや、まあ、話したくないのなら話さなくてもいいが・・・「・・・・証明、したかったんです・・・」・・・え?」

 ポツリと呟いたマミの言葉にシジフォスはキョトンとした表情を浮かべる。それに構わずマミはポツリポツリと話し出す。

 「最初、魔女の結界に侵入した時は、呼ぼうって思ったんです・・・。でも、暁美さんに『どうせシジフォスが居るから』って言われて・・・。まるで私がシジフォスさんのおまけみたいに言われて・・・。私だって、ちゃんと闘えるのに・・・、ずっと、ずっと魔女と戦ってこの街を守り続けてきたのに・・・。だから、今回は魔女を一人で倒そうって、二人は私一人でも守れるって・・・、証明したくて・・・」

 「・・・・ほむら・・・・」

 マミの言葉にシジフォスは頭を押さえて呻いた。
 恐らくほむらに悪気は無かったのだろう。シジフォスが居るのならマミに何かあってもまどかは大丈夫だと考えてそんなことを言ったのだろう・・・。
 ほむらにとってまどかが何よりも大事な存在だと言うのは分かる。何しろ彼女を救うために何度も世界をループし続けているのだ。並大抵の覚悟ではない。

 (・・・だが、もう少し他の魔法少女のことも考えてやったらいいだろうに・・・)

 シジフォスは心の中で溜息をついた。どうも彼女はまどか以外はどうでもいいと思っている節がある。無論見捨てるようなことはしないだろうが基本的にこちら側から協力関係を結ぶようなことはしてこない。アニメで佐倉杏子と同盟を結んだのもワルプルギスを倒すためにしぶしぶといった感じであったし・・・。

 「・・・でも、結局、二人を守るどころか、自分が油断して、魔女に殺されかけて・・・・。本当に、駄目ですね、私って・・・」

 「そ、そんなことないです!!マミさんは凄いと思います!!」

 「そうですよ!!あんな冷血男に比べたらマミさんの方がずっと正義の味方に見えますよ!!」

 完全に落ち込んでいるマミを、まどかとさやかは必死で元気づけようとしている。一方シジフォスは、先程さやかが言った言葉に反応する。

 「・・・・なあさやか、その冷血男とは、まさかアルバフィカのことか?」

 「え?だってそうでしょ~!!助けてもらったお礼を言っただけなのに機嫌悪くしたり、謝ろうとしたマミさんを突き飛ばしたりするなんて、性格悪すぎますよ~!!ね!まどか?」

 「え?う、う~ん・・・、冷血かどうか分かりませんけど、突き飛ばすのは酷いと思います・・・」

 「・・・・・」

 二人の返答にシジフォスは頭が痛そうな表情を浮かべた。
 確かにアルバフィカがマミにした行動は、彼のことを知らない人間からしたら間違いなく誤解される。
 彼ももう少し人付き合いが上手くなればそんな心配も無いのだが・・・・。と、言うより薬師の島の任務以降は人との関わり方もそれなりに上手くなったはずなのだが・・・。
 まさか死んだせいでリセットされた訳ではあるまいし・・・。

 「はあ・・・、誤解しないように言っておくがアルバフィカは冷血な人間ではない。むしろ彼は聖闘士の鑑ともいえる人格の持ち主だ」

 「え!?そ、そうなんですか!?」

「マミさん突き飛ばしたのに!?」

「・・・・・」

 シジフォスの言葉に三人の少女は反応してシジフォスの顔を見る。シジフォスは頭を掻きながら説明を始めた。

「以前話したと思うが聖闘士の統率をなされるのはアテナとその代行者の教皇と呼ばれるお方だ。教皇とアテナはギリシャに存在する聖闘士発祥の地、聖域と呼ばれる場所で聖闘士達の指揮をとっておられるんだ。
聖闘士の頂点である黄金聖闘士には、教皇とアテナの守護という役割がある。聖域の最奥に存在する教皇のおられる教皇の間、そしてそのさらに奥に存在するアテナのいらっしゃるアテナ神殿、そこを守護するためにその道筋には十二宮というのが置かれている」

「十二宮、ですか?」

 まどかの言葉にシジフォスはコクリと頷く。

「君達も知っているだろう?黄道十二星座を。もうすでに説明したが私達黄金聖闘士の聖衣はその十二星座を象っている。そして、教皇の間への唯一の道には私達黄金聖闘士が守護を務める宮が十二置かれているんだ。第一の宮、白羊宮から第十二の宮、双魚宮までな。ちなみに私が守護するのは九番目の宮、人馬宮だ。そしてマニゴルドは第四の宮、巨蟹宮の守護者だ」

「へー・・・、じゃああのアルバフィカって黄金聖闘士は・・・」

「双魚宮。十二宮最後の宮。教皇の間への最後の砦と言ってもいい宮だ」

 シジフォスは運ばれてきたコーヒーを啜りながらそう答える。まどか達はへー、と感嘆したような声を上げる。シジフォスはカップを下ろすと話を続ける。

「万が一にもこの宮を突破されれば教皇の間は目の前だ。その為双魚宮から教皇の間までの道は、デモンローズによって防備されている」

「デモンローズ・・・、って何ですか?」

 今度はマミからの質問が来る。どうやら彼女もシジフォスの話に引き込まれているようだ。シジフォスもそんなマミの様子に安心しながら彼女の質問に答える。

 「かつて王宮で、侵入者撃退のために植えられていたと伝えられる薔薇だ。見た目は普通の紅い薔薇だが、その香気には猛毒が含まれていて、僅かな香気でも人間を殺せるという恐ろしい薔薇だ」

 「ええ・・・」

 「猛毒の、薔薇・・・・・」

 「そんなものが、あったんですね・・・・」

 デモンローズの説明に、まどか達は呆然とした。
 猛毒の薔薇。そんなものがあるなんて全然知らなかった・・・。
 そう言えばアルバフィカが魔女に向かってはなった薔薇を、デモンローズと呼んでいた。
 あの巨大な魔女を倒してしまうなんて、とんでもない猛毒だ。
 そう考えた三人の少女はぞっとした。

 「魚座の黄金聖闘士はデモンローズを扱うために、その毒に耐えれる耐毒体質を身に付けなければならない。どういう修練かは私も知らないが、命を懸けるほど過酷な修練であるらしい。そして、たとえその試練に耐えられ、魚座の黄金聖闘士になれたとしても、一生孤独に過ごさねばならないという運命がある」

 「え・・・・・」

 「一生・・・、孤独・・・?」

 「それって・・・、どういうことですか・・・?」

 「魚座の黄金聖闘士は、長い間毒薔薇と共に過ごし、耐毒性を高める修練を行うことで、完璧ともいえる耐毒体質を身に付ける。だが、その代償としてその者の血肉はデモンローズと同じ、或いはそれ以上の猛毒と化してしまう。当然他人と触れ合うことも、交わることも出来ない。下手をすればその人間を自身の毒で殺してしまいかねないからな。だから魚座の黄金聖闘士は孤独であり続ける。決して他者を傷つけないように・・・。
 魚座の黄金聖闘士は、他者と関わり合うことの出来ない、孤独な聖闘士なのだ」

 シジフォスの話を聞いて、まどか達は絶句した。

 一生孤独、誰とも関われない。

 つまり一生友達も作ることが出来ず、家族と一緒に食事をすることも出来ず、恋愛も出来ないという事・・・。

 そんな生き方、自分には耐えられない。

 大事な家族達、さやかと仁美、そしてマミ・・・。

 その人達ともう関わっちゃいけないなんて・・・・。

 まどかとさやかは余りにショックな内容に黙り込んでいたが、やがてマミが恐る恐るシジフォスに尋ねる。

 「・・・あの、アルバフィカさんは、どんな聖闘士なんですか・・・?」

 シジフォスはマミの質問を聞くと、一度コーヒーで口を潤し、カップを置くと口を開いた。

 「アルバフィカは歴代の魚座の黄金聖闘士の中でも最高の耐毒体質の持ち主だ。もはや全身の血が猛毒と言ってもいい。それゆえに彼は自分から人とは関わりたがらない。そして他人を自分に近寄らせない。自分の血で他者に害を与えないためにね。マミが突き飛ばされたのもその為だ。
 本当は他人を思いやることの出来る優しい男なんだが、他人を寄せ付けない態度を取り続けているせいでよく誤解されてしまう。まあ本人にしてみれば人と関わらないためにわざとやっているのかもしれないが・・・」

 「「「・・・・・・」」」

 シジフォスの言葉に、まどか達は再び黙り込んだ。
 
 三人とも沈痛な表情を浮かべており、特にさやかは先ほどアルバフィカのことを知らなかったとはいえ冷血男と呼んでしまった自身の短慮を恥じていた。

 そんな少女達の様子にシジフォスは溜息を吐き、再びコーヒーを口に含む。

 「それから彼は自分の容姿を褒められるのを非常に嫌っていてな、もしそんな事を口にしたらたとえ仲間であっても一週間は口も利いてくれなくなる。これが敵だったらまず間違いなく殺されるだろうな・・・」

 「・・・・だから私に対してあんなに不機嫌になったんですね・・・」

 「ん、まあ、そうだな」

 シジフォスはマミの言葉に曖昧な返事を返した。それを聞いたマミは少し落ち込んだような表情をする。その隣に座っていたさやかは、辛そうな表情で口を開いた。

 「あたし・・・、自分が恥かしいです・・・。アルバフィカさんのことを何も知らないのに冷血男だなんていって・・・。あたしって、本当に馬鹿っすね・・・・」

 「まあまあ、アルバフィカ本人の前で言ったんじゃないんだ。あまり気にするな。いきなりマミが突き飛ばされるのを見れば誰だってそう思う」

 「私も・・・、酷い人って・・・。本当はマミさんを心配してあんな事をしたのに・・・」

 「まどか・・・、全く、どうしたものか・・・・」

 一気に暗い雰囲気になった三人の少女を見て、シジフォスはどうしたものかとコーヒーを啜りながら考える。やがてコーヒーを全部飲み干してしまったシジフォスは、とりあえずおかわりを頼むためにウェイトレスを呼ぼうとした。

 「んあ?シジフォス、お前らこんな所に居たのかよ?」

 「・・・・・」

 「む?マニゴルドにほむら。君たちこそこんな所で何をやっている?」

 と、レストランの入り口から同僚の黄金聖闘士、マニゴルドとそのパートナーである魔法少女暁美ほむらが入ってきた。シジフォス達を見つけたマニゴルドはシジフォスに向かって片手を上げて合図し、一方のほむらはマミの方を見たまま黙っていた。

 「いやな、ちょっとアルバフィカの奴に頼まれごとをしてな。お前の小宇宙を探っていたんだが、まさかまだ病院にいるなんてな」

 「アルバフィカから?一体何を・・・」

 シジフォスの質問にマニゴルドは黙ってほむらに視線を投げる。ほむらは黙ってマミの居る席に近づいていく。敵対しているはずの相手が自分に近づいてきたことで、マミの体が強張り、側にいたまどか、さやかも思わず身構えた。

 「巴マミ、アルバフィカが貴女にって」

 が、ほむらはマミに何をするでもなく、左手に持っていたものを彼女に差し出した。
 それは彼女の髪の毛の色と同じ、黄色い花弁の薔薇だった。
 マミは薔薇を受け取ると、その薔薇をじっと見ていた。

 「なんで、アルバフィカさんが、これを・・・・」

 「貴女へのお詫びらしいわ。突き飛ばした件じゃないの?」

 「・・・・っ!!」

 ほむらの言葉を聞いたマミは顔を赤く染めて薔薇の茎を両手で握り締め、俯いた。
 その表情は何処か申し訳なさそうであり、少しだけ嬉しそうであった。

 「・・・・あいつも妙なところで紳士だからな。ったく、普通に自分で渡せっての」

 「彼にそれは酷だろう。私達ですら近付きたがらないんだ。マミのような少女では、なおさらだ」

 そんなマミを見ながら二人の黄金聖闘士はボソボソとそんな事を話していた。
 ほむらは相変わらず無関心な表情で、まどかとさやかは興味深々な表情でマミを見ている。

 「・・・アルバフィカさん・・・・」

 マミはそんな周囲の人間には構わず、目の前の薔薇をじっと眺めていた。




[35815] 第7話 憧れと現実、その狭間で
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆175723bf ID:9f458038
Date: 2013/04/28 09:50
 
 第7話 憧れと現実、その狭間で
「…ところで、二人ともどうすることにしたの?」

 あれから6人は、何時までもレストランに居るわけにもいかないため、病院から近くの喫茶店に移動した。そこで飲み物を頼んで飲んでいる時、ほむらが突然まどかとさやかに質問してきた。

 「え…?」「ど、どうするって、なにを…」

 「魔法少女研修の件よ。これからも続けるの?それとももう止めるの?」

 ほむらの発した言葉に、まどかとさやかは凍りついたような表情になった。
 話を聞いていただけのマミも、その表情は暗くなっている。

 「おいおい、何もンなにストレートに言わなくてもいいだろうが」

 「はっきり言った方がいいでしょ?それに、彼女達も魔法少女になるってことがどれだけ危険か理解したはずだから、良い機会よ。
 …それで、鹿目まどか、美樹さやか。どうするの?魔法少女研修、止めるの?まだ続けるの?どっちかしら?」

 「…そ、それは…」「い、いきなり言われても…」

 思いもしなかった質問に、まどかとさやかは返事を返すことが出来ない。

 確かに魔法少女になる危険性は知った。マミも下手をすれば死んでいたかもしれない。

 あれがもし自分自身だったら…。そう考えただけで背筋が寒くなる。

 願いを叶える代価として魔女と戦う…。それは死と隣り合わせの非日常…。シジフォスに言われた時には実感がなかったそれが、今でははっきりと認識することが出来た。

 「マミ、貴女はどうしたいの?彼女達をこれ以上命の危険のある魔女狩りに付き合わせたいのか、それとも此処できっぱり打ち切るのか…。
どっちにするつもり?」

 「……」

 ほむらの問い掛けに、マミは俯いて黙りこくっていた。
 が、しばらくすると俯いていた顔を上げて、まどかとさやかを見つめる。その眼差しは、何処か寂しげであった。

 「…魔法少女研修は、もう打ち切るわ。彼女達を、危険にさらすことは出来ないから…」

 「ま、マミさん!?」

 「今日の事だったらアタシ達は気にしてないですよ!!」

 マミの口から出た言葉にまどかとさやかは動揺して思わず声を上げる。が、マミは弱弱しく首を左右に振る。

 「ううん…、私一人だけならともかく、貴女達を危険に巻き込めないもの。シジフォスさんの言うとおり、これから強力な魔女が出てきたら、私も守りきれる自信は無い。
 …ごめんなさい、二人共。短い間だけど、楽しかったわ…」

 マミの言葉に、まどかとさやかは哀しげな表情を浮かべる。
 一方のほむらは、まどかが魔法少女に関わらなくなったことが嬉しいのか「計画通り」と言いたげな笑みを浮かべていた。

 「…性格悪いな、オイ」

 「うるさいわよ、マニゴルド」

 マニゴルドの突っ込みにほむらはむっつりとした表情で注文したブラックコーヒーを口に含む。その表情は苦虫を噛み潰したかのように歪んでいた。
 一方のシジフォスは、寂しそうなマミの表情を見て溜息を吐いた。
 恐らく彼女は、魔法少女研修を止めることで、まどかとさやかの二人と離れ離れになると考えているのだろう。自分は魔法少女、彼女達は普通の少女、住む世界が違うと…。
 シジフォスはコーヒーを一口飲むと、カップを置いてマミに話しかける。

 「マミ、君は魔法少女研修を止めたら彼女達との繋がりが切れる、そう考えているだろう?」

 「…!?え、えっと、その…」

 マミは寂しそうだった表情から一転、恥ずかしそうに顔を赤くする。図星と思ったシジフォスはマミに穏やかな笑みを浮かべる。

 「そんな心配は杞憂だ。君と彼女達との繋がりは、そんな程度で無くなってしまうほど、脆いものじゃないだろう?まどかもさやかも、君と本当の仲間になりたいと望んでいる。そうだろう、二人とも」

 「もちろんですよ!!」

 「マミさんには魔法少女の事以外にも色々と教えてもらいたいです!主に勉強とか・・・」

 「それは自分の努力も必要だと思うぞ?人に頼るだけじゃなく」

 「うっ…、耳の痛い言葉を…」

 さやかの言葉に周りは笑い声を上げる。マミの表情もまた、笑みが浮かんでいた。先程の寂しそうな笑みではなく、仲間が、友達が出来た嬉しさで満ちた笑顔が。
 その表情を見てシジフォスも安堵の笑みを浮かべる。

 「フッ、どうやら元気が出たようだね」

 「はい、結界の中で鹿目さんが言ってくれた事を忘れちゃうところでした」

 「そうか、だが君自身今回の戦いで相当疲労したはずだ。良い機会だからしばらく魔女退治は休んだ方がいい」

 シジフォスはそう言ってポケットから二つのグリーフシードを取り出し、マミに差し出した。

 「えっと、これは…」

 「俺がここに来る前に倒した魔女から手に入れたものだ。俺には必要のないものだから、君に譲ろう」

 「でも、暁美さんは…」
 
 「私は必要ないわ」

 マミの言葉にほむらは素っ気なく断った。その様子にさやかはむっとした表情をする。マニゴルドはやれやれと言った表情で首を振り、シジフォスは苦笑いを浮かべていた。
ほむらはそんな周りを気にせずにコーヒーを啜る。
 マミは困った表情でほむらを見ていたが、やがて諦めたのかグリーフシードを二つとも受け取った。

 「ありがとうございます、シジフォスさん」

 「構わないよ、君にこそ必要だろうからね。とにかくしばらくの間ゆっくり休むといい」

 「はい、分かりました。しばらくは魔法少女は休業する事にします」

 マミの返事にシジフォスは頷くと、まどかとさやかに顔を向けた。

 「君達はどうする?しばらく魔法少女研修も無い。そして先程の戦いで、魔法少女になるということの恐ろしさを知ったはずだ。
 まだ、魔法少女になりたいか?」

 「「……」」

 シジフォスの問い掛けに、まどかとさやかは沈黙する。
 彼女達は、確かに先程の魔女との戦いで、恐怖を感じていた。
 幸いマミは助かったものの、本当に危機一髪と言うところであった。
 そして、もし自分達がマミと同じ立場に立ったら・・・。
 そう考えただけで全身に震えが来る。

 しばらく沈黙が続いた後、まどかが口を開いた。

 「…正直、死んでしまうのは、怖いです…。マミさんがもし死んでしまったら、私…」

 「鹿目さん…」

 自分の事を心配してくれるまどかに、不謹慎ながら涙ぐんでしまうマミ。そして、さやかもまどかに続けるように口を開く。

 「…アタシも、たとえ願いが叶っても、死ぬのは嫌です…。家族に、友達に、もう会えなくなるのは…」

 二人の返事を聞いたシジフォスは、残っているコーヒーを飲み干すと、まどかとさやかに視線を向ける。

 「そうか…、なら君達も元の日常に戻るといい。そうしたほうが君達にとって幸せだ。魔女は俺達で何とかするから心配しなくていい。いいな、マニゴルド」

 「ンなもん最初から承知だ。こちとらガキのお守に飽き飽きしてたんだよ!精々ストレス発散代わりにやらせてもらうぜ!」

 「なら私もしばらく骨休めさせてもらおうかしら。アルバフィカも含めた黄金聖闘士三人が居れば、魔女位なんでもないでしょうし…」

 マニゴルドの言葉に続けるようにほむらはそう呟く。まどか達は黙って三人の言葉を聞いていた。と、マミが何かを思い出したような表情を浮かべ、おずおずとマニゴルドに話しかける。

 「あ、あの、マニゴルド、さん…」

 「んあ?」

 いきなり質問されたマニゴルドは、胡乱毛な表情でマミを見る。マミは、少し頬を赤く染めながらマニゴルドに切り出した。

 「聞きたい事があるのですけど…」

 アルバフィカSIDE

 見滝原のとある場所にあるマンション。
 その7Fに彼、アルバフィカの住居はあった。
 部屋の中は飾り気がなく、必要最低限の家具と日用品以外は置かれていない。
 ただ、テーブルの上に活けられた一輪の深紅の薔薇が、唯一の飾りであった。

 あれから住居に帰宅したアルバフィカは、背中に背負ったパンドラボックスを床に下ろし、ソファーの上に腰を下ろすと疲れたかのように大きく息を吐いた。その表情はどこか疲れているように見えた

 理由はただ一つ、今日助けた巴マミの事だ。

 幾ら何でも突き飛ばしたのはやり過ぎた、あれからアルバフィカは内心後悔していた。
 彼女は別に悪意無く、素直に自分に対して感謝の気持ちを伝えてきただけなのだ。にもかかわらず彼女に冷たい言葉を吐いた挙句、突き飛ばしてしまうなど自分自身最悪だと考えてしまう。

 「彼女も傷ついただろうな…。が、それで私から離れてくれるなら、それでいい」

 一応ほむらに詫び代わりの薔薇を渡しておいたが、あんなもので彼女の機嫌が直るはずもない。むしろ気障な男だの何だのと思われてますます嫌われるのが落ちだろう。
 だがそれでいい。自分を嫌い、自分から離れてくれるのなら自分の血によって傷つくことは無い。彼女がいくら不死身と言っても、自分の血を浴びて無事で居られる保証は無い。
 だから突き放した。それによって彼女の身の安全が守れるのだから…。

 「…しかし、もう少し言い方を考えるべきだったか…」

 アルバフィカはそう呟いて溜息を吐いた。
 少しは人付き合いも得意になったとは思ったのだが、まだまだどうしようもない。
 これでは友達が出来ないと言われても仕方がないな、と、アルバフィカは自嘲気味に笑った。

 「…む、もうこんな時間か」

 何気なくアルバフィカが時計を見ると、すでに帰宅してから一時間以上経っていた。
 丁度小腹も空いてきたことだから夕食にでもしようと考える。

 「しかし、今は何も作る気が起きないな…」

 アルバフィカは、というより黄金聖闘士は大抵料理は出来る。一人任務で遠方に向かうことが多く、それ以外では十二宮の中で一人で過ごすことが日常であることから、大抵の黄金聖闘士は一人で生活するために家事、炊事は人並みに身につけている。ただレグルスとカルディアは料理で悲惨な事になっていたが…。
 が、今のアルバフィカは正直料理などする気にはなれなかった。とはいえ今は何でもいいから口に入れたいという気持ちである。どうしたものかとアルバフィカは黙って思考を巡らす。

 「…カップ麺でも食べるか」

 アルバフィカはそう決めるとソファーから立ちあがった。
 この世界には色々と便利な保存食があるが、とりわけカップ麺は種類が豊富であり、かつお手軽に食べられる。
 味付けも卵や天カスを入れれば中々馬鹿に出来ない。よし、今日はカップ麺にしよう。そう決めたアルバフィカは早速台所に向かおうとする、と・・・、

 ピンポーン!

 突然外のチャイムが鳴った。アルバフィカは台所に向かう足を止め、玄関のドアに視線を向ける。

 「…マニゴルドか?」

 確か自分の住んでる場所を伝えたのは彼とほむらだけであったはずだ。いや、ひょっとしたらシジフォスかもしれない。マニゴルドから住所を聞き、自分に説教でもしに来たのかもしれない。
 取りあえず出るしかないか、とアルバフィカはカップ麺の事は後回しにして玄関まで歩いて行き、ドアのカギを開ける。

 「一体何の用だ、マニゴ…」

 「あ、あの、こんばんは!」

 ドアを開けた先にいた人物の姿を見た瞬間、アルバフィカの言葉が止まった
 その理由はドアを開けたアルバフィカの目の前にいたのが、マニゴルドでも、シジフォスでも、ほむらでもなかったからである。
 
 目の前に居たのは、今日彼が魔女から救った魔法少女、巴マミであった。

 マミSIDE

 「……」

 「……」

 (き、気まずい…)

 マニゴルドからアルバフィカの住んでいる場所を聞いて喜び勇んで来たは良いものの、ドアが開かれてから長い沈黙が流れ、何とも重苦しい空気が漂っていた。
 何時までも黙っているわけにはいかないと、マミが口を開こうとした。が、それより先にアルバフィカが口を開く。

 「…一体どうやって此処が分かったんだ?マニゴルドから聞いたのか?」

 「え、あの、はい!どうしてもアルバフィカさんにお礼がしたくて…」

 「構わないと言ったはずだ。それに、こんな時間に来て、家に帰らなくていいのか?」

 厳しい口調だが内心自身の心配をしてくれるアルバフィカに、マミは内心では嬉しいと感じてしまう。マミはアルバフィカにニコリと笑みを向ける。

 「大丈夫です。だって私の家は、このマンションにありますから♪」

 「………は?」

 マミの言葉にアルバフィカはポカンと口を開け呆然とした表情になる。マミはそんな表情も浮かべるアルバフィカが何処か可愛く見えてしまった。マミは思わずクスッと笑ってしまう。
 マミの笑い声が聞こえたのかアルバフィカは直ぐに顔を引き締め、むっつりとした表情になる。それを見たマミははっとした表情で口を押さえる。

 「…まあいい。とにかく私はこれから夕食なんだ。礼なら後にしてくれ」

 「お夕飯、ですか…?アルバフィカさんも料理出来るんですか?」

 マミはアルバフィカにそう聞く。アルバフィカは相変わらずむっつりとした表情ではあったが、マミに返答を返す。

 「…人並みにはね。だが今日は正直料理をする気にならないから、余っているカップ麺でも食べようかと思って・・・」

 「カップ麺って、駄目ですよ!!そんな物じゃ栄養が偏っちゃいます!!」

 アルバフィカの返答にマミは血相を変えて駄目出しする。そんなマミの様子にアルバフィカは少したじろいだ。

 「い、いや、別に栄養についてはトッピングで何とかなると思うが…」

 「駄目です!ちゃんと栄養のあるご飯も食べないと…、

 そうだ!アルバフィカさん、今日のお礼に私に料理を作らせて下さい!」

 「な、何!?い、いやそれは…」

 「これでも一人暮らしですから料理位できます。ちょっと中に入れて下さい」

 「え、いや、ちょっと、待て、待ちたまえマミ!」

 何かのスイッチが入ったのか自分の部屋に上がり込むマミを、アルバフィカは困惑した表情で見ていた。マミに触る事が出来ないので摘み出すわけにもいかず、ただマミから若干離れた距離でマミの行動を見ているしかなかった。

 シジフォスSIDE

 「まさかマミがアルバフィカの住んでいるところを聞きたがってくるとはな」

 その頃シジフォスとマニゴルド、ほむら一行は、まどかとさやかと別れた後、某焼き肉チェーン店でのんびり焼き肉に舌鼓を打ちつつ、会話を楽しんでいた。

 「まあな、まあアイツに命助けられたからってのもあるだろうけどよ、やっぱり、アレだろうぜ?」

 「アレ?アレとは?」

 シジフォスの質問にマニゴルドはコップに注いだビールを飲み、乾いた口を潤して、返答する。

 「惚れてんな、マミは。アルバフィカによ」

 「ほー、惚れてるか。成程、まあそんなことも……、

 ハア!?ほ、惚れているだと!?」

 びっくりした表情で席から立ち上がり大声を上げるシジフォス。あまりに声が大き過ぎたのか、従業員が何かあったのかとこちらに駆け寄ってくる。よくよく見ると他にも客が何人かこちらを見ていた。

 「あ、いえ、何でもありません、何でもありませんから…」

 シジフォスは必死に店員や客達になんでもないと説明し、約5,6分程度の説得、説明し頭を下げ続けることで、ようやく店員、客達は離れて行った。それを確認したシジフォスは溜息を吐きながら席に戻る。

 「…すまん、少し声が大きかった」

 「デカすぎだ馬鹿。もうちっと音量抑えやがれ」

 「いや、余りにも突拍子のない話だったからな。マミがアルバフィカに恋、か…」

 シジフォスは考えてみる。
 確かにアルバフィカは顔立ちは美しい。性格も悪くない。そして強い。
 他人を寄せ付けないから誤解されやすいが、其れさえ無くなれば間違いなく女性にモテるタイプであることは間違いない。
 マミが惚れるのも当然と言えば当然であろう。だが…。

 「…アルバフィカが受け入れるかどうかが問題だな」

 「というか間違いなく断るぜ、あいつ。別にキス以上しなけりゃ問題ねえだろうに…」

 シジフォスが焼きあがった肉を口に運びながら呟いた言葉に、マニゴルドも同意見と返答を返しつつ、ビールをコップに注ぐ。
 ただでさえアルバフィカは他人を自分の側に寄せ付けたがらない。ましてや手を繋いだりキスをするなどもっての他と本人は考えている。
 仲間である自分たちでさえ接触禁止と言われているのだ。ましてやマミでは、また地面に突き飛ばされる、避けられるのが関の山だろう。
 そしてもしも、もしもマミがアルバフィカに好きだといっても、100%玉砕が確定する。
 間違いなくアイツはマミの告白を拒否する。たとえ本人がマミを好きになろうとならなかろうと。
 別に他人の色恋沙汰はシジフォスたちにとってどうでもいいが、失恋のショックでマミが魔女化しないかが心配である。

 「つーかアイツももう少し気楽に生きられりゃいいんだがねー。ジジイに聞いた話じゃ毒の血に触らなけりゃ問題ねえって話だぜ?別に空気中に拡散してるわけじゃあるまいし…」
 
 「単に心配性なんじゃないの?もし何かの拍子で怪我をして血が出たら、とか考えてしまうのかもよ」

 マニゴルドとほむらの会話を聞きながら、シジフォスは回想する。
 アルバフィカがああなった原因は、どうやら過去にあるらしい。
 最もアルバフィカ自身が過去に何があったのかあまり語りたがらず、自身も聞くことがなかったため、全く分からないが…。

 「それはそうとお前はどうなんだ、シジフォス?」

 「は?俺?何故俺だ?」

 突然話を振られて疑問符を浮かべるシジフォスに、マニゴルドは呆れたと言わんばかりに溜息を吐いた。

 「お前、気付いてねえのか?まどか、お前に惚れてるぞ?」

 「……(モグモグモグ…)



 …ブハッ!!ゲホッ!ゲホッ!な、何だと!?」

 マニゴルドの爆弾発言にシジフォスは食べていた焼肉を噴き出し大きく咳き込む。
 マニゴルドの言葉に相当びっくりしたのだろう。

 「お前きたねえぞ。食ったもん吐き出すなアホ」

 「お、お前が馬鹿な事を言うからだ!!大体俺はもう29だ!おじさんだ!こんなおじさんにまどかが惚れるわけないだろうが!あとほむら、その殺気を収めろ頼むから!!」

 シジフォスの必死の形相に流石にマニゴルドもたじろぐ。ついでにその横で殺気を放っていたほむらも殺気を収めた。

 「なんだよシジフォス、お前ロリコンじゃなかったのかよ?」

 「誰がロリコンだ!!誰が!!」

 「だっておい、お前生前はまだ十代かそこらのアテナに愛してるだのお慕い申し上げてるだの言ったって話だぜ?」

 「俺がアテナに持っていたのは敬愛だ!!ラブではない!!恋愛感情ではない!!一刀といいお前と言いそこを間違えるな!!あとほむら!!そのロケットランチャー仕舞ってくれ!!そんなものが直撃したら生身なら聖闘士でも死んでしまう!!」

 シジフォスの表情は目も血走り、表情は正に血相を変えていると表現するにふさわしい。
さすがにからかい過ぎたかとマニゴルドは頭を引っかき、いつの間にか魔法少女課していたほむらは、何処から取り出したのか分からないバズーカ砲を、腕につけてある円盤に仕舞いこんだ。

「悪い悪い、少しふざけすぎた。
 しっかしシジフォスよお、アンタ確かもう三十路前だろうが。いい加減女の一人や二人と付き合った方がいいんじゃねえの?」

 「何だいきなり。生憎俺は今のところ結婚する気は無い。そう言うお前こそどうなんだ。いい加減ナンパも程々に身を固めたらどうだ」

 シジフォスの苦言にマニゴルドは肩をすくめる。

 「ケッ、その言葉そっくりそのままアンタにお返しすっぜ?心配しなくてもこの俺のイケメンぶりに惚れて勝手に女の方から寄ってくらぁ。アンタこそ独身のまま30になんのかよ?惨めすぎっぞそれ」

 「むう…」

 マニゴルドの言葉にシジフォスは額に皺を寄せて唸り声を上げる。そんな黄金聖闘士二人を横目に、ほむらはまるっきり我関せずと言った態度で黙々と焼き肉を頬張っていた。
 マニゴルドとシジフォスはそんなほむらに構わず話を続ける。
 
 「まあそれはともかくだ、シジフォスよ、お前の好きな女のタイプって何よ?ちなみに俺は気が強くてスタイルの良いのが好みだぜ?」

 「いきなりなんだ。俺の好みは…、やはりお淑やかな性格の女性、か…?」

 「ほー、そうかい。…んで体型は?」

 「は?」

 「だから体型だよ体型。胸はでかい方がいいのか小さい方がいいのか、大人がいいのかロリがいいのか」

 シジフォスは訳が分からないと言いたげな表情であるが、マニゴルドは真剣な表情でシジフォスを見ている。むう、と若干気圧された表情をしながらシジフォスは考えながら答える。

 「体型は…、別にどうでもいいが…。やはり大人の女性、だな…」

 「なんだよ、てっきり貧乳でロリって答えるかと思ったんだがよ…、予想外れたわ」

 「お前どれだけ俺をロリコンにしたいんだ!!」

 マニゴルドのつまらなさそうな返答にシジフォスは思わず絶叫を上げる。
 こうして聖闘士達の夜は更けていく……。



 あとがき

 今年最後の更新と相成りました、第七話です。
 今回シジフォスさんをかなりいじってしまい、シジフォスファンの皆様、どうかお許しください。LCは基本シリアスですからネタが書きにくいんですよね…。
 原作ではやれキグナスダンス、やれエスメラルダ走り、やれ鋼鉄聖闘士とネタはかなり豊富でしたけど…、あ、鋼鉄は違うか。
 最近Ωを見始めましたけど…、うん、聖衣は以前の分解装着が好きだな、私的に。
 あとまた黄金でカーストができそうな雰囲気。私の星座の天秤座はどうやら勝ち組っぽくてよかった…。それから市さんェ…。
 いずれにしろまだまだ十二宮も先は長いですからまだまだ予断は許されませんが。
 
 では今回、基今年はこれにて。何か意見、感想等ございましたらどうかコメントでお願いします。

 其れではよいお年を



[35815] 第8話 毒薔薇の誇り、変革する運命
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆175723bf ID:9f458038
Date: 2013/01/12 19:00
第8話 毒薔薇の誇り、変革する運命

 「ごちそうさま、美味しかったよマミ」

 「うふふ、お粗末様です。あ、後片付けしますから座って待っていてください」

 アルバフィカは夕食を食べ終わると、作ってくれたマミに向かって礼を言う。マミはアルバフィカの言葉に嬉しそうな表情で返事を返した。
 マミが調理したのは冷蔵庫にあった物を使ったスパゲッティと野菜サラダであった。
 料理は慣れているものの他の人に食べてもらうことはほとんど無かったため、どうなるか不安だったものの、アルバフィカは「美味しい」と言ってくれたのでホッとしていた。

 「いや、片付けは私がやろう。何でもかんでも君にやらせるのはさすがに申し訳ない。君はゆっくり休んでいてくれ」

 アルバフィカはそう言ってテーブルに置かれた食器を手に持つと、キッチンの中に入っていった。マミは食器に手を伸ばした状態のまま、呆然とした表情でキッチンの方角を見ていたが、やがて水道から水を流し、食器を洗う音が聞こえてくると、彼女は残念そうな表情で椅子に座り込んだ。

 「…そういえば男の人の部屋に入るのって、初めてだったわね、私…」

 マミは思い出したように呟くと、頬を少し赤く染めた。そして折角だからと部屋にじっくりと目を向ける。
 部屋の壁紙は白く、あまり凝った置物や家具は無い。まさに生活に必要最低限の物しかないといった感じだ。
 本棚には雑誌や漫画のような娯楽系の物は一切なく、マミにも読めない外国語で書かれた本がずらりと並んでいる。
 ただ、テーブルの上には白い花瓶に活けられた深紅の薔薇が大輪の花を咲かせている。何もないテーブルの中央に咲いているこの薔薇は、何故かとても鮮やかに見える。
 一瞬もっと近くで見てみたいと考えてしまったが、直ぐに思いとどまる。
 香気を吸った人間を殺す猛毒の薔薇、デモンローズ。
 アルバフィカが魔女を倒すのに使用した薔薇とテーブルの上の花瓶にある薔薇が何故か重なって見えたのだ。
 マミは少し椅子を後ろに引き、再び座りなおす。と、洗い物を終えたアルバフィカが、ティーポットとティーカップが乗ったお盆を持って戻って来た。

 「あ、アルバフィカさん。そのティーポットとティーカップは…」

 「料理を御馳走してくれたから、せめてお茶でも振舞おうと思ってね」 

 アルバフィカはそう言いながらテーブルの上にお盆を置き、二つのティーカップにお茶を入れる。カップには琥珀色の液体が注がれ、紅茶特有の香りがカップから立ち上る。

 「良い香りですね…」

 「インド原産のダージリンティーだ。そのまま飲むのが一番美味しいのだが…、砂糖がいるのならば自分で入れてくれ」
 
 アルバフィカの言葉に釣られてテーブルを見るといつの間にかテーブルの上に砂糖の入った瓶が置かれていた。先程まで無かったはずなのに、とマミは驚いていたものの、よくよく考えてみたら目の前にいるのは聖闘士、自分達魔法少女よりも常人離れした存在なのだ。別の場所から物を転移させてくる事ぐらい何でもないのだろう。

 「いえ、私は何も入れなくても大丈夫です」

 「そうか?女性は甘いものが好きだと聞いていたが…」

 アルバフィカはそう言ってカップを持ち上げしばらく紅茶の香りを堪能する。その後一口味見代わりに紅茶を飲む。

 「…ふむ、まあこんなものか」

 自分で淹れた紅茶を褒めるわけでもなく、表情にも変化がない。口調からして特別美味しくもないし、不味くもないようである。
 マミも彼に釣られて紅茶のカップを持ち上げる。
 カップを口元に近づけると、香ばしく甘い芳香が鼻をくすぐる。
 しばらく香りを楽しんだマミは、カップを傾けて紅茶を一口飲む。
 紅茶独特の渋みを感じさせつつも、深みのある味わいが口の中に広がる。
 
 「とっても美味しいです、アルバフィカさん。…でも、これってかなり良い茶葉ですよね?そんな物を私なんかに…」

 「気にする必要はない。客人など滅多に来ないからね。紅茶を出すなら良い物を、と思ってね。どのみちとっておいても私が一人淋しく飲むだけなのだから…」

 アルバフィカは穏やかに笑いながらまた一口お茶を飲む。が、何処かその表情は寂しげであった。

 「それはそうとマミ、今日はすまなかった。君に酷い事を言ったり突き飛ばしたりして、聖闘士以前に人間として最低な事をしてしまった。この通りだ」

 アルバフィカはカップをソーサーに戻すとマミに向かって頭を下げる。一瞬見えた表情は先程の笑顔から一転し、すまなさそうな表情であった。

 「そ、そんな!私は別に気にしてません!!むしろ私もアルバフィカさんが嫌がる事を言ってしまって…、本当に申し訳ありません!!」

 頭を下げたアルバフィカを、マミは悪いのは自分だと言いながら彼を押しとどめる。
 アルバフィカもしばらく頭を下げていたものの、マミが必死で頭を上げるように言ってきたので、ようやく頭を上げた。

 「しかし申し訳ないよ。君を傷つけるようなことを言って突き飛ばしたにもかかわらず、こうして私の為に食事を作りに来てくれるのだから」

 「気にしないでください。アルバフィカさんは私の命の恩人ですし、それにお詫びなら既に貰いましたから」
 
 マミはニコリと笑いながら制服の胸元に飾られている黄色い薔薇を優しくなでる。それを見てアルバフィカは頭を掻いて苦笑いを浮かべる。

 「やれやれ、てっきり捨てているかと思ったんだがな、その薔薇」

 「捨てません。命の恩人から貰ったんですし、」

 マミは笑いながら紅茶を口に運ぶ。それを見てアルバフィカも紅茶のカップを持ち上げる。
 その後しばらく、両者の会話のないまま紅茶を口に運んでいた。が、やがてマミはカップをソーサーに置くと、アルバフィカに向かって口を開いた。

 「あの、アルバフィカさん」

 「ん?」

 「…聞きたいことが、あるんですが…」

 「私に答えられることなら」

 アルバフィカの返事を聞いたマミは、膝の上で両手を握りしめ、アルバフィカの顔をまっすぐ見ながら、再び口を開く。

 「…魚座の黄金聖闘士になって、ずっと一人ぼっちで、寂しいと感じないんですか…?ずっと一人ぼっちで、」

 「……」

 マミの質問を聞いたアルバフィカは、直ぐには質問に答えず、鋭い視線でマミをじっと見ていた。
 質問して直ぐに、アルバフィカの視線を感じてマミは後悔した。
 聞いてはいけないことだったんだろうか、聞かれたくなかったんだろうか…。
 マミはアルバフィカの視線に身体を強張らせる。
 アルバフィカはしばらく黙っていたが、やがて大きく息を吐いてカップを持ち上げる。
そして紅茶で口を濡らすと、マミの顔を見ながら口を開いた。

 「…マニゴルド、いや、シジフォスから聞いたのか。私の血の事を…」

 「え、えっと、あの…」

 「おびえなくていい、全く、人の口には戸は閉てられぬ、と言うが…」

 アルバフィカは苦々しげな表情で頬を掻く。どうやら怒っているわけではないと分かったマミは、肩の力を抜いて大きく息を吐いた。
 マミが落ち着いたのを確認したアルバフィカはマミに向かって話し始めた。

 「確かに私の血は猛毒に染まっている。永い年月デモンローズと過ごした結果、そして、先代の魚座の血を受け継いだ結果な…」

 「え?せ、先代の魚座って…」

 「魚座の黄金聖闘士は、先代の魚座から猛毒の血を受け継ぐ儀式を行う。血の毒は次代に受け継がれるごとに強さを増していく。私の中の血も同様にな」

 アルバフィカは己の掌を見つめながらマミに話す。

 「だからこそ私達は人を寄せ付けないようにしているんだが・・・・、まあいい。で、私が寂しくないか、だったな…」

 「は、はい・・・・」

 マミの返答を聞いたアルバフィカは、再び紅茶を一口飲むと、昔を思い出すかのように上を向いた。やがて、その口に苦笑いを浮かべて、マミに視線を戻す。

 「寂しくない、というのは嘘になるな。今は慣れているが、まあ確かに、師が亡くなってからは一人は寂しいと感じることはたまにあった。まあもっとも…」

 アルバフィカはマミを見ながら乾いた笑い声を上げる。

 「…何故か私の周りにはおせっかいな連中が集まってくる。私が望むと望まざるとに関わらず、な」

 「…おせっかい、ですか…」

 マミはアルバフィカの言葉がまるで自分を指しているように聞こえてしまい、しょぼんとした表情になる、が、直ぐに表情を引き締めるとアルバフィカに再び質問をする。

 「で、でも、毒の血が無ければ普通に人と接することが出来るんですよね?自分の血が普通の人間の血と同じだったらいいのにって、考えたことは無いんですか?」

 「無い」

 マミの質問に対して、アルバフィカは一瞬で即答した。あまりにあっさりと返ってきた答えにマミは呆然とした表情になり、それに対してアルバフィカは平然とした表情で紅茶を飲む。
 そして、紅茶のカップをソーサーに置くと、マミに向かって口を開いた。

 「確かにこの血は恐ろしい血だ。ただ一滴でも人が触れれば一瞬で死へと誘う猛毒だ。だからこそどうしても人との交わりを、触れ合いを断絶することになる。
だが、この血は私が自ら望んで、師から受け継いだものだ。そして、魚座の黄金聖闘士となったのも私が選んだ道だ。それを誇りに思いこそすれ、後悔など、あるはずがない」

 「・・・誇り・・・」

 アルバフィカの言葉に、マミは呆けた表情を浮かべる。
 
誰とも触れあえず、孤独に生き続ける運命を背負う。

それは何よりも辛く、苦しい生き方だろう。現に、マミ自身もまどか達に出会うまでは魔法少女として一人ぼっちで戦ってきた。

かつて共に戦ったもう一人の魔法少女もいたが、もう決別してしまった。それからはまどか達とであうまでずっと一人で・・・。

誰にも相談できず、一人で戦う日々は、決して幸せなものではなかった。戦いの恐ろしさと、一人でいる寂しさで、夜にはみっともなく泣いて過ごしたこともある。

アルバフィカは自身よりもずっと長く、一人ぼっちで過ごしてきたんだろう。誰とも触れあうことも無く、誰も巻き込まないように一人で戦って・・・。

でも、彼はそんな生き方を後悔せず、むしろ自分にとって誇りだと言っているのだ。

マミはそんな自身に満ちた彼の姿を、何処か羨ましく思った。
アルバフィカはマミの複雑な表情を見て、少し怪訝な表情を浮かべた。

「どうかしたか?マミ」

アルバフィカの問い掛けに、マミは少し弱弱しげな笑みを浮かべる。

 「いえ、アルバフィカさんは強いなって、それで少し羨ましくなっちゃって」

 「強い?羨ましい?私がか?」

 アルバフィカは、訳が分からないと言いたげな表情でマミを見る。毒の血を持った自分を、何故羨ましがるのだろうか。確かに自分は力はあるものの、幾らなんでもこの孤独の道を好んで歩みたいなんて思うはずがない。
 アルバフィカの疑問に、マミは少し哀しげな表情で答え始める。

 「・・・私、魔法少女になってからは、ずっと一人ぼっちで戦ってきたんです。でも、アルバフィカさんみたいに、自分の生き方を誇りに思ったり、後悔なんてないって言いきったりすることができなくて・・・、だから、アルバフィカさんって強いなって」

 「普通の人間ならそうだ。あまり気にする必要はないだろう?」

 「でも、私は、普通じゃありませんから。魔女から人を守る、魔法少女ですから・・・」

 マミの寂しそうな、そして苦しげな表情を見て、アルバフィカは溜息を吐く。よくよく見るとマミのカップも何時の間にか空になっていた。アルバフィカは素早くマミのカップを自分の方に寄せると、お替わりの紅茶を注ぎ、マミの方に返した。
 一瞬で紅茶のお替わりが出てきたことに、マミはびっくりしたのか目を見開いて紅茶を凝視していた。アルバフィカはそんなマミの表情を面白そうに見ながらついでに注いだ自分の紅茶に口をつける。

「たしかに君もまた普通の人々とは違う特殊な能力の持ち主だ。そのせいでたった一人で戦っていたことも知っている。
だが、別に無理して独りぼっちになる必要は、もうないんじゃないか?」

 「え・・・?」

 マミのポカンとした表情に、アルバフィカは苦笑を浮かべる。

 「君には側にいてくれる友が居るだろう?何でも相談できる大切な友人が。なら何かあったら彼女達に相談すればいい。それに、魔法少女であることは隠す必要があっても、人と付き合えなくなったわけではないだろう?」

 「え、えっと、まあ、そうですけど・・・」
 
 「なら、一度自分のクラスメイトと話でもしてみたらどうだ?案外気楽に付き合えるかもしれないよ?さすがに魔法少女の事は話せないかもしれないが、それ以外なら普通に付き合えるんじゃないのかな?別に私のような毒の血は、君に流れているわけではないのだから」

 アルバフィカは微笑を浮かべながら、マミに向かってそう助言した。


 さやかSIDE

 あの病院での魔女退治の翌日、さやかは恭介の入院している病院へお見舞いに来ていた。
 魔女がすぐ近くで出現したから彼に何があったか不安であったが、電話したところ彼には特に変わったことは無かったようだ。
 それでも一応念の為にさやかはお見舞いがてらに彼の様子を見に来たのだ。

 (今日は会って、くれるかな…)

 さやかは少し不安を抱きながらエレベーターに乗り、恭介の入院している病室の階のボタンを押す。
 やがてエレベーターが目的の階に着き、さやかはエレベーターから降りて目的の病室に向かって歩き出す。
 恭介の居る病室の前に着き、入るためにドアをノックしようとすると、部屋の中から誰かが談笑している声が聞こえた。

 (…お客さん?)

 聞こえる声の片方は恭介だと分かる、が、もう一人は分からない。ただ、声の質からして男性だろう。
 入るべきか入らざるべきか、しばらくさやかは悩んでいたが、悩んでいても仕方がないと決断し、病室のドアを軽くノックする。

 「はい、どちらさまですか?」

 扉の向こう側から恭介の声が聞こえる。どうやら元気そうでさやかはほっと安堵した。

 「あたし、さやか。昨日会えなかったからお見舞いにって思って」

 「あ、さやか!うん、どうぞ入って。君に会わせたい人が来ているんだ」

 会わせたい人?さやかは疑問符を浮かべながらドアを開ける。
 ドアを開けて部屋に入った瞬間、さやかは一瞬冷たい風が吹き抜けたように感じた。

 (え!?何!?)

 さやかはびっくりした表情で部屋を見渡したが、もう風は感じない。部屋の温度も特に寒くは無い。気のせいだったんだろう、とさやかは考え、恭介が寝ているベッドの方に視線を向ける。
 と、そこには恭介以外にもう一人別の人物が居た。
 紺色のスーツを着ており、肩までかかる緑色の髪の毛が特徴的な、よく整った顔をしている20代頃の年齢の男性であった。
 男性は眼鏡をかけて手元の本を読んでいたようだったが、病室に入って来たさやかに気が付いたのか、視線をさやかに向ける。

 「ん?君は…」

 「あ、ど、どうも…」

 不思議そうにこちらを見てくる男性に、さやかは恥ずかしそうに頭を下げる。
 と、ベッドに寝ている恭介が、此方を向いてニコリと笑う。

 「あ、さやか!いらっしゃい。昨日は会えなくてごめんね。ちょっとリハビリやっててさ…」

 「き、気にしなくていいよ~。それよりこの人は…?」

 さやかは何気なしに恭介のベッドの側の椅子に座っている男性に視線を向ける。一方の男性はそんなさやかの視線に気にした様子は無く、平静な表情をしている。

 「ああ、この人の名前はデジェルさん!僕のファンの人で時々僕のお見舞いに来てくれるんだ。デジェルさん、彼女は僕の幼馴染の美樹さやかです」

 「デジェルと言う。彼のバイオリンのファンだ。よろしく頼むよ」

 「へ、あ、み、美樹さやかです!こちらこそッ!!」

 恭介の紹介を聞いてデジェルという名前の男性は立ち上がって会釈する。それを見たさやかも慌てて会釈を返す。
 恭介はそんな二人の様子を見てニコニコと笑っている。

 「デジェルさんってバイオリンとか音楽についてとっても詳しいんだ。僕が知らない曲とかバイオリニストについて色々教えてくれるんだよ」

 「まあ所詮は本を読んで手に入れた知識だ。あまり自慢できるものじゃないよ」

 恭介の言葉に、デジェルは苦笑しながら謙遜の言葉を出す。その表情は親しげであり、少し彼を警戒していたさやかも、肩の力を抜いて、警戒心を解いた。

 「ところで、恭介君。彼女は君の幼馴染と言ったね?なら、彼女は君の恋人かい?」

 「「へっ!?」」

 と、突然デジェルの口から発せられた言葉に、さやかと恭介は顔を真っ赤にする。
 そんな二人を見たデジェルは少し意地悪げな笑みを浮かべる。

 「ほお~・・・、その様子だと、図星、かな?」

 「ち、違いますよデジェルさん!!僕と彼女はそんなんじゃ・・・、た、ただの友達です!」

 顔を真っ赤にしてデジェルの言葉を否定する恭介。が、その言葉を聞いてさやかは真っ赤な表情から一変し、少ししょぼんとした表情になる。
 その彼女の表情の変化に気が付いていたのはデジェルだけであった。
 デジェルは恭介の鈍さに苦笑いを浮かべた。

 「ふむ、なら彼女は君にとってのガールフレンド、か。まあどっちでもいい。
折角君を見舞いに来てくれたんだ。私は退散するからじっくり話をするといい。
ああそれからそれは私が見舞いに持ってきたカステラだ。二人で分けて食べてくれ」

 「え?あ!デジェルさん!!」

 恭介は慌てて呼び止めるが、デジェルはそれを無視してさっさと病室から出て行ってしまった。そして、彼が居なくなった瞬間、何故か部屋の温度がほんの少し暖かくなったような気がした。

 「はあ・・・、いっちゃった。変な誤解持たなきゃいいんだけど・・・」

 「・・・・・」

 入口を見ながら溜息を吐く恭介を、さやかはただじと目でじー、と睨んでいた。
 その視線に気が付いた恭介は、さやかの視線に少しびくつきながら問いかける。

 「あの、さやか・・・、何で僕をそんなに睨むの?」

 「べっつにー!さ、早くデジェルさんのカステラでも食べよ!!(ふん!恭介のバーカ!!)」

 「え?あ、う、うん・・・」

 少し怒り気味にデジェルの持ってきたお土産を開け始めるさやかを、恭介は戸惑った表情で見ていた。一方さやかは、自分の想いに気が付かない鈍感男に心の中で罵声を浴びせるのだった。

 杏子SIDE

 「うっし!!一丁揚がりっと!!」

 目の前の魔女に止めを刺した佐倉杏子は、手に持った槍を一回転させて地面に突き刺す。
 魔女の消滅と共に結界は消え去り、元の街並みへと戻っていく。
 魔法少女の服装から元の服装に戻った杏子は、手元の手提げ袋を弄ると、おにぎりを一個取り出してかぶりついた。
 杏子はおにぎりを美味しそうに齧りながら地面に落ちているグリーフシードを拾い上げる。

 「しっかし此処にゃ魔法少女いねえのかな・・・・。何だかやけに魔女が多いけど。グリーフシード取り放題じゃん。此処アタシのシマにでもしちまおっかな。
・・・にしてもおにぎりデカッ!!幾らなんでもデカく作りすぎだろおっちゃん!!」

 杏子はグリーフシードをポケットに突っ込み、おにぎりを齧りながらこのおにぎりを作った人物の事を思い浮かべて文句を言う。
 実際杏子の食べているおにぎりはかなり大きい。ほぼリンゴと同じ大きさだ。これと同じ物がまだ四つもある。アルデバランが杏子の為にと作ってくれたものであるが、いくら自分がよく食べるからと言って此処まででかくする必要はないだろうと、杏子は内心アルデバランに文句を言っていた。
もっともアルデバランの気持ちは嬉しいし、食べ物は何であれきっちり食べるのであるが・・・。

 「・・・ま、それはそれとして、そこのガキ。いつまで蹲ってんだよ」

 「・・・・・」

 杏子が顔を向けた方向には、緑色の髪の毛を、ゴムで両端に束ねた一人の小柄な少女が、地面を見ながら膝を抱えてしゃがんでいた。
 少女の視線の先には、大人の男女の死体が転がっている。死体の損壊はかなり酷く、手足を食いちぎられ、内臓が飛び出している。
 おそらく少女の両親なのだろうその死体を見つめる少女は、泣くことも無く、ただ黙って死体を見ていた。

 「見てたって死体は起き上がらねーぞ?せいぜい生き残った幸運に感謝するんだな」

 「・・・・・・・・」

 杏子が声をかけても、少女はその場を動く気配は無い。溜息を吐いて杏子はさっさとその場を立ち去ろうとする。そのうち警察とかが来るだろうから、少女も死体もそいつらに任せればいいと考えながら・・・。
 しかし、一瞬見た少女の顔、何も考えていない、全くの無表情な顔を思い出し、ちらりと杏子は後ろを振り返る。少女は未だに蹲ったままだ。
 そして、何故か、何故かその少女の姿が、杏子の記憶の中の、ある少女と重なって見えた。
 杏子はチッと舌打ちをして、残ったおにぎりを口に放り込んで飲み込むと、少女の方に戻り、少女の肩越しから棒付きキャンディーを突きだした。

 「・・・?」
 
 「・・・食うかよ」

 こちらをじっと見てきた少女に向かって、杏子はぶっきらぼうにそう言った。



 「よく食うなあ・・・、ったく・・・。それ食ったらさっさとどっか行けよ」

 あれから杏子と少女は、近くの公園に移動し、少女は杏子から貰ったアルデバラン特製の巨大おにぎりを頬張っていた。そのあまりのがっつきぶりに杏子は呆れた様子であった。

 「!?・・・・!!」

 と、突然少女が苦しそうな表情で胸を叩きだす。どうやら急いで食べたせいでおにぎりが喉につっかえたようである。

 「あーあ・・・、ったくあんなでけえの一気に食うからだ」

 杏子は面倒そうに近くの自動販売機で購入した缶入りのお茶を少女に差し出す。少女はそれを受け取ると、一気に飲み干して大きく息を吐いた。

 「全く、ちゃんと飯食ってるのかよ、お前」

 「ふへ・・・・」

 少女は俯いてお茶の缶の口をじっと見ていた。
 その表情は喉のつっかえが取れて安心しているかのようであったが、やがて先程の両親の惨劇を思い出したのか、恐怖で歪んできた。
 それを見ていた杏子は、顔を背けて口を開く。

 「お前の両親を殺したのは、魔女って化け物だ」

 「・・・まじょ?」

 杏子の言葉を聴いて、少女は杏子に顔を向ける。杏子は顔を背けたまま言葉を続ける。

 「そしてあたしはその魔女と戦う魔法少女ってやつ。ま、とは言っても正義の味方ってカッコいいもんじゃねえけどな。失った物は返ってこねえし、魔女退治は命懸け。良いことなんざ何一つねえよ」

 話し終えた杏子はベンチに寄りかかって溜息を吐いた。そして、ようやく少女に顔を向ける。

 「お前も魔女に両親殺されたんだ、これから一人で生きなくちゃなんねえ。そこんとこを肝に命じとけよ・・・」

 「・・・ゆま」

 と、突然少女が杏子の言葉を遮って言葉を出す。突然少女が話したことに杏子はきょとんとした表情を浮かべる。
 少女はそんな杏子に構わず顔を近づける。

 「お前じゃなくて、ゆまの名前はゆま!」

 「・・・・・」
 
 少女、ゆまの言葉に杏子は呆気にとられたような表情を浮かべる。が、やがて仏頂面になると、大きく溜息を吐く。

 「あっそ・・・、ならゆま、さっきも言ったと思うがもうお前の両親はいない。これから一人で生きていくことになるんだぜ?お前、分かってるか?」

 杏子の質問にゆまはコクコクと頷いた。

 「あっそ、まあ分かってるんなら良いけどよ」

 杏子はベンチから立ちあがってさっさとその場から立ち去ろうとする。
 もう関わる気は無い、と言いたげである。

 「あ、あのお姉ちゃん!!」

 と、突然背後からゆまに声を掛けられる。「んあ?」と、杏子が後ろを振り向くと、ゆまが必死な表情でこちらを見ていた。

 「お姉ちゃん!!ゆま、ゆまも魔法少女になりたい!!」

 「はあ!?」

 ゆまの発した言葉に杏子は素っ頓狂な声を上げる。そんな杏子の驚いた表情に構わず、ゆまは必死に言葉を出す。

 「ゆまもお姉ちゃんみたいな魔法少女になって、お姉ちゃんみたいに強くなりたい!!そして一人で生きられるようになりたい!!
 お願いお姉ちゃん!!ゆまに魔法少女になる方法を教えて!!」
 
 ゆまは真剣な眼差しで杏子をじっと見てくる。
 一方杏子はしばらく呆気にとられていたが、ゆまの言葉が終わると直ぐに真剣な表情になる。

 「・・・魔法少女になる方法なんて、アタシは知らねえ。知っていても教える気はねえ」

 ゆまの言葉に杏子は嘘を交えて拒絶の意思を伝える。杏子の言葉に、ゆまは動揺して目を大きく見開いた。

 「!?ど、どうして・・・」

 「どうしてもクソもねえ。さっきも言っただろうが。魔法少女は命懸けだってよ!
 半端な気持ちで魔法少女になりたいなんて言うな!うざってえ!!」

 杏子はゆまに向かってそう怒鳴りつける。そのあまりの迫力に、ゆまはビクリと身体を震わせた。
 しばらくすると、段々ゆまの目に涙が溜まっていき、遂には大きな声で泣き出してしまった。

 「え、あ、お、おい!」

 「ひっく・・・ゆ、ゆま・・・しんけん・・・だもん・・ひっく・・・はんぱ・・じゃ・・ないも・・・」

 「ああもう分かった分かった!!いいから泣きやめ!泣きやんでくれ!!」

 先ほどとは打って変わって杏子は必死にゆまを泣きやませようと宥める。
 しばらくしてようやく泣きやんだゆまの頭を撫でながら、杏子はどうしたものかと考える。

 (このまま放っといてもキュゥべえの野郎に目付けられるし・・・。しばらくおっちゃんの家に住まわせるしかねえだろうけど・・・、おっちゃん説得できるか・・・?)

 このまま一人放っておいたら、下手をすればキュゥべえに目をつけられ、契約を迫られるだろう。魔法少女になるなと言ったのにそれは本末転倒だ。
 ならやっぱり自分と一緒にアルデバランの家にしばらく置いてもらうしかないが・・・、果たしてアルデバランが承知するだろうか・・・?

 (しょうがねえ・・・。ダメモトでやってみっか)
 
 杏子は自分も甘いな、と考えて軽く溜息を吐いた。

「・・・分かった、じゃあアタシが今世話になってる家に連れてってやる。そこの家主にお前も住ませて貰えるよう頼んでみるよ。
ま、礼儀やら何やらうるさいおっちゃんだから、へたすりゃ駄目かもしれねえけど・・・」

「・・・本当?」

「その代わり!!もう魔法少女になりたいとか言うんじゃねえぞ!!」

「・・・うん!お姉ちゃん!!」

杏子は忘れずゆまに釘を刺すが、ゆまは杏子の言葉が分かっているのか分かっていないのか、ニコニコ笑いながらコクリと頷いた。
そんなゆまに杏子は苦笑を浮かべた。

(ったく、面倒事背負いこんじまったな・・・。やれやれ・・・)

杏子は内心愚痴りながらも、たまには悪くないかと考えながら、ゆまを連れて家路へと歩いて行った。

 マミSIDE

 「あ、おはようございますマミさん!」

 「はい、おはようございます皆さん」

 教室で挨拶してくるクラスメートの女子二人に、マミは笑みを浮かべて挨拶を返す。
 と、何故かクラスメート達は顔を少し赤くしながら何かをぼそぼそ話し始めた。

 「?えーと、どうかしましたか、皆さん?」

 「!?い、いえ、なんでもないです!あの、ところでマミさん!今日は放課後時間ありますか?」

 「ええ、ありますけど・・・」

 マミは女子生徒の質問にそう答える。
 しばらく魔法少女は休業することにしたため、放課後は時間が有り余っているのだ。
 その為放課後何をしようかと心の片隅で考えていたのである。

 「あの、実は最近新しいケーキのお店が出来たんですけど、よろしければマミさんも一緒に行きませんか?」

 と、もう一人の女子がマミにおずおずとそう問いかけてくる。
 マミは少し考えると、ニコリと笑って頷いた。

 「そうですね、じゃあご一緒させて貰いますね」
 
 「ほ、本当ですか!?」「うはっ、やったー!!」

 「大袈裟ですよ~、全くもう・・・」

 大袈裟に喜ぶ女子生徒二人に、マミは苦笑いを浮かべていた。

 その後、マミは二人としばらくおしゃべりを楽しんでいたが、やがてHRの時間を告げるチャイムが鳴りだしたため、マミ達は急いで自分の席に着いた。クラス全員が席に着くと、このクラスの担任の先生が教室に入ってきた。
先生が教壇に立った時に、クラス全員は起立して礼をする。そして、クラスの全員が着席するのを見た先生は、おはようございますと挨拶した後、言葉を続けた。

 「今日は皆さんにとても大事なお知らせがあります。今日からこのクラスに、転校生が入ってくることになりました」

  てっきり今日の予定や係の仕事についての話が出ると思っていたクラスの生徒達は、担任の言葉にどよめいた。
転校生が来ると言うことも驚きの一つだが、中学三年で転校生など滅多に無い。こんな時に転入してくるなど、よほど特殊な事情があったのだろうか。

 (転校生、か・・・。珍しいこともあるわね。鹿目さんのクラスのように魔法少女な転校生だったりして・・・。ま、さすがにありえないかな)

 マミはそんなことを考えながらのんびりと先生の話を聞いていた。
 先生の話は大体1、2分程度だっただろうか。諸事情によりこの学校に転入することになったから彼女と仲良くしてほしい云々と、ありきたりな話であった。もっともクラスは、先生の話よりも肝心の転校生の姿を見たくて堪らないようだが・・・。

 「それでは、入ってきてください」

 担任の言葉が終わると、扉が音を立てて開けられる。そして、見滝原中学の制服に身を包んだ少女が、教室に入ってきた。その姿を見た瞬間、教室中がどよめいた。
 その容姿はまるで人形のように調っており、表情はどこまでも穏やかである。まるで銀でできた糸のような髪の毛は腰に届くほど長く、ポニーテールで束ねられている。
 クラスの全員は、教室に入ってきた転校生に目が釘付けになり、一言も声が出なかった。
 マミもただ、沈黙して彼女を見ていることしかできなかった。
 少女が教壇の前に立ったのを確認した担任は、白墨で黒板に転入生の名前を書く。
 そして、転入生の名前を書き終えた担任は、クラス全員に顔を向ける。

 「本日からこちらのクラスの仲間になる美国織莉子さんです。この学校の事で色々と分からないこともあるでしょうから、どうか皆さん、協力してあげて下さいね」

「今日からこの学校でお世話になる事になりました美国織莉子と申します。
 皆さん、どうかよろしくお願いいたします」

 先生の後に続いて少女、織莉子はニコリと笑みを浮かべてクラス全員に向かって挨拶をした。


 あとがき

 新年あけましておめでとうございます。と言っても、もうだいぶ過ぎてしまいましたが・・・。
 今年初めての投稿となるのですが、何だか色々詰め込み過ぎた感が・・・。
 とりあえず今回はアルバフィカのマミへのカウンセリングと、おりこ☆マギカからキャラ二人登場です。キリカはまた次で・・・。
 織莉子が中学何年なのか、はたまた高校生なのかも分からなかったので、取りあえずマミやキリカと同じ3年ということにさせていただきました。
 まあ織莉子に限らずまどマギキャラは生年月日不詳のキャラが多いんですが・・・。
 お陰で誰が何座かも分からない・・・。誰か分かる人が居るでしょうか?
 
 で、次回はさやかが魔法少女になる話、及び織莉子とキリカについての話となります。
 



[35815] 第9話 起こり得なかった邂逅と、演奏者を救う水瓶座の導き
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆175723bf ID:9f458038
Date: 2013/07/19 18:48
 美国織莉子の人生は、最初は恵まれていた。

 母は幼い頃に亡くなってしまったものの、立派な政治家である父の愛情を一身に受け、織莉子は何不自由なく育った。

 名門校に入学し、友人にも恵まれ、先生からも信頼厚く、まるで世界が自分を中心に回っているかのようで、これから先の未来も、きっと幸せな事があると、織莉子はそう信じていた。

 だけど、そんな毎日は突然終わりを告げた。

 父に経費改ざん等の不正、汚職の疑惑が持ち上がり、それを苦にして父は首を括って自殺してしまった。織莉子にとって、まさに青天の霹靂とも言うべき悲劇であった。

 それからはまるでどん底に落ちていくかのように、彼女の日常も激変した。

 不正議員の娘と呼ばれ、罵声を浴びせられ、罵られる毎日。今までの日常は、あっという間に崩れ去っていった。

 織莉子はその時に思い知った。

 今まで誰一人として、『自分』を見てくれた者はいないということを。

 周りの人間にとって、自分は『美国議員の娘』という、父の一部に過ぎない存在だったということを。

 それを知った時、彼女は悩み、苦しみ、絶望した。

 自分は一体何なの?自分は何のために生きているの?父の部品なら、自分に生きている意味があるの?彼女は何度も自問自答を繰り返した。

 そんな時、彼女はキュゥべえと名乗る一匹の動物のようなモノに出会った。

 キュゥべえは言った、「ボクと契約して魔法少女になってくれれば、何でも願いを叶えてあげる」と。

 織莉子は願った。「自分の生きる意味を知りたい」と。そして、彼女は魔法少女となり、未来を予知する力を得た。

 その瞬間、彼女の脳裏に浮かんだのは、焼け野原となった見滝原と、瓦礫の山に君臨する「誰にも倒せない強大な存在」。

 彼女は確信した、「あれ」の誕生を阻止することが自分の生きる意味だと、この見滝原を護る事が自分に課された使命であると。

 その決意を固め、織莉子は行動を起こそうとした。

 その時だった、「あの方」にであったのは・・・。


 マミSIDE

 突然転校してきた少女、美国織莉子にクラス中は騒然としていた。
 クラスの生徒は男子女子問わず、HRが終わるや否や織莉子の席に集まり、次々と質問攻めにしていた。
 容姿端麗で物腰も柔らか、まるで良家のお譲さまのような雰囲気を漂わせた彼女に、クラス中の生徒が興味深々であったのだ。
 織莉子はそんな質問攻めに対して、優雅な佇まいを乱すことなく丁寧に応じ、あるいは受け流していた。
ちなみにマミも転校生と話をしてみたいとは思ったものの、さすがにこれ以上質問をするのは悪いと思って質問攻めには加わらず、のんびりと次の授業の準備と予習をしていた。

 (別に、質問は今日でなくてもいいしね)

 マミは教科書を読みながらそんなことを考えていた。
 と、マミの耳に何かが走ってくる音が聞こえてきた。しかも、何やら叫び声も聞こえてくる。
 さらに、その足音と叫び声は、段々と大きくなってきており、この教室に近づいてきているのが分かる。
 生憎自分以外の生徒は織莉子への質問に夢中で気が付いていないようであるが・・・。

 (・・・一体何かしら?まさか魔女・・・?)

 マミは一瞬そう身構えた、が・・・、

 バッターン!!!「おぉぉぉぉぉぉぉりぃぃぃぃぃぃぃこぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 扉を開け放たれる音と共に現れたのは、同じ見滝原中学の制服を纏った、黒髪をショートヘアーにした一人の少女であった。
 走ってきたのだろうか、大きく息を吐きながら、肩を上下に動かしている。
 突然現れた少女に、教室にいた生徒は全員唖然としていた。マミもぽかんと口を開けてそのまま動けないでいた。

 「あら、キリカ。そう言えば貴女はこの学校の生徒だったわね?」

 否、ただ一人美国織莉子だけは少女に向かってにこやかに笑みを返していた。
 どうやら織莉子は彼女の事を知っているようである。

 「おりこ~、何で別のクラスなの~?折角神様から貰ったお守り身につけて学校来たのにうう~~・・・。こんな理不尽な事が起こるだなんてやっぱり運命は非情だ~!!神様に文句言ってやる~!!」

 キリカと呼ばれた少女は猛スピードで織莉子の席に接近すると、織莉子の目の前に何かのお守りを突きだしながらものすごい勢いで泣き始めた。
 その様子はまるで自分の肉親、若しくは親友が死んだかのようであり、クラス中は彼女を見てドン引きしていた。
 織莉子はキリカを宥めながら、キリカの持っているお守りを手にとってよく見てみる。

 「あら・・・?ねえキリカ、このお守りなんだけど・・・」

 織莉子がキリカに言葉をかけた瞬間、今まで泣いていたキリカがパッと泣きやんで輝くような笑顔を織莉子に向けていた。
 気のせいかマミには、キリカのお尻から犬の尻尾が見えているような気がした。それも猛烈に左右に振られている気が・・・。
 そんなキリカに苦笑しながら、織莉子はキリカが持っていたお守りを、キリカの目の前に差し出す。

 「・・・これ、合格祈願のお守りなんだけど・・・」

 「!?う、嘘!?」

 織莉子の言葉にキリカはギョッとした表情で織莉子からお守りをひったくると、よくよく確認する。すると、段々と顔が恐怖と絶望と悲しみに歪んでいく。

 「うわああああああああ!!!か、神様のお守りを忘れちゃったあああああ!!!うわああああんこれは天罰神罰仏罰なんだあああああ!!!ごめんなさい神様許して神様!!何でもしますからもう一度クラス替えしなおしてえええええ!!!」

 キリカは再び泣きわめきながら天井を見上げてお祈りみたいなことを始めた。
 そして再び織莉子がキリカを宥め初め、授業時間が開始した時にようやくキリカは帰っていき、織莉子はクラスメート全員に謝罪する羽目になってしまった。

 (・・・不憫ね・・・)

 マミは何とも哀れな視線を織莉子に向けるしかなかった。




 そして時間はあっという間に過ぎて、昼休みになった。

 「織莉子さーん、私と一緒にお弁当食べません?」「いえいえどうせなら私と一緒に・・・」

 織莉子はクラス中の女子から昼食に誘われていた。
 転校生、それも美人なうえに人当たりも良く、授業もこなせるという完璧さから彼女はあっという間にクラスの人気者となっていた。
 私もあやかりたいわ、とマミは心の中で呟きながら、自分のカバンの中からお弁当を取り出す。確かまどかとさやかは屋上に居るはずだから、折角だから屋上で一緒に食べようと考えて、弁当を持って席から立ち上がった。

 「すみませんけど、既に御食事を一緒にする方を決めていますので・・・」
 
 と、織莉子は優雅に、それでいてすまなさそうに周りに集まったクラスメート達の誘いを断った。
 恐らくあのキリカと言う子だろう、とマミは予想した。あの子はどうやら織莉子とはかなり親しい友人らしい。多分転校前から付き合いがあったのだろう。
 ならば彼女と昼食を一緒に食べる約束をしていても何の不思議もない。
 そう考えたマミはさっさと教室から出ようとした、と、その時・・・、

 「巴マミさん、でしたね?よろしければ昼食を御一緒して頂けませんか?」

 「え・・・?」

 突然背後からかけられた声にマミは弾かれたように振り向いた。
 織莉子はびっくりした様子のマミが面白いのかニコニコと笑っていた。
 マミは息を吐いて気持ちを落ち着かせると、織莉子に質問した。

 「えっと、何で私なんですか?まだ貴女と話をしたことも無いのに・・・」

 「どうしても貴女の事が気になったんですよ。色々聞きたいこともありますから、一緒に食事でもしながら、と思いまして。それとも、私なんかでは御迷惑でしたか?」

 と、突然織莉子は哀しげな表情になる。
 今にも泣き出しそうな表情の織莉子に、マミは急いで首を振って否定する。

 「い、いえ!?そんなことは無いですけど!」

 「なら決まりですね。さ、行きましょうか」

 と、先程の表情から一転、にこやかな笑顔でマミより先に教室から出た。
 そんな織莉子を、マミは呆然とした表情で見ていたが、やがて自分が嵌められた事に気が付いて、大きく溜息を吐いた。

 「・・・ま、いいか」

 マミは弁当の入った袋を右手に持ち、織莉子の後に着いて教室から出て行った。
 
 織莉子が昼食を食べる場所に指定したのは、何故か屋上であった。
 確かにマミは最初此処で食べようと考えていたのだが、織莉子も同じことを考えていたのは少々意外だった。
 もっとも、マミ達が着いた時には屋上には既に先客が居た。

 「あ、織莉子~!!ようやく来たね~?待ちくたびれちゃったよ~!!」

 「うふふ、ごめんねキリカ。巴マミさんも一緒なんだけど、良いかしら?」
 
 屋上に着いた時、柵に寄りかかるように座っている女子生徒、呉キリカの姿があった。
 キリカは織莉子を見ると主人を見つけた犬のように驚くべき速さで駆け寄ってきた。
 織莉子はそんなキリカをにこやかに見ながら、頭を撫でた。そして、マミも同伴させても構わないかをキリカに聞く。
 キリカは織莉子の隣に居るマミに一度視線を向けると、直ぐに織莉子に向き直ってコクリと頷いた。

 「んー、OK、OK。ばっちオッケーだよ織莉子~!でもどうせなら織莉子と二人っきりがよかったな~」

 「まあまあ、たまには他の人と一緒に食べるのも良いじゃない?さあ巴さん、昼食にしましょうか?」

 「え、あ、はい・・・」

 結局二人の勢いに乗せられるまま、マミは一緒に食事することとなった。
 マミの昼食は朝早くに自分で作った弁当である。見た目は女の子らしくカラフルで美味しそうな出来である。もっとも今の今まで一人で食べていた関係上、見た目とかもう気にしなくていいんじゃないかと自分自身考えていた。

 「あら、美味しそうですね巴さん。もしかして自分で作られたんですか?」

 「え、ええ、まあ・・・」

 「素晴らしいですね。私も自分のお弁当は自分で作っているんですけど、ここまで美味しそうには出来ません」

 「お、織莉子!君が望むのなら私が君の弁当を・・・」

 「キリカ、貴女料理できたかしら?貴女のお弁当も私が作ったような気がするけど?」

 織莉子の言葉にキリカは完全に凍りついた。そんな織莉子の弁当も、マミに勝るとも劣らない出来であった。先程の言葉は彼女の謙遜であろう。

 「美国さんも十分おいしそうですよ?」

 「あら、ありがとうございます」

 マミの賛辞に織莉子はにこやかな笑みを返した。
 その後の昼食では、マミは織莉子と会話を弾ませながら昼食を楽しんだ。
 キリカは織莉子の言葉がショックだったのか体育座りで落ち込んでいたものの、織莉子が一緒に弁当を食べようと誘った瞬間、直ぐに笑顔に戻って弁当にぱくついていた。

 「美国さん、呉さんと仲がいいんですね」

 織莉子に差し出された鶏の照り焼きにかぶりつくキリカを見ながら、マミはそう呟いた。
 織莉子は嬉しそうに弁当を食べるキリカを見ながら、穏やかな笑みを浮かべた。

 「そうですね、此処に転校してくるずっと前からの付き合いですから。見滝原に転校すると言った時には、キリカ徹夜ではしゃいでたわね」

 「だってだって!!織莉子と同じ学校で過ごせるなんて!!私にとって最高の喜びだよ!!」

 弁当をがつがつ食べながら、キリカは目を輝かせて織莉子にすり寄ってくる。
 織莉子はそんなキリカを嫌がる様子も無く「はいはいがっつかないがっつかない」と、彼女を宥めていた。
 マミにはそんな彼女達が、まるで実の姉妹のように見えた。

 「クスッ、呉さんは美国さんが大好きなんですね」

 マミは何気なくそう呟いた、が、その瞬間、ビクリとキリカが目を見開いてマミを見る。
 織莉子は「あら」と驚いた表情でキリカを見る。
 マミは突然自分に意識を向けたキリカに、少しドキリとした。

 「え?えと、呉さん、どうかしましたか?」

 「す、好きとか、そんな言葉で愛の尺度は測れない・・・!!」

 と、キリカはものすごいスピードでマミの目の前に接近する。突然自分の目の前に顔を近づけてきたキリカに、マミは「え?え?」と焦りまくる。
 キリカはそんなマミに向かって捲し立て始めた。

 「いい!?キミは本当の愛と言うものを知っているかい!?
 本当の愛とは、好きとかそんな物では測れないもの、永久にして永遠なるもの、無限にして有限なるものなんだよ!?好きとか愛してるとかそんな言葉で表わされる愛は本当の愛じゃなくて偽物だ!!私と織莉子の愛をそんな無粋な言葉で表現しないでくれキミ!!私と織莉子の愛は、神様によって導かれ、前世から定められ、未来永劫続いていく不変不滅のものなのだから!!」

 「え、えっと・・・、つ、つまり貴女は美国さんが大事ってことなのね・・・?」

 「大事という言葉で愛は測れない!!真の愛とは・・・」

 「はいはい落ち着いてキリカ。貴女が私を想ってくれているのは彼女にも十分伝わっているから」

 織莉子はマミに喰ってかかるキリカをやんわりと宥める。キリカは不満そうな表情であったが、文句を言うことなく黙って食事に戻った。
 織莉子はそんなキリカに苦笑いを浮かべると、視線をマミに戻した。

 「ごめんなさい、キリカは本当は良い子なんですけど・・・」

 「い、いえ、大丈夫です。気にしていませんから」

 本当はものすごくビビっていた事を口に出さず、マミはあはははは、と苦笑いを浮かべた。


 デジェルSIDE

 「さて、恭介はどうしていることか…」

 その日、水瓶座の黄金聖闘士、デジェルは右手に果物の入った紙袋を持って恭介の病室に向かって歩いていた。
 今日も彼の見舞いをかねて彼の状態の確認である。

 「彼の腕の怪我はさすがに私でも治せない。精々日常生活を送れるようにするのが関の山、か…」

 デジェルは歩きながらブツブツと呟く。
 最高位の聖闘士である黄金聖闘士の一角である彼ならば、小宇宙を利用して他者の傷を治すことも可能である。
 だが、あまりにも重い怪我、病、そして何より心や精神の病までは治すことは出来ない。
 よしんば治せても、ある程度の障害は残ってしまう。
 恭介の腕の怪我は、相当深い。
 自分の力では、到底完全には治せないだろう。

 (アスミタが居れば違うんだが・・・。無いものねだりをしても仕方がないか)

 デジェルは内心溜息を吐いた。黄金聖闘士屈指の小宇宙の持ち主であるアスミタならば彼の治療も可能かもしれないが、現在彼はこの世界に居ない。呼んだとしてもいつ来るかは分からず、その間にさやかが契約する可能性も高い。

 (たとえ契約してしまっても、恭介がさやかの想いに気付いてやれば、まだ何とかなるかもしれないのだが・・・・)

 彼がさやかの愛に気付き、それに応えてやってくれれば、まだ彼女にも救いはある。ソウルジェムについてはマニゴルドかセージ、ハクレイに何とかしてもらえばいい。
 そんな考え事をしながら歩いているうちに、いつの間にか恭介の入院している病室の前に到着していた。
 デジェルがドアをノックしようとした時、ドアの向こう側から、何やら叫ぶ声が聞こえた。
 何事かと手を止めた瞬間、ドアが思いっきり開かれる。

 「あ・・・・」「君は・・・・」

 目の前に居たのは、恭介の幼馴染である美樹さやかであった。恭介のお見舞いに来ていたのだろう。
 だが、その表情は酷く悲しげであり、今までの陽気さが感じられなかった。
 さやかはしばらく呆然とデジェルを見ていたが、直ぐにデジェルを押しのけると廊下を駆け出す。

 「!?さやか君!待ちたま・・・」

 デジェルの言葉に耳を貸さず、さやかはデジェルの前から走り去っていった。
 デジェルはしばらくさやかの走り去った方角を見ていたものの、何時までもそうしているわけにもいかないため、開け放たれたドアから病室に入る。
 病室に入ったデジェルの目に飛び込んできたのは、血が飛び散った布団と砕けた音楽プレイヤー、そして左手から血を流しながら、俯いて泣いている上条恭介であった。

 「・・・!!恭介君!!」

 デジェルは急いで恭介のベッドに駆け寄った。恭介はデジェルに気が付いた様子も無く涙を流していた。

 「・・・僕は、ぁアアッ!!」

 「落ち着くんだ恭介君!!」

 「・・・!!デ、ジェルさん・・・?」

 デジェルが肩を掴んで怒鳴りつけると、はっとした表情で恭介は泣きやんだ。
 デジェルは恭介が泣きやんだことを確認すると、肩から手を放して近くにあった椅子に腰を下ろした。

「一体何があった?彼女と、さやか君と何かあったのか?よければ、話して貰えないか・・・?」

「・・・・・」

デジェルは、恭介の目を見ながら彼に問いかける。恐らくは彼がさやかに八つ当たりをしたのだろうが、一応彼に何があったか聞いておく必要がある。
恭介は、しばらく沈黙をしていたが、やがて口を開いて話し始めた。

恭介SIDE

その日、恭介は窓の外を見ながら音楽プレーヤーで音楽を聴いていた。
 しかし、今の彼の耳には全く音楽は入ってきていない。
 ただぼーっと外の風景を眺め続けるだけだった。

 今日、担当の医師から宣告を受けた。

 もう腕は治らない、今の医学ではどうすることも出来ない、と・・・。

 その宣告を受け、恭介は呆然となった。地の底に叩き落とされた気分になった。

 いや、自分自身そんな予感はあった。もう、自分の腕は動くことはないんじゃないかという予感が・・・。

 どれだけリハビリをやっても、投薬をしても感覚すら戻らない左腕、そしてリハビリ前の担当医の言葉、「リハビリをやっても、もう腕が動く可能性はないだろう」という言葉から、予想は出来ていたのだ。

 ただ、認めたくなかった。自分の腕が動かない、もうバイオリンを弾くことが出来ないという現実を・・・。
 リハビリをすれば、音楽を聴いていれば、腕は治ると思い込みたかっただけだった。

 でも、今日の宣告で、もう目は覚めた。覚まさざるを得なかった・・・。

 もう、自分の腕は動かないということを。もう諦めるしかないということを・・・。

 そう自覚した時、彼はもう、何もかもがどうでもよくなってきた。

 バイオリンも、音楽も、そして自信が生きる事さえも、もはやどうでもいい・・・。

 恭介はまるで死んだ魚のような目で、窓の外をボーっと見続ける。

 「恭介~!!元気にしてるか~?さやかちゃんが来てやったぞ~!!」

 と、ドアの開く音と共に、さやかの元気いっぱいの声が耳に入ってきた。
 恭介はさやかの方に目を向けると、音楽プレーヤーを止めて、イヤホンを外した。
 さやかは恭介の表情を見て元気がなさそうだと感じたのか、手提げ袋から恭介が気に入るであろうクラシックのCDを取りだす。

 「今日も恭介が大好きな曲持ってきたからさ!良かったら聴いてね。っていうか恭介さっきまでなに聞いてたの?」

 「・・・『亜麻色の髪の乙女』」

 「ああドビュッシーのね!素敵な曲だよね~!!
 あはは、あたしってこういう性格だからさ、クラシックとか柄じゃないだろって思われててさぁ、たまーに曲名とか当てたりするとびっくりされるんだよねー。意外過ぎて尊敬されちゃう、みたいな。それもこれも恭介が教えてくれるお陰だよね~。じゃなきゃあたし、クラシックに興味なんて持ってないもんね」

 恭介は、さやかの話を聞いているうちに、段々と黒い感情が溢れてくるのを感じた。

 何でこんなに明るい表情で音楽の話をしてくるんだ・・・。

 何で僕がもう弾くことの出来ない曲のCDを持ってくるんだ・・・。

 何で!何で!何で!何で!何で!

 「・・・さやかは、僕をいじめているのかい?」

 「・・・え?」

 恭介の静かな、しかしはっきりとした声に、さやかは言葉を止める。
 恭介の目には、いつの間にか涙が溢れていた。

 「何で、何でまだ僕に音楽を聴かせるんだ・・・?僕に対する嫌がらせのつもりかい・・・?」

 「そ、それは、恭介が喜ぶと思ったから・・・」

 「もう聴きたくないんだよ!!自分で弾けもしない曲なんか!!」

 恭介は喉が張り裂けんばかりに叫んで左手を思いっきりCDレコーダーに叩きつける。
 レコーダーは壊れ、その破片が左手に突き刺さる。が、恭介は痛みを感じる様子は無く、左手を何度も何度もCDレコーダーに叩きつける。

 「見てよ!こんなことをしても全然痛くないんだよ!感覚なんてない、壊れているんだよこの手は!!」

 「もう止めて!!止めてよ恭介!!」

 さやかは左手を傷つけっづける恭介を必死で取り押さえる。さやかに止められて、ようやく恭介は自傷行為を止める。
 だが、その表情は涙でぬれ、絶望に塗れていた。そして、どこまでも暗い瞳でさやかを見る。

 「さやか、もう、もう見舞いには来ないでよ。もう僕の腕は治らない。さやかに励まされても辛いだけなんだ・・・!だから・・・!!」

 「諦めないで!!諦めなければきっと治るよ!!」

 さやかは目に涙を浮かべ、必死に自分を励ましてくる。
 だけど、今の恭介には、その励ましすらも苦痛だった。
 恭介は、自嘲するかのような笑みを浮かべて、首を左右に振る。

 「無理だよ、さやか。
 今日、先生に諦めろって言われたのさ。もう腕は動かないって。
 今の医療では治らない、たとえ世界一の、それこそ神の手とも呼ばれる医師の力でも演奏出来るまでには治せないってさ。
 どうあがいたって現実は非情だよ。
 もう、奇跡か魔法でもない限り、無理だよ」

 「・・・あるよ」

 恭介は、突然聞こえたさやかの声に少し驚いた表情でさやかを見る。
 さやかの表情は、涙を流しながらも、何かを決意したかのような表情を浮かべていた。

 「奇跡も、魔法も、あるんだよ・・・!」
 
 
 デジェルSIDE

 恭介の告白を聞き終えたデジェルは、黙って恭介を見下ろしていた。
 恭介は俯いて肩を震わせていた。右手を思い切り握りしめ、左手は力なく手を開いたまま・・・。
 そんな恭介をしばらく見ていたデジェルは、突然口を開いた。

 「・・・恭介君、歯を、食い縛れ」

 「え・・・?」

 恭介が呆けた表情でデジェルを見上げてきた。
 
その恭介の顔をデジェルは平手で、

 張り倒した。

 「ッあぐっ!!」

 頬に走る痛みと衝撃に恭介はうめき声を上げる。
 まるで顔に野球の硬球が叩きつけられたかのようで、口の中を切ったのか、口の中に鉄の味が広がる。

 「恭介君、君は、さやか君に何をしたか分かっているのか・・・?」

 頭上から聞こえてくるデジェルの声に、恭介は張り倒された頬を押さえながら顔を上げる。
 そして、デジェルの顔を見た瞬間恭介の表情は凍りついた。
 いつものデジェルは、常々恭介に対して暖かい笑顔を見せており、その表情には彼に対する思いやりが感じられていた。
 それが今では一転してまるで氷の彫像のように冷たい表情、そして刃のように鋭い視線を恭介に向けていた。その雰囲気は冷たく、まるで冷凍庫の中に放り込まれたかのような冷気が恭介の身体に纏わりついていた。
 彼は怒っているのだ、他ならぬ恭介に対して。
 沈黙して自身を見ている恭介に対して、デジェルは言葉を続ける。

 「さやか君は、幼いころからずっと君の事を支えてくれた子だ。君の事を大切に思っていたし、君の腕が治る事を、誰よりも願っていた。そんな彼女が、嫌がらせでCDを君に渡すわけがないだろう?ただ君に喜んでほしい、君によくなって欲しいと願って君にCDをプレゼントしていたんだ!それなのに彼女に向かって八つ当たりするなど、君は何様のつもりだ!?」

 「・・・!!」

 デジェルの怒号に、恭介は沈黙した。
 確かにさやかは、幼いころからずっと自分の側にいてくれた。
 自分が事故で動けなくなった時も一番心配してくれ、自分がCDを貰って喜んだ時には、彼女も我がことのように喜んでくれた。
 彼女は、ただ自分に良くなって欲しい、喜んでほしいと思ってCDを送ってくれたのだ。
 それを自分は、ただ感情に任せて八つ当たりして・・・。
 
 俯いた恭介に対して、デジェルはさらに口を開く。

 「そもそも君は、左手はもう動かないと宣告されて人生が終わったと考えているようだが、はっきり言わせてもらうがその考えはただの甘えだ!
 この世界には、そして歴史上には、耳が聞こえなくても、目が見えなくても、ピアノを弾き、バイオリンを奏で、名曲を作り、そして演奏して名を残した音楽家が多く存在する。
 彼らは自身の抱えたハンデを前にして挫けたか?もう駄目だと諦めたか?そうじゃないだろう?どんなハンデを背負っても、その困難も乗り越え、たとえどん底に落とされても這い上がって、人一倍の努力と研鑽を重ねた結果、彼らは多くの人々を感動させ、心を震わせる音楽を生み出し、演奏することが出来たんじゃないのか?」

 デジェルの叱責に、恭介は俯く。
 確かに、世界中には自分と同じ、いや、それ以上のハンデを背負った人達も存在する。その中には、自分のように腕が動かなくなった人もいるだろう。
 でもその人達の中には、障害に、自身の背負ったハンデにめげることも、諦めることも無く、自身の夢を実現した人達もいる。その中には恭介と同じ音楽家の人達もいるだろう。
 
 「・・・でも、僕は、彼らみたいに強くありません。デジェルさんの言う人たちとは違って、どこまでも普通で、情けないただの人間なんです・・・!そして、幼馴染に八つ当たりして、傷つけてしまう最低の人間なんです・・・!!」

 恭介は悔しげに、そして無念そうに言葉を吐きだす。やはり先程さやかに八つ当たりしてしまったことを少なからず後悔しているようだ。
 そんな恭介を見て、デジェルは表情を少し和らげる。

 「確かに、君一人なら難しいだろうな。君一人の力には限界がある。
 だが大丈夫だ、君は一人じゃない」
 
 「え・・・?」

 呆然とした表情を浮かべる恭介に、デジェルは苦笑を浮かべた。

 「君は、自分はたった一人で怪我の治療をしていた、とでも思っていたのかい?それは違うよ恭介。
 君の担当の医師も、君の面倒を見てくれる看護士の方々も、君を治そうと必死になっている。まあそれが仕事なんだろうが・・・。
 君の父君と母君も、誰よりも君の事を心配しているはずだ。この病院に入院する費用も、リハビリに要する費用も、君の御両親が負担されているんだ。それもこれも、君に良くなって貰いたいという願い、ただそれだけだ。
 そして、さやか君も君の両親と同じくらい、いや、それ以上に君の事を心配し、君の傷が完治する事を願っている。いつも明るくふるまっているが、影ではいつも悩んでいる。何故自分の腕が動くのか、何故恭介の腕なのか、とね」

 「さやかが、そんなことを・・・・・・」

 デジェルの言葉に、恭介は目からうろこが落ちる思いだった。
 自分の怪我の治療が、そんなに多くの人たちに支えられていた事に、今まで全然気が付かなかった、気付こうともしなかった。
 思えば担当医の先生も自分の身体が動くようになるために、色々な治療やリハビリを勧めてくれた。看護婦の人達も、自分の悩みや相談に親身になって付き合ってくれた。
 両親も、仕事が忙しい中、毎日欠かさず見舞いに来てくれた。常々自分の事を気にかけてくれたことを思い出す。
 そしてさやか。デジェルの言うとおり彼女はいつも自分の側にいてくれて、自分を気にかけてくれた。
 昔からそうだった、さやかはいつも他人の事ばかり気にかけて、自分の事には余りにも無頓着だった。だからなのか、自分は彼女に頼りきりになってしまっていた。
 それがいつしか当たり前になり、自分自身、彼女に甘えてしまっていたのかもしれない。
 だからあんな風に八つ当たりをしてしまい、彼女を悲しませてしまった。彼女は自分の事を誰よりも心配してくれていたのに・・・。自分を不安にさせないために、自分の前では明るい表情を見せてくれて・・・。

 「そうですね・・・、僕、ようやく気が付きました・・・。僕は、一人ぼっちなんかじゃなかったんですね。たくさんの人が、僕の傷を治してくれようと必死になってくれている。先生も、看護婦の人達も、父さんも、母さんも、そして、さやかも。
 そんなにたくさんの人達が頑張ってくれているのに、僕が諦めたら駄目ですよね」

 「ふふ、そうだな。どうだい?少しは頑張れそうかな?」

 「はい、何だかやる気が出てきました。でも、左腕はもう治らないって・・・」

 恭介は少し不安そうに瞳を揺らして動かない左手をじっと見る。そんな自信なさげな恭介に、デジェルはクスリと笑みを浮かべる。

 「大丈夫だ、生きていればきっと可能性がある。最悪腕にバイオリンを縛り付けて弾けばいいさ」

 デジェルはそう言ってニヤリと笑う。そのデジェルの言葉に、ようやく恭介は笑みを浮かべる。

 「僕、さやかに謝ろうと思います。許してくれるか分からないけど、それでも、謝りたい・・・。そして、お礼も言いたいです。いつもありがとうって」

 「そうだな、それがいい。君にとっても、彼女にとっても、な・・・」

 そう言ってデジェルは、ポケットをまさぐると、何かを取りだして彼の右手に握らせた。
 恭介の掌に乗っているそれは、一見すると透き通った水晶のような小さな石であり、首にぶら下げるためなのか、紐が付けられている。

 「せめてものお守り代わりにこれを渡しておくよ。完治祈願程度にはなるだろう」

 「えっと、いいんですか・・・?僕なんかに・・・」

 恭介の恐る恐ると言った声音に、デジェルはいつも恭介に向ける暖かな笑みを浮かべる。

 「大丈夫だ、どうせ私が持っていても単なるアクセサリーにしかならないからね。君とさやか君、二人の未来に幸あれと願って、な」

 恭介は、最初デジェルの言ったことに何が何だか分からないと言いたげな表情をしていたが、やがてその意味を理解すると、顔が赤く染まっていった。
 そんな恭介をみて、デジェルは悪戯が成功した子供のようにククっと笑った。

 「ふっ、君達の姿はまるで夫婦のようだったな。いや、中々お似合いだった」

 「かっ、からかわないでください!!恥ずかしいです!!」

 「そう照れることも無いだろうに、それとも君は、彼女では何か不満でもあるのか?」

 「そ、そんな事はありません!む、むしろ僕には勿体ない位です!!」

 恭介は顔を真っ赤にして焦りながらデジェルに弁解する。そんな恭介の様子に、デジェルはクックックと面白そうに笑っていた。

 「フッ、なら足がよくなったらデートにでも誘ってみてはどうかな?彼女は意外と君に惚れている、かもしれないぞ?」

 「えええええ!?で、デート!?そ、それに惚れているって…」

 「でなければ君をあんなに甲斐甲斐しくCDを送ってこないよ。それに、君も何か思い当たる節があるんじゃないか?」

 「……///」

 デジェルの言葉に恭介は俯いて考え込む。
 確かにさやかはいつも自分に対して甲斐甲斐しく面倒を見てくれている。
 ただの幼馴染だと言ってしまえばそれまでだけど…。
 そういえば、以前デジェルに夫婦みたいだとからかわれて自分がそれを全力で否定したら、彼女は少し寂しそうな表情を浮かべてたな…。
 あれってもしかして…、でももしそうなら自分はどうすればいいんだろう…。
 自分は、彼女の事をどう思っているんだろう…。

 俯いて真剣な表情で考え込む恭介に、デジェルはニコリと笑みを浮かべる。

 「まあ若いうちは好きなだけ悩むといい。悩むのは若い頃の特権だ。
 さやか君との関係を今一度見つめなおしてみるのも良いと思うよ」

 「え?あ!デジェルさん!?」

 慌てて呼び止める恭介の声を背に、デジェルはそのまま病室を去っていった。
 去っていく彼の後姿を見ながら、恭介は胸の中に芽生えた未知の感情に、頭を困惑させていた。



[35815] 第10話 親無き少女達と金牛と
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆b1f32675 ID:9f458038
Date: 2013/03/04 17:50

 「キョーコ!もう朝だよ!起きて!起きてってば!!」

 「んむ~……いいじゃねえか……あと10分……」

 「お~き~て~!えいやっ!」

 「がっふぅ!?」

 可愛らしい掛け声の後に、突然自身の腹部に襲いかかった衝撃に、杏子は悶絶する。
 まるでボーリングの球が腹に落とされたかのような衝撃に吐きそうになるが、そのおかげで眠気は一気に吹っ飛んだ。杏子はベッドから跳ね起きると自分の腹の上に居る衝撃を起こした元凶を睨みつける。

 「ゆ~ま~!!お前あたしを殺す気か!!寝てるあたしの腹にのしかかってくんじゃねえ!!」

 「だって~、アルデバランのおじちゃんがキョーコが起きないときはこうやって起こせって言ったんだもーん!」

 「あのおっちゃん!!余計な知恵吹き込みやがって!!」

 ベッドの上で胸をはる少女、千歳ゆまの返事を聞いて杏子は頭を押さえて悪態をつく。
 
 「そんなことよりはやく下に行こうよキョーコ!!もう朝ごはんだよー!!」

 「あー、はいはい分かってらぁ分かってらぁ」

 急かすゆまに杏子は面倒くさそうに返しながらベッドから起き上がり、着替える。

 階段を下りて洗面所で顔を洗ってキッチンに入ると、既にテーブルの上には出来たての朝御飯が乗せられており、アルデバランとゆまは席に座って待っていた。

 「おはよおっちゃん。さっさと飯にしようぜ」

 「おはよう杏子。全くお前の寝坊癖はまだ治らんのか。これはしばらくゆまに起こしてもらったほうがよさそうだな?」

 「なっ!?やめろっての!また寝てる時にボディプレス喰らう羽目になるじゃんか!!」

「嫌ならさっさと早起きする習慣を身につけろ!ゆまを見ろ!!お前よりずっと年下なのに俺に言われなくても早起きが出来ている!!少しはこの子を見習え!!」

「えへへ、おじちゃん、ゆまえらい?」

「偉い、偉いぞゆまは。そこのネボスケよりもずっと立派だ」

アルデバランに優しく頭を撫でられて、ゆまは嬉しそうに「えへへ」と笑った。それを見て杏子は悔しそうな表情で歯軋りをした。

「だ~!!もうさっさと食うぞ!!今日は動物園行くんだろうが!!いただきます!!」

杏子は若干キレ気味に食事の挨拶をすると、凄まじい速さでご飯をかき込みだした。アルデバランとゆまは呆れた表情で杏子を見ていた。

「おいおい俺とゆまはお前が起きるまで飯を食うのを待っていたというのに。我慢の出来ん奴だな」

「キョーコみっともなーい」

「う、うるへー!!はぐっはぐっ!!」

二人に茶化されて顔を真っ赤にして怒鳴りながらもご飯をかき込む杏子に、アルデバランとゆまは可笑しそうに笑い声を上げた。



杏子が千歳ゆまをこの家に連れてきてから、既に3日経っていた。

あれからゆまを連れてアルデバランの家に戻った杏子は、アルデバランにゆまも家に住まわせてくれるように頼んだ。その時には恥も外聞も投げ捨てて土下座までした。
アルデバランはしばらく黙って土下座する杏子と頭を下げるゆまを見ていたが、不意にゆまに向かって手を伸ばしてきた。
ゆまはおびえた表情でビクリと震える。まるで、今からアルデバランに暴力を振るわれると思っているかのように………。
杏子自身は、彼はこんな小さな子供に暴力を振るう性格ではない事は分かっている。しかし、万が一ゆまに手を上げた時には、せめて彼女を守って此処から逃げ出そうと指輪化したソウルジェムを握りしめる。

しかし、そんなゆまと杏子の心配は杞憂に終わった。

アルデバランはその大きな掌をゆまの頭に乗せると、優しくその髪の毛を撫でる。
ゆまは驚きながらもくすぐったそうに身を捩る。それを見てアルデバランは豪快に笑いながら二人に向かって言った。

「二人とも腹が減っているだろう?飯にするぞ!!」

こうして、ゆまは杏子と共にアルデバランの家に同居することになったのである。
最初の頃はアルデバランを怖がっていたゆまも、彼の優しさに触れているうちに今ではアルデバランを本当の父親のように慕っている。
一方、彼女をこの家に連れてきた杏子も、口では面倒くさそうに愚痴をこぼしながらもまるで妹が出来たようで、内心は嬉しいようだ。
もっともそれは、過去に妹を失ったトラウマもあるのだろうが………。

それはともかくとして今日、アルデバランは杏子とゆまを連れて動物園に向かう予定であった。
何しろ此処にいる娘二人は、今まで動物園になど行った事が無いらしい。もっとも二人とも家族に恵まれなかったため、無理もない。
ならせめて自分が連れて行ってやろうと昨日杏子とゆまに提案したのだ。
杏子はめんどくさがっていたものの、ゆまが行きたい行きたいとはしゃいだため、しぶしぶと言った感じで了承した。

(ああ見えてあいつは、他人を思いやれる優しさを持っているからな)

無邪気に騒ぐゆまを真っ赤な顔で怒鳴りつける杏子を見ながら、アルデバランは心の中で呟いた。



 「わーい!ゆま動物園はじめてー!」

 「おい、あんまはしゃいでどっかいくんじゃねえぞ!!」

 「はっはっは!まああんまり口を酸っぱくするな杏子。せっかく楽しみにしていたんだ。今日位思う存分に楽しめばいい」

 朝食の後、アルデバラン達は風見原から電車で約一時間ほど行った場所にある街の動物園にいた。
 ゆまは生まれて初めて来た動物園に大はしゃぎをしており、杏子は若干めんどくさそうな表情を浮かべて文句を言い、アルデバランはそんな杏子を笑いながら窘めている。

 「ねえねえおじちゃん!キョーコ!まずはゾウさん見にいこうよゾウさん!!」

 「はっはっは!分かった分かった。行くぞ、杏子」

 「ちぇっ、どうせなら牛か豚でも見にいきたかったぜ。ゾウなんて食えねえじゃんか」
 
ゆまに急かされたアルデバランと杏子は、まずはゾウが飼育されている檻に向かった。
 動物園の目玉の一つである檻の周りには、既に多くの客が居て、二メートル以上の身長の持ち主であるアルデバラン以外は中々ゾウの姿を見ることが出来なかった。
 
 「う~、おじちゃーん。ゾウさん見れないよ~・・・」

 「諦めろよ、こんだけの人混みじゃ見れねえだろ。また帰りに見にくりゃいいだろうが」

 「う~・・・」

 杏子の言葉にゆまは悔しそうに唸る。そんなゆまを見ていたアルデバランは、突然地面にしゃがむとゆまの腰の高さまで首を下げる。

 「乗れ、ゆま」

 「え!?お、おじちゃん!?」

 「乗れ、肩車をしてやる。遠慮するな」

 アルデバランはゆまにそう言って笑みを見せる。その笑みを見たゆまは恐る恐るアルデバランの太い首を跨ぎ、大きな頭を抱え込む。

 「よし!しっかり掴まれよ!」

 アルデバランは両手でゆまの足を支えると、そのままゆっくりと立ち上がる。
 アルデバランの巨体が立ち上がると、彼に肩車されているゆまは彼より背の低い人達の頭を見下ろす格好となり、ゆまはまるで周りの人々が自分よりも背が低くなったように感じていた。

 「わあー!すごいすごーい!おじちゃんおじちゃん!もっとゾウさんの檻に近づいて!」

 「よしよし、分かった分かった」

 自分の肩の上で嬉しそうにはしゃぐゆまの言葉を聞いて、アルデバランは少しずつ人混みを掻き分けながらゾウの檻に近付いていく。
 やがて檻の中のゾウの姿を見た時、ゆまは大きな声で歓声を上げた。

 「わー!ゾウさんおっきー!ゆま初めてホンモノみたー!!」

 「こらこら、あまり首の上で暴れるな。危ないぞ」

 自分の首の間で喜びはしゃぐゆまを、アルデバランは笑いながら注意する。
 一方人混みの外でそんな二人を眺めていた杏子は、彼らを見ているうちに、自身の過去の思い出を思い出していた。
 まだ自分が幼かった頃、魔法少女と言うものも知らず、父と母と幸せに暮らしていた頃、自分もよく父に肩車をしてもらっていた。そして妹が産まれた頃には、よく妹が父に肩車されていた光景を母と一緒に微笑ましく眺めていたものだった。
 今となってはもう戻ってこない日常…。自身が奇跡の代償として失った、ありふれた、でもかけがえのない家族…。
 アルデバランとゆまの二人と過ごしていると、かつて自分が失った、あの日々を思い出す。

 「っけ、らしくねえな」

 杏子は感傷に浸る自分を苦々しく思ったのか、吐き捨てるようにそう呟いた。

 「キョーコ!!キョーコも一緒にゾウさん見よー!」

 と、ゆまがアルデバランに跨りながら自分を呼ぶ。
 杏子は面倒くさいと言いたげに大きく溜息を吐いた。
 もっとも溜息を吐きながらも一応ゆまの呼びかけに応じてアルデバランの近くに歩いていくのだが…。

 「ねえねえキョーコ!すごいおっきいねゾウさん!」

 「んー?ああデカいな。うん。本で見たよりもずっとデカい」

 ゆまの言葉に杏子は気のない返事をする。
 実を言うと杏子も生でゾウを見るのは初めてだったのだ。両親が生きていた頃は、動物園に行く余裕も無く、ゾウなどの動物は図鑑で見ることしか出来なかった。
 とは言ってもつい最近までその日暮らしで食事とグリーフシード以外は基本的にどうでもいいと考えている杏子にとって、本物のゾウを見れた感動はそこまで大きくなかった。
 そんな杏子の態度にゆまは不満そうな表情を浮かべる。

 「ぶー!おじちゃーん!キョーコゆまをムシしたー!!」

 「そう怒るなゆま。こいつは食うことしか興味が無い食いしんぼうだから仕方がない」

 「なっ!?だ、だれが食いしんぼうだコラッ!!」

 アルデバランの言葉に杏子は顔を真っ赤にして怒鳴る。それを見てアルデバランはニヤニヤと笑いながら返す。

 「お前だお前。どうせゾウのような食えない動物よりも豚や牛のような食える動物のほうが見たいんだろうが。いっそのこと牧場にでも行ってみるか?」

 「あははー!キョーコ食いしんぼー!」

 「おーまーえーらー!!!」

 杏子をからかう二人の言葉に杏子はまるで猛獣が吠えるかのように怒鳴り声を上げる。
 そんな杏子にアルデバランとゆまはおかしそうに大笑いするのだった。

 ゾウを見た後も、ゆまは初めて見る動物達にはしゃいだり、ポニーに乗って喜んだりと動物園を楽しんでいた。
 杏子も最初はつまらなさそうではあったが、やはり初めて見る生の動物には興味を引かれるのか、段々と動物園を楽しむようになっていった。
 アルデバランはそんな二人を微笑ましげに眺めていた。

 「全く、お前達はまるで本物の姉妹のようだな」

 アルデバランは二人並んでライオンを眺めている杏子とゆまを見てそう呟いた。
 その言葉を聞いた杏子は、「はあ!?」と言いたげな表情でアルデバランに視線を向ける。一方ゆまはそんな杏子を不思議そうに見上げていた。

 「何言ってんだよおっちゃん!!アタシとゆまが姉妹に見えるだ!?何処をどう見たらそう見えるってんだよ!!」

 「ん?いや、どこからどう見ても姉妹にしか見えんだろ。それ位お前達は仲がいいからな」

 「んあ!!??べ、別にアタシはコイツと仲良く、なんて…」

 杏子の声は段々と小さくなっていき、語尾はゴニョゴニョと何を言っているのか聞き取れないくらいになっていた。
 アルデバランはそんな杏子をニヤニヤと面白そうに眺めると、ふとゆまに視線を向ける。

 「で、ゆま、お前はどう思う?杏子がもしお前の姉だったらどうだ?」

 「ちょっ!?なに聞いてんだよおっちゃん!!」

 「えっとね、ゆまはキョーコがお姉ちゃんだったらすごくうれしいよ?」

 「ゆ、ゆま!?」

 ゆまの無邪気な言葉に杏子は思わず素っ頓狂な声を上げる。一方のアルデバランはゆまの返事に大笑いした。

 「ハッハッハッハッハ!!そうかそうか、杏子が姉なら嬉しいか!ゆまはそう言っているが杏子はどうだ?ゆまが妹なら嬉しいか?」

 「んな!?べ、別に嬉しくなんか……」

 杏子は顔を真っ赤にしてぼそぼそと呟くが、それを見ていたゆまが突然泣きそうな表情を浮かべた。

 「え!?ちょ!?おい!!な、何泣きそうな顔してんだよオマエ!!」

 「キョーコ…ゆまが…ゆまがいもうとだといやなの…?ゆまがいもうとだとめいわくなの…?」

 今にも泣き出しそうなゆまに杏子は焦った表情でアルデバランを見る、……が、さっきまでアルデバランが立っていた場所には誰もいなかった。

 「んなっ!?あのおっちゃんこんな時に何処行きやがった!?」

 杏子は慌てて周囲を見渡すものの、あの大男はどこにも見当たらなかった。あんな巨体なら直ぐに目立ちそうなものなのだが、何処を見渡してもそれらしき人影は見当たらない。それ以前にあれだけ存在感があったのなら居なくなったら分かりそうなものなのだが…。
 忍者かよあのおっちゃんは!と心の中で愚痴をこぼしながら杏子はアルデバランを探すが、そんなことをしているうちにとうとうゆまは涙を流して泣き出してしまった。

 「ひっく…キョーコ、ゆま、ゆまじゃまものなの…?役立たずなの…?いもうとだとめいわくなの…?」

 「あーもー!!んなこたねえ!!ゆまは邪魔じゃねえし役立たずでもねえ!!妹でも迷惑なんかじゃねえ!!」

 「ホント…?」

 杏子の怒鳴り声にゆまが涙目で杏子を見上げてくる。杏子は大きく溜息を吐くとゆまと同じ目線にしゃがみ、ゆまの髪の毛を乱暴に撫でる。

 「本当だっての、だからほら、泣くのはやめろよ」

 「…うん、グスッ」

 杏子に宥められてゆまは一度鼻をすすると涙を拭いて杏子の顔を見る。
 目は涙のせいで赤いものの、もう涙は出ておらず、表情も嬉しそうに笑顔を浮かべていた。そんな嬉しそうな表情のゆまに杏子も苦笑いを浮かべた。

 「おお、どうやら泣きやんだようだな、ゆま」

 と、突然頭上から大きな声が降ってきた。その声に聞き覚えのある杏子は表情を不満そうに顰めると顔を上に向ける。
 杏子の視線の先には、杏子がゆまを泣きやませているときに何処かに行っていた巨漢、アルデバランが両手にソフトクリームを二つ持って立っていた。

 「あ~!!おっちゃん!!一体どこ行ってやがったんだよ!!あたしにゆまのお守させやがって!!泣く子の世話する身にもなってみやがれ!!」

 「まあまあいいではないか。元々はお前が原因なのだしお前が何とかするのが筋と言うものだろう?その代わりにほれ、ソフトクリームを買ってきてやった」

 アルデバランはそう言って両手に持ったソフトクリームをゆまと杏子に差し出した。それを見たゆまは目を輝かせる。

 「わー!おじちゃんありがとー!」

 「んだよ、ソフトクリーム一つで機嫌とられるなんてあたしも随分と安くなったもんだな」

 「何だ?いらんのなら俺が食ってしまうが?」

 「……!!だ、誰が要らねえっつったんだよ!!誰が!!」

 杏子は血相を変えてアルデバランの手からソフトクリームを奪い取ると急いで一番上からクリームを丸齧りする。冷えたソフトクリームの冷たさが口中に広がり、杏子は冷たそうに眼を閉じて顔を顰めた。
一方のゆまはアルデバランから貰ったソフトクリームを美味しそうに舌でなめていた。溶けたクリームで口をバニラでべとべとにしながら、ゆまは嬉しそうにアルデバランを見る。

「えへへ~、おじちゃーん、ソフトクリームありがと~♪」

「ははは、構わん構わん。美味いかゆま?」

「うん!ゆまソフトクリーム食べたの初めて~♪」

ゆまは幸せそうな笑顔でソフトクリームを舐める。アルデバランはそんなゆまを微笑ましくも、やりきれなさそうな表情で眺めていた。

この子は遊園地に来るのも、ソフトクリームを食べるのも初めてだと言った。
いや、それだけではなく、自分の家に住み始めてからというものの、食事のたび、部屋に居る時、何かを買ってやった時、常にこんなことは初めてだと言っていた。
その言葉に間違いは無いだろう。なぜなら彼女は、今の今まで自分がしてやっていること全てを経験したことが無いのだから。
 この世界とは違う時間軸の世界では、千歳ゆまは母親から酷い虐待を受けていた。おそらく、この世界でもゆまは虐待を受けていたのだろう。
 実際ゆまと一緒に風呂に入った杏子の言葉では、ゆまの体には痛々しい痣がついていたと言っていたし、彼女の額には、煙草によってつけられたらしい火傷の痕がついていた。
 この子が邪魔、役立たず、迷惑等と思われるのを嫌っているのも別の時間軸と同じく、母親からそう罵られた事が起因しているのだろう。
 本来は子供を慈しみ、愛するべき親が子供を虐げる…。
 こんなことはあってはならないはずなのだ。だが、現実は…、
 彼女の嬉しそうな笑顔を見るたびにアルデバランの心にはどこまでも歯痒い思いが満ちていく。
 自分は彼女の親になってやることが出来ない。たとえ養子縁組を組もうとも、彼女の『本当の』親になってやる事は無理だ。
 そして、この世界での戦いが終わったのなら、自分はゆまと杏子の前から去らなくてはならなくなる。
 ならせめて、この世界に居るだけの間は彼女達に愛情を注いでやろう。たとえ真似事であったとしても彼女達の親になってやろう。アルデバランはそう誓ったのだ。
 
 (しかし、死ぬ前もそうだったが子育てというのも楽ではないものだ)

 アルデバランは心の中で苦笑した。
自分に懐いてくるゆまはともかくとしておいて、杏子はどこか素直じゃない所がある。一応自分を嫌っているわけではないようだが、たまにゆまの面倒をみているところを自分に見られたりすると必死で否定したりするなどどうも天邪鬼な態度が目立つ。

(まあ境遇からしてそうなってしまうのも無理は無いが…。もう少し素直になれんものかな…)

まだ他人のために何かをしてはいけないと思い込んでいるのか、それともこれが反抗期と言う奴なのか、とアルデバランは難しい表情を浮かべて考え込んでいた。

「ねーねーおじちゃん。次の動物さんみにいこーよ」

「んだよおっちゃん、難しそうな顔しやがって…。なんだからしくねえな」

と、ソフトクリームを食べ終わったのかゆまがアルデバランの服を両手で掴んできており、杏子は怪訝な表情でアルデバランを見ていた。どうやらアルデバランが考え事をしているうちに大分時間が経ってしまっていたらしい。
アルデバランはゆまと杏子に視線を向けるとニッと笑みを浮かべる。

「おお、すまんすまん。まあ少しばかり考え事をしていてな」

「考え事?おっちゃんも考え事することあんのかよ?」

「それはあるとも。例えば、もう少しお前の大食い癖がなんとかならんもんかな、とかな」

「なっ!?なんだよそれ!!ふざけてんのかよ!!」

 恥ずかしそうに顔を真っ赤にして怒る杏子に、アルデバランは面白そうに口元に笑みを浮かべた。

「ふざけてなどおらん。大体お前はいつもいつも食い物ばっかり食いおって、わずか3日で小遣いを使いはたすとは何を考えておるんだ。そのうち食い過ぎでぶくぶく太ってメタボになってしまうぞ?」

「なるか!!てか食った分のカロリーは魔女狩りで消費してんだよ!!だから太るわけねえだろうが!!」

「ふん、どうだか…」

「キョーコ、くいしんぼーもほどほどにしなきゃ、めっ、だよ!」

「ゆ~ま~!お前まで~!!」

アルデバランとゆまにからかわれて杏子は顔をさらに赤くしてうがー!!とライオンのように雄叫びを上げる。そんな杏子を見てもアルデバランとゆまは怖がるどころか大笑いしていた。そんな二人を杏子は肩をぶるぶる震わせて睨み付けていたが、やがて背を向けると一人でさっさと歩き始めた。

「ん?おいどこ行く気だお前」

「便所だ!!」

アルデバランの問い掛けに杏子は大声で怒鳴る。それを聞いてアルデバランは頭を掻きながら「少しからかい過ぎたか…」と反省していた。

「ねーねーおじちゃん、キョーコどこ行くの?」

「便所だそうだ。帰ってくるまで此処で待っているか?」

「うん!」

ゆまは元気良く頷くとベンチに座ったアルデバランの膝の上にちょこんと座り込む。その頭をアルデバランは大きな掌で優しく撫でてやるのだった。


 杏子SIDE

「ったく!二人してあたしで遊びやがって!!あたしだって好き好んで大食いなわけじゃねえんだよ!!」

杏子は足音荒く若干キレ気味な様子で歩いていた。その表情はまさに怒り心頭といった感じであり、周りの人々も杏子の怒気に一歩引いている。
杏子はそんな周囲の目を気にせず、公衆トイレの前に到着すると壁に背中でもたれかかった。

「あー!ったく、あたしもあの二人の言うこと真に受けちまうからあの二人に遊ばれんのかな~。もうちっとクールになるべきかな~…」

杏子は壁にもたれながら溜息を吐いて青い空を眺める。
空には雲ひとつ浮いていない。正に快晴と呼ぶにふさわしい、嫌味なくらいにいい天気だ。

「あーあ…、全く、自分のためにしか動かないって決めたのに、おっちゃんの家に泊まってからというものの、どうも調子が狂うぜ…。やっぱし一人のほうがよかったかね…」

杏子は空を眺めながらぼやいた。
衣食住に不自由しなくなるからとアルデバランの家に寝泊りするようになったが、どうもあの大男に感化されたのか、独りぼっちになってしまったゆまの事が放っておけなくなり、結局アルデバランの家で一緒に住む事となってしまった。
ゆまを自分の妹と重ね合わせてしまったからなのか、それともゆまの境遇が自分と似ていたせいなのかは分からないが全く面倒なことを背負い込んでしまったと少しだけ公開したこともあった。
時々、そろそろアルデバランの家から出て行こうかとも考えたことがあったが、結局思いとどまる事となってしまった。やはり無料で宿と食事が手に入る魅力には逆らえないし、なによりアルデバランとゆまと一緒に住むのも悪くはないと感じているのだ。
まるで、新しい家族と過ごしているかのようで…。
そんな事を考えながらぼーっと空を眺めていた杏子は、突然何かに気がついたかのようにハッとした表情になると、ジロリと何もない空間を睨みつける。

「………!!こんな所でかよ、ちったあ空気読めよ、ったく!!」

 杏子は舌打ちすると周囲を見回す。
 周囲には今のところ人の気配は無く、魔法少女に変身しても問題は無いだろう。
 そう判断した杏子は右手のソウルジェムを発動させ、魔法少女の姿になる。
 杏子は片手の槍を一回転させると、先程睨みつけていた場所に向かって歩いていく。やがて杏子の目の前の空間が先程までとは一転する。
 空には幾何学的な模様が浮かび、見た事がない醜悪な生物があちこちを飛び回っている。
 そして目の前には、髑髏に似た巨大な頭部を持った化け物がこちらをじっと見ている。

 ここは魔女の結界、そして目の前に居る化け物こそこの結界の主、魔女である。
 魔女を見た杏子は首を左右に捻って鳴らし、手に持った槍を構える。

 「こんな時に出てくんなよ…、って言いてえところだけど、今丁度むしゃくしゃしてたんだよ!ストレス発散のサンドバッグにしてやるぜ!!」

 杏子は好戦的な笑みを浮かべると、目の前の魔女に向かって突撃した。


 アルデバランSIDE

 「む?」

 「どうしたの?おじちゃん」

 突然杏子が歩いていった方向に目を向けたアルデバランに、ゆまはきょとんとした表情を浮かべた。そんなゆまに向かって、アルデバランは少し困ったような表情を浮かべた。

 「すまん、俺もトイレに行きたくなってきた。悪いが一緒に来てはくれないか?」

 「え?うん!ゆまもトイレ行きたいからいっしょに行くね」

 ゆまは元気よく頷くと、アルデバランの膝から飛び降りて先に歩いていく。アルデバランはその後ろから彼女の後をついていった。
 2、3分ほど歩いていくと、公衆トイレの建物が見えてきた。その周囲には人は居ない。
 アルデバランはそれを確認するとコクリと頷き、トイレの入り口の前でゆまの頭に手を置いて話しかける。

 「いいかゆま、もしお前が先にトイレから出てきても、俺か杏子が出てくるまでこのトイレの入り口で待っていてくれないか?お前よりもトイレが長くなるかもしれないからな」

 「おじちゃんのおトイレ、長いの?」

 「ん、まあな。待っていてくれるか?」

 「うん!分かった!ゆま待ってる!」

 ゆまはアルデバランの言葉に元気よく答えると、そのままトイレの中に入っていった。
 アルデバランはそれを確認すると溜息を吐いた。

 「さて、と…。魔女の結界は……、あそこか」

 アルデバランの視線が、とある一地点に向けられる。そこは常人ならば何もないように見えるかもしれないだろう。だが、アルデバランの鍛え上げられた五感は、その場所から放たれている禍々しい魔力を確かに感じていた。
 そしてその魔力以外にも、微かに感じる別の魔力も。

 「杏子が戦っているのか。あいつは確かにベテランだが…。妙な胸騒ぎがするな…。念のために加勢しに行くか」

 アルデバランはそう呟くと目の前の魔力が放たれている空間に向かって歩いていった。


 杏子SIDE

 「うるああああああ!!!」

 杏子の槍が魔女の髑髏のような頭部を突き刺す。魔女は傷口から緑色の血を噴き出し、不気味な悲鳴を上げる。既に魔女の全身は杏子の槍によって傷だらけであり、地面は魔女の血が滴り落ちている。

 「ハッ!んだよ!案外楽勝じゃん!!これならさっさと片付けられんな!!」

 杏子は余裕に満ちた笑みを浮かべて槍の柄を四つに分割し、鋭い穂先で頭蓋骨の目の部分を貫く。矢の穂先は目を貫いただけではとどまらず、そのまま後頭部まで飛び出した。

 『■■■■■■!!!』

 魔女は痛みに身を捩り、その拍子に傷口から体液が飛び散る。
 と、その体液が降りかかった杏子の腕から突然煙が噴き出した。

 「ぬおっ!?あちっ!あちちちち!!な、なんだこりゃあ!?」

 杏子は急いで腕を服で拭い、体液を落とす。腕を見ると、体液のかかった所は火傷のように爛れていた。
 よくよく見ると、今魔女を貫いているやりも柄から煙が噴き出して溶けている。どうやら、あの魔女の血液は強力な酸のようだ。

 「へっ!油断大敵ってところかよ!そうでなきゃ面白くねえ!!」

 不覚にも傷を負った杏子は、魔女を恐れるどころかより好戦的に笑みを見せる。溶けた槍から手を離すと、再び手の中に槍を作り出す。
 そして、魔力を使い傷を癒すと、地面から無数の鎖を出現させ、魔女の体を二重三重に拘束する。

 『■■■■■■!?』

 突然自身を拘束した鎖に魔女は体を捩じらせてもがく。が、拘束はその程度ではビクともしない。
 じたばたともがく魔女を見て、杏子は勝利を確信した笑みを浮かべる。
 槍の穂先に魔力を通して巨大化させると、思いっきり槍を振りかぶる。

 「とっとと、くたばりやがれ!!」

 杏子は思いっきり槍を魔女目掛けて投擲する。
 槍は一撃で魔女の顔面を貫通し、大量の血液や脳漿を撒き散らしながら、結界の地面に突き刺さった。
 頭部を貫かれた魔女は、ゆっくりと地面に倒れこみ、そのまま動かなくなった。

 「あーあ、やれやれ。ま、面倒な血が無けりゃ楽勝だったな、こいつ」

 杏子は大きく伸びをすると、地面に落ちたグリーフシードを拾い上げる。と、杏子は違和感を感じて周囲を見回す。

 「何だ…?普通魔女が死んだら結界解除されるはずなんだけどな…」

 魔女が死んでもまだ展開されている結界に違和感を感じていたが、杏子はま、いいかと思考を打ち切って、そのままその場を立ち去ろうとした。

 が、その時、

 「油断するな杏子!!後ろだ!!」

 突然結界全体に響くほどの怒鳴り声が杏子の耳に飛び込んできた。杏子はいきなり響いた大声に驚きながら、反射的に後ろを振り向いた。

 「なっ!?」

 後ろを向いた杏子は驚愕した。死んだはずの魔女の血液が、自分目掛けて飛んできたのだ。

 「っ!!くそっ!!」

 杏子は血液に当たらぬよう体を捻り、地面に体を投げ出した。血液は杏子が立っていた場所を通り過ぎ、地面に落ちた。

 「ど、どうなってやがる!!こいつ、死んだはずじゃあ……」

 動揺した表情で杏子は魔女の死体があった場所に視線を向ける。
 魔女は死んでいなかった。髑髏のような顔は割れ、その中から顔のようなものがついた触手が飛び出している。
 恐らくは髑髏の顔はフェイク、この触手こそが本体なのだろう。

 「ほほう、本物の顔を隠して相手を油断させるとは、中々に策士な魔女だな、こいつは」

 「!?お、おっちゃん!?何でこんな所に居るんだよ!?」

 後ろから聞こえた声に振り向くと、そこに居たのは自分とゆまが世話になっている大男、アルデバランであった。アルデバランはさらに不気味な姿となった魔女に対して、余裕な表情を浮かべている。

 「ちょ、お、おいおっちゃん!!そんなところに立ってんなよ!!危ねえだろうが!!っていうかなんでおっちゃんがこんな所に居るんだよ!?」

 「ん、いやなに、嫌な予感がしたからついてきたのだ。心配しなくても俺はこんな奴程度には負けんよ」

 「べ、別に心配なんて…」と恥かしそうに顔を赤らめて小声でブツブツ呟く杏子を無視し、アルデバランは目の前の醜悪な魔女をじっと見る。
 魔女は触手についた顔でアルデバランと杏子をじっと睥睨する。アルデバランはそれに動ずる事無く魔女の視線を受け止める。

 「杏子、お前は下がっていろ。こいつは俺が倒す」

 「はあっ!?何言ってんだよおっちゃん!!確かにおっちゃんはあたしよりも強いけど、幾らなんでも無茶だろうが!!」

 「心配するな。俺は負けん。大体俺が死んだらお前らの面倒を誰が見る?」

 背後で「だーかーら!!心配なんかしてねえっつってんだろ!!」と怒鳴る杏子を再び無視し、アルデバランは再び魔女に視線を向ける。

 「さて、お前と戦うのなら、俺も相応しい装いをしなくてはな」

 そう呟くとアルデバランは、ゆっくりと目を閉じて、何かを念じる。

 その瞬間、アルデバランと魔女の間に、黄金の光が放たれた。

 「!?な、なんだよこの光は!?」

 その閃光に杏子は目を覆った。だが、目を焼くような閃光は僅か一瞬でおさまり、杏子もゆっくりと瞼を開いて目の前を確認した。
 アルデバランの前に、光り輝く何かが存在していた。
 その輝きはまるで太陽のような黄金の輝きを放っており、全体的に暗い魔女の結界の内部を明るく照らしていた。その輝きに、魔女も若干なりとも怯んでいる様子だった。
 やがて、光に目が慣れてきた杏子には、その輝く物体の輪郭が段々と見えてきた。それは…。

 「う、牛……?」

 それは牡牛の形をした黄金のオブジェであった。黄金に輝く金属には細やかな細工が施されており、芸術についてはよく分からない杏子であっても、そのオブジェはとても美しいと感じ、ここが魔女の結界の中だという事も忘れて見惚れていた。
 そんな杏子にアルデバランはニッと笑みを浮かべると、そのオブジェに声をかけるかのように声を上げる。

 「さあ、この世界での初陣と行こうか!!この身を覆え!牡牛座の聖衣よ!!」

 アルデバランの声が響くと同時に、黄金のオブジェは突如バラバラに分解されていく。

 「な!?何だ一体!?こ、今度は一体何が起こるっていうんだよ!?」

 突然分解されたオブジェに杏子も流石に仰天していた。
 分解されたオブジェのパーツは、形状を変形させてアルデバランの身体に装着されていき、瞬時にアルデバランの身体は、黄金に輝く鎧に覆われていた。

 「な…あ…」

 杏子は開いた口が塞がらないと言うべき表情でアルデバランを凝視していた。そんな杏子の視線を感じて、アルデバランは後ろを振りむき、苦笑いを浮かべた。

 「どうやら驚いたようだな、まあ初めて見れば誰でも驚くか」

 「な……、お、おっちゃん、そ、その、置物?いや鎧?一体……」

 全くもって訳が分からないと言いたそうな表情の杏子に、アルデバランはどうしたものかと頭を掻く。とはいえ此処は魔女の結界、自分も今現在魔女と対峙している最中だ。よそ見していても負ける気は無いものの、杏子とゆまの事もあるため、さっさと片付けた方が良い。
 
 「これは牡牛座の黄金聖衣と言う。そして俺は牡牛座の黄金聖闘士、アルデバランだ」

 「タウラスのクロス…?タウラスのゴールドセイント…?なんだそりゃ?」

 「詳しい説明は後だ。まずはこいつを倒すとするか!!」

 杏子の質問を遮ると、黄金の鎧を纏ったアルデバランは腕を組んで目の前の魔女を見据える。魔女は目の前の敵目がけて、溶解液を次々と飛ばしてくる、が、アルデバランはそれをただ見ているのみで、防ごうとも避けようともしない。

 「…!!おっちゃん!!危な……!!??」

 思わず危ないと叫ぼうとした杏子の口が止まった。
 飛んできた溶解液が、アルデバランに命中する前に一瞬で消し飛んでしまったのである。まるで何か壁にでもぶつかったかのようであったが、アルデバランは腕を組んだまま。杏子には何も分からなかった。

 「さあどうした?お前の力はこの程度か」

 腕を組んだまま、アルデバランは余裕の笑みを浮かべて魔女を眺める。それに激昂したのかは定かではないが、魔女は一際大きな叫び声を上げ、今度は弾幕と言っても良い量の溶解液を発射してきた。
 掠りでもしたら皮膚も溶けるであろう強酸性の体液、それがもはや避ける隙間も無い量でアルデバランに襲いかかってくる。
 もはや絶体絶命と言っても良い状況の中、アルデバランは…

 「成程、これがお前の本気か」

 余裕の笑みを崩さなかった。
 その次の瞬間、溶解液の弾幕が先程と同じく消し飛んだ。
 文字通りアリの這い出る隙間も無いほどの量の溶解液が一瞬で消え去ったのだ。
 これには杏子だけでなく魔女も動きを停止した。
 アルデバランは腕を組んだまま、ゆっくりと体を揺らす。

 「さて、これ以上此処に居る気も無い。お前には悪いが早々に片付けさせて貰おうか」

 その言葉と同時に、杏子の身体が何故か重くなったような感覚が襲ってきた。

 (!?な、何だ!?)

 杏子は思わず膝をつき、息を荒げながらアルデバランを見る。アルデバランは全く動いていない。腕を組んだまま動かない。だが、その雰囲気が変わっていた。
 まるで、鞘から真剣を抜いたかのような、目の前の相手を本気で葬ろうとするかのような殺気、それが今のアルデバランから放たれていた。
 魔女は、それを感じ取ったのか、今までとは比較にならない量の溶解液を発射する。
 魔女は怯えていた。目の前の存在に。
 何が何でも目の前の存在を滅ぼさなければ、自分が滅ぼされることが分かったのだ。

 腕を組み、目を伏せていたアルデバランは、瞬時に目をカッと見開く。

 「せめて痛みすら感じずに逝け!!グレートホーン!!」

 瞬間、黄金の野牛の咆哮と共に、凄まじい衝撃が結界を振動させた。
 衝撃波は結界内部の空間を引き裂き、周囲に群がる使い魔を飲み込み、溶解液を吹き飛ばし、遂には魔女をも飲み込んだ。
 魔女は、悲鳴すらも上げることなく、衝撃波が駆け抜けた瞬間、その姿を消していた。
 肉片一つどころか、血痕すらも残ってはいない。
 ただ、地面に落ちたグリーフシードこそが、今度こそ魔女が消滅したという証だった
 アルデバランは組んでいた腕を解くと、地面に落ちているグリーフシードを拾い上げ、杏子に投げ渡す。

 「そら、受け取れ。それはお前のものだ」

 「うおおっ!?」

 投げられたグリーフシードを杏子は慌ててキャッチする。よくよく見ると最初に手に入れたグリーフシードは砕けていた。油断させるために偽のグリーフシードを使うとは、本当に抜け目のない魔女である。
 そして、魔女の死によって、結界が解かれ、元の世界へと戻り始めた。

 「さて、杏子。お前もさっさと元の服に戻れ。相当浮いているぞその服装は」

 「なっ!?そ、それを言うならおっちゃんのその金ぴか鎧もどうなんだよ!!目立つなんてもんじゃねーぞそれ!!」

 杏子の突っ込みにアルデバランは顔を顰めた。

 「金ぴか鎧と言うな!!これにはちゃんと牡牛座の黄金聖衣という名前があるのだ!!心配しなくても直ぐにどうにかなる」

 アルデバランが良い終わると同時に鎧は再び分解され、牡牛の形のオブジェの姿になる。そして、黄金の光に包まれると、一瞬で目の前から消え去った。

 「え?あ、あれ?あの鎧は?」

 「ああ、あれなら俺の家に送っておいた。流石にあんなものを持ち歩いて動物園を歩くわけにもいくまい。…と、もう元に戻っているな。早くいかないとゆまが待ちくたびれて何処かに行ってしまうぞ?」

 アルデバランに声をかけられた杏子が周囲を見回すと、いつの間にか結界は完全に消え去って自分達は元の動物園に戻っていた。
 
 「さて、さっさと行くぞ杏子?」

 「ってちょっと待てよ!!何だよあの鎧!!何だよあの魔女吹っ飛ばしたの!!ちゃんとあたしに説明しろよ!!」

 「家に帰ったら話してやる。ほら、ゆまが待ちかねてこっちに走ってきてるぞ」

 アルデバランの指差した先を見ると、こちらに向かって走ってくるゆまの姿があった。
 …が、途中で足がつっかえたのか転んでしまった。

 「……あ~!!ったく世話が焼ける!!」

 杏子は取りあえずアルデバランへの尋問は後回しに転んで泣いているゆまの方に走り寄った。
 結局その日は、泣きやんだゆまと一緒に残った動物を見て回り、丸一日消費する事となったのだった。



 あとがき

 どうも、大分間があいてしまいましたが最新話更新と相成りました。
 今回は本来の話から外れてアルデバラン、杏子、ゆまの三人を視点の話となりました。
 やはり杏子とゆまはいいコンビだと思うんですよね。まさに姉妹と言った感じで。
 アルデバランは二人の保護者、と言った感じです。

 ちなみに話に出てきた魔女はシズルです。出てくる場所違うじゃねーか!という声もあるかもしれませんが、ここはおりこ☆マギカとは違う時間軸だからという事で…。



[35815] 第11話 金牛の言葉に迷う赤き少女と、黄金に導かれる白き少女
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆b1f32675 ID:9f458038
Date: 2013/06/09 15:28
あの魔女との戦いの後、ゆまにせがまれて全ての動物を見て回ることとなった。そして飼育されている動物全てを見終わった頃には、太陽は傾き、空も赤くなっていた。
その後動物園から帰宅したアルデバランは、杏子に自分達聖闘士について全てを話した。
 ちなみにゆまは帰宅すると同時に部屋で眠ってしまった。初めての動物園ではしゃぎすぎて疲れてしまったのだろう。

 「……ということだ、大体分かったか?杏子」

 聖闘士に関する説明が終えたアルデバランは、自ら淹れたお茶を一口飲みながら杏子に質問する。杏子は仏頂面、それも相当不機嫌な顔でお茶を不味そうに飲み干した。

 「ああ、よく分かったよ。聖闘士ってのは要するに馬鹿の集団ってことだろ?」

 「おいおい、何でそうなるんだ」

 杏子のあんまりと言えばあんまりな返答にアルデバランは怒りもせずに困った表情で頭を掻いた。
 杏子は悪びれることなく馬鹿にするように鼻を鳴らす。
 
 「あ?だってそうだろうが。他人のために、それも居るかどうかもわかんねぇ神様守んのに命懸けるなんてよ、馬鹿以外の何だってんだよ」

 杏子はまるで吐き捨てるようにアルデバランに言い放つ。
通常ならアルデバランは、自分たち聖闘士を侮辱されようものなら黙っては居ない。必ずその侮辱した相手に相応しい報復を与える。それは彼自身が女神の聖闘士であるということに誇りを持っているが故であり、自身と戦う仲間達にも誇りを抱いているが故である。
 だが、アルデバランは何も言わなかった、否、言うことができなかった。
 それは、目の前の少女、佐倉杏子の生い立ちを、絶望をよく知っているが故にである。
 理想を抱き、正義を抱き、それに裏切られて絶望した彼女の姿を知っているが故に、彼は何も言うことができないのだ。
 杏子はアルデバランを思い切り睨み付ける。

 「んで、その正義の味方の聖闘士様がなんであたしを保護したんだよ?まさかあたしにまで正義の味方になれっていうんじゃねえだろうな?
 冗談じゃねえ!!あたしはもう魔法は自分の為にしか使わないって決めたんだ!!いちいち居もしねえ女神サマの為なんかに使えるか!!」

 「分かっている、俺もお前にそんなことを言うつもりもない。ましてやアテナの聖闘士になれともいう気もない」

 杏子のはっきりとした拒否の言葉にアルデバランもあっさりと頷いた。
 あまりにもはっきりと肯定したことに杏子自身もぽかんとしていた。

 「なんだそんなアホみたいな面をしおって」

 「アホみたいって何だよ!!何の見返りも無くあたしに飯を食わしたり泊めてくれるはずがねえだろうが。だったらあたしを聖闘士とかにすんのが目的かと思ったんだよ」

 杏子の言葉を聞いて、アルデバランは額に手を当てた。

 「あのなあ……、前にも言ったと思うが、俺がお前を家に泊めているのはお前を護るという任務だからだ。別に聖闘士にするためではない。
 それにお前がどうしてもなりたいというのなら稽古してやらなくもないが、お前が嫌なら聖闘士にするつもりなどない」

 「……そうかよ。まあ、それならそれで良いけど…」

 アルデバランの言葉に、杏子は釈然としない表情ではあったものの、納得した様子だった。
 そんな杏子を見て、アルデバランはクックッと笑った。

 「まあ聖闘士にはする気も無いしさせる気も無いが…、俺としてはお前とゆまに望むのは一つだけだな」

 アルデバランは言葉を区切ると、杏子の顔をじっと見る。その真剣な眼差しに杏子も少したじろいだ。
 そんな杏子に構わず、彼は口を開いた。

 「たとえどんな生き方をしようとも、弱い人間を守れる強さと優しさを持って、生きて欲しい。これだけだ」

 「……はあ?なんだそりゃ?」

 アルデバランの言葉に杏子は再びぽかんとした表情を浮かべた。が、直ぐにアルデバランの言葉の意味に気がついたのか嫌そうに顔を顰める。

 「ハッ!おっちゃんあたしの話聞いてたのかよ?あたしはもう他人の為に動かねえって決めてんだ!!なーにが弱い奴の為に強く優しくなれ、だ。それこそ無理な注文だぜ!!」

 杏子は馬鹿にしているかのようにアルデバランに言い放った。その表情は嫌そうに歪められていたが、何処となく悲しげであり、今にも泣き出しそうな雰囲気も纏っていた。
 杏子の言葉を聞いたアルデバランは、どこか優しげな笑みを浮かべる。

 「なるほど、他人の為に力は使わない、か…。
 ならお前に聞くが、どうして他人の為に力を使わないと決めたのだ?」

 「!?そ、それは……」

 アルデバランの質問に杏子はハッとした表情でアルデバランから顔を背ける。
 アルデバランはそんな杏子を見ながら言葉を続ける。

 「俺の勘だが、お前は恐れているのだろう?他人を自分の家族のように不幸な目にあわせてしまう事を。お前は父親の為に、家族の為に奇跡を願った。だが、その結果家族を失ってしまった。だからこそ同じ事を繰り返さないために、悪ぶって他人の為に魔法を使わない様にしているんだろう?」

 「………!!」

 杏子は顔を強張らせてアルデバランを凝視する。アルデバランは、怯む様子も無く杏子の視線を受け止めた。
 杏子はアルデバランを睨み付けていたものの、その口からは何の言葉も発さなかった。
 確かに杏子が他者のために魔法を使わないと決めたのには、他者を家族のようにしたくなかったというのも理由ではある。
 彼女の両親は、妹は、彼女が奇跡に頼ったせいでその命を失った。他人がどうこう言ったとしても、彼女自身はそう思っていた。
 だから彼女は他者のために魔法は絶対使わないと決めた。もう家族のような人間を出さないように、そして、安易に奇跡等と言うものに頼った自分自身への戒めのためにも……。
 そんな杏子の表情を見て、図星だと感じたのかアルデバランは再び口を開いた。

 「どうやら図星のようだな。やはりお前はいつもツンツンと悪ぶっているが、心の中には誰にも負けない優しさを秘めている。それだからこそ、あのゆまにも懐かれるんだろうな」

 「!?う、うるせえ!!あたしは別に、優しさ、なんか…」

 「持ってない、か…。なら何故ゆまを俺の家に一緒に住まわしてくれと土下座までして頼んだのだ?いっそのこと使い魔を育てる餌にでもしたほうが効率的だろうが?」

 「!?そ、そんなこと出来るか!!アイツを、助けたのは…、そ、そう!!キュゥべえの奴と契約して商売敵が増えたら困るだろうが!!」

 アルデバランの言葉に反発しながらも、杏子は何とか頭から搾り出した理由をアルデバランに言い放った。明らかに嘘と分かる理由に、アルデバランも呆れたのかハア…、と溜息を吐いた。

 「!?な、何だよ溜息なんか吐きやがって!!文句あるのかよ!!」

 「ん?いーや別に。ただお前の嘘が恐ろしく下手だからな。どうせつくならもう少しマシな嘘をつけ」

 「なっ!?う、嘘なんかついてねえ!!アタシは本当の事を…」

 「どうせ本音はゆまを危険な魔法少女にしたくないとでも考えたのだろう?まあその考えは正しいぞ?実際魔法少女など、碌なものではない」

 アルデバランはいかにも気に食わないと言いたげな表情で横を向く。杏子は一瞬反発の声を上げようとしたが、アルデバランの表情を見て口を閉じる。
 アルデバランの表情は苦々しく、どこか忌々しそうに歪んでいた。いつも杏子達に見せている豪快で明るい表情は今のアルデバランには見れなかった。
 杏子の視線に気がついたアルデバランは一度溜息を吐くと杏子にすまないと謝って、杏子の方に向きなおる。その表情からは先ほどのように苦々しそうに歪んではいなかったものの、どこか悲しげな雰囲気が漂っていた。

 「おっちゃん、どうしたんだよ一体。大丈夫かよ…」

 「ん、いや、問題はない。心配してくれてありがとうな、杏子」

 アルデバランはすぐに元の表情に戻ると、杏子の頭を優しくなでる。杏子は「ちょっ!あたしはガキかよ!!」と口では反発するものの、アルデバランの手を振り払おうとはしなかった。
 そんな杏子を見て、アルデバランも口元に優しげな笑みを浮かべた。
 
 「フッ、やはりお前は優しい奴だ。どこぞの誰かが食い物を粗末にしない奴に悪人はいない等と言っていたが、どうやら本当らしいな」

 「ちょっ!?べ、別にあたしは優しくなんてねえっつってんだろうが!!食い物を粗末にしねえのも単に勿体無いだけで…」

 「ハッハッハ!別に照れることはないだろうに」

 「照れてねえ!!」

 再び顔を真っ赤にして怒鳴る杏子に、アルデバランは可笑しそうに大笑いした。


 杏子SIDE

 「強さと優しさを持って生きろ、か……」

 杏子は、自分の部屋の窓から夜空を眺めながらアルデバランの言ったセリフを呟いた。
 弱い人間を守る、それは今の今まで杏子が嫌っていた事だった。
 誰かのために何かをする、それが結果として更なる悲劇を呼ぶことになる。それを杏子は家族の死によっていやと言うほど学んでいた。
 だからこそ自分は今日まで他人のために魔法を使おうともせず、生きるために空き巣、万引き、無銭飲食といった事までやり、使い魔が一般人を襲っているのを目撃しても、自身の糧のためにと思って見て見ぬふりをしてきた。
 結果としてそれが原因で自分の師匠であるマミとも喧嘩別れをしてしまうこととなったのだが…。

 「……なら、何であたしゆまを助けちまったのかな…、キュゥべえと契約するのもしないのもあいつの自由だってのに……」

 杏子はそう呟いて満天の星空を眺める。
 最初助けたのは単なる気まぐれだった。魔女を倒してグリーフシードを手に入れる為のついでとして、たまたま助けただけであった。
 だが、その姿を見ているうちに、自分の記憶にある少女の姿と重なってしまった。
 そして、そのせいで自分自身が放っておけなくなってしまったのだ。

 『お姉ちゃん』

 「……もも、あたしは…」

 「キョーコ?どーしたの?」

 杏子がもう戻らないたった一人の妹の記憶を思い出しながら夜空を見上げていると、突然後ろから声が聞こえた。
 杏子は少しばかり驚きながら振り返ると、いつの間に居たのか、ゆまが不思議そうな表情で自分をじっと見ていた。

 「ゆ、ゆま!お前確か寝てたんじゃねえのかよ!!」
 
 「う~、だっておきたらおじちゃんもキョーコもいないんだもん!全然ねむれなくなっちゃったよ~。キョーコ、一緒にねよっ」

 「ちょっ!いつもおっちゃんと寝てるじゃねえか!!おっちゃんと寝ろよ!!」

 「だっておじちゃんきょうはよるおそいって言ってたもん。だから代わりにキョーコと寝てもらえって言ってたよ?」

 「っ~!!あのおっちゃん、また余計な面倒を…!!」

 ゆまの無邪気な言葉に、杏子は頭痛を抑えるように額に手を当てた。
 いつもゆまはアルデバランの部屋で一緒に寝ている。
 まだ幼い上に親のぬくもりも知らないのだから当然といえば当然だろう。
 が、今日は杏子がゆまと一緒に寝ろという。大方あの大男からの差し金だろうと杏子は苦虫を噛み潰した表情を浮かべた。

 (ったく!どうすっか…。ここで拒否ってまた泣かれるようなことになったら面倒だしよ…)
 
 杏子自身はゆまと一緒に寝る気はさらさら無かったが、ここでゆまの言葉を拒否したら、ゆまは動物園の時よろしくまた泣き出すだろう。そうなってまた泣きやませる羽目になるのは杏子自身ゴメンだった。

 「ったく、分かったよしゃーねーな…。今日だけだぞ?」

 「いいの?わーい!ありがとーキョーコ!」

 杏子の言葉にゆまははしゃぎながらベッドに体ごとダイブした。そんな無邪気な子供そのものな姿を見て、杏子はフッと苦笑いを浮かべた。
 
 (ま、たまには悪くないな、こんなのも…)
 
 杏子は何度目かになるその言葉を口にして、ベッドに飛び込んですぐ眠ってしまったゆまの髪の毛を優しく撫でた。
 その安らかな寝顔は、どこか杏子の記憶にある妹のものと似ている気がした。


  織莉子SIDE

 魔法少女になった時、織莉子が得た力は未来を視る力だった。

 契約した瞬間、彼女の脳裏には、今から遠くない未来の見滝原の光景が映し出された。

 荒廃した街並、その空に浮かぶ強大な魔女、そして、それを上回る強大なる「誰にも倒せない存在」。

 あの存在は誕生させてはならない、あの存在が誕生すれば、見滝原だけでなく、世界そのものが消え失せる。

 それが出来るのは自分だけ。この存在が出現する事と、誰がこの存在を産み出すか知っているこの美国織莉子だけなのだ。

 その瞬間、美国織莉子はようやく悟った。

 ついに見つけた、自分の生きる意味を。ようやく分かった、自分が何故この世に生まれ落ちたのかを。

 そう確信した時、目の前が開けるような心地がした。
 
 父の部品、父の一部として見られてきて、生きる意味すらも認識できなかった人生に、今ようやく意味が見出せたのだ。

 織莉子の心には、必ず見滝原を救うという決意と共に、微かながら喜びが湧き上がってきた。

が、その瞬間・・・・、

『さて、その答えは果たして正しいのだろうか?その道は君が求めていたものなのだろうか・・・?』

突如として何者かの声が響いてきた。突然響いた声に織莉子はハッとした表情で辺りを見回す。
此処は自分の部屋。自分以外誰もいるはずがない。
気のせいなのか、織莉子は一瞬そう考えた、が・・・・

『君は未来を変える事を自身の生きる目的と考えたようだが、果たしてそれは本当に君の望んだ道なのか、君を真に幸福へと導く道なのか・・・。
 最も、君自身が何者か分かっていないのなら、それが正しい道と感じても無理は無いだろうが・・・』

 「!?だ、誰っ!?」

 今度ははっきりと、まるで頭の中に直接響いてくるかのように声が聞こえた。
 声の質から言って男性であることは分かる。だが、若者なのか、老人なのか、全く分からない。
 織莉子は、声の主を見つけようと部屋中を見回し始める。しかし、部屋には人影どころか生き物のいる気配すらない。
 先程まで居たインキュベーターも、いつの間にか何処かに消えてしまっている。
 声の主を探し続ける織莉子に構わず、声は変わらず話し続ける。

 『たとえ君が未来を変える目的を達成したとしても、その後君はどうなる?何を支えに生きていく?
 君が見滝原を救ったとしても君が讃えられることも、尊ばれる事も無い。今と同じく、父の汚名を背負い、罵倒を浴び、罵られながら生きていく道しかないだろう。
 当然だ。世間では魔法少女や魔女の存在など信じない。たとえ言っても荒唐無稽なおとぎ話としか思わないだろう。
 未来を救い、見滝原を救い、果たして君はそれで救われるのか?真に心の平安を得ることが出来るのか?』

 「・・・それでも、それが私の生きる意味なら、私はその道を行くしかない・・・。『美国議員の娘』ではなくて、美国織莉子として生きるには、それしかないの!」

 織莉子は頭に響いてくる声に向かって、声を荒げた。
 ようやく見つけた自分の生きる意味を、まるで否定するかのような言葉に、織莉子は心の中に怒りを感じ始めていた。
 しかし、謎の声は彼女の反発に対し、声の調子を変えることなく言葉を続ける。

 『フ、だがたとえその道を行っても、君は真に自分の求める物を得ることはできないだろうな。そもそも、訳の分からない存在の甘言に乗せられて得た意味など、大したことは無いと思うが・・・。
 いや、そもそも自分自身の事すら分からないのならば、乗せられるのも無理は無いだろうな』

 「なっ!?」

 謎の声の嘲るような言葉に織莉子はかっとなった。
 自分自身の事を知らないと言われ、ようやく見つけた自分の生きる意味を大したことが無いと言われて、織莉子は謎の声に対して激しい怒りを覚えたのだ。
 織莉子は何も存在しない虚空をキッと鋭い視線で睨みつける。

 「私がどういう人間なのかは、私自身が良く知っているわ!貴方に、私の苦しみや絶望が分かるって言うの!?ようやく自分自身が生きる意味を見いだせた時に感じた喜びが理解できるの!?何も知らない赤の他人が知ったような口を聞くな!!」

 織莉子の秀麗な表情は怒りと憎しみによって歪んでおり、凄まじい殺気を何もいない虚空に向かって放っていた。
 謎の声は、それにも全く動ぜずに、むしろ幼い子供に言い聞かせるような穏やかな口調で織莉子に語りかける。

 『フ、ならば見てみるかね?君の心の内を。君自身がどういう存在だというのかを。

 君の苦しみと絶望の根源を、見てみるかね?』

 「私の・・・絶望の根源、ですって・・・?」

 織莉子は怒りの表情を収めぬまま、謎の声に向かって問い返した。
 
 『そうだ、それを見れば君は知る事になるだろう。
 何故自分がこのような絶望を味わうことになったのかを。
 何故自分はこんなに苦しむのかを。
 最も無理には勧めないが・・・。かえって君の傷を抉る事にもなりかねないからね』

 謎の声の言葉を、織莉子は沈黙して聞いていた。
 自分自身を侮辱され、否定されたかのような物言いに、最初は彼女も怒りを覚えていたものの、段々と聴いているうちに、謎の声が、まるで自分を教え諭しているかのように感じてきた。
 そして何より、織莉子にはその声が嘘を言っているようには聞こえなかった。
 しばらく目を閉じて考えていた織莉子は、ゆっくりと眼を開くとまるで誰かが居るかのように虚空を見つめる。

 「・・・いいわ、見せてみて。私の心の中と言うものを。私の絶望の根源と言うものを。
 貴方が私の事を良く知っているというのなら、私の選んだ道が間違っているというのなら、その証を見せてもらいましょうか」

 『・・・ふむ、先ほども言ったと思うが下手をすれば君自身の傷を抉る結果にもなりかねないが、それでもいいのか?』

 「別に構わないわ。今更どれほど傷を負ってもどうでもいい・・・」

 織莉子の自嘲気味の言葉に、謎の声はしばらく沈黙していた。が、やがて了承の言葉を発した。

 『いいだろう、ならば見るといい。君自身の心を、君自身の歴史を。

 そして知るといい、君自身の罪を・・・』

 そして次の瞬間、織莉子の目の前が凄まじい光に包まれ、真っ白に染まった。

 「うっ!?な、何!?」

 あまりの眩しさに織莉子は目を閉じて顔を覆う。
 しばらく目を閉じていた織莉子は、恐る恐る眼を少し開くと、どうやら光はおさまっているようだったので顔を庇っていた腕をどけると目を完全に開いた。
 
 「・・・え?こ、ここは・・・・」

 織莉子は目の前の光景に呆然とした。
 なぜなら織莉子の目の前に広がっていたのはアスファルトで舗装された車道と歩道、そしてその両脇に立ちならぶコンクリート製の高い建造物・・・、どこかの市街地の光景であったからだ。
 織莉子は間違いなく先程まで自分の部屋にいた。
 そして自分の屋敷の近くにはこんな市街地など存在しなかったはずだ。
 まさか、先程の光で目がくらんだ一瞬で、こんな場所に飛ばされたのだろうか・・・。
 織莉子が思考の海に沈んでいると、突然耳に声が聞こえてきた。

 『・・・市民の皆様の清き一票を、清き一票をお願いいたします!!』

 「!?・・・こ、この声、まさか・・・!」

 織莉子はハッとした表情で声の聞こえた方向を振り向く。
 そこには大勢の市民に囲まれた選挙カーが停まっており、選挙カーの天井部分では、誰かが立って市民達に向かって演説を行っていた。
 織莉子はその人物を知っていた。なぜならその人物は、かつて自分が心から敬愛し、そして今の織莉子を形作る原因となった人物だからである。

 「・・・お父様、何故・・・」

 その人物の名前は美国久臣。国会議員であり、織莉子の実の父親である。
 織莉子の母が亡くなってからは、織莉子を一身に愛情を注いで育て、常々織莉子にこの国の人々が幸せに暮らしていける世の中にするという自身の理想を語り聞かせていた。
 織莉子もそんな父を尊敬しており、多くの人々から讃辞を集める父の姿に誇りを持っていた。

 (・・・でも、ありえない。だって、だってお父様は・・・)

 だが父は、美国久臣は不正、汚職の疑惑によってマスコミ等に叩かれ、それを苦にして自殺したはず・・・。それが原因で自身の人生は暗転していった。
 その死んだはずの父が目の前にいる。織莉子は困惑を隠せなかった。

 「お、お父様!!」

 織莉子は演説をする父を大きな声で呼ぶ。しかし、父は気がついた様子は無かった。

 「ちょ、ちょっと失礼します…!?」

 本当に自分の父なのか確かめるため、織莉子は選挙カーの周りに集まっている人々を掻き分けて選挙カーに近づこうとした。
 しかし、その瞬間織莉子は驚きの余り言葉を失った。
 体が、群集に接触するはずの体が、逆に群集をすり抜けてしまっているのだ。

 「え!?な、なんなのこれは!?」

 織莉子は戸惑った表情で手で周囲の人々に触れてみる。
 が、どれだけ試しても結果は同じ。手は人々の体、頭に触れる事無く、そのまま反対側に突き抜けてしまう。そして、群集の誰もが織莉子の存在に気がついていない。と、言うより初めからそこに織莉子が居ることを認識できていないようだった。

 「…と、透明人間にでもなったっていうのかしら…」

 『ふむ、それは違うな。織莉子』

 と、いきなり先程の声が頭に響いた。織莉子ははっとした表情で周囲を見渡すものの、声の主と思わしき人物は見当たらなかった。
 そんな織莉子に構わず声は話し続ける。

 『ここは君の幼い頃の記憶、それを映像として見せているに過ぎない。無論、映像だから話すことも触れることも不可能だ』

 「過去の、記憶…!?」

 『そうだ。ほら、あそこに幼い頃の君がいるだろう?』

 声に釣られて織莉子が視線を街宣車の下に向けると、そこにはまだ幼い、銀色の髪をした可愛らしい少女が、お願いしますお願いしますと舌足らずに言いながらビラを配っているのが見えた。
 間違いなく幼いころの自分だった。

 「なぜ…、なぜ…」

 『私には人の心が読める。望む望まざるとに関わらず、な。君の心の苦しみも、悲しみも意図せずに私の脳裏に君の過去の記憶と共に伝わってきた。それを君に見せているに過ぎない』

 声は淡々と織莉子に語りかける。織莉子は声の話を聞きながら呆然と目の前の幼い自分を見る。
 幼い織莉子は背伸びをして周囲の人々にビラを配っている。ビラを受け取った人々は幼い織莉子の頭を撫で、口々に彼女を褒める。

 『さすが美国議員の娘さんだ』『本当にしっかりしている子だ』

 その褒め言葉に、織莉子は眉を顰めた。
 どの言葉にも自分の名前は出てこない。
 そしてどの言葉も『自分』を褒めたものではなく、『美国久臣の娘』を褒めているものだ。
 自分は幼いころから、美国織莉子として見られていなかったのか…。

 『他人が自分を見てくれない。それがそんなに嫌なのかね?美国織莉子』

 「…嫌に決まってるでしょう?そうじゃなかったら私は魔法少女にはなっていないわ」

 『そうか…



 だがそれなら、何故幼い君は笑顔を浮かべているのかな?』

 「ッ!?」

 声の言葉に織莉子は弾かれたように目の前の幼い自分を見る。
 その表情は確かに笑っていた。この上なく嬉しそうに。
 織莉子は幼い自分自身をじっと凝視し続ける。

 「で、でも、これは私がまだ幼くて、まだ何も分かっていなかったから…」

 『なるほど…、それではさらに時を送ろうか…?』

 織莉子は震える声で反論するものの、謎の声は口調を変えず、そう呟いた。
 と、次の瞬間目の前の風景が歪み、また別の風景が出現した。
 そこは自分の通っている学園の風景、そこは自分が今通っている中学だった。
 一体何故ここに、と織莉子が訝しげな表情を浮かべていると、後ろから何やら歓声が聞こえた。織莉子が何事かと背後を振り向くと…。

 「ねえねえ今日も美国さんって素敵ね」

 「本当、とてもお美しいわ」

 「容姿端麗で成績優秀、しかもあの美国議員の御令嬢、ほんっとうに完璧な方ですわー!!」

 「きゃっ、み、美国さんが私をご覧になられたわ!!」

 「何言ってるのよ!私をご覧になられたのよ!!」

 振りむいた織莉子の視界には、女子生徒達が廊下の端に寄ってざわざわと話をしているのが視界に入ってきた。中には教室の扉から顔を出している生徒達も居る。
 彼女達の視線の先に居たのは…、

 「わ、たし…?」
 
 そう、そこにいたのは紛れも無く自分自身、美国織莉子であった。
 まるで鏡で映したかのように目の前に存在する自分自身に織莉子は戸惑った表情を浮かべる。しかし、目の前のもう一人の織莉子は、そんな織莉子とは違って優雅な笑みを浮かべてこちらに向かって歩いてきている。
 織莉子ははっとした表情で横に避ける、が、目の前の織莉子は彼女に気がつかない様子でそのまま素通りしていってしまった。

 「…そういえば、これは私の記憶なのよね」

 織莉子は気がついた様子で溜息を吐いた。
 この光景はあの声の主が見せている織莉子自身の記憶、それを映像として自身に見せている物だ。
 つまりあの織莉子もこの光景も全て幻のようなもの、自分の事など認識出来ないし、触る事など出来ない。
 なら別に避ける必要も無かったか、と織莉子は苦笑しながら考えた。
 しかし、自分はかつてこんなにも他者の憧れを集めていたのか、と、織莉子は我自身のことながら驚いていた。
 確かに自分がかつて学校でそこそこ人気があることは知ってはいたものの、これではまるで何処かのアイドルだ。
 織莉子は自嘲気味にそう思いながら過去の自分の後を追う。
 やがて、過去の自分は校長室のドアを開けて入っていった。
 織莉子はこのまま棒立ちしていても仕方がないと考えて、校長室に入っていく。
 ドアには触れることが出来なかったものの、彼女の体はそのままドアをすり抜けた。
 室内に入ると、部屋の中央にある大理石製のテーブルを挟んで、この学校の校長と織莉子の父である美国久臣がソファーに座って談笑していた。そしてこの記憶の織莉子は、父久臣の座っているソファーの横に立って、にこやかに笑いながら二人を見ていた。

 『いやはやさすがは美国先生のご息女だけありますな。同世代でこれほど聡明な生徒はおりますまい』

 『ありがとうございます、私も、お父様の娘に恥じないように精進を重ねておりますから』

 校長の言葉に記憶の中の織莉子は嬉しそうに微笑んだ。その表情を見て、織莉子は苦々しげに表情を歪めた。
 何故そんなに嬉しそうな顔をするのか、自分を父の部品のように言われているのに、なぜ、そんなに誇らしげな表情なのか…。
 と、校長の向かい側に座っていた久臣が、記憶の中の織莉子に視線を向ける。

 『織莉子、お前は私にとって自慢の娘だ。だがあまり私の為にと気負う必要は無いと思うのだが?成績も何もかもお前の努力の結果で、お前自身のものだ。前々から思っていたが、少しは自分の為に努力を重ねることも…』

 『お父様』

 久臣が心配そうな表情で織莉子をたしなめるが、そんな父の言葉を遮るように、織莉子は笑みを浮かべて父に声をかける。

 『私にとって、お父様の為に働けるのが最高に喜ばしい事なのですよ?お父様の娘である私の評価が上がれば、お父様の評価にも繋がりますわ。それが何か問題でもございますの?』

 『織莉子…、確かにそうなんだが…』

 『はっはっは!!いやいや美国先生、親孝行な御息女で大変結構ではありませんか。私も娘にも爪の垢を煎じて飲ませてやりたいものです』

 『…そ、そうですか…』

 校長の賛辞に織莉子は嬉しそうな表情で恐縮していたが、一方の久臣は若干引き攣った笑みを浮かべながら気付かれない様に溜息を吐いた。
 そして、次の瞬間、周囲の空間は歪み、暗転し、元の屋敷の一室に戻った。
 織莉子は床に膝をつき、呆然とした表情をしていた。どうやら元の場所に戻った事にも気が付いていないようだ。
 
 『どうやら、君は成長した後も、自分の事を見られていなかったようだな。そして、当の君自身は、むしろそれを望んでいるようだったな、この記憶を見る限りでは』

 「わ、私は、私は……!」

 織莉子は自身の記憶を思い起こされ、その中の真実を知って大きく動揺していた。膝は産まれたての仔馬のように震え、瞳からは今にも涙が零れそうになっている。
 そんな織莉子の様子を知ってか知らずか、謎の声は判決を言い渡すかのように言葉を紡ぐ。

 『結局、父の部品である事を望んだのは君自身と言うことだ。
 いや、望んだというのは語弊があるか。君自身は望むと望まざるとに関わらず『美国久臣の娘』としか見られなかったが、君自身はその生き方に甘んじ続けた、それでいいと妥協していた。
 そして君自身が『美国久臣の娘』に甘んじ続けた結果、このような境遇に落とされたと言うだけだ。君が父の部品から脱する事の出来なかった、いや、しようともしなかった結末だ。幸せだった頃はこのままでいいと妥協し、それが仇となって不幸の身の上になった瞬間に、美国久臣の娘ではなく美国織莉子として見られたい、自分自身の生きる意味を知りたいなどとほざくのは・・・、少々虫がよすぎはしないかね・・・?』

 「あ・・・あっ・・・・!」

 声の語る言葉を聞いて、織莉子は地面に崩れ落ちた。目からはボロボロと涙が零れ落ちる。
 彼の言うとおりだった。
自分は幼いころからずっと『美国久臣の娘』と呼ばれ続け、その事に疑問を持つことも、否定することもしなかった。むしろ父の娘であるということが心地よく、誇らしいことだと感じていた。
 美国議員の娘であるとちやほやされ、学校の生徒達からも羨望と尊敬の眼差しを向けられる…。
 いつしか自身が『美国議員の娘』と呼ばれることに快感すらも抱くようになっていった。
 だがそれが、結果的に今に繋がる結果となってしまった。
自分自身の生きる意味を知りたい?美国議員の娘としてではなく美国織莉子として見て欲しい?
今更そんな戯言をどの口で言うのだろうか。今の今まで『美国議員の娘』であることに安住してきた自分が、今更『美国議員の娘』ではなく『美国織莉子』として見て欲しいと考えるなど、余りにも虫がいい話だった。

自分自身の真実を知り、織莉子はあまりの惨めさにただ泣き続けるしかなかった。

『やれやれ、よほどの衝撃だったようだな、君にとってこの真実は。だが、今此処でめそめそした所で何も始まらないと思うがね』

声の言葉を聞いた織莉子はゆっくりと視線を上げる。その表情は、先程の生きる意味を得た希望に満ちた表情とは打って変わり、悲しみと苦しみ、そして絶望の涙に濡れていた。

「…今更、こんな事実を叩きつけられて、今更、どうしろって言うの…?
誰も私自身を見ていないのに、それを望んだのが私自身だというのに…!!
私の生きる意味なんて…結局、何もないのに…!!」

織莉子は悲しみと怨嗟に満ちた声を上げて啜り泣く。何一つ音が響かない室内で、織莉子の嗚咽のみが響き渡っていた。

『ふむ、誰も君自身を見ていないと言ったが…、それは君自身が気が付いていないだけなのではないのかね?君を見てくれる人間が居たとしても、それに君が気付かないのならどうしようもない』

「…え?」

声の言葉に織莉子は思わず顔を上げた。その顔は涙で濡れて目は真っ赤になっていた。
声は構わず言葉を続ける。

『君自身は誰も自分自身を見てくれなかったと苦悩していたが、本当は君を見てくれる人は存在していたのだよ。ただ、君が気付かなかっただけだ。いや、思わず見過ごしたというのが正しいか?
君は君自身を『美国議員の娘』としか見ない人間ばかりに目が向いてしまって気がつかなかっただろう。しかし、君を確かに『美国織莉子』として見た人間は居るのだよ。雑草に紛れて咲く美しい花のように、確かにな』

「そ、そんな、それは…」

織莉子の頭の中は混乱していた。
信じられなかった。自分の事を『美国議員の娘』ではなく『美国織莉子』個人として見てくれた人間が居る事が…。
織莉子が呆然とした表情をしていると、謎の声は可笑しそうにクスリと笑いを零した。

 『フム、例えば君の父君はどうかな?最終的に世に苦悩し命を絶ってしまったがそれまで君に注いできた愛情は自身の部品に対するものだったか?私の見たところでは自身の家族として、娘として愛しているように見えたが?』

 「え…?」

 謎の声の言葉に織莉子はハッとした表情を浮かべた。
 確かに父は、自分を美国織莉子として見てくれた、心からの愛情を注いでくれた。
 最後には自分を置いて自殺してしまったけれども、それでも最後まで自分の事を気にかけてくれた事は覚えている。

 『そして、君の母君もまた、君の事を気にかけていたようだな』

 「え…?お、お母様が…?」

 織莉子は戸惑った表情で虚空を見上げる。
 織莉子の母は織莉子がまだ幼い頃に他界している。母との思い出自体織莉子はほとんど覚えておらず、その面影を偲ばせるのももはや写真しかない。
 だから織莉子は母の事を知らない、故に母が自分の事を気にかけていたと言われても全く実感がわかないのだ。

 『信じられないかね?ならば、君の母の記憶を、今から見せてあげよう。それを見て判断するといい』

 謎の声がそう言うと、再び辺りは光に包まれた。
 織莉子は放たれた光に、再び目を閉じて目が眩まない様にする。
 すると、瞼に覆われて何も見えなくなった織莉子の耳に、誰かの声がかすかに聞こえてきた。
 その声は、段々と大きくなっていき、次第に声が自分の名前を呼んでいるものであることが分かってきた。

 『織莉子…、織莉子…』

 その声は年齢は分からないものの確かに女性のようであった。織莉子は閉じていた瞳をゆっくりと、慎重に開いた。
 瞼を開いた織莉子の目の前の光景は、自身が居た屋敷からまた一変していた。
 そこは壁や天井が真っ白な、そして壁側にベッドが置かれている病室であった。
 ベッドには妙齢の女性が腕の中の赤ん坊をあやしながら微笑んでおり、その横ではスーツを着た男性が、女性と赤ん坊を優しげな眼差しで見つめていた。
 織莉子はその男性の顔を見て驚いた。なぜならその男性は、彼女が誰よりもよく知っている人物であったのだから…。

 「お父様…?それも随分とお若い…」

 そう、その男性は織莉子の記憶よりも若い容姿をしていたものの、確かに織莉子の父、久臣であった。
 
 「で、では、この人とこの赤ちゃんは……」

 私の母と、過去の私自身……?
 織莉子は呆然とした表情で、目の前の家族を、過去の自分自身と自分の両親を眺めていた。
 父と自身の若い頃どころか、記憶も曖昧な母の姿を見た織莉子は驚きのあまり声が出なかった。
 何故あの声の主が自分にこのような光景を見せるのか分からないが、織莉子はそんなことよりも、初めて目にした母の姿に、喜ぶべきなのか悲しむべきなのか分からず気持ちが混乱していた。

 『ふふ、安心して寝ていますね。本当に可愛らしいわ』

 赤ん坊の織莉子に頬擦りしながら、織莉子の母は嬉しそうに目を細めた。その表情は出産の疲労の為か少し疲れているように見えたが、我が子を産めた事が嬉しいのか、とても幸せそうだった。

 『ああ、将来は君に似て美人になるだろうな』

 ベッドの隣に立っていた久臣も赤ん坊の織莉子の頬を指で突きながら嬉しそうに笑う。そんな久臣に織莉子の母は思わず噴き出した。

 『あらあら、もう親馬鹿ですの?あなた』

 『親馬鹿じゃないよ、事実を言っただけだ。でも、感慨深くなるな。僕もこれで父親、か……』

 感慨深そうに呟きながら、久臣は妻から赤ん坊の織莉子を受け取り、両手で抱きよせる。
 赤ん坊の織莉子はどこかむず痒そうに動くものの、目を覚ます様子は無かった。それを見て久臣はますます笑みを深める。

 『よしよし織莉子、お父さんは頑張るからな。織莉子達が安心して暮らせるような街を、社会を、必ず創って見せるからな』

 久臣の表情は、どこまでも嬉しそうで、幸せそうであった。織莉子はその表情を覚えていた。
 まだ織莉子が幼い頃、父がまだそこまで議員としてキャリアを積んでいなかったあの頃、父はよく自分に自身の夢を語ってくれていた。そんな時には先程のような幸せそうな表情をしていた。
 やがて、父が議員としてキャリアを積み、世間に名が知れるようになっていくにつれ、その表情は見れなくなっていった。思えば、織莉子はその頃になると、あまり父とゆっくり話をした事が無かった。
 もっと父と色々と話していれば、父も自殺することなど無かったのだろうか…。織莉子は今更ながらそんな事を考えていた。

 『ん?おお!?お、お~よしよし織莉子織莉子、泣かないでくれ泣かないでくれ。ああ~!!こ、こら、蹴らないで、蹴らないでくれ頼むから!!』

 と、織莉子が考え事をしていると、突然泣き声と父の焦った声が病室に響き渡った。
 父の方を向くと、父の腕の中で赤ん坊の織莉子が泣きながら父の腕やら胸やらを蹴っ飛ばしており、久臣も焦った様子で織莉子を宥めていた。
 自分も子供の頃はあんな事があったのか、と織莉子は映像ながら感慨深く眺めていたが、それを笑いながら見ていた母が、見かねたのか赤ん坊の織莉子に向かって手を伸ばす。

 『あなた、織莉子を渡して下さい。私が宥めますから』

 『ん?あ、ああすまない…』

 久臣はすまなさそうな表情で幼い織莉子を妻に渡す。織莉子の母は渡された織莉子を優しく受け取ると、ゆっくりと、そして優しく織莉子を揺らし、宥める。

 『よしよし織莉子、良い子ね。怖くないわよ、怖くないから泣きやんで、ね』

 そして、母の言葉と優しさが伝わったのか、織莉子は段々と泣きやんでいき、やがてすやすやと眠り始めた。
 そんな織莉子を見て、久臣は苦笑いしながら頭を掻いた。

 『やれやれ参ったな、泣いているのを直ぐに泣きやませるなんて、母の力は偉大だよ』

 『あら、子供を育てるのは母親の役目ですもの。これくらい当然ですわ』

 違いない、と笑う久臣に笑みを向けると、再び母は、腕の中の織莉子に視線を向ける。

 『織莉子、私の宝物。ありがとう、産まれてきてくれてありがとう。

 貴女を産めて、お母さんは、とても幸せよ』

 その声が響いた瞬間、目の前の風景が消え去り、再び元の部屋に戻った。
 織莉子は、先程聞いた母の言葉に呆然となっていた。
 
 『産まれてきてくれてありがとう』『貴女を産めてとても幸せ』

 その言葉が、織莉子の心に、脳裏に残っていた。
 そして自分を抱き上げて嬉しそうに微笑む父の顔も…。
 
 その時織莉子の瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。
 だが、織莉子は全く気がついた様子は無く、涙を拭おうともしなかった。
 そして、再び部屋の中に声が響く。

 『分かっただろう?君は父と母から何よりも愛されていた。君の両親は、君の事を愛し、慈しんでいた。残念ながら君の母君は君が幼い頃に亡くなってしまわれたようだが、彼女の君への愛と想いは、君の心にしっかりと残されている』

 「お母様の、愛…?」

 『そうだ、そして父君からの愛もな。だからこそ今ここに君が、美国織莉子が存在するのだ。両親の愛が無ければ君はこの世に存在してはいまい。間違いなく、君は父君と母君から愛されていたよ。無論、部品としてではなく、な』

 声を聞いた織莉子は、ハッとした表情で虚空を見つめる。
 自分は愛されていた、父と母から多大な愛を受けていた。
 両親の愛があるから今の自分がある、両親の愛があるから自分は生きている。
 そんなこと、今まで全く気が付かなかった。気付こうともしなかった。
 心の中に高まる何かを感じて、織莉子はただ涙を流すしかなかった。
 
 『織莉子、君には誰よりも愛を注いでくれる両親は今はもういない。だが、君の身体の中には、君の父君と母君から受け継いだ血が流れている。そして、君の父君と母君は、間違いなく君の心の中に息づいているよ』

 「私の心に、お父様と、お母様が…」

 『そうでなければ、君の記憶の中に、父君と母君は出てこないよ』

 姿を見せない声の言葉を聞いて、織莉子は自分の心臓に両手を当てると、ゆっくりと目を閉じる。
 この身体に流れる血も、この身体も、自分の父と母から受け継いだもの。そして、自分の心の中に、父と母は生きている…。
 織莉子は、涙を拭うと、顔を上げる。その表情には、もう絶望は無かった。
 それを感じたのか、姿を見せない声は、再び口を開いた。

 『織莉子、君はこれからの人生で、かけがえのない友を得る事になるだろう。それは君とって、何よりの財産になるはずだ』

 「友……」

 『ああ、君が歩んでいけばいずれ会う事が出来るだろう。しかし、それも直ぐかもしれないし今少し遠い未来かもしれない。私個人としては、ここまで君の記憶を覗き見て君を放り出すのは気が引けるのでね』

 声の主の言葉が途切れると、次の瞬間、まるで太陽のように明るい黄金の光が部屋中に満ち溢れる。
 今度は織莉子は目を閉じなかった。いや、閉じる必要が無かった。
 その光は織莉子の目を眩ませることなく部屋中に満ち、その後一か所に収束される。
 やがて、黄金の光が消えた時、織莉子の目の前には、黄金の鎧を纏った一人の人物が立っていた。
 黄金の鎧を纏った人物は、織莉子に顔を向けて、口を開いた。

 「私でよければ、君が道を見つける手助けをしてあげよう。さあ、どうする?“織莉子”」

 黄金の男性は、神々しい黄金の輝きを放ちながら、織莉子に語りかける。その声は、間違いなく先程まで聞こえていた姿なき存在の声であった。
 織莉子は呆然と目の前の男性を見ていたが、やがて、決意に満ちた表情で、その男性を見る。

 「私は、今まで自分というものを知らず、生きてきました。ですから自分の生きる意味も、これからどう生きていくかも分かりません。
 ですから、どうか貴方の手で私を、導いてはくれないでしょうか?」

 「私は君とは初対面なのだが、いいのかねそう簡単に肯定して?」

 「貴方は私を美国織莉子個人として見てくれています。それで充分です」

 織莉子は憑き物が落ちたかのような笑顔で、黄金の男性に答える。その笑顔は、先程の映像の『美国久臣の部品』としての笑顔ではなく、『美国織莉子』個人の笑顔であった。
 その答えを聞いた黄金の男性は、フッと口元に笑みを浮かべた。

 「フッ、ならばどこまで出来るか分からないが、君の行く道を共に探すとしようか、美国織莉子」

 「はい、よろしくお願いしますわ」

 織莉子は輝くような笑みで、彼の言葉に答える。

 これが、美国織莉子ととある黄金聖闘士との邂逅。

 彼女の、そして彼女がであるもう一人の魔法少女の運命が変わった瞬間であった。


 あとがき

 今回は動物園から帰ってきた金牛一家と、織莉子と黄金聖闘士との邂逅の話です。
というか織莉子の話しの方が長いような気が…。
今回織莉子の話で出てきた黄金聖闘士ですが…、もう分かりますね、「あの人」です。現在絶賛外伝で活躍中の。
出ないと言っていましたが出てきます。ほかの黄金に知らせずに、ですが…。
織莉子の過去話ですが、彼女の父親が不正で自殺した事と、彼女がそのとばっちりを喰らった事ぐらいしか知らないため、母親のエピソードは完全に自分の創作で書きました。本当の設定ではどうだか分かりませんが…。
キリカとの出会いは次で書きたいと思います、が…、最近仕事が多忙になりまして週一で更新できるかどうか…。
とりあえず出来あがるように努力いたしますのでどうかお待ちくだされば私としても幸いです。
そして、ご意見、ご感想共にお待ちしております!



[35815] 第12話 黒い少女、神に近き者と邂逅する
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆b1f32675 ID:9f458038
Date: 2013/04/18 18:28
 呉キリカはいつも一人ぼっちであった。

 何処までも引っ込み思案で、内向的な性格のせいで、誰とも付き合えず、何とも向き合う事が出来ない。

 やがて彼女自身も学校にも行きたくなくなり、次第に学校をサボりがちになっていった。

 キリカ自身はこれは自分の周囲が中身も無く、面白味も無いせいだと考えていた。

 クラスメートの会話も、勉強も、遊びも、何もかもがつまらない。だから自分は自分の中に引きこもるしかなくなったのだ。

 そう思いこみ続けていた。本当は別の理由があるにもかかわらず、全く関係のない事で自分を誤魔化し続けていた。

 キリカはそんな自分の性格が嫌いだった。何処までも疎ましかった。
 
 だけど結局何も変わる事が無く、変える事無く現在まで来てしまった。

 それでもキリカは達観していた。悔しいとも悲しいとも感じることは無かった。ただ、自分は一生この性格のまま、つまらない日常を生き、代わり映えの無い世界の中で死んでいくのだと割り切っていた。だからこそキリカはこの性格を変えようとも、変わろうとも考えることは無かった。

 その日、彼女と出会うまでは…。
 
ある日、キリカはコンビニでお金を払おうとした時、うっかり財布を落としてしまった。
 店員は口では心配するような言葉を出してくるが、その表情はどこか面倒臭そうであり、キリカを心配しているようには見えない。後ろで並んでる客は、各々舌打ちをしたりいらついた口調で「さっさと拾えよ」等と怒鳴ったり、あるいはドジをしたキリカを嘲ったりとこちらを助けようとする様子は微塵も感じられない。
 キリカはそんな連中に対して文句一つ言わず、地面に落ちた小銭を拾い始める。
 元からそんな事が言える性格ではないし、たとえ言ったとしても何かが変わるわけではないし、無駄な労力にしかならない。
 キリカは周りの暴言や嘲笑を無視して地面に落ちた小銭を拾い続けようとした。と、

 「大丈夫?」

 見ず知らずの少女が、キリカの側に膝をついて一緒に小銭を集め始める。キリカは驚いて少女に顔を向ける。
 その少女は、同じ女性であるキリカの視点から見ても、思わず息を飲んでしまうほど美しい少女であり、いかにも深窓の令嬢といったような上品な、それでいて優しげな雰囲気を纏っていた。
 いきなり自分の落とした小銭を膝をついて拾い出したその少女を、キリカは手を止めて呆然と見ているしかなかった。

 「はい、これで全部かしら?」

 「あ…………」

 と、いつの間にかキリカの目の前に少女の掌が差し出されていた。その手の上には自分が落とした残りの小銭が乗せられていた。

 「え、あ、あの……あり、が、とう…」

 「ふふ、どういたしまして」

 キリカは目の前の少女から小銭を受け取ると、今にも消え入りそうな声でぼそぼそとお礼を言う。そんなキリカに少女はにこやかな笑みを返す。まるで輝いているかのような笑顔に再びキリカはドキリとした。

 「それでは私はこれで……」

 「え、あ………」

 キリカのお礼に返事を返すと、少女はそのままコンビニから出ていってしまった。キリカは衝動的に彼女に声をかけようとした、が、元々の性格から結局そのまま見送る事となってしまった。
 それからというものの、キリカは常にあの少女の事を考えていた。
 こんな性格の自分に唯一優しくしてくれた人…。彼女の去り際の笑顔が未だに心の中に焼き付いていた。
 キリカは結局名前も聞く事が出来なかった彼女の姿を探して、しばしば街中を出歩くようになった。名前は聞く事が出来なかったものの、あの時の彼女の顔も、その笑顔もよく覚えている。
 何日間探し続けただろうか、ようやく目的の少女の姿を見つけることが出来た。
 だけど、結局話しかけることはおろか、彼女に近づくことすら出来なかった。

 キリカは恐ろしかったのだ。彼女が自分の事を覚えていないかもしれないことが、彼女に話しかけて、嫌われてしまうかもしれないことが。今まで世間を下らない、つまらないと見下していたのは、自分の性格から目を逸らしたいがためであったのだということを。
 彼女の性格が災いして、キリカは少女を遠目で見ていることしか出来なかった。

 キリカはその時に初めて、自身の性格が疎ましい、自分自身を変えたいと強く思った。
 こんな性格でなければ、彼女と話が出来たかもしれないのに。
 こんな性格でなければ、もしかしたら彼女と、友達になれたかもしれないのに……。

 キリカの心の中には、強い後悔と渇望が渦巻いていた。
 
 変わりたい…、自分を変えたい…、今の自分とは違う自分になりたい…。

 そんな思いを抱いてた時だった。キリカはキュゥべえとかいう白い動物のような生物と出会った。
 その動物いわく、自分と契約して魔法少女になれば、どのような願いでも叶えてくれるとのことであり、願いの代償として、契約した少女は魔女と戦い続ける魔法少女となる運命を課せられる、と告げられた。
 キリカは最初は半信半疑であったが、別の自分になりたい、変わりたいという思いが勝り、キュゥべえの誘いを受け入れ、魔法少女として契約を果たした。
 そしてキリカは変わった。自身の望み通り。
 今までの根暗で引っ込み思案だった性格が嘘のように、明朗で快活な性格へと変化した。
 キリカは歓喜した。これで自分は彼女に近寄れる。彼女と話をする事が出来る…!!
 彼女はさっそくあの少女に会うために再び街へ繰り出した。が、結局彼女の姿を見つける事は出来なかった。
 その代わり、彼女と同じ中学の人間から、彼女の名前と彼女の身の上が明らかになった。
 
 美国織莉子。政治家美国久臣の一人娘にして名門女学院の生徒会長も務める才女。一般庶民の自分にとっては、まさに高嶺の花どころか雲の上の存在…。
 だが、それでもキリカは怯まなかった。
 これが以前の性格の自分なら、臆してそのまま諦めていただろうが、奇跡によって新しい自分へと生まれ変わった今の自分は違う…!!
 その後も彼女の姿を探し続けたものの、美国織莉子はあの偶然出会った時以降、キリカの前に姿を現さなかった。時折似たような人影を見かけるものの、どれもこれも他人の空似だった。
 彼女の通っている学園前に張り込んでも、織莉子らしき人影は出てこない。
 だが、キリカは諦める事は無かった。
 抜け目なく彼女の家の住所も調べておいたキリカは、彼女の家を直接訪ねようと決心した。
 
 そして決心した日の翌日……。
 
 地図を見ながら探し歩く事十数分…。ようやく地図が示す目的地に到着したキリカは、その場で呆然と立ち往生する羽目になった。

 「なにこの豪邸…」

 キリカは目の前の豪邸を前に愕然としていた。
 いや、確かに有力議員の娘なのだから豪邸に住んでいる事くらいは分かっていた、予想はしていた。だからどれほどの家でも驚かない自信がキリカにはあった、あったんだが……。
 正直予想と現実とでは天地の差がある事を嫌というほど思い知らされた。
 まるで中世の城にあるかのような立派で巨大な門、庭の広さは軽く野球場が一つ入ってしまいそうなほど広い。そして、その中にある屋敷は大きさだけならキリカの通っている見滝原中学以上だ。
 ここが彼女の、美国織莉子の住んでいる家……。

 「……アポ、取っておくべきだったかな……」

 キリカは今更になってせめて電話の一つくらいしておくべきだったかもしれないと後悔していた。確率的に断られる可能性が高そうだが、それでも何も連絡せずに来るよりかはマシだったかもしれない。
 どうもこの性格になってからというものの、思い立ったら吉日と言わんばかりに考えなしに行動してしまう事が多くなった気がする。特に彼女、織莉子に関わる事となるとそれが顕著だ。

 「ん、まあ、何とかなるか、な?」

 が、直ぐに楽観的な思考に切り替えたキリカは、すぐさま呼び出しチャイムのボタンを探して門のあちこちを見る。
 幸いボタンはすぐ見つかり、後はそれを押して織莉子に会うだけとなった。

 「…織莉子…」

 キリカは口の中で焦がれる彼女の名前を呼ぶ。一度決心したとしても、性格を変えたとしてもやはりいざとなると緊張する。と、言うより、家についたらどうするかという事など考えていなかった。
 ただ彼女にもう一度会いたい、会ってちゃんと話をしたいという衝動で此処まで来たのだ。思えば、魔法少女に契約したのもそんな衝動で契約したのかもしれない。
 自分自身随分と直情的で考えなしになったものだと苦笑いするが、それでも後悔はしていない。
 魔法少女になって、自分を変えたことで、自分は彼女に此処まで近づける、話をしようという勇気がもてるようになった。ついでに今まで苦手だった人との付き合いも出来るようになった。
 今なら、今ならば織莉子に会える、話も出来る、もしかしたら、友達になれるかもしれない…!!キリカは高まる鼓動を抑えつけて、チャイムのボタンに指を伸ばそうとした。
 
 『なるほど、どうやら君の彼女への愛は相当なもののようだな』

 「っ!?」

 と、誰もいないはずの門の前で、何者かの声が響いた。それも耳に聞こえてくるのではなく、まるで脳に直接送り込まれてくるような…。

 「だ、誰だっ!!」

 魔法少女となる前ならば怯えて逃げ出していただろうが、魔法少女として契約し、己の性格を変えた今の彼女は警戒こそすれども、怯える事は無い。
 キリカは周囲を見渡すが、周りには人影一つ存在しない。
 だが、キリカは感じていた。何かがいることを。魔女や使い魔、自分と同じ魔法少女でもない何者かが存在することを。

 『ほう、私の存在に気がついたか。中々勘がいいようだな君は』

 と、再びキリカの脳内にあの声が響く。
 キリカは今度は驚く事無く手の中にソウルジェムを出現させ、周囲を見回す。
 冷静に、それでいて何者も見逃さないように、周囲の建物、物陰等に目をやる。

 『そう警戒しなくても私は君を害する気持ちは無い。ただ、随分と面白い客人だったのでね。この家の主に会わせる前に私が君自身を見極めようと思っただけだ』

 「私は、見世物じゃない!!お前は誰だ!!何処に居る!さっさと出て来い!!」

 まるで駄々をこねる子供に語りかけるような口調が癇に障ったのか、怒ったキリカの怒号が辺りに響くが、脳に響く声は全くキリカを恐れている様子が無い。

 『ふむ、確かに姿も見せぬのは礼に反する。ならば、私も姿を見せるとしようか』

 と、次の瞬間、キリカの目の前で黄金の輝きが放たれた。

 「なっ!?」

 突然放たれた輝きに、キリカは思わずたじろぐ。目が潰されるほどではないものの、空に輝く太陽にも劣らない輝きに、思わずキリカは目を閉じた。

 「フッ、目を閉じなくても大丈夫だ。この光では目は潰れない。それに、目が見えないと私が姿をあらわした時に碌な挨拶も出来ないだろう?」

 「………!?」

 突然聞こえた声にキリカは驚いて目を開く。今度の声は脳に直接響くようなものではない。はっきりと耳に聞こえる『音』だ。
 思わず目を開いて光を直視したものの、声の言うとおりキリカの目が眩む事は無かった。むしろ光は、キリカを優しく包み込んでくるかのようであった。
 ふと、キリカの周囲に広がっていた黄金の光が、段々と真ん中に収束を始める。そして、キリカの目の前の光の塊は、徐々に形を人の形へと変化させる。
 そして、目の前の黄金の光が消えた瞬間、キリカの目の前には黄金に輝く鎧を纏った男が立っていた。
 黄金の鎧に包まれた男は、黄金色に輝く髪を肩のあたりまで伸ばしており、その容貌も端正に整っている。しかし、何故かその両目は閉じられており、キリカの方に顔を向けてはいるものの、キリカを見ているのかどうかは分からない。

 「………」

 キリカは突然目の前に現れた黄金の鎧の人物を見て呆然としている。そんなキリカに彼は面白そうに笑みを浮かべた。

 「自己紹介をさせてもらおうか。私の名前はアスミタ、黄金聖闘士、乙女座のアスミタ。現在この家で居候をしている身だ。よろしく頼む、呉キリカ」

 「……!!なぜ、私の名前を!!」

 呆然としていたキリカは、見ず知らずの他人に自分の名前を言い当てられ、再び警戒心を露わにする。一方のアスミタはそんなキリカに対しても悠然とした態度を崩さなかった。

 「私は産まれついて目が見えない、が、それゆえに他者の心の内が見えてしまう。私の望むと望まざるとに関わらずね。君に出会った瞬間に君の心が私には見えた。君がどれほど彼女を、織莉子を思っているか、とかね」

 「………!!」

 アスミタの言葉にキリカは思わず後ろに下がる。そして、アスミタを苦々しげに睨みつけた。心を勝手に読まれる、と言うことでいい気分がしなかったのだ。心を読まれると言うことは、自分の名前だけでなく、自分の知られたくない過去や感情までも読まれている可能性があるのだ。
 
 「そう警戒することも無いだろうに。私は君を害する気はないと言っているだろう?もしも君が望むのなら、いや、実際望んでいるようだから織莉子に会わせてあげようと考えているのだが?」

 「信用できるか!人の心を勝手に読む不審者の言うことなんて、誰が信用するか!!」

 キリカはきつい目つきでアスミタを思いっきり睨みつける。アスミタは険悪な雰囲気の彼女に、やれやれと肩を竦めた。
 
 「誤解のないように言っておくが、私は好き好んで他人の心を読んでいるわけではない。ただ、他者に出会った瞬間、伝わってしまうのだよ、その人間の心に抱く苦しみが。私の望むと望まざるとに関わらず、な」
 
 アスミタは何も写さない閉じられた両眼をキリカに向ける。その表情にはほんの僅かだが、何かを憂えているかのように見えた。
 
 「故にキリカ、君の心の苦しみも、悲しみも、そして君が抱いた願望も。君が織莉子に会いたいという気持ちも分かる。私としても是非会わせてやりたいところだ。だが、一つ聞きたいのだが…」

 アスミタは閉じられた双眸でキリカの表情をじっと見つめる。その表情は何処までも真剣であった。
 
 「君は何故偽りの心を抱いて彼女に会おうとするのだ?」

 「なっ!?」

 突然アスミタに言われた言葉にキリカは血相を変える。右手のソウルジェムを握り潰さんばかりに握り締め、キリカは目の前の黄金の盲人に殺意の篭った視線をぶつける。

 「私の、織莉子への想いが、愛が、偽りだって…?」

 「君の彼女への思いは真実だろう、愛も然りだ。だが、今の君の感情は、心は真実なのか?訳の分からない化生の物から与えられた感情で真実の心を塗り潰し、偽りの感情を持って彼女との友情を得ようとする、それはまるで、彼女を、織莉子を騙しているようではないかね?君は、そんな友情を得て、満足なのかね?」

 「……るさい」

 キリカの口から、小さな、まるで蚊の鳴くような呟きが洩れる。その瞬間、キリカの握り締めていたソウルジェムから光が放たれ、彼女の体を覆いつくす。そして、光が晴れた時、アスミタの前には黒い衣装に身を包み、眼帯をつけた呉キリカの姿があった。
 その表情は憤怒と殺意で歪んでおり、殺気の篭った視線は、まるで刃物のように鋭かった。

 「うるさいうるさいうるさいうるさい!!!!お前に何が分かる!!人の心に勝手に土足で入り込んで、私の願いを否定して!!私の!愛を!!願いを!!」

 瞬間、キリカの服の両袖から、鋭い鉤爪が三本出現する。キリカはそれを構えると、

 「馬鹿に!!するなああああああああ!!!!」

 アスミタ目掛けて襲い掛かった。一気に距離を詰めると、両腕の爪を同時に振るう。

 「やれやれ、荒っぽいことだ」

 が、その爪が命中する瞬間、アスミタの姿が掻き消えた。突然標的の姿が消えた事に驚愕したキリカは、前につんのめるように急停止する。

 「なっ!?消えた!?」

 「ここだ。後ろを向きたまえ」

 突如背後から聞こえたアスミタの声に、キリカは弾かれるように背後を振り向く。振り向いた先には、何時の間に居たのか、アスミタが何でもなさそうにキリカに顔を向けて立っていた。

 「話を続けようか。君は自分の性格が嫌だからあのキュゥべえとやらに頼って自分自身を変えたらしいが、そのような訳の分からない存在によって変えられた心を、本当に自分自身の物だと胸を張って言えるかね?そして、そのような仮面をかぶって何も知らぬ織莉子と友人となり、後ろめたさを感じないのかね?」

 「!!だ、だまれえええええ!!知ったような口を聞くなああああああ!!!」

 なおも語りかけてくるアスミタに激昂したキリカの咆哮と共に、突然周囲の雰囲気が変わる。
 アスミタは周囲を一度周囲を見回すと、再びキリカに向き直る。

 「速度の低速化か…。やれやれ、そうまでして私を殺したいか」

 「ひと思いには殺さない…!!じわじわとその肉を削ぎ落してやる!!」

 願いによって全くの正反対となった性格も相まって、怒り狂うキリカは、速度低速化で動きが鈍くなっているであろうアスミタをその爪で引き裂こうと再び襲いかかる。
 この速度低速化の魔法は、自分を除く一定範囲内の空間に存在するものの動く速度、時間を遅くすると言うものである。この魔法が発動している空間内部では、実質上キリカはあらゆる存在を上回る速さで行動することが出来ると言うアドバンテージを得る。
 この魔法が発動されたのなら、並みの魔法少女や魔女ではそのまま嬲り殺し、たとえ経験を積んだ魔法少女であっても相当な苦戦を免れないだろう。
 
 ……そう、それがあくまで『魔法少女』であればだが……。

 「なっ!?ま、また消えた!?」

 「案外大したことが無いな、君の速度低速化も」

 動く速度が低速化し、動きが鈍くなったアスミタを斬り裂こうとしたキリカの爪は、再び空を斬る。そして、キリカの目の前から姿を消したアスミタは、彼女の背後に再び姿を現す。
 自らの速度低速化の影響を全く受けていない様子の黄金の男に、キリカは驚愕のあまり目をまん丸にして呆然となってしまう。

 「…なっ!?なぜ、なぜこんなにはやく動ける!?私の魔法は既に発動しているのに!?」

 「この程度の速度低速化など、私には通じんよ。私の動きを止めたければ、かの世界にて我等が邂逅した我等の朋友たる永遠の刹那を連れてくるがいい。彼の力には私でも、いや、たとえアテナやハーデスですらも逆らう事ができないだろうが、君の魔法程度では雑兵一人鈍くさせることも出来はしない」

 キリカの驚愕に、アスミタは鼻で笑って答える。
 その表情は何処までも余裕そうであり速度低速化の影響などまるで感じさせていない。
 キリカはそんな彼を睨みつつ、両手の鉤爪を構える。
 アスミタは彼女の攻撃的な雰囲気に気がついたのか、やれやれと肩をすくめる。

 「やれやれ、私は君と戦う気は無いと言っているだろう?私は君と話をしたいだけだ。大人しくその殺気を収めてはくれないかね?」

 「断固断る!訳の分からない不審人物を信用できるはずが無い!!それに、その上から目線…」

 キリカは両手の爪を振りかぶり、男に向かって襲いかかる。

 「気に!!いら!!ない!!」

 キリカは叫びながら両腕の爪を三回連続に振るう。
 キリカ以外の全ての存在の動き、時間そのものが低速化しているこの世界では、たとえ歴戦の魔法少女であったとしても彼女の連撃を避けきることは難しかったであろう。
 だがしかし、今回の相手は魔女でも魔法少女でもなく、それらよりも遥かに別次元の存在であった。

 「やれやれ、私はこれでも後輩よりかは謙虚な性格のつもりなのだがね…。これは少し荒っぽくせねばならないか。私としても不本意なのだが…」

 「!?」

 キリカが瞬きをした一瞬、自分のすぐ傍から声が響いた。驚愕と共に振り向くと、そこには自分が引き裂こうとしていた黄金の鎧を纏った男が悠然と立っていた。

 「なっ……」

 「では、少し見せてあげようか、君の心というものを」

 驚くキリカに構わず、アスミタはキリカの目の前に掌をつきだす。
 その瞬間、キリカの目の前の空間が大きく捻じ曲がり始めた。

 「なっ!?何だこれは!?」

 突如変化していく空間に、キリカは驚愕しながら後ろにバックジャンプして後退する。しかし、それでも空間の歪みは止まらず、やがて周囲の風景は、今までキリカ達がいた美国邸前から何も無い真っ黒な空間へと染め上げられた。

 「な…、何が起こった…?こ、此処は一体…」

 キリカはただ黒く染め上げられた地面を、空を見回し、混乱した表情を浮かべる。目の前にはこの空間を作り上げたであろうアスミタが閉じた両目を此方に向けて立っていた。
 キリカはアスミタから目を離さず、落ち着いて今の状況を分析する。
 この空間はテレポートで飛ばされた、というよりもまるで空間そのものが別のものへと変化したような感じであった。そう、それはまるで、魔女の結界のような……。

 「!?ま、まさかお前は、魔女!?」

 「違う。私はれっきとした人間だよ。君達と何ら変わらん善良な一般市民…、と言えるかどうかは分からんが…」
 
 キリカの言葉にアスミタはあっさりと返答を返す。その表情には薄い笑みが浮かんでいるが、表情を見ても何を考えているのか全く読むことが出来ない。
 魔女ではない、と返答をしてきたものの、それでもキリカは警戒を緩めなかった。たとえ魔女でなかったとしても、この男がこの空間を作り出したのは事実なのだ。何をしてくるかは分からないが、それでも警戒するにこしたことは無い。
 いっそう警戒を強めるキリカに、アスミタはやれやれと肩をすくめる。

 「安心したまえ、私は何もしない。何度も言うようだが君を傷つける気も無ければ、ましてや殺すつもりも無い。ただ君の心を、君の真の姿を見せてあげようとしているだけだ」

 「私の真の姿だと…!?」
 
 キリカの怒気の籠った言葉にアスミタは黙って頷く。

 「この空間は君の心の具現、君の心を形と成して、映像にして投影する空間だ。この中で私が見た真実の君を見る事が出来るのだよ」

 「お前が見た、真実の私、だと…!?」

 「そうだ、そら、そこに真実の君が居るだろう」

 アスミタが指差した方向に、キリカは反射的に振り向いた。
 
 振り向いて、しまった。

 その瞬間、目の前にいたモノに、キリカは驚愕の表情を浮かべた。驚きのあまり、すぐ傍にいるであろうアスミタの事を忘れてしまうほどに。

 目の前にいたのは、自分自身。紛れもなく呉キリカその人であった。
 背格好、服装、全てが彼女そのものであり、まるで自分自身を鏡で見ているかのようであった。
 だが、よく見ると一つだけ違うところがあった。
 
 それは…

 「な、何だ?あの、仮面、は……」

 そう、もう一人の自分は、よく見れば仮面をかぶっているのだ。
 それもただの仮面ではない。呉キリカの顔そっくりに作られた、まるで彼女の顔の皮を剥いで作られたかのような仮面をつけていたのだ。
 そして、もう一人の自分は、その仮面をかぶったまま、目の前の織莉子に話しかけていく。願いによって変わった自分自身と全く同じ声で、調子で、織莉子と話し、懐いている。そんなもう一人の自分を、織莉子は少し困ったような表情を浮かべながらもどこか嬉しそうな表情で相手をする。

 「な、何、これ…。おい!これは一体どういう意味があるんだ!!」

 キリカは目の前で繰り広げられる光景を指差し、アスミタに向かって怒鳴り声を上げる。
 アスミタは眉一つ動かさず、やれやれと言いたげに肩を竦める。

 「分からないかね?今目の前にいる仮面を被ったもう一人の君は、呉キリカ、君自身そのものだよ。この光景は、このまま君が美国織莉子と出会い、過ごす日々を君に分かりやすく映し出したものに過ぎない」 

 「なっ……」

 キリカは愕然とした表情で、アスミタを見る。アスミタは表情を全く変えぬまま、目の前の映像をじっと眺めている。目の前の映像のキリカは、そんな彼らの視線に気づかず、目の前の織莉子とじゃれあっている。
 その様子を呆然と眺めるキリカに、アスミタは顔を向ける。

 「君がもし今のまま織莉子と出会い、友情を結ぶのならば、実際に仮面をつけていないとしても、このような付き合いとなるだろう。彼女は、美国織莉子は仮面をかぶった、本当の素顔を見せない人間と友情を結ぶ事となるのだ。しかもこの仮面は自分から彼女に言わなければばれる事はまず無い。
 織莉子自身は気付かなければ問題ないだろうが、仮面をかぶり、別の性格を演じ続ける君自身はどうかな?偽りの姿を見せ、自分の本性を隠し続ける…。最初の頃は良いだろうが、いずれは罪悪感で潰されてしまうのではないのかな?いつかはばれてしまうのではないのか、本当の自分を織莉子が知ったらどう思うんだろうか、といったふうに、な」

 「そ、それは……」

 アスミタの問い掛けに、キリカは沈黙する。
 彼女は何も言い返せなかった。なぜならアスミタの告げた言葉が全て的を射ていたのだから。
 自分は本当は何処までも臆病な性格だ。その性格を変えるために、キュゥべえに願い、魔法少女となる事を代償として、己の心を変えたのだ。
 そうすれば、織莉子と友達になれる、近くに居る事が出来ると信じていたから……。
 
でも、それは結局、アスミタの言うとおり織莉子を騙す事になるのではないのだろうか…。

 真実の自分を隠し、作り上げた自分のみを織莉子に見せる…。まさに彼女を騙しているも同然なのではないのか…?
 
 「……なら、ならどうすればよかった…!?本当の自分は臆病で、根暗で、何の取り柄も無い性格なのに…!!街中で織莉子に出会っても、彼女と話どころか碌に近付く事も出来なかったのに…!!」

 キリカはまるで血を吐くように声を上げる。その表情は歪んで、今にも泣き出しそうであり、先程まで激昂してアスミタを殺そうとしていたのが嘘のようである。

 「なるほど、確かに君の元の性格は多少なりとも臆病、というよりも他者との触れ合いを極度に恐れている節があるな。その根源は恐らく、君の幼い頃に遡るのだろうな」

 アスミタの言葉に同調するかのように目の前の映像が変化していく。
 その映像に映っていたのは、紛れも無く幼い自分自身、そして、かつて自分の親友だった少女、間宮えりかであった。
 キリカとえりかは、小学校時代には名前が似ている事、席が隣同士だということで無二の親友同士であった。だが、えりかが見滝原市から転校する直前、キリカは彼女が万引きをしようとしているのを見つけ、それを止めようとした。が、えりかはその場から逃げ出してしまい、結果的に彼女がえりかの罪を被せられる形になってしまった。
 親友に裏切られた、そう感じたキリカはそれ以降、人に嫌われたくない、裏切られたくないという思いが先行してしまい、他者と向き合えない内気な性格となってしまったのだ。
 その後えりかとは魔法少女になった後に再開した。魔女の結界に囚われた彼女を救出し、キリカはえりかと和解することが出来た、そのお陰でキリカは織莉子に会おうという決心を固める事が出来たのだ。
 今目の前の映像には、そんな彼女の過去が写されている。キリカは自身の過去を、何とも言えない思いで見つめていた。

 「君の心が、性格が願いによって変わったとしても、君の心に刻まれた記憶は残っている。その中にある、『誰かに裏切られる事への恐れ』が無くならない限り、いかに君が性格を改変しようが違う自分になろうが大して意味は無い、と思うがね」

 アスミタの言葉に、キリカは愕然とした表情を浮かべた。

 アスミタの言うとおり、キュゥべえと交わした『違う自分になる』という契約では、自分自身の性格そのものを変える事は出来ても、自分の記憶そのものを変える事は出来ない。
 親友であったえりかを救いだし、和解した事によって克服した、吹っ切れたと思っていたあのトラウマは、親友に裏切られたという記憶は、未だにキリカの心の隅に残っていた。
 キリカは地面に崩れ落ち、大きく項垂れた。

 「私の、願いは、間違い、だったの……?意味、無かったのか……?」

 キリカはまるで血を吐くかのように、アスミタに問いかける。その問い掛けに、アスミタは肩をすくめる。

 「さて、それは私には分からん。だが、ただ一つ言えるのは、君が奇跡を願い、魔法少女となった事には、何がしかの意味があるという事だ。その意味は、私には知る由も無いがね」

 「意味……」

 「そうだ、君にとっても、彼女、織莉子にとっても、な」

 アスミタの言葉を、キリカは地面に膝を着いたまま聞いていた。
 相当ショックを受けている様子であり、アスミタに襲いかかってきた時の性格が嘘のように、借りてきた猫のように大人しくなっていた。
 そんなキリカにアスミタはやれやれと溜息を吐いた。

 「ただ、私から忠告する事があるとすれば、君は織莉子に会うべきだろう。それが君にとっても、彼女にとっても良い道であるからな」

 「織莉子と、会うべき……?それって、どういう……」

 「それについてはまだ語る時ではない。だが、君はどうなのだ?君は何のために己を塗り替えた?何の為に此処に来た?彼女と、美国織莉子と友になりたいが為だろう?違うか?」

 「……違わない、私は!彼女と、織莉子と友達になりたい!だから自分を変えた!だから此処に来たんだ!!」

 キリカは先程までのいじけた態度が嘘であるかのように、アスミタにはっきりと言い放った。
 キリカの鋭く決意の篭った瞳、そして意思のこもった返答に、アスミタはどこか満足そうな表情を浮かべる。

 「ならば臆する必要もあるまい。かつての君なら、過去に囚われて彼女に会うこともできなかっただろうが、今の君はその過去に決着をつける事が出来た。ならば君の本当の心で彼女に接してもいいのではないのか?仮面の自分等ではない、本来の自分で彼女と接する方がいいだろう?」

 「で、でもそれじゃあ織莉子に、嫌われて……」

 「心配はいらん。織莉子はそのような娘ではない。もしそのような娘なら私は既に彼女を見捨てている」

 アスミタは不安そうなキリカにフッと笑いかけると、腕を掲げた。
 と、目の前の映像と暗闇が消え、もとの空間にキリカとアスミタは戻ってきた。
 突然元の空間に戻ってきた事に驚いているキリカに構わず、アスミタは屋敷の巨大な門の前に立つ。すると、彼が門に触れても居ないにもかかわらず、門は勝手に開き始めた。

 「さて、ではキリカ、説法は終わりだ。君の望み通り織莉子に会わせてあげよう。そのあとどうするかは君が決めたまえ」

 そう言ってアスミタはキリカを放って門をくぐり、敷地の中へ入っていく。呆然としていたキリカはハッとした表情で彼の後についていく。
 正門をくぐり、大理石が敷かれた道を進んでいくと、やがて立派なマホガニー製の扉の前に到着する。此処が玄関のようだ。
 アスミタが扉の前に立つと、またアスミタが手も触れていないにもかかわらず、扉が開かれた。
 屋敷に入ったアスミタはそのまま廊下に敷かれた絨毯の上を歩いていく。その足取りは、とても目が見えないとは思えないほどしっかりしている。その後ろからキリカもアスミタについていく。と、背後で扉が閉まる音が聞こえた。
 屋敷の廊下は、一階から二階まで吹き抜けになっており、床には絨毯が敷かれ、壁の近くには高価そうな壺に花が活けてある。そのあまりの豪奢さからまるでヨーロッパの宮殿に迷い込んだかのような錯覚を、キリカに起こさせた。だがキリカは屋敷を歩いているうちに、少し妙な所に気がつき始めた。
 屋敷の内部はそこそこ掃除はされているものの、よく見れば隅や窓枠に所々埃が溜まっている。普通なら使用人が掃除しているであろうに……。
そして何より、この屋敷には人気が無い。自分とアスミタ以外に誰も人が居る様子が無いのだ。
 これだけ大きな屋敷ならば召使やお手伝いの一人や二人は居そうなものなのだが、とキリカは疑問に思った。

 「この屋敷に召使いは居ない。彼女の父親が自殺した時、皆この屋敷から出ていってしまったよ」

 アスミタはキリカの心を読み取るかのように話をする。その瞬間、キリカはハッとした。
 確か、織莉子の父親である美国久臣議員は不正経理の疑い等によるマスコミのバッシングに耐えかねて自殺している。その娘である織莉子も、世間の冷たい風を受けてきたのだろう。
 今では久臣議員の不正疑惑は他の議員に押しつけられたものであり、マスコミによる誇張もあったことが分かっており、国民の非難の的はその議員とマスコミに変わり、久臣議員の汚名はほぼ雪がれているものの、それでも失われたものは戻ってこない。
 織莉子もきっと、自分と同じ、いやそれ以上に孤独な日々を送っていたのだろう、そう、キリカは考えた。

 「君が思っている通り、父を失った彼女は完全に孤独となっている。そもそも彼女には、信頼しあえる仲間が、友が居ないのだよ」

 「友が、居ない……?」

 キリカの言葉にアスミタは頷く。

 「彼女は父親の死まで恵まれた生涯を送っていた。父から一身の愛情を受け、周囲からはありとあらゆる賛美を受け、欲しいものはいかなるものでも手に入れる事が出来ていた。だが、彼女は唯一、信頼できる親友だけは手に入れる事が出来なかった。
 学び舎に居るのは彼女の父の威光に媚び諂う者のみ、その者達も彼女の父が死ねば掌を返して離れていく……。
 彼女には、心から信じる事が出来る、親友という者が居ないのだよ」

 衝撃的な事実にキリカは思わず絶句してしまった。
 キリカから見た織莉子は何処までも完璧だった。
 優しく、美しく、頭脳も冴える……。ならば当然多くの友人が居るだろうと思っていた。
 だが、実際の彼女は孤独……。友達と思っていたのはただの取り巻きで、織莉子の父が自殺をした瞬間に一転して彼女から離れ、彼女を責め立てる……。
 実の父親が居る頃ならば、まだ孤独ではなかっただろうけど、その父親が死んでしまった今、彼女は……。
 キリカは、悲しげな表情をうかべながらアスミタの後ろについて歩く。
 アスミタは彼女の方に振り向く事無く、話を続ける。

 「故に、君が来ると分かった時には安堵した。君ならば、彼女の孤独を癒す事が出来るだろう、彼女を孤独から救済することが出来るだろうとな。まあ、多少なりとも問題があったから少々説法をしてしまったが、君の心根は邪悪ではない。君の心には本心から織莉子と向き合いたいという想いが宿っている。いや、私としても安心だ」

 「貴方は、彼女と向き合っていないのか?彼女を救済できないのか?」

 「私には無理だ。君でなくては彼女は救済できぬよ。君でなくては、な……」

 アスミタは何処か淋しげに笑いながら廊下を進む。その姿を見ながら、キリカは何も話すことなく彼の後に続く。
 どれほど歩いただろうか。アスミタはマホガニー製の立派なドアの前で足を止める。彼が停止したことでキリカもつられて歩くのを止めた。

「此処に君が望む者が、織莉子が居る。今は何もしていない様子だから、話をするなら今だぞ?」

 「え?うええ!?ちょ、ちょ!!ま、まだ心の準備が……」

 キリカは緊張のあまり焦りまくるが、アスミタはキリカの様子に構うことなく、ドアを軽くノックする。

 「はい、アスミタ様ですか?」

 「ああ私だ。織莉子、君に会いたいという娘が来ているのだが、少しいいかな」

 「私に会いたい人ですか?ええ、どうぞお入りください」

 ドアの向こう側から少女の声が聞こえる。その声を聞いた瞬間、キリカの身体が硬直した。
 その声は間違いなく、あの時自分に向かって掛けてくれた声、それからずっと今日まで思い焦がれていた人の声に間違いなかった。
 キリカの全身が、石になったかのように硬直する。
 いくら自分の心そのものを変えたと言っても、決して緊張しないわけではない。ましてや、これから会うのは自分が心から会いたいと望んだ人物である。緊張しないはずが無い。
 アスミタがドアを開けると、そこはガラス張りの広々とした空間になっていた。
 広い部屋の中央には黒檀製のテーブルが置かれ、そのテーブルを囲むかのようにふかふかのソファーが置かれている。そのソファーに座り、一人の少女が静かにお茶を飲んでいる。
 キリカはその姿を見てハッとした。彼女の姿は、どんな事があっても忘れるはずが無かった。彼女の姿は、キリカの脳裏にしっかりと刻み込まれていたのだから。
 流れるような銀色の髪、一流の彫刻家でも彫りあげる事が出来ないであろう美貌、そして、全身から醸し出される優雅な雰囲気……。間違いなく彼女こそキリカがかつて出会った少女、美国織莉子その人だった。
 織莉子は部屋に人が入ってきたのに気がついたのか、カップをソーサーに置くと、ソファーから立ちあがってドアの前に立つアスミタとキリカに視線を向ける。

 「アスミタ様、お帰りなさいませ。私に会いたい人とは…?」

 「ああ、それは彼女だ」

 「……あら?もしかして、貴女は……」

 アスミタの後ろに隠れるようにしていたキリカに気がついた織莉子は、キリカを見て何処かで見た事があるような表情を浮かべた。
 どうやらキリカの事を僅かながら記憶に留めていたらしい。キリカの心の中で、少し希望の光がさした気がした。

 「フム、どうやら彼女は君がかつて助けた少女らしいぞ?なにやら店で小銭を落とした時に……」

 「……ああ!確かにそんな事がありましたね。貴女はあの時の!」

 「……呉、キリカといいます…。その折は、どうもありがとうございました」

 アスミタのフォローでようやく思い出した織莉子に、キリカは丁寧に頭を下げてお礼を言う。
 若干ぶっきらぼうな言い方になってしまったが、それは彼女が緊張しているのが原因である。
 そんなキリカの態度に気を悪くした様子も無く、織莉子は思わず見惚れてしまうような頬笑みをキリカに見せる。

 「そんな事は気にしなくていいのに……。ああ、丁度お茶にしていたんだけど、折角だから一緒にどうかしら?アスミタ様もよろしければご一緒にいかがですか?」

 織莉子の誘いにキリカは顔を真っ赤にして言葉も出なくなる。
 話くらいはするとは思っていたが、まさか一緒にお茶を飲む事になるとは想定していなかった。
 あまりに予想外の展開に、キリカの全身は化石にでもなったかのようにガチガチになる。
 キリカはかろうじて動く首でアスミタの方を向く。どうすればいいのと視線で彼に問いかける、が……。

 「フム、私は遠慮しておこう。積もる話もあるだろうから君達二人で楽しみたまえ」

 (え、ええええええええええ~!?ちょ、ちょっとまっ!!)

 「あら、そんな気をつかわれなくてもいいですのに」

 その視線に気がついているのかいないのかアスミタはそのまま織莉子の部屋から去ってしまった。その様子を織莉子は残念そうに見送ったが、残されたキリカはもはやそれどころではなかった。
 
 (お、おおお、織莉子と二人っきり…!!こ、ここ、こんな近くででででで!!)

 「ではキリカさん、立ち話もなんですから折角だから一緒にお茶にしましょう?遠慮せずにどうぞ」

 頭の中が混乱しまくっているキリカに対して、織莉子はそんなキリカの様子に気付く様子も無く、彼女に部屋に入るよう勧める。キリカはガチガチになりながらも織莉子の言葉に従い、部屋に入り、織莉子に勧められるままにソファーに腰掛ける。織莉子はキリカの向かい側のソファーに座ると、空のカップの乗ったソーサーを取り出すと、それに自らお茶を注ぐ。
 
 「キリカさんはお砂糖は幾つ入れるかしら?ジャムは何杯?」

 「え!?えっと、あの、出来るだけ、たくさん……」

 キリカの曖昧な返事に、織莉子は困った笑みを浮かべる。

 「たくさんって言われても、どれだけ入れて欲しいのか言ってくれないと……」

 「じゃ、じゃあ織莉子さんのお任せで!」

 「………!!」

 キリカの言葉を聞いた瞬間、織莉子はハッとした表情でキリカを見つめる。その表情は、どこか信じられないものを見たかのようで、かといって恐怖や悲しみといった負の感情は一切混ざっていなかった。

 「え、あ、あの、どうか、したんですか?」

 急に黙りこくってこちらを凝視してくる織莉子に、キリカは思わずドキリとした。
 まさか何か失礼な事を言ってしまったんだろうか、それで怒っているんじゃあないだろうか…。 
 そう考えた瞬間、キリカは今にも泣きそうな表情になった。

 「え?え?な、ど、どうしたの呉さん!?」

 突如泣きそうに顔を歪めたキリカに織莉子は思わず動揺してしまう。キリカの瞳には涙が溜まり、今にも溢れて決壊してしまいそうだ。

 「う……、だ、だって、私が美国さんの事を、名前で呼んだから、美国さんが怒って、私の事を、嫌いに、なって、う、ぇぇ……」

 「ち、違う、違うわ呉さん!!私は呉さんに名前を呼ばれて怒ってなんかいないわ!むしろ、嬉しかった!」

 織莉子はキリカを泣きやませようと必死に彼女を宥め、本心からの言葉を出す。織莉子の言葉を聞いたキリカは、顔を上げて織莉子の顔を見る。
 
 「え……?嬉しい、って……?」

 織莉子はクスリと笑うとソファーに座りなおしてカップに注いだ紅茶に砂糖とジャムを入れ始める。

 「私、今まで名前で呼ばれた事があんまり無くて、何時も『美国さん』とか『美国議員の娘』とか言われてきたから…。名前で呼んでくれたのは、お父様とアスミタ様位だったから、呉さんが私の名前を呼んでくれて、その、対等に見てくれてるって感じたから、嬉しかった」

 織莉子はキリカに紅茶を差し出すと、年相応な嬉しそうな頬笑みを浮かべた。キリカは、織莉子が一瞬浮かべたさびしそうな表情が少し気になったものの、彼女の笑顔に見惚れてしまい、そのことは一時思考の外に追いやった。

 「さ、冷めないうちにどうぞ」

 「あ、い、いただきますっ!!」

 キリカは急いで涙を拭うと目の前の紅茶に手を伸ばし、一口口につける。
 口の中に、紅茶独特の苦みと、砂糖とジャムの甘みが広がる。甘党のキリカでも満足できる味であった。

 「お、美味しい……」

 「よかった。お替りが欲しいのなら言ってね。お客様にお茶をふるまうのは久し振りだから」

 織莉子はニコニコと笑いながら自分もお茶を啜る。その姿は彼女自身の容姿と雰囲気もあり、見事に様になっていた。キリカは少しの間その姿に見惚れていたが、自分が此処に着た目的を思い出すと、紅茶のカップをソーサーに戻し、織莉子に顔を向ける。

 「あの……、織莉子さん……」

 「?何か?」

 自分に声をかけてきたキリカに、織莉子は首をちょこんと傾けながら聞き返す。キリカは少し戸惑い気味であったが、意を決して口を開いた。

 「あ、あの、織莉子さん、せ、先日は、助けていただいて、ありがとうございます!」

 「そのことはいいのよ。大した事をしたつもりはないし。気にしないで?」

 「そ、それから、お、織莉子さんに、お願いが、あって……」

 「え?お願い?」

 織莉子はキリカの言葉にキョトンとした表情になる。一方のキリカは緊張のあまり心臓が高鳴っていた。

 (お、落ちつけ私落ちつけ私…。今の私は昔の根暗じゃないあのころとは変わったんだだから大丈夫クールになれクールに徹しろCOOLに徹しろ………!!)

 キリカは心の中で己を落ち着かせながら、何度も深呼吸をする。

 キリカは不安なのだ。自分の告白でもし織莉子に嫌われたら、と。
 ただ友達になりたいと言えばいいのに、『もしも嫌われたら』という考えからその一言が口から出すことが出来ない。
 だが、そんな彼女の脳裏に、アスミタの言った言葉が蘇る。

 『……かつての君なら、過去に囚われて彼女に会うこともできなかっただろうが、今の君はその過去に決着をつける事が出来た。ならば君の本当の心で彼女に接してもいいのではないのか?』

 その言葉を思い出した瞬間、キリカの心は不思議と安らいでいった。
 今まで自分の心を苛んでいた不安や恐れが、段々と引いていくのを感じた。

今なら、今なら織莉子に自分の気持ちを伝えることができる……!!
 
ようやく落ち着けたキリカは、真剣な表情で、織莉子の顔をじっと見る。
 キリカの真剣な様子に、さすがの織莉子も少し気圧された表情を浮かべる。

 「お、織莉子、さん、あ、あの……」

 「は、はい………」

 「わ、私、を……、お、織莉子さん、の……」

 「わ、私の……?」

 

 「お、お友達にしてくださいっ!!!」



 部屋中に、否、屋敷中にキリカの叫び声が響き渡った。
 キリカの発言に、織莉子はポカンとした表情でキリカを見つめ、一方のキリカは何処かやり遂げたかのような表情で、ソファーにもたれかかっていた。

 (言った…、言ってしまった……)

 自分の想いを何とか言ってのけたキリカは、天井を向いて放心状態になっていた。
 これで拒否されたらどうしよう、とか嫌われたらどうしようという考えは完全に消えていた。ただ、自分の想いを言葉にしてぶつけようと言う考えしか頭には無かった。

 (あとは野となれ山となれ、だ)

 キリカは心の中でそう呟いて織莉子の返事を待つ。もしも断られたら、その時は織莉子の居ない場所で泣き喚くとしよう、等と考えていると、放心状態だった織莉子がようやく口を開いた。

 「え、えっと、その、ちょ、ちょっと驚いちゃったわ。友達になりたいって、言われたこと無かったから……」

 織莉子は恥かしそうに頬を掻く。どうやらそこまで嫌がっているわけではない様子だが、それでもキリカの表情はまだ不安そうである。
 織莉子は天井を見上げながら、何かを思い出すかのように話し続ける。

 「物心ついたときから、私には友達と呼べる人が居なかったの。公園で泥だらけになって遊んだことも無かったし、おままごともした事が無かった。ただ、美国久臣議員の娘らしく気高くあれ、って英才教育や習い事ばかりやっていたわ。別に後悔はしていないけどね」

 織莉子は懐かしそうに、しかしどこか寂しげな表情で自分の過去を語り続ける。それをキリカは黙って聞いていた。

 「お父様の名に恥じないように、勉強、習い事を必死でやってきたわ。自分で言うのもなんだけど、私は人より特別才能があるわけじゃないから、人一倍努力しなくちゃならなかった。でもそのお蔭で、学校では成績もそこそこ、生徒会長も勤めさせていただけるようになったんだけど、ね……」

 話しているうちに、段々と織莉子の顔は悲しみと寂しさに染まっていく。
 かつて、美国織莉子にはどうやっても手に入れることが出来ないものがあった。
 それは父を失って初めて気がついたこと、父を失うことでようやく気がついた自分自身の真実…。

 「でも、私は生まれてからずっと、友達なんて一人もいなかった。勿論学校で親しくしていた人も居たけれど、私の父が自殺した瞬間、今までの付き合いが嘘のように私から離れていってしまったわ。だから、私は『本当の友達』というものを、ましてや親友なんて一人も居なかったし、知らなかった……」

 そこまで話すと織莉子はカップを持ち上げて紅茶を啜り、唇を濡らす。そしてカップを下ろすと息を吐いてキリカに視線を向ける。その表情は、先程とは一転して嬉しそうな頬笑みを浮かべていた。
 
 「だから貴女が私の友達になってくれるって言ってくれて、私はとても嬉しいの。私も、ずっと友達が欲しいって思っていたから……」

 「そ、それじゃあ……」

 信じられないと言いたげな表情で自分を見てくるキリカに、織莉子は可笑しそうにクスリと笑みを浮かべる。

 「私も、知り合ったばかりだけど、キリカさんとお友達になりたい、キリカさんの申し出、喜んで受けさせてもらいますわ。むしろ、私の方から貴女と友達にさせてくれませんか?」

 他ならぬ織莉子の言葉に、キリカは舞い上がりそうな気分になっていた。
 最高だった、これまでに無いほど最高の気分だった。
 織莉子が私を友達だと言ってくれた、私と友達になりたいと言ってくれた…!!
 本当に、夢のようだった……!!

 「あ、ありがとうございますっ!織莉子さんっ!!」
 
 キリカは感激しながら織莉子に向かって少々大げさにお辞儀をする。が、そんなキリカの態度に織莉子は少し不満そうな表情をしていた。

 「ああ、そんな織莉子さんなんて他人行儀に呼ばなくていいわ。私達はもう友達なんだから、私の事は、織莉子って呼び捨てにしてくれないかしら?ついでに敬語も止めてくれると嬉しいわ」

 と、織莉子は何かを思いついたかのような表情でキリカに向かってそう提案した。
 その提案に、キリカは目を真ん丸にして驚いた。

 「え!?い、いいんですか!?」

 「もちろん♪その替わり私もキリカって呼ばせてもらうわ」

 思わぬ言葉に、キリカの体は歓喜で震えた。
 まさか自分が織莉子と友達になれた上に名前まで呼びあえる仲になれるとは……!!
 もう、明日には死んでもいい!とキリカは若干トリップ状態になりながら、通常のテンションに戻って織莉子の両手を思い切り握る。

 「な、ならこれからよろしく!織莉子!!」

 「こちらこそ、よろしくお願いね。キリカ♪」

 キリカはこれ以上ないほど嬉しそうな笑顔で織莉子の両手を握ってブンブン振り回す。
 織莉子は若干乱暴な握手を嫌がる様子もなく、むしろ嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 
 アスミタSIDE

 「やれやれ、どうやら上手くいったようだな、キリカ」

 屋敷にある一室で、アスミタは座禅を組みながらポツリとつぶやいた。
 別の時間軸においては、彼女と織莉子は無事に親友同士となっているが、この時間軸では自分と言う異分子が存在するため、正史通りに進むとは限らなかったが……。

 「案ずるより産むがやすし、か。言い得て妙、だな」

 アスミタは静かに笑いながら、再び瞑想に戻る。
 
 これから彼女達には、魔法少女としての過酷な運命が待ち構えている。
 一つの希望の対価として万の絶望を与えられる、それが魔法少女と言うもののカラクリだ。
 現にこの世界と別の時間軸の彼女達もまた、その運命の果てに非業の最期を遂げている。

 (まあ、そうさせないために我等が居るのだが、な。しかし……)

 静寂に包まれ、何も写さない闇の中、アスミタの心の声が響く。
 
 (人と人との出会いと言うのは、良かれ悪しかれ何がしかの変化をもたらすものですね、アテナよ、そしてテンマよ)

 彼以外誰もいない部屋の中、アスミタはかつて自分が生きた世界において仕えた女神を、その傍にいた若き天馬星座のことを思い返していた。


 あとがき

 どうも、仕事が忙しくて更新する暇が無く、気がついたらこんなに遅くなってしまいました。

 本当はあすなろ市の話もやりたかったんですけど、思った以上に話が長くなってしまったので今回は織莉子とキリカが友達になる話、という事で。

 織莉子側にいた聖闘士は乙女座のアスミタです。予想できた方もいらっしゃるでしょうけど…。

 原作LCでは若干出番が少なかった彼ですが、此処では出来る限り出番を多くしていく予定です。

 ちなみに余談ですがこの時間軸は本編よりも大分前、大体3、4カ月程前になります。ちなみにアルデバランと杏子が出会ったのは原作の1、2カ月前と思って下されれば結構です。漫画でもアニメでもあまり過去話で何年前とか何カ月前とかの情報がありませんから、これは想像するしかないんですよね。
 
 次回はアルデバラン、杏子、ゆまの金牛一家とプレイアデス聖団の話になります。まあ、更新は、何時頃になるか分かりませんが、どうか見捨てずにお願いいたします。



[35815] 第13話 赤き少女と星々の姉妹
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆175723bf ID:9f458038
Date: 2013/05/09 16:44


 
 動物園での魔女との戦いから一週間程経ち、アルデバラン達は今のところ何事も無く平穏無事に過ごしていた。アルデバランが聖闘士だという事が杏子やゆまにばれはしたものの、それでとくに接し方が変わるわけでもなく、特に日常が変わる事は無かった。
 そしてこの日の朝も、アルデバラン達は三人一緒にテーブルを囲んで朝食に舌鼓を打っていた。

 「おい杏子、ゆま。今日は俺と一緒にあすなろ市まで行く気は無いか?」

 そんないつも通りの朝食の最中、アルデバランは杏子とゆまに問いかける。アルデバランの誘いに杏子は口の中の食べ物を飲み込みながら面倒そうに視線を上げ、ゆまはご飯を頬張りながらきょとんとした表情を浮かべている。

 「あすなろ市つったら此処からそこまで離れてねぇけど、歩いたら結構かかる距離だな。んなとこに何しに行くんだよ?買い物か?」

 「違うな、俺の知り合い、というより上司があすなろ市にいらっしゃるのでな、会いに行く事になったのだ。その時お前達の事を話題に出したら会ってみたいと仰られたからな、向こうには杏子と同世代の子供も居るようだから良ければと思ってな」

 アルデバランの言葉に杏子は顔を顰めながら考える。

 本当ならば面倒くさいから断る……と言いたいところなのだが、不本意ながらこの大男には少なからず世話になっている。
 ならば多少なりともこの男に恩返し、という訳ではないが少しは言う事を聞いてやってもいいかもしれない。
 そう考えた杏子はアルデバランに再び視線を向ける。

 「…、ま、今日は暇だし、別に構わねえよ、あたしはな」

 「そうか、わざわざ悪いな。で、ゆまはどうする?嫌なら別に家で留守番していても良いが…」

 「ふえ?ゆまはいやじゃないよ?ゆまもおじちゃんのキョーコといっしょに行きたいよ?」

 ゆまはご飯を口に運びながら首を傾げる。ご飯を口に含みながら話をするゆまの姿を見て、杏子は顔を顰めた。

 「おいゆま、話しながら飯食うな。行儀悪いだろうが」

 「ふむ、ほへんははひひょーほ(ごめんなさいキョーコ)」

 ゆまは口をリスのように膨らませながらモゴモゴと杏子に返事を返すと、ゴクリと口の中の食べ物を飲み込んだ。それを確認して杏子は溜息を吐いた。が、それをじっと見ている視線に気がつくと、杏子はじとっとした目つきでこちらを見ている大男を睨む。

 「何だよおっちゃん、文句あんのかよ?」

 「ん?いやなに、お前とゆまもすっかり姉妹になったと思ってな」

 「…そうかよ」

 アルデバランがぼそりと呟いた言葉に、杏子は特に反論することも無く黙々と箸を動かす。アルデバランはそんな杏子に何も言わず、再び朝食を食べ始めた。


 セージ、ハクレイSIDE

 その頃、あすなろ市にある屋敷の一室にて、セージとハクレイの兄弟はベランダで庭を眺めながらティータイムを楽しんでいた。
 聖戦のあった当時、教皇であったセージと、聖衣修復者であったハクレイにはこのようにのんびりと話をできる時間等殆ど無かったと言える。
次代の聖闘士の育成、聖域の立て直し、破壊された聖衣の修復……。
かつての聖戦で生き残った二人は、兄弟二人三脚でそれらに取り組み、次代の若者達に聖衣を、聖域を、聖闘士としての誇りや生き方の全てを受け継がせていった。
結局、彼等が命を落とした聖戦で生き残った聖闘士は、聖闘士達は天秤座の童虎、そしてハクレイの弟子の牡羊座のシオンの二人だけであり、彼らがそだてた多くの聖闘士達は戦死、若しくは聖闘士としての力を失う事となってしまった。だが、その後聖域は新たな教皇となったシオンによって再び蘇り、243年後の聖戦において、ついに若きペガサス達は長き冥王との因縁に終止符を打つ事が出来たのである。
 そして、新たな生を受けたセージとハクレイは、無論小宇宙の鍛錬は怠らなかったものの、教皇や聖闘士であった当時に比べれば時間に余裕が出来、読書や将棋、囲碁といった様々な趣味を楽しむことができるようになっていた。
 このティータイムも、ミチル達聖団やカズミの修行、そして自身の修行も一通り終わり、多少時間が出来たため楽しめるのである。セージは茶を啜り読書をしながら、のんびりと平穏な時間を楽しんでいた。
 が、そんな弟に対して兄ハクレイは何か悩んでいるかのような表情を浮かべながら茶を飲み、菓子を摘まんでいた。あまり悩む事が無い兄にしては珍しいと感じながら、セージはのんびり茶を啜り、本を読む。

 「…のう、セージよ」

 「いかがなされましたか、兄上」

 兄の陰鬱そうな声にセージは怪訝な表情を浮かべる。
 あの兄が随分と憂鬱そうにしている、長年付き合いのあるセージからしてもあまり見た事が無い光景だ。
 そんな弟の心中も知らず、ハクレイは茶を一気に飲み干すと、大きく溜息を吐いた。

 「結婚、したいのう……」

 「……………は?」

 あまりにも突拍子の無い発言に、セージはポカンと口を開けたまま、ハクレイを凝視してしまう。
 結婚…?誰が…?
 明らかに兄であるハクレイが結婚したいのだろう。それは分かる。
 だが兄は今や260歳以上の高齢、いや、もはや高齢という言葉すら生ぬるいレベルの年齢である。
 常識的に考えて結婚など出来るレベルではない。というより女性の方が寄りつかない。

 「……兄上、ついにボケが来ましたか?何ならば元の世界に戻って老人ホームの手配でも…」

 「だれがボケじゃ!!誰が!!ワシはボケとらんわ!!」

 憐れみに満ちた視線を向けてくるセージに、ハクレイは怒号を上げる。が、セージは表情を変えぬまま、栞をさっきまで読んでいた本に挟み込んでパタンと閉じる。

 「ボケ以外の何物でもないでしょうに、兄上はいま何歳だとお思いなのですか。もう結婚できる年齢でもありますまい」

 「年齢なぞ多少サバを読めば済むことよ!!この歳まで結婚出来ずに居る侘しさがお主に分かるかセージ!!」

 「分かりませんし知りませぬ。仮に結婚するにしても相手が居ますまい。いかにサバを読んだとしても見てくれがジジイではどうしようもありますまい」

 セージは実に面倒そうにお茶を自分の湯呑みに注ぐ。
 確かに自分達はこの歳になるまで嫁の一人も持った覚えが無い。
 と、いうより恋愛事に余りにも縁がなさすぎた。
 聖闘士には別に結婚に関する掟などは無いため、そこまで多くは無いにしろ結婚していない聖闘士や雑兵が居ないわけではなかった。
 現に先代の獅子座であるイリアスは、とある女性との間に現在の獅子座の聖闘士であるレグルスを儲けている。
 が、教皇や聖衣修復の雑務に追われていたセージ、ハクレイ兄弟には結婚どころか恋愛事をする暇などあるはずも無く、結局嫁の一人も得る事無くこの世を去る事となってしまった。
 別にそれに後悔は無い。自分達にとっては実の子供も同然な若き聖闘士達を育て上げる事が出来たのだ。それに後悔など、あるはずが無い。
 だが、現在新しい生を得て、今のところ聖戦のような差し迫った事態はない。ハクレイが結婚したいなどと言い出しているのもそのせいだろう。かつて生きていた頃味わえなかった青春を謳歌したい…、その気持ちは分からないわけではないが…。

 「幾らなんでも、青春を謳歌するにも恋愛するにも遅すぎましょうに…」

 「やかましいわ!!見てくれは老いぼれでもワシの魂は生涯18のままじゃ!!」

 「物は言いよう、ですな…」

 「なんじゃとセージ!!最近お主ワシとの会話に事に毒が入っておらぬか!?」

 「そうですかな?兄上の気のせいでは?」

 もう付き合いきれないとばかりにセージは再び本を開いて読書を始める。なにやら兄がギャアギャア騒いでいるが、放っておけば勝手に黙るだろう。
 セージはのんびりと読書をしながら湯呑みを口に運ぶ。
 今日はアルデバランが佐倉杏子を伴って屋敷に近況報告に来る事になっている。もう一人、この世界とは別の時間軸で魔法少女になっている千歳ゆまもアルデバランが保護しているらしいが、今のところゆまは魔法少女ではなく、魔法少女になる兆候も無いとの事だ。

 (まあ、千歳ゆまが魔法少女となる元凶の美国織莉子と呉キリカが動いていないから当然と言えば当然だが、な…)

 そもそもゆまが魔法少女になった理由は、織莉子がキュゥべえにゆまを魔法少女にするよう唆し、杏子が魔女に殺されそうになる事を織莉子がゆまに教えた事が原因である。
 そうでなければ精々小学生程度の年齢のゆまをわざわざキュゥべえが勧誘するはずが無い。確かに契約できない事は無いだろうが、基本的にキュゥべえが勧誘するのは中学生の少女に限られており、よほど強大な力を持たない限り、それ以外の人間には見向きもしない。
 自分達はこの世界に無い能力である小宇宙を餌に連中との契約を取り付けたが、ゆまはそんな力は持っていない。ならば、今のところは心配しなくてもいいだろう。

 「おい!!セージ!!ワシの話はまだ終わっておらぬ!!無視せずちゃんと聞かんか!!」

 「そういえば、結婚といえばマニゴルドもそろそろ身を固めさせてもいい歳か…。聖戦の頃はそんな暇は無かったが、この任務が終わったら見合いの一つでもさせるか…」

 「うおい!!ワシの結婚よりも弟子の結婚の方が大事かお主は!!」

 「あ奴も口が少々あれだが根は悪い人間ではない。一度一刀と相談してみるのもいいかもしれん。うん、そうするか…」

 セージは隣で騒ぐハクレイを無視してのんびりと読書を続けた。
 と、突然部屋のドアをノックする音が部屋に響く。ハクレイは口を閉じ、セージはチラリとドアの方に視線を向けると再び本を閉じる。

 「入ってよいぞ、サキ、ジュゥべえ」

 セージがドアに向かって声をかけるとドアが静かに開かれ、短めの銀髪に眼鏡をかけた長身の少女と一匹の不思議な動物が部屋に入ってきた。
 動物は頭部付近は白く、胴体の部分は黒くなっており、一見すると猫か犬のように見えるものの、よくよく見ると長い耳や尻尾、そして額についた赤い円形の模様と犬や猫とは全く異なる特徴を持っている。
 この生物の名前はジュゥべえ。元々はセージとハクレイが契約したインキュベーターの一個体であったが、セージと交わした契約によって通常のインキュベーターとは異なる特徴を持つこととなった。
 その特徴とは…。

 「おう爺ちゃん達!!例のお客が来たようだぜ!!お嬢さん方は全員お出迎えの準備万端だ!」

 ジュゥべえは鋭い歯を剥き出しにしながらセージとハクレイに話しかける。その表情には通常のインキュベーターとは異なり、明らかに感情が浮かんでいた。
 そう、セージがインキュベーターと交わした契約とは、「このインキュベーターに感情と心を与えたい」というものであった。
 セージとしては、自分自身を実験台にし、ソウルジェムの魂を本来の肉体に戻せるかという実験の目的もあったものの、本来は感情や心を持たないインキュベーターに心を持たせ、こちら側の味方にするという考えもあった。
 インキュベーターを味方につければ、ソウルジェムの穢れの仕組み、魂をソウルジェム化させる過程、或いはソウルジェムから魔女が誕生する仕組みまでの情報を手に入れることができる可能性がある為、若干賭けの要素はあったものの、やってみる価値はあった。
 結果は成功。感情を得たインキュベーターの一個体は、最初は生まれて初めて得た自我と心に戸惑い、混乱していたものの、最終的には宇宙の寿命を延ばすためとはいえ、自分達インキュベーターが多くの少女達を犠牲にしてきた事を後悔し、結果的に自分達の側についてくれる事となった。
 ジュゥべえの報告を聞いたセージはコクリと頷いた。

 「フム、分かった。では兄上、我等も出迎えにいきましょうかの」

 「あ、む、…うむ。分かった。…行くぞ、ジュゥべえ、サキ」

 ハクレイは若干不満そうな表情を浮かべながら、立ち上がり、さっさと部屋から出ていく。そんなハクレイをサキとジュゥべえは不思議そうに見ていた。

 「あの、ハクレイさんはどうかしたのですか?何だか不機嫌そうでしたけど」

 「おうよ、ハクレイのじいちゃんやけにムッツリしてやがったぜ?セージのじいちゃん喧嘩でもしたのかよ?」

 「ん、まあ、あまり気にするな、というよりしないでくれぬか?あまり話題にはしたくないのでな」

 サキとジュゥべえの疑問に、セージは曖昧な表情で苦笑いを浮かべた。そして二人に気が疲れないように軽く息を吐いた。


アルデバランSIDE

 「うむ、どうやら此処のようだな」

 「おいおい……マジかよ……」

 その頃杏子達三人は、見滝原から電車で二十分、あすなろの駅から二、三十分ほど歩いたところにある、あすなろ市のとある豪邸の門の前に立っていた。
 杏子は連れてこられた屋敷のあまりの大きさに呆然としていた。
 それはそうだ、こんな豪邸は見滝原でも数えるほどしかない上に、杏子自身も精々写真や門の前で屋敷を眺める程度でこんな屋敷に招かれる事など産まれてから一度も無かったのである。
 杏子は多少なりとも何が起きても驚かない心構えは出来ていたつもりだったが、まさかこんな所に連れてこられる破目になるとは思わず、門を見上げて唖然とするしかなかった。

 「わー、すごいおやしきだね、おじちゃん!キョーコ!」

 「お、おう、まあ、すげえ、な…」

 「ハッハッハ!!そうガチガチするな。別に首相か大統領に会うわけではないのだからな。だが、あまり失礼の無いようにするのだぞ、杏子、ゆま」

 「お、おう…」「ハーイ、おじちゃん!」

 一方のゆまは杏子のようにガチガチに緊張するどころか初めて見たお屋敷に驚きつつも面白そうにはしゃいでいた。
 アルデバランは門を潜り抜けてそのまま屋敷の玄関に歩いていくと、玄関の両開きの扉の側にあるインターホンを押す。

 「お、おっちゃん!か、勝手に入って大丈夫なのかよ!?」
 「大丈夫だ。問題は無い」

 明らかに金持ちの住んでいるであろう屋敷に傍から見ればズカズカ入って行ったアルデバランに、杏子は心配そうな声を上げるが、アルデバランは
インターホンを押してしばらくすると女性の声がインターホンから聞こえてきた。

 『はい、御崎ですがどちらさまでしょうか?』

 「こちらにお住まいのセージ様とハクレイ様を訪ねてきたアルデバランと言う者だ。取り次いではいただけないだろうか?」

 『ああ、セージさんとハクレイさんのお客様ですか。話はセージさんから伺っています。少しお待ちください』

 インターホンの声が聞こえなくなると、ドアの向こう側から、誰かがこちらに向かって走ってくる足音が聞こえてくる。やがて、目の前のドアの前で足音が止むと、ドアの鍵を開ける音が響き、ドアが内側から開かれる。
 ドアが開けられると、その隙間から青い髪を伸ばした少女が、ヒョコリと顔を出した。
 
 「始めまして、私はこの家の持ち主の御崎海香といいます。えっと、貴方がアルデバランさんですね?」

 「そうだ。俺が牡牛座の黄金聖闘士、アルデバランで間違いない。この娘達は俺が預かっている娘で佐倉杏子、千歳ゆまという。ほら、挨拶しろ」

 「ちとせゆまです!こんにちはお姉ちゃん!」

 「…佐倉杏子だ」

 「そうですか、よろしくお願いいたします。案内しますからどうぞ上がってください」

 二人の挨拶を聞いた海香は、ちらりとゆま、杏子に視線を向けて挨拶を返すと、半開きだったドアを開けて、三人を屋敷の中に招いた。

 「む、ならば遠慮なく上がらせてもらおうか」

 アルデバラン達は玄関で靴を脱ぐと、用意されていたスリッパを履き、海香の後ろについて廊下を歩く。
 屋敷の廊下は広々としており、部屋の入り口であろうドアが幾つもある。
 ただ、金持ちのように豪奢な絵画や装飾はあまり無かった。
 アルデバラン達はそんな屋敷のあちこちに目を向けながら歩いていた。

 「この屋敷は、お前の屋敷なのか?」

 「はい、私と友人が7人、そしてセージさんとハクレイさんの10人で住んでいます」

 「ほー、これ程の屋敷に住んでいるのだから、お前の両親は資産家か?」

 「いいえ、この屋敷は私が執筆した小説の印税で建てたものです。恥ずかしいながら小説家の端くれですから」

 「ほう!!そんな若さで小説家か!!」

 恥ずかしそうに話す海香の言葉にアルデバランは感嘆の声を上げる。

 「まだ杏子と変わらぬ年だろうに小説家として活躍しているとは!いやはや恐れ入った。こいつにも爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ」

 「うっせえ!!あたしをこんな天才と一緒にすんじゃねえ!!」

 「そんな、天才ってほどじゃ…」

 「おねーちゃんすごーい!」

 「あ、う、あ、ありがとう…」

 アルデバランとゆまの褒め言葉に海香は満更でもなさそうに照れる、が、彼女と比較対象にされた杏子は不機嫌な表情になってチッと舌打ちをした。
 と、三人を先導していた海香はとあるドアの前で足を止めた。案内人が足を止めたためアルデバラン達も足を止める。
 海香はちらりとアルデバラン達に視線を向けると、ゆっくりとドアをノックする。

 『海香か、どうやらアルデバラン達が来たようだな。入ってきてくれ』

 ドアの向こうから返事がしたので、海香はドアを開けてアルデバラン達に中に入るよう促し、アルデバラン達もそれに応じて中に入る。
 部屋は広々としており、廊下と同じく華美な装飾品や絵画は無い。部屋の中央には長い大理石製のテーブルを挟んでソファーが二つ並んでいる。そして、片側のソファーには、そっくりな顔をした二人の老人が三人を出迎えた。
 老人の顔は本当にそっくりであり、羽織袴、そして髪型が同じであったのなら間違いなく区別がつかなかったであろう程似ている。
 実際杏子はギョッとした表情で二人を交互に見ており、ゆまも驚いた表情でポカンと口を開けている。アルデバランはそんな居候二人に注意するような視線を向けると、片膝をつき、二人の老人に向かって頭を下げた。

 「お久しぶりです、教皇、ハクレイ様」

 「久しいな、アルデバラン。壮健そうで何よりだ」

 「うむ、わざわざ遠方よりご苦労じゃった。ゆっくりしていくと良い」

 セージ、ハクレイの兄弟は穏やかな表情で目の前の金牛に労いの言葉を述べた。アルデバランは「勿体無きお言葉でございます」と目を伏せて礼をする。
 と、ハクレイの視線がアルデバランの後ろで呆然と立ち尽くしている杏子とゆまに向いた。

 「ぬ?その娘達か、お前が養っておるという子等は」

「はっ!二人とも帰る家も家族も居ないとの事なので私が養っている次第でございます!…こら!!二人とも挨拶くらいせんか!!」

 「ふえっ!?お、おう…、さ、佐倉杏子って名前だ…。よろしく頼むぜ、爺さん達」

 「ちとせゆまですっ!よろしくお願いしますっ!おじーちゃん!」

 「おい杏子!教皇とハクレイ様に対して爺さんとは何だ爺さんとは!!」

 「んだよ。名前しらねえんだから爺さんとしか言いようがねえじゃんか」

 「お前という奴は~!!」

 「ははははは、そう目くじらを立てるでないアルデバラン、爺さんでよい爺さんでよい」

 「まあ最も、もはや爺さんと呼ぶには歳を取りすぎておるがの」

 少々失礼とも言える挨拶をした杏子をアルデバランは窘めるものの、当のセージとハクレイは気にした様子も無く、ニコニコと笑っている。

 「改めて挨拶をしよう。私の名はセージ、聖闘士達を纏める教皇と呼ばれる地位に就いている者だ。よろしく頼むぞ、杏子、ゆま」

 「わしの名はハクレイ、このセージの兄で祭壇座の白銀聖闘士の地位についておる。とはいっても普段は穴倉で聖衣を修理するのが日課ではあるがの」

 教皇とその教皇の補佐たる兄の自己紹介が終わるや否や、アルデバランは杏子とゆまに視線を再び向けた。

「さて、すまんが俺は教皇とハクレイ様と話をしなければならん。少し席を外してくれんか?」

 「んだよいきなり…。一体何の話すんだよ」

 「何、魔女やら魔法少女やらの報告とかそんなものだ。大した事ではないが一応な。お前たちにとってはつまらん話だろうし、一応他言無用という扱いだ。悪いが少し席を外してくれ」

 「この屋敷にはお主ら位の年頃の娘が共同生活しているから、仲良くしてやってくれ。海香、悪いが二人をミチル達の居るところへ連れて行ってくれ」

 「分かりました。ではお二人とも、私について来て下さい」

 海香はセージの言葉を聞いて、杏子とゆまに一緒に来るよう促した。それを見た杏子はしぶしぶといった感じで溜息を吐いた。

 「…ったく、しゃーねーな。ま、聞いて面白い話じゃ無さそーだしな。おら、行くぞゆま」


 「ふえ?う、うん…」

 杏子の呼び掛けにゆまも少し不安そうな表情でアルデバランをチラチラと見ながら彼女についていく。
 少女達が居なくなったのを確認した三人は、先程の表情から一転して真剣な表情となる。

 「さて、では報告を聞こうか、アルデバランよ。まずは、座るといい」

 「はっ!では失礼を!」

 セージ、ハクレイ兄弟の座っているソファーとは対面する位置のソファーに腰掛けたアルデバランは、自身がこの世界に来てからの出来事、得た情報を教皇、教皇補佐の兄弟に話し始めた。 


 杏子SIDE

 杏子とゆまは海香に案内されて屋敷の廊下を歩く。廊下には三人が歩く足音以外には何も物音は無く、彼女達三人以外に人間が居る様子は無い。どうやらこの手の屋敷に在りがちな使用人やメイドの様なものはこの屋敷には居ないようだ。
 ゆまは始めて来たお屋敷に興味津々なのか、あちこちを落ち着き無く見回していたが、杏子は海香の後ろを歩きながら、とあることを考えていた。
 あの二人の老人は、どうやらアルデバランの上司のようなものであるらしい。セージという老人は教皇、ハクレイという老人は白銀聖闘士と名乗っていた。確か以前聞いたアルデバランの話では、教皇は聖闘士を纏める最高権力者のようなものだと言っていた。
 そんな最高権力者がここにいると言う事は、この海香っていうのは…。
  
 「…なあ、御崎」

 「海香で結構ですよ、佐倉杏子さん」

 杏子の言葉に海香は足を止めずに返事を返す。

 「…なら海香、お前に質問がある。
 あの爺さん二人はおっちゃんの上司だって言っていた。
 ならお前は…」

 「残念ですけど私は聖闘士じゃありません。むしろ、貴女と同じ人間だと言っておきましょうか」
 
 海香の返事に、杏子は警戒心を露に思わず身構えた。
 自分と同じ存在…、ということは、この女は…。

 「なら、お前は…!!」

 「お察しの通り私は魔法少女、というより私の屋敷に住んでいる人間はセージさん、ハクレイさん、そしてかずみを除けば魔法少女しかいませんよ?」 
 
 海香の返答に杏子は指輪状のソウルジェムを宝石状態に変化させ、ゆまを背後に隠して身構える。あからさまに警戒された海香は、息を吐いて杏子に顔を向けた。

 「そう警戒しなくても大丈夫ですよ。私達は貴女達に何かをする気はありませんから」

 「…信じてもいいのかよ?ここであたしを殺って競合相手を減らすこともできんだぜ?」

 「疑り深いですね…。貴女達は見滝原、私達はあすなろ市が本拠です。わざわざ遠く離れたところまでグリーフシードを狩りに行く気なんてありませんよ。そっちのほうが手間ですし」

 「………」

 杏子はなおも疑うような目つきをしていたが、とりあえずソウルジェムを指輪に戻して矛を収める。それでもゆまは後ろに庇ったままであったが。

 「どうやら信用してくれたようですね」

 「さてな、ま、もしもあたしらに何かしようってんなら、速攻てめえらぶちのめしてこっから出て行かせてもらうまでだが、な」

 「だから何もしませんって。警戒心強すぎませんか?貴女…」

 「そうでもしねえとこの家業で食ってけねえよ」

 呆れた表情の海香に、杏子は不敵な笑みを浮かべる。海香はそんな杏子に向かって嘆息すると、何を言っても無駄だと思ったのかそのまま再び歩き始める。
 階段を上って二階に上がると、海香は二階廊下の突き当りまで進み、そこにあるドアの前で脚を止めると、ドアノブを捻ってドアを開く。
 海香の後に続いて杏子とゆまが部屋に入る。
 そこは先程の応接室と同じ程度の広さの部屋であり、五人の少女達が読書をしたり、お茶を飲んでいたり、テレビを見ながら騒いだりと思い思いに過ごしている。
 と、読書をしていた銀髪と眼鏡が特徴的な少女が、海香が戻ってきたことに気がついて読んでいた本から顔を上げる。

 「戻ったか、海香。そこのお二人は客人か」

 「そうよサキ。こちらは見滝原から来てくれた佐倉杏子さんと千歳ゆまさん。杏子さん、彼女は浅海サキ。私と同じあすなろ市の魔法少女の一人です」

 「…ん、佐倉杏子だ」

 「えっと、ちとせゆまですっ」

 「浅海サキだ。セージさんとハクレイさんの客だそうだな。歓迎しよう」

 サキは顔に薄い笑みを浮かべて杏子に向かって右手を伸ばす。杏子はその手を眺めていたが、やがてしぶしぶといった感じで握手に応じた。サキは杏子との握手の後、彼女の後ろにいるゆまにも握手するために右手を差し出す。ゆまはサキの顔と手をしばらく交互に見ていたが、やがておずおずと両手で右手を握り締める。そんなゆまの様子に、サキは何処か微笑ましそうな表情を浮かべた。

 「それじゃあみんなの紹介を…」

 「よしっ!!いけっ!!そこだ…ってなに奪われてるんだよヘタクソ!!あ、あ、あ、あ、お、追え!!追っかけろ!!もっと速く走れるだろうがノロマァ!!」

 「…うるさいカオル!!サッカー応援するなら別の部屋でやりなさい!!」
 
 「えー!!いいじゃん別に!今日は日本vs北朝鮮の試合なんだからさ~…。やっぱ母国の選手応援したくなるもんでしょ~?」

 海香の怒鳴り声にテレビでサッカーの試合を観戦していたオレンジ色の髪の少女は不満そうな表情になる。そんな彼女にサキは嘆息した。

 「応援するならせめてもっと声を小さくしたらどうなんだ。折角来てくれたお客様が迷惑だろう?それよりもカオルも挨拶しろ」

 海香とサキの言葉にカオルと呼ばれた少女は、一瞬キョトンとした表情を浮かべると、すぐにハッとした表情になり、一瞬で杏子とゆまの目の前に走り寄る。凄まじい速さで目の前に移動してきた少女に、杏子は若干度肝を抜かれたような表情を浮かべ、ゆまは目と口を真ん丸にして驚いていた。
 そんな彼女達の反応に構わず、少女はニカッと明るい笑みを浮かべる。

 「アタシの名前は牧カオル!将来の夢はサッカー選手!どうぞよろしく!」

 「お、おう、よ、よろしく…」

 若干ビクつきながらも杏子は何とか挨拶を返す。カオルはそんな彼女の手を両手で握り締めてぶんぶん振り回す。
 
 「ちょっとカオル。あまりやりすぎると杏子さんが迷惑するでしょ?」

 「そうだな、それにみらい達もまだ自己紹介を終えていない」

 「…あ、そっか。そんじゃあたしは再びサッカー観戦でも…」

 海香とサキの言葉に納得したのか再びサッカー観戦に戻るカオル。そんなカオルを何を考えているのか分からない目つきで眺めながら、のんびりとお茶を啜っていた黄緑色の髪の毛の少女が杏子とゆまに向かってスッと片手を上げる。

 「神那ニコだぞ、よろしく頼むでござんす」

 「あー…うん、よろしく」
 
 杏子からの返事を聞いた少女、ニコは用事は済んだとばかりに再びお茶を啜り始める。杏子は訳が分からないと言いたげな表情でニコを眺めていた。

 「掴みどころが無い性格でな、まあ悪い奴じゃないんだ。仲良くしてやってくれ」

 「というか単に変人?なだけだろうけど。たまにボク達に魔法で悪戯してくるし、魔力を無駄遣いもいい所だよ、全く…」

 と、苦笑いしながらニコのフォローをするサキの背後から、ピンク色のふわふわの髪の毛の少女が顔を出してくる。少女は杏子とゆまをじろじろと品定めをするかのように眺める。それが気に食わないのか杏子はムッとした表情になる。

 「コラ、あまり他人をじろじろ見るなみらい。お客様に失礼だ」

 「あ、ご、ゴメン、おじいちゃん達の客ってどんなのか気になったから…」

 サキに怒られたみらいと呼ばれた少女はシュンとなってサキに謝る。謝る相手が違うだろうに、とサキは小さな声で呟いて杏子とゆまに視線を向ける。

 「友人が失礼した。この子の名前は若葉みらい。少々ツンツンしているが、本当は他人の事を気遣える子なんだ」

 「…若葉みらい。さっきはゴメン、おじいちゃん達のお客さんってどういうのか気になっちゃってさ…」

 みらいはサキに怒られたためか、バツの悪そうな様子で杏子とゆまに謝罪する。

 「ん、まあ、別にかまわねえよ。全然気にしちゃいねえし」

 「ゆまもぜんぜん平気だよ。きにしてないよ」

 杏子とゆまは気にしていないと返答する。杏子自身も、最初はムッとしたものの、素直に謝ってきたため幾分か機嫌は直している。ゆまは特にイラついてもいないようだ。

 「ふふ、でも折角来てくれたお客様なんだから、気になっても仕方が無いわよね、みらいちゃん?」

 と、赤みがかった髪の、どこかおっとりとした雰囲気の少女がみらいの頭を撫でる。みらいは少し恥かしそうにプイッと横を向いた。そんなみらいの様子を可笑しそうに笑いながら少女は杏子とゆまに顔を向ける。

 「始めまして、私は宇佐木里美っていいます。将来の夢は獣医さんです。お二人ともどうかよろしく」

 少女、里美は二人に挨拶をしてお辞儀をする。杏子とゆまも反射的に「よろしく」と返事を返す。部屋にいる全員の挨拶が終わったことを確認した海香とサキはチラリと部屋のドアに目を向ける、
 
 「さて、後はミチルとかずみだけなんだけど…、あの二人は確かケーキとクッキーを作っているんだったわね」

 「ああ、お客さんが来るから、ということで随分と張り切っていたぞ?だがもうそろそろ出来上がっている頃だと思うが…」

 「んあ?何だよ。まだ誰かいるのかよ」

 「ああ、私達の親友とハクレイさんの御息女が…」

 サキが杏子に説明をしていた時、その説明を遮るかのように入口のドアが勢いよく開かれた。
 突然開かれたドアにギョッとした表情でドアに目を向ける。

 「ごっめーん!!遅くなっちゃった!!でもたくさん作ってきたよー!!」

 「んもー、ミチルがたくさん作るから~!!」

 部屋に入ってきたのは、黒い髪の毛をした、全くそっくりな顔をした二人の少女であった。違う所は一人の少女の髪の毛は腰までの長さがあり、もう一人の少女は首筋程度の長さしかない所であった。二人共両手にお盆を持っており、短髪の少女のお盆にはクッキーが山盛りにされており、長髪の少女のお盆にはパウンドケーキが乗せられている。
 と、短髪の少女が、こちらをジッと見ている杏子に気がついて、彼女に視線を向ける。

 「ありゃ?えーと、どなたさん?」

 短髪の少女は杏子を見て首を傾げる。隣に居た長髪の少女も、不思議そうに杏子とゆまを交互に眺めている。

 「ミチル、かずみ、彼女達はハクレイさんとセージさんのお客様だ」

 「へ?そうなの?」

 ミチルと呼ばれた少女は、キョトンとした表情で杏子の顔をジッと見る。杏子はそんなミチルの顔をジロリと睨み返す。その横では、かずみと呼ばれた少女がミチルと同じくゆまをジッと見ており、ゆまは不思議そうにかずみの顔を見上げていた。
 
 「…そっか!ゴメンゴメン!ちょっと私とかずみクッキーとケーキ作ってて手が離せなくってさー。…あ!私の名前は和紗ミチルっていうの!よろしく!」

 「私はかずみ、昴かずみって言うの!!よろしくね二人共!!」

 と、短髪の少女、ミチルはニカッと無邪気な笑みを浮かべて自己紹介と謝罪をする。隣に居た長髪の少女、かずみもミチルの後に続ける形で自己紹介をする。
 杏子とゆまはミチルとかずみの挨拶を黙って聞いていた。そして彼女達の自己紹介が終わると杏子はボソボソと呟くような声で、ゆまは元気いっぱいの声で彼女達に挨拶をする。
 
 「…佐倉杏子、だ」「ちとせゆまですっ!よろしくね!ミチルお姉ちゃん!かずみお姉ちゃん!」

 ミチルとかずみは笑顔で彼女達の挨拶を聞き、「よろしくね!」と返事を返した。
 
 「さってと、んじゃお二人さん、一つお近づきの印ってこ・と・で…」

 と、ミチルの言葉に示し合わせたかのように、かずみが片手に乗せたケーキを杏子とゆまに差し出す。

 「レッツティータイム、ってね!」

 かずみは二人に向かってニッコリと笑みを浮かべた。


 アルデバランSIDE

 「成程のう、よく分かった」

 アルデバランの現在の経過報告を聞き終えたハクレイは、手元の湯呑みを口に運ぶ。その隣ではセージが何事か考えている様子であった。

 「アルデバランよ、まだ佐倉杏子に魔法少女のリスクの事は話しておらんのだな?」

 「はっ!その件についてはまだ知らせてはいません!ですが…」

 「分かっている。何時までもグリーフシードが有るとは限らん。だが今はまだ時ではない。もうしばし待つのじゃ」

 「…御意」

 セージの言葉にアルデバランはしぶしぶと言った感じで了承の言葉を出す。
 セージ達もアルデバランの気持ちは分からないわけではなかった。
 魔法少女となった者の運命は二つに一つ。

 魔女との戦いで死ぬか、自身が魔女になるかのいずれかでしかない。

 魔法少女のソウルジェムは、魔法を使うたび、若しくは生命活動を維持する結果、徐々に徐々に濁っていく。やがて、濁りが頂点に達した時、魔法少女は最終的に魔女と化してしまうのだ。
 この濁りを浄化する方法は二つ、グリーフシードに穢れを移す、若しくは最近見つけた方法では、黄金聖闘士の小宇宙を直接ソウルジェムに流し込んで、浄化すると言う方法もある。
 だが、一つ目の方法はそもそもグリーフシードを生み出す魔女が居なくなってしまえばどうしようもなく、二つ目の方法もそもそも黄金聖闘士が近くに居なければどうしようもない。そして何より確実性も無いのだ。
 一番なのは魔法少女になる契約をそもそもさせない事、もしくはしてしまったとしてもソウルジェム内の魂を再び肉体の中に戻してしまう事である。だが、契約を押しとどめるのも現状では上手くいっているとは言えず、さらにソウルジェム内の魂を肉体に戻す方法が行えるのは、聖闘士の中でも魂を操る事に長けたセージ、ハクレイ、マニゴルド、若しくは神に近い男と言われるアスミタ程度しかいない。その為本当ならば、さっさと杏子も魂を戻してしまった方が良いのであるが…。

 「出来うる限り本来の歴史の流れと同じ流れを辿らせねば、な…」

 ハクレイの呟きに、アルデバランも沈黙の肯定を返した。
 この世界の歴史は、本来の歴史から大分外れ始めている。
 と、いうより自分達聖闘士がこの世界に居る時点で歴史もクソもあったものではないのだが、やはり出来る限り正史と同じ歴史を辿る事が望ましい。
 もっとも正史は正史で犠牲が多すぎたため、全く同じというわけにはいかないが、大まかな展開は正史とほぼ同じタイミングで発生してくれた方がこちらとしても都合が良い。
 もしも歴史を外れ、本来の正史とは別の歴史を辿り始めた場合、何らかのイレギュラーが生じる可能性がある。
 さすがに予期せぬ敵が現れるとかそんな事は無いとは思うものの、下手をすれば本来全く関係の無い人間が魔法少女になる、若しくは魔女になるという展開すらもありえるのだ。それだけは避けなくてはならない。

 「まあ美国織莉子にはアスミタが付いており、その他の魔法少女にもそれぞれ聖闘士の監視が付いておりますから問題ありますまい。…アスミタの奴めが我々の相談無く来た事以外は」

 「む!?あ、アスミタがこの世界に来ているのですか!?」

 セージの呟いた言葉にアルデバランが反応を示す。セージとハクレイはやっぱりと言いたげな表情で溜息を吐いた。

 「やはり知らなかったか…。あ奴め一刀の依頼を受けて我等に碌に知らせもせずにこの世界に来ておったのだ。一刀の奴はアスミタが来たその時になって我等に連絡を寄こしてきおったからな、やれやれ…」

 「まああ奴のお陰で美国織莉子と呉キリカについては何とかなっているようではあるがな。しかし一刀もそうであるがアスミタの奴も来るのならば我等に相談の一つくらいしてもいいだろうに…」

 「はあ…」

 教皇と教皇補佐の愚痴にアルデバランも呆然と聞いていた。
 自身も知らなかったという事は、この世界に来ている他の黄金聖闘士も、アスミタがこの世界に居る事を知らない可能性がある。
 これは他の聖闘士にも知らせておく必要があるだろうか…。

 「教皇、よろしければ私がシジフォス達にアスミタの事を教えておきましょうか」

 アルデバランはそう提案するが、セージは首を振って否定の意を示した。

 「いや、それはせずともよい。あ奴にも何か考えがあるのだろう。今は何も知らせずに様子を見るとしよう」

 「はあ…、教皇の仰せとあらば…」

 アルデバランはどこか釈然としない表情であったものの、セージの言葉に了承の意を示した。

 「しかし、こうなると一刀の奴めアスミタ以外にも聖闘士を送っている可能性があるのう…。此処に来ていない聖闘士はあとは誰であった?」

 「アスプロス、レグルス、エルシドの三人ですな。内、アスプロスは此処とは違う外史のドイツ辺りに出張しておりますし、エルシドも別外史にて武者修行をしておりますゆえに、残っておるのはレグルスだけですかのう」

 「レグルスの奴も来るのでしょうか?」

 自分の教え子の一人でもある若き獅子座の名前が出たことで、アルデバランが反応する。セージは自ら淹れた緑茶を啜ると軽く息を吐いた。

 「…さて、な。それは分からん。もしかしたら来るかもしれんし、もう来てるかもしれん。まあもっとも…」

 セージは言葉を区切るとどこか弱った表情で大きく溜息を吐いた。

 「カルディアとデフテロスがすでにこの世界におるがの。まあ、何処に居るか全く持って見当がつかんが」

 「あ奴ら一体どこに行っておるのだ…。最初連絡をしたと思ったら雲隠れしおって…。まさか折角来たからと見滝原に観光にでも行っておるのか?」

 セージの言葉に続けるように、ハクレイは少しいらついているかのような口調でそう吐き捨てた。そんな彼らの言葉を聞きながら、アルデバランはセージの淹れた茶を一口飲む。

 「あいつらが来ている、か…。やれやれ、この世界は大分荒れそうだ…」

 アルデバランは、お茶を味わいながらボソリとそんな言葉を口にした。


 あとがき

 お久しぶりです。
 GW中はパソコンに向かう時間が多くなかったため、ここまで時間が延びてしまいました。
 とりあえず今回は原作中では無かったプレイアデスと杏子との邂逅を描いてみました。まあかずみマギカでも一応ミチルと杏子は会ってるんですけどね、回想程度ですけど。
 次回は杏子とゆまと聖団メンバーのお茶会をやるつもりです。そろそろ本編に戻るべきでしょうかね、これ…。



[35815] 第14話 魔法少女達のお茶会
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆175723bf ID:9f458038
Date: 2013/05/29 19:33
「へー、この街で魔法少女のチームを、ねえ…」

 「そっ、魔法少女のチームを組んで、魔女と戦ってグリーフシードを確保しているの」

 その頃杏子とゆまは、魔法少女達、通称プレイアデス聖団のメンバー達に、お茶とお菓子をご馳走になっていた。杏子はお菓子を食べながら、聖団のリーダーであるミチルに色々と質問をしていた。
 ミチルの話によると、このプレイアデス聖団は和紗ミチルが魔女から助けた少女達を中心として組まれたメンバーで構成されており、後にセージ、ハクレイとその娘であるかずみも加わって現在に至る、ということである。

 「あの爺さん達って聖闘士とかいう連中のお偉いさん達だろうが、何でそんなのと知り合いになったんだ?」

 「ん?まあグランパ達にちょっと助けられちゃって。それでね」

 「助けられたって、魔女との戦いで、か?」

 「…まあ、そんなところかな」

 杏子の質問にミチルは曖昧な笑みを浮かべた。周囲の聖団のメンバーも、一瞬何処となく表情が暗くなった。杏子は、若干不審に思ったものの、直ぐに元の雰囲気に戻ったため、特に気にする事は無かった。

 「まあそれはそれとして、だ。お前らグリーフシードはどうしてんだよ?こんな大人数じゃグリーフシード一個じゃ足りねえだろ?この街にゃ魔女多いのかよ?」

 杏子はクッキーを頬張りながらミチル達へ再び質問をする。
 確かにグリーフシードはソウルジェムの穢れを移して溜めこむ事が出来る。
 だが、その許容量には限度と言うものがあり、複数人使うとしても精々二、三人が限度、聖団はかずみを除けば魔法少女は七人だからとてもではないが一個では足りないだろう。
 魔法少女の中には、穢れを溜めこんだグリーフシードを適当にばら撒いてわざと魔女を生み出すような輩も居るらしいが、まさか彼女達も…?

 「んー、何考えているか大体分かるけど、私達は魔女の養殖とかしてないからね?」

 「…あたしの考えてることよく分かったな、じゃあどうやってやってんだよ?」

 杏子は憮然とした表情でミチルに質問する。と、ミチルはまた何処か曖昧な笑みを浮かべて

 「まあ、グランパ達の力を借りてるってところかな?」

 曖昧な返事を返した。そのはぐらかされるかのような返事に杏子は機嫌が悪そうにムスッとした表情をする。

「…あの爺さん達の力を借りるって、一体どうしてんだよ?」

「セージさん達は小宇宙をソウルジェムに流す事でソウルジェムの穢れを除去することが出来る。それで私達はそこまでグリーフシードに頼らなくてすんでいるわけだ」

 「ま、それでも万が一ってこともあるからグリーフシードは確保しているけど、ね」

 ミチルの代わりにサキとみらいが杏子の質問に答える。確かにあんなとんでもない能力を持つ聖闘士なら、ソウルジェムの浄化程度はやってのけてしまいそうだが、本当にそんな事ができるのだろうか?杏子は疑問に思った。

 「浄化っつても具体的にどうすんだよ?」

 「んー、なんでも魂を一度引き抜いてどうのこうのって話なんだけどー…、正直私達もよくわかんないんだよね~、あははは…」

 「あははははって…。つうかさっき魂引き抜くなんつー事言ってなかったか?」

 「don’t mind! don’t mind!それよりこのケーキかずみちゃんが作ったんだよ?食べて食べて!」

 「話逸らすな!まあ食うけどよ」

 文句を言いつつも杏子は皿に盛られたパウンドケーキを齧る。
 ミカンの果実とハチミツが練り込まれた生地で作られたそれは、確かに美味い。ミチルが作ったクッキーも中々に美味かったが、こちらも中々イケる。
 こいつら顔だけじゃなくて料理が上手い所まで似ているのか、と杏子は考えた。

 「そりゃそうとお前ら一体どういう願いで魔法少女になったんだ?生きるか死ぬかの修羅場に入ってんだ、それ相応の願いがあるんだろ?」

 杏子は何気なく聖団のメンバーに質問する。
 魔法少女は文字通り生きるか死ぬか、奇跡の代償に魔女との殺し合いを義務付けられる。
 そんな危険極まりない道を選んだのだからそれ相応に叶えたい願いがあったのだろう。それが何か単純に気になり、本当に何気なく聞いてみたのだ。
 と、さっきまで明るい表情をしていたミチルが、どこか悲しげな表情に変わる。聖団のメンバーも複雑な表情を浮かべており、魔法少女でないかずみも、どこか辛そうな表情をしている。

 「願い、か…、まあ、別に話してもいいけど聞いてて面白い話じゃないよ?」

 「あ、いや、話したくねえなら話さなくてもいいけど…」

 ミチル達の雰囲気から、聞くべきではなかったかと考えた杏子はあわててそう付け足すが、ミチルは少し弱々しく首を振った。

 「いいよ、別に、秘密にすることでもないし…」

 そして、ミチルはポツリポツリと自分の願いについて話し始めた。

 外国に留学していたミチルは、祖母が危篤と言う知らせを聞き、留学先から急いで帰国した。が、その帰路で彼女は魔女に襲われ、たまたま通りすがりの魔法少女によって命を救われた。
 家に戻った時には祖母の意識は無く、医者からも意識を取り戻す事はもう無いと宣告された。
 延命治療でしばらく生かすことも出来ると言われたが、そんな事をすれば祖母の意思を穢す事になるという理由で断った。
 ミチルはもはや自分に語りかけることも、見てくれることも無く眠り続ける祖母の枕元で、祖母をじっと見ていることしか出来なかった。
 
何も出来ない、何もしてあげることが出来ない。

 もっと、もっと教えて欲しいことが有ったのに、話したいことが有ったのに…!!

 そんな時、ミチルの目の前にキュゥべえが現れ、願いと引き換えに魔法少女になる契約をするよう促してきた。
 ミチルはそれに同意し、キュゥべえに願いを告げた。

 祖母の意識を、死の直前まで取り戻して欲しい、と。

 キュゥべえは病そのものを治すことも出来ると言っていたが、祖母の意思を尊重し、ミチルはあくまでキュゥべえに祖母の意識を取り戻させることを願った。
 願いを叶えたミチルは、祖母が天に召されるまでの短い間、祖母と共に過ごし、まだ教えてもらっていなかった料理等を教えてもらった。
 祖母の死の後、彼女は魔法少女として魔女との戦いに明け暮れる事となった。
 そんな時、彼女は魔女の影響で自殺を図ろうとしていた六人の少女と出会った。それがサキ達であり、ミチルに救われた六人は、彼女と同じ魔法少女となってミチルと一緒に戦うためにチームを結成した、それがプレイアデス聖団であった。


 「なるほどねえ…、ま、お前ら全員波瀾万丈な人世送ってんだな」

 杏子はミチルの話を聞き終えると、手元のカップの紅茶を一口飲んだ。
 ニコの願いについては本人が言いたがらなかったため分からなかったものの、残りのメンバーの願いは本人達の口から聞くことができた。

 サキの願いは「妹の大好きなスズランが永遠に咲き続けること」

 海香の願いは「自分の作品を認めてくれる編集者との出会い」

 カオルの願いは「試合で傷ついた全ての人を救うこと」

 みらいの願いは「自分の友達だったテディベアのための博物館」

 里美の願いは「動物と会話できる力が欲しい」

 異なる絶望を味わい、ミチルによってその絶望の淵から救われた彼女達はこれらの願いを対価に、命を懸けて魔女と戦い続ける運命を背負う事になったのだ。

 「ま、波瀾万丈といえばそうだね。でも、そんな過去があったから今の私達が、プレイアデス聖団があるって訳。まあ確かに魔法少女はキツイけど、大切な友達もできたし、グランパ達にも会えたから、後悔はしてないよ?」

 「ふーん、ま、グリーフシード無しで穢れ浄化する手段があるんだし、今の生き方満足してんのならあたしは何も言わないけど、な」

 杏子は心底どうでもいいといいたげにクッキーを口に放り込む。
 自分の邪魔をしたりしないのなら、わざわざ彼女達を敵に回す必要は無い。
 もっとも今の所はあすなろ市にまで遠出しなければならないほどグリーフシードには困っていないため、彼女達と敵対する気は元々無いのだが。ただ、自分に突っかかってくるのならば正当防衛はさせてもらうが…。
 ミチルは、そしてプレイアデス聖団のメンバーはそんな杏子をじっと見ている。その表情は、何処か複雑そうであった。

 「?おねーちゃん達何でキョーコ見てるの?」

 「んあ?何見てんだよお前ら?」

 お菓子を頬張っていたゆまが、いつの間にか杏子を見ているプレイアデスの少女達に気がついて不思議そうな声を上げる。それで気がついた杏子も周囲の視線に顔を顰めながらミチル達を睨みつける。

 「へ?い、いやいや何でもない何でもない!!そういえば杏子ってグランパ達と知り合いなの?かずみは杏子と会った事、あるっけ?」

 「ううん、無いよ一度も」

 ミチルの慌てる姿に不審そうな表情を浮かべながらも、杏子はとりあえず納得したかのように引き下がった。

 「あたしとゆまはあの爺さん達とは初対面だぜ。アルデバランのおっちゃんとは聖闘士の上司ってことで知り合いらしいけどな」

 「へー、そうなんだ…」

 杏子の言葉に納得したように頷くミチルとかずみだが、内心では本心がばれなかった事にホッとして息を吐いていた。他の聖団のメンバーも同様である。
 彼女達は魔法少女の秘密については全て知っている。無論、ソウルジェムが濁りきれば魔女化してしまうことも、かつて目の前でミチルが魔女化したのを見ているため当然知っている。
 目の前で暢気にクッキーとパウンドケーキに舌鼓を打っている杏子も、ソウルジェムを持っている以上いずれ魔女化してしまう。
 いくら赤の他人だったとしても、一度知り合った知人が魔女となってしまうのはミチル達にとっても居心地が悪すぎる。
 その為出来れば彼女の魂を元に戻して魔女化を事前に防いであげたいと考えていた。
 が、ハクレイ達は『まだ時ではない』と言って杏子にソウルジェムの秘密については一切伝えないよう聖団のメンバー全員に口止めした。通常なら有りえない判断を下したセージとハクレイにさすがに聖団のメンバーも訳が分からなかったものの、その表情が何時に無く真剣であったため、やむを得ず彼女には黙っていることにしたのだ。

 「…ねえ、ゆまちゃん」

 「ん?なに?里美おねーちゃん」

 キョトンとした表情で此方を向くゆまを、里美は可愛いと思いながらも少し真剣な表情で彼女に質問する。

 「ゆまちゃんは魔法少女のことについて知っているみたいだけど、もしかしてゆまちゃんも魔法少女なの?」

 「んーん、ゆまは魔法少女じゃないよ?なっちゃだめだっておじちゃんとキョーコがおこるから」

 「ケッ、なんも知らねーガキが火遊びなんざするもんじゃねえよ」

 杏子は照れ隠しなのか顔を背けてカップに注がれていた紅茶を一気飲みする、が、淹れたてで熱々の紅茶を飲んだせいで口の中を火傷したのか顔を真っ赤にして苦しそうにしている。
 それでも紅茶を噴き出さない辺り、流石というべきだろうか…。

 「全く、あんな熱いものを一気飲みするからだよ。ほらっ、水!」

 「う~…ワリィ…」

 「もー、キョーコったらあわてんぼーなんだからー」

 「う、うっせえ!!」

 杏子はみらいから差し出された氷水を飲んで口の中を冷やす。そんな杏子をからかうゆまを、里美はホッとした表情で見ていた。
 考えてみれば彼女はキュゥべえと契約するには若干幼いのだが、それでも魔法少女と一緒に居る以上、どうしても心配になってしまうのだ。

 「にしてもこの菓子旨いな~。お前ら料理得意なのか?」

 と、杏子がクッキーを齧りながら思い出したように聞いてきた。ゆまも美味しそうに頬を緩ませながらケーキを食べている。

 「あー、まあ、ね。グランマから教わったしご飯は私とかずみちゃんの担当だから、ね」

 「うんうん、時々皆でご飯作る時あるけど、基本的に食事当番は私とミチルだよね~」

 「へー、ああそういやお前ばあちゃんに料理やら教えてもらったんだよな?」

 杏子の言葉に、ミチルは懐かしそうな表情を浮かべてコクリと頷いた。

 「料理だけじゃないよ。グランマは私に色んなことを教えてくれた。“食べ物を粗末にする奴は悪人だ”とか“パンを捨てた娘は地獄におちる”とか…」

 「…ほとんど食い物関連の奴じゃねえかよ…。でも結構良いこと言うばあちゃんじゃねえか」

 杏子は少し呆れ気味に、しかし面白そうな表情を浮かべている。彼女自身も食べ物は粗末にしない主義であるため、ミチルの、そしてミチルの祖母の言うことが良く分かるし、彼女達に好感も抱き始めている。
 
 「でもキョーコもごはんで『くいものをそまつにするなー!』っていつもゆまに言ってるよね~。それにゆまがごはんたべてるときいつもどなってくるし~」

 「ったりめえだろうが!食い物粗末にすんな勿体ねえ!それにメシ食ってる時のマナー位できねえでどうすんだよ!!」

 「ふーん!そーいうキョーコだってゆまかおじちゃんが起こさないととあさ起きれないくせに~」

 「なっ!?ゆ、ゆまテメエ!!」

  自分の寝坊癖を暴露され、杏子は顔を真っ赤にしてゆまを怒鳴りつける、が、ゆまはどこ吹く風でみらい、里美の二人と話をしていた。そんな二人の様子にミチルとかずみは笑っていた。

 「まあまあ落ち着いてって杏子。でも杏子って食べ物粗末にしないんだね~。ちょっと意外かも…」

 「さり気なく失礼な事言うなオイ…。そんなの普通だろうが。食い物無きゃ人間生きてけねぇんだからよ、大事にすんの当然だろうが」

 杏子はブスッとした表情でかずみに返答を返す。かずみはゴメンゴメンと謝罪するが、そんな杏子に、ミチルは嬉しそうな表情で見ていた。
 ミチルの視線に気がついた杏子は、不機嫌そうな表情で此方を向いてニコニコ笑っているミチルを睨みつける。

 「んあ?何だよミチル」

 「ん?いやね、やっぱり私の勘は正しかったなー、って思ってさ」

 「はあ?お前の勘って何…ってうお!?」

 突然肩を組んできたミチルに杏子はびっくりして素っ頓狂な声を上げる。そんな杏子に構わずミチルはニコニコと笑みを浮かべている。

 「グランマは言ってたよ。食べ物を粗末にしない人に悪い人は居ないって!キミは食べ物を無駄にしたり粗末にしたりしない、だからキミは良い人に間違いない!
 うん、これも何かの縁だから私と友達にならない?杏子」

 「はあ!?何でいきなり友達に発展すんだよ!?」

 「いいじゃんいいじゃん!!魔法少女同士、そして食べ物を大事にする同士って事で仲良くしようよ杏子!!これからよろしくMy new friend!!」
 
「勝手に決めんじゃねえ!!ったく…」
 
 杏子は肩を組んで嬉しそうに笑っているミチルから顔を背け、「クソッ」と悪態をつきながら少し顔を赤らめた。

 「ねーねーキョーコなんで顔赤くなってるのー?」

 「んー…あれは照れてるだけでござそうろう」

 そんな杏子の姿を不思議に思ったゆまが、ニコとそんな話をしていたのはまた別の話。

 
 アルデバランSIDE

 「ほお…、魔法少女のチームを、ですか…」

 「そうだ。我等はこの街で魔女の討伐及び他の魔法少女の捕縛の為に活動しておる」

 「捕縛した魔法少女はソウルジェムを体内に戻して記憶を消した上で解き放っておる。今頃は魔女や魔法少女とは縁の無い生活を送っておる事であろうな」

 その頃アルデバランは教皇であるセージ、その補佐役である祭壇座のハクレイから今現在の状況、そしてこれからについて話し合っていた。
 セージ、ハクレイ兄弟は聖団メンバーと協力して『魔女狩り』及び『魔法少女狩り』を行っていた。魔法少女狩りと言っても別の時間軸で行っていたような魔法少女とソウルジェムを切り離してレイトウコに放り込む、等と言うようなことはしていない。
 彼らの行っている魔女狩りは、まず魔法少女を捕らえ、積尸気冥界波でソウルジェムを身体に戻す、その後海香の記憶操作で魔法少女であった記憶を消した後、そのまま解放すると言った形だ。
 ジュゥべえの情報では、一度魔法少女契約を行った魔法少女は、たとえ契約を解除したとしても二度と契約は出来ないとの事だ。彼曰く、『奇跡は一度っきり』だそうだ。
 ハクレイ達の力では魔法少女契約は解除できないものの、少なくともソウルジェムを身体に戻して魔女化を防ぐ事だけは可能だ。ならばせめてソウルジェムを体内に戻し、魔法少女になった記憶、そして魔法に関する記憶を海香の力で操作して、魔法少女達をただの少女に戻して元の日常に戻れるようにしよう、と計画したのだ。
もっともこの街にはそこそこ魔女が居るものの、既にプレイアデス聖団という魔法少女集団が居る為か、わざわざ遠くから魔法少女が来るなどと言う事はあまり無い。この街で聖団と活動し始めた頃には相当いた魔法少女も今では粗方狩りつくしてしまい、キュゥべえが出てきたという話も今のところは全く聞かない上、サキ達の魔法で人間がキュゥべえを認識出来ない結界も張ってあるため、この街で新しい魔法少女が生まれる可能性も低い。    
その為セージ達は最近ではわざわざ別の街まで出向いて魔法少女狩りをおこなう事もあった。もっとも大抵は空振りに終わって聖団のメンバーとの観光ツアーになってしまうのだが。

 「最近はあまり魔女も魔法少女も出てこぬからのんびりできておるがな。先日京都に行ったときは完全な観光旅行になってしまっておった」

 「まあたまにの骨休めには丁度良かったがの。しかしまあ、これだけ暇なのは良いことなのか悪いことなのか…」

 「はは、まあまあ良いではありませぬか。私など一人やかましいじゃじゃ馬の世話があって暇などございませんからな」

 退屈そうな表情を浮かべる老人二人にアルデバランは苦笑いを浮かべる。
 生前は聖戦に明け暮れ、暇な時間等彼らには殆ど無かった。無論、自分達黄金聖闘士も同様だ。だが、新しい生を受けてからは、時には強大な敵と戦うようなこともあったものの、基本的には平穏な日々を送る事が出来るようになっていた。確かに、かつて生きてた頃に比べれば相当暇だろう。

 「まあ、生き返ったばかりの頃はかなり忙しかったがの。やれ日本語の特訓だの現代機器の使い方だの…」

 「あの時代に慣れるまで我等は軽く2カ月はかかりましたな。レグルスとカルディアなどは半年近くかかりましたが…。全く、その間にどれだけの家具やら携帯電話やらが犠牲になった事やら…。一刀も泣いておりましたし、朱里嬢など泡を吹いて卒倒しておりましたわ…」

 「は、ははははは…、まあ、今となっては良い思い出、なのでしょうかなあ…」

 セージとハクレイが、何かを思い出すかのように溜息を吐き、アルデバランは少し引き攣った笑みを浮かべる。
 生き返った彼等聖闘士達は、新しい世界で暮らしていくために依頼主と彼に仕える少女達によって日本語、電化製品の使い方等を教わったのだがいかんせん自分達の生きていた時代とは隔たりが大きすぎ、日本語はともかくとして電化製品の使用には相当四苦八苦していた。
 デジェルのような頭脳派、マニゴルドのような要領の良い性格の人物はせいぜい2、3日程度で大抵の電化製品を使いこなせるようになったものの、それ以外の聖闘士、特にレグルス、カルディアのような細かい事が苦手な性格の聖闘士は2ヶ月以上、最悪半年以上の時間をかけてもまだ使いこなせないという有様だった。そして、時にはついうっかり電化製品を破壊してしまい、依頼主に土下座する羽目になったこともあった。

 「もっともそのお蔭で今では携帯電話で電話とメール程度は出来るようになったがの」

 「それまで長かったですな…。マニゴルドの奴は精々一週間程度で使いこなしておりましたが、な。やれやれ、修行の時もあれだけ熱心にやってくれれば私も苦労せずに済んだのですが…」

 「私も幾つ携帯電話を握り潰した事か…。いやはや一刀達には申し訳ないことをしましたなぁ」

 碌に電化製品の一つも使いこなせなかった頃を思い出して、セージ、ハクレイは懐かしそうに、アルデバランはどこかすまなさそうな表情を浮かべた。

 「まあこの話はこれまでとして、じゃ。アルデバラン、どうじゃ久しぶりの子育ては」

 「ははははは、別に子育てというほどのことはしておりませぬよ、ハクレイ様。ハクレイ様こそご息女を赤子の頃からお育てになるのは苦労なされたでしょうに」

 豪快に笑うアルデバランに、ハクレイもククッと笑い声を上げる。

 「まあのう。シオンやアヴィドは幼いというても3、4の頃から育てた故に手はあまりかからなんだが、かずみは赤子の頃から育てたからのう、苦労したわい」

 「毎晩毎晩泣き喚くかずみによく起こされたものですなあ。毎日毎日子育ての本やらを読んだり、紫苑殿に赤子の育て方を教わっていた事もありましたな」

 赤ん坊を育てていた時の事を思い出して苦笑いをするハクレイに、セージはニヤニヤ笑いながら茶々を入れる。そんなセージをハクレイは苦々しそうに見る。

 「…まあ、たしかに漢升殿には幾分世話になったのう。やはり子を持つ親は違うわい」

 ハクレイは頭を掻きながら大きく溜息を吐いた。
 かずみがまだ赤ん坊だった頃、ハクレイは赤ん坊の子育てに毎日毎日奔走していた。
 おむつを替えたりミルクを作ったり夜中に泣きだすかずみに起こされたり…。
 子育ての際には子育てに関する本を何十冊も読みふけり、依頼主の臣下で唯一の子持ちの黄忠に色々と教えてもらったりとある意味聖戦並に忙しい毎日を送る羽目になった。
 …もっともかずみが成長して手がかからなくなると、しばしばあの忙しい日々が懐かしく感じてしまうのであるが…。自分も意外と親馬鹿なのか、とハクレイは少し苦笑いを浮かべた。

 「…失礼ですがハクレイ様、何故紫苑殿の事をいつも漢升殿と呼ぶのでしょうか?他の者らは真名でお呼びになられると言うのに」

 と、今まで黙っていたアルデバランがふと気になったのかそんな事を口にした。そんなアルデバランの疑問を聞いたハクレイは、先ほどとは一転してどこか複雑そうな表情を浮かべてチラリとセージを見ると、再びアルデバランに視線を向ける。

 「……シオンの奴を思い出すであろうが」

 「ああ…なるほど…」

 「確かに、そのものな名前ですからな…」

 ハクレイの返事にセージとアルデバランは納得して頷いた 
 黄忠は字である漢升以外に真なる名、真名として紫苑と言う名を持っている。
 そしてハクレイの弟子である牡羊座の黄金聖闘士の名前もシオン、彼女と同じ名前である。
 一応真名で呼ぶ事は許されてはいるものの、ハクレイにとっては自らの弟子と名前がかぶって紛らわしい為、黄忠の事は漢升殿と字で呼んで区別しているのだ。

 「まあ…、シオンは童虎と共に蘇っておらぬゆえに気にする必要は無いのかもしれぬが、な」

 「兄上…」

 「ハクレイ様…」

 ハクレイの何処か寂しげな表情にセージとアルデバランは思わず口を閉じる。
 牡羊座のシオンと天秤座の童虎は、他の黄金聖闘士とは違い蘇っていない。
 依頼主曰く、「魂と肉体の回収が出来なかったから」との事らしい。
 彼等はあの聖戦の後も生き残り、246年後の新たな聖戦の折りに再び戦場に出る事になる為、それも仕方が無いと言える。
 それでも再び生きて愛弟子に会えなかったのはハクレイとしても心残りであろうが…。

 「…心配するでない。あの弟子がどう生き、何を成し遂げたかはもう知っておる。あ奴の生き様はちゃんと見届けた。ワシにとってはそれだけで満足じゃよ」

 心配そうにこちらを見てくる二人に、ハクレイは何でもないかのように笑みを浮かべる。
 あの聖戦で生き残ったシオンと童虎が、そして後の世代の黄金聖闘士がどう生き、どう戦い、どのように逝ったかは依頼主の話、そしてその外史を見たことで知っている。
 命を懸けて若き聖闘士達を導き、後を託していったシオンと童虎の姿に、セージとハクレイ兄弟は悲しさを感じつつも、誇らしさも感じていた。
 そしてハクレイにとって、自分の全てを託した愛弟子のその姿を見れた事、それだけで満足であった。

 「…まあそれは取りあえず置いておくぞ。それはそれとして、そろそろ『物語』も始まる頃じゃのう」

 ハクレイは雰囲気を切り替え、セージとアルデバランの二人に視線を向ける。両者ともに表情を変えて、コクリと頷く。

 「我等はあすなろ市から動く事はしばらく無いであろう。故に、後は見滝原にいる黄金聖闘士達とアルデバラン、そなたが頼りになるのだが…」

 「杏子達の件は私にお任せ下さい。万が一の時にはシジフォス達の援軍に行けるように準備を整えておく所存にございます」

 「うむ、ワルプルギスの夜はいかに強大といってもただ打ち倒すのみなら黄金聖闘士一人で充分だ。が、出来うる限り見滝原への被害は最小限に留めたい。故に、そなたはシジフォス、マニゴルド、そして後から来るデジェルとアルバフィカと協力し短期決戦で決着をつけるのが上策であろう」

 既にワルプルギスの夜、そしてそれよりも遥かに強大な魔女との戦いは此処とは別の時間軸で経験済みである。無論、どの戦いも勝利で終わっている。
 被害を度外視した上での戦闘ならば黄金聖闘士一人、たとえ被害を抑える為に短期決戦を挑むとしても、黄金聖闘士が精々二人、多くても三、四人も居れば十分である。当然魔法少女が居なくても問題は無い。

 「まあ万が一という事もあるからワシらはミチル達を鍛えておるがな。ワルプルギスが消えたとしてもまだ魔女はそこらにおるからの。…ついでにインキュベーター共も何とかせねばならぬが…」

 ハクレイの言葉にセージとアルデバランも黙り込む。
 確かに、ワルプルギスの夜を倒したとしても根本的な解決にはならない。魔法少女を、そして間接的に魔女を生み出し続けているキュゥべえを何とかしない限り再び第二、第三のワルプルギスの夜が出現しないとも限らないのだ。
 ジュゥべえの情報では、たとえインキュベーターを一体一体殺したとしても、すぐさま新たな個体がこの地球に送られてくる上、インキュベーターは幾らでも増殖できるため、一体一体殺したとしてもほとんど意味が無いという。そのためたとえ聖闘士の力を使ったとしても奴らを殺しきれるかどうかは分からない。

 「カール・クラフト殿の素粒子間時間跳躍・因果律崩壊をもって存在そのものを無かった事にするのならばまだ奴らを絶滅できる可能性は有るのですが、な…」

 「あの男が我等の頼みを聞いて動くとは到底思えんし、動いてもついでに色々厄介な事がおきそうだしの。止めとけ止めとけ」

 部屋に居る三人は同時に深い溜息を吐いた。
 依頼主の家に居るあの同居人の力ならば、その気になればインキュベーター程度を絶滅させる事も容易いだろう。が、あの男が自分達の頼みを聞くかといえば…ノーと言わざるを得ない。色々な意味で自分の世界に引き篭もっているあの男に頼んでもまず無駄だろう。  
その引き篭もりっぷりには彼の親友である『黄金の獣』も盛大な溜息を吐いて呆れていた。
 それにたとえ動いたとしてもまた他人の人生を色々と弄くって下手をすれば魔法少女達がその被害に遭いかねず、ある意味キュゥべえ以上に性質の悪い事態になりかねない。やめておいた方が無難であろう。
 
 「まあ、キュゥべえについての対策は追々考えるしかありますまい。今はまだ魔法少女となっていない者達、特に鹿目まどかの魔法少女化の阻止、ですな」

 「うむ、あの娘が魔法少女になるかならぬか…、それが世界の分かれ目とも言っても良いからの。いずれそなたが養っておる娘が会うことになるやも知れぬが、その時は頼むぞ、アルデバランよ」

 「…御意に」

 セージとハクレイの指示に、アルデバランは頭を下げて了解の意を示す。
 そこまで話し終えたときには、何時の間にやら太陽は地平に沈み始めていた。


 杏子SIDE

 勝手にミチルから友達認定されてしまった杏子は、何だかんだ言いながらも聖団とのお茶会を楽しんでいた。
 あまり他人とは関わり合いたくないとは思っていたものの、別に人見知りが激しいわけでも無いため、そこそこ場の雰囲気に馴染んでいる。ゆまも里美達と楽しそうに話していることであるし、杏子自身勝手に友達にされたのはどうかと思うものの、ミチルは悪い人間ではなさそうであるし、食べ物を大事にすると言う性格は杏子自身気に入っている。
 住んでいる場所も離れているためグリーフシードの争奪戦も今のところは起こらないであろうから、杏子自身も彼女達と友達になってもいいかな、と考え始めていた。
 そんな風に結構楽しい時間を過ごしていたら、話が終わったのであろうアルデバランとセージ、ハクレイ兄弟が部屋に入ってきた。
 アルデバランがそろそろ帰る時間だと告げてきたので時計を見てみると、もう既に4時をまわっている。此処に着いたのが正午頃であったから相当長い時間を過ごしていた事になる。
 ミチルとかずみは杏子と別れるが名残惜しそうであり、また来てねと何度も催促してきて、結局杏子もそのうち来ると約束する事になったのであった。

 「また来てね杏子!今度はグランマ直伝のイチゴリゾット作って待ってるからさ!」

 「ん、おうよ。何時来れっか分かんねーけど期待させてもらうぜ」

 「ゆまちゃん!またお姉ちゃんと一緒に遊びにおいでね!」

 「うん!かずみおねーちゃん!」

 「はっはっはっは!!何だ何だ、お前達すっかり仲良くなっているな!いやいや良かった良かった!」

 「んがっ!?べ、別に仲良くなんて…」

 アルデバランの豪快な声に杏子は顔を真っ赤にして俯いた。ゆまは反対に嬉しそうな表情ではしゃいでいたが…。

 「ああそうだ、杏子。君にこれを渡しておく」

 と、サキが杏子に向かってブリキ製の箱を渡してきた。いきなり渡されたその箱に、杏子は不審な表情を浮かべる。

 「なんだこりゃ?」

 「グリーフシードだ。もしソウルジェムが濁ったら使うといい。七個あるから大事に使ってくれよ」

 「なっ!?ぐ、グリーフシード!?ま、マジかよ!?」

 サキの言葉に仰天して箱を開けると、確かにその中にはグリーフシードが七個入っていた。杏子は半信半疑の表情でサキとグリーフシードを交互にチラチラ見る。
 そんな杏子の様子にサキはやれやれと言った表情で首を振る。

 「…話したと思うが私達はグリーフシードは必要とする事は無い。だからそれ位君にあげても問題は無い。せめてもの土産代りに持っていくといい」

 「ま、ほんの気持ちってところだよ。でも、ボク達が魔女七体倒して手に入れたものなんだから、無駄遣いは厳禁だよ!」

 サキの言葉に続けるようにみらいが杏子の鼻先に指を突き付け、まるで子供に言い聞かせるように釘をさす。そんなみらいの態度にちょっとだけムッとした杏子であったが、黙って箱の蓋を閉めると、軽く聖団のメンバーに頭を下げた。

 「…ん、ま、サンキューな。この借りはまた返す」

 「気にしなくていいよー。私達もう友達なんだしさー」

 恥ずかしそうに礼を言う杏子を、ミチル達はニコニコ笑いながら見ていた。
 そんな少女達を微笑ましげにセージとハクレイは眺めていた。

 「では、これにてお暇させていただきます、教皇、ハクレイ様」

 「うむ、後は頼むぞアルデバラン」

 「見滝原でシジフォス達に出会ったら奴等の手助けをしてやってくれ。まああ奴らなら心配いらぬじゃろうがな」

 「御意に…、さて、それじゃあそろそろ帰るぞ、杏子、ゆま」

 「ん、あいよ。んじゃミチル、かずみ、また会おうぜ」

 「はーい、また会おうね!おねーちゃん!おじーちゃん!」

 「See you again!杏子―!ゆまちゃーん!!」

 「次はもっと美味しい物用意して待ってるからまた来てねー!

 アルデバランはセージ、ハクレイに一度礼をすると、杏子とゆまを促して出入り口の門に向かって歩いていく。杏子はミチル達に一度振り向いて軽く挨拶をし、ゆまは手を思いっきり振りながら元気な声で挨拶をする。

 夕日に照らされながら三人はのんびりと帰り道を歩く。
 

 「ねーねーおじちゃん!おねーちゃん達が作ってくれたおかしすごく美味しかったよ!おじちゃんも食べにくればよかったのに~!」

 「ははっ!それは残念だったな。まあおじちゃんは大事な用事があったからな。だが仲良くなっていて結構だ。なあ、杏子」

 「あたしはあいつらに巻き込まれたようなもんだけどな。…ったく」

 杏子はグリーフシード入りの箱を放り上げてキャッチしながら恥ずかしそうに顔を背ける。そんな杏子を笑いながら、アルデバランは空を見上げる。

 「今日はいい天気だ。夜には牡牛座も見えるだろう。どうだ、帰ったら一緒に星でも見ながら飯でも食わんか?」

 「はあ?なんで星を見ながら?なんで今日?」

 不思議そうな表情でこちらを見てくる杏子に、アルデバランはニッと笑みを見せる。

 「なに、折角の記念だ。牡牛座の肩に輝く七つ星とお前達が出会えた、な」




 あとがき

 大分遅くなってしまいましたが、ようやく第十四話を書き上げました。

 今回はプレイアデスと杏子達の交流となっております。いやはや、オリジナル部分を書くのは難儀でした…。
 ミチルと杏子って食べ物大事にするって所から結構気が合いそうなんですよね。あくまで私の予想ですが…。まあ他の聖団のメンバーは…、どうか知りませんが…。
 ちなみに話に出てきた同居人は…、まあ名前出てるから分かると思いますけれど、某伝奇エロゲーに出てくる某コズミック変態ニートな人です。今では本物のニートになってしまい一刀の家の部屋に住みついているという有様です。
 何をしているかは…、それはおまけとかで後々…。

 次回からはようやく本編に戻る予定です。ようやく魔法少女になったさやかが活躍できるよ…。多分、ね…。



[35815] 第15話 死者との邂逅、新たなる魔法少女
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆175723bf ID:9f458038
Date: 2013/06/23 18:40
 「…あ~、なるほどな。なんともヒデエ有様だなコリャ」

 その日、マニゴルドとほむらはとある町外れにある教会だった廃墟の前に立っていた。
 その場所では以前神父であった人物一人を含む親子三人が一家心中をした場所であり、現在ではちょっとした心霊スポットにもなっている場所であった。
 心中の動機は今でも分かってはいない。ただ、この教会の主である神父はある時期から酒浸りの毎日を過ごすようになり、かつては毎日のように行っていた説法も行わなくなったという事が、周囲の住民からの情報で分かっていた。

 そして、その神父のもう一人の娘が行方不明であるという情報もたびたび聞かれた。

 神父が一家心中した後、教会には神父とその妻、そしてその幼い娘の三人の遺体しかなかった。
 もう一人の娘、自殺した幼い娘の姉の遺体が何処にも見当たらなかったのだ。
 結局、一家は全員自殺という事で決着がつき、行方不明の娘についても話題に上らなくなった。

 その娘の名前は佐倉杏子。キュゥべえとの契約によって、過酷な運命を背負う事になった魔法少女である。
 ここは彼女の生家、彼女が家族と共に過ごした場所である。
 マニゴルドは教会の周りを見回すと、苦虫を噛み潰したように顔を顰める。

 「ったく、こいつァ臭せェな。怨念やら何やらの負の思念の匂いがプンプンするぜ。いやマジで。これがホントの心霊スポットって奴かよ?」

 「さあね。ただ、ここでは佐倉杏子の家族が一家心中しているから、あながち間違いじゃないわね。案外幽霊でもさまよってるんじゃないの?」

 ほむらは冗談のつもりで返答したが、マニゴルドの表情は歪んだままであった。その表情に、ほむらは不審そうな表情になる。

 「マニゴルド?」

 「ああ、ほむらよ、ドンピシャだ。居やがるぜこの中に。全部で三匹」

 「なっ!?」

 マニゴルドの言葉にほむらはギョッとした表情でマニゴルドを見る。冗談だろうとマニゴルドに視線で問うが、マニゴルドの表情は変わる様子は無い。
 マニゴルドは鋭い視線で廃墟の入り口を睨む。まるで、その中に何かが居るかのように。

 「…中か。おうほむら、入るぞ」

 「ちょ、ちょっとマニゴルド!?」

 さっさと廃墟の扉を開けて中に入っていくマニゴルドを、ほむらは困惑の表情を浮かべながら追いかけた。
 廃墟の中はがらんとしており、全体的に暗い。
 破れたステンドグラスから入ってくる光以外には光源はどこにもない。
 床には埃が溜まっており、人が住んでいる形跡は全くと言っていいほどない。
 この廃墟には時折佐倉杏子が出入りしているはずであったが、彼女の気配は何処にもない。どうやら今回は不在のようである。
 もし居ればワルプルギスの夜打倒の為の同盟を組むための交渉をしようとほむらは考えていたものの、空振りした事はあまり残念とは思っていない。機会があればまた会えるだろうし、今の時間軸には魔法少女を凌ぐ力を持つ黄金聖闘士がいる。佐倉杏子と美樹さやか、鹿目まどか抜きであったとしてもワルプルギスの夜打倒は可能だろう。
 どっちみち佐倉杏子がいないのならこの廃墟に用はない。ほむらとしてはこんな不気味な所からさっさとお暇したいところなのだが、マニゴルドが何か気になるのか廃墟の中をキョロキョロ見回して帰るような素振りを見せないため、帰りたくても帰れないないのだ。
 痺れを切らしてほむらは、マニゴルドに声をかける為に彼の背後に近付いた。

 「マニゴルド…」

 「おお!!いたいた!んだよそこにいたのかよ。会いたかったぜー?幽霊一家の皆様?」

 「…え?」

 突然何もない場所に向かって話し始めたマニゴルドに、思わずほむらの手が止まった。
 マニゴルドは背後のほむらに気が付いていないかのように目の前の祭壇に向かってフレンドリーに話しかけている。ほむらは「訳が分からないよ」と言いたげな表情でマニゴルドを眺めている。
 
 「おいおいそんなこええ顔すんなって。俺達は別にお前らの居場所荒らしに来たわけじゃねぇのよ。ただお前さんの娘に会いたくて来ただけだっての」

 マニゴルドはニコニコ笑いながら何もいない所に話しかけ続ける。話しながら表情やしぐさを次々変えていく彼の姿に、ほむらはまるでパントマイムでも見ているような気分であった。そんな彼女に構わず、マニゴルドはペラペラと何も無い場所に向かって会話を続ける。

 「…んだからさあ、お前テメエの娘そこまで言うか?普通。もうちょっと言い方ってもんが…」
 
 「ね、ねえ、マニゴルド、何で何もない所に話しかけてるの?まさか何か悪いものでも食べたとか…」

 何も無い場所に話しかけるのをやめないマニゴルドに、さすがにほむらは心配になったのか、はたまた君が悪くなったのか声を掛ける。マニゴルドはほむらに振り向くとキョトンとした表情を浮かべている。

「は?何言ってんだお前?俺は今佐倉杏子の親父とお袋、ついでに妹と話してるだけだっての」

 「貴方こそ何言ってるのよ?佐倉杏子の親に妹なんて何処にもいないわよ?少なくとも私には何も見えないわ」

 実際ほむらの目には、マニゴルドが話しかけている祭壇の周囲には何も映っていない。佐倉杏子の親と妹どころか、人影や人の気配すらも感じ取れなかった。マニゴルドの姿は、どう見ても何もいない所に話しかけているとしか思えない。
 そんなほむらの様子に、マニゴルドは今気が付いたと言わんばかりに手をポン、と叩いた。

 「あー…そうかそうかそうだったな。そりゃしゃーないわな…」

 「…どういうことなの?マニゴルド」

 「お前にゃ霊感があまりねェからな。そりゃ見えるはずねえわ。俺の目の前にはな、死んだこの教会の牧師親子の幽霊が立ってるんだよ」

 マニゴルドの言葉にほむらは反射的に祭壇を凝視する。が、やはり見えない。
 そんなほむらを見て、やれやれと言わんばかりにマニゴルドは肩を竦める。

 「そんな目ェ皿にしても見えねえよ。幽霊見れるのは大体そういう事が出来る能力を持ってる奴だけだ。魔法少女でもまあ無理だろうぜ?」
 
 「能力って…、あのテレビとかで霊能力とか気とか言っているあの…?」

 そうそうそれそれ、とマニゴルドは頷いた。

 「まあ例えば、だ。生前スゲェ恨みやら怨念やらを抱いて死んだ魂、はたまた生前トンでもねェ超能力やら小宇宙やらを持っていた奴らとかは他の霊とは格が違いやがるから霊能力もクソもねぇ一般人でも見れるような霊体で活動することが出来る、が、こういうのは大体例外だ。
 大概の幽霊って奴はそれこそ本物の霊能力者やらそーゆーのを視る力が特別優れている奴…俗に言う霊感がつええ奴位しか肉眼で視るのは無理だ。せいぜい偶にカメラやらの写真とかで映るのを見る位しかねェよ」

 そこまで話したマニゴルドは、近くにあった椅子に腰かけ、背もたれに寄りかかる。

 「…まあお前が魔法少女になる前は霊感が強くて幽霊見るのは日常茶飯事だった、ってんならまあ話は別だが、お前今まで一度も幽霊なんざ見たことねえんだろ?」

 「無いわ。むしろ見えたとしても気にも留めなかったでしょうね」

 ほむらの素っ気ない返事にマニゴルドは気を悪くした様子も無く、「そりゃそうか」と頷いた。

 「んでまあ俺はここの親御さん達に娘が何処行ったか聞いたんだけどよ、ここ数カ月ここにゃあ来てねえらしいぜ?」

 「そう…」

 マニゴルドの言葉に、ほむらは頷いて、もう一度マニゴルドが幽霊が居ると言った祭壇に視線を向けた。
 ほむら自身はホラーやオカルトマニアと言うほどではないが、幽霊とかお化けについてはそこそこ興味はある。無論まどかやワルプルギスの夜撃退に比べれば遥かに些細であり、実際別の時間軸では興味の欠片も抱かなかったが、なんとかまどかの救済、ワルプルギスの夜の撃退の目処が立っていることから、多少なりとも心に余裕が生まれていた。
 そして彼女は少しだけ思った。
 自分も幽霊を見れるようになれるのか、と。
 不遇の死を遂げた人間の前で不謹慎だとは分かっているものの、それでも好奇心は抑えられなかった。

 「…ねえ、マニゴルド」

 「あん?」

 「私も、幽霊を見れるようになれるかしら、と、言うより、貴方の力で幽霊を見せる事できる?」

 ほむらが興味深々と言った様子で聞いた時、マニゴルドの表情が変化した。先程の面倒そうな表情から、まるでどうしたらよいか悩んでるような表情を浮かべ、髪の毛を掻いている。

 「あー…、まあ…、見せられねェ、事も、ねェんだけどよ…」

 と、マニゴルドは何とも歯切れが悪い返事をする。その表情はほむらの要求にこたえるべきかどうか迷っているようであった。
 ほむらはそんなマニゴルドを不審そうな表情を浮かべる。

 「何?何か問題でもあるの?」

 「まあ、問題っつうかなんつうか…。お前、幽霊ってどんな姿してっか知ってるか?」

 「額に布が付いていて、死に装束纏っていて足が無い…?」

 ほむらの返答を聞いて、マニゴルドがやっぱりと言わんばかりに溜息を吐いて顔を俯かせる。
 やがてマニゴルドはどこか憐れそうな目つきでほむらを見ながら、絞り出すように言葉を出す。

 「…外れだ。幽霊の姿はな、基本的に死んだ直後の姿だ」
 
 「…え?」

 マニゴルドの答えに、ほむらは一瞬呆然とした。そんなほむらを無視してマニゴルドは話を続ける。
 
 「まあ無論例外はあるっちゃある。生前の怨念やらでこの世に残ってる霊にゃ怨念強すぎて姿そのものが生前とは変化しきっちまってる…ようするに人間やめてる状態の奴がたまーに居る。   
他にも生前小宇宙やらを持ってる奴にゃ霊体の姿を生前の生きていた頃の姿に変える事が出来る奴らも居る。…だがな、大抵の連中の霊体の姿は死んだ時のままだ。
 分かりやすい例上げんならゾンビかはたまた…、ほら、どこぞの魔法使い小説に出てきた殆ど首なし何とかって奴を思いだしゃいい」

 「ほとんど首なしニック、ね…。ていうか貴方ハリー・ポッター読んでたのね」

 「デジェルの奴に勧められて七巻全部読んだ。…まあンな事はどうでもいい。ようするにだ、死んだ当時の死体がそのまま目の前に立ってると言やあ分かりやすいか?俺は慣れてっけどお前は…まあやめたほうがいいかもしれねェと思ってな」

 マニゴルドの思わせぶりな言葉に、ほむらは彼が見ていた幽霊の姿が、一体どういうものなのか少し気になり始めた。

 「…ちなみに、どんな姿なの?」

 ほむらはマニゴルドに問いかける。マニゴルドは胡乱毛な表情で一度ほむらを見ると、一度祭壇の方に視線を向けて、再びほむらに視線を戻し、ジトッとした目つきで答える。

 「…母親と娘は胸やら首やらの刺し傷から血がだらだら流れて血塗れ、ギリギリ内臓はとびでちゃいねェな。親父の方は口から血ぃ流して首の骨が圧し折れてヤバい方に曲がってらあね」

 「……」

 一瞬想像したほむらは、思いっきり顔を顰める。
 なるほど、それは相当ショッキングなものだろう、マニゴルドが見せるのを渋るのも分かる。
 もっともショックだったのはそんな両親と妹の姿をじかに見た佐倉杏子であろうが…。その苦しみと悲しみは彼女以外分からないだろう。
 ばつが悪そうな表情を浮かべるほむらを、マニゴルドは横目でジッと見ていた。

 「…そんなに見たいのか?生の幽霊」

 「…まあ、多少の興味、は…、あったけど。やっぱり不謹慎ね、死んだ人間、それも相当悲惨な死に方をした人間の魂を見たいだなんて…」

 「ふーん、そうかい…。ま、そう考えられンなら見せてもいいかもな…。ちょいと目を閉じな」 

 と、ほむらの視界がマニゴルドの掌で覆われる。ほむらは驚いて後ろを向こうとするが、「いいからちっとばかし目を閉じてろ」と押しとどめられ、仕方無く目を閉じる。
 すると、何やら体中に暖かい何かが入ってくるような感覚を覚えた。不思議と全身に何かが満ちていくような感じがして、不快な感じは無い。

 「おら、もう良いぜ」

 と、マニゴルドの声が聞こえたためほむらは目を開いた。

 「…!?」

 瞬間、ほむらは目を疑った。
 先程まで誰も居なかった祭壇に、人が三人立っていたのだ。男性、女性、そしてまだ幼いであろう少女が一人…。
 だが、よくよくみると彼等の身体は透けており、顔色もあり得ないほど青白い。
 そして女性と少女の胸や首は真っ赤な血で染まっており、男の口からは血が流れている。
 ほむらは背後にいたマニゴルドに恐る恐る振り向く。

 「ま、マニゴルド、この三人って…」

 「おうよ、お前が見たがっていた佐倉杏子の御家族三名様、だ」

 マニゴルドはニッと笑顔を見せる。ほむらは戸惑った表情でマニゴルドと杏子の家族の幽霊を見比べる。

 「え、で、でも私は幽霊を見れないって…」

 「だーかーら、見れるようにしてやったんだろうが。俺の小宇宙をお前に流してな」

 マニゴルドの話によれば、先程ほむらの身体に自分の小宇宙を流し、一時的に霊の姿を見れるようにしているらしい。何でもマニゴルドの小宇宙は霊などに対して相性がいいとの事らしいが…。
 
 「ついでに話も出来るようにしてやったぜ?幽霊と話せる機会なんて滅多にねえ。一つ二つ話でもしてみたらどうだ?」

 「……」

 ほむらはマニゴルドの言葉に答えず、視線を杏子の家族の幽霊に向ける。

 「はじめまして、というべきかしら。私の名前は暁美ほむら。貴方達の娘と同じ、魔法少女の一人よ」

 『魔法…少女…』

 ほむらの言葉に反応したのか、杏子の父親が口を開く。出てきた言葉はか細く、今にも消えてしまいそうだ。
 ほむらは杏子の父親の言葉に頷いた。

 「そう、貴方達の娘と同じ、奇跡を求めてキュゥべえと契約した存在。…貴方にとっては、魔女って言うべきかしら?」

 『………!!』

 ほむらの皮肉げな言葉に杏子の父親は肩を震わせ、顔を俯かせる。母親は両手で顔を押さえ、妹は母親の服の裾を握りしめている。
 ほむらはそんな幽霊三人を無表情で見つめながら、言葉を続ける。

 「貴方達が何故心中なんてしたか、それは杏子から聞いているわ。正直言って、無責任としか言いようがないわね。娘の思いやりを踏みにじって、挙句自分一人だけじゃなく無関係な二人を巻き込んで死ぬなんて…、呆れてものが言えないわ」

 『…黙れ、私の、私の気持ちが、お前に分かるか…』

 ほむらの情け容赦ない言葉に、杏子の父親は血走った眼で彼女を睨みつける。

 『私は、この世の苦しむ人々を救いたかった…!その為に新しい教えを作り、それを広めようとした…!!長い間、私の言葉は誰にも聞き届けられず、挙句本部から破門された…。
 その後私の教えが認められ、教会には多くの人々が詰めかけるようになった時は、ようやく私の、私達の苦難も報われた、主は私を認められたと歓喜した、感謝した…!だが…!!』

 杏子の父親は歯をギリッと噛みしめる。口からは大量の血があふれ出す。

 『それは全て、全て魔女となった杏子のまやかしだった…!!私のやってきた事は全て何もなしていなかった…!!それを知って私は絶望した…!何も為す気が起きなくなった…!!私は、この残酷な現実から逃れるために酒に逃げ、そして妻と娘を、この手で…!!』

 杏子の父親が無念そうな表情で、血を吐くように話していると、突然拍手の音が聞こえてきた。その音を聞いて、ほむらは音の聞こえる方向に視線を向ける。
 そこにはマニゴルドが、ニヤけた表情で杏子の父親を眺めながら拍手をしていた。

 「へえへえ随分な御高説で、アンタも苦労してんだね~、いや同情するわ~、泣けてくるね~、うんうん」

 マニゴルドは芝居がかった口調で、まるで馬鹿にするかのように杏子の父親に話しかける。そんな彼の様子に、杏子の父親の表情が一瞬怒りで歪むが、直ぐにその表情は青ざめる。
 表面上はふざけているように見えるが、マニゴルドの杏子の父親を見る視線は、その態度と口調とは違い、見られれば死んでしまうかのような殺気と怒りで満ちていたのだ。
 杏子の父が言葉を止めたのを見て、マニゴルドも拍手を止めると、椅子の背もたれに寄りかかり、杏子の父親に向かって侮蔑するかのような視線を向ける。
 
 「さんざん聞いてみたがオイ、テメエ人救うだの何だの言ってるけど結局テメエの主張を世の中に認められてえだけじゃねえのか?んでもって娘がわざわざ魂捧げて願い叶えて聴衆集めた事知ったら絶望って…。バカじゃねえのお前?挙句娘と嫁巻き込んで死ぬんだからどうしようもねェわ。
 ハーッ…、こりゃ杏子ちゃんも憐れだね~。こんな糞親父の為にわざわざ命懸けてんだからよ…、全く完全な死に損って奴だなオイ」
 
 『なっ…、何、だと…』

 杏子の父親はマニゴルドの言葉に怒りよりも先に動揺した。
 杏子が、自分の娘が命を懸けている…?魂を捧げた…?
 一体どういう事だ、あの子は魔女になったんじゃ…、愚かな自分を憐れんで人々を惑わして自分の事を嘲っていたんじゃないのか…?
 そんなあの子が自分の為に命を懸けるとは、死ぬとは、一体…。

 『どういう、ことだ…?あの子が、何を…』

 「そう言えば、貴方達は知らなかったわね、魔法少女の宿命を、魔法少女の運命を」

 ほむらは長い黒髪を掻き上がると、真剣な表情で佐倉杏子の家族達を見つめる。

 「教えてあげるわ、魔法少女の真実を。私達が、佐倉杏子が背負った一の希望と万の絶望というものを、ね」
 
 薄暗い教会の中で、ほむらの言葉が響き渡った。


 アルバフィカSIDE

 その頃アルバフィカは、この世界での拠点としているマンションの部屋のベランダで、プランターに咲いている薔薇に水やりをしていた。
 マンションのベランダはそこまで広さが無く、花壇を作って多くの花を育てる、等と言う事は出来ないが、プランターに植えられた薔薇は、日ごろアルバフィカが丹念に育てているからか、それにこたえるかのように鮮やかな赤や黄、ピンク色といった色とりどりの花を咲かせていた。
 アルバフィカは自分の育てた薔薇の育ち具合に、満足そうに頷いていた。生き返ってから、彼は薔薇に限らず花や草木のガーデニング、ついでに生け花や盆栽を趣味としており、任務や修行も無く暇な時には、草花の世話をしてその成長を観察したりするのが楽しみであった。
 そんな彼を見てマニゴルドやカルディアは「爺臭い」だの何だの言っていたことは別の話。
ついでにそれを知ったアルバフィカが二人にピラニアンローズやらブラッディーローズやらの弾幕を喰らわせたのもまた別の話。
 水やりも終わった事だし、折角だから花でも眺めながらティータイムにでも、と考えていた時、突然玄関でチャイムが鳴り響いた。
 そこまで頻度の多くないチャイムが鳴った瞬間、アルバフィカは先程までのご機嫌そうな表情から一転し、何処か嫌そうな、もとい面倒くさそうな表情を浮かべる。が、結局仕方が無いと言わんばかりに玄関まで歩いていき、チェーンをしたまま鍵を開ける。

 「…はい、どちらさまでしょうか。新聞は間に合っていますしセールスはお断りしております」

 もはや誰が来ているか分かってはいるものの、一応聞いてみる。

 「あ、私ですアルバフィカさん。マミです」

 扉の向こうから聞こえてきた予想通りの返答に、アルバフィカは盛大な溜息を吐いた。が、結局仕方が無いと言わんばかりにチェーンを外してドアを開ける。
 ドアを開けたアルバフィカの目の前に居たのは先日助けて以降、毎日のように食事を作りにきている魔法少女にしてアルバフィカと同じくこのマンションの住人、巴マミであった。
 アルバフィカはもはや二桁になる彼女の訪問に少し頭痛を覚えながら、ジトッとした目つきで彼女に視線を向ける。

 「…もう来なくていいと、言ったはずだが?」

 「でもお菓子作りすぎちゃって、その、このマンションで知り合いってアルバフィカさんしか居ませんから…」

 マミは手に持った箱を持ち上げながら、顔を少し赤くする。そんな彼女にアルバフィカはやれやれと心の中で溜息を吐いた。

 「…仕方がない、上がりなさい。せめて紅茶くらいはご馳走しよう」

 「…あ、ありがとうございます!」

 入るよう促すアルバフィカに、マミの表情はパッと明るくなる。
 ドアを開けながらアルバフィカはさっさと玄関に上がり、お茶の準備の為にキッチンに入ってしまう。無論、そこにはマミを毒の危険に晒したくないという思いやりもあるのだが、それでも彼に好意を抱いているマミは、少しばかり淋しさを覚えてしまう。
 マミは一度溜息を吐くと、いつの間にか玄関に用意されているスリッパをはいて、リビングへと向かう。
 リビングに入ると、ベランダに咲き誇る色鮮やかな薔薇の花々が、マミの目に飛び込んでくる。             
 相変わらず部屋には飾り気は無いものの、ベランダに咲く美しい花々の歓待に、マミは思わず呆けてしまっていた。
 
 「凄い…、素敵…」

 「私の趣味で育てた薔薇だが、気に入ってくれたようだね」

 マミが薔薇に見とれていると、キッチンからアルバフィカの笑いを含んだ声が聞こえてくる。それを聞いてマミは顔を真っ赤に染める。

 「適当にくつろいでくれ。お茶を淹れるのに少し時間がかかるからね」

 「あ、はい…、ありがとうございます…」

 マミはベランダの近くにある白い椅子に座り、目の前の白い丸テーブルにクッキーの入った箱を置くと、ベランダの方を眺める。
 まるで輝いているかのように美しく生き生きとした薔薇…。丹精込めて育てた事が分かる。
 マミは美しい花々に見とれていたが、ふとある事が頭に浮かんできた。
 確かアルバフィカはデモンローズなどの薔薇を武器として使用していた。
 まさかこの薔薇は…。そう考えた瞬間、マミの背筋を冷たいものが滑り落ちる。

 「あの…、アルバフィカさん…?」

 「ん?何かな?」

 マミの質問に、アルバフィカはキッチンから顔を出す。マミはアルバフィカに向かって、おずおずと言った感じで質問をする。

 「失礼ですけど、あの薔薇って、毒とか、ありませんか…?」
 
 マミの恐る恐ると言った質問に、アルバフィカは怪訝な表情を浮かべる。

 「…花屋で買った種から育てた普通の薔薇だが…?こんな所でデモンローズなど育てられるわけ無いだろう?」

 「そ、そうですよねっ!?すいません…」

 マミは謝罪すると溜息を吐きながら椅子の背もたれに寄りかかる。
 考えてみればこんな人が沢山住んでいるマンションで、毒薔薇など育てられるはずが無い。最悪毒薔薇のせいで大量の死者が出てしまう可能性もあるのだ。聖闘士であるアルバフィカもその事は良く分かっているはずだから、わざわざこんな所で育てているはずが無い。
 馬鹿な質問したなー、と内心反省していると、突如懐に入れてある携帯電話から着信音が鳴り出した。
 携帯を開くと画面には『鹿目まどか』の文字が。あの病院での魔女との戦いの後、彼女はまどか、さやかの二人とアドレスを交換しており、今では互いにメールのやり取りもするようになっている。

 「もしもし、まどかさん。どうしたの?」

 『た、大変なんですマミさん!仁美ちゃんに、私の親友なんですけど、魔女の口付けが付いてて…。仁美ちゃん以外にも沢山の人達に魔女の口付けが…』
 
 「…なんですって!?」

 まどかの焦りきった声を聞いてマミの表情は険しくなる。
 魔女の口付け。魔女が獲物と決めた対象につける印。この印を刻印された対象は絶望感に苛まれ、自殺、はたまた魔女の結界に引き込まれて魔女の餌となってしまう。
 急がなければ多くの人々が犠牲になる。マミは焦る自身を落ち着かせ、電話越しにまどかに問いかける。
 
 「…何処に向かっているの?」
 
『町外れに向かっているみたいです。どうしよう、このままじゃ…』

 「分かった、直ぐ行くわ。何かあったらまた連絡をお願いね」

 『は、はい…!』

 電話を切ったマミは、椅子から立ち上がるとすぐさま玄関に向かう。
 町外れでは何処か分からないため、また電話をかけて正確な場所を判断しなくては、と考えながら指輪状態のソウルジェムを宝石型にして手の中に出現させる。

 「どうしたマミ?折角良い茶葉を御馳走しようと思ったんだが…」

 と、キッチンからティーカップ二つとティーポットの乗せられたお盆を持って現れたアルバフィカが、不思議そうな表情でマミを見ていた。

 「あ、ご、ごめんなさい!まどかさんから魔女の口付けを受けた人達が集まっているって言ってきて…。このままじゃたくさんの人が犠牲になってしまいます!直に行かないと!」

 電話を聞いて焦っているマミに対して、アルバフィカは落ち着いた様子であり、窓際に置かれた丸いテーブルの上にティーセットを置くと、椅子にのんびりと腰掛ける。

 「落ち着きたまえマミ。それくらいは分かっている。だが問題は無い。既にそこにシジフォスが向かっている」

 「えっ!?そ、そうなんですか!?」

 「まあね。彼一人居れば大抵の魔女は倒せる。問題は無いよ」

 アルバフィカの言葉に驚いていたマミだが、直ぐに表情を引き締める。
 
 「でも…、もしもってこともあります。まどかさんを以前の私のような危険に晒したくない…!ごめんなさいっ!アルバフィカさん!!」

 「まあ待ちたまえ、そんな焦っても…、…行ってしまったか。やれやれ、こういう時にこの体質は厄介なものだな」

 制止も聞かずに飛び出していってしまったマミの後姿を見ながら、アルバフィカはやれやれと肩を竦める。彼は毒の体液で無関係の人間を殺さないために、出来る限り人には触れないようにしている。修行によって体内の毒の強さや成分の調整は出来るようにはなっているものの、それでも何らかの拍子で致死量レベルの毒を他人に浴びせかねる可能性があるからだ。
 マニゴルド達は考えすぎだ、心配性だのと言ってはいるものの、それでも彼は用心のために、出来る限り人に触れないように過ごしている。
 まあそのせいでマミを引き止める事も出来なかったのだが…。

 「全く、仕方がない娘だ。まあまどかにはシジフォスが居るから心配は要らないだろうが…、念の為に救援でも送っておくか」

 マミの飛び出していった玄関を眺めながら、アルバフィカは右手に一輪の薔薇を作り出すと、床に向かって放り投げる。
 薔薇が床に落ちた瞬間、その薔薇から無数の茎と葉、花が次々と生え、さらに本来薔薇には無いはずの皮膚、血管、毛が出現し、段々とその姿を変えていく。
 そして数秒の間に、床に落ちていた薔薇は姿を消し、薔薇の落ちていた場所にはアルバフィカそのものの姿をした人間が立っていた。
 その美しい顔立ち、髪の毛、筋肉から身長、そして着ている服に至るまで、目の前で座っているアルバフィカそのものであり、まるで鏡に写っているかのごとくである。
もう一人の自分を見て、アルバフィカは何の感慨も無く頷いた。

 「マミにもしもの事があったら助けろ、鹿目まどかも、同様だ」

 「了解した」

 アルバフィカと全く同じ姿をしたそれは、アルバフィカの命に頷くと、そのまま部屋から出ていった。
 
 「さて、これでワルプルギスやら冥界三巨頭とでも戦わない限り、彼女は大丈夫だろう。…いや、三巨頭でも最悪あの分身で大丈夫か?まあいい、私はここでのんびりティータイムでも楽しむとするか」

 アルバフィカはティーポットから紅茶を注ぎ、一度香りを楽しむとベランダに咲き誇る薔薇の花々を眺めながらティーカップに口をつけた。
 

 まどかSIDE

 マミが電話を受ける数十分前、まどかは一人で学校から家へと帰る道を急いでいた。
 いつもならばさやかと一緒に帰るのだが、さやかは今日は用事があるといってまどかとは別に帰ってしまった。

 「…なんだか一人で帰るのって、何気に久しぶり、かな…」

 まどかはポツリと呟きながらとぼとぼ歩く。もうすっかり暗くなっている。早く帰らないと両親も弟も心配することだろう。
 そんなことを考えながら家路を急いでいると、見たことのある人影が自分の横を通り過ぎた。

 「え…?仁美ちゃん…?」

 その人影はまどかとさやかの親友、志筑仁美であった。
 資産家の娘である彼女は、いつも放課後は日舞や華道等の習い事でまどか達と一緒に帰る事はあまりない。
 今日も習い事があると言っていたのに、何故ここに居るのだろうか?
 不思議に感じたまどかは、背後から仁美に近寄った。

 「あ、あの…仁美ちゃん?」

 「…あら、まどかさん、ごきげんよう」

 まどかに振り向いた彼女は間違いなく志筑仁美だった。だが、何処か様子がおかしい。
 目は虚ろであり、口元の笑みも作ったようにしか見えない。
 いつもと違う仁美の様子に少し驚きながら、まどかは彼女に話しかける。

 「ど、どうしたの仁美ちゃん、今日はピアノのレッスンがあるって言ってなかったっけ?」

 「レッスン…、ああ、それはいいんですの。それよりもずっと良い場所に行くところですのよ」

 夢心地にそう語る仁美の首筋には、よくよく見ると何かの模様が描かれていた。

 (あの模様って…!確か魔女の口付け…!!)

 魔女の口付け。魔女が獲物と定めた人間につける紋章…。
 以前シジフォス、マミと一緒に魔法少女研修を行っていた際に、口付けをされた人に遭遇した事があった。それが仁美の首筋についている。と、言う事は仁美は魔女に…。
 まどかは動揺を隠しながらおずおずと仁美に問いかける。

 「ず、ずっと良い場所って、何処…?」

 「ここよりもずっと素晴らしい所ですわ。…そうだ、まどかさんもぜひご一緒にいかがですか?」

 仁美はにっこりと虚ろな笑顔をまどかに向けると、再び歩き始めた。

 (ど、どうしよう…。このままじゃ仁美ちゃんが…。…そうだ!マミさんに連絡を!!)

 まどかは仁美の後ろから歩きながら携帯を取り出す。
 聖闘士達とほむらのアドレスは知らないものの、幸いマミとはアドレスを交換しているため、電話すれば助けに来てくれるはずだ。ただ、今いる場所に来るまでどれだけ時間がかかるか…。
 そんな事を考えながら歩いていると、いつのまにやら自分と仁美の周りに、大勢の人達が集まっていた。どの人達も目が虚ろで、首筋には仁美と同じ印が付いている。

 (…この人達、まさか全員…!!)

 間違いなく魔女の口付けを受けている。このままでは此処に居る人全員が魔女に殺されてしまう…!!
 まどかは急いで携帯を開くと、マミのアドレスから電話を掛ける。

 『もしもし、まどかさん?一体どうしたのかしら?』

 しばらくのコール音の後、マミの声がまどかの耳に飛び込んでくる。ホッとしたまどかは早口で、でも仁美に聞かれない様に小さな声で話しだす。

 「た、大変なんですマミさん!仁美ちゃんに、私の親友なんですけど、魔女の口付けが付いてて。仁美ちゃん以外にも沢山の人達に魔女の口付けが…」

 『何ですって!?…何処に向かっているの?』

 「町外れに向かっているみたいです。どうしよう、このままじゃ…」

 『分かった、直ぐ行くわ。何かあったらまた連絡をお願いね』

 「は、はい…!」

 まどかは電話を切ると、急いでポケットに携帯をしまう。

 「まどかさん…?どうしたんですの…?」

 「え、あ、さ、さやかちゃんもよぼうかなーって思って。でもさやかちゃん来れないって言ってて。残念だな~」

 「クスクス、そうでしたの、残念ですわね」

 まどかの嘘に仁美は納得したのかそのまま前を向いて歩き続ける。ひとまず誤魔化せた事にまどかはホッと息を吐いた。

 まどか達が辿りついたのは、街外れにあるさびれた工場跡。
 その中に集まった口付けを受けた人々は、椅子に座りこむ一人の男性を囲むような形に固まった。

 「俺はもう駄目だ…。こんな小さな町工場一つ切盛り出来なかった…。今の時代に俺の居場所なんてねぇんだ…」

 椅子に座り俯く男性の足元には、ブリキ製のバケツが置かれ、その中には並々と洗剤が満ちている。と、群衆の中にいたOLらしき女性が男性に、正確には男性の足元のバケツに近付いていく。その手には液体洗剤が握られていた。

 『いいかまどか、この塩素系って洗剤に絶対他の洗剤を混ぜるんじゃねえぞ?』

 と、まどかの脳裏に昔母が言っていた言葉が蘇ってくる。

 『もし混ぜたら毒ガスが発生してあたし達全員お陀仏だ。絶対に間違えんなよ?』

 まどかは衝動的に飛び出そうとした。
 もしもバケツの中の洗剤にあの洗剤を入れたら…。
 シャッターも閉じられた工場の中に居る私達は全員毒ガスで死んじゃう…!!
 
 だが、そんなまどかの前に仁美が立ちふさがった。

 「…!仁美ちゃん!!」

 「邪魔してはいけませんわ。これは神聖な儀式なのですよ?」

 仁美は正気を失った笑みを浮かべ、まどかを抑えつける。まどかは彼女を振りほどこうと暴れるが、思った以上に力が強く、中々振りほどけそうにない。

 「駄目だよ!!あれを混ぜたら此処に居る人全員死んじゃうよ!!」

 「そうですわ、私達はこれから素晴らしい世界に旅立つんですのよ?それがどんなに素敵な事か分かりませんか?もう私達に、生きている身体は必要ないんですのよ?」

 仁美の言葉に周囲の群衆は歓声を上げる。その異様な雰囲気に、まどかの背筋を冷たいものが走る。
 そうこうしている内にOLは洗剤のキャップを緩めてバケツの中に洗剤を入れようとしている。

 「…っ離して!!」

 「っあ…!!」

 まどかは仁美を突き飛ばすと、普段ではあり得ないような速さで男性に向かって走り、洗剤の入ったバケツを奪い取る。
 そしてそのバケツを工場の窓目がけて投げつけた。
 バケツがぶつかった衝撃で、窓ガラスが割れ、バケツの中身も地面にぶちまけられる。これで毒ガスが発生する事は無いだろう。

 「はあ…はあ…よかったー…」

 火事場の馬鹿力で全力疾走したまどかは、肩で息を吐きながら何とか自分達が死なずに済んだ事を安心した。
 …が、

 「まどかさん…貴女は、何て事を…」

 仁美達魔女の口付けを受けた群衆は、まどかに怒りの籠った視線を向けていた。その視線に、おさまっていた冷や汗が再び背筋を伝い始めた。仁美達はジリジリとまどかに向かって近付いてくる。まどかは泣きそうな表情で後ずさりしていた。が、やがて…、

 「ご、ごめんなさいっ!!」

 反転して勢いよく走りだす。それと同時にまどかの背後から何人もの人間が走ってくる音が響いてくる。
 逃げろ、逃げろ、はやく逃げないとつかまっちゃう…!!まどかは全力で腕をふるい、足を動かす。
 そして工場の一角にある開きっぱなしのドアを見たまどかは、衝動的にその中に入り込み、ドアを閉めて鍵を掛けた。
 少し経つとドアを破ろうとする音が響き渡るが、ドアが頑丈なのか、今のところは破られる気配は無い。
 まどかは安堵と疲労に息を切らしながら、部屋の内部を見る。

 「う、うそっ!?ここって…」

 その瞬間、まどかは愕然とした表情になる。
 その部屋にはなにやら物が幾つか置いてあるだけで、窓一つ無い部屋だった。
 恐らく倉庫であろうその一室の出入り口は、まどかの間後ろの扉のみ、その扉の向こう側には、怒り狂う仁美達がドアを破って中に侵入しようとしている。

 「ど、どうしよう!?…そ、そうだ!マミさんに連絡をっ!」

 一瞬パニックになりかけたが、魔法少女の先輩の顔を思い出したまどかは、急いでポケットから携帯を取り出す。と、突然目の前の空間が歪み始め、部屋の内部が変化し始めた。

 「え…?あ…」

 まどかの目の前には、二つの人形に抱えられたテレビのような姿の化け物、魔女と、魔女の周囲を飛び回る無数のヒトガタ、使い魔が出現していた。
 気が付いた時には、まどかのいた部屋は魔女の結界へと様変わりしていた。急いで背後を向くと、既に部屋のドアは影も形も無くなっている。

 「や、やだ…!!助けて、助けてー!!」

 まどかはそのまま逃げだした。彼女に気が付いた使い魔は、まどかを捕らえる為に背後から襲いかかってくるが、まどかは必死に足を動かして走り続ける。
 と、まどかの携帯が突然なり始める。気が付いたまどかは逃げながら電話に出ようとする、が…。
 
 「あうっ!?」

 足がつんのめって地面に転び、携帯はあらぬ方向に転がっていってしまった。まどかは必死に立ち上がろうとするが、膝の痛みと足に溜まった疲れから、中々立ち上がれない。そんなまどかに向かって、使い魔達が襲いかかってくる。

 (シジフォスさん…!!)

 迫りくる死の恐怖で目を閉じたまどかは心の中で、誰よりも強く、優しいあの黄金の翼を思いだす。
 自分とさやかが初めて魔女と遭遇した時、盾となって護ってくれたあの黄金の勇者の名前を…。
 瞬間、結界に亀裂が入り、そこから放たれた一筋の閃光が使い魔達を一掃する。
 何時まで経っても襲ってくる気配のないことに、まどかは恐る恐る目を開ける。
 そこには、初めて魔女と遭遇した時と同じ光景…、まどかを護るように魔女に立ちふさがる黄金の翼が翻っていた。
 それを見た瞬間、まどかの目から、涙がぽろぽろと零れ落ちる。

 「シジ…フォス…さん…」

 「やれやれまさか君一人か?全く困ったものだ」

 黄金の鎧、黄金聖衣を纏ったシジフォスは困った表情でまどかを見る。まどかはそんなシジフォスの視線に思わず俯いてしまう。シジフォスはやれやれと肩を竦める。

 「説教は後だ、まどか。此処は俺に任せてくれ」

 「あ…はい…!」

 まどかはシジフォスに向かって頷いて、何とか立ち上がると彼の後ろに急いで隠れる。
 まどかが自分の背後に隠れると、シジフォスは先程までの苦笑いから一転して厳しい戦士の表情を浮かべ、魔女をキッと見据える。臨戦態勢となったシジフォスに、魔女は恐れを抱いたのか震えだした。

 「悪いが、これ以上罪の無い人々を殺させるわけにはいかない。ここで君を、倒させてもらう」

 そう言った瞬間、シジフォスの両手から黄金の閃光が放たれる。
 シジフォスの小宇宙が彼の両手に集約され、それが太陽のように黄金に輝いているのだ。
 シジフォスは輝く両手を掲げ、己が両手に集った小宇宙を燃焼させる。彼の小宇宙に呼応し、黄金の光はさらに輝きを増す。そして…、
 
 「インフィニティ・ブレイク!!」

 シジフォスの裂帛の気合と共に、両手の光が無数の黄金の矢となり、放たれた。
 無限とも言うべき数の黄金の矢は、一つ一つが流星にすら匹敵する破壊力を秘め、光の速さで魔女に、そして使い魔に向けて疾走する。
 無限の閃光は一瞬で、魔女を、使い魔を、そして結界そのものを抉り、打ちぬき、粉砕していく。
 魔女は無限の流星の矢をその身に受け、悲鳴を上げる事すらなく、否、自身が死んだという事にすら気付かぬまま、消滅した。
 その瞬間は一秒にも満たない。まどかが瞬きをした瞬間に、全ては終わっていた。
 結界は既に崩れ初め、魔女はあとかたも無く消滅していた。唯一魔女が居たという痕跡は、地面に落ちているグリーフシード以外に存在しない。
 まどかは再び見せられた射手座の黄金聖闘士の力に、ただただ驚きと感動を覚えていた。そんなまどかに構わず、シジフォスは目の前のグリーフシードを拾い上げると、掌のグリーフシードをジッと見つめる。その表情は、どこかやりきれない表情がありありと浮かんでいた。

 「許してくれとは言わない。だが…せめて来世では、奇跡などと言う甘言に惑わされずに幸せを掴んでくれ」
 
 シジフォスはそう呟いて、彼が倒した魔女に向かって黙祷を捧げる。
 黙祷を終えたシジフォスは、グリーフシードを懐にしまうと自分をジッと見ているまどかに振り向いた。その表情はまるで、危ない場所に行った子供を叱るときの父親のような表情であり、まどかの表情は先程の感動から一転して引き攣った。

 「あ、あの、シジフォスさん…」

 「全く、君と言う奴はどこまでも無茶だな…。もし俺がたまたま通りがかっていなかったら君は下手をしたら死んでいたぞ?」

 「ご、ごめんなさい、あの、仁美ちゃんに魔女の口付けがあって…、それでどうしても放っておけなくて…。マミさんに連絡はしたんですけど…」

 まどかの言葉を聞いてシジフォスは参ったと言わんばかりに後頭部を引っ掻いた。危険な目に会っている友達を助けたいから、というのはなんとも彼女らしい理由だ。友達の為に何かをしたい、その考えこそが彼女の良い所であり、また、厄介な所でもあるのだが。
 まあこの時間軸ではマミが生きているため、マミに連絡をしている所は及第点と言うべきだろうが…。

 「はあ…、成程な。まあ君らしいと言えば君らしいが…。…ん?そういえばさやかは何処に行ったんだ?君達はいつも一緒に下校していただろう?」

 と、シジフォスは今頃気が付いたのかいつもまどかと一緒に居る親友の名前を口にした。シジフォスの問い掛けにまどかは今頃気が付いたのかハッとした表情を浮かべる。そんな彼女の表情を見て、シジフォスの脳裏に嫌な予感が走る。
 そう、たしか本来の歴史の流れでも彼女は一人で下校中の時に魔女の口付けを受けた仁美達を止め、そのせいでこの倉庫の中の魔女と対峙する羽目になった。そんな彼女を助けたのは…。

 「あっ!さやかちゃんなら今日用事があるからって…」

 「ありゃ?もう魔女倒されちゃってる。あーあ折角の魔法少女デビューだってのになー」

 「………!!」

 と、まどかの言葉に割って入るかのように倉庫内に誰かの声が響き渡った。その声を聞いて、シジフォスは弾かれるように声の聞こえた方角を振り向いた。 
 シジフォスが振り向いた先に居たのは、露出が多い青を基調とした服を纏い、白いマントを羽織った一人の少女であった。よくよく見ると彼女の手にはサーベルのような剣が握られている。
 その浮世離れした格好は明らかに魔法少女…。だが、シジフォスにとって重要なのはそこでは無かった。
 その魔法少女は、まどかとシジフォスが良く知っている人間であり、

 「さ、さやかちゃん!?その格好…」

 「やっほー!まどか、シジフォスさん!魔法少女さやかちゃん、只今到着~、ってか!まあ一足遅かったみたいだけど」

 魔法少女、美樹さやかはあっけらかんとした笑みを浮かべながらまどか達に近付いてくる。いつの間にか魔法少女として契約していた彼女にまどかは驚いていたが、シジフォスは内心で歯軋りをしていた。

 (…くそっ!デジェルの奴が居るから大丈夫だと思っていたんだが、インキュベーターめ…。最悪だ…、これで彼女は…)

 シジフォスの知りうる限り、魔法少女となったさやかを待っている運命は、魔女となるか、あるいは死ぬかのどちらかでしかない。無論、全ての外史がそうであるとは限らないものの、この世界の本来の流れでは、魔法少女となった彼女は絶望して魔女になり、最後は杏子と一緒に消滅してしまう。
 そうならない為に彼女とその幼馴染の上条恭介を、水瓶座の黄金聖闘士デジェルが監視してくれているはずなのだが…。どうやらインキュベーターの方が一枚上手だったようだ。
 そんなシジフォスの心の内も知らず、さやかはまどかと楽しげに話をしている。

 「さやかちゃん、何時の間に魔法少女になったの?」

 「あはは、まあちょっと心境の変化って奴があってね。でもまっ、これからはマミさんと聖闘士の皆さんと一緒に街の平和を守る為にがんばっちゃいますよーってか♪…あれ?シジフォスさん、どうしたんっスか?」

 自分を凝視しているシジフォスに気が付いたのか、さやかはキョトンとした表情でシジフォスを見る。それに釣られてまどかもシジフォスに視線を向けた。

 (え……?)

 瞬間、まどかは思い切り戸惑った。
 シジフォスは魔法少女となったまどかとさやかを、正確にはさやかをジッと見ていたのだが、その表情がいつもとは違っていた。
 自分達に浮かべる穏やかな表情とも、魔女と戦う時の勇ましい表情とも違う、例えるのなら恐れていた事が起こったとでも言いたげな表情を浮かべていた。

 「あ、あの、シジフォスさん?い、一体どうしたんですか?そんな怖い顔して…」

 流石に戸惑ったのかさやかはシジフォスにゆっくりと近付く。シジフォスはただ近付いてくる彼女をジッと見ていた。だが、その視線には明らかに悲しみが混ざっていた。

 「いや…、何でもない。…これは君の物だ」

 シジフォスは懐からグリーフシードを取り出すと、さやかに向かって投げ渡した。さやかは「わわっ!」と渡されたグリーフシードを何とかキャッチする。そんな彼女に構わず、シジフォスはさやかとまどかの隣をすれ違うように通って倉庫の出口に歩いていく。

 「え?ちょ、シジフォスさん!?」

 「あ、あの、もう帰っちゃうんですか?」

 「ああ…もう此処に魔女はいない。自殺しようとした人達も恐らく正気に戻るだろう。君達もはやく帰るといい」

 シジフォスは二人に素っ気なく告げると、そのまま倉庫から立ち去ろうとする。が、倉庫の入り口の前で一度立ち止まると、こちらをジッと見ているさやかとまどかに振り向いた。
 その表情は悲しげで、どこか悔しそうな雰囲気も感じられた。

 「…さやか」

 「え?は、はいっ!?」

 突然声を掛けられ、さやかは上ずった声を上げて驚く。シジフォスはそんな彼女に、全く表情も変えようとしない。

 「…君がどう思っているかは知らないが、魔法少女になったのは、大いなる間違いだ。



  君は、魔法少女になるべきじゃなかった」

 「…え…」

 「シジフォス、さん…?」

 シジフォスは暗い声に、さやかとまどかは呆然となった。そんな彼女達を無視して、シジフォスは倉庫の入り口から外に出ていった。
 そして立ち去る寸前、物陰に隠れてまどか達を見ているキュゥべえを睨みつける。
 その視線は、見られただけで死ぬのではないかと感じるほど鋭い殺気が籠っていた。

 「…下種がっ」

 シジフォスは吐き捨てるように呟くと、そのままその場から姿を消した。


 杏子SIDE

 「久々に来てみたら何だか面倒な事になってやがるな、ったく…」

 「マミの他に魔法少女がいるし、それにこの街にも黄金聖闘士がいるからね」

 「ふーん…、ったく、良い狩り場だからちとばかし狩っていこうと思ったんだがな…。こりゃ諦めた方が吉かね…」

 その頃鉄塔の上で、グリーフシードの回収の為に杏子は見滝原を訪れていた。
 ある理由でこの街には近付かなかったのだが、最近魔女を狩っておらず、グリーフシードのストックを増やす為にもたまにはいいだろうという気紛れでこの街の魔女を狩りに来たのだ。
 そんな彼女が魔女の気配を感じて倉庫に向かうと、もうすでに魔女は討伐された後であり、しかも倒したのは自分の下宿主と同じ黄金聖闘士であった。
 黄金聖闘士の強大さを嫌というほど知っている杏子は、好き好んで彼等と事を構える気は無い。
 良い狩り場を取られるのは癪ではあったが、戦っても勝ち目が無いのならば潔く引いた方が得であるため、適当に一、二匹狩ってからさっさとこの街から出ていこうとも考えていた。

 「それに最近新しい魔法少女が契約したんだ。君が居なくても魔女退治はなんとかなるんじゃないかなあ」

 キュゥべえがポツリと呟いた一言に、杏子は興味を持ったのか視線を向ける。

 「新しい魔法少女?なんだそりゃ?」

 「素質があった子が居たからね。その子と契約したんだ。これで街を魔女の脅威から救えるって喜んでたよ?」

 「…ふーん」

 杏子はキュゥべえの話を聞くと、手に持っていたリンゴを齧る。その表情はまるで苦虫を噛み潰したかのように歪んでいた。

 「正義の味方気どり、かよ…、下らねえ…」

 杏子はどこか忌々しげに先程まで魔女が居た倉庫を見降ろした。


 あとがき

 今回は少し早めに書き終えました。
 若干オリジナル要素が入りましたが、ようやく本編始まります!
 マミさん死亡後ここからさらに鬱度が増していくんですよね、いやマジで。
 まあポータブルじゃさらに悲惨だったけどね、さやかちゃん。
 ついでに杏子の両親と妹も幽霊と言う形ですが登場しました。この人(?)達にも物語に関わって貰いますので…。魂使いのマニゴルドの本領発揮というわけです。
 次回はデジェルと恭介の話、ついでに杏子の家族とマニゴルド、ほむら組の続きでも書こうと思います。ひょっとしたら今回より遅くなるかもしれませんが、どうかご容赦のほどを…。



[35815] 第16話 魔法少女の奇跡と喜び
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆175723bf ID:9f458038
Date: 2013/07/19 18:37
ほむらとマニゴルドの話が終わった時、教会内部は完全に静まり返っていた。
 教会内で音を立てるものは何もない。強いて言うならば入り口と破れたステンドグラスから入ってくる風の音が、唯一の音と言っても良いだろうか。
 マニゴルドとほむらが語った佐倉杏子の、魔法少女の真実。それは杏子の母を、ももを、そして何より杏子の父親の心に深い衝撃を与えた。
 
 『そんな…杏子が、あの子が私の為に…』

 「悪魔と契約…、てな訳だ。まあ本人も騙されてたからな。まさか最後はかつてテメエが正義の味方気どりで、今じゃグリーフシード目的で狩りまくっている魔女そのものになっちまうなんて知りもしねえだろうぜ」

 「連中は契約の時にはそう言う事は一切話さないし、話すとしても上手くはぐらかしてくるから、当然と言えば当然だけど。ただ契約して魔法少女になれば願いが叶うってメリットばかりを強調してくる、乗せられても仕方が無いと言えば仕方が無いけどね」

 マニゴルドのけだるそうな言葉、ほむらの淡々とした言葉を聞き、杏子の父は地面に崩れ落ちた。その後ろでは母親と妹がむせび泣いている

 『あの子は、あの子は私達の為に願ったのに!私はそれにも気付かず、あの子を魔女だと、悪魔だと罵って…!私は、私は…!!』

 父親は泣き叫びながら床を拳で殴りつける。無論霊体の為、拳は床に触れても傷一つ付かない、既に死んでいる為痛みも無い。それでも彼は、まるで己を責めるかのように、己を痛めつけるかのように地面を叩き続ける。
 杏子が、自分の娘が自分達の幸せを願い、自分の言葉を皆が聞いてくれる事を祈ってその魂を捧げたというのに、そんな彼女を自分は何も知らずに魔女と罵り、結果的に妻とももをその手にかけてしまうとは…!!

 『愚かだ…!!私は最悪の罪人だ…!!主の愛を受けるに値しない、地獄に落ちるべき人間なのだ…!!』

 『私も、私も何も知らなかった…!あの子がそんな重荷を背負っているなんて、私達の為に、自分を危険に晒してまで…!!ああっ…!!』

 『ひっく…おねーちゃん…おねーちゃん…』

 娘が、姉が今歩んでいる過酷極まりない運命に、死者となった家族達は涙を流し、陰鬱に泣き叫ぶ。ほむらは悲しみに暮れる亡霊達をどこか憐れそうな表情で見ていたが、マニゴルドはいかにも下らないと言いたげな表情で椅子にふんぞり返っていた。

 「はっ、今更よく言うなオイ。過ぎたるは及ばざるが如し、覆水盆に返らずって言うがよ、お前らはもう死んじまってんだから今更何言っても遅いだろうが。
 一応あの杏子ってガキは生きちゃあいるがね、まあ大分性根はねじ曲がって随分とワイルドな生活送ってるぜ?空き巣、万引き、無銭飲食…あと魔女増やす為に使い魔わざと逃がす、なーんてこともしてたな。
 まあそうなっちまったのも糞親父…、とそこでビービー泣いてやがる奥様とガキの責任もあるんだが、な」

 『え……?』

 マニゴルドの辛辣な言葉に、杏子の母親は驚愕の表情を浮かべる。その側で泣いていた杏子の妹も、しゃくり上げながらマニゴルドを見ている。

 『ま、待ってくれ!全て、全て私の責任だ!!私が愚かだったせいだ!!ももと、妻は関係ないだろう!?』

 「そう思うか?そうじゃねェんだよな~、これが」

 杏子の父親の反論を、マニゴルドは冷徹に切って捨てる。その表情は目の前の幽霊親子を侮蔑するかのような冷酷さで満ちていた。

 「そこのお袋さんとガキは、佐倉杏子がオヤジにいたぶられてる時に、親父から庇ったりしたか?泣いてる時に、慰めるようなことをしたか?そ・れ・と・も、『お父さんやめて~』とか言って親父止めるような事したか?
 やってねえだろ?どうせ酔ってトチ狂って暴れる親父怖さに何もできなかったんだろ?んで親父の暴力が自分に及べばテメエらも娘を責め始める…。それこそ自分達は完全な被害者です~、全部この子が悪いのよ~、ってか?
そして挙句の果てには一家心中、ついでに地獄にも神様の御許にも逝けずに未だに此処で彷徨ってる…。
ハッ、ヒャーハハハッハハハッハ!!ダーハッハッハッハッハッハ!!随分笑える話だなァオイ!ギャグかなんかにでもすれば大受けするんじゃねェのいやマジで!!」

 『あ……』『う…う…』

 マニゴルドの嘲笑に杏子の家族達の、特に杏子の母と妹の顔色は真っ青になる。
 確かに彼女達は、父親に虐げられる杏子を慰めることも、父親から庇う事もしなかった。
 自分達も同じような暴力を受けていたのもあるが、心の底では娘の事を、杏子を疎ましく思っていたのかも知れない。
 あの子が魔女だから…。あの子のせいで自分もこんな目に…。
 結果的にそれが、自分達を死に追いやり、杏子の心に深い傷を刻む原因になってしまった。
 もしも、もしも彼女を庇って夫を止めていれば、もっと違う未来があったかもしれなかったのに…。
 
 『あ、ああ…私が、私が弱かったから、何もしなかったから、あの子を、あの子を…!!うああああああ!!!』

 『ひぐッ!うええ…、お、おねえ、ちゃん、ご、ごめ、ごめ、なさ、う、うえええええ…!!』

 懺悔と悔恨に満ちた慟哭が、廃墟と化した礼拝堂に響き渡る。
 自分達の犯してしまった過ちに、もう取り返しもやり直しも出来ない罪に、母親と娘は泣き叫ぶ。そして父親も、今この場に居ない杏子に詫び続ける妻と娘と共に、己の過ちへの後悔と杏子への懺悔の言葉を吐きながら狂わんばかりに慟哭する。
 嘆き続ける亡霊を、マニゴルドは無表情で、ほむらは複雑な表情で眺めていた。

 「…マニゴルド、ちょっと言い過ぎたんじゃないの?」

 「テメエの責任も分からねェ馬鹿親にはこれ位言った方がいいのよ。むしろいい薬だぜ」

 ほむらの苦言にマニゴルドは表情も変えることなく言い返す。彼の態度にほむらは何か言いたそうな表情をしていたが、マニゴルドの無表情を見て、結局何も言わずに視線を亡霊親子に戻す。
 そんなほむらを見て、マニゴルドもやれやれと言わんばかりに肩を竦める。

 「ま、いつまでも泣かれてちゃあウザイ事このうえねえし…。んで、どうするんだ、お前ら」

 泣き喚く亡霊一家を眺めながらマニゴルドは、面倒くさそうな口調で問いかける。杏子の家族は、突然の問い掛けに未だに涙を流しながらも杏子の家族達はマニゴルドの方を向く。亡霊性質の陰気な視線に対し、マニゴルドは動じる事無くフン、と馬鹿にするかのように鼻を鳴らす。
 
 「どうするんだっつってんだよ?このまま此処で一生メソメソ泣いているか?それとも俺が直々に、あの世に送って差し上げようか?…それとも、もう一度テメエの娘に会わせてやろうか?」

 『…!!きょ、杏子に会えるのか!?』

 マニゴルドの言葉に、杏子の家族は顔色を変えて身を乗り出す。既に涙は止まっており、その瞳には娘に会えると言われたことからか先ほどの暗い雰囲気が無くなっていた。
 そんな亡霊親子を見て、マニゴルドはどこか意地悪げな表情を浮かべた。

 「ほー、娘に会いたいかよ。だがよ、会ってどうすんだ?たとえ会えたとしても嫌というほど恨み事言われて罵詈雑言叩きつけられっぞ?多分。それこそてめえらなんざもう親でも子でもね ェ!!二度と顔見せるな位言われっかもしれねェぞ?まあ言われて当然の事してんだからしょうがねェが、な。娘にンな事言われるくらいなら人知れず成仏したほうがいいんじゃねえか?」

 マニゴルドから突きつけられた言葉に、杏子の家族は凍りついたかのように沈黙した。その表情も初めて見たときのような暗い表情に戻っていた。が、やがて杏子の父親が若干震えながら口を開いた。

 『…それ位覚悟している。あの子の憎悪なら、幾らでも受け入れる覚悟だ。…だが、それでも私はあの子に、会わなければならない。会って、言わなくてはならない事があるんだ…』

 「なんだ?非行やってる娘に説教でもするつもりですかお父さん?アンタそんな事言える資格あんの~?随分と偉いねェ~」

 マニゴルドは杏子の父親を馬鹿にするかのようにニヤニヤと笑みを浮かべる、が、杏子の父親はそんなマニゴルドの茶化しに怒る事無く弱弱しい笑みを浮かべながら首を左右に振った。

 『…あの子に、説教する資格等、私には、無い…。私は、ただ、謝りたい。あの子に、杏子に詫びたい。それだけだ…』

 父親の蚊のように小さな声に、マニゴルドは笑みを引っ込めると、憮然とした表情で杏子の父親を睨みつける。

 「謝る、ねえ…それで佐倉杏子が許してくれるたあ思わねェけどねェ…」

 『許してもらう気など、さらさらない。むしろあの子には私を恨み、呪うべきだ。そうであって欲しい。ただ、私はあの子に一言だけ、一言だけでいいから謝りたい…。ただの自己満足かもしれないが、それだけなんだ…』

 『あなた…』『おとーさん…』

 悲しげに呟く父親の姿を、妻とももは辛そうな表情で見ていた。
 マニゴルドはそんな姿を黙ってみていたが、やがて大仰に溜息を吐く。

 「はーッ、分かったよしゃあねえな。ならテメエらが佐倉杏子に会えるよう、俺が何とかしてやるよ。…ただし」

 マニゴルドの表情が、再びあの冷酷な笑みに変わる。

 「…その代償に、テメエの魂を、俺が貰うぜ?」


 シジフォスSIDE

 まどかを救出し、魔女の討伐も終えたシジフォスは、黄金聖衣をテレポートさせるとさっさとその場を立ち去ろうとしていた。
 と、いきなり物陰から何者かの影が飛び出してきた。が、シジフォスは突然現れた人物に驚く事無く、やれやれと肩を竦めた
 飛び出してきた人影の正体はまどかが救援で呼んだマミであった。急いできたのか既に魔法少女の姿で息を切らしていた。

 「あ、し、シジフォスさん!?あ、あのまどかさんは無事なんでしょうか!?電話貰って、魔力感知してたら此処だって反応があって!!で、でも突然反応が消えちゃって…」

 「落ち着いてくれマミ。残念と言うべきか幸いと言うべきかもう魔女は討伐した。そして、これは俺にとっては残念な話だが、…さやかが契約した」

 「えっ!?さ、さやかさんが!?」

 シジフォスの言葉にマミは仰天する。どうやらもう魔法少女にならないだろうと考えていたさやかが魔法少女になった事が相当予想外だったようだ。

 「まあとにかく、だ。彼女達はあの工場にいる。さやかが何故魔法少女になったかは、本人に聞くといいだろうな」

 「あ、は、はい!じゃあ失礼します!!」

 マミはシジフォスに一礼すると、まどかとさやかが居るといわれた工場に向かって走っていった。その後姿を見送ると、マミが飛び出してきた物陰に再び目を向ける。

 「…で、いつまで隠れているんだ?アルバフィカ」

 「む、ばれていたか」

 シジフォスが声をかけると、物陰から私服姿のアルバフィカが現れる。どうやらマミにこっそり着いてきていたらしい。

 「わざわざ彼女の護衛か?お前も面倒見がいいな」

 「念には念を入れて、だ。どのようなイレギュラーが起こっても対処できるようにしておくのが得策だろう」

 アルバフィカは肩を竦めてシジフォスのすぐ隣を通り、マミが駆けていった工場に視線を向ける。その瞬間シジフォスは一瞬不審そうな表情を浮かべるが、すぐに視線を工場に戻す。

 「どうやら、美樹さやかが魔法少女になったらしいな」

 「…ああ、予定通りといえば予定通りだが、どうせなら防ぎたかったよ」

 「仕方がない。あまり大規模な歴史改変は避けるべきだ。出来る限り本来の流れに沿ったほうがいいと、一刀も言っていたしな」

 「ああ…、そうだ、な…」

 シジフォスはチラリとアルバフィカに視線を向けると、再び視線を工場に戻す。

 「…ところで、『本体』のお前は今どうしてる?今頃部屋でのんびり茶でも飲んでいるのか?」

 突然シジフォスは振り向かずにアルバフィカに問い掛ける。その問いに対してアルバフィカは眉を顰めた。

 「本体?何の事だ?今この場にいる私が魚座のアルバフィカに決まっているだろう?」

 「そうか…、ならば、試してみるか…!!」

 シジフォスが呟いた次の瞬間、シジフォスはアルバフィカ目掛けて拳を振るう。
 常人には視認する事すらも不可能な速さで、当たれば人間の骨など軽く粉砕するであろう威力の拳がアルバフィカの顔面目掛けて飛んでくる。
そのまさに凶器ともいえる拳を、アルバフィカは避けることなく右手で掴み、受け止める。
 と、次の瞬間アルバフィカの右腕が棘だらけの茨と化し、逆にシジフォスの拳を棘でズタズタに切り裂こうとする。シジフォスは瞬時に腕を引くが、茨は今度はシジフォス本人を引き裂こうと襲いかかってくる。
茨は大木ほどの太さで、鉄をも切り裂きかねない棘を光らせてシジフォスに迫る。が、シジフォスは飛んでくる茨をバックステップで回避し、逆に茨を拳で殴りつける。拳の一撃に茨は爆発するかのように千切れとび、茨の欠片は地面に落ちて消滅する。そんなダメージを受けても、アルバフィカの表情はまるで痛みを感じていないかのように平然としていた。
 そんな彼を見たシジフォスはニッと笑みを浮かべる。

 「…やはり木遁分身か。やはり心配性だな、お前は」

 「万が一、と言う事もあったからね。一応これなら私の毒の血に彼女を巻き込む心配が無い」

 目の前のアルバフィカは、否、アルバフィカそっくりの分身は笑いながら自分の身体を撫でる。
 木遁。本来は忍者達が活躍するとある外史において、忍者が操る独自の闘法である忍術、その中でも高等且つ血統によってのみ受け継がれる技である『血継限界』と呼ばれるものの一種。本来忍術とは忍が有する『チャクラ』というエネルギーを練り発動させるものではあるが、アルバフィカはチャクラの代わりに小宇宙を用いて、これらの術を再現し、己の技としている。
 そのため厳密には忍術とは呼べないが、性能はチャクラを用いる本家と引けを取らないレベルである。
 目の前に居る分身、木遁分身も彼が身に付けた技の一つであり、薔薇と己の細胞を利用し、己の分身を作り出す術である。己の細胞を使用する性質の為、限りなく自分と同じ存在を作り出すことが可能で、さらにアルバフィカが調整することで分身の体内の毒の血の濃度、強さを自由に調整、あるいは毒の血そのものが無い分身を作り出すことも可能である。そして分身はオリジナルのアルバフィカと知覚を共有していることから、偵察や隠密行為にも使用できるという汎用性の高い技である。
 目の前の分身は、能力を抑えたうえで、且つ血の毒性を限りなくゼロにした分身である。
 戦闘能力的には到底オリジナルのアルバフィカには及ばないものの、それでも冥界三巨頭ならば一対一でも互角の勝負が出来るレベルの能力は持っている。
 
 「しかしよく私が偽物と分かったな。この分身は私の細胞を使っているから小宇宙も私とほぼ同じだ。それこそアスミタ以外にはほぼ見破られる事はないと思ったのだが」

 「先程お前の肩が俺の肩に触れた。他人と触れ合う事を避けるお前にしては相当珍しい。しかも俺の拳を避けずに受け止めるのなら、それこそ分身でもない限りありえないさ」

 「成程、よく分かった。それは迂闊だったな」

 シジフォスの指摘に、アルバフィカは苦笑いを浮かべる。
 アルバフィカは毒の血の体質から、他人と触れ合う事は極力避けている。それこそ他人からは常に1、2メートル以上離れて行動し、人混みや満員電車にはどんなことがあっても近付かないと言う徹底ぶりだ。
 そんな彼が自分からシジフォスに近付き、あまつさえ自分の身体をぶつけても何も気に留めなかった、これが第一におかしい点だ
 また、アルバフィカは鍛錬として行われる黄金同士の模擬戦でも、出来うる限り他者の攻撃は回避して対処している。敵との戦いならばどれだけ血が飛び散ろうとも関係ないが、同胞である黄金聖闘士に関しては、自身の血を浴びせない様に気を使わなくてはならないため、攻撃を喰らうどころか、その身で受け止めることも出来ないのである。
 だが、このアルバフィカはいつもは避けるであろうシジフォスの拳を片手で受け止めた。ならばこのアルバフィカは偽物、若しくは分身である可能性が高いと判断したのだ。
 
 「やれやれまさかそんなミスで気付かれるとはな。私も少し気が緩んだか。…まあいい。これからは気をつけるとしよう。
まあもう魔女も倒されているし、まどか達は無事だろうから私の役目はなさそうだな。なら、私はこれで失礼するとしようか。ではな、シジフォス」

 アルバフィカの分身がまるで悪戯がばれた子供のような笑みを浮かべた瞬間、その身体が一瞬の内に塵となって崩れ去った。そして、アルバフィカの分身が居た場所には、たった一輪の赤い薔薇の花が落ちていた。シジフォスは薔薇を拾い上げると、薔薇の茎を指で回しながら苦笑いを浮かべた。

 「…マニゴルドじゃないが、もう少し気楽になったほうがいいだろうに。全く…」

 シジフォスは溜息を吐くと、踵を返して暗くなった路地を歩き去って行った。

 
 恭介、デジェルSIDE

 さやかが魔法少女になった日の翌日、デジェルは恭介の見舞いの為に病院を訪れていた。
 今回は見舞い以外に、彼に勉強を教えるという約束もしてある。
 入院している間の学業の遅れを取り戻したいとの事であったので、デジェルも快諾して今日、彼に勉強を教える事となったわけだ。
 知識欲が旺盛であるデジェルは、生き返ってからは物理学、化学等の現代世界の知識に興味を持ち、それらの本を買いあさっては日夜読み耽っていた。あまりに夢中になりすぎて二週間、飲まず食わず且つ徹夜で読書をし続けた事もあった。
 その知識欲を買われ、最近は依頼主の通っている学園で教師の職に就いている。
豊富な知識とルックスの良さ、そして教え方が上手いのもあってか学園の生徒からの評判も上々であり、本人も教師生活をそこそこ楽しんでいる。
 ちなみに現在は任務の為に教師はしばらく休業している。
 
 「…ま、この任務が終わればまたしばらくは教師生活だが、な」

 聖闘士なのに副業で学校の教員をやっているという聖戦時では考えられなかった現在の我が身に対し、デジェルは可笑しげに笑みを浮かべる。
 恭介の病室のドアの前に立ったデジェルは、いつもどおり部屋を軽くノックする。

 「あ、はい!どちらさまですか?」

 「私だ、デジェルだ。見舞いに来たんだが入ってもいいかな?」

 「あ、デジェルさん!どうぞ!」

 ドアの向こうから恭介の明るい声が聞こえてくる。それを聞いてデジェルはおや、と少し驚いた。
 確かにさやかに向かって失礼な事を言った彼を一喝し、彼を反省させはしたものの、バイオリニストにとって死刑宣告とも言える診断を受けて、此処まで明るくなれるものだろうか…。

 (…まさか)

 デジェルは『ある事』を思い出した。
 もしそれが本当ならば、彼がここまで明るいことも説明が付く。そして、昨日のさやかの行動から言っても…。
 デジェルは不安を感じながら、病室のドアを開ける。
 個室には、いつも通りベッドに横になっている恭介が居た。
 ただ違うのは、先日までは表情にあった影が、今ではほとんどなくなっている事…。

 そして…。

 「あ!デジェルさん!聞いてください!腕が、左腕が動くようになったんですよ!!」

 …全く動かず、医者からも見放された左腕が、今では完全に動くようになっていた事だった。
 デジェルは恭介の腕を見て、自身の予想が当たった事を知った。

 (しまった…。恭介に説教をする事ばかり目が行き過ぎて、契約するさやかにまで目を向けていなかった…。恐らくあの後、キュゥべえと契約して恭介の腕を治したのか…)

 喜ぶ恭介とは反対に、デジェルはさやかにも目を光らせるべきだったか、と内心後悔していた。確かに依頼主はさやかの魔法少女化は織り込み済みとは言っていたが、デジェルとしては、この後待ちうけるあまりにも悲惨な運命から彼女を救ってやりた勝ったのが本音だ。
 だが、魔法少女化してしまったのならば、もはやさやかに残されている未来は二つしかない。
 魔女化、若しくは死だ。

 (だが、まだ何とかなる…)

 魔女化ならば、マニゴルドの積尸気冥界波で未然に防ぐことが可能だ。例え魔女化しても、元の肉体が残っていれば…。
 
 「…あの、デジェルさん、どうしたんですか?そんな、怖い表情をして…」

 と、思考に沈んでいるデジェルの耳に、心配そうな恭介の声がはいってくる。ふと視線を向けると、そこにはどこか困惑したような、そしてどこか怯えた表情の恭介がこちらをジッと見ていた。

 「ん、ああ、何でもないよ。治らないと言われていた腕が今日いきなり治っていたからつい驚いてね」

 「そうですか、僕も驚いちゃいましたよ。夜中にふと目が覚めたら腕が動くようになってるんですから。まるで奇跡か魔法でも起こったみたいで…。先生も奇跡だって驚いていました」

 奇跡は奇跡でも悪魔と契約して起こした奇跡なのだが、な…。デジェルは内心苦々しく思いながら、嬉しそうに笑う恭介を見つめていた。
 まだ彼に真実を語るわけにはいかない。まず信じるはずが無いだろうし、たとえ信じてもそうなったらこの世界の歴史が大幅に狂う。
 出来る限り正史通りに事は進めなくてはならない。イレギュラーな事態は出来る限り避けなくては…。デジェルは笑顔を浮かべる恭介を眺めながら心の中ではこれからの事について考えを巡らしていた。

 「…それはそうと恭介君、さやか君には連絡をしないのかい?あんなにも君を甲斐甲斐しく世話をしてくれたんだ。一番に連絡してあげるのが筋だろう?」

 「あ、はい。もう既にさやかに連絡しました。直ぐに来てくれるそうです」

 さやかの事を聞いた時、恭介の頬が少し赤くなった。どうやらさやかへの感情も少しずつではあるものの変化が生じているようである。それはそれで喜ばしい事だが…。

 「でも、本当に来てくれるかどうか、不安なんです…。あんなひどいことを言ってしまって…」

 と、恭介は苦しげな表情で俯いた。やはりさやかに暴言を吐いてしまった事を悔んでいるようだ。心ならずも彼女を傷つけてしまった事に少なからず反省しているようだ。
 デジェルはそんな恭介の態度に少し安心しながらも、彼の肩を優しく叩く。

 「大丈夫だよ、さやか君はそんな娘じゃない。あんな程度で君の事を見限るような事はしないさ。それに…」

 「…?」

 「…もうすぐそこまで来ているよ」

 デジェルの言葉に恭介が首を傾げていると、ドアの向こう側から誰かが走ってくるような音が聞こえてきた。足音は部屋のドアの前で止まり、次の瞬間、ドアが勢いよく開け放たれた。

 「やっほー♪恭介~、元気にしてた~?さやかちゃんが来てあげたぞ~♪」

 「さやか!」

 ドアの向こう側から、さやかが弾けるような笑顔で病室に飛び込んできた。そんないつも通りの明るい彼女を見て、恭介もホッとしたのか嬉しそうな笑みを浮かべる。
 デジェルは嬉しそうに笑うさやかを、複雑な表情で眺めていた。
 そんな彼に構わず、さやかは恭介と話を続ける。
 
 「恭介、腕治ったの!?」

 「うん、夜中に急に目が覚めて、そしたら左腕が動くようになっててさ。先生も奇跡だって言ってたよ!」

 「へー!きっとそうだよ恭介!頑張って腕を治そうと頑張っている恭介を神様が助けてくれたんだよ!!」

 「そ、そんな事言われたら照れるよ、さやか…」

 さやかの言葉に恭介は顔を真っ赤にして照れる。そんな恭介を楽しそうにからかうさやか…。そんな二人をデジェルは微笑ましげに、だが少し痛々しげに眺めていた。
 さやかにからかわれていた恭介は、何かを思い出したように表情を変えると、真剣な眼差しでさやかを見る。

 「…さやか」

 「ん?どったの恭介?」

 いきなり真面目な表情になった恭介に、さやかはキョトンとした表情を浮かべる。そんなさやかに向かって恭介は…、

 「…昨日は、ゴメン!!」

 ベッドに横になったまま頭を下げた。
腕は動かせるようになっても、脚はまだ立って自由に歩けるまでには回復していないため、これが彼なりの精一杯の謝罪だった。
 
 「ちょ、ちょっと恭介!!頭上げてよ!!昨日のことなら気にしてないから!!」

 「そういうわけにはいかないよ!!さやかは僕の為にお見舞いに来てくれて、CDも持ってきてくれるのに、僕はさやかにあんな酷い事を…。本当にゴメン!!この通りだ!!」

 頭を下げる恭介をさやかは必死に押しとどめるが、恭介は頭を上げようとしない。やはり大切な幼馴染を自分の私情で傷つけた事が、彼自身許せないのだろう。

 「クックック、恭介君、ほらね、大丈夫だったろう?」

 「は、はい!!デジェルさん!!」

 「ひゃ!?で、デジェルさん!?い、いつの間に!?」

 「……いや、ずっと居たよ、私は」

 さやかはどうやら恭介との会話に夢中になってたせいで、デジェルが眼中に入って無かったようだ。デジェルがベッドに近付いて恭介の肩を優しく叩いた時にようやく気付き、さやかは素っ頓狂な悲鳴を上げる。そんなさやかにデジェルは苦笑いを浮かべた。

 「やれやれ愛しの彼に会えて私など眼中になかったか?お熱いことだが少しショックだぞ?」

 「い、いえいえいえいえべ、別にそんなわけじゃ!!そ、その、ご、ごめんなさい気が付かなくて!!」

 さやかは顔を真っ赤にして首を猛烈に左右に振り回す。そんなさやかを見て恭介は思わず噴き出し、デジェルもおかしそうにクスクスと笑いだす。

 「んも~!!二人共笑わないでよっ!!…恭介っ!!笑うなー!!うりゃー!!」

 「んがっ!?ちょ、い、痛い痛いさやか~!!ぼ、僕怪我人なんだからもう少し手加減を…」

 「問答無用!!乙女の純情踏みにじった恨み!!今ここで晴らしてくれようぞ~!!」

 「ちょ、まっ、アッー!!で、デジェルさーん!!わ、笑ってないで助けて下さーい!!」 

 さやかにプロレス技をかけられ、悲鳴を上げる恭介をデジェルは微笑ましげな笑みを浮かべて眺めていた。
 さやかはしばらくそんな風に恭介とふざけ合っていたが、ふと、病室の壁にかかっている時計に目を向ける。

 「…そろそろ、かな…」

 「?さやか、どうしたの?」

 「ううん、ねえ恭介、ちょっと外に出ない?」

 「え?いいけど…」

 恭介の返事を聞いたさやかは、壁の側に置かれていた車椅子をベッドの近くに移動させる。恭介は両足を引きずりながら車椅子に乗ろうとする、が、ベッドから落ちてしまいそうで危なっかしい。見かねたさやかが手を貸す為に駆け寄ろうとする。

 「よっと」

 「わわっ!!デジェルさん!?」

 と、デジェルがさやかと恭介の間に割り込み、恭介を両腕で抱え上げた。所謂お姫様抱っこで持ち上げられた恭介は、驚きと恥ずかしさから顔を真っ赤にする。そんな恭介の様子にデジェルは面白そうに笑う。

 「ハハ、そう恥ずかしがる必要はないだろうに、…と」

 デジェルは抱えた恭介を車椅子に座らせると、両手を放す。その一部始終を、さやかはポカンとした表情で眺めていた。

 「ほへー、デジェルさんって力あるんですねー…」

 「これでも鍛えているからね。君もいつか彼にしてあげるといい」

 「えへへ…、はいっ!!」

 「いや…、普通男の僕がさやかにしてあげるんじゃ…」

 「君は足が治ってから、だな」

 「はあ…」

 恭介はどこか釈然としない表情で車椅子の背もたれに寄りかかる。さやかは車椅子を後ろから押して病室の入り口まで移動すると、デジェルに向かって振り向く。

 「あ、良かったらデジェルさんも一緒に来ませんか?」

 「ん?なんだ二人でデートでもするんじゃないのか?」
 
 そろそろ出ていこうと考えていたのか手荷物を纏めていたデジェルは、意地悪げな笑みを浮かべてそんな発言を繰り出す。デジェルの発言に恭介とさやかは再び顔を真っ赤にした。

 「え、えええ!?で、デート!?さ、さやか!ぼ、僕嬉しいけどまだ心の準備が…」

 「ちょっ!!恭介違うから!!デジェルさんも誤解するようなこと言わないでください!!…ちょっと屋上に用があるの!!ほら行くよ恭介!!」

 さやかは恥ずかしそうにしながら車椅子を押していく。デジェルも折角の誘いという事で彼等の後ろから着いていく事になった。
 病室を出た三人はエレベーターに乗り、屋上まで上がっていく。

 「ねえさやか、屋上に一体何があるの?何かイベントがあるとか聞いてないけど…。

 「ぬふふ~。それは到着してからのお楽しみなのだ~」

 エレベーター内でさやかと恭介はそんな会話をする。無論デジェルは屋上で何があるかは知識として知っているので黙っている。
 エレベーターのドアが開かれ、屋上に到着すると、そこには白衣を着た医師や看護士達、そして恭介の両親が集まっていた。
 一様に拍手して恭介を迎える面々に、恭介は戸惑いを隠せないようだ。

 「え、えっと、さやか…これって…」

 「えへへ、本当は退院してからお祝いしたかったんだけど、足より先に手が治っちゃったからね」

 さやかは戸惑う恭介を見て嬉しそうに笑みを浮かべる。恭介はそんなさやかの笑顔にただただ呆然とするしかなかった。
 と、恭介の父親が車椅子に座った恭介に近付き、恭介に向かってバイオリンを差し出す。

 「あ、父さん、これって…」

 「お前から処分してくれと言われていたが、どうしても捨てられなかったんだ」

 父親からバイオリンを手渡された時、恭介の表情が歪み、今にも泣きそうな表情になった。だが、恭介は涙をこらえながらさやかに視線を向ける。
 そして、さっき病室で言えなかった言葉を口にした。

 「さやか…、ありがとう。本当に、ありがとう。ほんとうはこんな程度じゃ足りないくらい感謝してるんだけど…」

 「え、ちょ、ちょっと!恥ずかしいよも~…」

 恭介の感謝の言葉にさやかは恥ずかしそうに、だけどそれでも嬉しそうな表情を浮かべる。

 「さて、それじゃあ恭介君、折角完治したのだから一曲バイオリンを奏でていただきたいんだが…?」

 「え、で、でも…」

 「大丈夫だ、今の君なら弾けるはずだ」

 デジェルは恭介に近付くと笑顔で囁いた。恭介はデジェルの提案に戸惑っていたが、デジェルからの励ましを受けて、コックリと頷いた。デジェルは恭介の車椅子を屋上の中央にまでおしていき、戻りがけにさやかの耳にこっそり囁きかける。
 
 「…すまないがさやか君、この演奏会が終わったら一度病院の中庭にまで来てくれないか?話がある」

 「…ふえ?いいですけど…」

 突然のデジェルの申し出にさやかは戸惑いながらも了承の言葉を述べる。デジェルはさやかの返事を聞くと、バイオリンを構える恭介に視線を向ける。

 「…この演奏を、さやかに、そして僕がお世話になった皆さんに送ります」

 恭介は久しぶりに、そして怪我から復帰して初めてバイオリンを奏で始める。
 バイオリンの音色は屋上に響き渡り、屋上に居る観客達はその音色に聞き惚れる。
 長いブランクがあったせいか、所々失敗はあったものの、それでもその演奏には魂が、心がこもっており、デジェルもその音色に思わず聞き惚れていた。
 そして、演奏が終わると観客から割れんばかりの拍手が恭介に贈られた。恭介は、泣きそうな、それでいて嬉しそうな表情で観客を、そして自分を何時も見守ってくれていた少女に感謝の思いを込めて礼をした。
 コンサートが終わると、さやかはすぐさま恭介に駆け寄って話しかけ始める。恭介も照れ笑いしながらさやかの言葉に応じていた。
 デジェルはそれを確認すると、そのまま屋上から中央広場に移動する。
 未だにコンサートの余韻が残ってはいたものの、今のデジェルは浮かない表情を浮かべている。

 「思えばこのコンサートが、彼女にとってもっとも幸せな時間だった、か…。そこからだんだんと下り坂を転げ落ちていく。…皮肉なものだな」

 誰も居ない中央広場で、植木に寄りかかるデジェルの呟きは、夕焼けの空に消えていった。
 20分ほど経過した時、病院の方からさやかが走ってくるのが見えた。デジェルは持たれていた植木から背を放すと、片手を軽く上げて合図する。デジェルの前に到着したさやかは、息を弾ませながら笑顔を見せる。

 「あははー、ごめんなさいデジェルさん。ちょっと遅れちゃって…」

 「いや、構わないさ。折角想い人と話が出来たんだ。私は気にしていないよ」

 「お、想い人って…、そんな…」

 デジェルの言葉にさやかは顔を真っ赤にする。デジェルは穏やかに笑いながら中庭に植えられた樹を眺める。自分とデジェル以外誰も居ない中庭で、さやかは少しドキドキしていた。なにしろ目の前に居るのは性格よし頭脳よしの美系のお兄さんなのだ。いくら恭介という想い人が居たとしてもドキドキしないはずが無い。

 「え、えーっとそれでデジェルさんあたしに何か?ま、まさか愛の告白!?キャー!さやかちゃん照れちゃうな~♪なんちゃって」

 「……」

 さやかは頬を染めて恥ずかしそうに体を揺らす。が、デジェルはさやかの冗談に反応を示さず、黙ったままであった。
 その視線はさやかではなく夕暮れ時の空に向いており、その表情はどこか悲しくもつらそうな雰囲気が漂っている。

 「…あ、あの?デジェルさーん」

 冗談にも反応を示さず、何処か影のある表情で沈黙しているデジェルにさやかは不安そうな表情を浮かべる。デジェルはさやかに視線を向けると、重々しげに口を開いた。

 「さやか君、君に一つ聞きたいんだが…、君は、キュゥべえと魔法少女になる契約をしたのか?」

 「えっ!?」

 唐突なデジェルの発言に、さやかは驚愕の表情を浮かべる。
 それは当然だろう、魔法少女とは関係がないと考えていたデジェルから、キュゥべえ、魔法少女という言葉が出てきたのだ。さやかは動揺を隠しきれない。
 動揺する彼女を無視して、デジェルは言葉を続ける。

 「願いは…恭介君の腕を治す事、だろう…?己の為ではなく愛する人の為に願うのは感心だが…、もう少し考えるべきだったな。君は少し短慮に過ぎる」

 「ど、どうして魔法少女の事を…」

 さやかは驚愕の表情を浮かべながら後ろに下がる。そんな彼女を何処か悲しげな眼で見ながら、デジェルは構わず言葉を続ける。

 「奴の、キュゥべえの言葉を真に受けて魔法少女になったのだろうが、もう少し奴を疑った方が良い。何故魔法少女を増やそうとするのか、何故自分達の願いを叶えようとするのか、そしてそもそも、魔女とは何なのか、ということをね。
 どうやら君は、彼女、巴マミに感化されすぎているようだな。街を護る正義の味方、それが魔法少女だ、と…。やれやれ、彼女も悪気は無いんだろうが、困ったものだ…。お陰で何も知らない人間にまで妙な憧れを抱かせてしまう…。」

 「…貴方は!一体何なんですか!!さっきから聞いていれば魔法少女の事やマミさんの事をボロクソ言って!!幾ら恭介のファンでも言っていい事と悪い事があるんですよ!!」

 マミと魔法少女の事を悪く言われた事に怒ったのか、さやかは両手を握りしめてデジェルを睨みつけてくる。そんな彼女の視線に、デジェルは肩をすくめやれやれと首を振った。

 「まあいい、もう隠す理由も無いか…。なら、私の正体を明かすとしようか」

 デジェルがポツリと呟いた瞬間、デジェルの周囲を冷気と雪が吹き荒れる。それはまるで、その地点だけブリザードが発生したかのようであった。
 出現した吹雪は彼の身体を覆いつくし、あっという間にさやかはデジェルの姿を認識することが出来なくなる。

 「え!?な、何!?何が起こって…」

 さやかは目の前の現象に戸惑い、思わず魔法少女に変身する事も忘れてしまっていた。
 と、突然吹雪が爆ぜ、その中から黄金の光が放たれる。
 まるで太陽と見紛うばかりの黄金の光が段々と収束していくと、そこには、黄金に輝く鎧を身に纏ったデジェルが立っていた。

 「そ、その鎧、ま、まさか…」

 デジェルの身体を覆う黄金の鎧に、さやかは目を見開いて驚愕していた。
 なぜならその鎧は、形状こそ違うものの、間違いなく彼女が見知っているものだったのだから…。
 彼女の言葉に答えるかのように、デジェルは軽く頷いた。

 「そう、私もまたシジフォス達と同じく黄金聖闘士の一人、水瓶座のデジェル。十二宮の十一番目、宝瓶宮の守護を任された黄金聖闘士だ」

 「ええッ!?」

 さやかは驚きのあまりあんぐりと口をあけて呆然としてしまう。
 さやかにとって、デジェルはイケメンで物知りな気のいいお兄さんといった認識しかなかったため、彼の正体を知ったときの驚きも一際大きかった。
 そんな彼女の驚きように、デジェルは思わず笑みを浮かべてしまいそうになったが何とかそれを抑え込み、真面目な表情でさやかを見る。

 「…話を続けるが、君は魔法少女になったことで、これから多くの過酷な運命に苛まれていくだろう。魔法少女というものの正体という、ね」

 「ま、魔法少女の、正体…?」

 目の前のさやかは、デジェルの言葉を震えながら聞いている。まだ彼が黄金聖闘士だと言う事への驚きから抜け切れていないのもあるが、彼の言葉にたとえようもない重みを感じるのだ。

 「…今はまだ答えられない、が、もしもそれを知ったら、君は後悔することになる。魔法少女になったこと、そして…、安易に契約をしてしまったことを、ね…」

 デジェルはそれだけ言うと呆然とこちらを見ているさやかを放ってそのまま立ち去ろうとする。

 「ああ最後に一つだけ忠告だ」

 去り際にデジェルは背後を振り向く。

 「自分の気持ちに、正直になった方が良い。想いは秘めたままでは伝わらない。魔法少女になろうと、何になろうと君は君だから、ね…」

 「え…?それって、どういう………!?!?」

 デジェルの言葉に訳が分からないと言いたげな表情をしていたさやかは、言葉の意味に気が付くと顔を真っ赤にしてオロオロし始める。そんなさやかを尻目に、デジェルはさっさとその場から歩き去っていった。

 (秘めたままでは想いは伝わらない、か…。私が言っては説得力が無かったか、な…)

 いつの間にか黄金聖衣を外し、自宅へとテレポートさせたデジェルは、苦笑いを浮かべながら、かつての自分を、ブルーグラードで修業をしていた頃の自分を思い出す。
 厳しい極寒の地で領主の息子と友情を結び、共に夢を語り合ったあの頃、自分はとある女性に出会った。
 領主の娘であり、親友の姉でもある彼女は、誰にでも分け隔てなく優しく接する、まるで極寒の地を照らす太陽のような人であった。
 そんな彼女に、幼い自分はいつしか淡い想いを抱いていた。結局告白の一つもする事無く、生き返った今となってはもはや幼い頃の思い出となってはいるが、思えばあれがデジェルにとっての初恋というものだったのだろうか…。

 「あの時に告白をしていたら…フッ、ガラでもないな」

 それにもし彼女に告白したと知れたらあの若干シスコンの気がある親友に殺されていたかもしれない。流石にそれはごめんだと笑いながら夕焼けの空を眺める。

 「私の初恋が実らなかった分、彼等の恋が実ってくれればそれでいい。彼らには、幸せになってほしい」

 そうでしょう?セラフィナ様。デジェルは穏やかな笑みを浮かべながら、あの太陽のような笑顔を思い返していた。

 あとがき

 おもわずアルバフィカ様にNARUTOの技使わせてしまいました…。
 まあ厳密には作中で書かれている通り忍術ではないんですけど。
 この作品に出てくる黄金聖闘士は、原作LCよりも数段パワーアップしています。そのため原作にないオリジナル技がこれから出てくる可能性がありますが、そこはどうかご了承のほどを。
 それでは、何かご意見等ございましたらどうかご感想お願いいたします。




[35815] 第17話 一夜明けた後の魔法少女達
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆175723bf ID:9f458038
Date: 2013/07/19 18:47
 まどかが魔女に襲われ、さやかが魔法少女になった日の翌日…。
 あの工場で自殺しようとしていた人々は、やはりというべきか自分達が何をしようとしていたのかを全く覚えていなかった。無論のことながら仁美も何も覚えておらず、「気が付いたらあの工場で眠っていた」、と眠そうな、そして訳が分からなさそうな表情をしていた。
 そしてその日の昼休み、マミは昨日の件について二人から詳しく事情を聞く為、屋上で一緒に昼食を食べることになった。

 「でも驚いちゃった。私が知らない間にさやかちゃん契約してたんだもん」

 「えへへ~、ごめんね、何も知らせなくって!ま、本当は怖くて契約する気は無かったんだけどね、ちょっと心境の変化があってさ」

 さやかはご機嫌な表情で弁当をガツガツと頬張る。まどかはそんなさやかをどこか羨ましそうな表情で眺めていた。
 一方のマミがさやかに向ける視線は何処か心配そうであった。

 「でも美樹さん、本当に後悔してないの?どういう願いを叶えたかは知らないけれど、これからはさやかさんは魔女との過酷な戦いに挑まなくちゃいけなくなるのよ?契約を解除する方法は、キュゥべえが言うには他の魔法少女の契約以外に無いって言うし…」

 「んも~、マミさんは心配性だな~。大丈夫ですよ、あたし、後悔なんてしてません。そ・れ・に!危険って言ってもマミさんや聖闘士の皆さんがついているんだから大丈夫っしょ!!」

 「ん、まあ…。頼りにしてくれるのは、嬉しいんだけど、ね…」

 さやかへの心配と、自分を頼りにしてくれることへの嬉しさからか、マミは何処か複雑そうな笑みを浮かべる。さやかもへへ~、と笑っていた。その表情は真上に広がる青空のように晴れやかで、明るかった。

 「あー、舞い上がっちゃってますね~、あたし♪これからの見滝原市の平和はこの魔法少女さやかちゃんががんがん守ってっちゃいますからね~♪」

 「うふふ、私っていう先輩の事も忘れないでね、さやかさん」

 「もっちろーん!あと聖闘士の皆さんのことも忘れてませんよー!」

 さやかは自分の願いを叶え、マミや聖闘士達と一緒に街や友達を護る為に戦える事がなによりも嬉しくてたまらないせいか、立ち上がってガッツポーズをしている。そんなさやかをマミは微笑ましげに、まどかは羨ましそうな、そして何処かすまなさそうな表情を浮かべていた。
 
 「どうかしたのまどかさん?どこか浮かない顔をしているけど、何か悩みでもあるの?」

 「あ、マミさん…、えっと…」

 「さーてーは!また変な事考えてるなー!このー」

 自分の背中に覆いかぶさってくるさやかにまどかはくすぐったそうに悲鳴を上げる。が、直ぐにその表情は何かを思い悩むような表情に変わる。まどかの表情に、さやかもちょっかいを出すのを止めて、床に座りなおす。
 
 「あのね、私も、魔法少女になれたらって…思って。…私も、さやかちゃんやマミさんみたいに、戦えたらって…」

 俯いたまま、まどかはボソボソと蚊の鳴くような声で呟く。魔女との戦いの恐ろしさで、魔法少女になる契約をすることが出来ない…、まどかは二人にそう独白した。
 最初はこんな自分でも誰かの為になれる、と喜び勇んでいたが、あの病院での戦いの後から、まどかの心の中には戦いに対する恐れというものが生まれていた。まどかが魔法少女にならないのは、シジフォス達の警告だけでなく、この恐れも原因であったのだ。
 無論戦いの恐れを抱いていたのはさやかも一緒であった。だが彼女は結果的に願いの代償として魔法少女となった。
戦いへの恐れを乗り越え、希望を叶えて魔法少女になったさやか…、まどかは彼女が羨ましくてたまらなかった。
まどかの告白を聞いたさやかは、呆れたと言わんばかりの表情で盛大な溜息を吐いた。

 「…あのさあまどか。あたしがこんなこと言えるのはね、なっちゃった後だからこそ言えるわけ。見つけたんだよ、命を懸けても叶えたい願いっていうものを。あたしは魔法少女になるべくしてなったんだよ。だから、まどかは別に引け目に感じる必要は無いんだよ」

 「さやかさんの言う通りよ、まどかさん。無理に願いを見つけて魔法少女になったとしても、まどかさんは後悔しないかしら?命を懸けても、戦いの日々を送る事になっても構わない…、そう思える願いを見つけてからでも契約は遅くないと思うわ?早ければいいってわけじゃないんだし」

 「マミさん、さやかちゃん…」

 さやかとマミの言葉を聞いて、まどかも少し気が晴れて笑顔を見せる。まどかの笑顔にマミとさやかも安心してニコッと笑みを浮かべた。が、さやかは突然何かを思い出したのか笑顔から一転、少し悲しげな表情に変わる。

 「…でもシジフォスさん、もうちょっと言い方ってもの有るんじゃないかな~…。いくらなんでもあんなこと言われたらさやかちゃん傷ついちゃうぞ~…」

 「?シジフォスさんに何か言われたの?」

 さやかの物憂げな表情にマミは気になり少し身を乗り出す。と、さやかの代わりにまどかが口を開いた。

 「はい…『魔法少女になるべきじゃなかった、魔法少女になったのは大きな間違いだ』って言われちゃって…。いくら魔法少女にさせたくないからって…、あんなこと言わなくても…」

 「…そんなことを…」

 まどかの返事を聞いて、マミは少し驚いた。
 確かにシジフォスは彼女達が契約する事を嫌っていたが、まさかそこまでいうとは思っていなかった。
 魔法少女が危険なのはマミも重々承知しているが、シジフォス、否、アルバフィカやマニゴルドはそれ以外にも魔法少女に対して、何かを警戒しているように感じた。

 (…そういえば聖闘士の人達って何故かキュゥべえの事をやけに毛嫌いしてたけど…)

 マミの知っている限り、シジフォス、マニゴルドだけでなくアルバフィカも、何故かキュゥべえを異様に嫌っていた。まだ年若い少女を死地に送り出すのが気に入らないのかも知れないと考えたが、彼等の様子を見ているとそれ以外にも何かあるような気がしてならない。
 考え込むマミを尻目に、さやかは昨日の事を思い出してがっくり来ている様子であった。

 「…あたしってそんな頼りないかな~…。そりゃ確かになりたてほやほやの新米魔法少女だけどね~…」

 「…きっとシジフォスさんは貴女に危険な目にあって欲しくなかったのよ。魔法少女は幾らベテランでも油断をすれば命を落とす世界だから。病院での私のように、ね…」

 若干落ち込み気味のさやかを、マミはなんとか思いついた言葉でフォローする。
 シジフォス達が何故キュゥべえを毛嫌いするかは分からないものの、彼女達を心配しているのは間違いないため、嘘は言っていないはずだ。
 さやかも納得したのか弱弱しくも笑みを浮かべる。

 「…そーっすね。あの時は本当にマミさん死ぬかと思いましたし…」

 「私も…、もしアルバフィカさんがマミさんを助けなかったらって思うと…」

 「二人共…、心配してくれるのは嬉しいけどあまり不吉な事言わないで?」

 確かにあの病院の魔女は強敵であった。まどかの言うとおり、アルバフィカが助けてくれなかったら自分の首と胴体は離れ離れになっていただろう。
 魔法少女の戦いは文字通り命懸け、いかに熟練であっても一瞬の油断が死に至る…。マミの場合はやむを得ない事情でなってしまい、魔女と戦う運命になってしまったが、まどかとさやかには平穏な日常を過ごして貰いたい…、シジフォス、否、黄金聖闘士達はそう願っているのだろう。そうするつもりは無かったとはいえ、まどかとさやかに魔法少女に対する妙な憧れを抱かせてしまった事にマミは罪悪感を感じてしまう。

 「あら巴さん、もう昼食は済ませてしまわれたのでしょうか?」

 と、屋上に続くドアが開かれて、そこから流れるような銀髪が特徴的な少女が屋上に姿を現した。
 少女は最近マミのクラスに転入してきた少女、美国織莉子。どうやら昼食を食べに来たらしく、両手には弁当と思われる包みを持っていた。

 「あ、織莉子さん、今日は屋上でお昼を?」

 「はい、たまにはキリカと二人で食べたいと思って、皆さんのお誘いはお断りしてきたんです。巴さんもこちらで?」

 「はい、たまには友達と一緒にご飯を食べたいと思って…」

 一度一緒に食事をした仲であるため、マミは笑顔で織莉子と会話をする。同じクラスという事もあり、一緒に昼食を食べた後もマミは織莉子としばしばノートを見せ合ったり会話をしたりとそれなりに交流していた。
 まどかとさやかはマミと談笑している全く面識のない少女を呆然と眺めていた。

 「あの、マミさん、この人は…」

 思い切ってまどかが問いかけると、マミは今頃二人に気がついたのかハッとした表情になる。

 「ああ、まどかさんとさやかさんは初対面だったわね。彼女は美国織莉子さん。最近私のクラスに編入してきた人なの。織莉子さん、彼女達は私のお友達で、彼女が鹿目まどかさん、こちらが美樹さやかさんです」

 「あ、あの、鹿目まどか、二年生です、初めまして」

 「えっと、同じく二年の美樹さやかです!どうかお見知りおきを」

 「ご丁寧にありがとうございます。私は美国織莉子、数日前にこの学校に転入してきた者です。どうかよろしくお願いしますね」

 マミに紹介されてまどかとさやかが挨拶をすると、織莉子も優雅に一礼する。そんな織莉子を横目に見ながら、マミはまどかとさやかにテレパシーを送る。
 
 『まどかさん、さやかさん、無関係な彼女の前で魔法少女の事を話すわけにはいかないわ。場所を変えましょう?』

 『え?あ、はい…』

 『わ、分かりました、マミさん』

 二人の返事を受け取ると、マミは既に空になっている弁当箱を包むと、織莉子に向かって一礼する。

 「ごめんなさい織莉子さん、私達はもう昼食を食べてしまいましたからこれで…」

 「あらそうなんですの?何だかお話していらっしゃったところを邪魔してしまったみたいですけれど…」

 「気にしないでください、邪魔にならないように私達は退散させていただきますわ♪さ、いきましょまどかさん、さやかさん」

 「は、はいマミさん!」「あ~、んじゃそういうことで失礼しまーす…」

 「あら、では皆様ごきげんよう、またいずれ一緒にお食事でも…」

 マミ達はこちらに礼をしてくる織莉子に礼を返し、そのまま屋上を後にした。


 織莉子SIDE

 「織莉子~」

 マミ達三人が屋上から居なくなると、物陰から織莉子の親友であるキリカが姿を現した。
 織莉子は突然現れた親友に驚く様子もなく、ニコリと優雅な笑みを浮かべる。

 「お疲れ様キリカ、…どうだったかしら?」

 「神様のお告げ通りだよ。あの青い子、淫獣と契約してた」

 「そう…、やっぱり、ね…」

 キリカの報告を聞き、織莉子の表情から笑みが消える。
 昨日、織莉子とキリカはアスミタからこの学園の生徒、美樹さやかが魔法少女として契約した事を告げられた。織莉子はとりあえず親友のキリカにさやかとマミ、そして魔法少女になった場合、最悪の魔女と化す可能性のある鹿目まどかの監視を依頼したのだ。

 「どうする織莉子?あの青い子、神様の所に連れていく?」

 「まだいいわ、アスミタ様もまだ時期ではないって言っていたし…。今はまだ様子を見ましょう」

 「イエッサー…、でも何だか可哀想だねーあの子も。自分があの淫獣に踊らされてると知らずに、さ」

 「ある意味知らない方が幸せかもしれないけど、ね。もし知ったらそれこそ自分の存在意義そのものが崩されかねないから。特に…」

 キリカの気の無い言葉に、織莉子は何処か憂いを秘めた瞳でドアを見つめる。

 「…巴さんとあの子、美樹さんは、ね…」

 織莉子の呟きは、キリカと二人きりの屋上で空しく響き渡った。

 
 暁美ほむらSIDE

 その日の授業が終わった放課後、まどかとマミはほむらと一緒にファミレスにいた。
 ちなみに本当はさやかも誘いたかったのだが、さやかは用事があると言って先に帰ってしまった。
 
 「それで、何か用かしら?鹿目まどか、巴マミ」

 ほむらは注文したコーヒーを啜りながら、何を考えているのか分からない表情でまどかとマミをジッと見つめている。まどかはほむらの視線に少し緊張気味になり、思わず隣に座っているマミに一瞬視線を向ける。マミはまどかを安心させるようにニコリと笑みを見せる。
 
 「あ、あのね、さやかちゃんの事なんだけど…。さやかちゃん、思い込みが激しくて、意地っ張りで、直ぐに喧嘩しちゃったりする所もあるけど、本当は友達思いですごくいい子なんだ…」

 まどかの話を、ほむらは黙って聞いている。まどかはそのまま話を続ける。

 「…優しくて、勇気があって、誰かのためにと思ったら頑張りすぎちゃう、私の自慢の友達なの…」

 「…でも、度を越した優しさは甘さに繋がるし、蛮勇は油断に繋がる…。正直言って、魔法少女としては致命的よ?巴マミ、貴女もそう思うでしょ?」

 話を振られたマミは、少し顔を強張らせると、注文した紅茶に口をつける。紅茶をソーサーの上に戻したマミは、真剣な、それでいて難しい表情でほむらを見る。

 「…正直言って、私もさやかさんには危うさを感じてはいるわ。彼女は魔法少女になる危険性は知っているはずなんだろうけど、どうもまっすぐ過ぎるというか、前しか見えていないというか…」

 「…要するに、単細胞って事ね」

 「…それは言いすぎじゃないかしら。まあとにかく、そういうわけで若干不安なのは確かね。願いについても分からないし…。…間違った事を願ってなければいいけど…」
 
 ほむらの容赦ない言葉に頬を引き攣らせながら、マミは深い溜息を吐いた。
 彼女は自分自身の命を助ける対価として魔法少女になり戦いに身を投じる事になったが、それは自分で選んだ道であり、結果的に命は助かったため後悔は無い。だが、さやかはどうなのだろうか?
 自分の生涯を懸けた願いに、後悔を抱かずにいれるだろうか。自分の願いが間違いじゃなかったと、最後まで胸を張っていられるだろうか?それがマミにとって不安な事であった。
 マミが難しい表情で考え込んでいるのをみて、まどかは慌てて口を開く。

 「そ、それでね!ほむらちゃんにお願いなんだけど、マミさんとさやかちゃんと仲良くなってくれないかな?魔女をやっつける時だって、ほむらちゃんも一緒ならずっと安全なはずだよね?」

 「魔女狩りなんてシジフォス達に任せればいいじゃない。グリーフシードも彼らに集めてもらえば…」

 「いつも聖闘士の皆さんに任せるわけにはいかないでしょ?私だって魔法少女として今の今まで魔女と戦っていたんだから、少しは役に立たないと」

 「…貴女はしばらく魔女狩りは休むんじゃなかったの?」

 「最近現役復帰したばかりよ」

 「…そっ」

 ほむらは表情を変えないまま、砂糖も牛乳も入っていないブラックのコーヒーを黙って啜る。
 そんな彼女の反応にマミとまどかは顔を見合わせ、まどかはジュースを、マミは紅茶をそれぞれ啜りだす。
 各々飲み物を飲み終えると、まずほむらが口を開いた。

 「最初に言うけど、私は出来ない約束はしないし、嘘もつきたくは無いわ」

 「え…、それって…」

 「…暁美さん…?」

 呆然とするまどかとマミを尻目にほむらは言葉を続ける。

 「美樹さやかは契約するべきじゃなかった。本当ならまどか、貴女と一緒に監視しておくべきだったけど、黄金聖闘士が上手くやってくれていると思って怠ってしまったわ。それは私のミスだけど…」

 ほむらはそこで言葉を一度区切ると、鋭い目つきでまどかとマミを見つめる。

 「…一度魔法少女になってしまったら、もう後戻りはできない。死人が生き返らないのと同じように、たった一つの希望の対価に、絶望という名の坂道を転げ落ちていく、それが魔法少女というものなのよ」

 「…暁美さん、それって、どういうことなの…?貴女は、魔法少女について何か知っているの…?」

 マミは疑念に満ちた目で、ほむらを睨みつける。まどかも困惑した表情でほむらをジッと見ていた。
 が、ほむらはマミとまどかの視線もどこ吹く風といった様子で平然としている。

 「…さあ?一つだけ言うのなら、魔法少女っていうのは、決して憧れるようなものじゃないってことだけかしら…?もしも真実を知ったら、ソウルジェムを粉々に砕きたくなるでしょうね…」

 ほむらは返事を返すと、カップに残ったコーヒーを飲みほした。まどかとマミはあまりに魔法少女に対して否定的なほむらの言葉に戸惑いを隠せなかった。
 ほむらは空になったカップを置くと、軽く肩を竦める。

 「まあ、とはいっても絶望的というわけでもないし…、そうね。もしも何かあった時には、彼女を助けるつもりよ」

 「!?ほ、本当に!?」

 「もっとも、彼女が嫌がったらどうしようもないけどね」

 少しばかり気の無い返事であったが、さやかを助けてくれると言うほむらの言葉にまどかは嬉しそうに目を輝かせる。そんな彼女の表情を見て、僅かだがほむらの表情が変化する。マミはそれに気がついたものの、直に元の無表情に戻ってしまったため、見間違いかしらと首をかしげた。
 ほむらはコーヒーの代金をテーブルに置くと、ポケットからメモ用紙を取り出してまどかに渡した。
 
 「私の携帯の番号とアドレスよ。何かあったら呼びなさい」

 「え…、あ、ありがとうほむらちゃん!!そ、それじゃあ私もアドレス教えるから!!」

 「あの…よかったら私も暁美さんのアドレス教えてもらってもいいかしら?」

 「…分かったわ。別に教えて減るものじゃないし…」

 ほむらは携帯を取り出すと、マミとまどかとアドレスを交換する。
 アドレスの交換が終わると、今度こそほむらはそのまま店から外に出ていこうとする。

 「あ、あのほむらちゃん!!」

 と、出ていこうとするほむらに、まどかが突然声をかける。思わず足を止めてこちらを振り向いたほむらに、まどかは思い切ったように口を開く。

 「…また明日、学校で、ね!」

 まどかの言葉にほむらは驚いたような表情を浮かべる。が、直ぐに元の無表情に戻ると、そのまま店を後にした。
 ほむらが店の外に出て、左側に視線を向けると、店の壁に寄りかかって缶ビールを煽っているマニゴルドの姿があった。足元に空の缶が数本転がっている所を見ると、ほむらが出てくるのを待っていたのだろうか。

 「ようほむら、愛しのまどかちゃんとのお話はいかがでしたかな?」

 「…変な事言わないでマニゴルド、それに、今日はまどかだけじゃなくて巴マミも居たのよ」

 「ほーう?それにしちゃ嬉しそうに顔にやけてやがるじゃねえの?」

 「……」

 マニゴルドに指摘されたほむらは、直ぐに表情を引き締めて、いつもの無表情に戻る。いつもの表情に戻ってしまったほむらを見て、マニゴルドは少し残念そうな表情を浮かべる。

 「んだよ残念。折角笑顔は可愛らしくて俺好みだってのによ。もう一度見せてくれや、オイ」

 「見世物じゃないの。はやく帰りましょう」
 
 マニゴルドのお願いを切って捨てると、ほむらは家路を急ぐ。背後でマニゴルドがブツブツと文句を言っているが、ほむらはあえて無視する。
 マニゴルドは地面に落ちている空き缶を拾い上げると、近くのゴミかごに放り込み、ほむらの後ろからついていく。

 「ところで、やっぱしあのさやかってガキは契約したみたいだな」

 「ええ、恐らく上条恭介の腕の治癒を対価にしたんでしょうね」

 「だろうな。ま、大体これは予定通りだ。例え魔女化しようが俺が冥界波でなんとかすりゃあ問題ねえ」

 「そうね…。でも、彼女が魔女化していくのを見るのは、流石に気分が良くないけど…」

 ほむらは以前の時間軸でのさやかの末路を思い出し、悲痛な表情を浮かべる。
 魔法少女となったさやかは、ほぼ確実に魔女となっている。例え魔女にならなかったとしても、魔女との戦いで力尽きて死んでしまっている。
 本来ならば契約させないのが一番だったが、してしまった以上どうしようもない。
 幸いこの時間軸ではまどか、マミ、さやかが自分に抱いている印象はそこまで悪いものではなさそうなので、出来る限りさやかが魔女化しない様に誘導していくことも不可能ではないだろう。いざとなればマニゴルドの冥界波がある…。

 「ま、そりゃ知り合いが化け物になるのは気分良くねえわな。だけどよ、そのさやかってのが絶望スンのは、確か親友に惚れた男横恋慕されたからだろうが?」

 「…そうね、まどかと美樹さやかの親友の志筑仁美っている子なんだけど…。美樹さやかに上条恭介に告白するって宣言して、それで美樹さやかは告白できずに…、って事」

 「んだよ。要はそんなのテメエの問題だろうが?そりゃ告白する意気地の無かったさやかってガキの責任だわな、うん」

 「…告白の宣言を受けた時、美樹さやかは自分の身体の事で悩んでいた時だったのよ。自分はもう人間じゃない、ゾンビだ。だから恭介と付き合えない、ってね」

 実際さやかはああ見えて意外と繊細な所がある。
 実際自分の悩みや苦しみ等の負の感情を溜めこみ、その感情全てを魔女退治にぶつけてしまった結果、グリーフシードを濁らせてしまい、魔女化してしまう…。おもえば、自分が今まで出会った魔法少女の中でも彼女が一番魔女化する危険性が高いような気がする。
 自分が人間じゃなくなったと思いつめている所へ志筑仁美が上条恭介が好きだったと告白してきたのが完全な止めとなってしまった。仁美としては抜け駆けをしたくなかったのが本音だったようだが、皮肉にもこれが、彼女の親友を殺す破目になってしまった。

 「んだよ、そんじゃあ解決法簡単じゃねえか?」

 ほむらの話を聞いたマニゴルドはあっけらかんと笑顔を浮かべる。…が、その笑顔を見たほむらは、何故か嫌な予感がした。何やら碌でもない案が出てきそうな気がする。
 マニゴルドは人差し指をほむらにつきたてると、より一層笑みを深める。が、何処か邪悪そうに見えるのは気のせいだろうか…?

 「…消すか?その仁美ってのを」

 …予想通り、やはり碌な案ではなかった。

 「却下。腐っても一応まどかと美樹さやかの親友なのよ?彼女は。もし死んだら彼女達が悲しむでしょ?」

 「分かってる分かってる、冗談だっての」

 マニゴルドはヘラヘラと笑いしながら肩を竦める。ほむらは疲れたように溜息を吐いた。
 幾ら冗談とはいえ流石に心臓に悪い。幾つもの時間軸を渡り歩いてきたほむらでも、流石に見知った人間に死なれては良い気持ちはしない。
 
 「ま、あいつらの事はデジェルに任せときゃ問題ねえだろ。あいつの事だ、もう手は打ってるだろ」

 「…だと良いんだけど…。それよりも、早く佐倉杏子と接触したいところね」

 ワルプルギスの夜を倒すのに、人員は多ければ多いほどいい。
 マニゴルド曰く、黄金聖闘士の力ならばワルプルギスどころかまどかが魔女化した存在『救済の魔女』も一人でも倒せるとの事らしいが、それでも周囲の被害を最小限にするためにも、何より自身の邪魔をされない為にも佐倉杏子を味方に引き入れておいて損は無い。

 「牛とは接触できた。多分今日明日中にゃ会えるだろ?」

 「そうね。巴マミとも協力を取り付けられる目処は立ったし、後は佐倉杏子を引き入れて、美樹さやかをなんとかすれば…」

 最良の結末を迎えようと頭を巡らせるほむらを、マニゴルドは横目でジッと眺めている。

 「…なんだかな、お前、何だかんだ言って、甘いな」

 「何よ、甘いってどういう事なの?マニゴルド」

 マニゴルドが何気なく呟いた一言に、ほむらは少しムッとした表情になる。そんなほむらをマニゴルドは意地悪げな、そして少しだけ優しげな表情で笑っている。

 「お前まどか以外興味ないだの何だの言っておきながら、結局他の魔法少女も救おうとしてんじゃねえか。結局お前、性格は変わっちゃあいるけど根っこは元のまんま、甘ちゃんのままだよ」

 マニゴルドはほむらの横を歩きながら、言葉を続ける。

 「あの病院でマミの代わりに魔女狩ろうとしたのも、結局はマミに死んでほしくなかったからだろうが。確か最初の時間軸でまどかと一緒にお前を救ってくれたんだっけ?ま、そりゃ恩に着て当然だわな」

 「なっ!?わ、私は別に…。ただ、彼女達が死んだらまどかが悲しむって思ったから…」

 「へいへいツンデレツンデレ」

 「だ、誰がツンデレよ…ってちょっとマニゴルド!?待ちなさい!!待ちなさいってば~!!」

 背後で上がるほむらの叫び声に、マニゴルドは爆笑しながら逃げていく。そんなマニゴルドをほむらは顔を真っ赤にして全速力で追いかけるのだった。
 もしもこの場にまどかとマミがいたら、いつものほむらとのギャップに驚いたことだろう。もっとも、逆に面白がって大笑いするかもしれないだろうが。

 あとがき

 エピソードG…、打ち切りエンドで完全に不完全燃焼です…。結構楽しみにしていたのに…。カミュとの決着付けられなかったオケアノスさんマジ不憫…。
 今回はかなり短めですが、さやかが魔法少女になった後の話という事で。杏子との出会いは次回という事で。
 にしても新連載の「セインティア翔」って…。仮面の掟とか色々突っ込みどころ満載ですが、まあ読んでいればそのうち面白くなるんでしょうか?
 ΩやエピGも最初は微妙かと思いましたけど見ている内に面白くなってきましたしね。




[35815] 第18話 魔法少女の邂逅と激突
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆175723bf ID:9f458038
Date: 2013/08/02 20:17
見滝原にあるとあるマンションの一室に、美樹さやかの住居はあった。
 今日は両親は共働きで遅い為、現在家にはさやかしかいない。
 さやかは自分の部屋にある鏡の前で一度気合を入れると、部屋から出て玄関に向かう。
 魔女から街を守る為のパトロール、さやかは今からそれに向かうのだ。
 さやかは緊張してゴクリと唾を飲み込んだ。
 魔女を倒すパトロール自体は初めてではない。マミとまどか、そしてシジフォスと一緒になって行った魔法少女研修、そして始めて魔法少女になった時に一人で街中をパトロールして廻った。
 が、魔女退治自体は全くやった事が無い。使い魔とも戦った事が無く、倉庫での魔女もシジフォスが先に殲滅してしまったため、討伐経験は全く無い。
 練習無しのぶっつけ本番、緊張するなと言うほうが無茶と言うものであろう。
 もうマミと一緒に居た時のような付き添いではない、シジフォスのような黄金聖闘士もいない、自分自身たった一人で命を懸けた戦いの舞台へと赴くと言う事実に、さやかは少なからず恐怖を覚えていたのだ。
 
 「緊張しているのかい?さやか」

 彼女の肩に乗っているキュゥべえは、そんなさやかの感情を察したのか、そのマネキンのような無表情でさやかの横顔を見つめる。さやかは照れ臭そうに頬を掻いた。

 「まあ、ね。なんたって一歩間違えたらお陀仏なわけだし」

 「そうだね。でも気を強く持ってほしいな。君はもうこの街を守る魔法少女なんだからね」

 「…うん、分かってる」
 
 さやかは弱弱しい笑みをキュゥべえに向けると、玄関のドアを開けて外に出ると、ドアの鍵を閉める。
 もしかしたらもうここに戻れないかもしれない、そう考えると全身に震えが走り、今にも地面に座り込んでしまいそうになる。
 緊張で震える身体に自分で気合を入れながらさやかはマンションの外に出る、と、まどかとマミ、そして不機嫌そうな表情のシジフォスが待っていた。

 「え!?ま、マミさんにまどか、シジフォスさんも!?」

 「初心者一人じゃ心配でしょ?もしもの為に私達も同行する事にさせてもらったの」

 驚いた表情のさやかにマミはニッコリと笑顔を見せる。予想もしていなかった事にさやかは呆然とする。と、マミの隣に居たまどかがおずおずとさやかに近寄った。

 「あ、あのねさやかちゃん…。私魔法少女じゃないから足手纏いになっちゃうかもしれないけど、それでも、邪魔にならない所までで良いから、一緒に行きたいなって…。
 だ、駄目かな?さやかちゃん」

 まどかはどこか不安そうな表情でさやかをじっと見つめる。さやかはまどかの言葉を聞いて驚いた表情を浮かべていたが、やがてクスッと笑みを浮かべるとまどかの手を両手で握りしめる。

 「何言ってんのさ!まどか達が居てくれたら、あたしとっても心強いよ!
本当はね、あたし一人で行くのって心細くってさ、少し、怖いとも思ってるんだ。はは…、魔法少女なのに、情けないよね」

 「さやかちゃん…」

 「邪魔なんかじゃないよ、まどか達が居てくれて、嬉しくてたまらないよ。すっごく心強くて、それこそ百人力って感じで!」

 「…本音では魔女退治になど行って欲しくないんだがな、俺自身は」

 と、まどかとさやかの会話にシジフォスが割って入ってくる。こちらはさやかが魔女退治に行くこと自体が不満らしく、不機嫌そうな表情でさやかを見ている。

 「…さやか、どうしても行くつもりか?言っては何だか君がいなくても我々黄金聖闘士にマミとほむらの二人も居るから魔女退治については心配はいらないぞ?グリーフシードも届けるから魔力の心配もいらない。だから君はいつも通りの生活を送っても何ら支障は無いんだが…」

 「そんな…!!シジフォスさん達やマミさんが戦っているのにあたしだけ見ているだけなんでできません!!あたしだってまどかや恭介達を守る為に戦いたいんです!!あたしが魔法少女になったのは、魔女から大切な人達を守る為でもあるんですから!!」

 「いや、気持ちは分かるけどね、魔女退治は命の危険が伴うんだ。それは病院で嫌というほど思い知っただろう?君はまだ若い。これから先の未来の為にもその命を無駄に使い捨てるべきじゃあない」

 「大丈夫です!!マミさんにまどかが居るんならあたしだって負ける気がしません!!マミさんの戦いを見て、魔女との戦いが命懸けだってことも覚悟の上です!!
 あたし馬鹿だから、一人だと下手をしたら無茶なでたらめやらかしかねないかもしれませんけど!でもまどかが居てくれるって肝に銘じておけば慎重になれて大丈夫だと思うんです!!絶対に足手纏いにはなりませんから!!」

 「言っても無駄か…。はあ…」
 
 シジフォスは頭が痛そうな表情で盛大に溜息を吐く。そんなシジフォスの苦々しげな表情を隣で見ていたマミは、少しばつが悪そうな表情で苦笑いする。
 ある意味自分が彼女を魔法少女の道に引き込む片棒を背負っているようなものなので、多少なりとも罪悪感があるのだろう。

 「んじゃ早速いきましょっかー!!」

 「え?あ、ま、まってよさやかちゃーん!!」

 そうこうしている内にさやかはまどかを連れてパトロールに行ってしまう。シジフォスは仕方が無いと言いたげに溜息を吐き、マミは何も言わずに彼女達の後に着いて行った。



 そして、さやかの住んでるマンションを出発し、魔女を探し歩く事20分…。



 「………」

 「………」

 (さ、さやかちゃーん、気まずすぎるよ~…)

 (う、うう~…、シジフォスさんもマミさんも何もしゃべらない…。どーすんのよこれ~…)

 未だに四人は魔女どころか使い魔一匹見つけられずに街をさまよい歩いていた。
 探索の間、シジフォスは不機嫌そうな表情のまま、マミもどこか暗い表情で何も話さずに歩いており、まどかとさやかが話しかけてもせいぜい「ああ…」だの「うん…」だのと曖昧な返事しか返さない。
 恐らくシジフォスは自分が魔女を探すパトロールをする事に不満なのだろうが、幾らなんでも心配性なんじゃないのか、とさやか自身は若干不満を覚えていた。
 確かに自分はまだ魔法少女になったばかりの新米だが、それでも魔女や使い魔と戦える力を持っているのだ。少しは信用してくれてもいいんじゃないかと考えてしまうが…。
 先日出会ったデジェルといいどうも黄金聖闘士達は自分達が魔女と戦う事を、というよりも魔法少女になること自体嫌っているようだ。そこまで自分達は頼りないのか…、まあ確かに魔女を一撃で倒しちゃうような黄金聖闘士達と自分には天と地ほどの力の差はあるだろうけど…。
 そこまで考えると、さやかは何気なく黙って歩いているシジフォスに視線を向ける。

 「そういえばシジフォスさん。シジフォスさん達黄金聖闘士に、水瓶座のデジェルって人居ますか?」

 さやかが何気なくシジフォスに質問すると、シジフォスはキョトンとした表情でさやかに顔を向ける。

 「確かに黄金聖闘士にデジェルという名前の聖闘士は居るが…、ああ、もしかして会った事があるのか?」

 「あ、はい。何か恭介…、あたしの幼馴染のバイオリンのファンの人で、偶にお見舞いの時に話とかしてたんです。黄金聖闘士の人って知ったのはつい昨日ですけど」

 さやかの返事にシジフォスは納得して頷いた。まどかとマミもさやかとシジフォスの会話に聴き耳を立てる。

 「なるほど…。…君の言うとおりデジェルは水瓶座の黄金聖闘士、12宮の11番目、宝瓶宮を守護している男だ。書物を読むのが趣味で、数多くの書物から膨大な知識を得ていることから『智の聖闘士』とも呼ばれる我等黄金聖闘士随一の頭脳派だ」

 さやか達はシジフォスの説明を食い入るように聴いている。あの重い雰囲気もいつの間にか消えていた。
 そんな彼女達を見てシジフォスは肩を竦める。

 「まあ頭脳派とは言っても決して彼は弱いわけではない。彼は凍気を操る闘法を用いる聖闘士でな、その気になれば海をも完全に氷結させることもやってのける実力者だ。まあ流石にこの街でそこまでの力を披露する事は無いだろうが、な」

 そんな事をしたらこの街一体が氷河期状態になる、と小声で呟くシジフォスを、さやか達はポカンとした表情で眺めている。毎度のことながら、あまりにもスケールが違い過ぎたのだろう。
 そして再び会話が途切れて魔女探索を再開する、が、出発から40分歩き続けたにもかかわらず、結局使い魔一体見つけることも出来なかった。

 「はー…、何にも居ないじゃん、ったく…。折角魔法少女デビューってことで張り切ってたのにさー…」

 「まあまあ、むしろいいことじゃない。それだけ魔女の被害に遭う人が少ないってことなんだし」

 魔女とさっぱり遭遇できない事に愚痴をこぼすさやかを、マミは苦笑しながら宥める。
 そんな二人の様子を眺めながら、シジフォスは軽く溜息を吐いた。

 「仕方が無い…。此処は分かれて行動しないか?」

 「へ?えっと、どういうことですか、シジフォスさん?」

 突然の提案にまどかはキョトンとした表情をシジフォスに向け、マミとさやかの視線もシジフォスに移る。少女達に注目されたシジフォスは、軽く肩を竦める。

 「これだけ探しても見つからないのなら、二手に分かれて行動したほうが良いと思ってな。その方が魔女や使い魔を見つける可能性は高いだろう?幸い魔法少女が二人と聖闘士が一人なら分かれても十分戦えるはずだ。まあ、流石に初心者のさやかにいきなり魔女退治は任せられないが、な」

 「…そうですね、二手に分かれれば行動範囲は広がりますし、それだけ魔女を見つける確率も高くなるはずです。私は賛成ですよ」

 シジフォスの案を聞いてマミは賛成の意を示す。さやかとまどかからも異論は出なかった。確かに二手に分かれれば行動範囲も広まり、魔女や使い魔も発見しやすくなるだろう。
 戦力の分散についても、魔女一体を余裕で倒せるシジフォスならば一般人であるまどかと一緒であったとしても魔女を倒すには十分すぎるだろう。
 
 「よし、なら俺はマミと行く。さやかはまどかについて居てくれ」

 「えッ!?」

 シジフォスの言葉にマミは驚いて思わず声を上げる。てっきりシジフォスがまどかとペアを組み、マミとさやかを一緒にすると考えていた為、この決定はマミからすれば少し予想外であったのだ。
 マミの驚いた声を聞いて、シジフォスはマミに笑顔を向ける。

 「なに、やっぱり親友同士で組んだ方がやりやすいと思ってね。心配しなくても何か危機があったら直ぐに助けに向かえば問題ないだろう?」
 
 確かにシジフォスは魔女や使い魔の気配を察知する力が魔法少女より優れている。特に魔法少女と戦闘中の魔女ならばどれほど距離が離れていても探知することが可能だろう。
 しかし、それでも新米魔法少女に一般人を任せるのは…、とマミは何処か不安そうであった。

 「君の考えている事は分かるが、此処は俺の言うとおりにしてくれないか?大丈夫だ。安心してくれ」
 
 シジフォスはマミに向かって軽くウィンクをするとまどかとさやかに視線を向ける。

 「…というわけだ。さやか、もし使い魔あたりならば君一人でも何とかなるだろうが、もし魔女が出てきたら直ぐにでもマミか俺を呼んでくれ。分かったかな?」

 「うっす!!お任せ下さいッス!!まどかちゃんはこのさやかちゃんがはりきって守っちゃいますよ~!!」

 「うう~…。シジフォスさんと一緒の方が…」

 張り切り過ぎてテンション高めのさやかに対し、まどかは何処か羨ましそうな目つきでマミとシジフォスを交互に見ている。どうやらシジフォスと一緒に行けない事が不満なようである。

 「なーにーまどかちゃん?君は親友よりも初恋の男と一緒の方が良いってか?それって薄情じゃないかな~?うん~?」

 「ふええ!?そ、そういうわけじゃ…」

 さやかにからかわれてまどかは顔を真っ赤にして俯いた。その様子を見てシジフォスは複雑そうな視線をまどかに向け、マミはそんなシジフォスをみて面白そうにクスクスと笑っている。

 「さて…、では行こうかマミ」

 「え?あ、はい!!」

 笑われた事に気がついたシジフォスは、表情を引き締めるとそのまま先に行ってしまい、マミはシジフォスの後を追っていく。その後ろ姿を、まどかとさやかはジッと眺めていた。

 「んじゃ、あたし達もいこっか」

 「あ…うん」

 まどかとさやかもシジフォスとマミとは別の道から魔女探索を開始した。

 マミとシジフォスの二人と分かれたまどか、さやか、そしてキュゥべえは魔女を探して街中を歩き続ける。
 依然としてソウルジェムに反応は無いが、さやかは諦めることなく根気よく探索する。

 「一生懸命だね、さやかちゃん」

 「実質始めての魔女退治だ、君が居るから張り切っているんだろうね」

 まどかはキュゥべえの無表情とは正反対の甲高い声を聞きながら、必死に魔女を探索するさやかを見つめる。
 さやかは自分の望みを見つけ、魔法少女となった。自分が命懸けの戦いをする羽目になったとしても構わないと思えるような願いを見つけ、それを叶えたのだ。

 (私も…、それが、あれば…)
 
 まどかはさやかに対して少し羨ましいという感情を抱いていた。自分も魔法少女となって、誰かの為に戦いたいと、まどかは再びそう思い始めていた。
 だけど、自分には叶えたい願いが無い。命を懸けても、戦いの日々を送る羽目になったとしても叶えたい願いが今のところ存在しないのだ。
 なるべきではない、なったらもう後戻りは出来ないとシジフォスから釘を刺されている、魔法少女が命懸けだということも理解してはいる…。だが、それでもまどかには魔法少女となって誰かの為に役立ちたいと言う願いがあるのだった。
 まどかは羨望の篭った視線でさやかの背中を眺める。さやかはその視線に気が突いた様子も無く、魔女を探して辺りを見回している。
 まどかとさやかは街を歩きながら魔女を探す。途中でクラスメイトに会って談笑したりしながらも、さやかはソウルジェムの反応に気を配っている。
 そして、とある建物の裏路地を通りかかった瞬間、さやかのソウルジェムが反応を示す。

 「!きた!!こっちだ!!」

 「え!?さ、さやかちゃん!?」

 建物の隙間の路地に駆けこんださやかを、まどかは追いかける。
 建物の路地裏に入り込んだ瞬間、いつもの路地裏から別の空間に変異を始める。しかし、魔女の結界のような完全に閉鎖された異空間というわけではなく、所々が元の空間のままであり、相当不安定な状態である。

 「この結界は魔女じゃないね、どうやら使い魔のようだ」

 魔女の手下である使い魔も、放置しておけば大量の人間を喰らった末に魔女となり、人々に害を及ぼす可能性がある。とはいっても当然魔女よりも弱い為、新米であるさやかでも十分対処できるレベルである。

 「よっしゃ!んじゃとっとと片付けますか!!」

 さやかは瞬時に魔法少女の姿に変身しすると、落書きのような姿の使い魔に向かって斬りかかる。使い魔は斬りかかってくるさやかに気がつき、とっさに身をかわした。
 剣をかわされたさやかは、それでも焦らずに使い魔目がけて蹴りを叩きこむ。思わぬ衝撃に使い魔も反応できず、路地の壁に叩きつけられた。

 「っしゃあ!これでも喰らえ!!」

 さやかはサーベルの切っ先を使い魔に向けると、柄に取り付けられたレバーを握る。
 瞬間、サーベルの刀身が発射され、まるで弾丸のように使い魔目がけて疾走する。
 …が、狙いは僅かにそれ、刀身は使い魔の真横に命中してしまった。

 「…あ、ミスった」

 「…さやかちゃん、コントロール悪いよ…」

 「ご、ゴメンゴメン!!ま、まあこんな時もあるって!!」

 ジト目でこちらを眺めるまどかにさやかは少し引き攣った愛想笑いを浮かべながら、魔力を消費して新しい剣を作り出す。
 魔法少女の武器は、大抵の場合魔力によって作り出される。その為たとえ壊されたとしても、魔力が残っていれば幾らでも作り出すことが可能であり、さやかの剣も、たとえ刀身が無くなったとしても魔力で再び作り直すことが可能だ。

 「あっ!!つ、使い魔が逃げちゃう!!」

 「なあ!?く、くそ逃げるな!!」

 …が、さやかが急いで剣を生成していると、その隙をついて使い魔は逃亡を開始した。
 剣の生成を終えたさやかは、逃亡する使い魔を追いかける。幸いこの使い魔は逃げ足の速いものではなかった為に、直ぐにさやかは使い魔に追いつき、止めを刺す為に握られた剣の切っ先を振り上げる。

 「これで………、なあ!?」

 が、振り下ろされた切っ先は使い魔に届かなかった。いきなり空から槍が飛んできて、さやかの持っている剣を弾き飛ばしたのだ。

 「おいおい、何やってんのさアンタ達」

 突然飛んできた槍にさやかとまどかが驚いていると、何者かの影が、二人の目の前に降ってきた。
 降ってきたのは少女であった。だが、その服装はどう見ても普通の少女ではない。
 赤を基調とした軽装な服装をしており、胸元には赤い宝石が輝いている。ポニーテールに纏めた髪の毛は服装と同じ赤で、目はつり上がり、口元には鋭い八重歯が覗いている。
 間違いなく彼女は自分と同じ魔法少女、キュゥべえと契約した存在だ。
 
 「あっ!使い魔が!!」

 まどかの叫び声にさやかはハッとする。見ると使い魔は既に逃走を始めている。このまま逃がして行方をくらませたら、また人が襲われるかもしれない。

 「くっ!逃がすかっ!!」
 
 「だーかーら、ちょっと待てっての」

使い魔を追跡しようとさやかはサーベルを手に駆け出そうとするが、赤い魔法少女はさやかの進路の前に立ちふさがり、さやかに向かって槍を突き付ける。
 またしても邪魔をされたさやかは目の前の少女を睨みつける。

 「どいてよ!!あたしはあいつを追わなくちゃいけないの!!」

 「見てわかんないかなぁ、あれは魔女じゃなくて使い魔だっての。グリーフシード持ってねえんだぜ?シメるのなんて4、5人食って魔女になるまで待ったほうが効率的だろうが?」

 「なっ!?それじゃあ何の罪もない人達が襲われるじゃない!!あんた、あの使い魔に襲われる人達を見殺しにするつもり!?」

 赤い魔法少女の言葉に、さやかは驚愕の表情を浮かべる。信じられないと言いたげなさやかに、赤い魔法少女は呆れたような表情を浮かべる。

 「はあ…あんた食物連鎖っての知らねえか?弱い奴を強い奴が食うってアレ。学校で習ったろ?アレと同じだよ。弱い人間を魔女が食って、その魔女をあたし達が食う…、単純な自然の摂理だ。
こんなの魔法少女どころか生き物にとっちゃあ普通、当然のルールだろうが。それとも…」

言葉を途中で区切ると、赤い魔法少女は今度はさやかを侮蔑するような、そして若干怒りのこもった視線で睨みつける。

「まさかあれか?あんたやれ正義の為だの人助けの為だのなんつうおちゃらけた冗談かます為にあいつと契約したのかよ?んで、願いも自分の為じゃなくて人の為、か?」

 「…だったら、だったらどうだっていうのよ!?」

 さやかはこちらに侮蔑の視線を投げつけてくる赤い魔法少女を思いっきり睨みつける。
自分は恭介の腕を治す事を対価に魔法少女になった、そして、手に入れた魔法の力で恭介達を守る、それが自分の魔法少女としての願いであり、誓いなのだ。
 そんなさやかの誓いを、赤い魔法少女は…、

 「そういうの、やめてくんねえか?」

 忌々しげな表情で吐き捨てる。

 「そういう遊び半分な理由でこの業界に首突っ込まれちゃあ、こっちとしてもムカつくし迷惑極まりねえんだよ。とっとと家に帰って飯食って寝てな」

 「…!!」

 瞬間、さやかは目の前の少女に向かって斬りかかった。赤い魔法少女は自分を斬り裂こうとするサーベルを余裕で受け止めると、意地悪そうな笑みを浮かべる。

 「おいおいあたしは一応魔法少女としちゃあアンタの先輩なんだぜ?ちったあ熟練者を敬ったらどうだい?それとも、何か気に障る事でも言っちまったかな?」

 「うるさい!!あんたみたいな奴を、誰が敬うかっ!!」

 さやかは激昂して目の前の少女目がけてサーベルを振るう。冷たく光る刃が少女を斬り裂こうと襲ってくるものの、少女は余裕な表情で次々と襲いかかる刃を回避する。
 激昂しているさやかは、少女に一撃も与えることが出来ない事に苛立ちを覚える。

 「っ!!くそ!!当たれ!!あた…」

 「ったく、トウシローが。ちったあ頭冷やしやがれ」

 「!?あぐっ!!」

 滅茶苦茶に振るわれるサーベルを、少女の槍が弾き飛ばす。その衝撃に怯んださやかの胸を、槍の穂先が一閃した。
 赤い鮮血が飛び散り、さやかは背後に吹き飛ばされる。その胸は切り裂かれ、服は流れた血で真っ赤に染まっている。

 「!さやかちゃん!!」

 「死んじゃあいないから安心しな。ま、その怪我じゃしばらく魔法少女はやれねえだろうけど。そこのアンタ、そいつ連れてとっとと此処から失せな」

 赤い魔法少女は肩を竦めると、そのまま立ち去ろうとする。残っているのは魔法少女ではない一般人とキュゥべえ一匹、放っておいても問題ないと判断したのだ。
 …が、

 「なめんじゃないわよっ!!」

 「…ああ!?」

 重傷を負って動けないはずのさやかが、背後から少女に向かってサーベルを振るってきた。あまりに予想外の事で少女は驚愕するが、それでも何とか刃を受け止める。
 よくよく見ると先程切り裂いた傷は完全に癒え、服も元に戻っている。

 「オイオイどうなってやがる。確か全治三カ月の傷は負わせたはずだってのに」

 背後にバックジャンプして距離を離し、少女はさやかをジッと観察する。さやかは少し息が上がっていたが、身体上の傷は無い様子であった。

 「さ、さやかちゃん!大丈夫なの!?」

 「さやかの願いは回復の祈りで契約したから、魔法少女としての固有能力は『癒し』、回復能力は魔法少女随一だ。あれ位の傷なら問題ないよ」

 キュゥべえの解説を聞きながら、まどかはさやかを心配そうに見つめる。さやかは怒りの籠った視線で目の前の魔法少女を睨みつける。一方赤い魔法少女は面倒くさそうな表情でさやかを眺めながら舌打ちをする。

 「チッ、ったく長居するつもりはねえってのに面倒くせえ…。まあいい、マミ来る前にとっととここからおさらばさせてもらうかね!!」

 「誰が逃がすか!!アンタみたいな魔法少女の風上にも置けない奴、絶対に許さない!!」

 まるで青い疾風のようにさやかは駆け、その手に握る刃が赤い魔法少女を切り裂こうと襲いかかる。
 赤い魔法少女は、迫ってくる彼女をじっと見据える。そこから逃げる様子も、攻撃を回避しようとする様子もない。
 やがてさやかのサーベルが少女の首に食らいつこうとする、が…。

 「ウゼえ」

 瞬間、少女の槍がバラバラに分割され、

 「超ウゼえ」

 剣を弾きとばし、さやかに鞭のように叩きつけられた。

 「があっ!!」

 腹部を襲う鈍痛に、さやかは絶叫を上げる。
 思わずサーベルを取り落としてしまいそうになったが、何とか力を振り絞って柄を握り締め、武器を落とす事は避けた。
 そんなさやかを少女はまるで虫けらでも見るような視線で見下していた。

 「ハッ、ド素人が粋がってんじゃねえぞ?ていうか本当に口の利き方がなってねえな?先輩に対する、よぉ」

 「ぐっ…!!黙れええええええ!!!」

 腹部を殴打された痛みをこらえながら、さやかは絶叫してサーベルを振るう、が、力任せに振られた刃は、少女に当ることなく空を切る。

 「ぐっ!!」

 「言って聞かせてもダメ、殴っても分からねえ馬鹿は、…もう死ぬしかねえよな?」

 いつの間にか背後に回っていた少女の槍が、さやかの両足を斬りつける。いそいで飛びのいたお陰で足を切断する事は免れた、が、結果的に両足に傷を負い、地面に倒れ込んでしまう。

 「あ…ぐ、ぐう…」

 「そういやアンタ確かどんな怪我でも治せるんだっけ?その足も直ぐ治っちまうんだろうな。…でも…」

 地面でうめき声を上げるさやかに、少女は殺気の籠った笑みを浮かべ、槍をふりあげる。

 「その首吹っ飛ばされたら、どうなっちまうんだろうな!!」
 
 まるで断頭台の刃のように槍の穂先が振り下ろされる。
 さやかは必死に足に回復魔法を施すが、足の傷が癒えるよりも槍が振り下ろされる速度の方が速い…。
 
死ぬ、このまま首を落とされる…。
 
 さやかは反射的に目を閉じる、が、その瞬間何かが弾き飛ばされる金属音と、あの魔法少女の呻き声が聞こえた。

 「ちっ!!もう来やがったか!!」

 少女の悪態にさやかは恐る恐る眼を開き、少女が睨み付けている方向に視線を向ける。
 さやかの視線の先には、キュゥべえを抱えて怯えた表情をしているまどか、そして、銃口から煙が出ているマスケット銃を構えた魔法少女、巴マミが立っていた。額に汗を浮かべ、少し息を乱しているところをみると、急いでここに駆けつけて、今手に持っている銃で、さやかの首を刎ねようとしていた槍を弾き飛ばしたのだろう。

 「マミさん!!」

 「まどかさんから連絡を受けてきたんだけど、無事かしらさやかさっ…!!」

 さやかの名前を言おうとした瞬間、マミはさやかと戦っていた魔法少女を見て絶句した。
 その表情はまるで死んだ知人に出会ったかのような驚きに満ちている。

 「…ったく、もうその面見たくなかったんだがな、ま、いいか。…久しぶりだな、マミさんよお!!」

 「…佐倉、さん…」

 驚愕の表情を浮かべるマミに、佐倉と呼ばれた魔法少女はまるで獲物を見つけた猛獣のような、獰猛な笑みを浮かべる。が、その目はまるで親の仇でも見るかのように殺気だっている。

 「相変わらず下らねえ慈善事業に励んでるのかよ?ま、そうでなきゃこんな正義の味方気どりが育つわきゃねえか」

 「……っ!!」

 「…っ!黙れ!!マミさんを、マミさんをバカにするなアアアアア!!!」

 佐倉と呼ばれた魔法少女の言葉にマミの顔は強張り、さやかは激昂して杏子目がけて斬りかかる。
 再び斬りかかってきたさやかの切っ先を、少女は余裕の笑みを浮かべて受け止め、腹部にお返しとばかりに蹴りを叩き込む。

 「ガッ…!!」

 「ぬるいんだよアマちゃんが。こちとら魔女どころか同業者とも何度かやりあってるんだ。マミはともかくテメエのようなド素人に後れは取らねえよ」

 少女は嫌悪感の滲んだ視線で倒れ込んださやかを見据える。さやかは腹部の鈍痛に耐えつつ、なんとか地面から立ち上がろうとする、が、たび重なるダメージと回復の繰り返しで疲労が蓄積しているせいで、足はガタガタ震えて今にも倒れてしまいそうであった。剣を杖代わりに立ちあがりはしたものの、息一つ乱していない少女に対してこちらは疲労で今にも倒れそうな雰囲気だ。
 どう見てもさやかには勝ち目が無い

 「さやかさんッ!!まずいわ!!まだ魔法少女になったばかりのさやかさんじゃあ…!!」

 「そ、そんなに強いんですかあの人って!?」

 まどかは慌てた様子でマミに質問する。マミはまどかに視線を向けると、コクリと頷いた。

 「彼女の名前は佐倉杏子さん。昔、私とチームを組んで魔女と戦っていた事がある魔法少女よ」

 「えっ!?」

 マミの言葉にまどかは驚いて少女、佐倉杏子を凝視する。さやかもマミの言葉が聞こえていたのか、息を整えながら杏子を睨みつける。
 佐倉杏子はまどかとさやかの視線に顔を背ける。その表情はまるで思い出したくないと言いたげであった。
 マミはそんな杏子を悲しげに眺めながら、言葉を続ける。

 「以前、私と佐倉さんは、一緒に魔法少女として戦っていたことがあったの…。あの頃の彼女はぶっきらぼうな性格だけど困った人は放っておけない優しい子だった…。でも…」

 「考え方の違いって奴で、な。ま、あの頃はあたしも若かったってこった。あの時はなーんにも知らなかったからな。願いかなえた代償も、希望を得た代価ってのも。…何も、な…」

 杏子は苦々しい表情で、マミの言葉を遮るかのように口を開く。だが、その表情には何処か悲しそうな感情が見え隠れしていた。
 
 「な、何よ!?願いかなえた代償って!?それってマミさんと離れなきゃならない程の物なの!?」

 「…てめえにゃ関係ねぇよ。ただ、言えることは…」

 杏子は再び槍をさやかに向けると…、

 「他人のために奇跡願うと…碌な事にならねぇんだよ!!」
 
 弾丸の如きスピードでさやかに突進する。
 さやかはすぐさま真横に回避しようとするが、あまりにも早すぎる。まだ体の疲労は回復しきっておらず、完全に避けられない。
 槍の穂先が彼女の頬を掠り、さやかの頬から血が滲む。
 
 「…!!さやかさん!!」

 マミは新しいマスケット銃を生成し、さやかを援護しようとする。このままではさやかは嬲り殺しにされる…、マミは銃口を動き回る杏子に向け、引き金に指を掛ける。
が、さやかはその銃口に気がつくとまるでマミの邪魔をするかのように彼女の前に立ちふさがる。

「!?さ、さやかさん!貴女一体何を…」

突然邪魔をしてきたさやかに動揺するマミを、さやかは鋭い視線で睨みつける。

 「マミさんは下がってて!!こいつはあたしがぶちのめす!!」
 
 「なっ!?無茶よさやかさん!!彼女は実力も経験も貴女より上なのよ!?勝ち目は無いわ!!」

 「それでも!!マミさんを馬鹿にしたこいつを!!叩きのめさないと気が済まない!!」

 「随分と威勢が良いけど、魔法少女歴じゃああたしの方が上だ。テメエじゃ食後の運動にもなりゃしねえよ!!」

 闘志をむき出しにしたさやかに対して、杏子は獲物を見つけた猛獣のような獰猛な笑みを見せる。
 そして、さやかはサーベルを握り締めて杏子目掛けて飛び掛り、一方の杏子も、さやかを今度こそ串刺しにしようとさやか目掛けて疾走する。
 両者の距離が一瞬で詰められ、互いの獲物が敵を切り裂く距離まで後一歩にまで迫った。が、次の瞬間…、

 「なあ!?」

 「う、うお!?」

 両者は反発するかのように背後に弾き飛ばされた。杏子は何とかその場で受身を取るが、一方のさやかは受身も取れずに身体を地面に思いっきり打ちつけた。

 「さ、さやかちゃん!!」

 「大丈夫さやかさん!!」

 「あ、えへへ…、大丈夫だ、けど、一体何が…」

さやかは体中に走る痛みを堪えて、自分の側に駆け寄ってきてくれたマミとまどかに笑顔を見せた。そして、何気なく自分の握っている剣に視線を下ろした時、驚きのあまり目を思いっきり見開いた。

「えっ!?あ、あたしの剣が…!」

自分の握っていた剣の刃の部分が、丸々消失していた。何が何だか分からない表情で杏子のほうに視線を向けると、杏子の槍も穂先が無くなってただの棒切れと化しており、杏子も何が何だか分からない表情をしていた。
そして、先程さやかと杏子が激突しそうになっていた所には、何か光り輝くものが刺さっていた。

「…あ、あれって…!」

それは、二本の黄金に輝く矢であった。矢尻から羽まで全て黄金色であり、まるで純金で出来ているかのような質感を感じさせた。

 「やれやれ、何やら魔力のぶつかり合いが起きているようだから気になったんだが…、まさか魔法少女同士で喧嘩とはな、驚いた」

 と、突然背後から何者かの声が響いてきた。さやかとまどか、マミは弾かれるように後ろを振り向いた。そこにいたのは…。

 「!?し、シジフォスさん!?」

 「何をそんなに驚いているんだ。直に追いかけると言っただろう?マミ」

 三人の護衛である黄金聖闘士、シジフォスであった。
 驚いた表情でこちらを見ている少女達に、シジフォスは軽く手を上げて返事をする。

 「あ、あのシジフォスさん!もしかしてあの矢って…」

 「俺が小宇宙で作り出したものだ。あのまま戦っていても君は彼女に負けていただろうからね。全く、無謀と勇気とは違うぞ、さやか」

 シジフォスにたしなめられたさやかは、一瞬何か言いたそうな表情を浮かべるが、彼の有無を言わさない鋭い視線に、結局悔しそうに俯くしかなかった。
 シジフォスはさやかから視線を外すと、先程の厳しい表情から一転して温和な表情を杏子に向けた。

 「始めまして、だね。俺の名前はシジフォス。黄金聖闘士、射手座のシジフォスだ。一応、彼女達の保護者と言うことになるかな?」

 「へー、あんたがこいつらの保護者の黄金聖闘士って奴か。何だよ、中々イケメンな兄ちゃんじゃん?」

 杏子は軽口を叩きながらも視線だけは油断なくシジフォスを睨みつける。何しろ相手は黄金聖闘士、自分とゆまの保護者と同じ魔法少女を遥かに凌ぐ超人なのだ。まともに戦っては彼女に勝ち目は無い。今は自分に敵意を向けていないようだが、油断する事は出来ない。
 こちらを警戒してくる杏子に、シジフォスはやれやれと言わんばかりに肩を竦める。

 「あいにくもう兄ちゃんと呼ばれる歳ではないんだが…、まあいい。君は確か…、佐倉杏子でよかったかな?」

 「!!何であたしの名を…、ってそうか。おっちゃんと知り合いか…。なら知っててもおかしくねえな…」

 「ああ、君の事はアルデバランから聞いている。大層なじゃじゃ馬だそうだな?」

 「あのおっちゃん…一体何を教えてやがんだよ…」

 杏子は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、そっぽを向く。そんな彼女の様子にシジフォスはクックッと笑い声を上げた。

 「ところで、先程も言ったと思うが俺は彼女達の保護者…というより護衛のようなモノなんだ。だから君がこれ以上彼女達に危害を加えるのなら、こちらもそれ相応に対処しなくてはならない、が、俺としては君と戦う気は欠片も無い。どうする?」

 シジフォスは笑顔のまま、それでも背後のさやか達を守るように背中に隠して杏子をジッと見つめる。そんなシジフォスに杏子は軽く肩を竦める。

 「悪いけど、あたしは別にあんたら黄金聖闘士とやり合う気はねえんだ。此処に来たのだって縄張りの魔女が少なくなってきたからだしよ。グリーフシード狩ったらさっさと出て行く」

 杏子は後ろに下がりながら変身を解除して両手を挙げ、戦う気が無いことをアピールする。そもそも杏子がさやかを攻撃したのは、さやか考え方が気に入らなかったから少々痛めつけてやろうと言う考えであり、わざわざ黄金聖闘士を敵に回してまでやるような事ではない。
 それを知ってか知らずか、シジフォスも杏子が変身解除をしても特に態度も変えずにジッと彼女を見ている。
 
 「そうか、それは良かった。もしも君が魔女を狩りに来ただけなのなら、俺達黄金聖闘士は君を攻撃する気は無い。ただ…」

 シジフォスはふと膝を着いて肩を上下に動かしているさやかを見る。すっかり傷を治して杏子を睨みつける目は、手負いの猛獣のようであり、隙を見せれば直ぐにでも杏子目がけて襲いかかりかねない雰囲気だ。

 「…何故彼女を、さやかを攻撃したのかは詳しく聞きたいところだが…」

「ま、何も知らないド素人に対する、先輩からの洗礼ってところさ。見逃してくれよ?」

杏子はニッと愛想笑いを浮かべて両手を擦り合わせる。その表情は表面上は笑みを浮かべているものの、視線だけは油断なくシジフォスを見ている。
シジフォスはそんな彼女の視線に対して軽く肩を竦めた。

「随分荒っぽい洗礼だな…。まあ一応それで納得するとしよう。まあそれはともかくとして…」

 「…まず、その娘に謝れ杏子」

 と、突然シジフォスの言葉を遮るように何者かの声が路地裏に響き渡った。
 突然聞こえた声に、さやか達魔法少女は驚いて周囲を見渡す。
 が、そんな中、声に名指しされた杏子の顔は先程までの自信のある表情から一転してギョッとした表情で周囲を見回している。まるでこの路地裏に隠れている誰かを探しているかのようであった。
 が、路地裏には自分と目の前の魔法少女達以外に人影一つ無い。気のせいだったかと杏子は安堵の息を吐き出す、が…。

 「見つけたぞこのバカ者が」

 「ヒイ!?」

 突然杏子の肩が何者かの手で叩かれた。杏子は素っ頓狂な声を上げて飛び上がると弾かれたように後ろを振り向いた。
 そこにはいつの間にか二メートル以上の筋骨隆々な大男が怒った表情で仁王立ちしていた。

 「全く何処に居るかと探してみたが、こんな所で油を売っていたとはな。このバカ娘が」

 大男はまるで岩を削って造られたかのような顔を顰め、杏子を睨みつけている。
 男は茶色いジャケットを羽織り、青のジーンズを着用していたものの、服は彼の鍛え上げられた筋肉で、今にもはち切れそうであった。
 その男の姿を目にした瞬間、杏子はゲッといやそうな表情を浮かべる。

 「うええええ!?おっちゃん!!何でこんな所に!!」
 
 「お前が遅いから探しに来たんだろうが。全く、ゆまも腹をすかせてるぞ。…まあそれについての説教は後だ。久しぶりだなシジフォス!!」

 おっちゃんと呼ばれた大男はシジフォスに向かって片腕を上げて挨拶をする。シジフォスは大男を見て、まるで自分の古い友人に出会ったかのように嬉しそうな表情を浮かべる。

 「ああ、久しぶりだなアルデバラン!この世界でこうして直接会うのは初めてだな。積もる話もありそうだが…、どうやらお前の用事は茶飲み話をする為ではなさそうだな」

 「まあな、うちの馬鹿娘の帰りがあまりにも遅いので、探しに来たんだがようやく見つけたら御覧の有様と言うわけだ。…おい杏子!!」

 「…!!な、なんだよ…」

 アルデバランの鋭い眼光に、杏子はビクッと怯んで後退りする。その表情はさやかと戦っていた時やマミと対峙していた時と違って若干怯えている。アルデバランは厳しい表情で杏子を睨み、ゆっくりと口を開く。

 「…まず、その二人に謝れ」

 「なあ!?ん、ンな事出来るか!!」

 アルデバランの口から飛び出した言葉に杏子は顔を赤くして素っ頓狂な声を上げる。が、アルデバランの表情は変わる様子は無い。いかにも有無を言わさないと言いたげな雰囲気であった。

 「謝れ、さもないと今日は夕飯抜きだ!他人に迷惑をかけたのなら謝るのは常識だ!!」

 「…!!」

 飯抜きというアルデバランの言葉に一瞬ギョッとした表情になった杏子は、ぐぬぬ…、とアルデバランを睨みつけるがアルデバランの態度は全く変わる様子は無い。
 杏子は一度さやか達を睨みつけると顔を背け、

 「…ごめんなさい」

 ボソボソと蚊が泣くような声で呟いた。

 「声が小さい!!もう一度!!」

 「~!!ごめんなさいっ!!」

 アルデバランのダメ出しに杏子はヤケになり大声で怒鳴る。顔はまるでトマトのように真っ赤に染まっており、あまりの恥ずかしさに涙目になっていた。その戦っていた時とのあまりのギャップから、さやか達は唖然として杏子を見ていた。

 「…よし、さっさと帰るぞ!家でゆまの奴が腹をすかせてまっているからな」

 杏子が謝罪したのを確認したアルデバランは、一度頷くと杏子の肩を軽く叩いて帰ろうと促す、が、杏子は顔を俯かせ、ブルブルと全身を震わせたまま動こうとはしない。

 「…おい、杏子?」

 「…あ、あたしは、あたしはなぁ!!」

 杏子は真っ赤な顔のまま、潤んだ眼付でさやかとまみを睨みつける。本人からすれば思いっきり睨んでいるのだろうが、目が潤んでいるのもあって全然恐ろしさなど感じない。
 むしろ逆に可愛らしさすらも感じてしまう。

 「てめえらみてェな甘ちゃんが大嫌いなんだよ!!覚えてやがれ!!」

 「おい!杏子!!」

 杏子は一度絶叫すると、アルデバランの怒鳴り声を無視してまるで逃げ出すかのように、そのまま路地裏から走り去ってしまった。その後ろ姿を見送りながら、アルデバランは呆れた表情で頭を掻いた。

 「あの馬鹿娘めが…。仕方のない奴だ、全く…」

 アルデバランは仕方が無いと溜息を吐きながら、さやか達の方に向き直る。いきなりこちらに視線を向けてきた巨漢に、まどか達は警戒して少し後ろに下がる。アルデバランはそんな彼女達に向かって、すまなさそうな表情で深々と頭を下げた。

 「すまなかった。うちの馬鹿が迷惑をかけたな。この通りだ」

 「ふえ…!?」

 「あ、あの…」

 自分達に頭を下げて詫びてきた巨漢に、さやか達は困惑する。おどおどしている三人娘の姿を眺めながら、シジフォスは面白そうに笑みを浮かべていた。

 「アルデバラン、まずは彼女達に自己紹介したほうがいい。三人とも何が何だか分からないと言う顔をしているだろう?」

 「む?それもそうだな。気がつかなかった」

 シジフォスの忠告にアルデバランも気がついた様子で手を叩く。そして、一度咳払いをすると再び三人に視線を向ける。

 「では改めて…、俺の名前はアルデバラン。そこのシジフォスと同じ、牡牛座の黄金聖闘士であの馬鹿娘の保護者だ」

 大男、牡牛座のアルデバランは三人の少女に改めて自己紹介をする、と、三人、特にさやかとまどかはアルデバランの言葉に驚いたのか唖然とした表情になる。そんな彼女達の反応にアルデバランも顔を顰める。

 「…いや、何を呆然としているんだ?俺は何かおかしいことでも言ったか?」
 
 「あの佐倉杏子の保護者が黄金聖闘士だと言う事に驚いたんだろう。使い魔平気で逃がす魔法少女の風上にも置けない奴の保護者、だと言う事にな」

 「…随分な言われようだな、あいつも。全く、どうしたものやら…」

 アルデバランは弱った表情でどうしたものかと顔を顰める。
 どうも杏子の初見のイメージはあまり芳しいものではない様子だ。魔法少女=正義の味方と考えている美樹さやかと鹿目まどかなら仕方が無いと言えなくもないが…。
 眉をひそめてウームと唸り声を上げるアルデバランを、シジフォスは面白そうに笑いながら軽く肩を叩く。

 「そんな事よりアルデバラン、そろそろ杏子を追いかけた方が良いんじゃないのか?彼女達への説明は俺がしておくからお前は早く彼女を追いかけるといい」

 「…むっ。そうだな。なら悪いがここで失礼させてもらう。ではな!」

 「あっ…」

 「ま、まってください!!佐倉さんは一体…」

 杏子を追う為にさっさとその場を立ち去ろうとするアルデバランに、マミが慌てて声を上げる。アルデバランは一度足を止めると、マミに振り返ってニッと笑みを浮かべる。

 「安心しろ、あのじゃじゃ馬ならいつも元気にやっている。性根を叩きなおすのは…、まだ時間がかかりそうだがな」

 その言葉を残すと、アルデバランはその場からさっさと歩き去って行った。
 魔法少女三人は呆然と、黄金聖闘士一人は少し名残惜しそうな表情でその後姿を見送った。
 



 あとがき

 魔法少女まどか☆マギカ劇場版最新情報きましたね。
 どうやらさやかは出てくる様子…、だけど本編よろしく悲哀で消滅なんてことになりそうな…。あの虚淵ならやりかねん。そう思えてしまう自分が居る…。
 結局主人公はほむらになるみたいで、世界観はあの改変後の世界のようですけど、エンディングとは違う展開になるのでしょうか?うーむ…。

 まあともかくようやくさやかと杏子の出会いとバトルを書くことが出来ました。本当は17話に纏めたかったんですけどね。バトルシーンは正直あまり自信が無かったのですけど何とか書くことは出来ました。…読者の皆様が満足していただけるほどの出来かは保証できませんが…。



[35815] 間章 乙女座の時間軸巡り(修正版)
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆175723bf ID:9f458038
Date: 2013/08/24 14:02
 そこは黒に彩られた場所だった。

 辺り一面が黒、黒、黒。ただ一面が黒い。この場所は、ただ黒一色に染め上げられている。

 そして、その黒い世界の中、まるで砂粒のように小さく、それでいて眩いばかりの輝きを放つ星が、幾つも幾つも輝きを放っている。
 
 星々はただ輝くだけではなく、点滅し、より強く輝くものもあれば、そのまま闇の中へ消えていくものもある。
 
 そして、漆黒の虚空から新たに生まれる星もまた…。

 そんな黒と星々に彩られた宇宙の中、黄金の鎧を纏った人間が結跏趺坐を組み、ただ一人その空間を漂っている。

 「外史の狭間…。幾千幾万、否、幾億幾兆にも及ぶ外史が生まれ、消える場所…。初めてきてはみたが、ここがそうか」

 その人物の名は黄金聖闘士、乙女座のアスミタ。黄金聖闘士の中でも「神に近い男」と呼ばれる人物であり、今は依頼主の命で美国織莉子と呉キリカの護衛をしている。
 彼の漂うこの宇宙は、魔法少女の存在する外史、即ち今自分達の居る世界とは別の並行世界の狭間の世界である。
 彼の本体は未だあの世界に存在しており、此処に漂っているのはアスミタの精神体、彼の卓越した第7感、そして第8感によってこの空間に存在することが出来る。

 「さて、ではいつまでも此処に居るわけにはいかんしな。そろそろ向かうとしようか」

 アスミタは結跏趺坐を解いて立ち上がると、何も存在しない宇宙をまるで普通の床を歩くように歩き始める。
 ゆっくりと足を進めるアスミタの真横で、無数の星々が点滅している。が、アスミタは一瞥もせずにそのまま通り過ぎる。

 「随分とあるものだ。いやはや外史の数はまことに膨大。それほど人の思念、願いが多く込められているという事か…」

 だが、とアスミタはうそぶいて遥か彼方にある一つの星を、周囲に輝く星の中で一際輝く星に顔を向ける。

 「私が用があるのは全ての外史、並行世界、その原点。一人の少女の願いの果てに生まれた新世界、だ」

 アスミタはその星に向かって足を進める。傍目からはゆっくり歩いているようにしか見えないが、彼が一歩進むたびに星への距離は一気に縮んでいく。
 やがて、一定の距離まで近づいた時、光り輝いていた星の正体が明らかになった。
 それは無数の銀河系、星の集団が幾つも連なった一つの宇宙…。遠目からは星としか映らなかったそれは、まさにそれ自体が一つの宇宙を構成していた。

 「ここか…。かの少女の祈りにより、作り替えられた新世界、とは…」

 アスミタは感慨深げに呟くと、その宇宙に向かって歩を進める。豆粒のように見えた銀河群に近付いて行くうちに、目の前の銀河の一つ一つが段々と巨大に、そしてそのはっきりとした輪郭を露わにしていく。
 幾千幾万の銀河を進み、幾億幾兆の星々を通り過ぎ、やがてアスミタは巨大な光の渦、光り輝く星の集団が渦巻く場所で足を止めた 

 「ここが、この新世界の中枢、世界の理を流れださせる中枢か」

 アスミタは光の渦、すなわちその外史の中枢に顔を向けると、そこに向けて一歩踏み込んだ。
 瞬間、アスミタの目の前が真っ白に染まった。否、彼の前だけではない。
 上、下、左、右、そして背後、彼の居る空間そのものが全て穢れや濁り、何一つない真っ白な空間に変貌していた。
 アスミタは突如変質した空間に驚く様子もなく、何処か面白そうに純白の世界を眺めている。

 「ほう、他の色が全くない、曇りの一点も無き空間か…。なるほど、これこそが円環の理の中心、魔法少女を救済する『法』を流出している起点というわけ、か」

 そのあまりの白さ、邪念の一片の無さにアスミタが思わず感嘆の声を上げた瞬間…。

 「ふ、ふえ?あの、どちら様でしょうか?」

 突然彼の耳に、戸惑っている何者かの声が飛び込んでくる。
 そして彼の目の前には何時の間に現れたのか、一人の少女が困惑の表情を浮かべてこちらを見つめていた。
 盲目であるアスミタには、少女の姿を見る事は出来ない。しかし、少女から放たれる神々しく、それでいて優しく包み込むかのようなオーラから、声の主が何者であるか理解することが出来た。

 「鹿目、まどかか…」

 「は、はい、まどかですけど…、あっ!その金色の鎧って、もしかして聖闘士さんですか?」

 かつて呼ばれていた名前で呼ばれ、新世界の理を敷く女神、円環の理こと鹿目まどかは最初戸惑った表情を浮かべたが、アスミタの鎧を見て彼の正体に気がつくと一転して表情を輝かせた。

 「ほう?我々を知っているのか。記憶が確かなら私達は君と出会った事は無いのだが…」

 「あ、はい、私は貴方達にあった事はありませんけど、別の時間軸の『私』が貴方達の活躍を見ていたので…」

 まどかの言葉曰く、基本的に彼女自身はこの時間軸から動く事は出来ないが、別の時間軸に存在する『鹿目まどか』を通して別の時間軸で起きた出来事を視ることが出来るのだと言う。

 「だから貴方達聖闘士さん達の活躍も見せてもらってるんです。あの時間軸には、私何も出来ませんから」

 「そこまで悔やむ事もあるまい。君はこの『起点の新世界』という宇宙のみに理を流れ出す事は出来るだろうが、この世界を起点に生まれた外史は、この世界とは独立した世界だ。君でも干渉は不可能だろう」

 アスミタは笑いながら白一色の地面に結跏趺坐で座り込む。それにつられてまどかも地面に正座で座る。

 「えへへ、お茶も座布団も出せなくてすいません。此処に来る人ってほとんどいませんから」

 「いや、構わんよ。私も長居するつもりはない。ただ、君に一つ二つ聞きたい事があって来ただけだ」

 「え?聞きたい事、ですか…?」

 まどかはアスミタの言葉に意外そうな表情で首を傾げる。アスミタは表情を変える事無くコクリと頷いた。

 「そうだ、君が何を願い、何を想い、この理を展開したのか、それを君から聞きたい」

 「えっと、でもそれって聖闘士の皆さんはもう知ってるんじゃ…」

 「まあ知ってはいる。だがどうせなら、君自身の口から聞いてみたいと思ったのでね。無論嫌なら無理にとは言わないが…」

 「はあ…、別に嫌じゃありませんから良いですけど…」

 まどかは了承すると、かつての世界を思い出しながら、語り始めた。

 何故自分が魔法少女となり、この世界の事象たる、『円環の理』を作り出したのかを…。






 「…それで私は、願ったんです。過去現在未来全ての魔女を消し去りたいって。そして魔女は全部消え去って、魔法少女のシステムそのものも変えることが出来たんです。
 希望を抱く事は間違ってなんかいない。希望を信じて魔法少女になった人達を、絶望で終わらせたくない、それが私の願いなんです」

 まどかは両手で胸を抱き締めながら、まるで全てを慈しむような表情で、長かった話を締めくくる。
 魔法少女と言う存在を知り、その末路と絶望を知り、彼女達の悲しみを、苦しみを癒してあげたかった…、それこそがまどかの願いの原点、円環の理の起源なのである
 結果として自らの存在は消え去ってしまったけど、それでも自分のことを覚えてくれている友達がいる。だからこうして頑張っていけるのだ。
 鹿目まどかは、この理を生み出した慈愛の女神はそう言って微笑みを浮かべた。
 アスミタはそんなまどかの話を聞き終えると、閉じられた双眸をまどかに向ける。

 「なるほど、それが君の願い、君の望みか。全ての魔法少女の生を絶望で終わらせたくない…。だからこそ自らが彼女達を救う概念となり、彼女達を救済したい、と…。
 確かにその理念は真に尊い。かつての世界で幾千幾万もの少女の絶望の涙を知ったが故の君なりの答えならば、誰にも文句を言わせる事は出来まい。だが…」

 アスミタは一度言葉を切ると、まどかに少し憂いを含んだ表情を向ける。

 「…君は、寂しくは無いのかね?友にも、家族にも忘れ去られ、誰もその存在を認識出来ない。唯一暁美ほむらは過去の世界の記憶を引き継ぎ、君の存在を知っているが、いずれは彼女もいなくなる。いわば君はこの世界でただの一人きり。永遠の孤独の中絶望との戦いをする運命にある。
 あえて聞かせてもらうが、君は、自身の選択を、本当に後悔をしていないのか?」

 アスミタの心配そうな口調でまどかに問いかける。一方のまどかは一瞬ポカンとした表情を浮かべるが、やがておかしそうにクスクスと笑い始める。突然笑い始めたまどかに、アスミタは怪訝な表情を浮かべる。

 「む…?何かおかしなことでも言ったかね?私は」

 「フフッ、ご、ごめんなさいアスミタさん、突然笑ったりしちゃって」

 「いやそれは構わないのだがね?私は何か君に変な事でも言ったのかと思ってね」

 まどかはクスクスと笑いながら、アスミタに向かってニッコリと輝くような笑顔を向ける。

 「いえ、アスミタさんっていい人だなって思って」

 「ふむ、良い人か。私は自分自身つまらん人間だと思っているのだがね、これでも」

 「そんなことないです!だって私の事を心配してくれてるんですから、悪い人なんかじゃありませんよ!」

 まどかは慌てた様子でアスミタの言葉に反論する。そんな何処か一生懸命な少女神の姿に、アスミタも自然と笑みを浮かべた。
 アスミタの微かな笑みを見て、まどかも嬉しそうに笑みを深める。

 「大丈夫です。誰にも見られなくなっても、知られなくなったとしても、私はいつだってみんなの側にいることが出来ます。ほむらちゃんも、それにママもパパも達也だって私の事をほんの少しだけだけど覚えていてくれる。それだけでとっても嬉しいんです。
 それに、お話だって全くできないわけじゃないんですよ?」

 「む?…ああ、そういうことか」

 アスミタはまどかの言葉で納得したかのように頷いた。
 新世界で美樹さやかが魔力を使い果たし、消滅する寸前に、まどかとさやかは上条恭介の演奏を聴きながら会話をしていた。その事から察するに、まどかは円環の理に導かれる魂と会話をする事が、ある程度は可能なのだろう。
 アスミタの推測を肯定するように、まどかはクスッと笑う。

 「そうなんです。魂だけになった魔法少女を連れていくときには、彼女達と会話することが出来るんです。だからちょっとの間だけだけどさやかちゃんと話す事が出来たんです。
 だから私はそこまで淋しいって感じることは無いし、孤独だって思っていません」

 まどかは何処か誇らしげな表情でアスミタに笑顔を浮かべる。盲目のアスミタには彼女の笑顔は見れないものの、彼女の言葉、そして彼女の雰囲気からまどかが今どんな表情を浮かべているのかが理解できた。

 「そうか…、なら、君は自分の選択を後悔していないと言う事か…」

 「はい。魔法少女の祈りを呪いなんかで終わらせたりしない、それが私の願いなんです。もちろん魔法少女には良い人ばかりじゃありません、自分勝手な願いで契約した人だって、復讐の為に魔法少女になった人だっています。それでも、奇跡を信じて魔法少女になったみんなの人生を、絶望で終わらせていいはずが無い…、希望はちゃんとあるんだって、胸を張ってそう言ってみせるって、マミさん達と誓ったんですから。
…でも、もしも後悔があるとしたら、一つだけあります…」

 と、突然まどかは笑顔から一転して寂しげな表情を浮かべる。アスミタは沈黙したまままどかをジッと見ている。まどかは俯くと重々しく口を開いた。

 「…一人だけ、犠牲にしてしまった魔法少女がいたことです…」

 「…かずみ、か…」

 アスミタの言葉に、まどかは黙って頷いた。

 かずみ。あすなろ市で魔法少女集団プレイアデス聖団の一員として戦っていた魔法少女。
 その正体は聖団の創始者、和紗ミチルの変異した魔女から作り出されたミチルのクローン、『マレフィカファルス(魔女の肉詰め)』の13体目。
 その真実を知り、一度は絶望した彼女だったが、最終的には『人間になりたい』という願いで魔法少女として契約し、ミチルのクローンとしてではなく『昴かずみ』という一人の人間として、仲間達と新しい人生へと踏み出していった。
 かずみは魔女から創られた存在であり、端的に言うのならば『魔女が存在しなければ生まれることのない存在』である。故に、まどかの新世界では彼女は存在しない、否、産まれることすらない。なぜなら和紗ミチルは魔女になる前に消滅してしまうから…、他ならぬまどかの手によって…。
 まどかは悲しげな表情で話を続ける。

 「かずみちゃんは、和紗ミチルさんが変貌した魔女の一部から創られた魔法少女ですから、魔女が消滅してしまったこの世界じゃ、産まれることすらできないんです…。気がついたのは魔法少女になって願いを叶えた後ですけど、その時にはもう遅くて…」

 「彼女は例外中の例外だ。君の力でもどうしようもなかったよ」

 「…それでも、彼女には願いも、祈りもあった…。自分自身が人間になって、新しい一歩へと踏み出したいって願いが…。でも、でも私の願いが…、彼女の希望も、願いも、存在そのものまでなかった事にしてしまったから…!!」

 彼女の存在を知り、そしてその存在を消してしまったと言う事を思い出したまどかは、後悔からか悲しみに顔を歪め、黄金色の瞳から涙をこぼす。
 神と等しい存在になったと言っても精神的にはまだ幼い少女、自分の力で救えなかった魔法少女がいることが、悔しくて悲しくてたまらない…。そんな彼女の感情がアスミタには伝わってきていた。
そんな彼女の姿に、アスミタは自身の記憶にある聖域に連れてこられたばかりの幼い女神の姿を重ね合わせた。
まだ幼いうちに、故郷と、幼馴染と、兄と引き離された幼い少女…。
 アスミタはまどかの頭に向かって手を伸ばすと、まるであやすかのように優しくその柔らかい髪の毛を撫でた。

 「まどか、確かに君はこの新世界の神と呼べる存在だ。その力はもしかしたら我等の女神やハーデスを上回るかもしれん。だが、全能だからと言って必ずしも全てを救えるわけではないのだよ」

 「え…?」

 頭を撫でながら語りかけてくるアスミタの言葉に、まどかはキョトンとした表情を浮かべる。アスミタはまどかの瞳に残る涙を軽く拭うと、話を続ける。

 「人の思考とは多種多様だ。各々が異なる価値観、心を持ち、望むも欲するも人それぞれ違う。たとえ至高の善政を布いたとしても、それで全ての人間が満足し、歓喜するわけではない。中には不満を持つ者も、その善政を壊さんとする者もいる。それは人も神も変わりはしない。実際…」

 と、アスミタはまどかに向かってバツが悪そうに苦笑いを浮かべる。

 「我が聖域でも、聖闘士による反乱がおきた事もある」

 「え、ええッ!?ほ、本当ですか!?」

 「恥ずかしいながら本当だ。私達の数代後輩の連中なのだがね、双子座の黄金聖闘士のサガと言う男が当時教皇の座に就いていた牡羊座のシオンを暗殺し、挙句本来我等が守護すべきアテナまで手にかけようとした。
 幸いアテナは当時射手座の黄金聖闘士だったアイオロスによって救われたが、結果的に聖域はサガに乗っ取られ、十数年間支配される破目になった。
 当時は黄金聖闘士が射手座と双子座と天秤座を除いて全員幼かったものでな、お陰でサガに乗っ取られても気がつかれなかったというわけだ。挙句の果てには蟹座、山羊座、魚座のように教皇が偽物と知りながら協力する連中も出る始末だ。まあ、連中からすれば力のないアテナよりも力のあるサガの方が地上を平和に出来ると考えたのだろうから気持ちは分からんわけではないが。
 結局十数年後に成長したアテナと彼女を守る青銅聖闘士5人によってサガの支配は終わったが、結果的に主力の白銀聖闘士の大半、そして切り札の黄金聖闘士の内双子座、蟹座、山羊座、水瓶座、魚座の五人が死亡する羽目になってしまい、聖域は内乱で大幅に弱体化する羽目になってしまったというわけだ。
 全く冥王との一戦の前に一体何をやっているのやら…。教皇とハクレイ様はこの事実を知って怒り狂っておられたよ。今も昔もどうして双子座はどいつもこいつも…、とな」

 ついでに蟹座と魚座は逆上した挙句一刀を締め上げて聖域に殴りこみをかけようとしていたな。アスミタは笑いながら話していたがまどかはポカンとした表情でアスミタを眺めていた。
 確かに聖闘士にも色々な人がいるとは思っていたけれどまさか内乱まで起きていたなんて知らなかった。しかもそのせいで聖闘士同士殺し合う事になるなんて…。
 まどかはアスミタ達黄金聖闘士が聖戦をどのように戦い、そしてどのように散っていったかを知っている。彼等は未来を信じ、新たな世代の可能性を信じて、その命を散らしてまで、後の世代に全てを託していったのだ。その後を託した後輩がこの様ではそれは怒りたくなるかもしれない。
 
 「あ、あの…、ちなみにマニゴルドさんとアルバフィカさんは、その、殴りこみに行ったんですか…?」

 「む?彼等の名前を知っているのか…。まあいい。彼等なら天舞宝輪で五感を引き剥がした後デジェルのフリージングコフィンにしばらく閉じ込めておいたから、幸い未遂だ。   
まあ彼等には良い薬になっただろう」

 「あ、あははははは……」

 アスミタが平然と言い放った言葉に流石のまどかも引き攣った笑みを浮かべる。
 五感を引き剥がされた揚句に絶対零度の氷の棺に閉じ込められる…、常人どころか魔法少女であったとしても死んでいるレベルである。円環の理という概念となったまどかでもそんな目にあうのは絶対御免である。
 そんな目にあったのにもかかわらず今現在マニゴルドとアルバフィカはピンピンしているどころか、余裕で魔女や使い魔を蹴散らすほどの暴れっぷりを見せている。黄金聖闘士って本当に凄い人達だな~、とまどかは心の中で密かに感心していた。
 そんな彼女の心情を知ってか知らずかアスミタは軽く肩をすくめた。

 「まあ我等の間ですらこのような内輪揉めが起こる。君の作り出した新世界でも、君の理に馴染めない魔法少女が何人かいるだろう。中には欲望のままに碌でもない事に魔法を使う連中もいる。双樹姉妹のように、な」

 「…ああ…。あの人達ですか…」

 アスミタが出した名前にまどかは少し嫌そうな表情を浮かべる。

 双樹姉妹、双樹あやせと双樹ルカという二つの人格を持つ魔法少女。
 二つの人格を持ち二つの魔法少女としての姿をもつのも特徴的だが、最大の特徴はその異常な趣味趣向である。
 彼女達は魔法少女の魂であるソウルジェムを、『生命の輝き』『この世で一番美しい宝石』と呼んで魔法少女達から奪い取る『ジェム摘み(ピック・ジェムズ)』なる趣味を持っている。当然魂であるソウルジェムを奪われた魔法少女の肉体は機能停止、下手をすれば肉体は死亡してしまうのだが、そんな事は知った事ではないと言わんばかりに彼女、否、彼女達は魔法少女からソウルジェムを強奪し、自らのコレクションとしているのだ。
 さすがのまどかでもあの二人の考えや趣味趣向は擁護不能で許容できないようであり、その表情には先程までなかった嫌悪感がありありと浮かんでいる。

 「魔法少女の命そのものであるソウルジェムを奪い取り、コレクションする…。私から見れば全く持って悪趣味極まりないがな。やれやれ、これでは魔法少女と言うより通り魔か追い剥ぎだな」

 「そうですよ!!幾らなんでも彼女達のやってる事は魔法少女として許せません!!いっその事彼女達だけ救わないで魔女化させてしまいたいって思っちゃいました!!」

 「無理な事を言うのは止めたまえ。そもそも君の理である円環の理というのは魔法少女なら誰であろうと、ソウルジェムが濁りきった瞬間に自動的に起動するものだ。幾ら君に意思があったとしても誰かを救う、救わないを選ぶ事は出来ないのだよ」

 「うう~……」

 双樹姉妹だけは本気で魔女化させようと考えていたのか、まどかは立ち上がって悔しそうな表情で頬を膨らませていた。そんな年相応の可愛らしい仕草に、アスミタは可笑しそうに笑い声を上げた。

 「全くそんな選り好みをする所がある辺り、君は女神と呼ぶにはまだまだ子供と言ったところか。まあ、実際魔法少女になったのは14かそこらだったからな。当然と言えば当然だが…」

 「うう~…、は、反論できません…」

 「まあ彼女達も姉妹同士…、というより別人格同士で身体は一緒なのだが仲が良いようであるしそこだけは評価してやってもいいのではないのかな、女神殿」

 「む~…、まあ、それは、まあ、そうですけど…、あ、あと!私は女神様なんてものじゃありません!ただの魔法少女ですッ!」

 怒っているかのように反論するまどかを、アスミタは涼しげな表情で眺めている。まどかはむ~、と不満そうに唸り声を上げていたがやがて諦めたのか黙って真っ白な地面に座り込んだ。

 「さて、話が途切れたな。まあそう言うわけで、全ての魔法少女を等しく救う、と言うのはいかに神以上の存在になったとしても不可能と言ってもいい。が、君はたとえそうだとしても、魔女を消し去る願いを叶え、魔法少女となった事を後悔していないのだろう?」

 「は、はい…。でも、でも私は、全ての魔法少女を救いたいって思ったから魔法少女になったのに…」

 やはりかずみを助けられなかった事に未練がある様子のまどかの言葉を遮るように、アスミタは彼女の顔の前を掌を差し出す。
 
「君は君だ。神だの魔法少女だの以前に、君は『鹿目まどか』という一人の人間なのだよ。悩みもするし、悲しむ事もあるだろう。おもわぬ壁にぶつかり、どうしようもない理想と現実の差に苦しむ事もある。だが、それでいいのだよ。
 私達人間は各々が自分自身の宇宙を持ち、私達自身が宇宙の一部なのだ。それはまどか、君も同じだ。
 君は君のまま、君の思うがままに生きていけばいい。それは人間でも、魔法少女でも変わりはしない。孤独なら寂しいと感じるだろうし、誰かと話をしたいと思うのも当然だ。辛い時には泣けばいい、嬉しい時には笑えばいい。君は確かに神に等しい力を持つ魔法少女であるが、神ではない。人間で、いいのだよ」
 
 アスミタの言葉に、まどかは目から鱗が落ちたような顔でアスミタを呆然と眺めていた。 
 魔法少女でも神でもなく、君は人間だ、人間でいい…。そんな事を言われたのはまどかとしても初めてであり、とても新鮮な気持ちであった。
 まどかは頬を掻きながら恥ずかしそうな笑顔を浮かべた。

 「人間でもいい、ですか…。そんな事、初めて言われちゃいました…」

 「まあそれも仕方が無い。こんな所に来れる人間などそうそう居ないからね。

 「えへへ、そうですね。でも、ちょっとすっきりした気がします」

 まどかは憑き物が落ちたような晴れやかな笑顔を浮かべる。まどかの雰囲気が少し変わった事を感じ取ったアスミタは、結跏趺坐を解くと純白の床から立ちあがる。

 「…さて、そろそろ私も御暇させてもらおうかな?」

 「ふえ?もう帰っちゃうんですか?」

 立ち上がったアスミタにまどかは名残惜しそうな視線を向ける。そんなまどかの視線にアスミタは僅かに振り向いた。

 「ああ、そろそろ戻らないとキリカがうるさいだろうからね。安心したまえ、また会えるよ」

 「アスミタさん…」

 久しぶりに一緒に話が出来たせいか、まどかは何処か淋しそうにアスミタを眺めている。
 女神でも、魔法少女でもない普通の少女の表情を見せるまどかを、アスミタは微笑ましげに眺める。

 「近いうちにまた会えるだろう。その時には、シジフォス達も連れてこよう。鹿目まどか」

 その言葉を残して、神に近いと言われた黄金聖闘士は霞のように消え去っていった。まどかは消え去っていく彼の姿をただジッと眺めている事しか出来なかった。
 
 「…また会えます、よね。アスミタさん?」
 
まどか一人だけとなった空間の中で、彼女の声に答える人間は誰も居ない。だけど、またいつか会える、確信は無かったが何故かそう信じることが出来たまどかは晴れやかな笑顔で先程までアスミタが居た場所を見つめていた。

 「あ、それからアスミタさん。言ってませんでしたけど私、実はもう一つだけ後悔してる事があるんですよ?」

 唐突にそう呟いたまどかは、いつの間にか出現していたテレビの画面のような映像を眺める。
 そこに流れる映像には、自分の居る新世界とは別の世界の鹿目まどかと、別世界の魔法少女である美樹さやかと巴マミ、そしてアスミタと同じ黄金聖闘士、射手座のシジフォスの姿が映し出されている。
魔法少女二人と自分自身とは違う『鹿目まどか』を見守る黄金の射手座の姿を眺めながら、新世界の女神となったまどかは羨ましそうに溜息を吐いた。

 「一度初恋って、してみたかったな…」

 少女の呟きは、彼女以外誰も居ない空間に空しく響き渡った。


 あとがき

 どうもすみません!!間章大幅に変更して再投稿させていただきました。
 改めて読み返してみたらもうアスミタがまどかいじめているようにしか見えなくて…。もう少し推敲して書くべきでした…。
 そう言うわけですので今回大幅に内容を変えましたけど…、何だか以前の面影が残っていないような…。まあ私では精々これが限界なのでしょうけど…。
 まどかの双樹姉妹に対する意見が辛辣かもしれませんけど…、流石に原作でやってたことは擁護できません、よね…?



[35815] 第19話 魔法少女達の憂鬱
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆175723bf ID:9f458038
Date: 2013/09/16 13:38
 
佐倉杏子との戦いの後、まどか達はシジフォスに連れられて近くの喫茶店へと移動していた。
 が、席についたはいいものの、まどか達三人は目の前のメニューに目もくれず、ただ黙って座っているだけで、飲み物の注文どころか口を開く様子も無い。そんな三人の様子に、シジフォスは困った表情を浮かべていた。

 「さて、折角来たんだ。いい加減何か注文したらどうだ?お金なら俺が奢るから大丈夫だ」

 シジフォスはまどか達にそう促すが、三人とも未だにメニューには目をくれず、お互いの顔をチラチラと目配せしており、落ち着きが無い。
 シジフォスはやれやれと溜息を吐きながら店員を呼びとめてコーヒー一つとジュース四つを注文し、店員が去っていくと指を組んで再びまどか達に視線を向ける。

 「佐倉杏子、彼女が気になるのか?まあ魔法少女にもああいう人間もいるからな。全員が全員街の平和を守る為に戦うわけじゃない」

 「で、でも!!あいつ使い魔育てる為なら街の人間を犠牲にしてもいいって…!!マミさんの元弟子だったのに…!!」

 「それは彼女にも彼女なりの事情というものがあったのだろうな。もっとも、俺はその事情を全く知る由もないんだが…」

 さやかの言葉にやんわりと反論しながら、シジフォスはチラリとマミに視線を向ける。

 「マミは…、何か知ってるんじゃないのか?彼女がああなってしまった理由というモノを」

 「……!?そ、それは…」

 突然話をふられたマミは、困惑した様子でまどかとさやかに視線を向けるが、シジフォスの言葉で気になったのか、彼女達も自分に向かって視線を向けている。
 二人の真剣な眼差しに諦めたのか、マミは溜息を吐いた。

 「…さっきも言ったと思うけど、佐倉さんとは元々魔法少女として一緒に活動していたことがあるの。ずっと前の話なんだけど、私が魔女を探してパトロールしていた時、魔女との戦いで苦戦している彼女と偶然出会って、それから彼女と一緒に行動するようになっていったの」

 マミが話している途中で、店員が注文した飲み物を運んできたため、一度話を区切る。
 マミは運ばれてきたオレンジジュースに口をつけると、再び話し始める。

 「彼女は元々風見野で活動している魔法少女で、正義感が強くて家族を大事にする優しい子だったわ。魔女との戦いのセンスも抜群で、あっという間に追いつかれてしまったわ。以前はよく一緒にショッピングに行ったり私の家でお茶会をしていた事もあったんだけど…」

 マミは懐かしそうな、それでいて悲しげな表情でかつての日々を思い出す。
 そんなマミの顔を見て、さやかは困惑する。かつてマミの弟子であった杏子が、人々を犠牲にしてまで魔女を増やそうとしている理由がどうしても彼女には分からないのだ。
 
 「そ、それじゃあ何で、何でアイツはマミさんと別れたんですか!?何で魔女を育てる為に使い魔を逃がすような事するような奴になったんですか!?」

 さやかは怒鳴りつけるようにマミに問い詰める。そんなさやかをマミは複雑な表情で一瞥すると、手元にあるジュースのコップに眼を落した。

 「…原因らしいものは、知っていると言えば知っているけど…」

 「え?な、何なんですか?それって…」

 まどかは思わず問いかけるが、マミは話すべきかどうか迷っている様子で、まどか、さやか、シジフォスに視線を巡らせる。まどかとさやかは視線で続きを話す様に促し、シジフォスは我関せずといった様子でコーヒーを啜っている。
 まどかとさやかの無言の催促に、マミは根負けしてジュースを一口飲むと、重々しく口を開いた。

 「……佐倉さんの家族はね、全員自殺しているのよ」

 「じ、自殺!?」

 マミの言葉にさやかはギョッとして大きく目を見開いた。まどかも口元を押さえて驚愕の表情を浮かべている。一方シジフォスは、冷静な眼差しでコーヒーを啜りながら、マミの話を聞いている。

 「正確には一家心中、佐倉さんのお父さんが佐倉さんの妹とお母さんを刺殺して、自分も首を吊ったらしいわ…」

 マミは辛そうな表情でジュースを啜る。そんなマミをまどかとさやかは愕然とした表情で見つめていた。
 マミはそのまま話を続ける。

 「幸い佐倉さんはたまたま家を出ていて助かったみたいだけど…。見つけた時は酷い有様だったわ…。ソウルジェムも濁りきってて、彼女自身もまるで生きる屍みたいな状態で…」

 その時の光景を思い出し、マミの表情は影が濃くなる。その両目は潤んで、今にも涙がこぼれそうだった。

 「私の家に連れて帰って、話を聞いてみたけど、『他人の為に奇跡なんて願うんじゃなかった…』とか『あたしが家族を殺した』とか言うばかりで、詳しい事情は教えてくれなかった…。
 そして、それからすぐ後だったわ。彼女がこれからは魔女中心に狩っていこうって提案をしたのは」

 グリーフシードを落とさない使い魔は放っておき、魔女を中心的に倒していく。その方がグリーフシードも手に入り、魔力の無駄遣いもせずに効率的だ、と彼女は、佐倉杏子はマミに提案したのだ。
 無論マミはその提案を断った。街を守る為に魔法少女として戦っているマミからすれば、たとえグリーフシードを得るためとはいえ、何の罪もない人を犠牲にするような杏子の提案を受け入れることは到底出来なかったのだ。

 「…それで、意見が決裂しちゃってね、彼女は私から離れて行って、それ以来遭う事も無かったの。…今日までは、ね」

 マミの話が終わり、周囲に沈黙が流れた。
 他の客の声、食器が擦れ合う音がやけに大きく聞こえる。
 まどかとさやかは言葉が出なかった。あの魔法少女、佐倉杏子があまりにも過酷な過去を背負っている事を知り、衝撃を受けたのだろう。
 一方コーヒーを飲み終えたシジフォスは、店員を呼んでコーヒーのおかわりを注文すると、マミに視線を変える。

 「…なるほど、佐倉杏子は自分の家族が自殺した事が引き金となり、君と袂を分かつこととなったわけか…。だが、一つ疑問がある。一体何故、彼女の家族は自殺したか、そして、彼女が魔法少女になる時願った願い、だ」

 「自殺した原因については分かりませんけど、願いについては佐倉さんから聞いています。確か、『お父さんの話をみんなが聞いてくれるように』でしたけど…」

 「話を聞く?」

 マミはコクリと頷いた。

 「佐倉さんのお父さんは教会の神父さんで、信者の人達に説法をしていたんです。だけど突然教義に無いことを説法し始めてそのせいで本部から破門されて、信者の人達も話を聞いてくれなくなってしまったんです。信者の人達からの寄付で生活していた佐倉さん達家族はそのせいで食べるのにも困るようになってしまって…」

 「それで話を聞いてくれるように、か……」

 シジフォスは納得したように頷くと、運ばれてきたコーヒーを一口啜る。一方のまどかとさやかは、マミが話を聞いている間、俯いて沈黙していた。
 そんな彼女達をチラリと見ると、シジフォスは軽く溜息を吐いた。

 「…どうやらショックだったようだな、彼女の境遇が」

 「はい…、自分だけ残して家族が全員死んでしまうなんて、私だったらきっと耐えられません…。佐倉さんだって、昔はお父さんの為に願いを叶えて、マミさんと一緒に戦っていたのに…」

 「あたしも…、使い魔逃がして魔女に育てるなんて事しているから、とんでもない悪党かと思ったんですけど、そんな境遇だったなんて知らなかった…。何も知らずにあんな酷いことを…」

 まどかと、そして杏子と戦ったさやかは杏子の境遇を聞いて大分落ち込んでいた。
 魔女を育てる為に使い魔に魔女を襲わせる外道かと思われた彼女が、自分達なんかが想像もつかない程重い過去を背負っている…。その事実を知ってまどかとさやかは複雑な気持ちを抱いているのだろう。
 そんな二人を横目に見ながらマミは何処かバツの悪そうな表情を浮かべ、シジフォスはやれやれと溜息を吐きながらコーヒーカップを口に運ぶ。

 「ふむ、まあ、とりあえずまずは佐倉杏子と一度話してみるのはどうだ?知らない人間を知るにはまずその人間と話してみるのが一番だ。今回は仕方が無いとしても、もう一度会った時には喫茶店で一緒にコーヒーでも飲みながら話をしてみるといい。案外気があって仲良くなれるかもしれないぞ?」

 「あいつと…仲良くなる、ですか…」

 「ああ、魔法少女の戦う相手は魔女だろう?魔法少女じゃあない。戦ってもグリーフシードが手に入るわけでもないのだから、あまり敵対せずに仲良くなった方がいいと俺は思うんだが…、む?」

 ふと視線を下ろすといつの間に飲みきっていたのかシジフォスのコーヒーカップは空になっていた。シジフォスは空のカップを置いて店内を回っているウェイターを呼ぶとまたコーヒーのおかわりを注文する。

 「シジフォスさん、コーヒー好きなんですね…」

 注文を受けて厨房に向かうウェイターの後姿を眺めながら、まどかはひとり言のように呟いた。実際シジフォスがこの店に着て飲むコーヒーはこれで三杯目である。傍から見てもコーヒー好きと思われても仕方が無い。
 思えばマミの家で紅茶を飲んだ事を除けば、シジフォスが飲んでいる物は決まってコーヒーである。喫茶店では決まって二杯以上飲んでいる。
 まどかとさやかからすれば、あんな苦いものを平然と飲んでいるシジフォスの味覚が不思議で仕方が無い。確かに自分の父親や母親も朝にコーヒーを飲む事もあるが、大人になると味覚そのものが変わってしまうのだろうか、と時々思ってしまう。

 「ん?ああ、最初に飲んだ時はただ苦いだけであまり好きになれなかったが、飲んでいる内に病みつきになってしまってね。今では一日一杯飲むのがほぼ習慣になってしまっている」
 
 「へー…、習慣、なんですか…」

 ああ、とシジフォスは頷きながら運ばれてきたコーヒーを美味そうに啜る。まどか達はそんなシジフォスの姿を眺めながら、自分達も黙ってジュースを啜り始めた。
 

 杏子SIDE

 「…ったくあのおっちゃん、余計な事しやがって…」

 杏子は公園にあるベンチの背もたれに寄りかかりながらいらただしげに缶コーラを煽る。
 魔女狩りでグリーフシードを確保するついでにあのさやかとか言う甘っちょろい考えの新人を叩きのめして魔法少女の現実を教え込んでやるつもりだったのだが、マミと黄金聖闘士に邪魔をされ、挙句アルデバランにまで大目玉を食らう羽目になった。

 「…っち。ま、あんなの別にどうだっていいんだけどな、よくよく考えりゃ」

 杏子はコーラを一気に飲み干すと、すぐ近くの空き缶入れに投げ入れる。金属と金属がぶつかる音が辺りに空しく響き渡る。
 実際突っかかってきたのは向こうなのだから適当にあしらっておけばよかったのだ。所詮他人は他人、放置しておいても何の問題も無い。それこそ邪魔をしてきたのなら排除すれば言いだけの話だ。そいつが何のために魔法少女になったのか、何の為に魔女と戦うのかなんて知った事ではない、いつもならそうして放っておくはずだった。
 だが、何故か今回はムキになってしまった。さやかの言葉を聞いていたら、妙に苛立って、不愉快になって…。

 「…やっぱり、似てるせいか…?以前のあたしと…」

 杏子はぼんやりと夜空を見上げ、かつての自分の事を思い出す。
 かつての自分も、他人を守るために戦うと意気込んでいた。自分と父で世界の表と裏の平和を守るんだと言う理想を抱いていた。だが、今は…。

 「やれやれこんな所に居たのかお前は」

 ぼんやりと空を眺める杏子の視界にいきなり影が覆いかぶさる。杏子はジトッと自分を見下ろす影を睨みつける。

 「んだよおっちゃん、てっきりあたしを放って家に戻ってんのかと思ったぜ」

 「阿呆、まだお前への説教も終わっておらんのに放置できるか!それにお前を連れて帰らんと何時までも飯が食えん。ゆまの奴も腹を空かしているぞ」

 影の主、アルデバランは腕を組んで杏子をジロリと見下ろしている。杏子は軽く鼻を鳴らすとアルデバランから顔を背ける。

 「…あたしの事は放っておいていいから、おっちゃんとゆまだけで食ってりゃいいだろ?」

 「ならお前はどうするつもりだ?また盗みでもするつもりか?それとも年齢偽って働いて稼ぐつもりか?」

 「……」

 アルデバランの問い掛けに、杏子は答える様子は無い。アルデバランはやれやれと溜息を吐くと、杏子の隣に腰を下ろした。二メートル以上はある巨体は、座った状態でも見上げるほどの大きさがあった。

 「…なあ杏子。今日はどうした。やけにあのさやかとか言う娘に突っかかっていたが…」

 「…知るかよ。ただ、あいつの姿を見ていると、何だかむかついてくるんだよ…」

 「それは、昔のお前を思い出すから、か?」

 「……」

 無言。だがアルデバランはそれを肯定と受け取ると、夜の星空を見上げる。

 「それで、昔の正義の味方を目指した揚句絶望した自分を思い出し、ムシャクシャしたから八つ当たりした、といったところか?」

 「…だったらどうだってんだよ?まあ確かに八つ当たりなんて無駄な事したとは思うけどよ…」

杏子自身、商売敵とはいえ赤の他人に八つ当たりなど馬鹿な事をしたと反省してはいる。
いくらさやかやマミの魔法少女としての思想が気に食わなかったとしても、自分にとって害になるわけでも無いのだから、使い魔を追っているのも無視すればよかったのだ。
自嘲気味にさやかとの戦いを思い出す杏子を、アルデバランは腕を組んだままジッと眺めている。

 「…ちがうな」

 「は?何が違うんだよ?」

 アルデバランの反論に、杏子は胡乱げな視線を向ける。アルデバランは杏子にまるで記憶の中の誰かを思い出すかのような懐かしそうな眼差しで眺める。

 「お前はあの娘に、自分と同じ道を辿って欲しくなかったのだろう?理想を追い求め、その果てに絶望してしまう苦しみを味わって欲しくない、だからあのような事をしたのだろう?」

 「なっ!?そ、そんなんじゃ…」

 そんなんじゃない、と口から出かけたものの、思わず杏子は口を閉じてしまう。そんな杏子にアルデバランはしたり顔で笑みを浮かべる。

 「お前もなんだかんだ言って悪人ではないからな。大方そのマミとか言う先輩の事も多少なりと心配していたんだろう。まあ流石に殺し合いはやり過ぎだがな」

 「…!?う、うるせえ!!あたしはワルだ!!ワルなんだ!!アイツはただ気に食わなかったからボコッてやっただけだっての!!」

 顔を真っ赤にして必死に弁論する杏子を、アルデバランはニヤニヤと面白そうに眺めている。

 「う~!!わ、笑うなー!!く、くそ!!さっさと帰るぞチクショウ!!いい加減腹減ってんだよ!!」

 杏子は怒鳴り声を上げると足音荒くその場から歩き去ってしまう。そんな杏子にアルデバランは困り果てた表情で頭を掻いた。

 「…やれやれ少々からかいすぎたか?」

 アルデバランは立ち上がると杏子の後を追って後ろから着いていく。杏子よりも歩幅が広かった為にアルデバランはあっという間に杏子に追いつく。杏子は隣で歩くアルデバランをジロリと睨みつけるが、結局何も言わずに足を進める。アルデバランも歩幅を杏子に合わせると、杏子と一緒に家への帰路を歩いていった。

 「…全くよ、おっちゃんも本当にしつこい奴だな…」

 「何だいきなり、そこまでしつこいか俺は?」

 「かなり」

 はっきりと杏子に言い放たれたアルデバランは、別に気を悪くする様子もなく苦笑いを浮かべた。

 「まあ昔からお節介焼きな性質でな。どうも困っている奴は放っておけん性質なのだ」

 「あたしは別に困ってねえっての!!…まあ飯と寝床をくれたのは感謝してっけどよ…」

 ボソボソと蚊の鳴くような声で呟く杏子の顔は、照れているのか少し赤みを帯びていた。
 何だかんだ言ってはいるものの、杏子自身は宿を貸してくれて毎日の食事を用意してくれるアルデバランに感謝をしている。
ただ、今一つ素直になれない性格のせいで、アルデバランの説教には思わず反発してしまうのであるが…。
アルデバランもそんな杏子の性格は重々承知しているため、そっぽを向いた杏子をまるで娘を見る父親のような優しい目つきで眺めている。

「そういやおっちゃん、今日の晩飯何だよ?」

「ん?今日はカレーだ。作ってから丸一日置いているから味も染み込んでいるだろうな」

 「へー、ゆまの奴食えるかな?あいつ辛いもの食えねえし」

 「安心しろ、辛さは控えめにしてある。ゆま程度の歳でも全部食えるはずだ」

 「ふーん…」

 杏子はアルデバランと雑談をしながら夜道をトボトボ歩く。何だかんだ言いながらもアルデバランの料理は楽しみなようで、アルデバランのカレーを頭に思い浮かべ、少しばかり杏子の心は浮き立っていた。
そんな他愛も無い会話をしながら歩く事20分、二人はようやく我が家の玄関前に到着した。

「あー、ったくようやく着いたぜ。おっちゃん!早く飯にしようぜ!!」

「ハッハッハ!そんな焦るな。カレーは逃げたりはせんよ」

ようやく夕食にありつけると玄関に飛び込む杏子に、アルデバランは可笑しそうに大笑いする。杏子はアルデバランの笑い声を無視し、ポケットから合鍵を取り出すとドアの鍵を開けようとする。

 「よお…会いたかったぜお嬢ちゃん?んでもって久しぶりだなアルデバランよ」

 …と、突然背後から声が聞こえ、杏子はギョッとして反射的に背後を振り向いた。振り向いた杏子の視線の先には、何時の間に居たのか群青色の刺々しい髪形をしたチンピラ風の服装をした男と、先程戦ったさやかとかいう魔法少女とその連れと同じ見滝原中学の制服を着た黒い長髪の少女が立っていた。

「なっ…!?てめえらナニモンだ!!」

「落ち着け杏子、敵ではない」

 杏子は目の前の二人組に警戒心を剥き出しにするが、アルデバランに押しとどめられる。
アルデバランに止められた杏子は、驚いた表情でアルデバランを見るが、アルデバランはそんな杏子に構わず、目の前の二人組に歩み寄る。その顔には、目の前の二人組に対する警戒心は欠片も窺えず、むしろ仲の良い友人と出会ったような嬉しそうな表情が浮かんでいた。

 「久しぶりだな、マニゴルド。その娘がお前が護衛している娘、か?」

 「ま、そんなところだな。おうほむら、こいつがアルデバラン。俺よりちょいと先輩の牡牛座の黄金聖闘士よ」

 「そう…。初めましてアルデバランさん。私の名前は暁美ほむら。…魔法少女よ」

 「ああ!?魔法少女だ!?」

 ほむらの言葉に杏子が反応して話に割り込んでくる。
 魔法少女という事は、自分の縄張りのグリーフシードを狙っているのではと杏子は敵意の籠った目つきでほむらを睨む。一方のほむらは何を考えているのか分からない無表情のまま、杏子の視線を受け止めている。

 「ああ待て待て嬢ちゃん。俺とコイツは別にお前ンとこの縄張り荒らしに来たわけじゃないのよ。そもそもコイツ、グリーフシード必要ねえし」

 「ああ…?グリーフシードが必要ねえだ?どういうことだよ?」

 「企業秘密って事にしてもらえるかしら?とにかく、私は貴女の縄張りを侵すつもりも、グリーフシードを横取りする気もないわ」

 ほむらの言葉を聞いてもまだ信用できない様子の杏子は、不審そうな目つきで彼女を観察するように睨む。

 「…ふん、なら何の用だよ?そっちの兄ちゃん、まあ多分おっちゃんの知り合いだろうけどおっちゃんに何か用でもあんのかよ?」

 「残念だがちげえよ。俺、というよりこいつが用あるのはアルデバランじゃねえ」

 「ああ?んじゃあ一体誰だよ?」

 マニゴルドの返答に杏子は眉を顰める。と、マニゴルドの隣に居たほむらが杏子に向かって歩み寄る。

 「私達が用があるのは貴女よ、佐倉杏子」

 「…!!テメエ…、何であたしの名前を…!…そうか、あんたがキュゥべえの言っていたイレギュラーかよ」

 「その答えには、イエスと言っておこうかしら」

 無表情で、声の抑揚も変える事無くほむらは返答を返す。杏子は胡散臭そうな表情でマニゴルド、そしてほむらを睨みつける。
 アルデバランはそんな杏子の様子にやれやれと肩を竦める。

 「全く…。マニゴルド、ほむら。今更だがまだこいつに自己紹介もしてないだろう?まずは名前を名乗るのが礼儀だろうが?」

 「んあ?そういやそうだったな。わりいわりい」

 マニゴルドはアルデバランに軽い口調で謝りながら杏子に笑顔を向ける。

 「初めましてだなお嬢ちゃん?俺の名前はマニゴルド。黄金聖闘士、蟹座のマニゴルドってんだ。よろしく頼むわ」

 「私の名前は暁美ほむら。見滝原の魔法少女の一人、と言っておきましょうか」

 「ほー…、黄金聖闘士に魔法少女が一人、ねえ…。つーか黄金聖闘士って一体何人いるんだよ?」

 「12人だ。まあ双子座は二人いるが一人別の星座になっているからな。12人で問題ない」

 アルデバランの解説を聞いた杏子はふーん、と一応理解はした様子であった。
 
 「さて、もう腹も減ってるだろうし手短に話すぜ?俺がお前さんに会いに来た理由って奴をな」

 自己紹介を終えたマニゴルドは、笑顔から一転して真面目な表情で杏子をジッと眺める。 
 突然真剣な表情を向けてくるマニゴルドに杏子は思わず身構える。が、マニゴルドはそんな杏子に構わず、口を開いた。

 「まず質問だけどよ…。お前、死んだテメエの家族に会いたいと思わねえか?」

 「………は?」

 マニゴルドの口から飛び出したあまりに突拍子の無い言葉に、杏子はポカンと口を開けて目の前の男を凝視してしまった。一方のマニゴルドは真剣な表情を崩さず、杏子を鋭い目つきで睨みつけている。

 「もう一度聞くぜ?お前、死んだ家族に会いたいか?会いたくねえか?」

 「な、何アホな事言ってんだよ!?死んだ奴に会えるわけねえだろうが!!大体、何であたしが死んだ奴なんかに会わなきゃなんねえんだよ!!」

 マニゴルドの問い掛けに杏子の口から否定の言葉が飛び出す。
 その表情は困惑と僅かな怯えで歪んでおり、口元は歪ながら笑みを浮かべているように見えた。そんな杏子の姿を、アルデバランとほむらは無表情で眺めている。
 マニゴルドは杏子の言葉に首を振る。

 「…いや?可能だぜ?俺は蟹座、生と死と魂を司る黄金聖闘士。流石に死者蘇生なんて大それたこたァできねえけどよ、生者を死者と会話させることなんざ、朝飯前よ」

 「な…、ま、マジ…、かよ…」

 「マジもマジ、大マジよ」

 マニゴルドの返事に杏子は眼を大きく見開き、口をポカンと開けたまま身体を僅かに震わせる。そんな杏子の様子をみて、マニゴルドは軽く肩を竦めた。

 「まあそう言うわけだ。もしも家族に会いたいってんなら明日テメエの住んでた教会まで来な。そこでコイツと一緒に待ってる。ま、会いたくねえってんなら無理に勧めはしねェけどよ。…おうほむら、帰るぜ」

 「…分かったわ。じゃあまた機会があれば会いましょう、アルデバラン、佐倉杏子」

 「なっ、ちょっ!!待ちやがれオイ!!」

 言うだけ言って背を向ける黄金聖闘士と魔法少女に杏子は声を荒げて掴みかかろうとする。が、杏子の手は何も掴むことなく空を切った。先程までマニゴルドとほむらがいた場所には、誰もいなかったのである。二人はまるで蜃気楼のように姿を消してしまったのだ。

 「…何だってんだよ…、一体…」

 杏子は何も掴めなかった手を、握り潰そうとするかのように握りしめる。
その姿にはいつものような強気な様子は感じられず、顔には苦痛と恐怖、そして悲しみが入り混じって今にも泣き出してしまいそうな表情が浮かんでいた。そんな彼女を、アルデバランは何を考えているのか読めない表情で、ジッと見つめていた。
 

 セージ、ハクレイSIDE

 アルデバランと佐倉杏子がマニゴルドと暁美ほむらと会っていた頃、あすなろ市の一角にある屋敷のベランダにて、セージ、ハクレイ兄弟が夜空の星と月を眺めながら共に一献交わしていた。
 今日も聖団のメンバーと共に魔法少女狩り、もとい魔法少女探索を行ったものの、見つかるのは魔女ばかりであり、結局魔法少女は発見することが出来なかった。
 無論姿を隠している、グリーフシード目的で他の場所に行っているという可能性も無いわけではないが、もうこの街にいる魔法少女はミチル達プレイアデス聖団だけだと思って間違いは無いだろう。

 「やれやれ今日も骨折り損のくたびれ儲け、か。結局今回も収穫なしじゃの」

 「グリーフシードが手に入ったのですから収穫はありましたぞ?まあ我等には必要のない代物ですがな」

 苦虫を噛み潰したような表情で酒を煽るハクレイに対し、セージは幾分か落ち着いた様子で盃を傾けている。
 今回倒した魔女は二体、運よく二体共グリーフシードを落としたため、収穫は無いわけではなかった。最も自分達も聖団のメンバーもグリーフシードを必要としない為、もはや宝の持ち腐れでしかないのだが。そういう意味では収穫ゼロと言えなくもない。
 一息に酒を飲み干したハクレイは、空になった盃に再び酒を注ぐ。

 「魔法少女がおらんということはすなわち契約した者がいないか、はたまた魔法少女全員がもう魔女になっているかのいずれかというわけじゃが…。ワシ個人としては前者であって欲しいものよ…」

 ハクレイは注いだばかりの酒を飲み干すと盃を机に叩きつけ、疲れたように息を吐いた。そんな兄の様子を眺めながらセージはハクレイの盃に酒を注ぐ。

 「…ですがいくら魔法少女の魂を肉体に戻したとしても、連中がまた別の少女と契約してしまえば意味はありませぬ。やはり根本であるインキュベーター共をなんとかしなくては…」

 「あれはそもそも人類の持っておる感情そのものが存在せぬから、元より少女を苦しめることへの罪の意識、罪悪感も存在しておらぬ。むしろ宇宙を救うための尊い犠牲とまで考えておるからのう、余計に性質が悪いわい」

 「自分の行いを善と信じ込んでいる、あるいは悪であると認識していない、か…。やれやれ、下手な悪よりも始末に負えませぬな。説得や話し合いでどうこう出来そうにもありませぬ」

 「感情エネルギーよりも強大なエネルギーがあれば連中の気も変わるのやもしれぬが…、そんなものワシらも知らぬしの。まあ心当たりが無いわけではないが、な」
 
 ハクレイは渋い表情で盃に満ちた酒をジッと眺める。そんな兄を眺めながら、セージも難しい表情で酒を啜る。その雰囲気は傍から見ればもはやお通夜としか言いようがない雰囲気である。
 
 「全くどうしたものか…」

 「ちょっとちょっとちょっとちょーと!!グランパ達暗すぎ!!幾らなんでも暗すぎだって!!折角の記念パーティーが台無しだよ!!」

 酒を酌み交わす老聖闘士兄弟の微妙な雰囲気を破るように、少女の元気のいい声がハクレイの言葉を掻き消した。
 ハクレイは両手を腰に当てていかにも怒っている雰囲気の少女、和紗ミチルに向かってジトッとした視線を送る。

 「何じゃミチル、ワシらは今大事な話をしておるんじゃ。騒ぐならもう少し静かにいたさんかい」

 「何言ってるのさ!!折角“私達がグランパ達に出会えた記念パーティー”を開いているのに、肝心の主役の二人がこーんな所でこーんな暗い顔でお酒飲んでてどうするのさ!!
 かずみちゃんなんかあんなに楽しそうにしているんだよ!!だからグランパ達も一緒に楽しまなきゃ!!」

 ミチルの言葉にハクレイは自分が私室として使っている部屋の内部に目を向ける。
 部屋の中央には何処から運んできたのか大きなテーブルが置かれ、その上には皿に盛られた料理やジュースの瓶が幾つも置かれている。そしてテーブルの周りにはハクレイの娘、昴かずみとミチルを除くプレイアデス聖団のメンバーが思い思いに飲み、食べながら談笑していた。確かに250を過ぎたジジイ二人で酒を飲んでいるこちらとは正反対の雰囲気である。

 「だから言っておろうが。ワシらはワシらで勝手にやっておるからお主らもお主らで勝手にやれと」

 「だーかーら!グランパ達はこのパーティーの主役なの!!折角グランパ達に感謝したくてみんなで料理とか用意したのに肝心のグランパ達が二人っきりでお酒飲んでるんじゃ意味ないじゃん!!」
 
 ミチル曰く、今日は自分達がハクレイ、セージ、かずみと初めて出会った記念日だとのことだ。確かに一年前のこの日、自分達は彼女達と初対面をした。
 そして、魔女化した和紗ミチルを元の人間に戻したのもこの日だった。
 恐らく彼女がパーティーを開いたのはこれを祝いたいのもあったのだろう。ハクレイとセージ自身は別に祝って貰うような事をしたつもりはないのだが、彼女達にとっては自分達にせめてもの感謝をしたいとの思いもあるのだろう。

 「ふむ…、どうするかのセージよ」

 「そうですな、かずみもああして楽しんでおりますし…、我等も混ざりましょうかのう」

 「おおっ!セージグランパ話分かる~!!じゃあ行こっ!!早くしないと料理無くなっちゃうよ!!」

 「ぬっ!?こらこら引っ張るでないミチル!急かさんでも自分で歩けるわい」

 ミチルに急かされながら二人はパーティー会場となった部屋に足を踏み入れた。
 ご飯を頬張りながら里美と話をしていたかずみは、ハクレイとセージが部屋に入ってきた事にいち早く気がつくと皿に残った料理を一気に飲み込むと自分の父親と叔父に駆け寄った。

 「おじいちゃんやっと出てきたー!もー!一体何やってたのー!ごはん無くなっちゃうよー!!」

 「いやいやかずみ、ワシらは今後の事を話していてだな…」

 「そう言うお話はいつでも出来るの!今は一緒にご飯食べよ!やっぱりご飯はみんなで一緒に食べなきゃ美味しくないよ!!」

 「うんうん!かずみちゃんはグランパ達とは違ってよく分かってる!!あんな辛気臭い顔でお酒飲むよりも一緒にご飯食べる方が良いに決まってる!!そんなわけで、はい!」

 ミチルはいつの間に持ってきたのか、特別な時にしか作らない料理、『イチゴリゾット』が盛られた皿を差し出される。ハクレイとセージは黙って皿とスプーンを受け取ると、皿の中身をすくって、口の中に運ぶ。

 「…ん、美味い。のうセージよ」

 「はい、ですが以前食べたものと少し味が違うような…。ミチル、普段とは違う材料でも使ったのかの?」

 セージの質問にミチルは意味ありげな笑顔を浮かべた。

 「んーNO、NO。材料はいつもと同じだよ。でも作ったのは私じゃないよ?私はレシピを教えただけ」

 「ぬ?お主で無いなら誰が作ったんじゃ?このリゾットは」

 ミチルは笑顔のまま、自分の背後に視線を向ける。視線の先にはかずみが料理をよそいながらこちらをチラチラとどこか不安そうに見ている。

「…もしや…かずみか?これを作ったのは…」

 「へへ~、せいか~い!グランパ達に作ってあげたいって土下座して頼まれちゃってさ。そこまで言われたら無碍にできないから手とり足とり教えてあげたの。まあ確かに若干私のとは違うけど、美味しいでしょ?」

 「うむ…、確かに、美味いのう」

 「…だってさ!良かったねかずみちゃん!!」

 「う、うんっ!!良かった~…」

 自分の作った料理を美味しいと評価された事にかずみの表情が明るくなる。ミチルは嬉しそうにはしゃぎまわるかずみに抱きつくと、髪の毛をグシャグシャと若干乱暴に撫でまわし、かずみはいきなり抱きつかれて頭を撫でまわされて悲鳴を上げる。
 そんなまるで本物の姉妹のような少女二人の姿に、ハクレイとセージは目を細める。

 「…まあ、たまにはこういうふうに小難しい事は忘れてはしゃぎまわるのも良いものじゃの、セージよ」

 「左様ですな。兄上」

 部屋の中ではしゃぎ回る娘達を眺めながら、ハクレイとセージは娘の手作りのリゾットを口に運んだ。



 あとがき

 約一カ月ぶりの更新となりました。遅れてしまい申し訳ありません。
 仕事やら何やらで中々時間が取れなくて…。
 今回はアニメにないシーンばかりだったもので中々に難産でした…。やはりオリジナルは難しい…。
 ちなみにシジフォスのコーヒー好きっていうのは…私の完全なオリジナルです。何となくイメージ合ってそうなので…。勝手なイメージ押し付けるなって言われそうですね、うん…。
 



[35815] 第20話 魔法少女と死者との再会
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆b1f32675 ID:f562ef5f
Date: 2013/10/05 00:47

 見滝原の隣にある風見野市。その外れの小高い丘の上にその教会は建っている。
 周囲の庭は長い間手入れもされていないのか雑草が生い茂り、教会に向かう人々が歩いていたであろう道を完全に覆い隠してしまっている。教会も窓は破れ、壁も屋根も剥げ落ちて既に廃墟と化しており、もはや誰も住んでいるような雰囲気は無い。その物悲しく寂れた雰囲気は、神の家というよりも墓標のように見えてしまう。
 この教会は、地元においてはとある理由で心霊スポットとして有名な場所だった。
 
今でこそ廃墟と化してはいるものの、かつてこの教会には神父とその家族が住んでいた。
 
 神父は信仰に篤く、人々の平和を願う心優しい人物であり、家族達も神父を慕っていた。

 だがある日、神父は突如気がふれて妻と娘を刺殺し、自らもまた首をつって自殺してしまった。

 それからというもの、教会には誰も住まなくなり、今でも自殺した神父と家族の幽霊が出ると言う噂が立っていた。

 無論幽霊云々に関しては単なる噂である。だが、神父が家族と一家心中したという事に関しては、紛れもない事実だった。
 なぜなら…、自殺した神父のもう一人の娘が、この場にこうしているのだから…。

 「…此処に来るのも、久しぶりだな…」
 
 杏子は感慨深くも憎々しげに、そして何処か悲しげに廃墟と化した教会を見上げる。ここは全ての始まりの場所、自分が生まれ、育ち、魔法少女となる原点となった場所なのだ。
 杏子と一緒に来たアルデバランは、杏子の後ろで目の前にそびえ立つ教会を、ただジッと仰ぎ見る。

 「ここが…、お前の家か」

 「ああそうだよ。…ッケ。胸糞悪くなってくらぁ。思い出したくもないこと思い出しちまう」

 杏子は忌々しげに地面に唾を吐き捨てる。
 この場所は両親と妹を亡くしてからも、雨風を防ぐ場所として寝泊りしていた。だが、アルデバランに保護され、彼の家で寝泊まりするようになってからは、この教会を訪れる事はさっぱり無くなった。
 故にこの教会を訪れるのは杏子にとっても久しぶりな事であり、アルデバランと一緒に訪れるのは初めてである。
 
 「それにしても、まさか本当にマニゴルド達の呼び出しに応じるとはな…。確かにあいつの力があればお前の両親に会う事は出来るかもしれないが、お前は、死んだ家族と出会って、どうするつもりだ…?
 
 「さあな、あいつの言ってた事が本当かどうかは知らねえ…。だけど…」

 杏子は寂しそうな表情でかつて自分が家族と過ごした家を見つめる。

 「もし、もしあたしの家族に会えるんなら…、言いたい事と、聞きたい事がある…」

 「…そうか」

 アルデバランは深く問い詰めることもなく、視線を再び目の前の教会に戻した。と、次の瞬間、杏子は一瞬で寂しそうな表情を引っ込めて自分の後ろに立つアルデバランを、正確にはアルデバランの背後を睨みつける。

 「……が、それはそれとして………何でお前まで来てんだよゆま!!」

 「むー、ゆまだけおるすばんなんてもういやだもんっ。おじちゃんとキョーコが行くんならゆまもついていくもんっ」

 杏子の怒鳴り声に反応するように、アルデバランの背中から一人の幼女、同じ同居人の千歳ゆまが顔をだす。
 杏子はゆまを背中に隠しているアルデバランに抗議するような視線を向ける。これに対してアルデバランはすまなそうな表情で頭を掻いていた。
 昨日はやむを得ないこととはいえゆまを長い時間家の中に置き去りにしてしまい、家の中に入った瞬間に彼女に泣きつかれてしまった。無理もない話ではある。長い間、恐らく生まれてこの方親の愛情も知らず、逆に親に邪魔者扱いされて虐待を受け続けてきたのだ。恐らく家に一人ぼっちで留守番している間に、アルデバランと杏子に見捨てられた、自分はアルデバランと杏子にとっては邪魔者なのだと思い込んでしまったのだろう。
 アルデバランもゆまを長い間一人で留守番をさせた事にはすまないと感じており、今回もゆまは連れて行く気は無かったのだが、あまりにゆまがしつこく連れて行ってくれと懇願してきたため、結局アルデバランが折れる事となった。出来る限り杏子にばれない様に此処まで連れては来たものの、結果的にばれてしまい、杏子にどやされる破目になってしまった。
 最も杏子自身も家にゆまを一人残してきた事に対する罪悪感は少なからずある為、精々ブツブツ文句を言う程度に留めている。

 「さてと、いつまでも此処に棒立ちしているわけにもいかん。取りあえず中に入るぞ」

 アルデバランの催促に、杏子は「誰のせいだ誰の…」等と小声で呟きながら、目の前の木製の扉をジッと眺める。
 頑丈な木で作られたその扉は、今では薄汚れ、あちこちに虫が食ったような穴があいている。扉を開ける真鍮製のドアノブも、今ではあちこちが錆に覆われていて見る影もない。
 杏子はドアノブに手をかけると、ゆっくりと重々しい扉を開く。
 錆ついた金属が軋む不気味な音と共にドアが開かれると、そこは広い礼拝堂となっていた。
 もっとも信者が座っていた長椅子や床には埃が溜まり、柱にはクモの巣がかかり、鮮やかなステンドグラスは無残に割れていた。
 そして神父が信者たちに教えを説く祭壇の前には、昨日出会った黄金聖闘士、蟹座のマニゴルドがまるで此処の主であるかのように立っていた。

 「ウェルカーム!よくいらしてくれました…って此処は元はお前の家だったか?まあどっちだっていいな」

 両手を広げてフレンドリーな笑顔で歓迎の意を示すマニゴルド。杏子はそんな彼を無視して何かを探す様に礼拝堂を見回す。

 「…あのほむらって奴は、いねえのかよ」

「無視してんじゃねえぞコラ。…あいつは学校だ。着いてくるだの何だのほざいてやがったけど、単位落としてレグルス二号になったらアレだろうが。
まっ、どっちみち今日は平日だから健全な中学生は全員学校で勉強してらあね。行ってねえのはお前ぐれえなモンだ」

 「ケッ、仕方ねえだろ。学校行くにしても金がねえし戸籍もねえ。こちとら行きたくても行けねェんだよ」

 マニゴルドの皮肉に、杏子は嫌そうな表情で顔を背けた。
 杏子は両親が一家心中をした折に一緒に死んだものとされたため、実質的に戸籍を失っており、学校に通う事が出来ない。たとえ新しく戸籍を取得できたとしても、学校に通う為のお金すらも持っていない。
 物心ついた頃から貧しい生活をしていた杏子は、父親が教義に無い教えを説き始め、本部から破門になった上に信者からのお布施がすっかり無くなってしまった頃から学校に通わなくなってしまった。
 収入が無くなり、ただでさえ生活に余裕がなかった状態に追い打ちをかけるように、杏子たち家族は極貧状態になってしまった。
 故に学校に通う余裕も無くなり、両親の手伝い、妹の世話、そして、店から食べ物をくすねて飢えをしのぐ毎日を送る事となったのである。

 「あー…そうだった…な。ん、ま、悪かった。俺が全面的に悪かった」

 その事に気がついたマニゴルドはバツの悪そうな表情で杏子に向かって頭を下げる。杏子は特に反応を示さずにそっぽを向いている。

 「ま、それはそれとして…。まあ取りあえずよく来たな佐倉杏子ちゃんよ。約束通りテメエの両親と妹に会わしてやるよ。…つーわけでちょいと目を閉じな」

 「んあ!?ちょっ!!何すんだよ一体!!」

 いつの間にか近くに来ていたマニゴルドに目を塞がれ、杏子は思わず叫び声を上げる。
 少女の歳相応な反応にマニゴルドは面白そうにクックッと笑みをこぼした。

 「安心しろって変なことしねェから。大体したくてもそんな貧相な胸じゃあ、なあ…」

 「な!?だ、だれがマミに比べりゃまっ平らなフライパンみてえな胸だ!!」

 「そこまで言ってねェっての。そらそらドウドウ落ち着けっての。小宇宙送り込めねえだろうが」

 「は?てめえ何言って……!?」

 瞬間、杏子の身体に何かが流し込まれるかのような感覚が生じた。
 その何かはまるで熱湯のように熱く、杏子の身体を満たしていく。それと同時に体中に走る神経に、まるで電流が走ったかのような刺激を感じる。
 ほんの一瞬、1秒にも満たない一瞬に起こった全身に走る刺激に、杏子はただ何も出来ず、何も考えられずに棒立ちするしかなかった。

 「そら、終わったぜ」
 
 と、マニゴルドが突然杏子の眼を覆っていた手を離す。突然の事に呆然としていた杏子は瞬時に正気に戻ると目の前の黄金聖闘士に怒りの表情を向ける。

 「て、テメエ!!一体何しやがっ……なあ!?」

 文句を言おうとした杏子の顔が一瞬で驚愕の表情に入れ変わる。彼女の視線はマニゴルドの背後にある祭壇に向けられている。
そこには先程までは居なかったはずの人間が三人たっていた。家族なのか大人の男と女性、そしてまだ幼い少女が杏子をジッと見つめている。
だが、その姿は明らかに普通の人間とは違う。男性の口からは血が流れ、首も通常ではあり得ない状態に曲がっている。女性と少女の胸は血で真っ赤に染まっており、傷口から流れる血が地面に滴っている。
そして何より、彼等の身体はあり得ない程青白く透き通っており、身体の向こう側にある祭壇が透けて見えている。
明らかに彼等は幽霊、この世ならざる死者である。
杏子は目の前の幽霊達を恐怖と動揺の眼差しで凝視したまま、まるで石になったかのように動かない。身体はまるで極寒の大地にいるかのようにガタガタと震え、その表情はいつもの勝気な態度からは信じられない程弱弱しい、怯えた表情を浮かべていた。
杏子は彼等を知っている。なぜなら彼等は、佐倉杏子の願いの原点であり、彼女の願いが殺してしまった人達なのだから…。

「…おや、じ…?おふくろ…?もも…?な、んで、ど、どうして…」

杏子は目の前の幽霊達の名前を呟き、無意識に後ろに下がる、と、背後から何者かに肩を掴まれた。

「!?」

ギョッとした表情で背後を見ると、何時の間に移動していたのかマニゴルドが杏子の肩を掴みながら面白そうに笑みを浮かべていた。

「おいおい怖がるなよ。こりゃお前が望んだ事だぜ?」

「な、あ、あたしが…望んだ…事…?」

「そうだぜ?家族に会いたかったんだろ?話をしたかったんだろ?だから俺がお前に小宇宙を流して見れるように、話せるようにしてやったんだよ。お前の家族の地縛霊共とな」

「じ、地縛霊だ!?」

驚愕の表情でこちらを見てくる杏子にマニゴルドはニヤニヤ笑いながらああ、と頷く。

「こいつ等はこの世に未練があって未だにあの世に成仏できねェ連中だ。しかも縁のあるこの教会に死んでからずっと縛られ続けて動く事も出来ねえ。だから死んでからはずっとこいつらはこの教会にいたんだぜ?もっとも霊感も小宇宙もねェお前にゃ見れなかっただろうけどよ」

「ずっと…、いたって…じゃあ…」

「ああ、此処で寝泊まりしてた頃はお前の私生活もバッチリ目撃されてたってわけだ。ま、流石に外で万引きやら空き巣やらやってたのは見られなかっただろうがよ」

マニゴルドが平然と告げる言葉に杏子は絶句して何も言えなかった。よくよく見ると幽霊達も何処かバツが悪そうにあらぬ方向を向いている。
まさか自分の私生活を死んだ家族の幽霊に見られているとは思わなかった。もっとも幽霊を見た事がない、というより見れない杏子からすれば気付くはずもないのだが、流石に幽霊を見れるようになった時に指摘されると相当恥ずかしいモノがある。
あんぐりと口を開けて呆然としている杏子を、マニゴルドはニヤニヤと眺めている。

「ま、天網恢恢疎にして漏らさず、って奴だ。そんで、どうすんだよ。何か家族の皆様に言いたい事があるんじゃねえのかよ?いい機会だから今の内にぶちまけちまいな」

「……!!」

 杏子はギョッとした表情で亡霊と化した自らの家族に顔を向ける。亡霊達も暗い表情で杏子を見返す。傍目から見ても両者の間には決まりが悪そうな雰囲気が漂っているのが分かる。

「ねーねーおじちゃん、『てんもーかいかいそにしてもらさず』ってなに?」

「悪いことをしても必ず誰かが見てる、だから悪い事はするなという意味だ。ゆまも悪い事はしてはいかんぞ?」

「うん!わかった!でもおじちゃん、ユーレイってどこにいるの?ゆまみれないよ?」

 「ハッハッハ!幽霊はな、杏子位の歳にならないと見れるようにならんのだ。いつかゆまも見れるようになれるかもしれんぞ」

 そんな両者の様子に構わず背後で和やかに会話しているゆまとアルデバランの声を聞きながら、目の前の家族達を見つめる。亡霊となった家族達も皆、複雑な表情で杏子を眺めている。

 「随分と、久しぶりだな。親父、おふくろ、もも…。まあ、アンタ達はずっとあたしを見ていたみたいだから、そうでもねえだろうけど」

 『……』『杏子……』『おねえちゃん…』

 杏子の自嘲するような笑顔を、杏子の家族は痛ましげに見つめる。
 杏子はそんな家族の視線に気がついているのかいないのか、笑いながら話を続ける。

 「随分と、あたしを恨んだろうな。自分達をたぶらかした魔女って。無理もねえな、あたしの願った奇跡のせいで、アンタ達は死んだようなもんだからな。だからあんた達はこんな所に未練がましく留まってんだろ?」

 『…違う!!それは違う杏子!!お前は悪くなどない!悪いのは全て私だ!!』

 杏子の言葉を遮るように父親の声が礼拝堂に響き渡る。そのあまりにも切羽詰まった表情に、杏子も思わず言葉を止めた。
 杏子の父親は、悔しげな表情で血の流れる唇を噛みしめる。

 『…私はずっと、悩み苦しんでいた。私は長い間、この世の不条理を正し、多くの悩める人々を救済するための教えを探し求めていた。
 そしてようやく探し当てた教えも、人々からは疑われ、本部からも異端とされて私は破門された…。私は、深い挫折と絶望を、その時に味わった…』

 文字通り血を吐きながら訴える父親の姿を、杏子は沈黙して眺めていた。父の独白は続く。

 『…あの時、再び街頭で人々に説法をし、その説法を人々が聞いてくれた時には、私は歓喜した。ようやく、ようやく我が研鑽は実を結んだと…、ようやく主が私に報いてくれたと…!!あの時の私はまさに、歓喜の絶頂にあった。これで人々を救える、家族にも楽をさせてやれると…』

 杏子の父親の表情は、段々と影を帯び、悲痛に歪んでいく。その目尻には透明な涙が浮かんでいる。

 『だが、だが…!!私の教義を人々が聞いていた理由が、お前の願いによるものだと知った時、私は再び絶望と挫折に叩き落とされた…!!
 私は無力、何もできない愚かな人間…。娘も憐れむほどに下らない人間だと…!!
 だから私はお前を魔女と呼んだ…!!お前を魔女と呼び、全てをお前のせいだとなすりつけ続けた!!そしてお前を、お前を何処までも苦しめ続けた…!!
 本当は私が、私が弱かったから…、その事実を認めたくなかったから…、お前に全てを被せ…、母さんも、ももも、この手で…』

 そこまで独白した父親は地面に跪き、両手を石畳に叩きつける。無論霊体である今の状態ではいくら拳を地面に叩きつけたとしても傷つくことも、痛みを感じる事も無い。
 だが、その表情は耐えがたい激痛を味わっているかのように、苦痛と悲嘆で歪んでいる。

 『すまなかった…、本当にすまなかった…。お前を罵倒し、否定し、挙句母さんとももを殺して全てを奪ってしまって…。
 もはや謝ってすむ事ではない…!!この程度で私の犯した罪が許されるはずは無い…!!だが、だがせめてお前に、お前に一言だけでも謝りたかった…!!
 こんなことで、お前の恨みも、憎しみも晴れるはずはないだろうが、それでも……!!』

 杏子の父親は悲痛な表情で杏子に懺悔の言葉を述べる。
 一方の杏子はそんな父親の姿を見て、戸惑いながら後ずさりする。
 亡霊とはいえ父親が後悔し、自らに謝罪してくるという生前見たことも無い光景に、杏子自身どうすればいいのか分からないのだ。

 「あたしは、あたしは親父を恨んだことなんて、一度も…」

 『ならば恨むべきだ!』

 狼狽する杏子に、亡霊は懇願するかのように大声を上げる。その拍子に口元から滴り落ちていた血が辺りに飛び散る。それに構わず亡霊は叫び続ける。

『私を怨み、憎み、呪い、罵倒の言葉を吐くべきだ!!
 お前は悪くない!!悪いのは全て私だ!!今更お前に許されたいなどという泣き言は言わない!!お前の怒りを、憎しみを、私にぶつけてくれ!!お前にはその権利がある!!』
 
 父親の悲鳴のような叫びが、礼拝堂に反響して響き渡る。そのあまりに悲痛な声は、亡霊の姿が見える、声も聞こえないゆま以外の全ての人間に聞こえていた。
 杏子は黙って父親を見つめる。そんな彼女に、何を思ったのか母と妹の亡霊が近付いてきた。

 『杏子…ごめんなさい…。貴女が私達の事を思って、命を懸けて願いを叶えてくれた事…、私達は全然知らなかった…。
 お父さんがおかしくなった時も、お父さんに殺される時も、全部貴女のせいだって…、貴女が、魔女だからって、恨んでしまって…』

 「おふくろ…」

 『本当に、本当に、ごめんなさい…。貴女を庇ってあげられなくて…貴女を、守ってあげられなくて…。わ、私が、もっと、もっと強かったら、杏子を、分かってあげられたら、こんな、事には…!!』

 『お、おねーちゃ、ごめ、なさっ!!ももが、ももがおねーちゃんの事、分かってあげられ、なかったから…うえ、ええっ!!』

 「……もも」

 杏子は目の前で泣きながら謝る母親と妹をぼんやりと眺める。無意識に泣き喚く妹の頭に触れようとするが、既に霊体となっている妹に触れる事は出来ず、杏子の手は空しく空を切る。
 何も触れられなかった掌を、杏子は無表情でジッと眺める。

 「……そっか、あたしは悪く、無かったのか…」

 杏子が不思議とどこか穏やかな声でポツリと呟く。その声に杏子の父親と母親はハッと顔を上げる。

 「…親父が壊れちまったのも、おふくろとももが死んだのも、あたしのせいじゃなかったんだな…、はは、そっかぁ…そうだったのか…」

 穏やかな表情で笑う杏子に、家族達の表情も少し明るくなる。
 自分達の言葉が、思いが通じたと…。僅かながら亡霊達の心に安堵の思いが宿る。
 一方のアルデバランとマニゴルドは、家族達とは違って固い表情を浮かべている。アルデバランの側にいるゆまは、何故か困惑した顔をしていた。
 杏子が浮かべている笑顔、それが彼らにはまるで仮面のように見えたのだ。まるで、自分自身の本性を隠しているかのような…。

 「あたしが悪くない、あたしに罪が無いって言うならさ、聞きたい事があるんだよ、親父」

 『…!!な、何だ!!何でも聞いてくれ!!杏子!!』

 杏子の言葉に父親の亡霊は表情を綻ばせながら杏子を見る。
 …どうでもいいのだが首が曲がって口から血を流した神父が笑顔でこちらを見ているというこの状況…。普通の子供ならば泣いて逃げ出しそうである。もっともこの場にいる唯一の『普通の子供』であるゆまには、幸い杏子の父親の姿は見えないのだが…。
 杏子はそんな亡霊の姿を物怖じもせずに眺めながら、ゆっくりと口を開く。
 





 
 「…あたしが悪くないならさ、何で、何で親父の為に、おふくろの為に、ももの為に願いを叶えて、魔女から皆を護る為に戦ってきたアタシが罰を受けたんだ?何で全てを奪われたんだ?何で…おふくろとももは、死んだんだ…?」


 



 『……え?』

 杏子の言葉が礼拝堂に響き渡った瞬間、礼拝堂は静寂に包まれた。杏子の父親は何が何だか分からないと言いたげな表情でポカンとしていた。それは、他の家族二人も同じであった。
 そんな家族の姿が可笑しかったのか、杏子はククッっと含み笑いをする。

 「…何か勘違いしてるみたいだから言っとくけどさ、あたしは本当にだーれも恨んじゃいないよ。親父も、おふくろも、もちろんもももな。ただ、もし恨んでる奴がいるとするなら…」

 杏子は優しい、だが何処か暗い笑顔を浮かべながら、自分を指差した。

 「…それは他ならねえ、あたし自身だ」

 杏子は天井を仰ぎながら自嘲する笑みを浮かべる。

 「…あたしがキュゥべえと契約して魔法少女になったのはな、ただ他の連中に親父の話だけでも聞いて欲しかった、それだけなんだよ。そうすりゃ親父も幸せになれて、おふくろも、ももも腹を空かせる事が無くなるからみんな幸せになれる…。そう思ったんだ。
 結果はご覧の通り、最初は親父も大喜びで家族も食うには困らなくなって万々歳…だった。親父にあたしが魔法少女だってばれるまでは、な……」

 杏子の表情は話していくにつれ陰りを帯びていく。その表情は、まるで心の中に隠していた悲しみ、絶望が漏れだそうとしているかのようであった。それを隠すかのように無理矢理作ったような笑顔を浮かべるその姿は、もはや痛々しさしか感じられなかった。 
 
「…親父がももとおふくろと心中した時、ようやく気がついたんだよ、あたしは。何か奇跡を祈ったら、必ず何か代償を支払わなくちゃならない。そりゃそうだ、元々起こるはずもない不条理を無理矢理起こしたんだ。何にも起きないはずが無い。…あたしの場合はそれが、親父から魔女呼ばわりされ、家族を失う事、それだけだったって話さ」

 『ち、ちがう…わ、私が、私が彼女達を…』

 「でも結局親父がそこまで追い込まれたのはあたしの願いのせいだろ?あたしが妙な願いを願っちまったからアンタ達は死ぬ羽目になっちまったんだ。なら、根本的に全部あたしの罪だろ?」

 『………!!』

 ハッとした表情を浮かべる父親を横目に、杏子はすぐ傍にあった長椅子に腰かけると、今にも泣き出しそうな表情で、自らの願いで死に追いやった家族達を見つめる。

 「今はな、つくづく後悔してるよ。軽々しく奇跡なんてもの願った自分自身を、さ。
 ホント…、魔法少女なんざ…、ならなきゃよかったよ…。アンタの為に、アンタ達の為に奇跡を願った、アタシが本当に馬鹿だった…。家族を幸福にするつもりが…」

 話し続ける杏子の瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。

 「…自分で家族を、壊しちまう羽目になるんだから……」

 『きょう、こ……』

 杏子の言葉に、父親はガクリと崩れ落ちた。母親とももは絶望に濡れた表情で杏子を見る事しかできなかった。
 ようやく家族は理解した。
 杏子は初めから、それこそ父親に魔女と罵られた頃から彼等を憎んだことも、恨んだことも無かった。
 否、完全に憎しみが無かったわけでもなかったのだろうが、それでも表立って自分達を責める事はしなかった。
 全て自分のせいだと、自分が家族を自殺に追い込んだと、苦しみも、悲しみも、痛みも、全て自分で背負いこんでしまった…。
 本当は自分達が悪いのに、自分達が彼女を追いこんだというのに、この優しい娘は全て自分の罪だと背負って…。

 「だから、言っただろ?こいつに何を言っても無駄だってな」

 父親の背後から、マニゴルドが優しい口調で語りかける。その言葉を聞いているのかいないのか、父親は顔を俯かせたまま動かない。

 「こいつはテメエの死も、こいつ等の死も、全部自分の責任だと背負いこんで居やがる。だからコイツはテメエらを恨んでねェ。憎いとも思ってねェ。お前らが悪いと考えてすらも居ねえんだよ。
 …まあこうなっちまったのもお前の責任なんだがな。お前がこいつを魔女魔女言いやがるもんだから仕舞いにゃこいつは自分が全て悪いんだと刷り込まれてしまいましたー…、なーんてことになってやがるわけなんですよ。でも安心しろよ。こいつはそんなこと、ぜーんぜん気にしちゃいねェんだから、な」

 『…う、ああ……』

 マニゴルドの優しい、それでいて容赦のない言葉に、杏子の父親は嗚咽を漏らす。
 彼の言うとおり、自分が愚かだったせいで、杏子は自ら全ての罪を背負ってしまった…。
 本当は自分が悪いのに…。罰せられるべきは自分だというのに…。
 願うのなら、杏子から恨まれ、憎まれ、罵倒された方がずっと良かった…。彼女からの呪い、断罪ならば、喜んで受け入れただろう。きっと、妻とももも同じ思いなのだろう。
 だが、杏子は自分達を呪わない、断罪しようともしない。全ての呪いを自らの責と背負いこんで生きている…。
 そんな彼女にしてしまったのは、歪めてしまったのは、自分だ。自分のせいで、杏子は…。
 そんな絶望に濡れる父親に、マニゴルドは冷酷な笑みを浮かべる。

 「…そういや約束したよな、アンタ。コイツと会わせてやるからお前の魂寄こせ、と。って事はテメエの魂は俺の所有物、つ・ま・り、テメエを消すも生かすも俺の自由ってわけだなァ…。でもよォ、俺今結構沢山魂持ってるから、今更お前いらないんだよねェ…」

 『な…そ、それは…』

 どういうことだ、と言おうとした父親に、マニゴルドはニッコリと笑顔を浮かべる。

 「まあ簡単に言うとな……テメエは消えろや糞親父」

 『…!?あ、ガアアアアアアアアアアア!!』

 瞬間、杏子の父親の身体に青白い炎が纏わりついた。炎は瞬時に父親の身体を覆い尽くしていき、瞬く間に父親の身体は青白い炎に覆われ見えなくなる。
 そして同時に、父親の悲鳴が礼拝堂に響き渡る。耐えがたい熱と焔に身体を焼かれる苦しみ…。

 「お、親父!?」

 『あなた!!』『おとーさん!?』

 突然発火した父親の姿に杏子は思わず立ち上がり、急いで父親に駆け寄った。だが、既に死んで霊体となっている父親には生身の彼女は触れる事が出来ない。霊体である母と妹も杏子同様彼に駆け寄ろうとするが、炎の熱と舞い散る蒼い火の粉で近寄ることすらできない有様だ。
 本来、霊体は現世のあらゆる物理干渉を受け付けない。あらゆる攻撃も、現象も、この世のものである限り魂を傷つける事は出来ない。それは炎でも例外ではない。
 だから父親の身体が炎で焼かれるという事は、本来あり得ない事なのである。
 だが、そのあり得ない事が今目の前で起こっている。その光景に杏子だけでなく杏子の母親とももは焦り、戸惑っていた。

 「これは…鬼蒼焔!!マニゴルド、お前何を…!!」

 「え?え?お、おじちゃん、いったいどーしたの!?キョーコもどうかしちゃったの!?」

 霊を覆い尽くす炎の正体に気がついたアルデバランは、血相を変えてマニゴルドを睨みつける。幽霊を見る事が出来ないゆまは、何故か焦っている杏子と険しい表情のアルデバランに混乱する。一方のマニゴルドは、何でもなさそうな笑顔をアルデバランに向ける。
 
 「何って?言っただろうが、こいつの魂は俺の所有物だってよ。俺はこの糞親父と契約してんだよ、娘と会わせる代わりに魂寄こせって。つまりこいつの魂は俺の物。俺の物なら俺の好き勝手にしても構わねえだろ?燃やすなり、爆発させるなり、何なりと、な」

 積尸気鬼蒼焔。蟹座の黄金聖闘士が誇る魂を操る技の一つ。
 魂を火種に燃え上がる鬼火で敵を焼きつくす奥義であり、冥界波によって魂を引き剥がされたモノ、及び霊体に対しては一撃必殺とも言うべき効力を発揮する。
 神の魂でもない限り霊体ならば一瞬で消滅させる焔を杏子の父に使った事で責めるようにこちらを睨みつけるアルデバランに対し、マニゴルドは何でもないと言わんばかりの笑顔を崩さない。
 
 「大丈夫だってまだ消えやしねえよ。精々ものすごく熱くて苦しい程度の火力に調整してやってっからよ。でっもー…」

 マニゴルドが一度指を弾いた瞬間、青い炎がさらに激しく燃え上がり、杏子の父親はさらに悲痛な絶叫をあげた。
 そんな父親の姿をマニゴルドは面白そうに笑いながら眺めている。

 「だーんだん、ほんのちょっぴりずつ火力は上乗せされてくぜ~?ほんのちょっぴりでも塵もつもりゃあなんとやら、いつかは一気に魂灰にしちまうレベルにゃなる。ま、それまでの間は地獄だけどよ?」

 「お前……!!」

 家族の前で父親の魂に拷問紛いの仕打ちをするマニゴルドに、さすがのアルデバランも怒気を露わにする。が、マニゴルドはフン、と鼻を鳴らすと絶叫を上げながら燃える蒼の火柱に視線を向ける。

 「知ってるか?キリスト教圏じゃ火刑は異端者への最高の罰なんだぜ?天国に行くにゃ最後の審判まで身体残ってなきゃならねえって理由でな、身体灰にされるのは最高の罰だったらしいぜ?確かジャンヌ・ダルク辺りがやられたっけ?
 まあ教義にもねェ事ほざいて破門になったお前にゃ似合いの死に方だろ?ましてや妻殺し、子殺し、挙句は自殺…。んま~!思いっきり禁忌破りまくってやがりますね~。こりゃ火刑に決定っしょ」

 『ガ…ギ…き…きょ…』

 「ほらほらどうした?神様に助けて下さいって祈らねえの?聖女サマなんざ火に焼かれながら最後までイエス様イエス様って祈り続けて、挙句『主よ、御身に全てを委ねます』とかおっしゃってやがったんだぜ?
 テメエも聖職者の端くれなら、それ位の根性見せやがれやクソ親父」

 『お、ガアアアアアア!!!』

 火柱から凄まじい絶叫が響き渡り、その苦痛に満ちた絶叫に杏子の母親は悲鳴を上げ、ももは泣き叫ぶ。そんな亡霊達の姿にマニゴルドは愉悦に満ちた笑みを浮かべる。

 「っ!!や、やめろ!!」

 と、家族の苦しむ姿に耐えきれなくなった杏子が、血相を変えてマニゴルドの前に立ちふさがる。一方のマニゴルドは焦った顔で自分の前に立っている杏子に向かって、怒るのでもなく意外そうにキョトンとした表情を浮かべる。

 「やめろ?何でだ?」

 「だ、だって、親父こんなに苦しそうじゃねえか!!自分の親が苦しんでるの見て平気でいられるわけねえだろうが!!」

 杏子は必死な表情でマニゴルドに訴える。が、マニゴルドはそんな杏子の言葉に、冷めた表情を浮かべながら馬鹿にするように鼻を鳴らした。

 「…ふーん、苦しそうだから、ねえ…。随分とまあ陳腐な理由だなァ、偽善者さんよ」

 「なっ!?偽善者、だ!?」

 突然の偽善者発言に杏子は逆上してマニゴルドを睨みつける。マニゴルドはそんな杏子に向かって馬鹿にするような笑みを浮かべる。

 「そうだろうが。そんな下らねえ理由で殺したい程憎い奴を救う奴なんざ、イカれてるか偽善者でもねェ限りあり得ねえよ。
 テメエも本当はこいつ等が憎いんだろうが?恨めしいんだろうが?散々自分を罵倒した挙句、自分を置いて家族一緒に死んだ親父が。そんな親父から自分を護ってもくれず、ただ怯えていただけのおふくろと妹が。
 別にそれが悪いとは言わねえぜ?むしろそれが健全、それが正常だ。それが出来ねェ奴なんざ、どこか感情が壊れてやがるか無理してるかのどちらかでしかねェ。
 お前もさあ、怒りゃあ良かったんだよこいつらに。反発して、怒鳴りつけて、殴るだの引っ掻くだのして思いっきり反抗すりゃあよかったんだ。全部テメエで背負いこむんじゃなくてな。
 そうすりゃお前、もっとマシな結果になったかもしれねえんだぜ?」

 「……!!!」

 マニゴルドから突き付けられた言葉に、杏子は思わず動揺する。
 自分が父を、家族を恨んでいた…?
 そんなことはない、という思考が頭をよぎるが、その考えは直ぐに疑念に変わる。
 本当にそうなのだろうか?自分は、自分は本当に家族を恨まなかったのだろうか?
 
 本当に自分は、あの時家族に憎しみを覚えなかったのだろうか…。
 
そんな戸惑いと葛藤を心の中で繰り広げる杏子を、マニゴルドは嬉しそうな笑顔を浮かべながら眺めている。

 「それとよ、勘違いしてるみてえだけどこれはテメエの親父の望んだ事でもあるんだぜ?」

 「な…、なんだって…?」

 「そっ、自分はもうあの世に居る価値も無い罪人だから魂ごと燃やしつくしてくれ、ってこいつが言ったんだぜ?ま、流石に死んだ後に自殺なんざ出来ねえしな、せめて俺が介錯してやってんのよ。ん~、俺ってやっさし~」

 マニゴルドが楽しそうに語る真実に、杏子は動揺して青白い火柱となった父を見る。青白い炎の中からかろうじて覗いている父の顔は、苦痛に歪みながらも杏子に向いている。

 『…そ、そうだ杏子…、これは、これは私の、選んだ事、だ…』

 「親父!?」

 驚愕の表情を浮かべる杏子に、父親は炎に包まれたまま膝をつき、炎に焼かれる苦痛で息も絶え絶えな様子で涙を流し始める。

 『私は…、愚かだった…。世の……人々を……救うための……教えを…説こうと…、意気込んだ挙句……妻と…娘を…殺し…もう一人の……娘も……傷つけた……罪、人…だ……。
 そんな……穢れた……私など…地獄に、落ちる……価値、すら……無い……。
 魂を……焼かれ……消え去って……しまった……方が……』

 「おや…じ…」

 苦しげな表情でこちらを見てくる杏子に向かって父親は、蒼い炎に焼かれながら寂しげな笑顔を見せる。

 『……フフ……、そんな、顔を……するな……。お前が、気に病む必要は……無い……。
 お前や……家族に……何も……してやれず……苦しめ……泣かせた……せめてもの……罰、だ……。
 だから……もう、もう自分をせめるな、杏子……。お前の苦しみも……絶望も……私が……私が全て……持っていく……。お前は…、お前の…思うままに…生きて、くれ…、グウッ!!』

 『あなたッ!!』『おとーさん!!』

 炎の勢いが先程より増す。それによって苦痛も増したのか杏子の父は苦しげに呻き声を上げる。同じ亡霊である妻と娘は火の粉と熱に構わず駆け寄ろうとするが、父親は彼女達を片手を突き出して押しとどめると、杏子に向かって弱弱しげな、それでいて優しい、愛情の籠った笑顔を向ける。

 『最後に……ありがとう……杏子…。私達の、為に……魔法少女に……なってくれて……。本当に、今更だが……お前は……私の……自慢の……娘だ……』

 「お…やじ…」

 かつて家族一緒であった頃、魔法少女だとばれたときに、一度たりとも言われなかった感謝の言葉…。その言葉に杏子は呆然としてしまう。
 自分が魔法少女だとばれたとき、聴衆が集まったのは自分の願いの結果だという事を告げた時、父から自分に向けられた言葉は罵倒と悪意のみだった。
 ただの一度も、感謝の言葉を貰った事は無かった。それは、母や妹からも同様であった。
 その父親が、亡霊とはいえ自分の父親が、自分に、ありがとうと…。
 戸惑いを隠せない杏子は、目の前で燃え続ける父の姿を、ただただ見ているしか出来なかった。
 そんな霊である父と生者である杏子の会話を聞き終えたマニゴルドは、嘲笑を浮かべながら拍手をする。

 「はいはい何とも感動的なシーンで…。ンで、遺言は終わったか神父サマ?ンならテメエはとっとと逝けや。テメエの家族は俺があとで成仏させてやるから安心しな。
 つーわけで、GOOD LUCK」

 マニゴルドは父親を燃やす鬼火の火力を一気に引き上げようと、鬼蒼焔を生み出している小宇宙を少しずつ増大させ始める。
 その様子に彼が何をしようとしているのか気がついた杏子の母親と妹は、マニゴルドに縋りついた。

 『お願いです!!どうか、どうかあの人を殺すのはやめて下さい!!あの人ももう罪を悔いているんです!!代わりに私を、私を燃やして下さい!!』

 『おとーさんを、おとーさんをころさないで!!おねがいします!おねがいします!!』

 二人の幽霊は泣きながらマニゴルドに懇願する。夫を殺さないでくれ、代わりに自分が犠牲になるから、と…。
 一方のマニゴルドはそんな自分に泣きつく彼女達を、面倒くさそうに見降ろしている。

 「うぜえ、すっこんでろや」

 マニゴルドは何気なく指を一度弾いた。瞬間…。

 『あっ…、キャアアアアアアア!!!』

 『お、おかーさん!!』

 マニゴルドの足に縋りついていた母子の周囲を蒼い鬼火が取り巻き、まるで十字架のように彼女達を拘束していく。やがて彼女達は、蒼い炎の十字架に磔にされ、炎で焼かれる父親を見降ろす形となっていた。
 そんな磔にされた母子を眺めながら、マニゴルドはクックッと面白そうに笑みを浮かべる。。

 「積尸気魂縛鎖、霊体ならたとえ神でも律する鬼火の鎖…。ちょいとキリストっぽく十字架にアレンジさせてもらったぜ?精々そこでこの神父の処刑シーンでも見てな」

 『あ、ああっ…!!』『う、うう、おとーさん…、おとーさーん!!』

 杏子の母と娘は十字架から抜け出そうと身体を捩らせる、が、まるで全身を鉄の鎖で縛りあげられているかのようにびくともしない。
 そんな母子を無視してマニゴルドは再び杏子の父親に視線を向ける。彼は燃え盛る炎に全身を焼かれる苦痛で、もはや言葉を発することも出来ない状況であった。

 「苦しいか?痛いか?ま、そりゃ当然だよなァ。
 本当は燃え尽きるまで待っていても良かったんだがよ、俺にゃカルディアみてえな拷問趣味はねェし、とっとと送ってやろうかねえ…」

 マニゴルドはまるで杏子の父親を憐れむかのような口調でしゃべりながら、軽く人差し指を青白い火柱に向ける。今度こそ苦痛も何も無く一気に焼きつくすつもりなのだ。

 「じゃあな、今度こそGOOD LU…」

 と、途中でマニゴルドの言葉が止まる。それと同時に火柱の炎も少し弱まった。
 何事か、と杏子の父親はさんざん受けた苦痛でぼんやりとした意識の中、目の前の男を見上げる。
 マニゴルドは不機嫌そうな表情で青白い火柱とは別の方向を睨みつけている。

 「……おいコラ、何のつもりだ?クソガキ」

 「ハッ、んなの決まってんだろ」

 マニゴルドの鋭い眼光にひるむことなく、槍を頭上で一回転させると…、

 「……人の家族いたぶるテメエをぶちのめしてやろうってんだよ!!この蟹野郎!!」

 魔法少女となった佐倉杏子は、目の前の黄金聖闘士に向けて鋭い穂先を突き付けた。


 あとがき

 だいぶ遅くなってしまいましたが第20話無事に更新できました…。
 やはり原作とは関係ないオリジナル部分は文章化するのも楽ではありませんでした。
 本当はこの章で一気に杏子と家族の話を終わらせるつもりだったんですが、また次回に延期ということになりました…。
 最近連載していたNDも12月まで続きが延期になってしまいましたね…。こんなペースで完結まで見れるのかどうなのか…。



[35815] 第21章 蘇る悪夢、ソウルジェムの真実
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆175723bf ID:9f458038
Date: 2013/10/20 10:03
風見野にある廃墟と化した教会の礼拝堂。その内部で黄金聖闘士、蟹座のマニゴルドと魔法少女佐倉杏子が睨み合っていた。そんな二人を牡牛座のアルデバランは真剣な表情で、千歳ゆまは心配そうな表情で見つめ、そして鬼火の十字架に磔にされた杏子の母と妹、そして青白い鬼火で焼かれ続ける杏子の父親は、戸惑った表情で杏子を見つめていた。
 先程マニゴルドが杏子の父親を焼き殺そうと、彼を炙る鬼蒼焔にさらに小宇宙を送り込もうとした瞬間、マニゴルド目がけて槍が飛んできたのだ。マニゴルドは難なくそれを掴み取るものの、結果として意識が逸れてしまい、杏子の父親を焼いていた鬼火の勢いが若干弱まった。結果として、杏子の父親は命拾いする事となり、杏子は彼を救った事になった。
マニゴルドは自分に槍を投げつけてきた杏子に面倒くさそうな視線を向け、一方の杏子は再び手の中に槍を作りだすとマニゴルドに敵意を剥き出しにした眼光で睨みつける。マニゴルドは表情を変える事無く槍を放り投げる。すると一瞬で蒼い炎が槍を覆い尽くし、あっという間に槍は灰も残さず消え去った。マニゴルドはそれを一瞥もする事無く、杏子をジッと眺める。

「俺をぶちのめすだと?オイオイぶちのめす相手違うだろうが。
つーか年上への口の利き方なってねえなオイ。テメエどこ中だ?何個下だコラ」

「うるせえ!!人の家族いたぶる野郎を敬える程あたしは聖人君子じゃねえんだよ!!」

杏子の怒りの籠った怒鳴り声を、マニゴルドは涼しい表情で聞き流す。

「だーかーら、怒りぶつける相手違うだろうが。お前を絶望させたのはこいつ等、お前の家族共だろうが。それとも何か?お前、まだこいつ等が憎くねえっていうのか?テメエには人を憎むって感情がねえのか、それとも家族は憎めないってか?ったく随分と人の良いガキだなオイ。それともただのアホなのか…」

 「…憎いね、確かにそうかもしれねえな」

 マニゴルドの嫌み染みた言葉に、杏子は先程の表情から一転して静かな、何処か達観したような表情を浮かべる。まるで長年抱いていた疑問に対する答えを見つけたかのような表情を浮かべる杏子を、マニゴルドはジッと眺めている。

 「アンタに言われてようやく気がついたよ。そうだ、確かにあたしは親父を、家族を憎いと思った事があった。…つーか、今でも思ってる。もし親父が幽霊じゃなかったらこの手で親父を叩きのめしてやりたいって、今になってそう思ってらあ。ついでに、おふくろとももにも色々言ってやりてえこともあるしよ」

 「ふーん…、ま、そりゃ当然だわな。自分をボロクソ言った挙句に母親と妹ブッ殺して自分の人生ぶち壊しにしやがったんだからよ」

 「ああ、だからあたしは心の中じゃ親父を恨んでた、憎んでた。
 何であたしをこんな目に?何で親父やおふくろ、ももの為に願ったのに?なーんて、心ン中で考えてた。オモテじゃ自分のせいだ何だいいながら、よ。おふくろやももも、恨んだことがあったな…。あたしを親父から庇ってくれなかった事を、さ…。
 今思えば、あたしが使い魔放置したり万引きやら空き巣やらやるようになったのも、あの世に居る家族へのせめてもの反抗だったのかもしれねえな…」

 『きょう、こ……』

 全身を蒼い鬼火で焼かれながら、杏子の父は彼女を悲しげに、それでいて何処か安堵したような表情を浮かべる。
 そうだ、責められるべきは自分だ。杏子じゃない。
 あの子は何も悪くない、自分を、家族の為に自らの魂を捧げてまで自分達を助けてくれようとした…。
 それを否定し、挙句あの子から全てを奪い去った自分こそが罪人だ…、魔女にも劣る畜生だ…。
 だから、だからこんな自分の為などに戦わなくていい…、思う存分恨み、呪い、罵倒してくれれば…。

 「…けどな」

 と、まるで杏子の父親の思考を遮るように、杏子の声が響く。
 ハッとして父親は顔を上げて自分の娘を見る。目の前に立つ自分の娘の顔には、先程までとは違う固い決意に満ちた表情が浮かんでいた。
 杏子は槍を頭上で一回転させるとマニゴルドに向かって槍の穂先を突き付ける。

 「たとえどんなクソッタレな父親でも、自分を守ってくれなかった母親や妹でも、もう死んじまっていても、こいつらはあたしの家族だ!それに、まだあたしはこいつらに言いたい事も、やってやりたい事も何一つやってねえ!!それなのに成仏されちまったら、こっちからすれば不完全燃焼なんだよ!!」

 『……』

 杏子の言葉に、亡霊となった家族達は言葉を失った。
 あそこまで、あれほどまでに家族のせいで酷い目に遭いながら、人生を狂わされながら…。
 それでもこの子は、自分達の事を家族と呼んでくれるのか…。

 信じられない表情でこちらを見る家族達を、杏子は一瞥すると忌々しげな表情で彼等を睨みつける。

 「…勘違いするんじゃねえぞ?アンタらには言いたい事や恨み事が山ほどあるんだ。それを全部聞いてもらうまでは成仏して貰っちゃ困るんだよ」

 そう告げるとさっさと視線を戻してマニゴルドを睨む。一方のマニゴルドはつまらなさそうに、それでいて微笑ましげな笑みを浮かべながら杏子と家族のやり取りを眺めていた。

 「…そうかい。まったく甘っちょろいガキだぜ」

 マニゴルドは吐き捨てるように呟くと軽く指を弾く。その瞬間、杏子の父親を覆っていた炎が形を変え、杏子の母親と妹を拘束する十字架と同じ形状になり、父親を拘束する。

 『なっ!?こ、これは…!!』

 「親父!?おいテメエ!!親父に何しやがった!!」

 「なに、ちょっとしたゲームだ。しばらくこいつの処刑は待ってやる」

 驚愕の表情を浮かべる杏子と父親に対し、マニゴルドはニヤニヤと笑いながら両腕を広げる。

 「ルールは単純だ、どんな手段を使ってもいいから俺が指定した奴と戦って勝てばいい。成功した場合はこいつを解放アーンド俺からの素敵なギフトをくれてやらァ。だが、もしも失敗したら、このクソ親父は即火刑だ。妻子供の見ている前で、魂が灰になるまで焦熱地獄を味あわせてやらァ」

 マニゴルドは十字架に磔にされた杏子の父親を見上げながら、邪悪な笑みを浮かべる。その怖気が走る笑顔に込められた殺気に、槍の柄を強く握りしめる杏子の両手から汗が染み出てくる。

 「て、テメエが指定した相手だ!?テメエと戦うんじゃねえのかよ!?」

 「ハア?馬鹿言ってんじゃねえぞ、俺はこれでも黄金聖闘士。テメエとは天と地ほどの、いや下手すりゃそれよりも遥かに力の差があんのよ。まともにやったらマジで瞬殺しちまうぜ?ま、そう言うわけでこれは俺からのせめてもの温情よ。安心しろ、そこの牛とかおチビちゃんと戦えとは言わねえから」

 「ぐっ…」

 マニゴルドの反論に杏子はぐうの音も出ずに口を閉じる。
 確かに自分と黄金聖闘士との間には越えられない巨大な壁がある。
 初めてアルデバランと出会って戦った時には、全く本気を出していなかったアルデバランによって完全に遊ばれていた。
 この男も黄金聖闘士というのならアルデバランとほぼ同等の実力のはず、ならまともに戦っては勝ち目は無い。半端な策を練っても力尽くで押しつぶされる可能性がある。
 その戦わせる相手というのも気になるが、少なくともこの男の相手をするよりは勝率は高い…と願いたい。
 
 「…んじゃあその戦う相手ってのはなんだよ?テメエじゃねえんなら一体どこのどいつだ」

 「そう焦んなよ。ちょいと準備するから…よっと!」

 と、マニゴルドが指を軽く弾いた瞬間、何か白い物体がマニゴルドの足元にドサリと落ちてきた。マニゴルドは足元のそれを無造作に鷲掴みすると、自分の頭まで持ち上げる。
 それを見た瞬間、杏子はギョッとして眼を見開いた。何故ならそれは自分達魔法少女にとって馴染みのある存在、自分達をこの世界に引き込んだ張本人とも言える存在だったのだから…。

 「なっ!?キュゥべえ!?一体どこから出てきやがったんだ!?」

 「ん~、さてねえ。何処にあったんだろうね~?ひょっとしたら何処ぞの青タヌキよろしく四次元ポケットでも持ってたのかもしんねえよ?ま、それはともかく、何時まで寝てんだ淫獣、タヌキ寝入りしてねェでとっとと起きろやコラ」

 『ん…あ…き、きょ…こ…』

 ヘラヘラと無邪気な顔で笑うマニゴルドに尻尾を掴まれ吊り下げられた状態のキュゥべえは、乱暴に揺らされると弱弱しく目を開いて杏子を見る。
 身体は怪我をしている様子は無いが、雰囲気からして相当衰弱している様子で、話をするのも苦しそうであった。
 逆さ吊りにされた状態のキュゥべえは、懇願するような表情を杏子に向ける。

 『きょ、杏子…助けて…お願い…助けて…』

 「キュ、キュゥべえ!?い、一体どうしたってんだよ!?何でいきなり出てきやがったんだ!?」

 『わ、分からない…、突然、こいつに、さらわれて…、訳の分からない…、空間に、いれられて………が、アアアアアアアアアア!!!』

 「はいはいうっせェ口閉じろ。下らねェ三文芝居してんじゃねえぞこのクソ淫獣が」

 キュゥべえが息も絶え絶えに杏子に話しかけると、突然マニゴルドがキュゥべえの頭を思い切り握りしめてくる。
 万力以上の握力で頭部を圧迫される痛みに、キュゥべえは思い切り絶叫を上げた。

 「キュゥべえ!!…テメエ!何しやがる!!」

 目の前で甚振られる白い獣の姿を見て、杏子は明らかな敵意をマニゴルドに向ける。マニゴルドは面倒くさそうな目つきを杏子に向けると、バカにするようにフンと鼻を鳴らす。

 「何ってこいつを黙らせただけだぜ?正直言ってこいつの声はもう聞きたくも無いんでな?心にもねえ事ベラベラ喋りやがって…。耳が腐る」

 「ンだとこの蟹野郎!!」

「ハッ、つーかお前この淫獣の心配している暇があるのか?これから戦うって時によ。余裕だなオイ」

 「戦う…って、まさか!!」

 杏子はマニゴルドのセリフからとある考えに思い至り顔色を変える。その視線の先にあるのは、マニゴルドに吊り下げられた、自分を魔法少女の道に引き込んだ存在…。

 「ッテメエ!あたしをキュゥべえと戦わせる気かよ!!」
 
 「ンなわきゃねえだろ。コイツとお前戦わせたら直ぐに決着つくわ。そんなヌルゲーじゃつまらねえんでな」

 杏子の言葉をマニゴルドはあっさりと否定する。唇に暗い笑みを浮かべ、片手にぶら下げたキュゥべえを揺らしながら眺めている。キュゥべえは怯えたように身体を震わせ、助けを求めるように杏子に視線を向ける。

 「こいつを呼んだのはな…、こうやって使う為だ!」

 『なっ!?』

 と、マニゴルドはいきなりキュゥべえを天井に放り投げた。そして、空中に放り投げられたキュゥべえの背後から蒼い炎で描かれた魔法陣が出現し、空に浮かぶキュゥべえを拘束する。身体を拘束されたキュゥべえはジタバタともがこうとするが、鬼火の魔法陣に拘束された身体は一ミリも動かない。

 「キュ、キュゥべえ!?」

 「…マニゴルドの奴め、アレを使う気か…」

 焦った様子の杏子とは反対に、アルデバランは冷静な表情で魔法陣に拘束されたキュゥべえを眺める。そんな二人に意味ありげな笑みを向けると、マニゴルドは片腕の人差し指を空中に浮かぶキュゥべえに向け、両目を閉じる。

 「この世にさまよう、無念抱きし魂よ。
  我が給いし供物に宿り、今此処に黄泉還れ…。

  積尸気穢土転生!!」

 マニゴルドの言葉が響いた瞬間、何処からともなく青白い光の球が出現し、それがゆっくりとキュゥべえの身体に侵入した。それはあっという間の出来事であり、その場にいる全員はただ見ている事しか出来なかった。

 「あ、ああ、アア嗚呼ァ亞唖阿アア嗚呼アアアア!!!!!」

 だが次の瞬間、蒼焔の魔法陣に拘束されたキュゥべえが身体を捩らせながら凄まじい絶叫を上げる。その顔は苦痛と恐怖に歪み、赤いガラス玉のような眼は今にも飛び出してしまいそうな程に見開いている。
 同時にキュゥべえの身体も段々と変化が生じ始めた。
 小さな白い身体に無数の塵が、光る粒子が集い、段々とその体躯を大きく、そしてより異形に変貌させていく。
 そして、変貌が始まって僅か数秒、目の前にはキュゥべえはあとかたも無く消えてなくなり、それと入れ替わるようにキュゥべえがいた場所には巨大な銀色の化け物が出現していた。
 その化け物の身体は銀色の金属で出来ているような部品で構成されており、よくよく見ればそれはまるで自転車かバイクの部品のようであった。
 紛れも無く魔女、魔法少女が戦う絶望をまき散らす存在であるその怪物の姿を見て、杏子の表情は驚愕で歪んでいた。そして、鬼火の十字架に磔にされた父親も、その魔女を見て青白い顔を歪ませる。

 「なっ!!こいつは…」

 杏子はその魔女を知っていた。何しろこの魔女は、杏子にとってかつての自分を、そして自分の家族を歪ませ、壊してしまう“始まり”となった存在なのだから…。
 そう、それはあの時、自分がまだ誰かを守る為に魔法少女として戦っていた時、教会に出現した魔女と戦い、倒した。だがその姿を父親に見られ、そのせいで自分は魔女と呼ばれ、今の自分へと至る羽目になった…。
 あの時の魔女は錆に塗れており、この魔女のように銀色に輝いていなかったという違いはあるが、間違いない。この魔女は、あの時杏子が戦った魔女だ。
 眼を見開いて魔女を見つめる杏子の姿を、マニゴルドは面白そうに笑いながら眺めている。

 「こいつは銀の魔女、名前はギーゼラ…ってそういやお前一度こいつと戦った事あるんだったな?なら説明はいらねえか?」

 「な、なな、なんで、なんでキュゥべえが魔女になるんだよ!?しかも、しかもこいつはあたしがずっと前に倒した奴じゃんか…!!お前、お前何しやがった!?」

 何が起こっているのか分からない杏子は困惑してマニゴルドと銀の魔女に視線を彷徨わせる。一方のマニゴルドは相変わらずニヤニヤと面白そうに杏子を眺めており、銀の魔女は目の前の獲物に襲いかかろうとする様子も無く、マニゴルドの背後に控えている。

 「ん~、いやなに、単純にキュゥべえを生け贄にして魔女を復活させただけだぜ?」

 「な!?い、生け贄だ!?」

 おうよ、とマニゴルドは自らの背後に控える魔女を見上げる。魔女は相変わらずエンジンを切ったバイクのように微動だにしない。

 「さっきの術、積尸気穢土転生ってのはな、この世に未練たらたらで彷徨い続ける魂を復活させるっつう術だ。俗に言う死者蘇生、はたまたネクロマンシーの一種なんだがね、その為の条件ってのがいろいろやかましいんだよなァ。
 まず蘇らせたい奴の魂が『この世界』に存在することが第一。万が一あの世に成仏してやがったら蘇らせるのは無理だな。地獄に行ってても不可だ。
 そしてもう一つの条件が…、生け贄だ」

 生け贄という言葉を口にした瞬間、杏子の背筋に何か冷たいモノが滑り落ちるような感覚が走る。磔にされた杏子の家族達も同じような感覚を味わっているようだ。
 マニゴルドは気付いているのかいないのか、そのまま言葉を続ける。

 「死んだ奴を蘇らせるにゃその魂を宿らせる寄り代が必要だ。しかも寄り代、即ち生け贄は生きてる奴じゃなきゃ無理なんだよなコレが。死体じゃ寄り代にならねえ。
 これが人間を蘇生させるってんなら同じ人間の生け贄を用意しなくちゃなんねェ。まあ生け贄は人間ならガキでもジジイでも男でも女でも何でもいいんだがな。
まあ俺はこれでも一応聖闘士だ、それに他人の魂弄り回すって趣味は俺は持ってねえし。だから自慢じゃねえがこの術を今の今まで人間に使った事はねェ。…っでっもー…」

マニゴルドは一度口を閉じると、自分が蘇らせた魔女を見上げながらいかにも可笑しそうにクックッと笑い始める。何処か不気味さすら感じられる笑い声に、杏子は思わず後ずさりする。やがて笑い声を止めたマニゴルドは、再び杏子に視線を向ける。

 「…生憎とあのキュゥべえとか言うクソ淫獣共に対する情けや容赦は一ミリもありゃしねェんでな、こいつ等の魂弄り回すのに関しちゃあ微塵の躊躇いも良心の呵責ももっちゃあいねェのよ。
 まあこいつらも散々魂弄びやがったから、因果応報って奴かねェ…」

 「魂を弄り回す…?い、一体何の事だよ?」

 マニゴルドがポツリと呟いた一言に、杏子は思わず声を荒げた。
 結果的に今の状況を招いたとはいえ、自分の願いを叶えて魔法少女にしたキュゥべえが何をしたのかが
 一方のマニゴルドは先程の笑顔から一転して何処か意外そうな表情で杏子を眺めていた。そして、杏子の後ろに立っているアルデバランに視線を向ける。

 「なんだよアルデバラン、こいつらにあの事教えてねえのかよ?」

 「…いや、まだ何も言ってはいない。あの事はまだ言うべきではないと思って、な」

 話をふったアルデバランは、厳しい表情で答えた。返答を聞いたマニゴルドは、軽く呆れかえった様子で肩を竦めて溜息を吐いた。

 「ハッ!!ンだよ、アンタガキにゃ面倒見が良いと思っていたんだが、案外残酷だなオイ!そう言う事はとっとと言っちまったほうが本人にとってもショックが少ねえだろうに…」

 「そう言う問題ではないだろう?本人の魂に関する問題だ、たとえ知ったとしても受け入れられるかどうかは…」

 「お、オイ!!テメエ何の話だ!!一体キュゥべえが何したってんだよ!!おっちゃんが何を隠してるってんだよ!!」

 いい加減会話するアルデバランとマニゴルドに漂う何処か重苦しい空気に耐えきれなくなった杏子は、イラついた声音で二人の会話に割り込んだ。
 と、話を中断されたマニゴルドは杏子に視線を向けると意味ありげに笑い始める。

 「ククッ、それじゃあ逆に質問するけどよ、杏子ちゃん。お前の持ってるソウルジェム、一体何なんだそりゃ?」

 逆に質問された杏子は、マニゴルドの質問に戸惑った。
 ソウルジェムが何か、と言われても、杏子からすれば魔法少女に変身する為の道具であり、魔法少女の魔力の源である、としか言いようがない。
 それはあのほむらとかいう魔法少女と行動しているマニゴルドも知っているはずなのだが、何でそんな事を聞いてくるんだ…?杏子は疑問を抱きながらも口を開く。

 「ああ?そ、そりゃあ…、魔法少女に変身する為の道具…、魔力の源、か…?」

 「随分とメルヘンな答えだなオイ。半分正解、半分不正解だ。確かにテメエの言った事も真実じゃあるが、お前はそいつの本当の正体をしらねえ」

 「…本当の、正体だ…?」

 ああ、とマニゴルドは一拍置くと、訳が分からないと言いたげな表情の杏子を眺めながら口を開いた。

 「…そいつはな、お前達魔法少女の魂、つまりお前達の本体だよ」

 「………え?」

 マニゴルドから放たれた一言に、杏子は呆然となった。
 アルデバランは苦々しげな表情でこちらを見て、磔にされた家族達は罪悪感で杏子から顔を背けている。唯一ゆまだけは、マニゴルドの言葉が理解できないのか突然黙ってしまったアルデバランと杏子を交互に視線を向けている。
 が、杏子は
彼のあまりにも突拍子の無い言葉に、杏子の頭は混乱していた。
 これが…ソウルジェムが…
あたし達の…魂…?本体…?

 「お、おい…、これが、これがあたし達の魂って…どういう、ことだよ…」

 「そのまんまの意味だよ。魔法少女ってのはな、あの淫獣共と契約する時に、その石ころン中に魂をぶち込まれるんだよ。そして魂そのものを魔力を生み出す機関へと改造する…それが契約ってものの正体だ。
 こうなっちまったら肉体ってのはただの人形だ、魔女を狩り、ソウルジェムを守る為のな。逆に言っちまえば幾ら肉体が傷つこうが魔力があってソウルジェムさえ守れてりゃあテメエは不死身よ。絶対に死ぬ事はねえ。まあ簡単に説明しちまうとこういう話なんだが…、理解していただけました?杏子ちゃん?」

 「………」

 マニゴルドの淡々とした説明を聞く杏子は愕然としていた。
 これが魂で、自分の体はこの石ころを守るために動かす、入れ物…?
 それじゃあ、それじゃあこの体は…。もう、生きてすらいないってことか…?
 人間じゃない、ゾンビみたいなものだってことかよ…。

 「…つまり、あれかよ。あたしの、あたしの本体は、あたしの身体はこれじゃなくて…、この、この石ころの中なのかよ…。これは、これはただの死体ってことで、あたしは、あたしはゾンビってわけかよ…!!」

 杏子は顔を俯かせ、肩を震わせてマニゴルドに問いかける。質問を聞いたマニゴルドは、何かを考えるように顎をなでる。

 「ゾンビ、ねえ…。その例えはあたらずとも遠からず、だけどよ。まあでも人によりけりだねェ、自分の魂が石ころン中入れられてどう思うかについてなんてよ
 ま、中には願い叶えられたんだからこれくらいどうってことないわー、とか考える奴もいるかもしんねェけどよ。別にいいじゃねえか。ソウルジェムもテメエの身体から100メートル以上離さなきゃ問題ねェし、定期的に汚れ除去すりゃ日常生活にも支障はねえ。あとはテメエの心の持ち方だけ、だがよ…」

 「…キュゥべえは、キュゥべえは何でこの事教えなかったんだよ…」

 「聞かれなかったから、らしいぜ?まあ聞いたところであいつらがベラベラ話すかどうかは知らねえけど?
 さてトークタイムは終わりだ。早速始めようか佐倉杏子?それとも、此処でギブアップするか?」

 マニゴルドの背後に控える魔女がわずかに身じろぎする。まるでもう我慢が出来ないとでも言わんばかりに。マニゴルドはチラリと魔女を見上げると「おうおうもうちっと我慢しろっての」と軽い口調で宥めているが、いつこの男の手綱を引きちぎって暴れだすかは分からない。
 幸いこの場にはマニゴルドとアルデバランの二人の黄金聖闘士がいるものの、下手をすればゆまと自分たちの家族をも巻き込む可能性がある。
 それに何より…、あの魔女は明らかに自分を狙っている。

 「………」

 杏子は目の前の魔女を見据えると、手に持った槍を構える。

 「ほう…、やる気になったかい?」

 「ああ…、面倒くせえけどそいつぶっ倒さねえと親父は助けられねえ見てえだからな。それに、あたしの本体がソウルジェムだろうが何だろうが、魔法少女ならやる事は一つ…。
 魔女は狩る、それだけだ」

 杏子の顔つきを見ると、未だに吹っ切れてはいないようではあったが、目の前の魔女への闘志はまだ残っている。アルデバランはそんな杏子を何処か痛々しげに眺めていた。
 一方のマニゴルドは杏子の決意を聞き終わると少し呆れたように溜息を吐いた。

 「そうかい、なら………やっちまいな、ギーゼラ」

 マニゴルドが魔女に命令を下した瞬間、周囲の風景が一転する。
 先程まで居た教会の礼拝堂の風景が一瞬で消え失せると、夜のハイウェイのような世界に杏子達は立っていた。空にはまるでバイクのスピード計のようなメーターが存在している。
 突如起こった異変にアルデバランとマニゴルドを除く全員は戸惑っていたが、杏子は直ぐにこの世界が何なのか察しがついた。

 「こ、こいつは、魔女の結界!?」

 「その通り、此処はギーゼラの作りだした魔女結界。…つーか、お前そこまで驚くかよ?魔女は結界敷けるってしってるだろうが」

 「い、いやまあそりゃそうだけどな…。普通魔女ってのは魔女結界の中からでてこれねえだろ?まあそいつはアンタが蘇生した奴だから例外かもしれねえが…」

 戸惑っているかのような杏子の返答に、マニゴルドは軽く肩を竦めた。

 「お前達は何か勘違いしてるみてえだけどよ、魔女ってのは別に結界から出てこれねえわけじゃねえのよ。単純に結界の中が居心地いいから出たがらないだけで、その気になりゃ出てこれるってわけ。その証拠に魔女の中にゃ力が強すぎて結界に入る必要のねェ奴もいる。お前も知ってるだろ?ヴァルプルギスナハト、ワルプルギスの夜って奴を、な」
 
 「…!!実在すんのかよ…!!」

 マニゴルドが出した魔女の名前に杏子の表情がこわばる。
 舞台装置の魔女、通称ワルプルギスの夜。
 魔法少女の間では伝説とまで言われる特大の魔女。
 あまりにも強大すぎる力のせいで結界に籠る必要も無く、現実世界に出現して地上の全てを破壊しつくす正に生ける災害とも呼べる存在…。
 とは言っても殆どの魔法少女はそのような魔女が存在するという事は知っているものの、実際に見た事があるモノは今の時代にはほぼ居ない。杏子自身もてっきり大昔の伝説程度にしか考えていなかった。
 杏子の反応が予想通りだったのか、マニゴルドは面白そうにケタケタと笑っている。

 「ああ、実在するぜ?ちなみに近い内に見滝原に上陸予定だぜ?コイツ」

 「なっ!?ま、マジか!?」

 「マジもマジ、大マジよ。ちなみにほむらの奴はその件でお前と組みたいからその話し合いにでも来たらしいけど…。ま、それよりもお前にゃまだやる事が色々あるからなァ」

 マニゴルドの話が終わるや否や、背後に控えていた銀の魔女が杏子目がけて襲いかかってくる。銀色の金属で出来た腕が、杏子を鷲掴みにしようと迫ってきた。

 「…チッ!!」

 気付いた杏子は身体を捻り、地面に身を投げ出して回避する。が、魔女は再び地面を転がる杏子に向かい拳を振るう。その速さは、先ほどよりも数段早い。

 「なッ!?くそッ!」

 杏子は地面を転がり直撃は避けたものの、拳を叩きつけられた衝撃でその場から吹き飛ばされ、地面をバウンドして背中を強打する。

 「ゲホッ!!く、クソが…!!」

 槍を杖代わりに何とか立ち上がった杏子は、魔力で痛覚を和らげながら前方の魔女に視線を向ける。…が、

 「なあッ!?」

 目の前から魔女が、凄まじいスピードでこちらに迫ってくる。その姿はいつの間にか銀色の巨大なバイクのような姿に変形しており、それがまるで列車の如き速さで杏子に迫ってくるのである。
 あのようなモノに跳ね飛ばされればまず間違いなく自分の身体はひき肉になる。幾らソウルジェムが壊されなければ死なないと言っても…、否、下手をすればソウルジェムごと引き潰されかねない…!!

 「じょ、冗談じゃねえぞ畜生!!」

 恥も外聞も投げ捨て、杏子は足のばねを最大限に使い、それでも足りずに魔力で脚力を強化して飛んだ。
 瞬間、背後を魔女が通過する。それはもはやバイクというよりダンプカーやトラックが通り過ぎたかのような巨大な質量…。あのままいたら自分は確実に下敷きになっていた…、杏子は心の中で安堵しながら素早く地面から立ちあがる。

 「チッ、あの魔女…、前戦った時よりやけに速くなってやがる…。っていうより、前はバイクに変形なんざしなかったぞ…」

 杏子はこちらに向き直る魔女を睨みながら毒づいた。
 以前戦った時の魔女は動きが鈍く、此処まで攻撃も激しくなかった。それにこのようにバイクの姿に変形することも無かった。それゆえに自分独自の“魔法”を使うことも無くほぼ楽勝で勝てた。だが、こいつは違う。
 姿が変わっただけでなくスピード、パワーの両方が強化されている…。同じ魔女なのに一体どうなっている…。杏子は魔女を睨みながら歯軋りする。
 と、背後であの魔女を復活させた男がゲラゲラと面白そうに大笑いする。

 「ハハッ!そりゃあテメエが戦った時のコイツは潮風浴び過ぎてて錆びてやがったからな、動きも鈍くなってらあね。だが今のコイツは整備も万全、錆もバッチリ落ちてやがるから終始トップギアでいける状態だぜ?ま、つまり何が言いてえかというと…」

 マニゴルドは悪戯が成功した子供のような笑顔を、杏子に向ける。

 「…かつて戦った『銀の魔女』よりコイツは強いってこった。Do you understand?」

 「そういう、事かよ!!」

 カラクリが解けた杏子は槍の柄を握り潰しかねない程強く握りしめる。
 恐らくあの魔女の錆ついた姿は年月が経過して弱体化した姿、この銀色の姿こそがこの魔女の全盛期の姿、いわば最強の形態なのだろう。

 「そう言うこった、つーわけで、前と同じとは考えねえほうが良いぞ?ンな事考えたら…、死ぬぜ?」

 マニゴルドの声に呼応するように、杏子の背後から唸り声のようなエンジン音が響き渡る。
 反射的に背後を振り向いた杏子の目の前には。既に銀色の巨体が猛スピードで迫って来ていた。
 


 おまけ もしもLC黄金がND冥王神話を読んだら

 本編開始前、別外史北郷邸にて


 アルバフィカ「…………」

 マニゴルド「元気出せってのアルバフィカ。まあ確かに魚座も大概だが蟹座なんざオカマだぜ?オ・カ・マ!全く涙が出てくるったらありゃしねえ…」

 アルデバラン「牡牛座など碌に戦いもせずに速攻で立ち往生だからな。モノの見事にかませ犬…、もといかませ牛だ。お陰で碌な出番もありはしない。全く、オックスとやらは軟弱にも程があるだろうが!!」

 シジフォス「射手座はまだ出ていないから何とも言えないが…、下手をすれば凄まじいどんでん返しがあるかもな…。オックスの如くかませか、はたまた裏切り者か、それとも既に死んでいて聖衣が本体か…」

 アルバフィカ「…だが蟹座は見た目はともかくそこそこ強いだろう?射手座は歴代の可能性から言って裏切りはほぼありえないだろう?なにより君達の星座は、裏切ってないうえにあんな情けない醜態をさらしていないだろう!?なんだあの悲鳴は!?しかもよりによって女神に手を上げるとはあれでも聖闘士か!!というか作者は魚に恨みでもあるのか!!」

 マニゴルド「ンな事言われたら蟹座だってどうなんのよ。未来の後輩は力こそ正義だの何だのほざきながらアヴィドの真似事した挙句聖衣に見捨てられるわ青銅にボコられるわ魚座と二人でかかったにも関わらず羊に負けるわのりピー語喋るわ…。こっちこそ悲惨だわ」

 アルバフィカ「………それでも、あの並行世界(ND)では魚座よりまだマシな立場だろう…?」

 マニゴルド「いやいやまだ分かんねえし何より蟹座は時代を追っていくごとに段々悲惨になっていってるような…、って聞いてねえな…。オイアルデバラン、誰でもいいから腕のいいカウンセラー連れてきてくれや」

 アルデバラン「そんなもの知るわけないだろうが。取りあえず後で一刀に聞いておく」

 アルバフィカ「………」

 マニゴルド「そういやシジフォス、確かあの外史のガルーダの野郎は元杯座で本名水鏡とか言ってやがったな」

 シジフォス「ん?ああそうだったな。あの外史では冥闘士の名前は変わらないらしいな」

 マニゴルド「んでもってアンタがやり合ったガルーダのアイアコス、だっけ?あいつの本名も聞いた所じゃ水鏡って話じゃん?」

 シジフォス「ああ、一刀の情報ではそうらしいな」

 マニゴルド「……俺達の時代に杯座っていたか?」

 シジフォス「………」

 マニゴルド「アルデバラン、アンタはどうだ?覚えているか?」

 アルデバラン「むう…すまん。最近昔の記憶が風化してきているのかよく思い出せんのだ…。そんな奴いたか…?」

 シジフォス「い、いや…、俺も最近記憶が摩耗しているからよく思い出せないのだが…。…まさか、な…」

 マニゴルド「案外そのまさかかもしれねェぞ?下手したら聖闘士の適正と冥闘士の前世がかぶっちまった可能性もあるんじゃねえの?」

 シジフォス「その可能性は……無きにしもあらずだが…ってアルバフィカ?あいつはどこに行った?」

 アルデバラン「何やら不気味に笑いながら部屋から出て行ってしまったが…。聞いたら一刀と少し話をしてくるだの何だの…」

 マニゴルド「……」

 シジフォス「……」

 アルデバラン「……」

 全員『まさかッ!!』



 アルバフィカ「く、クククク、待っていろカルディナーレ、今から貴様に致死的体罰をもって再教育してやる…。クク、フハハハハハハハハ!!」

 

 その日、何処かの外史に存在する聖域の双魚宮にて、某魚座の聖闘士の凄まじい絶叫が響き渡り、後日、双魚宮の影でガタガタ震える某魚座の聖闘士を発見したという。
 

 あとがき

 …何というか、最後のおまけはまあ、NDファンの皆様はすいません…。カルディナーレファンの皆様もすいません…。
 いや、あまりにカルディナーレの最後(?)のシーンが情けなさすぎますから…。アルバさんが知ったらマジで喝を入れにいくんじゃないかなー、とか考えてしまって…。
 流石にあの体たらくは無いっしょ御大…。蟹座はちょっと扱い良くなったかな~…と思ったらこれですよ…。
 にしてもNDはいつになったら終わるのやら…。果たして御大の御存命中に完結するのか否か…。あそこまで休載繰り返すのならいっその事他の方に書いてもらうとか…。
 



[35815] 第22章 過去を乗り越えて…
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆b1f32675 ID:f562ef5f
Date: 2013/11/10 17:53
 
 
 銀の暴風、まさにそう形容するほかない魔女の突撃。その巨体に掠りでもすれば、自分自身の身体も粉々に消し飛ぶであろう圧倒的な速度と圧力。
 それが杏子目がけて突撃してくる。主に倒せと命じられた敵を押しつぶそうと迫ってくる。長年魔女退治を経験してきた杏子といえども戦慄せざるを得ない。だが、それでも杏子はあの突進を避けるために頭脳をフル回転させていた。
 現在の距離は約100メートル、それもあの速度なら一瞬で詰められる。先程のようにジャンプして回避するのも間に合わない…。

 「…だったら!!」

 杏子は槍を両手で握りしめると自らの足元に思い切り突き刺す。
 その瞬間、銀の魔女は杏子のいた場所に到達し………
 ……そして、ほんの一瞬でその場を通り過ぎる。そして、銀の魔女が通った場所に先程まで居た杏子の姿は、ない…。

 『…杏子!!』

『イヤアアアア!!杏子、きょうこぉ!!』

 『おねーちゃん!!おねーちゃん!!』

 「お、おじちゃん!!おじちゃん!!キョーコが!キョーコが!!」

 杏子が魔女に轢き殺されたと思った杏子の家族達は必死で娘の名前を叫び、ゆまは今にも泣き出しそうな顔でアルデバランの服を掴んでいる。
 あれだけの巨体が突進してきたのだ、とてもではないが避ける事は出来ない。杏子はあの魔女の車輪に押しつぶされて、あとかたも無く粉々になってしまった…、この場にいた全員はそう思い込んでいた…。
 だが…、

 「落ち着けゆま、あいつはまだ生きている」

 「なんだよ、要領のいいガキだなオイ。上手く命拾いしやがった」

 黄金聖闘士二人は片や落ち着いた様子で取り乱すゆまを宥め、片や感嘆の表情で軽く口笛を吹いている。
 そんなあまりにも気楽そうな二人の表情に亡霊達とゆまは皆驚いたような、あるいは表情を浮かべている。と…。

 「親父!!おふくろ!!もも!!ゆま!!人を勝手に殺してんじゃねえぞコラ!!あたしは此処だ!!」

 『…杏子!?』

 結界に響き渡る杏子の怒声に杏子の父親はハッとした表情で声の聞こえた方向に目をやる。そこには……。

 「…ったく、バイクに乗るのは初めてだけど、贅沢は言ってらんねェな!!」

 『『杏子!!』』

 『おねーちゃん!!』

 「きょ、キョーコ!?キョーコ大丈夫なの!?」

 銀の魔女の背中に跨る杏子の姿があった。身体は傷があちらこちらにあるものの、それでも生きているその姿に杏子の家族は安堵の声を上げ、ゆまは嬉しそうにはしゃぎ声を上げた。
 杏子は手に握られた棒きれを地面に放り投げる。それは自分が生成した槍の柄。真ん中付近から圧し折られており、もはや槍としての用途を為す事は出来ない状態になっていた。
 そして、先程まで杏子が立っていた場所には、何かが突き刺さったかのような亀裂が深々と刻まれている。それを見てマニゴルドは、杏子がどうやって銀の魔女の突進を避けたかを知り、軽く舌打ちをした。

 「ケッ、横に避けられねえと知って槍を伸ばし、ギーゼラの突進を避けると同時にギーゼラの背中に跨るとはね…。やれやれとんだガキだぜ。孫悟空か何かかお前は…」

 「さて、な!!だけどこれでこいつの攻撃を受ける事はねえ!逆にあたしはこいつに攻撃し放題ってなわけだ!!」

 「へー、ま、確かにその通りだ。中々考えるじゃねえか。見直したぜ?杏子ちゃんよ」
 
だが…、とマニゴルドはうそぶく。

 「だが、それじゃあダメだ、こいつにはそんな程度じゃ勝てねえ。それ位ギーゼラとお前には開きってもんがある」

 「ケッ!ほざいてやがれ!どっちみち背中にのりゃあ…、こっちのもんだ!!」

 杏子は再び生成した赤槍を、思い切り魔女の背中に振り下ろした。
 が、魔女を覆う銀色の装甲は予想以上に固く、杏子の槍を逆に弾き返してしまう。

 「…クソッ!!こんだけ速いのに鎧まで硬いのかよ!!弱点ねえのかこいつには!!」

 走攻守、全てが完璧とも言える魔女に杏子は思わず悪態を吐く。
 かつて戦った時は、確かに錆ついた装甲は思ったよりも強固であったものの、動きが鈍く攻撃も激しくなかった為、使い魔に気をつけていれば恐れる必要のない相手であった。
 だがこいつは全くの別物だ。
 耐久性はそのままに、速度、攻撃共に大幅にパワーアップしている。恐らく杏子が今まで戦ってきた魔女の中でもトップクラスとも言うべき強さだ。
 と、背中に乗られた事に気がついた銀の魔女が、バイク形態から人型に戻り、杏子を背中から振り落とそうと身体を大きく揺すり始める。杏子は軽く舌打ちすると魔女の背中から跳躍する。
 背中の邪魔者を振り落とした銀の魔女は、ギチギチと金属が擦れ合う音を立てながら背後の杏子に向かって振り向いた。
 
 「だから言ったろうが、お前とこいつにゃ差があるってよ。こいつは速さ、パワー、そして防御力、どれをとっても錆びる前より強化されている。テメエの槍じゃコイツに掠り傷程度しかつけられねェし、それ以前にこいつの速さについてこれねえだろ?」

 「ぐッ…」
 
 マニゴルドの嫌味染みた言葉に杏子は歯を食いしばる。
 悔しいが確かにその通りだ。
 確かにこいつはそもそも速すぎて攻撃を当てる暇が無い。よしんば当ててもあの銀色の装甲で防がれる…。このままではいずれ魔法を使い過ぎてこちらのソウルジェムが濁りきり、魔法が使えなくなった所をあの魔女に引き潰される…。
 杏子は槍を構えながら目の前の銀色の巨躯を睨みつける。そんな杏子の姿をマニゴルドはニヤニヤ笑いながら眺めている。

 「まあもっとも…」

 マニゴルドは一度言葉を区切ると、鋭い視線で杏子をジッと眺める。その笑顔を見て気味が悪そうに顔を顰める杏子に、マニゴルドは口角を吊りあげた。

 「…お前が封印している魔法、それさえ使えれば、まだ分からねえかもしれねえけど?」

 「なっ…!!」

 マニゴルドの呟いた言葉に、杏子は絶句した。
 マニゴルドの言った封印している魔法…、それは恐らく自らの持つ幻覚魔法の事である。
 魔法少女となった杏子の願いは『父親の話を他の人が聞いてくれるようにしてほしい』と言うもの。その願いから手に入れた魔法は、『幻覚』。他者に幻を見せて幻惑する能力である。これを応用して自らの分身を作りだし、敵を包囲殲滅すると言う戦法を、かつての杏子はとっていた。
 しかし杏子は、自らの魔法が家族を壊してしまったことへの自責の念から、自ら無意識の内に幻覚魔法を封じてしまっており、今では本来の力を使う事が出来ない。
 それでも鍛え上げた戦闘技術と魔女、そしてグリーフシード狙いの魔法少女との戦いを生きぬいた戦闘経験によって、その実力は幻覚魔法無しでも魔法少女の中では屈指と言えるものになっている。だが、目の前の魔女にはそれだけでは不足…。あの化け物を倒すには、マニゴルドの言うとおり幻覚魔法を使わなくては…。

 (…けど、けど…、あの魔法は…)

 杏子は内心で歯噛みする。
 いくらそうだと分かっていても、杏子にはあの魔法が使えない、使う事が出来ないのだ。
 自分とて、あの魔法の有用性は分かっているし、好き好んで使えなくなっているのではない。このような状況ならば使えるならば既に使っているだろう。
 だが、どんな方法を用いても、どんなに使いたいと願っても、幻覚魔法は使えない。自分の意思でもどうにも出来ないのだ。
 だからこそ、結局今の今まで魔法に頼ることなく戦う羽目になってしまったのだが…。

 (…クソがっ!!今までの魔女とは違いやがるじゃねえか…。あの魔法が使えれば、逆転の可能性があるってのに…)

 「…どうした?やるのか?やらねえのか?…ま、出来なきゃ、死ぬだけだがな」

 内心焦る杏子を知ってか知らずかマニゴルドは淡々とした言葉を杏子に告げる。
と同時に、再びバイクへと姿を変えた銀の魔女が杏子目がけて突進してきた。


 アルデバランSIDE

 「…まずいな」

 再び突進してきた銀の魔女をかろうじてかわした杏子を眺めながら、アルデバランは厳しい表情を浮かべる。
 今のところ杏子は完全に防戦一方、どう見ても杏子があの魔女に押されているとしか言えない状況だ。

 「あの魔女はスピード、パワーだけでなく防御力まで跳ね上がっている。マニゴルドの奴め…。小宇宙で強化を施したな…」

 本来銀の魔女は、スピード、パワーには優れているもののその代償として耐久力が相当低い。故に杏子の槍ならばあの魔女を傷つけるどころか、一撃で致命傷を与える事も可能なはずなのである。
 だが、それが出来ない。杏子の槍はあの魔女の身体を構成する銀色の金属に容易く弾かれた。恐らくマニゴルドが、穢土転生の際に小宇宙を用いてあの魔女の耐久力を強化したのであろう。
 もしもそうならばもはやあの魔女の弱点はほぼ存在しない。無論自分達黄金聖闘士ならば、いかに強化しようともあの魔女一匹を一瞬で屠る事などは造作も無いだろうが、魔法少女、それも自らの固有魔法である幻覚を封印した状態である杏子にとっては相当厳しい戦いとなる。

 「あいつめ…、まさか杏子を本気で潰すつもりか…?それとも…」

 杏子の父親を本気で殺したいのか…。アルデバランは磔にされた杏子の父親の亡霊を見上げる。
 確かにあの父親の犯した罪は許される事ではない。
 妻を殺し、娘を殺し、杏子の心に癒える事のない傷を負わせた罪は、死しても決して消える事は無い。
 母親と妹も、結果的に父親に殺された被害者とはいえ、自らの家族を守ろうとしなかったという点では罪があると言えるだろう。
 とはいえ、いかに罪人といえども、死んでしまえば全て同じ。アルデバランには死人に鞭打つような趣味は無い為、これ以上死んだ者達を罵倒し、蔑む気はない。それをする権利があるのは杏子だけだ。
 だがマニゴルドは心底気に食わない相手にはたとえ死んでいたとしても容赦はしないと言う性格である。だから杏子の父親の魂を焼きはらって消滅させようなどと言う事をしたのだろう。無論それについてはアルデバランも承知している。

 「…とはいっても、流石に杏子を魔女に叩きのめさせる理由にはならんが…」

 もし杏子がやられそうになったら止めに入ろうと、アルデバランは心に決めると腕を組んで目の前の戦況を見守る。
 やはりというべきか徐々に杏子は銀の魔女に押され始めている。
 確かに致命的な攻撃はかわしているものの、たび重なる攻撃を回避し続けたせいで疲労とダメージが蓄積していることが一目で分かる。魔法少女の服はあちこちが破け、体中に細かい傷が出来、息も相当荒くなっている。視線はまだ闘志を失っていないものの、もはや身体はガタガタだろう。いくら魔法少女となってソウルジェムに魂を移したとはいえ、徐々に蓄積されるダメージや疲労までは防げない。そして、肝心のソウルジェムもおそらく相当濁っているはずだ。
 一方の銀の魔女は装甲に僅かに傷はついているものの、殆どダメージは負っておらず、戦闘開始時とほぼ変わっていない。
 どう見ても杏子の劣勢…。このまま戦っても押しつぶされる事は間違いない。

 「く…、そ…」

 杏子は懐からグリーフシードを取り出すと、胸元のソウルジェムに押し当て、穢れを浄化する。とはいえそれでも自分の劣勢には変わりない、それが分かっているゆえに杏子は歯を食いしばって目の前の魔女を睨みつける。

 「だから言っただろうが、なあ?あの魔法使わなきゃテメエは勝てねえって。まあ今のお前にゃどうやって使うかすらも分かんねえだろうけどよ」

 マニゴルドの憐れむような口調に、杏子は苦々しげに銀の魔女、そしてその横に立つマニゴルドを睨みつける。そんな手負いの獣としか言いようがない杏子の姿に、マニゴルドは呆れたように溜息を吐く。

 「そんな睨みつけても俺とコイツは殺せねえよ…。さて、どうするね杏子ちゃん?俺としては女をいたぶる趣味はねえし、ギブアップするってんなら構わねえぜ?もっともその場合は親父の魂灰になるが…。
 でもよお…お前ちっとばかし考えてみろよ。このクソ親父の為に命はる必要あんのか?」

 「な……」

 マニゴルドから放たれた予想もしない言葉に、杏子は思わず口ごもった。

 「お前ら親子はこのクソ親父の事随分と美化してやがったけど本当にこいつはそんなに立派な奴なのか?
 聞いた話じゃこのクソ親父はお前が契約する前も家族が飢えても碌に仕事せずに下らねえ新興宗教の教え街中で説いてそっぽ向かれてたって話じゃねえか。ンでもって世の中理不尽だ~、だの神は私を見捨てたのか~、だのほざいてたって言うぜ?
 ンなアホな事言ってる暇あんのなら仕事の一つ二つ探して金稼ぎゃあいいのによ、ンな事せずに家族ほったらかしで宗教であーだこーだ訳の分からねえ事ほざきやがってよ…。やってる事はほぼ無職か乞食と変わんねェじゃん。ハッ!乞食が世界を救う?人を救う?何だそりゃあ!!どっかのギャグ漫画かよ笑えるったらありゃしねえぜ!!」

 「てめえ…!!」

 自分の父親を嘲笑するマニゴルドに、杏子は敵意をむき出しにして槍を握りしめる。
 が、その杏子の前に、銀の魔女が立ちふさがる。魔女はマニゴルドを守るように背後に隠すと、顔の部分を杏子に向けたまま動かない。
 杏子は悔しげに顔を歪める、と、マニゴルドはわざわざ銀の魔女の後ろから出ると魔女を見上げて宥めるようにその巨大な腕を撫でる。

 「こらこらドウドウ。守ってくれんのは嬉しいけど今こいつと話してる時だからな?少し下がっていてくれや」

 宥められた銀の魔女は、若干渋っている様子だったが、結局主の命令に従って後ろに下がる。マニゴルドはやれやれと肩を竦めると、再び杏子に視線を向ける。

「さて、と、話の続き何だがな、杏子ちゃんよ。テメエもさあ、もうちっとこのクソ親父に言ってやればよかったんだよ。『働け!!』だの『仕事しろ!!』だの、な。まあそういう意味じゃあお前にも色々責任があるって言えるけど…。まあいい。
 まあそう言うわけだ。お前も無理してこの親父を守る必要は無いんだぜ?もう下らねえ過去なんかに縛られる必要すらねえ。お前が一々こいつの罪を全部背負う必要もねえんだよ、な?
 だから、こんな親父なんざ見捨てちまえ。そこの母親と妹は俺が責任持って成仏させてやっから。大人しくギブアップしちまいな。…そうだ!何ならお前の中の親父の記憶だけ綺麗さっぱり消してやろうか?専門じゃねえが聖闘士でも何でもねえお前の記憶弄る位は朝飯前だぜ?」

 「……!!」

 マニゴルドの囁くような声に、杏子の瞳に一瞬迷いが浮かぶ。
 が、直ぐに表情を引き締めると、鋭い視線でマニゴルドをキッと睨みつける。

 「ハッ!だれがテメエの口車に乗るかよ!!そんなに親父を焼き殺してえなら、あたしを立てねえようにしてからにしやがれ!!」

 幾らグリーフシードで魔力を回復したと言っても、身体の疲労までは回復していない。今の杏子は、もはや気力で立っているようなものである。そんな彼女を眺めながらマニゴルドはやれやれと言わんばかりに首を振る。

 「はいはいそうですか、折角人が親切で言ったってのによ…。しゃあねえ…。おいギーゼラ、遠慮はいらねえ。精々半殺しにしちまいな」

 マニゴルドの命で再びバイクに変形する銀の魔女に、杏子は槍を構えつつも回避の姿勢を取る。

 (残りグリーフシードは一つ…。後は全部おっちゃんの家においてきちまった…!チッ!ちょいとばかしヤバい状況だゼこいつは…!!)

 そして、銀の魔女が杏子に向けて突撃を仕掛けようとする、と…。

 『も…、もう、もうやめてくれ…』

 突如、杏子の父親の弱弱しい声が結界に響き渡った。
 その声に杏子は思わず磔にされた父親に視線を向ける。
 杏子の父親は、両目から涙をこぼし、血の気の通わない顔を苦しげに歪めながら、マニゴルドに訴えかけるような視線を向けている。

 『もう、もうやめてくれ…。杏子を、私の娘を、これ以上傷つけないでくれ…。代わりに、代わりに私を、私を消してくれ…。私はどうなっても構わないから、杏子だけは、杏子だけは助けてくれ…』

 喉から絞り出すような、蚊のように小さい、それでいて自らの意思の籠った言葉で、杏子の父親はマニゴルドに懇願した。

 杏子、マニゴルドSIDE

 杏子は、父親のマニゴルドへの懇願を聞いて、目の前の魔女の事を忘れて思わず困惑してしまう。同じく磔にされている杏子の家族達も、父親の言葉に戸惑い、驚愕している。

 「お、親父…!!何言ってやがるんだ!!」

 『杏子…、本来罰せられるべき罪人は私だ…、お前が苦しみ、傷つく必要は無いんだ…。私が、私が消えることで、お前が救われるのなら…』

 「ふ、ふざけんな!!テメエが消える位であたしが救われるわけねえだろ!!勝手に、勝手に消えようとしてんじゃねえ!!」

 『そ、そうよあなた!!あなたじゃなくてせめて私が、私が代わりに犠牲になって…!!』

 父親の訴えに杏子と家族達は猛反発する、が、杏子の父は自らの娘の苦しむ姿をもう見たくない、自分のせいでこれ以上傷つけたくないと頑として考えを曲げる様子は無い。
 一方のマニゴルドは父親と杏子達の争い合う姿を眺めると、杏子の父親に視線を向ける。

 「ほー…、お前意味分かって言ってんの?魂が燃やされるってことは、テメエの存在そのものがこの世界から消える、ってことだぜ?天国にも地獄にも行けず、完全に世界そのものから消失する…。そこ分かってんの?んで、怖くねえのか?」
 
 マニゴルドの問い掛けに杏子の父親は何処か悲しげな笑みを浮かべる。

 『構いはしない…、元々私は死んだ身だ…。これ以上私のせいで杏子を苦しませるくらいなら、いっその事この世からも、あの世からも消えてしまった方が良い…。
 あの子の重荷になって、苦しめてしまうのなら、いっそ…』

 「なるほどねえ…。子を思う最後の親心ってか…。
 それをせめて生前にやっていれば、もう少しマシな結果になったんだろうが、ね…」

 マニゴルドは呆れかえるように軽く鼻を鳴らす。幾ら後悔したとしてももはや過去は、時間は取り戻せない。死者は蘇らないし起きてしまった結末は変える事が出来ないのだ。
 ゆえに何を言おうとも所詮は“もしも”の結果でしかない。マニゴルドが心の中で呟きながらふと杏子に視線を向けると、何故か俯いたまま肩をブルブルと震わせている。

 「…ざけんじゃ、ねえぞ…」

 「んあ?なんつった?もう一度でかい声で言ってみな?」

 震えながら俯く杏子にマニゴルドがワザとらしく問いかける。
 と、杏子が勢いよく顔を上げて磔にされた父親を睨む。その表情は凄まじい怒気で満ちており、額には幾つか青筋が浮かんでいる。
 今までに見た事のない娘の表情に困惑の表情を浮かべる父親を、杏子は鋭い視線で睨みつけ……

 「…いつもいつも…、テメエは勝手なんだよこのクソ親父が!!」

 目の前の父親目がけ、喉が張り裂けんばかりの怒声を浴びせる。
 杏子の怒鳴り声は結界中に響き渡り、その怒鳴り声に杏子の母親と妹、そしてアルデバランの側にいるゆまは唖然とした表情を浮かべ、アルデバランは目を丸くして意外そうな表情を浮かべ、マニゴルドは感嘆するように軽く口笛を吹いた。
 磔にされた父親は、自分を怒鳴った娘を、ポカンとした表情で凝視している。
 怒鳴り声を上げた杏子は息を荒げながら、それでもその視線には怒りを宿して亡霊と化した父親を射殺さんばかりに睨みつけている。まるで、今の今まで溜めこんできた怒りが今この時爆発しているかのようであった。

 『きょ、杏子…?』

 「…毎回毎回娘やおふくろに構わず勝手なことしやがって…。ただでさえ生活苦しいのに変な教義作って信者遠ざけて収入無くすわ金が無いのに碌に仕事もせずにうだうだ悩むわ娘が魂かけて信者呼んだってのに娘を魔女呼ばわりして家族に暴力振るって挙句の果てに勝手に一家心中するわ…!!
その勝手な行動のせいでどんだけあたしが、いやあたし達が苦労してると思ってんだこの野郎!!おかげでこっちは路頭に迷って万引き空き巣で生活する羽目になっちまったじゃねえか!!おっちゃんに拾われなかったら間違いなく今もホームレス状態だったぞ責任とれんのかよテメエ!!!
家族も碌に喰わせていけねえテメエが世界救済するだの何だの偉そうなこと口にしてんじゃねえぞコラ!!世界救済する前にあたしら家族を救済してみやがれこのエセ神父が!!」

『う、うう……』

生前終ぞ聞く事の無かった杏子の罵詈雑言の嵐に、杏子の父親は唖然とした表情で反論する事も出来ない。そして、周囲の亡霊、ゆま、黄金聖闘士に魔女すらも、呆然とした様子で黙って杏子を眺める事しか出来なかった。
と、杏子が今度は磔にされた母親と妹をギロリと睨みつける。凄まじい怒気の籠った視線に杏子の母親とももは磔にされたまま身を竦ませた。

「おふくろもおふくろだ!!なんで親父に一言でも文句とか小言とか言わねえんだよ!!そうすりゃちっとは親父も考え改めて仕事の一つもしたかもしんねえじゃねえか!!ついでに娘が魔女呼ばわりされてんのを見て見ぬふりしやがって…!!
アンタの事なかれ主義が娘をこんな目にあわせてんだ!!こんな結末にしやがったんだ!!どうしてくれんだこのクソババア!!
そしてもも!!お前も泣いてばかりいねえでちっとは親父に反抗するぐらいしたらどうなんだこのバカ妹!!」

『あ、ああ……』『お、おねー、ちゃ…』

 初めて自分達に向けられる杏子の罵倒に杏子の母親と妹は震えながら杏子を見つめる。
一方の杏子は怒鳴り続けて疲れたのか、肩を上下に動かしながら息を荒げている。と、杏子は大きく息を吐くと、何処か晴れやかな表情を浮かべた。

「…フー…、スッキリしたぜ…。溜まり溜まった鬱憤、取りあえずこれでちっとは解消、ってとこか…」

口元に笑みを浮かべながら首を回したり両腕を捻ったりする。杏子の家族達はそんな娘を呆けた表情で眺めている。やがて、ストレッチもどきをやめると、杏子は先程の表情から一転して今度は好戦的な表情で自分の家族達を見回す。

「だけど親父、おふくろ、もも!覚悟しとけよ!あたしが言いたい文句は、まだあるんだからよ!!ま、それは全部、こいつをぶっ潰してからになるんだけどな!
それまで勝手に消えさせねえ、消える事は許さねえ。例え消えてもあの世行って首根っこ掴んで連れて帰ってやるからな…!!」

そう言って目の前の魔女に向かって歩き出した杏子の姿を、家族達は唖然として眺めていた。が、父親は直ぐに正気に戻ると杏子に必死で呼び掛ける。

 『ま、待て杏子!もうお前が傷つく必要は無い!苦しむ必要は無い!!私が、罪を犯した私が罰を受ければ…』

 「一々うっとおしいな、親父は」

 と、父親の言葉を遮った杏子はうんざりした表情で父親を見上げる。

 「あのな、あたしがあいつとやり合うのは別に親父の為でもおふくろの為でももものためでもねえ。単純にあたしがあいつをぶっ倒すと決めたからやり合ってるだけだ。
 魔法少女になったのも、街の連中守る為に魔女と戦ったのも、親父達が死んだあと自分の為だけに魔法使うと決めたのも、全部あたしが自分で決めて、やっているだけなんだよ。
 …ま、前者二つは碌な結果にならなかったけどよ。これも血統って奴なのかねェ…」

 何処か寂しそうな表情で上を見上げる杏子の姿を家族達はやるせない思いで眺めていた。  
 杏子は直ぐに表情を引き締めると、家族達を鋭い視線でジッと睨みつける。

 「まあそんなわけだ、これはあたしとあいつとの喧嘩だ。あたしがやりたくてやっている事だから口出すんじゃねえぞ親父、おふくろ、もも。…つーか少しは娘信用したらどうだ?こう見えてもあたしは親無しで今の今まで生きてきたんだからよ」

 「今は俺が養っているがな」

 「うっせえ!…ま、そう言うわけだ。もう昔のようなか弱い娘じゃねえんだよ。だから、まあ、黙って見てなよ」

 横から茶々を入れてきたアルデバランに怒鳴りつけると、杏子は強気な笑みを一度向けて再び魔女に向かって歩いていく。その背中を、家族達は黙って見つめていた。
 彼女の言うとおり、今の杏子は自分達が生きていた頃の杏子よりも成長し、たくましくなっている…。そして、あの魔女と決着をつけるというのも、あの子自身の意思だ。
 だが、それでもあの子は…。

 『杏子…!!』

 再び後ろから呼びかけられ、杏子はまだ何か、と言いたげなうんざりした表情で磔にされた家族達の方を向く。そんな杏子に家族達は必死の表情で、唯一生き残った家族に各々の言葉を告げる。

 『頼む…。どうなったとしても、死なないでくれ…、杏子…』

 『杏子…、まだ、まだ話したい事が幾つもあるから…、だから…、負けないでね…』

 『おねーちゃん…、がんばって!』

 結果的に彼女の人生を、幸せを壊してしまったのだとしても、自分達の娘だから、自分の立った一人の姉だから…。これから生きて、もう自分達には味わえない、歩む事が出来ない未来を生きて欲しい。だから、だから死なないでほしい…。亡霊と化した家族達はそんな思いを込めて口々に激励を送る。
 既に肉体を無くし、亡霊と化した家族の声援に、杏子は少し驚いた顔をする。と、杏子の瞳から一筋の涙が零れ、頬を伝う。ハッとした杏子は涙を一度拭うと目の前の黄金聖闘士と彼の背後に控える魔女に視線を戻す。なんだかんだで話が終わるのを待っていたのか銀の魔女はマニゴルドの背後に控えたまま微動だにしておらず、マニゴルドも腕を組んでこちらをジッと眺めているだけであった。

 「…ん、話は終わったかよ」

 「ああ、終わったぜ。なんつーか、色々吐き出せてスッキリしたよ」

 そう返答する杏子の表情は晴れ晴れとしており、口元には笑みも浮かんでいる。そんな杏子の表情、そして雰囲気にマニゴルドは何処となく優しげな笑みを浮かべる。

 「…そうかい、で?どうすんだ?試合放棄するかい?」

 「…ハッ。誰が。生憎まだ親父にゃ消えて貰っちゃ困るんでな、それに、魔女相手に背ェ向けたらマミとかにどの面見せりゃあいいんだよ!」

 槍を振り回して啖呵をきる杏子に、マニゴルドも好戦的な笑みを浮かべる。

 「ヘッ、いい面するようになったじゃねえか。それなら…、試合再開といこうかねェ!!」

 マニゴルドの声が結界内に高らかに響き渡る。と同時に、銀の魔女も二足歩行形態から銀色の二輪形態へと変形する。どうやら今度こそ自分を轢き潰すつもりのようで、杏子も内心で冷や汗をかく。

(大見栄切っちまったけど…幻覚魔法は使えねえしグリーフシードは残り一個だし…、実際八方ふさがりだよな……。だけど…)

 「何とか…するっきゃねえな!!」

 杏子が自身に喝を入れて気合を込めた瞬間…、
 何の前触れも無く、身体の中の何かが脈打ち、全身に何かが満ちていくような感覚が、杏子に降りかかった。

 (…!?な、何だ…!!)

 杏子が自分自身の感覚に戸惑っている一方、マニゴルドも杏子の変化に気がついたのか目を細めた。

 「……ようやくか。ギーゼラ、用心しな。どうやら『解除』されたようだぜ」

 銀の魔女は返答するように唸り声を上げると、目の前の獲物目がけてその巨大な車輪を駆動させる。杏子は舌打ちをしながら横に転がり回避する。その数秒後、杏子のいた場所を銀色の巨体が猛スピードで通り過ぎる。そして、杏子の居る場所から数十メートル離れた場所で停止すると、再びこちらに狙いを定めて突進し、杏子は再びそれを回避する…。
 その繰り返しを眺めながら、マニゴルドは思わず失笑する。

 「どうした?随分自信満々に啖呵切ったかと思ったら、状況はさっきと大して変わんねえじゃんか。何か切り札あるなら出してみやがれや。オイ」

 (クソッ!そんな物ありゃあとっくの昔に使ってるっての!!こちとら本気であのデカ物に引き潰されねえように避けるので精一杯なんだっつうの!!)

 杏子は心の中で悪態をつき、銀の魔女の攻撃を回避し続ける。銀色の巨体は何度かわされてもしつこく自身を追い続ける。まるで新幹線のような猛スピードで走りまわる巨体をかろうじて避けながら、地面を転げ回る。
 幸いなのはあの魔女は速すぎるせいで走行中に曲がる、停止する事が急には出来ない事である。もしそんな事が出来たのなら、自分はとっくの昔に挽肉になっている。
 とはいえそれが分かっても全く今の状況は改善してはいないのだが…。

 (せめて…せめてアレが、あの魔法さえ使えれば…)

 杏子が心の中で呟いた瞬間、杏子の中で、再び何かが脈動する。

 (…!?まただ…、これって、一体…)

 「オラオラ隙だらけだぜェ!!」

 「!!あぐっ!!」

 一瞬動きが止まった杏子に、いつの間にか二足歩行形態に戻った魔女の銀腕が繰り出される。魔女の拳は杏子を捉えると、その細身の体を吹き飛ばす。杏子の華奢な身体は一度地面にバウンドすると壁に叩きつけられ、杏子はその痛みに呻き声を上げる。
 拳が当たる寸前に身体を強化してダメージを軽減したものの、それでも直ぐには立ち上がれそうにはない…。杏子は血の混じった唾を吐き捨てながら冷静に自身の状況を分析する。

 「きょ、キョーコ!キョーコ!」

 「動くなゆま!巻き込まれるぞ!!」

 どうやらゆまが自分に駆け寄ろうとしているようだがアルデバランがそれを止めているらしい。何やら家族達の悲鳴も聞こえてくる。

 (ちっ、やべえ…、こりゃ肋骨が数本イッたか…。何とか、回復、しねえと…)

 杏子は必死に魔力を使い、自身の身体の治療し、痛みを和らげて何とか立ち上がる。
 銀の魔女は再び高速起動形態に変形し、こちらに向かって突撃しようとしてくる。
 杏子は心の中で悪態をつく。まだ身体にダメージは残っているが、今から動けばあの突進は回避できるだろう。
 …だけどその次は?たとえ突進を回避できたとしてもあの魔女ダメージを与えられなければ、いずれジリ貪となって自分の敗北だ…。
 魔女を睨みながらギリリと歯を食いしばる杏子。と、突然胸元のソウルジェムが、己自身の魂の結晶が淡い光を放ち始める。杏子はそれに気がつくと恐る恐るソウルジェムに手を伸ばす。
 
 「…まさか…」

 杏子の脳裏に、ある予想が生まれた。無論コレが合っているとは杏子自身思っていない。全くの見当違いかもしれない。だが…。

 「…試してみる価値は、あるか!!」

 この状況で四の五の言っている場合ではない。
 杏子は槍を杖代わりにして立ち上がると、目の前の魔女を睨みつける。
 逃げようともしない杏子の姿に、銀の魔女は今度こそ踏みつぶそうとその巨体を疾走させる。
 目の前に迫る魔女の巨体。それに対し杏子は逃げようとも、動こうともしない。ただ目の前に迫りくる巨体をジッと睨みつけるだけだ。
 そして遂に魔女の車輪が杏子に追突し、踏み潰し、圧殺する。
 その圧倒的な速さと質量に、杏子の身体は耐えきれずに肉の一片までも塵にされる。魂であるソウルジェムも、この状態ではほぼ粉々になっているであろう。
 銀の魔女は急停止すると、二足歩行形態に戻り、先程杏子が立っていた場所に顔を向ける。
 そこには文字通り何も残っていない。肉片も、血も、何一つ残されていない。佐倉杏子がそこにいたと言う痕跡すらも、何もかもが残っていない。
 敵は死んだ、目の前にいたあのうっとおしいハエは潰した…。魔女はそう確信すると攻撃態勢を解除する。

 …が、その瞬間…

 「バーカ、引っ掛かりやがったなデカブツ!」

 どこからか声が響いた瞬間、銀の魔女の全身が突如出現した鎖でがんじがらめに拘束された。
 突然拘束された銀の魔女は、鎖を引き千切ろうと暴れるが、魔力を込められた鎖は壊れる様子が無い。
 壊れないと分かってなおも魔女は拘束を振り切ろうと暴れるが…。

 「お、らああああああああ!!」

 突然飛び出した人影の攻撃によって、その動きが止まる。
 攻撃された個所は右腕の関節部。銀色の装甲に覆われていないその部分には、確かに切り裂かれた深い傷が付いている。

 「へっ、どうやら全身硬いってわけじゃないみてえだな。それが分かって安心したぜ」

 と、槍を肩に担ぎながら笑う人影、その正体は先程魔女によってひき潰されたはずの佐倉杏子であった。その身体にはあの魔女に轢き潰された傷は何処にもない。

 「どんなモンよ。まんまと化かしてやったぜ」

 杏子の固有魔法である『幻覚』、それによって生み出された幻の杏子を盾にして、杏子本人は銀の魔女の視界から姿を消していたのだ。結果、銀の魔女は幻を杏子と思い込んで攻撃し、幻が消え去った事で杏子を倒したと油断してしまい、結果的にその隙を突かれて手傷を負う事となってしまった。
 銀の魔女に手傷を負わせた杏子だが、その表情は少し釈然としない様子であった。

 「ったく、何で魔法が今頃使えるようになったかさっぱりだな…。今の今まで使えなかったってのによ。ま、こんな状況なら色々とありがたいし、あれこれ考えても仕方ねえか?」

 杏子が独り言を喋っていると、背後で唸り声と共に金属が擦れ合う不協和音が響き渡る。
 初めて手傷を負わされた銀の魔女が、怒りにまかせて力尽くで鎖を引き千切ろうとしているのだ。
 杏子は目の前の魔女の姿に好戦的な笑みを浮かべる。

 「おうおう高々掠り傷程度でそんな怒るなよ…。これからもっと…、痛い目に遭うんだからよ!!」

 杏子の声が響き渡ると同時に魔女の力に耐えきれなくなった鎖が弾け飛んだ。が、既に杏子は行動を起こしていた。
 杏子が空に飛んだ瞬間、魔女を囲むかのように13の人影が突如として出現する。
 その姿は全て佐倉杏子と瓜二つ。寸分違わぬ分身が魔女を包囲する。
 
 佐倉杏子の固有魔法、幻覚魔法の応用である『分身精製』。
 かつてのパートナーである巴マミから『ロッソ・ファンタズマ』と命名された杏子の奥の手とも言える技である(ちなみに技名は杏子は一切口にしていない)。
 これによって自身と同じ能力を持ち、自分の意のままに動く分身を魔力が続く限り生み出すことができ、その気になれば大量の分身で魔女を包囲殲滅することも可能である。

 『う、おおおおおおおおお!!!』

 杏子と分身達は一斉に魔女に襲い掛かる。魔女は自分目がけて飛んでくる分身を纏めて潰そうとその腕を振り回す。が…、

 「甘いんだよっ!!」

 大ぶりな攻撃は回避され、すれ違いざまに腕や指の関節部を槍で突かれ、斬りつけられる。
 飛んでいる分身にばかりではない。下半身では別の分身が魔女の足の関節部を集中攻撃してくる。魔女は苛立って何度も足踏みするものの、たとえ一度追い払えても、すぐにまた集まって集中攻撃される。バイク形態に変形しようにも、変形中に集中攻撃をされる可能性のせいでそれも出来ず、銀の魔女は13の槍で斬られ、突かれ、殴られ続ける事しか出来なかった。
 
 「…っし!このまま一気にフクロにしてやるぜェ!!」

 度重なる攻撃でひるむ魔女の姿を見て、杏子は一気にたたみかけようと分身とともに一斉に躍りかかった。
 魔女は自分めがけて飛びかかる杏子を分身もろともなぎ払おうと、腕を大ぶりに振り回す、が、分身は自分の槍を鎖へと変化させると魔女めがけて投げつける。
 投げつけられた鎖は二重三重になって魔女を雁字搦めに拘束する。無論即席で精製した鎖のため、すぐに魔女によって引きちぎられるが、その一瞬、魔女に隙が生まれる。
 杏子は一瞬無防備になっている銀の魔女目がけ、飛ぶ。狙うのは間接以外で鎧に覆われていない場所…二輪状態のエンジン部分である胸部の鎧、その僅かな継ぎ目と継ぎ目…!

 「これで…トドメだあ!!」

 杏子の突きだす槍が、魔女の胸部に突き刺さると同時に、杏子は渾身の魔力を槍の穂先に送り込む。
 瞬間、槍は魔女の体内で巨大化し、魔女を体内(・・)から(・・)貫いた。
 槍は腹部から貫通して反対側に飛び出し、魔女の生命を一撃で、止めた。
 銀の魔女は断末魔の絶叫を轟かせると、ゆっくりと地面に倒れこみ、そのまま動かなくなった。
 それと同時に魔女が作りだした結界も消え、やがて一行は元の礼拝堂に戻っていた。
 満身創痍の杏子は変身を解除すると、近くにあった長椅子にドカリと座り込んだ。呼吸も荒く、全身傷だらけではあったものの、命にかかわる怪我は負ってはいない。
 杏子は自分自身の掌を、信じられないようなモノを見るようにジッと見つめている。
 
 「はあ…はあ…ったく、今までで一番ハードな戦いだったぜ…。幻覚魔法使えなかったら死んでたぞ…。でも、まさかこの土壇場で、使えるようになるたァな…」

 今の今まで使うことすらできなかった幻覚魔法が、先程の魔女との戦いで使用できた…。杏子はそのことに何とも言えない思いを抱きながら、大きく息を吐いた。
 戦いに勝ったとはいえ、自分の体は満身創痍、傷もまだ癒えてはいない。残り一つのグリーフシードも分身を作るときに使ってしまい、もう無い。

 「ああ、だけど、今はちっと眠たいな…」

 疲労のせいなのかやけに瞼が重い。だが、一戦した後なのだから、ひと眠りしてもだれも文句は言わないだろう。というかもし言ったらその時はぶん殴ってやる…。
 そんなことを考えながら、杏子はゆっくりと目を閉じようとするが、なんだかやけに耳元が騒がしい。ふと横を向くと、ゆまが自分に縋りついて泣き喚いている。

 「まったく…うるせえな…。これだから、ガキは、嫌いなんだ…」

 一度苦笑いを浮かべた杏子は、そのまま夢の世界へと誘われていった。

あとがき

だいぶ遅くなりましたが、第22話更新しました。
今回で杏子と家族の話を終わらせるつもりだったんですけどね。とりあえず銀の魔女との決着まで書けました。
やっぱりバトルシーンは書き慣れてませんから難しいですね…。
まあとにかく幻惑魔法取り戻すところまでは書きたかったので、だいぶ詰め込んだらこんなに長くなってしまいました。

さて、話は変わりますがついにまどか☆マギカの新章、公開されましたね。
まだ見てはいませんけれどもどうやらネタバレ情報ではさやかちゃんはまた失恋…、というかそもそも恭介のことを諦めている様子…。
成長したというより単に諦めが良くなり過ぎているような…。

聖闘士星矢Ωもいよいよクライマックスが近づいている様子…。にしても四つの門の名前が北欧神話関連って…。そのうち神闘士も出てくるんでしょうかね?いや、さすがにそりゃないか…。



[35815] 第23章 一つの結末、忍び寄る双影
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆b1f32675 ID:f562ef5f
Date: 2013/11/28 17:33
 風見野市の外れにポツリと存在する教会の廃墟…。その礼拝堂の内部は、つい数時間前に魔女と魔法少女の激闘があったとは思えない程に静まり返っている。
 その魔女と激闘を繰り広げた魔法少女、そしてこの教会の神父の娘である佐倉杏子は、魔女との戦いの疲労から礼拝堂の長椅子で眠りこんでいた。
 その眠っていた杏子の瞳が、うっすらと開かれる。首を動かして礼拝堂のステンドグラスを見上げると、そこから差し込む光が僅かに傾いている。どうやら結構長く熟睡してしまったようであり、杏子は眼を擦るとゆっくりと上半身を起こす。

 「ん…、く、アアー…。随分寝ちまったかな…」

 「おお、起きたか。随分長々と寝ていたな。もう夕方だぞ」

 杏子は大きく伸びをすると長椅子から下りようとするが、膝に何か乗っており、足を椅子の下におろす事が出来ない。
 不審に思って目を下ろすと、何故か自分の膝の上にゆまが頭を乗せて眠っていた。その頬には何故か涙の流れた痕が残っている。

 「泣きつかれて寝てしまった。こいつも随分と心配していたぞ?お前が傷だらけになっていくたびに飛び出そうとするのを止めるのも一苦労だった」

 杏子の内心の疑問に答えるようにアルデバランはそう言うと、杏子の膝からゆまを起こさない様にゆっくりと持ち上げる。
 持ち上げられたゆまはぐずるように一度唸ったものの、アルデバランに優しく揺すられている内に安心したように再び寝息を立て始めた。
 そんなゆまを呆れた表情で眺めていた杏子は、ふと自身の体に違和感を感じた。

 「あれ?あたしの怪我、治ってねえか?」

 杏子は自らの身体をしげしげと見ながら腕を回したり首を捻ったりと身体の調子を確かめる。
 銀の魔女との戦いの後、杏子は碌に傷も癒さずに眠ってしまった為、魔女との戦いで受けた傷はまだ残っているはずなのである。なのに杏子の腕や足、恐らくは身体と顔にも掠り傷一つついておらず、魔女と戦う前のように傷は完治していた。

 「ああ、それならマニゴルドの奴に治させた。あいつにも色々と責任があるしな。これくらいさせても罰は当たらんだろう」

 「ケッ、ったく何だか今日は俺ばっかり働いてる気がするぜ。ま、アンタじゃヒーリングは出来ねえだろうから俺がやるしかねえんだろうがよ」

 「………!!」

 杏子の疑問にアルデバランが返答すると、祭壇の前に腰かけているマニゴルドが面倒そうに舌打ちする。マニゴルドが居る事に気がついた杏子は長椅子から跳ね上がると指輪をソウルジェムに変化させて握りしめ、マニゴルドを睨みつける。
 亡霊とはいえ自分の父親を焼き殺そうとしたり魔女を復活させて自分と戦わせたりしたため、いくらアルデバランと同じ黄金聖闘士とはいえ、いい印象を抱けるはずが無い。
 警戒心を露にした視線で睨みつけてくる杏子にマニゴルドは両手を掲げて敵意が無い事を示す。

 「そんな顔すんなって。勝負はお前の勝ちだ。約束通り親父の処刑は止めにしてやるしこれ以上テメエに手はださねェよ」

 「大丈夫だ杏子、あいつはもうお前とお前の家族にこれ以上手は出さん。たとえ手を出しても、俺が叩きのめすから安心しろ」

 「ほーう…、随分な事言ってくれんじゃねえのアルデバランさんよ?同じ名前のかませな後輩みてェに俺のかませになるのが関の山なんじゃねえの?」

 「ぬかせ。お前こそあの悪趣味な後輩共よろしく死界の穴なりマグマの池なり蹴り落とされなければよいのだがな」

 アルデバランの言動に、マニゴルドは好戦的な笑みで挑発する。アルデバランもそれに応じるかのように凄絶な形相で鋭い眼光を向ける。
 二人の黄金聖闘士の尋常ではない威圧感と闘気に、流石の杏子もその場から動く事も、声を上げる事も出来ず、ただ目の前の黄金の闘士達をジッと凝視する事しか出来ない。
 当の二人はそんな杏子にお構いなしに睨みあいを続けていた。このまま千日戦争に突入するか、…と、思われたが…。

 「…ふー、やめだやめだ。子供の前で喧嘩してどうする?」

 アルデバランは威圧感を収めて表情を和らげると、ゆまを抱えた両腕を優しく揺らす。ゆまはアルデバランの闘志に反応したのか顔を歪めて今にも起きそうな様子であったが、アルデバランに優しく揺すられて再びうとうとと眠り始めた。そんなゆまをアルデバランはやれやれと言いたげな、それでいてまるで父親のような笑みで眺めていた。
 そんなアルデバランの姿にマニゴルドは呆れたような表情をしていた。

 「…ふん、随分とまあ子煩悩なことで…。ま、もし俺とテメエが闘り合ったらまず間違いなくテメエの腕ン中の嬢ちゃんとそこのガキは巻き込まれらァね。ま、俺は別にいいんですけど?やるもやらないもテメエの勝手だ」

 「フン、口は達者な奴だな」

 相変わらずの減らず口に、アルデバランは苦笑いを浮かべる。
 そんな二人の雰囲気の変化に、ただ見ているだけの杏子は理解できないのか目を白黒させている。

 「お、オイ、おっちゃん…」

 「大丈夫だ大丈夫だ。ついつい頭に血が上ってしまったが、こんな状態であいつとはやらんよ。というより聖闘士は鍛錬や模擬戦を除いて死闘は原則禁止だからな」

 先ほどの一触即発の様子とは異なりあっけらかんとした表情を浮かべるアルデバランに、杏子も呆気にとられていた。視線をマニゴルドのほうに動かすと、一度こちらを見ただけで直ぐに顔を背けてしまう。杏子はその態度に少し不満を覚えながらも、取りあえず黄金二人の激突が無くなった事に安堵して、長椅子に座りこむと疲れたように背もたれに寄りかかった。
 
 「しっかしなー…、まさか、また使えるようになるなんてな…」

 「ん?幻覚魔法の事か」

 椅子に座り込んだ杏子がボソリと呟いた言葉にアルデバランが反応する。杏子は黙って頷いた。

 「あ、ああ。なんだか分かんねえけど突然使えるようになったからさ。あたしにもよく分かんなくてよ…」

 杏子にとって一番の疑問はそれだった。
 家族の死の後、突如として使う事が出来なくなった杏子の固有魔法、幻覚魔法。
 長い間使うことすら出来なかったそれが、魔女との戦いの最中にいきなり使えるようになり、杏子は少なからず戸惑っていたのだ。
 杏子の疑問を聞いたアルデバランは、顎に手を当てて考える素振をする。

 「恐らくそれは、お前が過去を乗り越えたからだろうな」

 「…は?過去を乗り越えた、だ?」

 「お前はあの時、家族を自分の願いのせいで犠牲にしてしまった事を後悔していた。それ故に己の願いそのものを否定し、己の願いによって生まれた魔法である幻覚魔法そのものも無意識に拒絶してしまったのだ。だからお前は今の今まで幻覚魔法が使えなかった。
 だがお前は、今己の過去を、己自身の罪を乗り越えて成長した。だからこそお前の封印されていた魔法が、解き放たれたと言うわけだ」

 「……」

 アルデバランの言葉に、杏子は黙って俯いた。
 確かにかつて、自分の家族が心中した時、自分はこんな力はいらない、こんな力があったせいで…、と、強く自分の幻覚魔法を拒絶していた。
 アルデバランの言うとおり、マミと決別した後も家族の死を引きずって、ずっと心の中でこの魔法を拒絶していたのだろう。だから今まで幻覚魔法を使えなかった…。

 「…けど、あたしが家族の死を乗り越えたから、過去を振り切ったから幻覚魔法が使えるようになった…。そう言いてえのか?おっちゃん」

 「まあ推測も入っているがな。他にも魔女との戦いで追い詰められた際に火事場の馬鹿力で、と言うのもあるかもしれん。若しくは両方が原因なのかも知れんぞ?」

 アルデバランは肩を竦める。杏子はふーん、と気のない返事を返すと何気なしに自分の指に嵌められたソウルジェム、今の自分自身の魂に視線を落とした。
 これが自分の魂…。マニゴルドにそう言われたものの今一つ実感がわかない。彼曰く人間かゾンビかは本人の気持ちの持ちよう次第とか言っていた。
 自分としては魂が何処にあろうがこれから生きていくのに支障さえ出なければどうでもいいと考えている。しかし、他の魔法少女は、自分の師であった巴マミや新しく魔法少女になったあのさやかと言う少女は、一体どう思うのだろうか…。
 杏子はぼんやりとそんな事を考えていた。

 「それにしてもマニゴルド、幾ら杏子に幻覚魔法を取り戻させるためとはいえよりにもよって魔女を強化させてぶつけさせるとは何を考えているんだ!
 もし杏子が死んだらどうするつもりだ!まあそうはさせるつもりは無かったが、な」

 「だろうな。アンタの事だ、もしギーゼラがそのガキ轢き殺そうとしたらグレートホーンブチかましてやがっただろうぜ。一応俺も殺さねえように手加減しろとギーゼラに言って聞かせちゃあいたんだがねェ、どうもこいつにぶっ殺されたから仕返ししたいだの何だの言ってやがったからチットばかし歯止めが聞かなくてなァ」

 アルデバランは杏子を魔女と戦わせた事でマニゴルドに抗議の視線を送るが、マニゴルドは悪びれる様子無く視線を軽く受け流す。
今回のマニゴルドの計画は、父親を追い詰め、杏子自身を追い詰める事で幻覚魔法を覚醒させることが目的だった。
とは言え父親を鬼蒼焔で炙るのに半分私情が籠っていたのは事実であるし、銀の魔女の制御も魔女自身の私怨からか若干上手くいっていなかった。それについてはマニゴルド自身ミスだと感じて反省はしている。
アルデバランとマニゴルドの言い合いに杏子は何気なく顔を上げた、が、その瞬間、杏子の表情が一瞬変わった。
いつの間にいたのか、杏子の目の前には亡霊となった自分の家族達が立っていたのだ。いかに相手が幽霊だと知っていても杏子は流石に驚いて目を丸くする。が、すぐに平静を取り戻すと目の前の家族達を小馬鹿にするように軽く鼻を鳴らした。

「ふん、無事だったかよ。ま、勝負はあたしの勝ちみたいだから当然っちゃ当然だけどな。ま、助かっておめでとう、とでもいうべきかね」

 『杏子…』『おねーちゃん…』

 「親父、おふくろ、もも…」

 杏子は目の前の亡霊達をジッと見つめる。
 その表情にはこの教会で初めて亡霊と邂逅した時の何かを恐れ、怯えているような気配は微塵も感じられない。むしろ何処となく余裕のある表情を浮かべて、家族をジッと眺めている。
 父親はそんな娘の雰囲気の変化に何ともいえないまま、おずおずと口を開く。

 『杏子…なんで、なんで私の為に、そこまで無茶を…』

 「何度も言わせんな、テメエの為じゃねえ。これはあたしが勝手にやったこと、あたしがやりたいからやっただけだ」

 杏子はうっとおしそうに顔を背けてヒラヒラと手を振る、が、亡霊達はそのまま黙ってこちらをジッと眺めている。怨念でもなく、かといって悲しみでもない。ただ杏子に何かを言いたそうにこちらを見ている。
 杏子は軽く舌打ちすると再び家族に顔を向ける。

 「……んで、親父、おふくろ、もも、あんたらまだあたしに言いたいことあるのか?また会えるとも限らねえんだ。後腐れの無いよう言いたいことがあんなら言えよ」

 『………』

 杏子の催促に、家族達は一度黙りこむ。
 言いたい事があるなら言え、そう言われたはいいものの、家族達には彼女に言いたい事、謝らなくてはならない事が多すぎて、咄嗟には口が開けない。
 やがて、父親がまるで喉から絞り出すかのように口を開いた。

 『杏子…どんな理由でも、たとえ、私を助ける気が無かったとしても、お前は私を救ってくれた。だから…ありがとう杏子。そして…すまなかった…』

 父親は地面に倒れるように跪く杏子の父。杏子は何を考えているのか分からない無表情で父の姿を眺める。

 『私の、私のエゴが…!つまらないプライドが…!!お前を追い詰めて、孤独を味あわせることになってしまった…!!何度謝っても足りない、いや、もう謝っても許されることではないことは分かっているそれでも…それでもお前に、ただ一言謝りたかった…』

 「……許されねえと分かっていて謝んのかよ。なんのつもりだ?せめてもの罪滅ぼしかよ」

 杏子の感情のこもらない問いかけに、杏子の父親は力の無い笑みで首を振る。

 『そうじゃない…、これはいわば、私の自己満足だ。お前に恨まれ、呪われて、お前の背負っている苦しみを肩代わりしてやりたい…、そして、それを背負って地獄へと堕ちる、それが私のせめてもの罰であり、贖罪だ…。だが、だが地獄に落ちる前に、もう二度とお前に会えなくなる前に…』

 父親は目の前の娘を、自分が死んだ時よりほんの少しだけ成長した娘を見上げ、今にも泣き出しそうな笑顔を見せる。

 『お前に謝り…そして礼を言いたかった…』

 「親父…」

 そんな父親の姿を見て、杏子の顔に僅かだが感情が浮かぶ。
 そして、父親に釣られるように、母親と妹も地面に座り、杏子をジッと見つめる。

 『私も…、謝らなくちゃいけない…。私がふがいなかったせいで、貴女に背負わなくてもいい事を背負わせてしまって…。私の娘なのに…、私の血を分けた愛しい子供なのに…。
 私は何もかも貴女のせいにしてしまった…。お父さんが狂ったのも、私達が心中する事になったのも、全部魔女の貴女のせいだって…。私がお腹を痛めて産んだ…貴女の…せいだって…。
 ごめんなさい、杏子…。もう謝ってすむ事ではないかもしれないけど…。せめて、せめて一言だけでも謝らせて…』

 「お、おふくろ…」

 『おねーちゃん…、ごめんなさい…。それから…もも達のために、魔法少女になってくれて…、ありがとう…』

 「…もも…」

 自分に謝り、そして礼を言ってくる家族達に、杏子は思わず手を伸ばそうとして、慌てて引っ込める。
 今の家族達は亡霊、魂だけの存在であり実体がない。だから触りたくても触る事は出来ず、抱きしめてやることも出来ない。
 杏子は手を強く握りしめると黙って俯いた。そんな杏子の姿を、亡霊となった家族達は痛々しげに、そして罪悪感に満ちた表情で見つめている。

 「許さねえ…」

 と、沈黙していた杏子の口から震えるような声が漏れだす。杏子の家族は杏子の言葉にえっ、と驚いた表情を浮かべると、杏子は俯けていた顔を上げると目の前の亡霊達をキッと睨みつける。呆気にとられた表情を浮かべる家族達を睨みつけながら、杏子は口を開いた。

 「許さねえ、絶対に許さねえ。アンタがあたしにしてきたことも、おふくろ達があたしを見て見ぬふりした事も、絶対に許さねえ、一生忘れるつもりはねえ。だから…!」

 瞬間、杏子の瞳が潤み、双眸から涙が零れ落ちる

 「だから、まだ成仏するんじゃねえよ…」

 杏子は涙を流しながら、家族に向かって懇願するように訴えかける。そんな杏子の言葉を、家族達は呆然と杏子の言葉を聞いていた。杏子は構わずに話し続ける。

 「もう、もうアンタ達は死んでいる、あたしと同じようには生きられねえ。だから、だからあたしはアンタ達が泣いて悔しがる位最高の人生を送ってやる!!あたしはあたしの、誰にも縛られる事もねえ、悔いのねえ人生を送って、畳の上で笑いながら死んでやらァ!!
 だから、その時まで成仏せずにこの教会に居ついて居やがれ!!アンタらの娘が、お前の姉が、どんなにハッピーな人生送るのか見届けて悔しがってろ!!
 それが、あたしからアンタ達への……罰だ」

 『きょう、こ…』

 杏子の言い放った言葉に呆然とする家族を尻目に、杏子は乱暴に涙を拭う。涙を拭いとった杏子が改めて家族達に視線を向けると、家族達は信じられないと言いたげな表情でこちらをジッと見つめている。そんな家族達の姿を見た杏子は面倒くさそうな表情で髪の毛をグシャグシャと掻きまわす。

 「そんな顔するんじゃねえよ。あたしももう言いたい事は言い尽くしちまった。もうこれ以上死人に鞭打つ事はしねえよ。幾ら死んで幽霊になっちまったとしても、あんたらは…その、なんだ、か、家族なんだから、よ!」

 『…!!きょ、きょうこ…!』

 『きょうこ…まだ、私達を、家族って…』

 『お、おねー、ちゃん…!!』

 亡霊達が自身の言葉に驚愕して、信じられなさそうな表情を浮かべるのを見て、杏子は顔を赤くして「あーあ…ったく柄じゃねえってのによ…」と呟いている。

 「…だから、これがあたしの最後の罰だっつってんだろ?あたしが死ぬまでアンタ達は此処から離れることは許さねえ。この教会が取り壊されてもずっとずっと此処に居続けろ!!
 …まあ偶には墓参りくらいはしてやるよ。今までの自慢話のついでにな」

 『杏子…!!お前って奴は…!!』

 『杏子…!!ううっ…』

 『おねーちゃんっ…。だいすきだよっ!おねーちゃん!!』

 「だーかーらっ!偶にだってのた・ま・にっ!それに気が向いた時限定だっての…って近寄ってくんな!!そんな近寄るな冗談抜きで怖いっての!!」

 自分に向かって涙を流しながら迫ってくる亡霊達の姿に、杏子は後ずさりしながら絶叫を上げた。



 
 「まーったくマジで甘ったるいガキだぜ。自分の為にしか魔法使わねェだの何だのほざきながら結局人の為に行動してやがらァ」

 「そう言ってやるな。あれがあいつのいいところなのだからな」

 家族の亡霊に抱きつかれて悲鳴を上げる杏子の姿を、マニゴルドは呆れた表情で、アルデバランは面白そうに眺めていた。
 既に死んでこの世のものではなくなったとはいえ杏子は自らの家族と和解することができた…。欲を言えば生きている頃にしてもらいたかったものだが、そこまで言うのは贅沢というものだろう。マニゴルドも呆れながらもどこか満足そうな笑みを浮かべている。
 と、杏子の叫び声がうるさかったのか、アルデバランの膝の上で寝ていたゆまが体を震わせると薄らと目を開ける。

 「…んみゅ…ふぁ…あれ?おじちゃん?」

 「ん?おお、なんだ起きたかゆま?」

 「うん……あれ?キョーコ何してるの?」

 何やらじたばたともがいて後ずさりしている杏子の姿を見て、ゆまは不思議そうに首をかしげる。幽霊を見ることができないゆまからみれば、今の杏子は一人でじたばたともがいているようにしか見えない。そんなゆまの様子にアルデバランは笑いながら彼女の髪の毛をなでる。

 「ああ、あいつは今、あいつの本当の家族と話をしているんだ」

 「ほえ?かぞく?ゆま見えないよ?」

 「はは、何時かお前にも見えるようになるさ。いつか、な」

 「ておいおっちゃん!!ゆま!!和やかに話してねえで助けてくれ!!あ、あたし実は幽霊が、幽霊が苦手なんだよチクショー!!」

 恐怖に満ちた絶叫を上げる杏子を尻目に、アルデバランとゆまは和やかに会話していた。
 そんな光景をマニゴルドは、「やれやれ、杏子ちゃんも大変ですねー」とニヤニヤ笑みを浮かべながらのんびりと見物していた。



 ???SIDE


 「あーあ…ったくあすなろ市は本当に不作だったなー…。グリーフシードもソウルジェムも…」

 同じころ、見滝原のとあるビルの屋上で、一人の少女が憤懣やるかたなしといった表情でブツブツと独り言を呟いている。
 
 「魔女もあらかた狩られているし魔法少女もいやしない…。いてもソウルジェム持ってない魔法少女もどきだけって、何これイジメ?完全に無駄足じゃん!ったく…」

 コンクリートの床を蹴りつけながら、少女は虚空に向かってイラついたような声を上げる。少女が一人で怒鳴り声を上げていると言うのは傍目から見ても奇妙な光景ではあるが、幸いと言うべきかこの場には少女以外誰も居ない。そう、誰も居ない、はずなのである。

 「…ん?そう思う?そう思うよねェ全く!!あのプレイアデスとかいう連中、本当に余計なことしてくれるよね!?ルカもそう思うでしょ!?」

 少女はまるで、誰かに話しかけるかのように一人で怒鳴り続ける。
 目の前の虚空に向かい不満をぶつける様子は、さながら自分の友人か家族に不満をぶつける少女そのものである。
 だが、少女の目の前には誰も居ない。というより、このビルの屋上には少女以外人間どころか猫一匹すら居はしない。そんな何もいない場所で、少女は一人、不満をぶつけ続ける。が、あらかた不満をぶちまけ終えたのか、少女は不満げな表情から一転して満面の笑顔を浮かべる。

 「まあいっか!ここには魔女も魔法少女も結構いるだろうし!ソウルジェムを狩るついでにグリーフシードもひと稼ぎ…んー!!いいね♪」

 少女はビルのフェンスに飛び移るとバレエでも踊るかのように飛んだり跳ねたりはしゃぎ回る。一歩でも踏み外せば地上に真っ逆さまで落ちるのを顔に汗一つかくことも無く平然としている。

 「さてと!泊るところも決まったし明日から早速狩りでも始めよっか!まずは手始めに…」

 少女はビルの真下を見下ろしながら、まるで獲物を見つけた肉食獣の如き不気味な笑みを浮かべて舌なめずりする。

 「…あの青い子の。初心者でチョロそうだし、ソウルジェムもきっと綺麗なんだろうなぁ。フフッ、決めた。まずはあの子から狩らせてもらおっか♪」

 少女の視線の先には、マミとまどかと一緒に歩く、美樹さやかの姿があった。


 おまけ もしもLC黄金がΩ第一期を見たら

 本編開始前 別外史北郷邸にて


 デジェル「……」

 エルシド「……」

 カルディア「……」

 レグルス「……」

 マニゴルド「……」

 アルデバラン「何だこの重苦しい雰囲気は、お通夜か何かか」

 シジフォス「さあな、来た時にはこうなってたから原因も分からん。一体何がどうなっているのやら…」

 アルバフィカ「さて、な…取りあえずあの五人に話を聞いてみるしかないだろう…。おい、マニゴルド、デジェル、カルディア、エルシド、レグルス。一体どうしたと言うんだお前達は…」

 マニゴルド「よお…元負け組黄金四天王の御三方…。負け組卒業おめでとうござい…、ってか」

 アルデバラン「誰が負け組だ誰が!というか何だその負け組黄金四天王というのは!!」

 シジフォス「恐らく俺達の事だろうな。後輩があまりにも酷過ぎた、あるいはあまりにも活躍が残念だった黄金聖闘士、牡牛座、蟹座、射手座、魚座の四人の事だろう…。
 …技が無い…、聖衣が本体…、…フッ…世間の風は厳しいな…」

 アルバフィカ「星座カースト制度最下位組…、全く考えた奴を今すぐにでも殴り飛ばしたいものだな…。ついでにオカマだのほざいた連中にはデモンローズを20ダースほど花束にしてプレゼント…」

 アルデバラン「おい、最後のは流石に死ぬだろうが。と言うよりシジフォス、お前はまだそんな事を気にしていたのか。…まあ俺も後輩がかませ牛だの何だのほざかれたのは気に食わんが…。
 が、それならなんでデジェルとレグルスが居る?お前達の後輩はかなり活躍しただろうが?」

 デジェル「クク…、これからは私達五人で負け組黄金五人衆、とでも名乗ろうかと思っていてね…」

 カルディア「は、ハハ…、こんなんじゃあ…熱く、なれねえぜ…。あんなんじゃあ…満足、できねえぜ…」

 レグルス「…途中まではカッコいいと、思ってたんだぜ…。それが…あれって…」

 アルバフィカ「いや、だから何の話だ一体。全く話が見えてこないぞ…」

 エルシド「…次期聖戦の後の時代の黄金聖闘士…。Ωの時代と言えば、分かるだろう…?」

 シジフォス「……あー、あれか。そう言えばアスプロスも何やらやけ酒を煽っていたが、そのせいか…」

 アルデバラン「まあ確かにお前達の星座の黄金は扱いが悪かったが、そもそも連中はマルスによって選ばれた連中で正規の黄金聖闘士とは呼べまい。だからあまり気にする必要は無いと思うが…」

 マニゴルド「……そりゃテメエらは後輩が目立ちまくってたからいいだろうがよ。特にシジフォス、アンタの聖衣の継承者は神殺しのペガサス星座で冥王ブッ倒した元主人公だからな。うれしいよな?うれしいよなあ!?
俺なんかまただぜ!?なんだあのザマは!!ヘタれた揚句に青銅のガキにボコられてしかもまた黄金初の死亡退場ってのは!!おうこら!!これじゃあデスマスクやあのオカマの方が数段マシだろうが!!」

アルバフィカ「落ち着けマニゴルド。それなら魚座もマルス側、しかもメディアの弟だぞ?おまけに何でこうなったのか知らんがデモンローズもブラッディローズも使わん…。アレだな、もはや魚座の聖衣を着た別のナニか、としか思えなかったよ、うん」

レグルス「…でもさあ、魚座は獅子座に勝ったよな?『君と私とで相手になると思ってんのwww』とか何とか言って瞬殺したよな!?いくらなんでもアレは無いってのあれは!!なんで獅子座が噛ませになるのさ!!後輩はあんなに活躍したのに!!ティターンとの戦いでもクロノス、ヒュペリオン、コイオス、イアペトスの4神と激闘繰り広げたのに!!」

アルデバラン「こらこら落ち着けレグルス。それなら俺もあれだぞ、骨を折る事が快感とか寝言をほざく男が聖衣を継承していたのだぞ?…まあ一本筋の通った信念があるのは認めているが、な…」

デジェル「それはそれは素晴らしいな…。うむ、私も羨ましい限りだ…。
私の聖衣はてっきり後輩水瓶座カミュの弟子の氷河が継ぐと思っていた、思って、いたと、いうのに……!!
何が悲しくて呪いの聖衣にされた揚句に白銀レベルの時貞等に装備される!!しかも氷の闘技を一切使わず時間操作だと!!私達歴代水瓶座に喧嘩でも売っているのか!!というか時間操作はメフィストフェレスの専売特許だろうが!!聖闘士ではなく冥闘士を目指せ冥闘士を!!」

カルディア「…お前の気持ち分かるぜデジェルー…。俺の聖衣も敵の娘に勝手に貸し出されて『やった!初台詞!』な星座の野郎に手こずった揚句装着者は碌に技も使えず暴発して自滅、だぜ…。情けなさすぎて涙が出てきやがるぜ畜生…。しかも水瓶座にゃ氷河っつう希望があるけど蠍座にゃ時期装着者候補が今ン所だーれもいないんだぜ…?泣けてくるったらありゃしねェ…」

シジフォス「ま、まあまあ二人共…、射手座を継いだ星矢も射手座の技を使わず『ペガサス流星拳!!』しか使ってないんだぞ?…今のところは。俺のケイロンズライトインパルスもアイオロスのアトミックサンダーボルトにインフィニティブレイクも使ってないんだぞ?…今のところは…」

 マニゴルド「うっせえ!!テメエの後輩は最後の最後に美味しい所全部持って行ったじゃねえか!!」

 レグルス「アプスに憑依された光牙救ったり…、アプスに苦戦する光牙に聖衣貸したり…、生きながらにしてアイオロスポジションじゃん…。畜生、羨ましいぜ…」

 デジェル「なぜ…なぜ氷河は水瓶座を継がなかった…。そんなに白鳥座に未練があるのか…。黄金より神聖衣の方が良いと言うのか…」

 カルディア「そもそも、何で蠍座はソニアなんだよ…。何でスカーレットニードル使わねえんだよアンタレスねえんだよ…。つーか自分の技暴発させるような奴に黄金聖衣着せんじゃねえよバカヤロオオオオオ!!!!」

 シジフォス「む、むう……、なんというか、すまん…」

エルシド「……何だお前ら、下らん事ばかりほざきおって…。
山羊座などな…、山羊座などなあ…、…幼女の女神に欲情する聖剣も使えん変態ジジイなのだぞ!!!しかも遥か古からアテナに仕えてきただと!?一体何歳だ貴様は!!」

全員『そ、それは御愁傷様、というべきか…』

エルシド「くっ…!!今からあの外史に行ってイオニアを斬ってこようか…」

シジフォス「やめろ。以前アルバフィカがやらかしたせいで一刀の警護に教皇とハクレイ様がついておられる。下手をしたら殺されるぞ?」

アルバフィカ「むう…耳の痛い話を…。少しあのヘタれを叩き直してきただけだろうに…」

マニゴルド「うるせえ!!くそっ…師匠なら、同じ蟹座だったお師匠なら説得すりゃあ…」

アルデバラン「確かに気に食わんと思うだろうがそれとこれとは話は別、と断固拒否するに決まってるだろうが。目論見が甘いぞお前は」

マニゴルド「……チッ」

アルバフィカ「しかし…サガの乱の時といいマルスの時といい…、我等の後の代の聖域は何度も乗っ取られているな…。本当に大丈夫なのか…?」

アルデバラン「それは俺も感じている。というかアテナ不在…、いや既に降臨なされている時も警備がザルではないのか?ついでに聖闘士の教育もきっちり出来ているのかどうか…。確か10歳かそこらの子供が師匠になっていたなどという事があったらしいな…。そんなのだから聖闘士から敵の間者やら裏切り者やらが出るのだろうに…」

シジフォス「まあサガの乱の折はシオンが殺されてサガに入れ変わられ、挙句童虎以外黄金は皆10にも満たない子供だったと言う有様だから仕方が無いのだろうが…。
…前々から一刀が提案していたが聖闘士になるのに年齢制限を設けた方が良いのだろうかな…?」

アルバフィカ「ああ、あの『聖闘士になれるのは16歳以上のみ』とかいうあれか。それから『女聖闘士の仮面の掟廃止』というのもあったな。
私個人としては前者については聖闘士としての修行以外にも勉学、経験を積んで人格、精神的にも成長してから聖闘士になるべきだと思っているから、まあ大体賛成だな。後者も地上の平和を守る気持ちがあるのなら男も女も関係ないと私個人としては思っているからこちらも異論は無い。…というより此処にいる聖闘士は皆私と同じ意見だろう?」

シジフォス「ああ」

アルデバラン「右に同じく。まあそうなると黄金以外の聖闘士の大半は解雇処分になるのだろうが…」

アルバフィカ「ついでに聖闘士の定義である『アテナを守る少年達』というのも曖昧どころか破綻するのだが…、まあいまさらだな。…それにしてもあいつらはどうしたものか…」

シジフォス「…このまま放置しておいても自力であの外史に向かってしまいそうだな…。一刀から銅鏡をどうにかして奪い取った挙句…」

アルデバラン「いっそ何処かでガス抜きでもさせた方が良いのだろうが…」

マニゴルド「ちくしょうが…、どうしてこうなった…」

デジェル「こうなったのも全部メディアって奴のせいなんだ…うう…」

カルディア「ああ…そうだな…。マジであのババアぶち殺してやりてえ…」

レグルス「希望から絶望へ…これがファンサービスって奴なのかな…」

エルシド「……もう、何もかもがどうでもいい…」


 

 あとがき

 いつもご覧いただきありがとうございます。ですがどうやら前投降したのはあまり読者の皆様のご期待に添えるものではなかったようです…。
 私としてはあまり黄金聖闘士が目立ち過ぎて魔法少女達が空気になった、なんて事にならない様に魔法少女達にも見せ場があるように書いたつもりだったのですけどね。流石にそんじょそこらの魔女や魔法少女に黄金聖闘士じゃあオーバーキルなんてレベルじゃないですし…。
 オリジナルの技もNARUTOとかの丸パクリとかであまり印象が良くないようです。
 一応弁明と言うわけではありませんが、この作品の黄金聖闘士達はまどかの世界に来る前に他の外史にも行ってそこで使われている技をヒントに自分達の新しい技を作っている、という構想です。アルバフィカの木遁分身やマニゴルドの積尸気穢土転生もNARUTOの世界の技を元に作られた技、というわけです。
 …若干無理矢理ですがそう言う事です。
 あとおまけで色々書いてしまっていますがこれはあくまでネタで、私は聖矢原作もNDもΩも、というより星矢関連作品は全て大好きです。そこはどうかご理解ください。

 おまけ、LC黄金の属性考察

 牡羊座 シオン 地、炎
 牡牛座 ハスガード 地
 双子座 アスプロス 光、闇
 双子座 デフテロス 炎、闇
 蟹座 マニゴルド 炎、闇
 獅子座 レグルス 雷、光
 乙女座 アスミタ 光、炎
 天秤座 童虎 水、風
 蠍座 カルディア 炎
 射手座 シジフォス 風、光
 山羊座 エルシド 地
 水瓶座 デジェル 水
 魚座 アルバフィカ 地、水

 完全な推測ですので読者の皆様の考えと違うかもしれません。
 シオンの場合は聖衣の修復=職人=地と炎、マニゴルドの場合は冥界=闇、鬼火=炎というように本人の技等のイメージから考えました。…つーか改めてみると光の属性多すぎ…。



[35815] 間章2 救済の呪いを引き裂く雷光
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆b1f32675 ID:f562ef5f
Date: 2013/12/13 21:28
 
 とある宇宙、とある時間軸において…。

 瓦礫と化した街並み、生きる者が何一つ存在しない廃墟と化した世界…。
 此処は見滝原と呼ばれる街、否、街だった場所…。
 今や此処は、とある“災害”によって巨大な瓦礫の集積場と化してしまっている。

 ワルプルギスの夜。欧州における魔女と悪魔が集う祭りの名を冠した巨大な魔女という名の災害。

 そしてその魔女に匹敵、否、凌駕する最悪の災害、それが目の前に鎮座している。

 天まで届く、黒い、ただ黒いその巨体。
 
 その姿は一見すると、天に祈りを捧げる巫女、あるいは聖女の姿にも見える。

 だが、その実態は、救済の名の下に、この世全ての命を摘み取る存在。僅か数日でこの世の生命全てを消し去る、災厄すら生温い最悪の邪神…。

 救済の魔女、クリームヒルト・グレートヒェン。魔法少女、鹿目まどかが魔女となった姿…。
 
 それを眺める影が二つ…、否、正確には一人と一匹と言うべきだろうか…。
 黒を基調とした服を纏った人形のように無表情な少女、そしてその横にいるウサギ、あるいは猫のような姿をした白い生き物。
暁美ほむらとインキュベーター、通称キュゥべえ。今この場に存在する生命は、彼女とこの生物しか存在しなかった。

 「鹿目まどか…魔法少女になったのなら強大な魔女を生み出す事は分かってたけど…。まさかこれほどのモノを生み出してしまうとはね。もはやワルプルギスの夜なんてレベルじゃないな。恐らく10日で地球を完全に壊滅させるだろうね」

 「………」

 「でもお陰で僕達のノルマは達成された。僕達は莫大なエネルギーを手にし、このエネルギーは宇宙の寿命を延ばす糧になる…。鹿目まどかは君だけじゃなくて、宇宙の命も救ってくれたわけだ」

 その結果としてあの魔女が生まれてしまったんだけどね、キュゥべえの甲高くも、感情を一切感じさせない声に耳も貸さず、ほむらは目の前の巨大な魔女を、自分がどんな事をしてでも救いたかった親友のなれの果てを見つめ続ける。

 「…それでほむら、君はどうするつもりだい?かつての親友とはいえ、今は世界を滅ぼしかねない最悪の魔女だ。
正直言うと僕達としてもこのままこの星を、人間達を滅ぼされるのは都合が悪い。君達ほど感情エネルギーを得れる知的生命体は、宇宙広しといえどもそんなにいるわけじゃないしね。だからもし戦うと言うのなら、僕も出来る限りのフォローはさせてもらうよ?増援の魔法少女を呼んで欲しいのなら呼んであげるし、何なら契約して新しい魔法少女を生み出しても…」

 「……私の戦場は」

 キュゥべえの言葉を遮ったほむらの顔には、初めて感情が籠った表情が浮かんでいた。
 そこに浮かんでいる感情は、怒り、悲しみ、そして…僅かな諦め。

 「私の戦場は、ここじゃないわ…!!」

 それでも自らを奮い立たせるようにほむらが叫んだ瞬間、暁美ほむらは、その場から姿を消していた。
 別の時間軸、いわゆる並行世界へと移動する暁美ほむらの固有魔法。これによってほむらは、この世界から完全に姿を消してしまった。
 この世界とは違う、新たな時間軸で、その時間軸にいるであろう『鹿目まどか』を救うために…。

 「やれやれ行ってしまったか。まあいいか。それにしても…」

 ほむらが去っていった事を確認したキュゥべえは、改めて目の前の巨大な黒い魔女を見上げる。
 ワルプルギスすら凌ぐ巨体、それは樹木の根のような下半身からさながら北欧神話で謳われる“世界樹”ユグドラシルの如きである。

 「まさかこれほどの魔女を生み出すとはね…。莫大なエネルギーを得れたのは僥倖だけどこれは想定外だった…。どうしたものか。また新しい魔法少女を探して彼女の願いで…」

 「その必要は無い」

 「え?」

 誰も居ないはずの場所で聞こえた声に、思わずキュゥべえは背後を振り返る。瞬間、キュゥべえの周囲を無数の閃光が奔る。
 一瞬、ほんの一瞬閃光が奔った後には、キュゥべえは影も形も無くなっていた。まるで、最初からそこに存在しないかのように完全に消し飛んでいた。
 そして、最初誰も居なかったはずのキュゥべえの背後には、何時の間にいたのか黄金の鎧を纏った少年が立っていた。

 「これ以上罪のない人達の魂を、お前達の好き勝手で弄ぶな…!」

 少年は怒気の籠った視線で、先程までキュゥべえがいた場所を睨みつける。その姿、その殺気はさながら、怒り狂う獅子の如きであった。
 と、少年を宥めるようにその肩を誰かが軽く叩いた。

 「静まれレグルス。もうインキュベーターは消え去った。冷静になれ」

 「アルデバラン…」

 レグルスと呼ばれた少年の肩を叩いたのは、こちらも形状は異なるもののレグルスの鎧とよく似た黄金の鎧を纏ったまるで巌のような巨漢であった。
 そしてアルデバランと呼ばれた巨漢の背後から、同じように黄金の鎧を纏った男達が現れる。
 その中で黄金色の翼がついた鎧を纏った男が前に出ると、救済の魔女をジッと見上げた。
 彼の顔には、目の前の魔女への憐憫の情が浮かんでいる。

 「救済の魔女…。全ての人間を自らの作りだした結界(てんごく)に招き、永遠の楽園を生み出す魔女…」

 「あらゆる手段を用いても撃破するのは不可能…。消し去るにはこの世を天国と誤認させるしかない…。これがまことなら我等でも倒せるかどうか、だが…」

 黄金の翼の鎧をまとった男の背後から、両目を閉じた、別の鎧をまとった男が現れる。
 その両目を閉じたまま、まるで目の前の魔女が見えているかのようにその巨体を見上げる。
 黄金の鎧を纏った彼等は、元々この世界の人間ではない。
 彼等はかつて、とある世界において女神に仕え、地上を守るために戦った戦士達。
 地上を握らんと戦いを挑んできた冥王との聖戦で命を落とし、次の世代に全てを託して逝った星座の闘士達。
 その名は聖闘士。遥か神話の時代から女神アテナと共に、地上の平和を守り続ける伝説の戦士達。そして黄金の鎧を纏う彼らこそ、その88の聖闘士の頂点に立つ12人の最強の聖闘士、黄金聖闘士なのだ。
 その中で黄金の翼が特徴的な聖衣を纏っている男性は射手座のシジフォス、両目を閉ざした長髪の人物は乙女座のアスミタ。インキュベーターを消し去った少年は獅子座のレグルス、巌のような巨漢は牡牛座のアルデバラン、どの人物もただ一人で一国すらも滅ぼしかねない戦力を誇る文字通り一騎当千の英雄達であった。
 
 「…なるほど、これは相当なものだ。この圧倒的なまでの力…もはや神にすら匹敵しうるな」

 「フン、くだらん。何処の何かも分からん畜生から奇跡を恵まれた結果がこれか…。己が力を暴走させて世界を滅ぼす化け物と化すとは…。笑いすらも起きん…」

 アスミタの言葉に対して吐き捨てるように辛辣な言葉を口にするのは、浅黒い肌に野性的な雰囲気が特徴的な天秤座の黄金聖闘士、デフテロスであった。
 本来デフテロスは双子座の黄金聖闘士の資格を持っていたものの、双子座の黄金聖衣は兄であるアスプロスに譲ったため、今の彼は自らの聖衣を持っていなかった。が、こちらも本来の装着者が不在であった天秤座の黄金聖衣が彼の小宇宙に反応し、勝手に彼の身に纏われた。これについて聖衣の修復士であるハクレイは、「黄金聖衣に宿った童虎の残留思念、かもしれんのう」と推測している。当初デフテロス本人は天秤座の装着を渋ってはいたが、最終的に「本来の装着者が現れるまで」という条件付きで臨時の天秤座の黄金聖闘士に就任する事になったのである。

 「デフテロス、そんな事を言うな。そもそも何も知らない少女が友を救うために契約してこうなった、いわばキュゥべえの被害者だ。あまり屍に鞭打つような事は…」
 
 「ま、これが契約のリスク全部知ってて契約したってんなら本人の自己責任だし何も言わねェけどよ。…ていうか待てやデジェル。正確にはまだそいつ死んでねェから」

 魔女と化した少女へのあんまりな発言に水瓶座の黄金聖闘士、デジェルは眉を顰めながら窘め、そんな彼の発言に、蟹座の黄金聖闘士、マニゴルドが突っ込みを入れた。
 よく見るとデジェルの背後には二メートル程の透明な氷の柱が立っており、その内部には一人の少女が入っている。
 両端をリボンで結わえた桃色の髪の毛、まだ幼げながら優しげな顔立ち。その両目は閉ざされておりまるで氷の中で眠っているかのようである。
 この少女は鹿目まどか、その肉体である。もはや魂であるソウルジェムはグリーフシードと化し、目の前の救済の魔女の中にある今、この肉体はただの抜け殻、死体とほぼ変わらない。その肉体の損傷、腐敗を防ぐために、デジェルはこの氷の柱の内部にまどかの身体を封印したのである。

 「そうそう、確かあの魔女からこのオチビちゃんの魂引っこ抜いて戻すんだろ?全くそんなの俺達呼ぶ必要ねえじゃんか?わざわざ全員集まる意味あったのか?これ」

 「正確にはハクレイ様とアスプロスが不在だ。ハクレイ様は例の研究、アスプロスは任務で手が離せないらしいな」

 群青の髪と好戦的な雰囲気が特徴的な男、蠍座のカルディアは不満そうな顔で文句を言う傍らで、黒髪と刃の如き鋭い目つきが特徴的な黄金聖闘士、山羊座のエルシドが軽く捕捉を入れる。
 
 「それでもよー、俺達黄金聖闘士がわざわざ10人集まる必要あったわけ?明らかに過剰戦力じゃねェかよ?」

 「やかましいぞカルディア。これは教皇様からのお達しだ。それに、お前ももう分かっているだろう?この魔女の強大さを」

 ブツクサと文句を垂れるカルディアを、泣き黒子が特徴的な女性と見紛うばかりの美丈夫、魚座のアルバフィカが厳しい口調で窘める。
 実際この魔女の力は強大だ。かつて聖戦の時代に戦った神々にも見劣りがしないあまりにも強大な魔力。聖戦の頃の自分達であったならば、たとえ自分達黄金聖闘士が戦いを挑んでも、勝てるかどうかは怪しい程であった。

 「ああ、ンな事分かってらァ。昔なら俺一人じゃ手こずってただろうぜ。そう、昔なら、な…」

 カルディアはまるで血に飢えた獣のように舌なめずりしながら、目の前の魔女を見据えている。今すぐ目の前の魔女に飛びかかり、派手に戦いたい、言葉に告げなくてもその殺気が雄弁に語っている。

 「はいはいドウドウ。まだお前はすっ込んでなカルディア。まずは俺のターンだ」

 そんな血に飢えた黄金の蠍の肩を掴み、制止するのは蟹座のマニゴルド。飄々とした笑みを浮かべながらもカルディアの肩を掴む手にはまるで聖衣を握り潰さんばかりの力がこめられている。
 折角のメインディッシュをおあずけにされたカルディアは、不機嫌そうな顔つきでマニゴルドを振り返る。

 「んだよマニゴルド、邪魔すんなよ。俺の毒針が早くこの魔女を狩りたいって疼いてたまんねェんだ」

 「アホかこのバトルマニアが。闘う前にやることあんだろうが。このガキの魂こいつから引っぺがして戻さなきゃなんねえだろうが。忘れたのかコラ」

 マニゴルドの突っ込みにカルディアはとぼける様に目を彷徨わせるが結局しぶしぶといった感じで引き下がった。
 カルディアが下がるとそれと入れ替わるようにマニゴルドが前に出る。

 「さって…そんじゃあいつまでものろのろしてるわけにもいかねェし、狩らせてもらうぜ?その魂」

 宣言とともに指を魔女に突き付けるマニゴルド。それに対して救済の魔女は全く反応を示さない。まるでそこに彼らがいることにそもそも気が付いていないかのように空をただ仰いでいる。
 そんな魔女の姿にマニゴルドは気を悪くするでもなく指先に小宇宙を集中させる。

 「積尸気…ってうお!?な、なんだこりゃあ!!」
 
 魂魄を剥離させる蟹座の奥義が放たれようとした瞬間、マニゴルドは素っ頓狂な悲鳴を上げる。何事かと他の聖闘士達が魔女を見上げた瞬間、全員の表情が驚愕に歪んだ。
 魔女の下半身の、樹木の根のような部分が動き出し、聖闘士達めがけて襲いかかってきたのだ。

 「っち!俺達を喰おうってのかよ!!」

 「正確には自分の結界に引き込もうとしているのだろうな。己が作り出した『天国』の中に」

 「おいデジェル!!何冷静に解説してやがる!!あの根っこ街にまで広がってやがるぞ!!」

 カルディアの言葉通り、救済の魔女の触手は街へと伸びていく。おそらく、街の人々を自らの結界に誘うために。この場の黄金聖闘士達ならばこの状況でもなんとかなるであろうが、己の身を守る術を持たないこの街の人々は、なす術もなくこの魔女に一人残らず『喰われる』だろう。
 そして、この街が終わればこの島を、それが終われば世界中の人々を喰らって天国へと誘っていく…。インキュベーターの言うとおり、このままでは世界は10日も経たないうちに死の星へと変わるだろう。

 「フ、悪いが既に手は打ってある」

 が、魔女の触手は途中で静止した。
 まるで目の前に見えない壁があるかのように、目の前の空間を這いまわり、動き回るのみで進もうとはしない。
 そんな虚空を蠢く触手を盲目の双眸で眺めながら、アスミタはしたり顔で笑みを浮かべていた。

 「こんなこともあろうかと周囲に結界を張っておいた。これでこの魔女の力が人々に及ぶことはない」

 「さすがアスミタ!やるじゃん!」

 「フ、魔女に堕ちたとはいえ、年端もいかぬ娘にアタバクの真似事をさせるわけにはいかぬしな」

 レグルスの歓声にアスミタは薄笑いを浮かべながら軽く応じる。が、直ぐに表情を引き締めると魔女に向き直る。

 「だがあまり長くは縛れんぞ。それに外の人間を取り込めぬとわかったのなら、その標的は我々に移ってくる。有り得ないだろうが我々がやられればそこでこの世界は、終りだ」

 アスミタの言葉通り、救済の魔女は街に向かえない事が分かったのか今度は目の前の生きている存在である黄金聖闘士達を救済しようと黒い触手を放ってくる。
 万が一にもあの触手に触れたならば、たとえ黄金聖闘士であっても抗う事も出来ずに彼女の結界に引きずり込まれてしまうだろう。そして、結界の中に創造された“天国”にて永遠に安楽を味わい続ける事となる。
 確かにそれはそれで人々の救済の形と言えるのかもしれない。全ての人々が争うことも、苦しむ事も無い、永遠の楽園…。その一つの完成系とも言えるだろう。
 …だが、

 「そのような天国、生憎と私達は望んではいない」

 黄金の水瓶座は、その天国を否定し、拒絶した。それは彼だけの意思ではない、口に出してはいないがこの場にいる全ての黄金聖闘士達の意思でもあるのだ。

 「フリージング・シールド!!」

 デジェルの高まった小宇宙が、絶対零度の凍気を産み、漆黒の触手を完全に遮断する巨大な氷壁を作りだした。触手はなおも氷壁を通り抜け、デジェルに掴みかかろうとする。
 だが絶対零度、-273・15度に達する凍気で練り上げられた氷壁に触れた瞬間、触手は完全に凍結し、凍結していない部分から千切れて落ちる。
 千切れた触手は地面に激突した瞬間、原子レベルにまで粉々に粉砕され、あとかたも無く消え去った。

 「防御は任せてもらおう。自慢ではないが防御にさえ徹すれば私の氷壁は黄金最大の防御力、たとえ神でも破られる事は無い。そして…」

 デジェルは巨大な魔女の本体を見据え、自身の小宇宙を燃焼させてさらなる凍気を練り上げる。

 「グラン・カリツォー・グレイプニル!!」

 そして、練り上げられた凍気は魔女の巨体に纏わりつき、無数の氷の環となり魔女の巨体を拘束する。拘束された魔女は氷の環を振り払おうとするものの、その巨体は身じろぎ一つせず、逆に魔女の巨体は段々と凍りつき始めた。

 「グラン・カリツォーの最大出力、絶対零度以上の凍気による拘束のリング。これであの魔女の力を完全に抑えられるはずだ」

 デジェルは薄い笑みを浮かべながら冷気のリングに縛られ凍りついていく救済の魔女を眺めている。
 無論これであの魔女を倒せるなどとデジェル自身は欠片も思ってはいない。相手はこの世界では攻略不可能と言われた最強の魔女、動きを止めるのがせいぜいであろう。

 「なんだよデジェル、また強くなってるじゃねえか。つーかグレイプニルって、カリツォーの強化版みたいなものか?」

 知らない技を使用した親友に、カルディアは興味深そうな表情を浮かべる。デジェルはカルディアの反応に予想通りと言わんばかりの笑みを浮かべる。

 「ああ、私のカリツォーには温度の低さ毎にカリツォー、グラン・カリツォー・レーディング、ドローミ、グレイプニルの四つの段階がある。とは言え名前を決めたのは最近だが。北欧神話で魔狼フェンリルを縛り上げた鎖を参考に考えてみた」

 「ほー、ずいぶんと洒落たネーミングだな」

 デジェルの返答にカルディアは軽く口笛を吹く。が、その隣に立つアルバフィカは、厳しい表情で救済の魔女を拘束するリングをジッと見ている。
 
 「だが、これだけの凍気、しかもフリージングシールドとの同時展開ともなれば…、君にも相当な負担がかかるのではないか?そこは大丈夫なのか?」

 アルバフィカの問い掛けに、デジェルは一瞬ぎくりとするが、アルバフィカだけでなく周囲から注がれる視線に悪戯がばれた子供のような笑顔で頬を掻く。
 よく見るとデジェルの額にはほんの僅かだが汗が浮かんでいる。アルバフィカの言うとおり、後代の水瓶座の黄金聖闘士、カミュが限りなく近づきながらも辿りつけなかったという絶対零度の凍気、それを用いた技を二つ同時に発動しているのだ。負担が無い方がおかしい。

 「ふ…確かにキツイが何、問題は無い。マニゴルドが魂を引き剥がすまでは充分持つさ」

 「なるほど、だが流石に戦いの後倒れられては面倒だ。念には念を入れ、私も手を貸すとしようか」

 そう言ってアルバフィカが取り出したのは、デモンローズの美しい花弁とは違う、まるで血が固まって出来たかのような毒々しい赤黒い薔薇。アルバフィカはその薔薇を魔女の根っこのような下半身目がけて投擲する。薔薇はアルバフィカの手から離れると、そのまま魔女の下半身に吸い込まれるように突き刺さった。

 「ヴァンパイアローズ。ブラッディローズを元に新たに作りだした薔薇だ。この薔薇の能力は血液及び、小宇宙、その他生命力に由来する力を吸収することで…」

 アルバフィカが説明していると、魔女に突き刺さった赤黒い薔薇から無数の枝が生え、魔女へと絡みついていく。そしてその枝から次々と赤黒い薔薇が咲き、その薔薇からも茨が生え、増殖し、救済の魔女の巨体を段々と覆っていく。
 
 「…花を開き、増殖していく。最も並の人間なら一瞬でミイラになり、青銅、白銀レベルの聖闘士でも薔薇が全身を覆う前に干物になっているからあまり意味は無い。だが…」

 ものの数秒もしないうちに、救済の魔女の巨体は赤黒い薔薇で覆われ、その影のような黒い巨体を覆い隠してしまった。そして、薔薇と凍気のリングで拘束された魔女から、まるで女性が啜り泣くような音が聴こえてきている。

 「…この魔女のように強大な力を持つ敵にはもってこいの拘束具となる。溢れ出るほどの強大な『力』を啜り、むさぼり、増殖し続け、敵は何も出来ぬままに食い尽くされる」

 「文字通り『吸血鬼(ヴァンパイア)』ってことかよ。随分エグいモン作るじゃねえか」

 「…が、残念な事にこの魔女を完全に仕留めるのは流石に無理そうだ…。まあそれでも動きは止められるから問題は無いか」

 アルバフィカは吸血薔薇に覆われた救済の魔女を眺めながら眉を顰める。よくよく見るとその腕には吸血薔薇から伸びた茎が蛇のように絡みついている。

 「…しかし、魔女のエネルギーとは、あまり美味くないモノだな。まあそれでも私のエネルギーになってくれるわけだから無碍には出来ないが…」

 「てお前があの魔女のエネルギー吸ってるのかよ!?本当にヴァンパイアかよアルバフィカ!!」

 「厳密にはヴァンパイアローズから吸い上げたエネルギーを間接的に吸収しているだけだ。味は…まあ無いのだが何となく、だ。吸血鬼といえば吸血鬼らしいな、うん」

 「おいおい…」

 アルバフィカのセリフにカルディアは思わずドン引きする。よく見れば他の聖闘士達も彼の事を凝視している。
 ヴァンパイアローズから吸引されたエネルギーは、茎を伝ってアルバフィカに流れ込んでいる。そのエネルギーを利用して自分の傷の回復、さらなる技を使う補助をする等の事が可能であり、なんなら茎を他人に巻きつかせて他人にエネルギーを与えると言う芸当も出来るという汎用性の高い技である。
 もっとも他人の生命力を喰らって自分のものにするという技であるため、多少なりとは気味悪がられるのも無理は無い。アルバフィカ自身はこの程度の反応は覚悟していた為何ということも無いが…。

 「ま、そう言うわけだ。これだけお膳立てしてやったのだから魂を抜けなければ恥だぞ?気張れ、マニゴルド。疲れたのなら魔女の生命力を分けてやってもいいぞ?」

 「随分他人事だなオイ!!つーか生き返ってからお前ずいぶん嫌味言うようになったなテメエ!!」

 「さて、気のせいだろう?」

 アルバフィカはとぼけた表情で顔を背ける。マニゴルドは文句を言いながらも再び救済の魔女に向き直る。
 結界に囚われ、絶対零度のリングで封じられ、生命力を吸われながらも未だに魔女は強大な魔力を放っている。これらの拘束もしばらくはもつだろうが長時間は封じていられまい。
 
 「ま、安心しろ。時間は一切、かけさせねェよ!!」

 マニゴルドは指を魔女に向け、再び指先に小宇宙を集中させる。
 仲間達のお膳立てでもはや先程のような妨害は入る心配は無い。ならば今度こそ彼女の魂を引きずり出せる。生と死を司る黄金聖闘士、蟹座を象徴するあの奥義で…!

 「積尸気、冥界波!!」

 指先から放たれる燐気の閃光。蟹座に存在するプレセペ星団の名を冠する蟹座の奥義。
 その閃光は肉体から魂を引き剥がし、冥府の入り口黄泉波良坂へと送り込むまさに一撃必殺とも言える効力を誇る。
 だが、マニゴルドが救済の魔女にこの技を放ったのは救済の魔女を冥界に送る為ではない。魔女の体内に存在する『鹿目まどかの魂』を引きずり出し、彼女の元の肉体へと戻すためである。
 だが…。

 「!?ぐっ!!お、重っ!!な、何だこりゃ!!本当に人間の魂かコレ!!」

 魂を肉体に縛り付ける『力』の強さにマニゴルドは顔を歪める。
 確かに小宇宙等の強さによって、魂を縛り付ける力は変わっていく。魂の数が多ければ多い程、若しくは魂の質が高ければ高い程肉体から動かすのは難しくなっていく。そして魂を縛り付ける小宇宙が強いと、たとえ積尸気冥界波でも魂を引き剥がす事が難しくなる。
事実、マニゴルドが生前戦った暗黒聖闘士、アヴィドの魂の館は、万を超える数の魂、さらにアヴィド本人の小宇宙の圧倒的な強さによって動かすことすら難しかった。また、自身の最後の戦いとなったタナトスとの戦いでも、真正の神であるタナトス自身の魂の質が桁外れなこともあり、師と二人がかり、渾身の積尸気冥界波によってようやく神であるタナトスの魂を引き剥がすことができた。これがどちらか一人だったのなら、当時の自分では魂を引き剥がすどころか動かすこともままならなかっただろう。
だがこの魔女、救済の魔女の魂はそれらと比べても桁違いだ。おおよそ推定すれば質でいえばタナトス以上、その魂を引き剥がそうとするマニゴルドからすればまるで地球を吊りあげようとしているかのような超重量である。

「クソ、があ…あのほむらってガキ…。テメエの親友をなんて化け物に成長させてやがんだ…。あークソ決めた…。もし会ったら、文句の一つ二つ言ってやるぜこのヤロウ…」

脂汗を浮かべ、歯を食いしばりながらもマニゴルドは軽い口調で悪態を吐く。掲げた指はガタガタと震えているが、その瞳は、未だに闘志を失ってはいない。
確かに相当な質量の魂だ、無理矢理持ちあげようとすると指と腕の骨が悲鳴を上げる。

「けどな…、こんな程度は、アヴィドの館持ちあげる時に経験済みなんだよ!!」

マニゴルドは絶叫と共に体内の小宇宙を沸騰させんばかりに燃え上がらせる。
瞬間、今まで微動だにしなかった魔女の魂が、少しずつだが動き始める。
それと同時に薔薇と凍気で拘束された救済の魔女の巨体が、左右に僅かに揺れ始める。
まるで、魂を抜きとられる事に抵抗しているか、魂を抜かれることで苦しんでいるかのようである。
だが、その程度では、二人の黄金聖闘士による束縛を破壊すること等出来るはずもない。

「おう嬢ちゃん、ちっと大人しくしてろ…。これで…終わるからよ!!」

そしてついに、救済の魔女の体内から鹿目まどかの魂が剥離される。それと同時に救済の魔女の巨体は力を失うかのように僅かに傾いた。
剥された魂は空中を漂いながら、まどかの身体が封印された氷柱に向かい、まどかの身体の中へと消えていった。と同時に、まどかを覆っていた氷柱は一瞬で霧散する。
氷柱が消えると同時にまどかの身体は前に倒れこむが、咄嗟に差し出されたシジフォスの手に支えられ、地面に激突する事は避けられる。
支える手とは逆の手で彼女の手首に軽く触れる。氷に包まれていた影響で冷たい肌ではあったが指先からは確かに少女の脈を感じ取れた。
シジフォスはマニゴルドに顔を向けるとニッと笑顔を見せる。

「…脈がある、成功だマニゴルド」

「へっ、ま、当然の結果だっての。まあお陰さまでこっちの腕は少々ガタガタだが」

マニゴルドは息を荒げながらも笑みを浮かべて地面に座り込む。流石に神格レベルの魂を引き剥がすのはマニゴルドも堪えたらしい。見ると自分達を覆っていた氷の壁、フリージングシールドと魔女を拘束していた氷のリングと吸血薔薇も消え去っていく。もはや拘束する必要も無いと判断したデジェルとアルバフィカが解除したのだ。

「なんだよ結局俺達全員来る意味無かったじゃねェか!!クソッこちとら不完全燃焼どころか燃焼すらしてねェってのによ!!この鬱憤は何処に向けりゃあいいんだよ!!」

「おいおいカルディア、気持ちは分かるが此処は首尾よく任務を貫徹出来た事を喜ぶべきだろうが」

「それに貴様を戦わせて心臓を破裂させるような事があっては叶わんからな。アテナを連れて聖域を出た時然り、アトランティスでワイバーンと死闘した時然り…」

「うっせえ!!心配しなくてもこいつにカタケオは使わねえっての!!あと心臓の発作も最近は治まってんだよ!!」

全く活躍できずにいらただしげな様子のカルディアに、アルデバランとデフテロスがからかい混じりに宥めている。
そんな和気あいあいとした三人に、マニゴルドは気まずそうな視線を向ける。

「なあ、和んでるとこ悪いけどな…。まだ終わってねえぜ?」

「ああ?マニゴルド、そりゃどういう…」

話に割って入ってきたマニゴルドにカルディアが不審そうな表情を浮かべた瞬間、周囲に地震かと思わせる地響きが響き渡る。それと同時に、先程魂を抜かれたはずの救済の魔女が、ゆっくりとその上体を起こし始めていた。

「…おいおい、確か魔女は魂引っこ抜かれて死んだんじゃなかったのか?」

蘇った魔女の姿を見て、アルデバランは少し驚きながらも平然とした様子でマニゴルドに問いかける。他の聖闘士達も蘇生した魔女の姿に驚いた様子は無い。と、マニゴルドが説明する前に、結界を張っているアスミタが口を開いた。

「魔法少女が魔女となった時、魔法少女本来の魂とは別に新たに別の魂が精製される場合がある。そうなった場合には魔法少女の魂を抜いても魔女は死なない。新たに生まれた魂が魔女の肉体を再び動かし始める」

「ま、本来の魂の時よか弱体化はするがな。よーするに、コイツに留め刺さなきゃ俺達のお仕事は終わんないわけ。つーか俺の解説の前に割って入るんじゃねえよアスミタ」

自分の代わりに解説するアスミタに軽く文句を言いながら、マニゴルドは再び動き始めた救済の魔女を見上げる。
確かにまどかの魂を抜かれ、弱体化はしている。だが、それでもまだその魔力の波動は強大。この島の人間全てを飲み込む程度は訳ないであろう。

 「なるほど…、魂引っこ抜かれて大分弱体化してんな。まあそれでもまだ双子神レベルっつったところか。…どんだけバグった素質持ってたんだよそのガキは…」

 「私の知りうる限りこの世界は暁美ほむらが10回目のループをした世界だ。それだけの因果が彼女に集中しているという事なのだろう。まあそれでも相当異常な素質である事は確かだが…」

 「神になるだけはある、ということか。こう言っては何だが、まさに化け物だな」

 マニゴルド、アスミタ、デジェルの三人は各々そんな事を話している。そうこうしている内に動き出した救済の魔女は、再び足元の触手を聖闘士達めがけて放って来る。今度こそ彼らを吸収しようというのだろう。
 だが…。

 「インフィニティ・ブレイク!!」

 無数の黄金の矢が、漆黒の触手を射抜き、消し飛ばしていく。
 その黄金の矢を放った射手、シジフォスは背後の仲間達の壁となるかのように魔女の目の前に立ちふさがる。

 「大本の魂が無くなったとしても、このまま放っておくにはこの魔女は危険すぎる。この世界のためにも、倒させてもらう」

 「おいおいおい!!シジフォスさーん!!そいつは俺の獲物にしようと狙ってたんだぜ!?横取りはひでえぜ!!」

 ようやくまともに戦えると期待していたカルディアは、いきなり前に出てきたシジフォスを不満げに睨みつける。シジフォスはカルディアの文句を聞いて、軽く後ろを振り返る。

 「すまん、カルディア。ここは俺に任せてくれ。この埋め合わせは必ずする」

 「………」

 真剣なまなざしでこちらを見ながら頼んでくるシジフォスに、カルディアはしばらく黙って睨んでいたものの、軽く舌打ちするとそのまま引き下がった。シジフォスはカルディアに向かって軽く頭を下げると、再び目の前の魔女に向き直る。救済の魔女は目の前に立ちふさがる聖闘士めがけ、再び漆黒の触手を放つ。

 「我等が戦い抜いた聖戦の後の時代、俺の射手座の聖衣を受け継いだ一人の男がいた…」

 迫りくる黒い触手を表情を変えることなくジッと見つめながら、シジフォスはまるで目の前の魔女に語りかけるように口を開く。

 「その男は14歳の若さにして仁智勇共に優れ、女神への忠誠に溢れた忠節の士。そして、双子座の黄金聖闘士、サガの反乱で己を盾に幼き女神を守り通し、命を落とした悲劇の勇者だった。
彼の魂は、死してなおも聖衣の中で生き続け、女神を守護する少年達の危機を、幾度となく救い、彼等を導いてきた…。彼こそ、真のアテナの聖闘士だった」

彼の後の世代の射手座の聖闘士、そのあまりにも壮絶な生き様を知った時、シジフォスは涙を流し、それと同時に彼の事を誇らしく思っていた。
シジフォス以上の、否、シジフォス達が生きた時代の聖闘士達以上の正義の心を持つ真の黄金聖闘士に。
己の守るべきものを命を賭して、死して後も守り抜いた真の英雄に。

 「男の名は射手座のアイオロス…。ギリシャ神話の風の神の名をもつ我が黄金の翼の継承者…。
彼の雄姿は、意思は、この聖衣に、そして俺の魂に確かに刻まれている。それを今、彼から受け継いだこの奥義をもって示そう……!!」

 シジフォスは、救済の魔女に向け、拳を構える。すると、拳から眩い稲妻が走り、大気を焼き、煌めく。
 それは、元々彼の技ではなかった。
 彼の後の世代の黄金聖闘士、射手座のアイオロスと後に射手座を継承した天馬星座の星矢が持つ、アイオロスの遺志と共に受け継がれた射手座の奥義。
 シジフォスはそれを目で焼き付け、魂に刻み、己が技として修得した。それは、彼が新たに生を得て初めて修得した技であった。
 そして、受け継がれ続けた原子を砕く稲妻が今、目の前の魔女に向けて、放たれる。

 「アトミック・サンダーボルト!!」

 振りぬかれる拳から放たれる雷光、光の速さを越えるイカズチの刃が魔女目がけて襲いかかる。
 触手をなぎ払い、消し飛ばして進む雷光に救済の魔女は、逃げる事も、防御する事も出来ず、反撃することもできないまま、その巨体に閃光の拳を、受け止める。
 そして、閃光が魔女の巨体に触れた瞬間、救済の魔女の身体が、閃光と共に分解されていく。

 「…さらばだ、救済を願った少女の絶望。これが君への、救済になるかは分からんが…」

 シジフォスは魔女を打ち砕いた拳を握りしめ、光となって天へと昇っていく救済の魔女の姿を、ただジッと眺めていた。
 

 あとがき
 
 間章第二章としてまどかの世界に来る前の過去話、ほむらが去って行った時間軸での黄金聖闘士達の戦いを投稿いたしました。
 しかし、またオリジナルな技を二つ出してしまいましたが、とりあえず他作品の技でもなし、今ある技の発展形だからギリセーフ…、でいいのか?
 いろいろご批評いただいていますが、やはり一から見直してもう一度書き直すのがいいのでしょうか?流石にここまで連載して打ち切りというのは個人的にも後味が悪すぎますし…。



[35815] 第24章 明かされる衝撃の真実と、魂を奪う収集者
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆175723bf ID:9f458038
Date: 2014/02/20 20:26
 教会でマニゴルドが杏子と会った翌日、たまたま学校が休日であったほむらは朝からずっと机の上で爆弾作成と銃の手入れの作業をしていた。
 ほむらはさやかやマミと違い、自身の魔法によって武器を作りだす事が出来ない。
 その為魔法少女になったばかりの頃は、ネットの情報を元に作りあげた爆弾で、今では暴力団事務所、自衛隊基地等から拝借してきた銃や兵器を用いて魔女と戦う戦闘スタイルを取っている。
 故に武器はほむらにとっては魔法少女としての生命線ともいえる。万が一にも弾薬、兵器が切れたり、不調を起こして使えなくなることがあれば、ほむらの戦力は大幅にダウンする。そのため暇な時にはこうして武器の手入れをし、いつでも戦闘が起こってもいいように準備を重ねている。
 そんなほむらの姿を、マニゴルドはソファに寝転びながら退屈そうに眺めている。
 最初は適当に雑誌を読んだりテレビを眺めたりしていたものの、直ぐに飽きてしまい他にすることが無くなったため、こうしてソファの上でゴロゴロしているのである。
 ほむらはそんな怠け者同然なイタリア男など眼中にないかのように、目の前の作業に没頭する。

 「ところでほむらよ、お前に一つ聞きたいんだがな」

 ほむらの後姿を眺めていたマニゴルドが、何を思ったのか唐突にほむらに話しかけてくる。
 机の上で火薬を調合していたほむらは、手を止めると無言でマニゴルドを振り向いた。マニゴルドは『可愛げがないねェ』とボヤキながらソファーから起き上がる。

 「お前が契約して並行世界旅してんのって確かまどか救うのが理由なんだろ?なら何で『まどかを生き返らせろ』とか『まどかの死を無かった事にしろ』とかの願いにしなかったんだ?そっちの方が手っ取り早いだろうに」

 「………」

 マニゴルドの質問を聞いて、ほむらの眉がピクリと動く。が、すぐに元の無表情に戻ると、昔を思い出すように天井を仰いだ。

 「最初は私もキュゥべえにそう願ったわ。まどかを生き返らせろ、まどかの死を無かった事にしろってね」

 『けど』とほむらは一転して暗い表情で呟く。

 「『エントロピーを凌駕出来ない』だから無理って言われたわ。だから結局まどかとの出会いをやり直したい、自分自身を変えたいって願いにした訳」

 「ふーん…、並行世界移動の方が死者蘇生よか難易度高そうに見えるがねェ…。基準がいまいち分かんねえな、エントロピーを凌駕するだのしないだのってのは…」

 「元々私の魔法少女の才能って言うのは相当低いわ。時間停止に殆ど力を割いているせいで武器もまともに作りだせない。結局暴力団事務所や米軍基地から武器を奪って使う位しか出来ないの」

 「なるへそ、武器自前で作れねえから余所からかっぱらうしかねェ、か…。しかも確か時間停止にゃ制限があるんだったな。それじゃあまり乱発も出来ねえ。ついでに時間逆行ももうできねェとなると…もう戦闘に支障出るなんてレベルじゃねェな…」

 マニゴルドは顎に手を当てて考える。
 暁美ほむらの魔法少女としての戦闘能力は五人の中で最も低いと言ってもいい。
 時間停止と現代兵器、そして今までの戦闘の経験で補っているとは言っても固有魔法の時間停止に魔力の殆どを割き、魔法少女の固有武器を生み出せないと言う点からも戦闘面で相当な差が出てくる。
 彼女の固有武装は左手の盾のみ。それも時間停止と時間逆行のみに特化している武装であり、直接戦闘では役に立たない。一応盾の中に兵器を収納しておけると言う能力もあるが、それも肝心の兵器が無ければ役に立たない。

 (小宇宙に目覚めさせる…、っつっても時間が足りねェしたとえ目覚めても使いこなせるとは限らねえ、か)

 そもそも小宇宙と言う概念の存在しないこの世界の住人であるほむらは小宇宙を持っているのかすらさえも分からない。むしろ持っていない可能性の方が高いだろう。よしんば目覚めたとしても、戦闘に使えるレベルにまで引き上げるには時間が足りなすぎる。
 ならばどうやってほむらの戦力を底上げするか…、そんな事を考えていたマニゴルドはある事を閃いた。

 「よっしゃ!ならほむらよ、お前にいいもの貸してやるよ」

 「いいもの?一体何?」

 面白そうに笑うマニゴルドに不審そうに眉を顰めるほむら。そんなほむらを尻目にマニゴルドはソファから起き上がると普段自分の寝泊まりしている部屋へと入っていく。それからしばらくゴソゴソと何かを探すような音が部屋から聞こえていたが、直ぐにドアが開かれると、何やら古代の古墳などにありそうな古びた石棺を肩に担いだマニゴルドがほむらが作業していた部屋に戻ってきた。

 「クックック、これだ!」

 「…何?この石棺」

 床に下ろされた石棺を自慢げに撫でるマニゴルドに対し、ほむらは一向に表情を変える様子は無い。
 ほむらがびっくりする事を期待していたマニゴルドはつまらなさそうな表情を浮かべると、古びた石棺の蓋を軽く叩きながら口を開いた。

 「こいつは『沈黙(オメ)の(ル)棺(タ)』。巨蟹宮に神話の時代から伝わる伝説の棺よ。
 こいつの力はな、棺の持ち主の出した質問に答えちまった奴を棺の中に吸いこんじまうっつうもんだ。しかも中は異空間になってるから実質何人でも吸い込める。しかも神でもねえ限りたとえ黄金だって自力じゃ脱出不可能だ。
 俺もよーガキの頃修行さぼった時にゃお師匠にこん中ぶち込まれて反省させられたもんだぜ…、今となっちゃあ懐かしい思い出よ…」

 「へえ…、ようは西遊記に出てくる瓢箪みたいなものね。まあ確かに便利そうだけど…」

 ほむらは沈黙の棺をしげしげと興味深そうに眺める。見てくれはただの凝った細工が彫られた古びた石棺と言った印象だ。
 が、石棺から感じる異質な空気から、確かにただの石棺と言うわけではなさそうだ。
 マニゴルドの言うとおり、相手を何人でも吸い込めると言うのならば確かに強力な武器になりえるだろう。だが…。

 「…これって魔女とかも吸い込めるのかしら?」

 「質問に答えればな、ちなみに言語は問わねえ」

 「そう…。それで重さは?」

 「は?」

 「だから重さよ。いくらなんでも重かったら私じゃ運べないわよ」

 そう、それがほむらにとって一番の問題だった。
 この棺はどう見ても石でできている、ならば重さも半端ではないはずだ。
 少なくとも100キロとかそんなレベルではない。下手をすれば1t近くはあるかもしれない。
 そんな物を自由に持ち歩ける筋力がほむらにあるかと言われると…、答えは否だ。
 いくら多くの並行世界を巡り、多くの魔女との戦闘経験を持つ魔法少女とは言え、所詮は生身の肉体の少女、筋力も普通の少女と同程度のレベルしかない。
 確かに盾の中に収納すれば重量に関わらず持ち歩けないことも無いのだが、それでも小回りが利かないのではどうしようもない。
 ほむらの質問に呆気にとられていたマニゴルドは何かを考える様に顎に手を当てる。

 「…まあ石でできてっからそこそこ重いが…、少なくとも聖闘士ならそこまで苦労せずに持てるな」

 「…聖闘士以外の人間の場合には?」

 ジト目でこちらを睨みつけてくるほむらから目をそらしながら、マニゴルドはジェスチャーで『持ってみろ』と促す。ほむらは試しに石棺を動かそうと力いっぱい押してみる。
 …が、案の定というべきか、ほむらの腕力ではその場から一ミリも動かない。
 
 「…ダメ、重すぎて動かない。却下よ」

 「…あっそ、もったいねェの」

 あっさり駄目出しを喰らったことにマニゴルドは残念そうに肩を竦めるとそのまま踵を返して玄関に向かって歩いていく。ほむらはそれを見咎めて眉を顰めた。

 「…何処行くの?」

 「散歩に出かけたベベを探してくる。ついでにそこらをぶらぶらしてくらァ」

 ほむらに返事を返したマニゴルドは、そのままドアを開けて外に出ていく。その後ろ姿を、ほむらは黙って見送ると、チラリと視線をドアから外すと、目の前におかれた石棺に視線を向ける。

 「…どうでもいいけど、出ていくならコレ、片付けて頂戴…」

 ほむらは『沈黙の棺』を眺めながら疲れたような溜息を吐いた。


 さやかSIDE

 「うりゃああああ!!」

 同じ頃、美樹さやかはとある路地裏で使い魔と闘っていた。
 あれから何度かマミの魔女退治に付き合い、一緒に戦ってきたおかげで、今のさやかの力量は使い魔程度ならば軽く倒せる程に成長していた。
 たとえ魔女であったとしても、中堅レベルの強さならば一人で十分闘うことが可能な程に成長している。現に今、さやかは使い魔相手に傷一つ負わずに圧倒している。

 「これで、とどめだァ!!」

 そしてついに、さやかの剣が使い魔を一閃する。魔力の刃で切り裂かれた使い魔は、悲鳴を上げながら消滅した。
 使い魔を倒したさやかは変身を解除して大きくガッツポーズをした。

 「っしゃー!!強いぞあたしー!!もうどんな魔女でもどーんとこーい!ってかっ!」 

 ほぼ無傷で使い魔を圧倒したさやかは有頂天ではしゃぎ回る。幸いにもここは路地裏であるため彼女以外誰もいない。故にさやかは思う存分大声を上げる事ができる。
 ある程度はしゃいださやかはふう、と軽く溜息を吐いた。

 「ふー…、よーやく一人で使い魔倒せるようになったなー。これでマミさんやシジフォスさん達が居なくてもやっていけるな、うん!」

 明るい声で元気よく言葉を出すものの、その表情は何処か淋しそうな色が浮かんでいる。
 今日、さやかは恭介の見舞いのために病院に行った、が、恭介は既に退院しており、病室には誰も居なかった。
 自分に何も告げずに退院してしまった事に彼に恋心を抱いていたさやかは少なからずショックを受けていた。
 せめて自分には言ってくれてもいいのに…。そんな悶々とした思いが未だにさやかの心に残っていた。
 
 「~あー!もうやめやめ!折角使い魔も倒した事だしとっとと帰ろっと!」

 さやかは頭を振ってマイナスな思考を振り払うと、さっさと路地裏から出て行こうと歩きだした。

 「ハーイ、見せてもらったよ~?さっきの戦い」

 と、突然背後から誰かの声が聞こえてくる。ギョッとして振り向くと、何時の間にいたのか髪の毛をポニーテールに纏めた少女が建物の壁に寄りかかってニヤニヤ笑いながらこちらを眺めている。
 
 (なっ!い、何時の間に!?ってか誰よコイツ!!)

 突然自分の背後に現れた少女にさやかは警戒して後ろに下がる。
 目の前の少女に、自分は全く面識が無い。向こうは知っているようだが、自分は全く見おぼえが無い。そんな相手が自分に話しかけてきたのだ、警戒しないはずが無い。
 そんなさやかの様子に、少女はおどけた様子で肩を竦める。

 「んも~そんな警戒しないでよ~。別にとって食おうってわけじゃないんだし~」

 「け、警戒するに決まってんでしょうが!!顔も知らない奴に親しげに話しかけられたら!!つーかあんた誰よ!!」

 警戒を解かずにこちらを睨みつけてくるさやかの怒鳴り声に、少女は今気がついた様子で軽く手を叩いた。

 「あー、ゴメンゴメン自己紹介忘れてた。私の名前は双樹あやせ。貴女と同じ魔法少女…って言っても安心してよ。別に縄張り荒らしに来たわけじゃないし~♪」

 少女、双樹あやせの自己紹介を聞いたさやかは未だに胡散臭そうにあやせをジッと眺める。

 「魔法少女?んで縄張り荒らしに来たわけじゃないってことは…グリーフシード目的じゃないってことか…。じゃあ一体何の用よ」

 「ん~、いやね。私あるものをコレクションしていてさ。此処には沢山ありそうだから、ちょっと寄らせてもらったわけ」

 「あるもの?あるものって一体何よ?」

 さやかの問い掛けにあやせは待ってましたと言わんばかりに笑みを深めると、懐から細かい細工のされた小箱を自慢げに取り出した。

 「それはね…、コ・レ♪」

 意味深に笑いながらあやせは小箱の蓋を開けた。
 が、釣られて箱の中にあるものを見た瞬間、さやかの表情が驚愕に歪んだ。

 「なっ!?こ、これって…」

 箱の中に納められていたもの、それは魔法少女の魔力の源とも言える宝石、ソウルジェムだったのだ。それが合計六個、箱の中に綺麗に並べられている。
 さやかの驚愕に歪んだ表情に、あやせは悪戯が成功した子供のように嬉しそうに笑いだす。

 「あっはっはっは!おっどろいたー?そりゃそうだよねー。ソウルジェムをコレクションしている魔法少女なんて後にも先にも私位なものだもん♪」

 「そ、ソウルジェムを…、コレクション、だって…?」

 さやかは困惑に満ちた表情で嬉々とした笑みを浮かべるあやせを見る。
 本来魔法少女の持っているソウルジェムは一人一個のみ。一人で二個や三個のソウルジェムを持つ事は殆どあり得ないし、たとえ持っていても浄化の手間を考えると効率的ではない、とキュゥべえは言っていた。
 もしも一人一個しか持てないソウルジェムを何個も持っているとすれば、契約の際の願いによるものか、あるいは…。

 「…あんた、他の魔法少女のソウルジェムを奪ったのか!!」

 さやかの怒気に満ちた言葉に、あやせは返答せずにニヤニヤと笑っている。が、その表情がさやかの言葉が真実であると告げていた。
 ソウルジェムを何個も持っているならば、それはもはや他の魔法少女のソウルジェムを奪い取っているとしか考えられない。
 無論そんな事をしても魔法少女側にメリットは無い。ソウルジェムはグリーフシードとは違い自分のソウルジェムの穢れを除去できないし、他人のソウルジェムでは魔法少女に変身することすらできない。即ち、奪ったとしても魔法少女にとって全く意味が無いのだ。 それ故にソウルジェムを奪う魔法少女はほぼ皆無と言ってもいい。
 だが、世の中には例外と言うものが存在する。その数少ない例外の一つが、目の前でソウルジェムを掲げて目を輝かせる双樹あやせであった。

 「綺麗でしょ~?なんせ生命の輝きだもんね?これに勝る宝石は無いよ~」

 「生命の輝き!?一体何言ってんのよアンタ!!」

 うっとりとした表情でソウルジェムを見つめるあやせを気味悪げに睨みつけながら、さやかはあやせがポツリと呟いた『生命の輝き』と言う言葉に眉を顰めた。
訳が分からないと言いたげな表情のさやかに、あやせはキョトンとした表情をする。

 「ん?何?まさか貴女、なーんにも知らないわけ?ソウルジェムの秘密も」

 「秘密って…、ソウルジェムって魔力の源で魔法少女に変身するための道具でしょ!?それ位知ってるっての!!」

 さやかが声を荒げて返答するのをあやせは黙って聞いていたが、さやかの言葉が終わるや否や腹を抱えて大笑いし始めた。まるで自分をバカにするかのような笑い声にさやかの顔が怒りで真っ赤になる。

 「な、何が可笑しいのよ!!」

 「ヒッハハハハハハハハ!!ククククク、ご、ゴメンゴメンあんまりにもメルヘンチックな答えだからさ、ヒヒッ、あー可笑しい。いやー、それも間違いじゃないけどさ~、残念、まだ不正解、大体30点って言ったところかな~?」

 「なっ!!じゃ、じゃあソウルジェムは一体何だってのよ!!」

 さやかの怒鳴り声をきいたあやせは、待ってましたと言わんばかりにニヤリと不気味な笑顔を浮かべる。
 
 「これはね、私達魔法少女の魂、要するにこれは私達の本体なんだよ~」

 「………え?」

 さやかは思わず口を開けたまま呆然とする。彼女が言った言葉がとっさに理解できなかった。
 
これが、ソウルジェムが、魔法少女の、自分の魂?自分の本体?
 
 それじゃあ自分のこの体は、魂の入っていない抜け殻、ただの死体ってことなの?

 呆けたまま立ち尽くすさやかの姿に、あやせは予想通りと言わんばかりに笑い声を上げる。 

 「あー、ショック?まあ気持ちはわかるよ~?キュゥべえ曰く戦いやすいように良かれと思ってやったらしいけど~。まあ私も最初はショックだったよ?もう私人間じゃない~って、ルカと一緒に丸一日泣き喚いたっけ。
 でもねー、今になったらもうどうでもいいかなって?むしろ私の魂がこーんなに綺麗な宝石になって手元においておけるからラッキー、とか考えちゃったりしてるし」

 ショックを受けているさやかとは裏腹に、あやせは鼻歌を歌いながらその場でスキップしている。
 どうやら彼女にとって、自分の魂をソウルジェムにされた事に今は怒りを感じていないようだ。それどころか今となっては自分の魂が美しい宝石になった事を喜んでいる様子である。
 あやせは手元のソウルジェムに軽く口付けすると、話を続ける。

 「それで~、他の魔法少女のソウルジェムもすっごい綺麗だったからさ~つい欲しくなっちゃって、今じゃこーんなにコレクションができちゃってるんだよ~。ん~眼福眼福~♪…ま、そう言うわけなので~…」

 あやせが口を噤んだ瞬間、掌のソウルジェムから光が放たれ、あやせの姿が白いドレスのような服装へと変化する。これこそがあやせの魔法少女としての姿なのだろう。先程の言葉のショックから未だに立ち直れないさやかは怯えているかのような表情でそれを眺めている。
 あやせはそんなさやかに手に持ったブレードを突き付けると、まるで獲物を見つけた肉食獣の如く、ベロリと舌なめずりする。

 「貴女のソウルジェム、頂戴?」

 未だにショックから立ち直れないさやかに、あやせは死刑を宣告するかのような言葉を告げた。


 佐倉杏子SIDE

 「…結局来ちまったよ見滝原…。あーあ、どうしたもんかなあ…」

 その日、佐倉杏子は見滝原の大通りをぶらぶらと何をするでもなく歩いていた。
 本人は別に此処に来る気は無かったのだが、アルデバランに半ば追い払われるような形で此処まで来てしまったのだ。
 アルデバラン曰く、迷惑掛けた魔法少女達にもう一度謝りなおして来い、との事で、最中の詰め合わせまでもたされてこうして見滝原に来る羽目になってしまった。
 いくら自分の過去と決着をつけ、家族と和解したと言っても、流石に一度袂を分けたマミや、殺し合いをしたさやかに顔を合わせるのは少々気まずい。いっその事最中を全部食って謝ったと嘘をついてしまおうとも考えたが、何処でアルデバランが見ているとも限らない。否、たとえ見ていなくても確実に分かってしまう。
 その為気が進まないが仕方無く見滝原まで来る羽目になってしまった。

 「あーあ…、ったくよー、謝れっつってもなんて言やあいいんだよ…。なあモモ、何かいいアイディア…ってあたしには聞こえねえか。不便だなオイ」

 ブツブツと一人文句を呟きながら、杏子は一人人混みを掻き分けながら進む。
 さやかの家もさやかが今どこにいるかも見当がつかないが、マミのマンションは以前何度か訪れた事がある。だから今すぐ行こうと思えば行けるのだが、それでも記憶の中に残っているマミとの決別の光景、それを思い出してしまうたびに行こうという気持ちにブレーキがかかってしまう。よしんば行ったとしてもまず何と言って謝ったらいいか見当もつかない。

 「おっちゃんから貰った小遣いで食い歩きでもしながら考えるか…って、うん?」

 コンビニやらファーストフード店やらを横目に見ながら、少し何か腹に入れようかと考え始めた瞬間、杏子は突如足を止めると店と店の間の路地に視線を向けた。
 表情は先程のものから一変して鋭い、まるで獲物を見定める狩人の如きである。

 「魔力のぶつかり合い…、こりゃ魔法少女と魔女…、じゃねえな。魔法少女同士やり合ってるのか?」

 杏子はブツブツと小声で呟きながら、こっそりと路地を入っていく。
 狭く曲がりくねった路地をまるですり抜けるかのように通る杏子。
 足を一歩ずつ進めていくと、少しずつだが魔力がぶつかる波動が強くなっていく。
 意外と目的地は近い、杏子がそう感じた瞬間…。

 「…ん?魔力が消えた…?決着がついたのかよ…」

 突然魔力の波動が感じられなくなった。戦いが終わり、どちらかが勝利したのだろう。若しくは合打ちか…。

 「行ってみるか…」

 杏子は再び足を進める。魔力が消えても大体の方向は分かる。そこを辿っていけば目的地につくだろう。
 やがて杏子は路地裏の開けた場所に到着した。と、それと入れ違いになるように、茶色いポニーテールの、見覚えのない少女が自分のわきを通り過ぎて行った。

 「…何だあいつ?あんな奴見滝原にいたか?」

 歩き去っていく少女を杏子は訝しげな表情で見送る。此処にいたと言う事は十中八九魔法少女なのだろうが、杏子の記憶の中にあのような魔法少女は居なかった。
 と、言う事は彼女は杏子と同じく元々見滝原にいた魔法少女ではなく、別の場所から見滝原に来た魔法少女と言うことだろう。
 目的は間違いなくグリーフシード、そして此処で行われたのもグリーフシードの奪い合いかあるいは意見が割れて衝突か…。

 「ま、多分後者だろうがな…。あの妙な正義感持ち共、特にあの新人ちゃんとかな」

 かつての自分のように妙な正義感を振りかざして自分に攻撃してきた蒼い髪の少女を思い出しながら、杏子は苦笑いを浮かべる。
 取りあえず何時までも棒立ちしているわけにもいかない為、杏子は魔法少女達が戦っていた路地裏の広場に足を踏み入れる。
 そこは周りを高いビルの壁で囲まれており、日の光があまり入ってこない場所であった。だがスペースはそこそこあり、魔法少女が隠れて戦うには充分な広さはある。そこに誰かが一人倒れている。

 「あいつは…」

 杏子はその倒れている少女を見て眉を顰める。そのショートカットの青い髪の毛は倒れている少女が何者なのか如実に語っていた。
 杏子は軽く溜息を吐くと早歩きで倒れている魔法少女、美樹さやかに近付いた。

 「随分と早い再会になっちまったが、しっかし随分とボロクソにやられたもんだなオイ」

 「う、あ、あんた…」

 呆れた表情でこちらを見下ろしてくる杏子を、さやかは傷を負った身体を起こして睨みつける。
 さながら手負いの猛獣のようなさやかの視線を、杏子は軽く受け流す。
 どの道この状態では回復魔法で自身の傷を癒すので手一杯、こちらから何もしなければ攻撃してくることも無いだろう。

 「んで、一体どうしたんだよ。また妙な正義感振り回して返り討ちに遭ったってのかよ」

 「違うっての…。やられたんだよ…」

 「やられた?何を?」

 「あの魔法少女…。あたしのソウルジェ……」

 さやかが暗い表情で何かを言おうとした瞬間、さやかは突如として目を見開き、まるで糸の切れた人形のように地面に崩れ落ちた。

 「なっ!?お、おい!!いきなりどうしやがったんだオイ…!?」

 何の前触れも無く地面に倒れたさやかを杏子は慌てて抱き起こす。だが、抱き起こした瞬間、杏子の顔色が変わった。 

 「こいつ…死んでやがる…」

 杏子の声が、路地に空しく響き渡る。
 そう、美樹さやかは完全に死んでいた。
 脈も無く、瞳孔も開き、呼吸もしていない…。誰が見ても完全に死体としか思えない状態である。
 先程まで傷を負いながらも生きていたと言うのに、全くと言って言いほど突然の出来事であった。

 (…けど、妙だ。こいつの身体には致命傷になるような傷はねえ。毒やら飲んだとか心臓発作を起こしたって様子じゃねえし…。さっきまで喋れていたってのに何で突然ばったりと…)

 杏子は死体となったさやかに妙な違和感を覚える。普通死んだのならば肉体にそれらしき痕跡が残りそうなものである。にもかかわらず、さやかの身体にはそんな痕跡は何処にもない。
それにさやかは先程まで生きていた。確かに叩きのめされて身体中に傷を負ってはいたものの、それでも突然死んでしまうような傷は無い。ましてや彼女の魔法は回復魔法、多少の傷なら癒してしまう事等造作も無いはずだ。

 「…まさか!!」

 杏子は急いでさやかの両手を確かめる。そして、そこにあるはずのものが無い事に気がつくと険しい顔で歯を食いしばる。

 「…ソウルジェムがねえ」
 
そう、美樹さやかの両手には、本来魔法少女が持っているはずのソウルジェムが無かったのである。
 ソウルジェムは魔法少女の魔力の源であり身体から切り離された魂でもある。
 魂が身体の外にあるため、この肉体をいくら傷つけても魔法少女は原理上死ぬことはまずない。
 だが、逆に言ってしまえばソウルジェムが破壊、若しくは強奪されてしまった場合は魔法少女は肉体の状態に関係なく死亡してしまうと言うことに他ならない。以前出会ったマニゴルドの話では、ソウルジェムを自分から100メートル以内に離してしまうと肉体そのものが機能停止、それから死後硬直が始まると言っていた。
 先程までさやかは生きていた。ソウルジェムが破壊された瞬間に肉体も機能停止すると言うことなら、破壊されたと言う事はまずない。ならば考えられるのはただ一つ、さやかのソウルジェムは何者かによって奪われた、それしかない。
 そして、ソウルジェムを奪った下手人として考えられるのは…。

 「…あいつか」

 あのポニーテールの見覚えのない魔法少女以外にあり得ない。もう100メートル以上離れてしまっているだろうが、それでも魔力の残滓を辿っていけばまだ何とか探し出せるはずだ。
 確かマニゴルドも、ソウルジェムを奪われたらもう一度ソウルジェムを本人に触れさせれば生き返る、と言っていた。ならば、直ぐにでも探しだし、ソウルジェムを奪い返さねば…。

 「佐倉さん!?一体何を……、さ、さやかさん!?」

 と、背後から聞き慣れた声が聞こえる。杏子が後ろを振り向くと、そこには私服姿のかつてのパートナー、巴マミが驚愕した様子でこちらを凝視していた。
 再会としてはあまりいいシチュエーションではないものの、この際贅沢は言ってられない、杏子は心の中で舌打ちするとさやかを再び地面に横たえる。

 「マミか、丁度いい。コイツ預けとくぜ。いいか、絶対病院なんぞに渡すんじゃねえぞ」

 「え?さ、さやかさん?さやかさん!?…な、なんで、なんでさやかさんが死んでるの!?」

 マミは戸惑った様子でさやかを抱き起こして身体を揺する。杏子自身はこのままさやかをマミに任せても良かったが、それでは妙な誤解を抱かれて変に警戒されてしまう可能性もあったので、何があったのか手短に説明する。

 「ソウルジェムをパクられた。アレは魔法少女の魂だから盗られちまったら死体になる、そう言う理屈だ」

 「なっ!?ソウルジェムが魔法少女の魂!?一体どういう…」

 「時間がねえ、詳しい事はキュゥべえにでも聞きやがれ。あたしはそいつのソウルジェム盗った奴を追う。じゃあな!」

 杏子はそのまま盗人を追跡しようとするが、手に持っていた菓子折にはたと気がつく。
 さやかが突然倒れてから存在すら忘れていた事に、杏子は軽く溜息を吐くとマミに菓子折を差し出す。
 
 「ああそうだ、これアンタに。ソウルジェム取り戻したらそいつにも食わせてやりなよ!」

 「え?ちょ、さ、佐倉さん!?」

 菓子折を押し付けられたマミの戸惑った声を尻目に杏子は盗人を追って走り出した。

 (ったく、ただ謝りに行くはずが、とんだ事になっちまった!!あの盗人女、見つけ次第泣かしてやらァ!!)

 走りながら杏子は、心の中で密かにそう誓った。

 マニゴルドSIDE

 「おやおやまあまあ、どうやらさやかちゃんはソウルジェムをパクられちまったみたいだねェ」

 とあるビルの屋上で、マニゴルドは路地裏の魔法少女達の姿を眺めながら面白そうに笑っていた。
 よく見るとその腕の中には小さな人形のようなものが抱えられている。

 「しっかしまさか双樹姉妹がこの街に来るなんてよ、ったくジジイ共は何やってやがるんだか、シナリオ狂ってるなんてレベルじゃねえだろ…」

 全く困ったもんだぜ、とマニゴルドは愚痴りながら視線を別の方向に向ける。
 その先に居るのはさやかのソウルジェムを奪った盗人、双樹あやせ。彼女の姿を興味深そうにマニゴルドは眺めている。

 「んでもってよりによって双樹姉妹に真っ先に狙われちまうなんて、さやかちゃんマジマンモス哀れな奴…てか。まあ仕方がねえっていやあそれまでだが…」

 魔法少女になったのが運の尽きかね~、とおどけた調子でしゃべりながらマニゴルドは手に持った人形を放り投げる。
 と、人形はそのまま空中に静止し、空に浮かびながらマニゴルドの頭の高さまで下りてくる。
 人形は笑顔を浮かべながら、マニゴルドに向かって何か話しかける。マニゴルドはそれを頷きながら聞いていたが、直ぐに面倒くさそうな表情で『家に帰ってからにしろ』と斬って捨てる。人形はしょぼんとした様子でそのまま地面に落下する。マニゴルドは地面に落ちた人形を拾い上げてポケットに入れると、ニヤリとまるで悪役のような笑みを浮かべる。

 「さァってと…、それじゃ、よからぬ事を始めましょうかねェ」


 あとがき

 新年明けましておめでとうございます!
 どうか今年も拙作をよろしくお願いいたします。



[35815] 第25章 赤と双極の激突(前編)
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆b1f32675 ID:f562ef5f
Date: 2014/01/26 19:08
 見滝原の商店街にあるとある喫茶店。
 洒落た雰囲気の店内とコーヒーの味でそこそこ有名なその店の窓際の席で、シジフォスとアルバフィカの二人が向かい合って座っていた。
 無論のんびりお茶を飲む為でも、世間話をしに来たわけでもない。彼等が来てからのこの世界の変化、それについて話し合うためである。

 「さてアルバフィカ、俺達がこの世界に来てから早一ヶ月、もうこの世界の流れも中盤戦と言ったところ、だな。取りあえず第一の目的、巴マミの生存は達成した。次は…」

 「美樹さやかについて、か…。正直デジェルに一任してはいるものの、やはり我々も介入したほうが良いか…?」

 「ああ、例のソウルジェムの件と魔女化の件についても切り出さなくてはならないからな」

 シジフォスは難しい表情でコーヒーを口に含む。
 ソウルジェムの秘密と魔法少女の魔女化…。魔法少女達を救うためには絶対に避けては通れない壁だ。ソウルジェムが魔法少女の魂であると言う事については美樹さやか以外ならば何とか乗り越えられるであろうが、魔法少女が最終的に魔女になる、魔女が魔法少女のなれの果て、という事実についてはいつ明かすべきか決めかねているのが現状だ。
 下手にそのような事実を漏らしてしまえば、マミ辺りが暴走して他の魔法少女を殺してしまう可能性もある、というよりも、他の時間軸での出来事を照らし合わせるとそうなることはほぼ確実であろう。

 「…そしてソウルジェムが魔法少女の魂と言う事は…、確かさやかと杏子の諍いで判明するんだったな?アルバフィカ」

 「そうだ、争いを止めようとしたまどかがさやかのソウルジェムを放り投げ、それでさやかの肉体は生命反応を停止、そしてキュゥべえの種明かし、といったところだ。が…、幸か不幸かこの時間軸でそれは起こりそうにない。つい昨日マニゴルドの奴が佐倉杏子の魂を肉体に戻したと聞いた。家族との事も吹っ切れたようだしもうさやかに喧嘩を売ることも無いだろう」

 「なるほど…。となるとどうやって打ち明けたものか…。まさか我々が彼女達のソウルジェムを奪うと言う暴挙に出るわけにもいかぬし…」

 実際に目の前で実証したあとキュゥべえに吐かせてしまえばどうにでもなるのだろうが、問題はどうやって実証するかである。
 本来の歴史通り杏子とさやかの諍いがあるのなら話は別なのだが、聖闘士達の介入によってさやかと杏子の意識の変化がある以上、互いの軋轢はほぼ払しょくされているとみて間違いは無い。
 本来なら魔法少女同士が争う事が無いと言うので喜ばしい話なのであろうが、お陰で魔法少女の秘密の一つが明かされる機会を逸してしまった。
 幸いワルプルギスの夜襲来までまだ時間はある。それまでに何か方策を考えれば…。
 
 コーヒーを啜りながら考えにふけるシジフォスを、アルバフィカは黙って眺めている。

 「所で話しは変わるがシジフォス、君は鹿目まどかをどう思っている?」

 と、アルバフィカは突然シジフォスに向かって、何気なくそんな問いを投げかけた。
 あまりに唐突な質問に、シジフォスは思考を中断すると、眉を顰めてアルバフィカを見る。

 「はあ?何だ藪から棒に。どうと言ってもなんとも思わないが?」

 「何とも思わない、か…。恋愛感情その他は抱いていないのか?」

 「無い。何度も言うように俺はまどかにそんな物を抱いた事は一度も無い」

 一切の淀みなく言い放つシジフォスに、アルバフィカは呆れた表情で頭を押さえる。

 「随分と酷い事を言うものだなシジフォス。まあ確かに子供に恋愛感情を抱くなどと言う事があったらもはやロリコン確定だろうがな」

 「どこぞの山羊座ではないのだから俺は幼女に欲情などせんわ!!大体お前とてマミの事はどうするつもりだ、と言うかどう思っている!!」

 「マミはただのお隣さん、ついでに紅茶の淹れ方やら生け花やらを習いに来る生徒と言ったところだ。恋愛感情など湧かんしよしんば湧いたとしても体質の問題で恋愛等不可能だ」

 アルバフィカは平然と言いながら肩を竦める。
 アルバフィカの体内の血液はデモンローズへの耐毒性質を身につける過程で同質の毒性を帯びてしまっている。さらに新しい生を得てからは修行の過程でさらなる毒素を取り込む事となったため、聖戦時よりも危険度が上がっている。
 そんな危険極まりない体質であるため、アルバフィカはやたらに人に近付く事も出来ない。ましてや女性との恋愛関係等夢のまた夢だろう。

 「…あのだな、お前達は何か勘違いしているが、俺は女性ともう付き合える身分じゃないんだ。いろんな意味でな」

 「何だ?聖闘士が女性とお付き合いしてはならないと言う法は無いぞ?まあ私は御存じのとおり体質の問題で付き合ううんぬん以前の問題だが…」

 「いや、そうじゃなくてだな…。ああ全く!!もうこの際だから言っておくがな、俺には……、ん?」

 シジフォスが何かを言おうとした瞬間、携帯電話の着信音が響き渡る。
 反射的に口を閉じたシジフォスは、自分の胸ポケットの中から携帯を取り出すが、着信音はなっておらず、着信もメールも来ている様子は無い。
 となると音源は…。シジフォスは目の前の同僚に視線を向けると、既にアルバフィカは自身の携帯を取り出していた。

 「ああすまん私のだ。…もしもし、ああなんだマニゴルドか、一体どうし…、なんだと!?それは本当か!!」

 アルバフィカは知り合いからの電話に最初どうでもよさそうな顔で話をしていた、が、突然ギョッとした顔で大声を上げる。
 そのせいで店でお茶を飲んでいた客や店内を回っていた店員が驚いた表情で一斉にこちらに視線を向けてくる。シジフォスは以前にもあった光景に嫌そうな顔をするといつぞやと同じように店員や客に謝り始める。
 アルバフィカも大声を出した事に気がついたのか一度口をつぐむと、今度は蚊のような声でボソボソと話を再開する。

 「…ああ、ああ分かった、直ぐに向かう。では電話をきるぞ」

 「はあ…、はあ…、全く、少し声が大きすぎるぞアルバフィカ。他のお客様に迷惑がかかるだろうが」

 アルバフィカが電話を切ると、店の中の客と店員全員に謝り通してきたらしいシジフォスが、色々と疲れ切った表情で自分の席に座りこんだ。アルバフィカも気まずそうな表情で軽く頭を下げた。

 「…で、一体どうしたというんだ。何か予想外の事態でも?」

 「…予想外などというレベルではない、美樹さやかのソウルジェムが強奪された」

 「な、何だと!?……あ、すいません、こちらの事です」

 アルバフィカのあまりにも予想外なセリフにシジフォスは反射的に席を立ちあがる。
 が、それでまた他の客の視線が自信に集まってしまい、再び謝る羽目になってしまう。
 再び店内の客への謝罪を終えたシジフォスは、倒れ込むようにテーブルに突っ伏すと、近くにいる店員にコーヒーを注文する。
 店員は不審そうな目つきでシジフォスを眺めていたが、何も言わずに空のカップを受け取りカウンターに下がっていく。そんな店員の後姿を、シジフォスは苦笑いを浮かべながら見送った。
 改めてアルバフィカに視線を向けると、こちらはこちらで何とも言えない表情でシジフォスを眺めている。

 「…話が途切れたな。一体どこの誰だ?そんな事をした輩は…」

 「…下手人の名前は双樹あやせ、これだけ言えば分かるだろう?」

 「…!なるほど、双樹姉妹か。全く厄介なモノが出てきたな…」

 アルバフィカの言葉にシジフォスは合点が言ったのか眉を顰める。
 双樹姉妹。アスプロスとデフテロスの後輩である双子座の黄金聖闘士、サガと同じ二つの人格を持つ魔法少女。ただし、善と悪の人格が対立していたサガとは違い、双樹姉妹の人格、あやせとルカは互いの趣味嗜好が一致しているためか人格同士争い合う事は無い。
 しかし人格云々については問題ではない。一番の問題は彼女の趣味趣向であった。
 彼女は魔法少女の魂であるソウルジェムを宝石と称して魔法少女から次々と強奪してコレクションするという趣味がある。無論魔法少女からすれば死活問題であるため抵抗はするのだろうが、双樹姉妹自身の魔法少女としての力量もかなりのものであり、さらに人格の入れ替えによって魔法少女として異なる力を使用する等の通常の魔法少女とは異なる戦い方をすることから、結果的に魔法少女の多くがソウルジェムを奪われる羽目になってしまうのだ。

 「だが彼女達は今あすなろ市で活動しているはずだ。それがなぜ見滝原に…」

 「大方目当てのソウルジェムが無かったからソウルジェムの多い見滝原に出てきたのだろう。餌を求めて野生動物が人里に下りてくるように、な」

 アルバフィカは紅茶を口に含みながら気の無い返事を返す。
 アルバフィカの言うとおり、あすなろ市にはもう魔法少女は殆どいない。
 セージとハクレイ、そしてプレイアデス聖団の活躍により、あすなろ市にいる全ての魔法少女のソウルジェムは元の肉体に戻され、魔女も殆どが狩りつくされている。
 故に魔法少女からしてみればあすなろ市にいることにメリットはない。生命線であるグリーフシードを稼げないのならば、わざわざ留まる理由もない。そのため今のあすなろ市にいる魔法少女は、プレイアデス聖団を含む、ソウルジェムを持たない魔法少女のみである。
 双樹姉妹からすれば、今のあすなろ市はソウルジェムも無ければグリーフシードも手に入らない、さらに下手にうろつけばプレイアデス聖団に攻撃されて自分達の魂を肉体に戻される羽目になりかねない、居てもメリットどころかデメリットしかない場所、ならばそんな所に留まらず、魔法少女が大量にいるであろう別の街、すなわちここ見滝原に移動するのは必然であろう。

 「…なら、我らが動くべきか?」

 シジフォスは鋭い視線をアルバフィカに向け、問いかける。
 双樹姉妹は魔法少女でも屈指の実力者、たとえマミでも勝てるかどうか保証はない。
 故に自分たちが動いて彼女達を叩き、さやかのソウルジェムを取り戻す。それが一番確実な一手だろう。
 が、アルバフィカは落ち着いた様子で首を振った。

 「マニゴルドの奴が様子を見ろ、と言っていた。既に佐倉杏子が双樹姉妹を追跡している。最悪自分が出るから安心しろ、とな」

 「杏子が、そうか…」

 シジフォスはただ一言そう呟くと、そのまま黙りこむ。店員がお替わりのコーヒーをテーブルにおいて行ったが、それにすら気が付いていないかのようであった。

 「…不安そうだな」

 「ああ、何しろ相手は何人もの魔法少女のソウルジェムを奪っている、即ちそれだけ多くの魔法少女と戦い、退けてきた強敵だ。果たして杏子一人で勝てるかどうか…」

 アルバフィカの言葉にシジフォスは何とも言えない表情を浮かべる。
 確かに佐倉杏子は己の本来の魔法である幻覚魔法を取り戻した。だが、相手は何人もの魔法少女を倒してきた強者、魔法少女との戦いも相当知り尽くしている。いかにベテランな杏子でも苦戦は免れないだろう。
 少々心配性気味なシジフォスに、アルバフィカは呆れたように肩をすくめる。

 「残念だが彼女が本当の危機に陥らない限り我々は静観だ。この世界での主役は彼女達魔法少女であり、我ら聖闘士ではない。精々裏方役に徹して彼女達を引き立てるべし、それが教皇と一刀の指令のはずだろう?」

 「む…、確かにそうだ、な…」

 シジフォスは渋い顔でコーヒーカップに手を伸ばす。
 確かに此処で自分達が手を出してしまえば簡単に片はつくだろう。
 だが、自分達が出ていいのは魔法少女達が本当にどうしようもない危機に陥った時のみ、それ以外の場合は出来うる限り彼女達自身の力で解決してもらう。
 あくまで自分達は脇役、この世界で紡がれる『物語』の主役は彼女達だから…。というのが依頼主の主張である。言いたい事は分かるのだが、やはり分かっているのに手助けをしてやれない、というのは流石に気分が悪い。
 シジフォスは苦虫を噛み潰した表情でコーヒーを啜る。ふと見るといつの間にか向かい側に座っていたアルバフィカの姿が消えている。代わりに彼の座っていた側のテーブルの上に自身の飲んだ紅茶の代金が置かれている。先にマミの所へ行くから自分の代わりに代金を払っておいてくれ、という事だろう。

 「全く、この程度奢ってやると言うのに、律儀な奴だな」

 まあそれが奴のいいところなのだが、とシジフォスは微笑を浮かべるとカップのコーヒーを一気に飲み干した。


 杏子SIDE

 その頃、美樹さやかのソウルジェムを強奪した双樹あやせは、とあるビルの屋上で青い輝きを放つソウルジェムを掲げてうっとりと陶酔した表情を浮かべている。

 「ん~…、この海のような深い青、ディープなブルー…。いい物が手に入ったなー。最初にしては出だしも上々~♪」

 満足げな笑顔を浮かべながらソウルジェムを眺めるあやせ。が、ふと笑顔のまま視線を屋上の入り口のドアに向ける。

 「そう思うよねえ、そこに隠れている魔法少女さん?」

 あやせが閉じられたドアに声をかけると、それに答えるようにドアが開く。そして、開いたドアから屋上に出てきたのは、赤いポニーテールとつり上がった目が特徴的な少女、佐倉杏子。さやかのソウルジェムを奪い取ったと思われる魔法少女を尾行し、此処まで辿りついたのだ。
 杏子は目の前の下手人を油断なく眺めながらポッキーを口にくわえ、噛み砕く。

 「…やっぱりテメエか、あいつからソウルジェムパクってやがったのは」

 「パクる、ねえ…。まあそうだね。うん、私が犯人で間違いないよ」

 あやせは表情を変えることなく自身がソウルジェムを奪った事をあっさりと認める。自分の存在に全く動じていないあやせの姿に杏子は軽く眉を上げる。
 そんな杏子の態度に構わず、あやせは興味深そうに杏子をジロジロと眺める。

 「そーいう君は魔法少女、でいいのかな?うーん、君のソウルジェムも綺麗そうだなァ、ほっしいなァ」

 まるで舐めるように眺めてくるあやせの視線に杏子は気味悪げに顔を顰めて舌打ちをする。

 「一つ質問に答えやがれ、なんでさやかのソウルジェムを奪った?そんなもの奪っても何の価値もねえだろうが。グリーフシードと違って穢れ吸い取らねえし、別の魔法少女に変身できるわけでもねえ。集めてもあたしらにゃ何の得もねえ代物なんだぜ?」

 これ以上付き合っていられないと言わんばかりに杏子は本題を切りだす。
 奪った理由が碌でもない理由ならばこいつをぶちのめしてソウルジェムを奪い返してとっととおさらばしよう、そう心に決めて杏子はあやせを睨みつける。
 杏子の問い掛けに対し、あやせは『またか』と言いたげなうんざりしたような表情を浮かべる。

 「あー、またその質問かー。何だか魔法少女に会うたびにそんな事聞かれるんだよねー。『何でソウルジェム集めてる?』とか『そんなの集めて得でもあるのか?』とかね。
 そんな事言われても、特にこれといった理由なんてないよ。でも、まあそうだねー、強いて言うなら…」

 あやせはしばらく考え込んでいたが、やがてニッと無邪気な、それでいて何処か不気味な笑みを浮かべる。

 「綺麗だから集めたくなった、それだけかな~?」

 「……なんだと?」

 あやせの返答を聞いた杏子は、その意味が分からず呆気にとられた表情を浮かべた。
 あやせはそんな杏子の反応が予想通りだったのかクスクスと笑いながら話を続ける。

 「私って昔から宝石とか大好きでさ~、子供のころからそういうのコレクションしていたんだよね~。でね、ある時キュゥべえと契約して私の魂がソウルジェムになったんだけど、それがすっごく綺麗でさ~、今までたっくさんの宝石を見てきたけどこれ以上に綺麗なものなんて無かったよ~。
 それでね、ふと思ったんだ。私以外にも魔法少女が居るんなら、他にも一杯ソウルジェムがあるんじゃないかって!もしあるなら全部集めて眺めていたいって!だーからソウルジェムを集めているってわけ」

 自慢そうに話すあやせの姿を、杏子は黙って眺めていた。否、呆気にとられて何も言う事が出来なかった。
 なんなんだコイツは。一体何を言ってるんだ?杏子の頭を巡るのはそれだけだった。
 魔法少女の魂であるソウルジェム、それをただ『綺麗だから』という理由で奪い取る…?
 杏子からすれば全く持って理解できない、否、理解する気にもなれない思考回路であった。

 「…テメエ、ソウルジェムが何だか知ってるのか?それはただの変身道具じゃねえんだよ。魔法少女の本体、魔法少女の魂そのものなんだぞ?それが無くなったら魔法少女は…」

 「うん、知ってるよ」

 杏子の問い掛けを最後まで聞かず、あやせはあっさりと肯定を返す。
 ソウルジェムは魔法少女の魂で、コレを失った魔法少女の肉体はただの死体となる事を知っていると…。

 「でもいいじゃん!これが本体だって言うならさ、空っぽの身体がどうなったってコレが無事なら魔法少女は『生きてる』ってことでしょ?だったらソウルジェムを私が貰っても魔法少女を『殺した』ことにならないよねェ?だって魔法少女達は~…」

 あやせは懐から木箱を取り出し、蓋を開く。
 そこには、色とりどりのソウルジェムが箱にびっしりと詰められており、あやせはそれを杏子に見せびらかしながら自慢げに笑う

 「ここでちゃーんと生きているんだからさァ」

 無邪気な笑顔で魔法少女の『魂』を見せてくるあやせの姿を見て、杏子は今度こそはっきり嫌悪感を抱いた。
 異常だ、コイツは壊れている。
 ただ自分の趣味嗜好の為に魔法少女のソウルジェムを、魔法少女の命と知りながら奪い取り、コレクションする…。杏子からすれば、否、たとえ他の魔法少女であったとしても嫌悪感を抱くであろう思考だ。

 「…下らねえ」

 「ん?今何て言ったの?」

 杏子がボソリと何かを呟き、それを聞いたあやせはキョトンとした表情で聞き返す。
 杏子は伏せていた顔を上げると、怒気の籠った視線であやせを睨みつける。

 「下らねえ。よしんばソウルジェムが本体であろうとなかろうと、肉体無くなっている時点でそいつはもう『死んでいる』も同然じゃねえか。テメエにソウルジェム盗られた魔法少女の身体はどうなる?そのまま放置されて腐るか、霊安室におかれるか、それとも火葬場で燃やされるか…、どっちにしろ碌な事にならねえ。分かるか?
 テメエのやってることはなあ、人をぶっ殺している事と大差ねえんだよ!!この無差別強盗殺人女が!!」

 杏子の怒号が屋上に響き渡る。
 確かに自分も生きるためとはいえ万引き、無銭飲食、空き巣と何でもやってきた。
 親がいなくなり、食う物にも困り果てた果てに、自身の手にした魔法を利用してアルデバランに出会うまで生き続けてきた。
 そして、グリーフシードを得るために、多くの使い魔を見逃してきた。その結果、どれ程多くの人々が犠牲になってきたのだろうか…。
 たとえ自分が生きるために仕方なくやってきたと言っても、確かに自分がやってきた事は悪事だろう、世間一般で見れば警察に御用されても文句は言えないだろう。
 だが、こいつは単なる自分の趣味のため、快楽のために文字通り魔法少女の命を奪い、収集している。もはや悪などという生温い言葉では済まされない、本物の鬼畜だ。
 こんな奴をこの街でうろつかせるわけにはいかない。さやかだけではない、自分が師事したマミにまで被害が及ぶだろう。
一方杏子に好き放題言われたあやせは、いかにも不機嫌そうに顔を顰める。

 「強盗殺人女か~…そう言う言われ方、マジ好きくない。それに~…何だか君のソウルジェムも、欲しくなってきちゃったよ~?」

 怒気と殺気を滲ませながら、あやせはソウルジェムの入った箱を懐にしまい込む。瞬間、あやせの全身が眩い光で覆われ、光が晴れた瞬間、あやせの服装は白いゴスロリ衣装、すなわち魔法少女の姿へと変化していた。
 魔法少女に変身したあやせの姿を見て、杏子はまるで馬鹿にするように鼻を鳴らした。

 「あたしのソウルジェムが欲しい?そいつは無理な相談だな。何故なら…」

 杏子は目の前の敵に向かって、まるで獲物を見つけた猛獣の如き獰猛な笑みを浮かべた。

 「テメエは此処で、立ち上がれねえくらいぶちのめされるからだ!!」

 杏子が叫んだ瞬間、杏子の身体から深紅の光が放たれる。やがて、光が消えるとあやせの目の前には、魔法少女の姿に変身した杏子の姿があった。
 その姿は一見すると普段変身した姿と変わらない様に見える。だが、ただ一部、かつての杏子の魔法少女の姿とは違う部分がある。それは…。

 「ん?あれ?何、貴女ソウルジェム無いの?」

 「ああ、だったらどうした?」

 あやせは訝しげな顔で杏子をジロジロと観察するように眺める。一方の杏子からすれば、その反応は予想通りだったのか顔色一つ変えることなく、あやせの視線を受け流していた。
 あやせの言うとおり、杏子の胸元にはかつて存在していた赤い宝石、ソウルジェムが無い。ソウルジェム、すなわち魂は杏子自身の身体の中に存在している。
 先日教会でマニゴルドが召喚した魔女を倒し、家族と和解した後、マニゴルドはプレゼントと称して杏子にある術を施した。
 その一つがソウルジェム、魂を元々あった体内に戻すこと。ただし魔法少女の力そのものは失われず、魂そのものに残留しているため、ご覧のように変身する事は可能だ。
 魂が元の肉体に戻っているため、ソウルジェムを奪われて身体が死体になる、という事はないものの、逆を言えば魂がソウルジェムだった頃の利点、ソウルジェムを破壊されなければ死ぬ事は無いと言う半不死性は失われている。その為ソウルジェムがあった頃は大した事のない攻撃であっても、下手をすれば致命傷と化す危険性も出てきてしまっている。
 とはいえ杏子からすれば魂のないゾンビのような体などまっぴらごめんであるため、今の状態に特に不満は無い、むしろグリーフシードで穢れを取り除く手間が省けているため、逆に感謝している程である。
 一方の双樹あやせは杏子がソウルジェムを持っていないと分かると、急にやる気をなくしたかのように盛大な溜息を吐き、変身を解除して元の姿に戻る。
 突然変身を解除したあやせに今度は杏子が不審そうな顔になる。

 「…おい、変身解除して一体なんのつもりだテメエ」

 「やーめた、ソウルジェム持ってない魔法少女もどきの相手なんて時間の無駄じゃん。帰る」

 訝しげにこちらを眺める杏子に対し、あやせは興醒めした様子でそのまま杏子の横を通り過ぎていく。杏子はそんなあやせの態度に再び激昂する

 「なっ…!時間の無駄だと!?テメエふざけてんのか!!」

 「だってー、貴女ソウルジェム持ってないでしょ?だったら戦うだけ魔力の無駄遣いじゃん。そ・れ・に、私人殺しは嫌いなんだー。もし戦ったら貴女死んじゃうよー?死ぬのやだでしょ?私は人を殺すのやだ。だから、帰る」

 「なっ!?ふざけてんのかテメエ!!今まで散々魔法少女ぶっ殺しておいて人殺ししたくねェだ?寝言ほざくのもいい加減にしろ!!」

 あやせのあまりにふざけたもの言いに、杏子は怒りで顔を赤くしてあやせの肩を鷲掴みにする。
 強い力で肩を握りしめられ、あやせは痛そうに顔を顰めながら、軽く溜息を吐いた。

 「全く、しょうがないなァ」

 その瞬間、あやせの肩を掴んでいる杏子の腕が突然発火した。何の前触れも無く燃え上がった腕に、杏子は咄嗟に反応できずに呆然としている。そんな杏子の姿にあやせは可笑しそうにクスクスと笑い声を上げる。

 「その炎は大体500℃前後、紙や木なら軽く燃える温度だよ?腕、燃やされたくなかったら離しなよ」

 ソウルジェムを魂を戻される、それはすなわち半不死の肉体を失うと言う事はあやせも知っている。痛覚遮断や回復は出来るかもしれないが、あまりに重度の傷を負えば回復などしている間も無く死ぬ、魔法少女よりもはるかに脆い肉体へと戻っている。
 ならば炎に耐えられない、無理に耐えても腕一本が消し炭になる、放っておけば手を離すだろう、あやせはそう考えていた。
 だが、そんなあやせの予想に反し、杏子は一向に腕を離そうとせず、肩をつかむ力も欠片も弱まっていない。流石にあやせも不審そうに眉を顰める。

 「ちょっとちょっと、痛覚遮断してるの?それでも腕一本燃やされちゃうよ?早く離した方が…」

 身のため、と続けようとしたあやせの言葉が途切れる。
 あやせはてっきり杏子の顔は腕を焼かれる苦痛で歪んでいると思っていた。
 痛覚遮断でも限度はある。いくら痛みを消せると言っても燃やされる腕を見て平静でいられるはずがない。
 だが、目の前の杏子の顔は苦痛に歪んでいなかった、それでいて平静を保った無表情でも無かった。
 杏子は笑っていたのだ。それも狂気でも快楽でも無い、まるで勝利を確信したかのような笑みを浮かべていた。

 「燃やされるだ?腕を?お前…」

 呆気にとられてこちらを眺めるあやせに、杏子はゆっくりと口を開いた。

 「一体いつからあたしがお前を掴んでいると錯覚していた!!」

 「は?」

 キョトンとしたあやせが何気なく自分の肩に触れると、そこにあったのは…。

 「な、や、槍!?」

 「気付くの遅えんだよアホが!!」

 杏子の槍の柄があやせの顔を思い切り殴り飛ばす。一方あやせは掴んでいたはずの手が槍に変わっていたことへの驚きのせいで、咄嗟の回避行動がとれず、そのまま棒の一撃を顔で受け止める事となってしまう。

 「ガッ…!!」

 顔面を殴り飛ばされ、あやせはそのまま屋上の柵に激突する。そんなあやせを眺めながら、杏子は手に持った槍をぐるりと一回転させる。
 穂先とは逆の槍の柄は、短時間とはいえ炎であぶられたせいか黒く炭化して脆くなっている。そして相手も魔法少女、多少の肉体のダメージは回復されるであろうし、痛覚も遮断できるだろう
 案の定あやせはゆらりと立ち上がると、殴られた頬を優しくなでる。

 「…ったいなあ…、もう…。やっぱりアンタ、スキくない…!!」

 あやせは余裕そうな顔から一転、まるで親の仇を見るような憤怒の形相で杏子を睨みつける。ようやく戦う気になったあやせに杏子は反対にニヤリと笑みを浮かべる。
 唇に付いた血を舐め取ると、あやせは再び魔法少女へと姿を変え、手に持ったサーベルを杏子に突き付ける。

 「決めた、もうソウルジェムとかどうでもいい。君は、徹底的に潰してやる」

 「上等だ、こっちも同じ意見だ。痛めつけて泣かせてやるよ!!」

 杏子はそう叫ぶや否や先手必勝とばかりに槍を構え突撃する。
 元々身軽な装備、そして魔力による脚力の強化によりまるで杏子自身が一本の槍と化したかのようにあやせ目がけて疾走する。
 このままいけば槍はそのままあやせを貫通、魔法少女ゆえに死ぬ事は無くても到底戦闘できる状態ではなくなる。

 「ヌルいっての!!」

 が、その突撃を遮るように、あやせの前から巨大な壁のように燃え盛る炎が出現する。
 突如発生した業火、このまま突っ込めばまず間違いなく炎につっこむ事となる。ソウルジェムが無くなって不死身の肉体で無くなった今、こんなもので焼かれたらまず間違いなく全身大やけどを負い、死ぬ。杏子は地面に槍を突き立てて突進の勢いを殺す。
 全速力で突撃していた勢いをそのまま受け止め、槍は軋み圧し折れる。
 それでもなんとか炎の壁の一歩手前で静止することが出来、杏子は息を荒げながらバックステップで後ろに下がる。それと同時に炎の壁が消え、その影からあやせが残酷な笑みを浮かべながら現れた。

 「炎…、それがアンタの固有魔法ってわけかい!!」

 「さーて、ね!これから黒焦げになるあんたにゃ言う必要もないでしょうが!!」

 あやせは不気味に笑いながらブレードを振りあげる。瞬間、ブレードに赤く燃え盛る炎が纏わりつき、さながら炎そのものが剣となったかのような様相となる。

 「アヴィーソ・デルスティオーネ!!」

 あやせが剣を振り下ろした瞬間、炎は杏子目がけて襲いかかる。が、ただ一直線に向かってくるだけの炎ならば、速さに勝る杏子にとって避けるのはたやすい。
 杏子は迫ってくる炎をギリギリまで引き付けると、真横に飛び込み、回避する。自身の炎が回避されたのを見て、あやせは感心したように軽く口笛を吹く。

 「…なるほど、速いね。流石にもどきになってもベテランか。なら…」

 あやせが軽く指を弾いた瞬間、あやせの背後に10を超える火の球が出現する。
 一つ一つが人間一人軽く消し炭に出来るであろう灼熱の砲弾、それが10、杏子の顔も思わず引き攣った。そんな杏子の様子に気付いているのかあやせは笑みを深めてブレードを振りあげる。
 
 「これならどうかな!!セコンダ・スタジオーネ!!」

 まるで指揮者の如くブレードを振り下ろすと同時に、背後の炎が杏子目がけて襲いかかる。
 一斉に向かってくる炎の弾丸を、杏子は身体を捻り、地面を転がり回避する。が、炎はまるでそれ自体が意思を持っているかのように杏子を執拗に追いかける。
 一撃でも当ればまず確実に戦闘不能、悪ければ即死であるため杏子は必死に炎を振り払い、避け、逃げ続ける。

 「くっそ!!あたしは焼き肉は好物だが自分がなるのは御免だぜ!!」

 軽く悪態を吐く杏子の顔に、段々と疲労の色が浮かんでくる。
 いかに杏子がベテランの魔法少女であろうと、身体能力が通常の人間より優れていようとも、その体力は無限ではない。このように休みなく動き回っていれば体力は消耗し、魔力も徐々に消耗してジリ貪になるのは確実だ。杏子は軽く舌打ちをする。
 あの魔法少女、相当に戦いなれている。よくよく考えれば魔法少女のソウルジェムを幾つも強奪しているのだ、多かれ少なかれ修羅場を潜っていて当然だろう。下手をすれば魔法少女との戦闘に関しては自分やマミより上かも知れない。

 「そらそらそらァ!!逃げてるだけじゃ私を倒せないよォ!!」

 あやせはブレードを指揮棒のように振りながら、逃げ回る杏子を楽しげに眺めている。
 目の前の獲物は炎を避けて回るのに必死、ならば無理に自分が出ていくこともない。
 このまま逃げ回らせて消耗させ、最後に自分が止めをさす、これで終わりだ。あやせは自分の勝利パターンを思い描きながら薄らと笑みを浮かべる。
 余裕で高みの見物といった風体のあやせの姿に、杏子はギリリと歯軋りをする。

 「…なろっ!!これでもくらいやがれ!!」

 杏子はあやせめがけて手に持った槍を投げつける。が、頭に血が上っていたせいか槍はあやせに命中するどころかわずかに横にそれてあやせの背後に突き刺さってしまう。
 
 「なーにそれ、武器投げつけて空振りなんて、すっごいカッコ悪。もう笑えないな~」

 あやせは呆れた口調で肩をすくめる。起死回生の一撃を与えようと槍を投げつけたのだろうが、外れてしまっては意味がない。確かに魔力さえあればあの程度の槍はいくらでも精製できるが、炎の弾丸に追いかけられているこの状況ではそんな暇もないだろう。

 「さーて、それじゃあこんがり焼いてあげようか。女の子の顔殴り飛ばしたんだから、君の顔も、見る影もない程に焼いてあげるよォ!!」

 あやせは残酷な笑みを浮かべながらブレードを振るう。瞬間、周囲を飛び回っていた炎の玉が集まり、巨大な炎の塊へと変化する。
 それはさながら太陽がもう一つ出現したかの如く、もしこんなものが直撃すれば、骨一つ残さず蒸発するだろう。
 あやせは杏子を眺めながらクスクスと笑う。

 「本当はこの技、あんまり見せたくなかったんだけどねー、すっごい目立つし人目に付くし。まあでもまたコソコソ動き回られるのも厄介だから、これならもう逃げ切れないでしょ?」

 「………」

 あやせの言葉に杏子は何も言わずに沈黙している。自身の技に怖気づいているのだろうとあやせは心の中でほくそ笑む。

 「最後に一つ、命乞いしない?そうすれば君の命助けてあげるよ?人殺したくないってのは本当だし、もしもう貴方に近づきませんごめんなさいって言ってくれれば見逃してあげるけど?」

 あやせは見下すような表情で杏子に問いかける。降参するなら見逃してやる、命を助けてやると語りかける。
 それを聞いた杏子は、ゆっくりと視線をあやせに向け、ニッと笑みを浮かべた。

 「魅力的な提案だけどよ……、悪いがそれは今度にしておくぜ?」

 「ふーん、馬鹿だね、みすみす命捨てるなんてさ!!」

 あやせはつまらなそうに吐き捨てると止めを刺そうとブレードを振りおろそうとした。
 …だが、ブレードを握りしめた左腕は動かない。否、左腕どころか体全体が動かせなかった。

 「…え?な、なあ!?」

 「ハッ、勝手に勝ったと決めつけるなよ。むしろヤバいのはお前のほうなんだぜ?」

 あやせは自分の体を見て驚愕した。なんと、全身に金属製の鎖が巻きついて拘束していたのだ。全身を拘束する鎖は相当頑丈で、あやせは身じろぎひとつできない。
 そして、あやせの集中が乱れた結果、杏子の上に落されそうになっていた巨大な炎の塊は霧散する。杏子はそのまま何でもなさそうにあやせに近づいていく。

 「くッ…こ、こんな鎖、い、一体どこから…」

 「どこからって簡単だ。さっき投げた槍を良く見てみな」

 「や、槍…!?」

 あやせは弾かれたように振り向いた。
 そこにはさっきまであったはずの槍が無くなっていた。代わりに自身の体に巻きついている鎖が、コンクリート製の床から生えている。

 「あの槍はあたしの魔力で作った代物。あたしが少々細工を施して鎖に変化するよう仕掛けをしておいたんだよ。テメエに空振りするように投げたのもわざと、本命はテメエをぶっ刺すことじゃなくて雁字搦めにお縄にしちまうことなんだからよ!」

 杏子はそう種明かしをする。
 たとえあやせに向けて投げても、あの炎の壁によって防がれる。どれほどの温度まで操れるかはともかく、仕留めるのはまず無理だろう。
 ならばわざと外したように見せて油断させ、相手の意識がこちらに向いているところを鎖で拘束し動きを拘束する、相手の意識の隙を突く戦法が確実だと判断したのだ。

 「ぐっ、くそ、こ、こんな鎖……、ガアッ!!」

 「悪いな、ちょっと寝てろ。暴れられちゃ面倒だ」

 あやせが魔力を利用して鎖を無理やり引きちぎろうとした瞬間、杏子は新たに精製した槍の柄で彼女の頭部を殴りつける。頭部を殴られ、脳を揺らされたあやせは意識を飛ばして地面に倒れこむ。
 あやせが気絶したのを確認した杏子は魔力の鎖を解除し、あやせの隣に膝をつく。

 「ハッ、さてと、んじゃああいつのソウルジェム、返してもらうぜ?おっとついでだ、他の分捕ったソウルジェムもついでに頂戴しておくか。まあ奪われた連中に返せるかどうかは分かんねえけど…」

 杏子はあやせの懐から、さやか達のソウルジェムが入った箱を取り出そうとする。

 「残念だが、そうはさせぬ」

 「へ?…なあ!!」

 が、次の瞬間、意識を失ったはずのあやせの腕に握られたブレードが杏子めがけてふるわれた。全く意識していなかった攻撃に、杏子は咄嗟の回避ができずに左腕を切り裂かれる。
 杏子は飛びずさるようにバックジャンプであやせから離れる。と、地面に倒れていたあやせが、ブレードを杖代わりにしてゆっくりと起き上がる。
 起き上がったあやせは、首を左右にひねり、ブレードの持ち心地を試すかのように二三度片手で振ると、目の前の敵に視線を向ける。

 「この程度で『私達』を倒したと勘ぐるとは、実に片腹痛い。この程度で、私達は倒せない」

 あやせは先ほどとは全く異なる、どこか格式ばった古風なしゃべり方で杏子に言い放つ。どこか子供っぽい印象を覚えるあやせの話し方とは対照的だ。
 そして表情は無表情、表情豊かであったあやせとはこれまた対照的、もはや別人としか言いようがない変化である。

 「…てめえ、何者だ。さっきまでの奴、じゃねえな。答えろ、誰だてめえは」

 杏子は軽いヒーリングで腕の裂傷を治癒させると、槍を構えて睨みつける。
 杏子の詰問に、あやせの姿をした『何者か』は薄らと笑みを浮かべる。瞬間、あやせの身につけているソウルジェムから、赤い閃光が放たれた。

 「我が名はルカ、『双樹ルカ』。双樹あやせの姉妹にしてもう一人のあやせである。以後、よろしゅう」

 その言葉が放たれると同時に、赤い光が消える。
 そして、その場には先ほどの白い衣装とは対照的な、深紅の衣をまとったあやせが立っていた。



[35815] 第26章 赤と双極の激突(後編)
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆b1f32675 ID:f562ef5f
Date: 2014/02/20 20:26
 「双樹…ルカ、だと…?」

 杏子は双樹ルカと名乗ったあやせを、呆然と眺めている。
 全くの別人と言っていい程の人格の変貌、そして、魔法少女の衣装の変化、あまりにも突拍子の無い事の連続で杏子の頭の中は混乱していた。
 一方のルカと名乗ったあやせは、呆気にとられている杏子の姿を想定内と言わんばかりにクックッと面白そうに笑って眺めている。

 「左様、私達は一つの身体に二つの心を持つ魔法少女。故に魂も二つ、ソウルジェムも二つ、そして魔法少女としての姿も二つ存在するのだ」

 「一つの身体に二つの心…、だと…!?」

 ルカの回答に杏子は驚いた表情を浮かべていたが、ようやく合点がいったのか表情を引き締める。

 「…二重人格、か。どこぞのカードゲームの主人公みてえな奴かい」

 「少し違うな。アレは千年パズルに宿っていた亡霊が武藤遊戯にとり憑いた後天的なもの、一方の私達は生まれた頃から二つの心が一つの身体に宿った先天的なモノ、アニメのように最終回で別れ別れになるようなことはない」

 杏子の出した回答にルカは軽く冗談めかして返答する。

 多重人格障害、解離性同一性障害と呼ばれる精神疾患の一種。
 幼少時に起きたつらい出来事、記憶といったトラウマから逃避しようとする意思が成長し、結果として別の人格を作り出すことがある。それが多重人格障害である。
 アスプロスとデフテロス兄弟の後代の双子座の聖闘士、双子座のサガ、そして双子座のパラドクスもまたこの多重人格障害を持っていた。
 サガの場合は弟のカノンの悪の囁き、そして自身ではなくアイオロスを次期教皇に指名したシオンへの怒りと憎しみ、そして自分の代わりに教皇へと指名されたアイオロスへの嫉妬による負の思念が別人格という形をとって現れたもの、パラドクスの場合は詳細は不明であるものの、幼少時に両親から気味悪がられて冷たくされたことへのトラウマ、自分とは逆に両親から愛される妹への嫉妬が原因の一端であるとも考えられる。
 この双樹ルカと名乗る人格も、双樹あやせが何らかの原因で作り出した多重人格の一つなのだろう。

 「なるほどな、で、テメエが出てきた理由は…。もう言うまでもなくソウルジェム、か?」

 「無論、あの生命の美しい輝き、収集したくなるのも必然。あやせの戦いには私も手を貸している」

 「……フン、趣味嗜好は人格どっちも同じかよ」

 「そうでなくば同じ身体で共存など、できるはずあるまい?」

 杏子の言葉にルカは平然とした様子で返す。
 通常の多重人格は、別人格とは言っても一つの体に複数の人格があるように見えるだけでもあり、大本は別人格の本体の一部。すなわち一つの体に複数の人格が宿っているわけではないのである。
 故に別人格であるにもかかわらず、本体と同じ趣味嗜好をもっていることも、珍しいことではないのである。
 別人格も本体と全く変わらない思考回路であることに、杏子は苦々しげに舌打ちをする。

 「チッ、どっちのおつむも性格も最悪な多重人格…。冗談抜きで厄介だなコリャ」

 「残念無念、か。ならばもう一つ残念なことをお教えしよう」

 ルカは薄笑いを浮かべ、日本刀によく似た刀の切っ先を杏子に向ける。瞬間、ルカの周囲を冷気が取り巻き、大気中の水分を凝結させる。
 そして、瞬き一つしないうちに巨大な氷の塊を作り出した。それは先端が尖っているのを見れば氷柱に見えなくもない、が、その巨大さはもはや氷柱というよりもミサイルやロケットと言った方が正しい。

 「なあっ!?」

 杏子は突如出現した氷のミサイルに、驚愕の表情を浮かべた。ルカは気分が良さそうに笑いながら刀を振り下ろす、瞬間、巨大な氷柱は杏子目がけて襲いかかってきた。
 杏子はハッと我に返ると足に魔力を流し、横っ跳びに回避する。氷の塊は飛びずさる杏子の足を掠めるように通り過ぎ、そのまま上空へ消え去った。
 地面に膝をついた杏子はキッとルカに鋭い視線を向ける。一方のルカはそんな敵意に満ちた視線を余裕に満ちた表情で受け止めながらせせら笑う。

 「私の対魔法少女戦闘能力は、あやせと同等だ。ついでに魔力消費量もあやせとは別扱い故にほぼ無傷に等しい。さて、あやせを傷つけた挙句ソウルジェムを奪おうとした罪、その身で購って貰おうか」

 「正義の味方面してんじゃねえぞこの通り魔が!テメエなんざどこぞの面白き盾よろしく叩き割ってやらァ!!」

 槍を頭上で一回転させると、杏子は目の前の外道目がけて飛びかかった。

 デジェルSIDE

 「ブックス!」

 「あれ?どうしたんですかデジェルさん。くしゃみなんかして、というかなんだか色々と特徴的なくしゃみですね?」

 「む、いや、何となくな。誰かが私の噂話でもしてるんだろう」

 その頃水瓶座の黄金聖闘士、デジェルは恭介の病室で彼の勉強を見ていた。
 突然の左腕の完治、そして足のリハビリが順調に進んでいる事もあり、もうすぐ恭介は退院する事となっていた。
 そのためにも入院していた間の授業の遅れを今の内に取り戻しておきたい、だからデジェルに家庭教師を頼んでいるのである。
確かに入院中はさやかや友人達がお見舞いに来る時に授業内容が書かれたノートを置いて行ってくれていたが、流石にそれだけでは不十分だ。
 デジェルは生前多くの書物を読み、生き返ってからも数学、物理、科学等多くの学問を学び、身に付けたため、中学高校レベルの問題なら、教える事は容易い。それにこれからの恭介とさやかの動向を調べる為にも、彼の信頼を得ておいた方が都合が良い、その考えから恭介の願いを快諾したのである。
 ちなみに、恭介には現在学業以外にも進めていることがある。それは…。

 「そういえば恭介君、例の新曲はもう完成したのかい?」

 「あああれですか。まだまだですね、やっぱりブランクが大きくて…」

 恭介はデジェルから渡されたテキスト『姑息な数学を…(方程式を覚えながら)』を閉じると恥ずかしそうに頬を掻いた。
 恭介が進めていること、それは新しい曲の作曲であった。
 とはいえ作曲など今までやった事は無く、ましてや短くない入院生活によるブランクもあって中々思うとおりにいかないのだが。
 恥ずかしそうに頬を掻く恭介をデジェルは面白そうに、そしてどこか懐かしそうに眺める。

 「ククッ、まあ想い人へ捧げる曲なんだ。焦らずじっくりと書けばいいさ」

 「で、デジェルさん!!そ、そんな、からかわないでください!!」

 意地悪そうな笑みを浮かべてからかってくるデジェルに恭介は顔を真っ赤にして両手を振るう。
 そう、恭介が作っている曲はさやかに捧げるためのモノ、いつもいつも病院に見舞いに来てくれる大切な幼馴染のために書いているのだ。
 一度口汚く罵ってしまった事があっても変わらず自分に世話を焼いてくれるさやか…。
 そんな彼女へのせめてものお礼として、さやかをテーマにしたさやかだけの曲を作り、さやかにプレゼントしたい…。それが彼が今までやったことすらない作曲に取りかかっている理由だった。
 
 「おーやー?君はさやか君の事が好きじゃないのかい?恋人にしたいと思わないのかい?」

 「うっ…。そ、それは…、そ、その…」

 真っ赤な顔を俯かせて恥ずかしそうにブツブツと小声で何かを呟く恭介を眺めながら、デジェルは面白そうにニヤニヤと笑っている。

 『カーナーシーミノー、ムーコーヘトー タドリーツーケールーナーラー』

 と、デジェルの胸ポケットに入っている携帯電話から着信音が響き渡る。

 「ん?電話か。一体誰だ?」

 「というかその着メロってあれですよね。なんだか、そう、まるで後ろから刺されそうな気分に…」

 「止めてくれ、私だって何故こんな曲にしてしまったのか分からないのだから…。はい、もしもしデジェルですが…。…ああシジフォスか。一体何の用………、何!?それは本当か!?」

 苦笑いを浮かべながら電話に出たデジェルは、最初は何でもなさそうな表情を浮かべていた。が、突然表情を変えて、病室に響くような怒鳴り声を上げる。突然大声を上げたデジェルに恭介はギョッとするが、そんな彼に気が付いていないのか、デジェルは険しい表情で電話を続ける。

 「ああ、ああ分かった、直ぐに行く…!…すまない恭介君、少し急用が出来た。今日はこれで切り上げさせてくれ」

 「あ、は、はい…!あ、あの…何かあったんですか?」

 険しい表情を浮かべたデジェルに、恭介は恐る恐ると言った感じで問いかける。デジェルは厳しい表情を浮かべたまま、携帯電話を胸ポケットにしまう。

 「ああ、少々知り合いが面倒な事に巻き込まれていてね。少し手助けに行ってくる。そこまで大事にはならないだろうが…」

 「そ、そうですか…。じゃ、じゃあ今日はありがとうございました」

 「ああ、明日もまた来るから予習を忘れない様に、な」

 心配そうにこちらを見てくる恭介を安心させるように、デジェルは軽く笑みを浮かべると、そのまま病室から出て行った。恭介はそのまま彼の背中を見送ると、軽く息を吐いて本を片付ける。

 「ふう…、デジェルさん一体どうしたんだろう…。知り合いに面倒事って…。なんだか全然大丈夫そうに見えなかったけどな」

 恭介としても自分の恩人であるデジェルに対して何か出来る事があるのなら協力したい。
 でも今の自分はまだ入院中の身、腕は完治していても足はまだ松葉杖無しでは歩くことも難しい。こんな状態ではたとえ行っても足手纏いになるのが関の山だ。

 「だから今僕にできる事は、勉強の予習と、この曲を早く完成させることか、な…」

 恭介はベッドの側の棚から、自筆の楽譜の束を取り出す。
 自分を誰よりも大切に想ってくれている、恭介にとっても大切な幼馴染に捧げるための曲。

 「さやか……」

 まだ未完成の楽譜を抱きしめて恭介は、大切な、自分にとって何よりも大切な少女の名前を呟いた。

 杏子SIDE

 その頃、見滝原にあるビルの屋上で、双樹あやせ改め双樹ルカと佐倉杏子の激闘が続いていた。
 杏子はルカが操る氷の槍を捌き、避けながら彼女の隙を狙って接近しようと狙う。一方のルカは杏子が自分に接近しようとしていることは予測済み、自身の魔法で作り出した氷塊、氷槍を飛ばし、操り、杏子を接近させずに消耗させる戦術で対抗する。
 杏子は自分めがけて飛んでくる氷の砲弾をかわしながら、中々敵に接近できないことに歯噛みする。
 一方のルカは自分の攻撃をことごとく回避する杏子の姿に感心したように口笛を吹く。

 「成程、確かに速い。槍兵だけあって足が自慢の様子。ならば…」

 ルカは手に持った刀を一回転させて、切っ先を杏子の真上に突き付けた。

 「カーゾ・フレッド!」

 瞬間、再び大気中の水分が凝固し、杏子の周囲に無数の氷槍が出現する。当然その切っ先が向けられているのは…杏子。
 ルカは空に向けていた切っ先を、地面目がけて振り下ろした。同時に氷の刃は目の前の獲物を串刺しにせんと襲いかかった。

 「…チッ!」

 杏子は足に魔力を込めて、真横に跳ぶ。
 杏子が地面に激突すると同時に、背後で何かがコンクリートを砕くような鈍い音が連続で響き渡る。何とか回避できたことに安堵する暇もなく、杏子は地面から起き上がろうとした。

 「…なあ!!」

 が、動けない。足と腕が氷の鎖で地面に拘束され、起き上がることが出来ないのだ。
 動物のように這いつくばってもがく杏子の姿を、ルカは面白そうに眺めている。

 「クク、かかったな?あの程度の氷の雨、その脚力なら避けるのも造作もないだろう。私の狙いは貴公の脚止め、氷の鎖で貴公を雁字搦めに縛り上げる事であったのよ。
 そら、これはおまけだ」

 「!ぐがっ!!」

 ルカが種明かしを終えた瞬間、凍りついた床から再び鎖が出現し、杏子の胴体を地面に縫いとめる。杏子は必死に鎖を砕こうともがくが、冷気で生成された氷は想像以上に頑丈であり、暴れた程度では到底壊せそうにない。

 「さて、もうこれ以上時間の無駄はしていられぬ故…『そろそろ止めを刺させてもらおうよ!』」

 完全に拘束された杏子にルカは止めを刺そうと魔力を増大させていく。瞬間、ルカの深紅の和服風の衣装が先程あやせが纏っていた魔法少女衣装を組み合わせたかのような赤と白の衣装へと変化し、左手にはあやせが使っていたサーベルが出現する。そして口調はルカとあやせの声が入り混じったような不明瞭なモノとなる。
 あやせとルカ、二つの人格が同時に一つの肉体へと出現したことによって双方の魔法少女の特性、姿が融合した姿。二つの人格が共存しているからこそ可能な荒技である。
 そして、左手に握られたあやせのサーベルから高温の炎が燃え盛り、右手のルカの刀からは低温の冷気が渦を巻き、周囲の温度を低下させていく。

 『これが、私達の奥の手…』

 双樹ルカ、否、二つの人格が表面に出た双樹姉妹ともいうべき姿の魔法少女は魔力のチャージが完了し、炎と凍気に包まれた二つの剣を杏子目がけて振り下ろす。

 『ピッチ・ジェラーティ!!』

 刃が振り下ろされた瞬間、剣を取り巻いていた炎と凍気が杏子目がけて襲いかかる。
 そして、炎と凍気が杏子の目前でぶつかり合う、瞬間、超高温の炎と超低温の凍気の反作用により、屋上全体に及ぶ大爆発が引き起こされた。
 双樹姉妹はルカの魔法で作り出した氷の壁で身を守りながら、杏子が縛り付けられていた場所を眺めながらほくそ笑む。

 『クックック~♪私とルカの炎と凍気を合体させた必殺魔法、ピッチ・ジェラーティ。これを喰らって生き延びた魔女は一匹も存在しないんだよ~?
 本当はソウルジェムごと吹き飛ばしちゃうから魔法少女にゃ使わないんだけど…』

 「どの道奴にはソウルジェムは無し、ならば何の遠慮も必要は無い。それに、これで死体の処理も不要。……ん?」

 あやせとルカ、それぞれの口調で会話しながらジッと爆発の煙が晴れるのを待つ。
 やがて、煙がうっすらと消えていくと、目の前のコンクリートの床にはまるで小さな隕石でも落下したかのようなクレーターが作られていた。そして、杏子が拘束されていた場所には、杏子の姿は影も形もなくなっていた。

 『ん~?これは残骸も残らず消し飛んだかな~?』

 「…いや、微かに魔力の残滓が残っている。どうやら逃げられたようだ」

 爆発の跡を見てあやせは一瞬きょとんとするが、魔力の残滓を感じ取るとすぐに無表情なルカの顔へと戻った。
 魔力の残滓が残っている。それだけではなく魔力の残滓は屋上の柵の外へと続いている。恐らくは何らかの手段で拘束を振りほどき、爆発で粉々になる前に屋上から飛び降りたか、爆発の余波で外に飛び出したのだろうが、どちらにしろまだ死んではいないはずだ。

 『うっわー…往生際悪っ。ゴキブリ並みにしぶといね~、あいつ』

 「だが少なからずダメージは受けているはず。それに、あの手の魔法少女の事だからそろそろ電池切れになりかかっている事だろう。追撃するなら今だが…、畳み掛けるか?」

 『もち。あいつだけは徹底的に叩きのめさないと、ね!』

 全壊状態の屋上で、あやせとルカは交互に人格を入れ替えながら不気味に笑っていた。




 「チッ。なんとか鎖ぶっ壊して逃げられはしたが…。この傷はやっぱりきついな…」

 ビルの屋上から逃げ延びた杏子は、とある公園で変身を解除し、魔法で傷を治療して一息ついていた。
 とはいっても杏子はさやかと違いそこまで回復魔法に特化しているわけではないため、治療したと言っても精々が重症な部分を動くのに支障がないレベルにまで治す程度、全快とは到底言えない状態だ。
 あの爆発の中、なんとか服に仕込んだ魔力の槍で氷の鎖を破壊し脱出したものの、爆発の余波によるダメージも大きく、なんとかビルの近くにあった公園のベンチで一息つく事が出来ている。
 が、いつまでものんびりしてはいられない。連中もすぐに自分を追跡してくる。いずれここも見つかるだろう。
 
 「まずいな…、どうせもう見逃しちゃあくれねえだろうし、それにさっきの戦いと傷の治療で大分使っちまった。だが…」

 杏子はベンチに寝転びながら先程直撃しかけた大技『ピッチ・ジェラーティ』を思い返す。
 双樹あやせの高熱魔法と双樹ルカの低温魔法、その二つを融合させて放つ大技。破壊力は屋上を吹き飛ばしている時点でもう言うまでもない。
 あんなものが直撃すればいかなる魔女でも木端微塵だろう。ましてやそれが魔法少女ならば…。考えただけでも杏子の背筋に冷たいモノが走る。

 「…だが、隙がないわけじゃあねえ、な…」

 杏子は空を仰ぎながらポツリと呟いた。
 確かにあの技は強力だ。一撃でも喰らえばタダでは済まない。
 とはいえ、完全攻略法が無い、詰みというわけではないのだ。
 
 「けど、これじゃあアレを使うとしても一回限り、それに魔法少女姿への変身は…、止めた方が良いな、魔力の倹約の為にも」

 杏子は軽く溜息を吐くとベンチから起き上がる。
 幸いにして公園には誰も居ない。これならば気兼ねなく暴れられるだろう。
 そんな事を考えながら公園を見回す杏子の背後で、砂利を靴で踏みしめる音が響く。
 杏子は特に動揺することなく背後を振り向くと、そこには先程まで屋上で殺し合っていた紅白混じった衣装の死神が悠然とこちらを眺めていた。

 「あらら~?案外近場にいたんだね~?」「まあそれならそれでこちらも探す手間が省けると言うもの」

 人格、口調を入れ替えながら軽口をたたく双樹姉妹、そんなある意味異様な魔法少女の姿を眺めながら杏子は槍を作り出す。変身せずに武器のみを作り出した杏子を見て双樹姉妹は面白そうに笑みを浮かべた。

 「ほう、魔法少女に変身もせずに槍のみを作り出すとは…」「やっぱりもう電池切れが近いのかな~?」

 「さて、どうかね。御想像にお任せするぜ?」

 杏子は槍を軽く一回転させてニヤリと笑みを浮かべる。が、実際は内心冷や汗をかいていた。
 ソウルジェムを失った事によるデメリット、それは魔力量の減少である。
 魔法少女の魂でもあるソウルジェムは、魔力精製機関としての役割も果たしている。それは元の肉体に戻された場合でも有効であり、現に杏子は魔法少女に変身し、能力を行使することが出来ている。
 だが、その代償として、魂から生み出せる魔力の量がソウルジェムの時よりも格段に少なくなってしまっている。魔力は変身せずにいれば段々と溜まってはいくが、それでも一度変身したならば丸一日は変身することが出来ない。ソウルジェムでは穢れを定期的に除去していればいつでも何度でも変身することが出来たのに対し、これは大きなハンデだ。
 杏子は丸1日魔法少女としての力を行使していない。それでもさっきの戦闘では大分魔力を消耗してしまっている。もはや変身できるとしてもあと一回が限度だろう。
 一方の双樹姉妹にはそのようなリスクは無い。ソウルジェムの穢れを考慮したとしても魔力はこちらよりも余裕はある。これだけでも相当なハンデと言えるだろう。
 杏子が魔法少女衣装を身にまとわずに槍のみを作り出したのも残り少ない魔力の節約のためだろう、と双樹姉妹は推測する。

 「でもでも、魔法少女服を着ないで戦うなんてちょっと無謀じゃなーい?アレただのコスプレと違うんだよ?」「魔女や魔法少女の操る魔法から自身を守るプロテクターとしての役割もある。いかに魔力が削られていても着ておいた方がいいのではないのか?」

 双樹姉妹は明るい声と物静かな声とが入り混じった笑い声を上げる。
 彼女達の言うとおり、魔法少女衣装には他の魔法攻撃を軽減する機能も備わっている。杏子の魔法少女衣装は素早さ重視で防御力は低いものの、それでもあるとないとでは大きな差がある。
 今の杏子の姿は、はっきり言えば鎧も無しで戦場に飛び込んでいくようなものであり、たとえ使い魔の攻撃であっても致命傷になりかねない。ましてや目の前の魔法少女の攻撃ならば、たとえ掠り傷だけでも即死するだろう。
 しかし、面白そうに笑う双樹姉妹に対し、杏子は余裕そうな表情で軽く鼻を鳴らした。

 「ハッ、テメエら相手にゃこれくらいのハンデが丁度いいんだよ。それに…」

 杏子は手に持った槍を軽く一回転させると双樹姉妹に突き付け、不敵に笑う。

 「…まだ、こっちには奥の手が残っているんでな」
 
 「成程、随分大層な…」「減らず口を叩いてくれるねェ!!」

 双樹姉妹は気に入らなそうに舌打ちすると、両手の剣を振り下ろした。
 瞬間、左手のサーベルから炎が、右手の日本刀からは凍気が杏子目がけて放たれる。
 幸いにして『ピッチ・ジェラーティ』ではない、だが掠りでもすれば致命傷は避けられない。杏子は魔力で強化した脚力で跳び、炎と冷気の二重奏を避ける。

 「あーあー結局避けるしかないの~?」「油断するなあやせ、また妙な策を練ってこぬとも限らぬ故」「はいはいりょーかいりょーかい。分かってるよルカ」

 人格を切り替え、表情、口調を変えながら互いに会話する双樹姉妹。
 その異様な姿に杏子は顔を歪めながら手に持った槍を双樹姉妹目がけて投げつける。

 「またそれか」「同じ手は、喰わないよっ!」

 が、左手のサーベルから放たれた炎が一瞬で槍を焼きつくす。一度目にした攻撃はもう二度と喰らわない、残しておいて不味いのなら燃やしつくすまで、そう言わんばかりに魔力の槍を灰も残さず無に帰す。
 
 「同じ手は二度食わねえってか!なら……こいつはどうだ!!」

 杏子は防がれたと見るやバックジャンプして地面に掌を押し当てる。瞬間、双樹姉妹を中心に無数の槍が足元から飛び出してくる。

 「なっ!!く、くそっ!!」「このようなものを隠していたとはっ…、予想外なり…」

 双樹姉妹は氷と炎の壁で槍を凍らせ、焼き払い防御するものの、それでも全てはかわしきれずに少なからず傷を負う。なんとか槍の合い間を潜り抜けてきたその姿は、魔法少女服は所々裂け、腕や足、顔等に裂傷が走って血が滲んでいる。
 一方の杏子は目の前の双樹姉妹を見ながら荒い息を吐いていた。額には汗が浮かび、顔には疲労が浮かんでいる。
 ただでさえ限りある魔力を先程の技で相当消耗してしまった。もうあの技は使えそうにない。この状態で魔法少女に変身すれば、間違いなく残りの魔力も纏めて持って行かれるだろう。
 一方の双樹姉妹は頬に滲んでいる血を拭いとると自身の身体に回復魔法をかける。槍によって負った裂傷は魔力によってさながら早送りのように回復していき、ものの数秒の内に全身の傷どころかボロボロにされた服すらも元通りになっていた。

 「よもやこれ程の傷を負わせるとは…」「少々予想外だったね~、感心したよ」

 双樹姉妹は余裕のある雰囲気で、且つ感心した様子で杏子を眺める。その姿を見て杏子は内心歯噛みする。
 向こう側は魔力は充分、ついでに言うなら回復用のグリーフシードも所持しているだろう。まともに戦ってはどうあがいてもこちらの不利は覆らない…。

 「ならば最後はせめてもの敬意として…」「私達の全力で葬ってあげるよォ!!」

 そんな事を考える杏子を尻目に、双樹姉妹は双剣の切っ先を杏子に向け、左手のサーベルにあやせの魔力を、右手の刀にルカの魔力を集中させ始める。
 魔力を送り込まれた剣の刃は炎と冷気を帯び、熱気と冷気、相反する温度が杏子の身体に纏わりつく。

 「「ピッチ・ジェラーティ!!」」

 双樹姉妹が叫ぶと同時に灼熱の炎と絶零の凍気が杏子目がけて襲いかかる。杏子はただジッとそれを見つめるのみで、その場から逃げるどころか、武器を生みだして反撃しようとする様子もない。
 そして、炎と凍気は杏子の目の前で衝突し…、凄まじい閃光と爆音と共に、大爆発を起こした。
 爆発の起こった場所から、朦々と煙が立ちあがり、双樹姉妹はジッとそれを眺めていた。
 あの魔法少女の魔力はもはや残り少なかった。ソウルジェムが無い魔法少女の魔力が通常の魔法少女よりも少なくなるのはプレイアデスとの戦いで既に知っている。
 ビルでのあやせとルカとの連戦に加え、あの無数の槍を作り出す技まで使ったのだ、もはや変身する魔力もない彼女に、コレを避ける余力は無いはずだ。

 「Good luck、名も知らぬ魔法少女よ」「結局名前も分からなかったねー、ま、別にいいけど」

 立ち上がる煙に向かい、正確にはそこにいた杏子に向かってルカは慇懃に、あやせはおどけた調子で礼をする。人殺ししたくないと言いながらも結局殺してしまった魔法少女へのせめてもの礼儀として礼をすると、もう此処に用は無いと言わんばかりにその場を立ち去ろうとした。
 
 










「そりゃ悪かったな、自己紹介忘れちまってよ」









 が、後ろを向いた瞬間、双樹姉妹の身体が固まった。その表情は、まるで幽霊でも見たかのように強張り、目は恐怖で見開いていた。
 何故なら、振り向いた彼女の背後にいたのは…、先程粉々に消し飛んだはずの佐倉杏子だったのだ。その身体には爆発の傷どころか服には焦げ目一つ無く、その顔には余裕そうな笑みが浮かんでいた。
 
 「な、何!?」「う、嘘!?いつの間に後ろに!?」

 驚愕に表情を歪めながら後ずさる双樹姉妹の姿に、杏子は意地悪そうな目つきでクックッと笑う。
 
 「後ろ~?後ろだけじゃないぜ~?周りをよーく見てみな」

 「な、何を言っ…!!?」

 杏子の言葉に釣られ周りを見た双樹姉妹の顔が、再び凍りついた。
 自分の真横にも佐倉杏子が、否、真横だけではない、無数の“佐倉杏子”が自分の周囲を取り囲み、こちらをジッと眺めているのだ。
 その数は10、否、もはや40近い。あんまりにも衝撃的な光景にあやせ、ルカの両人格は共に言葉も出せなかった。

 「これぞあたしの固有魔法の応用編、必殺、分身の術ってね。マミのヤローが『ロッソ・ファンタズマ』なんつーだっせー名前つけてやがったけど、まあいい。
 てか驚いてんじゃねえよ、一度あたしの固有魔法見てやがるだろう?ほれ、あのあたしに槍の柄で殴られた時に」

 「……!!あの時の…」

 杏子の言葉にあやせはハッと思い出す。
 杏子がソウルジェムを持っていないことが分かり立ち去ろうとした瞬間、杏子に自分の肩を掴まれていたと思ったらいつの間にか杏子の腕が槍の柄へと変化していた。あの時は単に気のせいだと考えていたが…、アレこそがこの魔法少女の固有魔法だったのだ。
 
 「な、なら何で最初からそれを使わなかった!!」「それさえあれば私達相手に有利に戦えたはずだぞ!?」

 「ん~、最近取り戻したばかりで勘掴めてなかったんだよ、しゃあねえだろ。…さて、と…。んじゃあテメエら、懺悔の準備は出来ているか?まあ出来ていても聞かねえけど…」

 何十人もの同じ顔の人間がこちらを取り囲んで槍を向ける…、どこぞの特撮かアニメで見たような光景が自分の目の前で起きている。無論攻撃対象は自分、見ている側なら笑えるだろうがやられる側となった今では全く持って笑えない。

 「ひ、ひ、や、やめ…」「く、こ、こうなったら『ピッチ・ジェラーティ』最大出力で…」

 「「「「遅せえんだよこのタコがァ!!」」」」

 今すぐ迎撃にうつろうとする双樹姉妹に、杏子の分身達が一斉に攻撃を仕掛ける。
 『ピッチ・ジェラーティ』は確かに威力は大きいものの、攻撃までに時間がかかる。しかもこの技はあやせとルカが呼吸を合わせることで初めて可能になる大技、動揺しきった今のあやせの精神状態では自慢の連携も十分生かすことが出来ないのだ。

 「「ガッ…、ギャアアアアアアアア!!!!」」

 分身の接近を許した双樹姉妹は、杏子の分身達の槍によって滅多刺しにされ、凄まじい絶叫を公園中に響かせた。
 そして、絶叫がやんだ瞬間、魔力で作られた分身は消え去り、公園にはソウルジェムの入った箱を持った佐倉杏子、そして全身傷だらけで息も絶え絶えと言った様子の双樹あやせのみが残っていた。

 「…とまあこんなところで。ま、リンチはあんま趣味じゃねえんだが、テメエはテメエで窃盗殺人色々やってるし…、悪く思うんじゃねえぜ?」

 体中から血を流しながらピクピクと痙攣する双樹姉妹を一瞥すると、杏子は箱を開けて中身を確認する。

 「うっし、あの馬鹿のソウルジェムゲット、と。ついでに他の魔法少女の奴も頂戴するぜ?悪く思うんじゃねえぞ?」

 ソウルジェムの入った箱を掲げながら悪気なく言う杏子を、双樹姉妹は血を吐き捨てながら鋭い目つきで睨みつける。
 まさに手負いの獣と言った感じの双樹姉妹の姿を眺めながら、杏子は軽く肩を竦める。

 「心配しなくても死にはしねえよ。それくらい手加減はしている。もっともソウルジェム壊さなきゃ死なねえからどんだけ刻んでも問題ねえんだろうけど…」

 「が、がはっ…!!く、クソがァ…!!」

 双樹姉妹は満身創痍ながら必死に杏子から離れようと身体を引きずって後ずさる。だが、杏子は構わずに双樹姉妹に向かって歩を進める。

 「さーてと、それじゃあ次はテメエをお縄にして…ってうお!?」

 杏子が双樹姉妹を捕縛しようと近寄った瞬間、目の前の地面が爆発して巨大な火柱が立ちあがった。驚いた杏子は反射的に後ろにバックステップをする。炎の壁は杏子の行く手を塞ぐように燃え盛っていたが、やがてまるで蜃気楼のように消え去った。
 そして、炎の向こう側にいた魔法少女、双樹姉妹の姿は、影も形も無くなっており、唯一地面に残された血痕が、彼女達が確かに存在したことを証明していた。

 「…逃げやがったか。往生際が悪い。ま、ソウルジェムは取り返せたし、良しとしとくかねェ」

 敵を逃した事を毒づきながら、杏子はもう用は無いと言わんばかりに公園を後にしようとする。
 と、突然杏子の身体がグラッとよろけ、地面に倒れそうになる。
 何とか踏みとどまった杏子は、頭痛に耐えるように頭を押さえながら軽く舌打ちをした。

 「…ああくそっ!まだ傷が痛みやがる…。ったく魔力はもうすっからかんだってのに…。しゃあねえ、このままマミんとこ行くか…」

 思わぬ量の魔力を消耗してしまった事に今更ながら気付き、杏子はいらただしげに呟きながら、公園の出口に向かってゆっくりと足を進めていった。

 双樹姉妹SIDE

 「く、くそ…あいつよくも…」

 杏子から逃げのびた双樹あやせは路地裏を身を潜めるように歩きながら悪態を吐く。
 何とか大きな傷は魔力で治癒したものの、ルカはダメージが多かったのか出てくる様子は無い。あやせは憎悪に満ちた表情で思い切り歯を食いしばる。
 今日は人生最悪の日だ。
 早速ソウルジェムを奪い取ったと思ったら魔法少女もどきに奪い返され、それどころか自分の今まで集めたコレクションも失い、グリーフシードも浪費したばかりかルカにまで傷を負わせてしまった。
 それもこれも全てあの魔法少女もどき、佐倉杏子という奴のせいだ…。
 奴が居なければ全て上手くいった。奴さえいなければ…!!

 「今度会ったら、絶対殺してやる…。その面ズタズタにして、生きている事後悔させながら…」

 「ちょっとちょっとお嬢さん、ちょっと待ってくれません?」

 「……!?」

 怒りと憎しみの念が込められた言葉を紡ぎながら歩いていると、突然背後から何者かの声が響く。
 人の気配も全くない場所で突如場違いな口調で話しかけられた事に、あやせはビクッとして反射的に後ろを振り向いた。
 そこにいたのは羽織袴を纏い、片手に扇子を持った一人の男性であった。その群青色な髪の毛と顔立ちから見た所外国人のようであるが、鋭い目つきとワイルドながら整った容姿がその落語家のような格好とあまりにも不釣り合いで目立って仕方がなく、いかにも怪しい人物としか言いようのない姿だ。

 「…!?な、なんだよアンタは!!」

 「いやあたしはただの落語家ですよォ。ちょいとお嬢さんに聞きたい事がありましてねェ」

 落語家と名乗る男は口元を扇子で隠しながらケタケタと笑う。が、あやせは不気味そうに男を睨みながら後ろに下がる。

 「ら、落語家!?嘘つくな!!アンタのような落語家が居るか!!」

 「おやおや~、失礼なお嬢さんですねェ~。近頃の欧米では落語ブームで日本の落語家に弟子入りする人も増えているって知らないんですか~?」

 落語家はいかにも失敬といいたそうに眉を歪める。合いも変わらず扇子で口を隠したままではあったが。

 「む、ま、まあいっか…。そ、それで聞きたいことって何!!生憎私は急いでいるんだけど…」

 自称落語家の外国人を怪しげに睨みながらも、あやせは長く関わりたくないとばかりに話を促す。そんなあやせに落語家はクックックっと面白そうに笑い声を上げる。

 「まあまあ、そうお時間はかけませんから…」

 落語家は片腕を袖に引っ込めると袖から何かを取りだした。
 それはあやせも良く知っている柑橘類…、レモン。

 「レモンとかけて」

 と、落語家はサッと真横に移動する。と、そこには一体いつからあったのか巨大な石棺が鎮座していた。
 一体どこから取り出した、いつからそこにあったとあやせの頭を疑問が駆け巡るが、それに構わず落語家は扇子をたたんで軽く石棺を撫でる。

 「この古~い石棺と解く」

 そこまで言うと落語家は扇子を開いてあやせに向かって突き付ける。

 「その心は?」

 全く持って唐突な問い掛けにあやせはしばらく反応できずにいた。
 が、直ぐに我に返ると顔を赤くして怒鳴り声を上げた。

 「な、ら、落語に付き合ってる暇は無いんだっての!!」

 「まあまあいいから、その心は」

 「そ、そんなの分かるか!!分かんないっての!!」

 もはややけくそとばかりにあやせは落語家にそう怒鳴りつけた。
 と、落語家は口を再び扇子で覆い、クックックっと不気味に笑い始める。
 その目は不気味に吊り上ってあやせをジッと眺めている。
 背筋に何か寒気が走るのを感じ、あやせは僅かに背後に下がった。

 「え、ちょ、な、何笑って…」

 「クックック~ざ~んね~ん。その心は~?」

 落語家は笑いながら再び横にどく。そこには先程もあった石棺が一つ。
 ただ、先程落語家に問いかけられた時とは、一つ違う所があった。それは…石棺の蓋が、大きく開いている事だった。

 「え…?これ、何時の間に開いて………!?」

 いつの間に開いていた石棺にあやせが僅かに近寄ろうとした瞬間、突然石棺はまるでゴミを吸い取る掃除機のようにあやせを吸い込み始めたのだ。
 その吸引力の強さにあやせは全く抗う事が出来ずに石棺の中に吸い込まれそうになる。一方の落語家は吸い込まれそうになっているあやせを眺めてニヤニヤ笑っているだけで、この吸引で吸い込まれそうな様子は無い。

 「えっ!?ちょっ、な、なんで、す、吸い込まれる!?い、嫌ぁあああああ!!た、助け…」

 何とか石棺の縁に掴まっていたあやせも、結局耐えきれずに石棺の中に飲み込まれてしまった。落語家はあやせが吸い込まれるのを見ると、地面に落ちていた石棺の蓋を元通りにかぶせる。

 「どっちも『すい物』でした~♪な~んちゃって。クックック、双樹姉妹捕獲完了、ってか?」

 石棺の蓋を閉めると落語家改め蟹座のマニゴルドは冗談めかしながら面白そうに笑う。
 万が一の時のための助太刀として杏子の戦いを見守っていたマニゴルドは、杏子に敗れたあやせがこの路地裏に逃げ込んだのを見て、彼女を捕獲しようと追跡してきたのである。
 そして彼女を油断させ、予め用意しておいた石棺『沈黙の棺』であやせを捕獲した、というわけである。
 
 「しっかしまあ、あそこまで成長するとはな、杏子ちゃんもよ。よくやるもんだねェ。ま、あそこまで若いから伸びるんだろうがな、小宇宙であれ魔法であれ。まあこれでまず一つ目の難問はクリアと言ったところか。シジフォス達も喜んで……居るわきゃねえよな~、ま、当然か」

 ケタケタと冗談めかして笑いながらマニゴルドは今杏子が居るであろう方角を眺める。
 その眼差しは少しばかり優しげな雰囲気を帯びていた、が、直ぐに視線を自分の今来ている和服に変えると、がっかりした様子で溜息を吐いた。

 「にしてもそんなに似合ってねえかコレ?結構気に入ってるってのによ~…。ま、ええわ。はやくおうち帰ってよからぬ事でもしましょっかね~♪」

 残念そうに和服を眺めていたマニゴルドだったが、直ぐに楽しげな笑顔になると巨大な石棺を肩に担いで抱え上げた。数100キロは超えるであろう石棺を担いだマニゴルドは、そのまま路地の奥へと歩き去って行った。


 あとがき

 ようやく書き終わりました~…。やはりバトルは難しい…。
 なんか聖闘士の活躍があんまり無い気もしますが、まあ次回は出番なりますので…。
 ちなみにマニゴルドが落語家の格好をしているのは…、某宇宙キターッな仮面ライダーの蟹のネタです。分かる人には分かります。
 そしてデジェルの着信とくしゃみは……、声優ネタです。分かる人には分かります。…きっとね?



[35815] 第27章 魔法少女と聖闘士達の憂鬱
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆b1f32675 ID:f562ef5f
Date: 2014/03/08 18:45
 巴マミは自分の部屋に戻るとソファーの上に美樹さやかの身体を寝かせて、大きく息を吐いた。
 正直ここまで大変な目にあったのは初めてだ。
 路地裏で魔力のぶつかり合いがあったのを感じ、気になって路地裏に向かったらそこには地面に倒れた美樹さやかとそれを見下ろす佐倉杏子の姿があった。
 それだけではない。地面に倒れていたさやかは呼吸が無く、心臓も完全に停止しておりどこからどう見ても死体としか言いようのない状態であった。近くにいた杏子に詳しく話を聞こうとしたが、当の杏子はさやかと何故か持っていた最中を押し付けると何処かに行ってしまった。
 さやかを押し付けられたマミは、まずは電話番号を知っているアルバフィカに連絡し、その後魔法を利用した偽装を用いてさやかを何とか自宅まで運び、今に至る。
 魔力を消耗し、濁ったソウルジェムをグリーフシードで浄化すると、マミは突然険しい表情で壁を睨みつける。

 「キュゥべえ!!居るんでしょう、出てきなさい!!」

 マミは誰も居ない部屋の壁にむかって怒鳴り声を上げる。すると、どこからともなく白い猫のような姿の生物、マミ達を魔法少女にした張本人であるキュゥべえが姿を現した。

 「なんだいマミ?随分とイラついているようだけど」

 「とぼけないで!!佐倉さんが言っていた事、ソウルジェムが魔法少女の魂だって言う事は事実なの!?」

 マミは怒りに満ちた視線でキュゥべえを睨みつける。
 魔法少女の魂がソウルジェム、佐倉杏子はそう言った。
 そしてそれが奪われたせいで美樹さやかはこうなったとも言った。
 マミはそんな事全く知らない、否、聞いていない。キュゥべえから魔法少女に関して色々と聞いてはいたものの、魔法少女の魂がソウルジェムだと言う事等、教えられるどころかキュゥべえは一言もそれらしい事を口にしていなかった。
 意図的に黙っていたのか、それとも単に伝え忘れたのか…。
 どちらにせよキュゥべえを問い詰め、事実をはっきりさせなければならない、マミは怒りの籠った視線で睨みながら、キュゥべえの返答を待つ。
 そんなマミの問い掛けにキュゥべえは…、

 「ああ、そうだよ。なんだい、今頃気が付いたのかい?」

 何でもなさそうに、いつも通りの調子で肯定を返す。
 常日頃見ているその態度が、今のマミの神経を逆撫でた。

 「ッッ!!ど、どうしてそれを私達に黙っていたのよ!!さやかさんは、さやかさんはそんな事知らずに契約したのよ!?」

 「聞かれなかったからね。聞かれたなら答えたさ。別に知らなくても君達に不都合な訳じゃないだろう?」

 本当に何でもない、まるで世間話をするかのようにマミの言葉に返事を返すキュゥべえ。
 そのキュゥべえの頭に、いきなり銃口が押しつけられた。銃を押し付けた本人であるマミは、今にも引き金を引きそうな雰囲気でキュゥべえを威圧する。しかしキュゥべえは、頭に銃口を押し付けられていると言うのに表情一つ変えようともしない。微動だにしないその姿はさながら、人形に銃を突き付けているかのようであった。

 「答えなさいキュゥべえ…。なんで、なんで私達の魂をソウルジェムなんかに…」

 「無論、君達の身の安全の為にさ。
 そもそもだね、聖闘士達のように戦いの訓練を受けていたり戦場で命のやり取りをした人間だったらともかく、君達のような戦いもなにもない平凡な日常で暮らしてきた少女達を、そのまま魔女達と戦わせるわけにはいかないよ。そんな事をしたら一方的な嬲り殺しにあうに決まっているしね。
 人間の肉体は脆い。まあこれは人間に限ったことじゃあないけど、首を切られたり心臓を貫かれたりしたらもちろん、あまりに激しい痛みや恐怖でショック死してしまう可能性だってありえる。だからこそ魂を身体の外に取りだして自由に持ち歩けるようにしたわけだ。
 魂が無い肉体はただの抜け殻だ。たとえ首を切られようと心臓を貫かれようと全身の血を抜かれようと、ソウルジェムさえ無事で魔力があれば君達は不死身の存在になれる。どうだい?魔女と戦う上では生身でいるよりよっぽどいいとは思わないかい?」

 「ふざけないで!!それじゃあ私達はゾンビってことじゃない!!あなたは、あなたはそんな大事なことを伝えずに契約を迫ってたって言うの!?まどかさんにも、さやかさんにも伝えずに…!!」

 キュゥべえの淡々とした説明にマミの頭に血が上る。
 この身体がただの抜け殻…?首を切られようと心臓を貫かれようと平気…?
 それじゃあこの身体は死体と変わらないのか!ただソウルジェムを守るために動き、戦うだけの道具と同じではないか!!
 あまりのショックと怒りでマミの視界が真っ赤に染まる。
 自分はまだいい、どうせあの時事故で死ぬはずだった命だ、それがこうして生きながらえたのだからこの程度の代償は安いモノだ。
 だが、さやかは…、さやかは違う。どういう願いで契約したかは知らないが、自分よりも切羽詰まった状況で無かった事は確かだ…。それが魂を抉りだされると言うリスクも知らず、

 「…全く君達人間はいつもそうだね。真実を知るといつも同じ反応を返す。『ゾンビ』だの『死体』だの、ただ魂の在り処が肉体から肉体の外に変わっただけじゃあないか。何でそんなに魂の在り処を気にするんだい?訳が分からないよ」

 「…!!あなたは!!」

 心底呆れたと言いたげな口調に遂にマミの怒りが頂点に達し、指がマスケット銃の引き金を引こうとした。
 が、次の瞬間…。

 「…ああ、貴様ならば一生分からんだろうな」

 感情を感じさせない声と同時にキュゥべえの頭部に何かが突き刺さる。
 それは薔薇、それもまるで血がそのまま固まって出来たかのような毒々しい色合いの薔薇、それがキュゥべえの頭に突き刺さっているのだ。
 そして薔薇が突き刺さった次の瞬間、キュゥべえの身体がまるで空気のぬかれた風船のようにしぼみ、干からび始める。そしてあっという間にキュゥべえはまるでミイラのような干からびた死体へと変化した。一方薔薇はキュゥべえに突き刺さる前よりも花弁はより美しく、色鮮やかに咲き誇っている。まるでキュゥべえの体内の水分を吸い取って成長したかのように…。

 「こ、この薔薇って…、まさか…」

 「マミ、ドアには鍵を閉めておくものだ。強盗や泥棒に入られたらどうする。…まあもう既にもっと性質の悪いモノが入ってきているが…」

 淡々とした声音と共にマミの部屋に入ってきた人物、それはマミと同じマンションの同居人、アルバフィカであった。
 アルバフィカはキュゥべえのミイラに突き刺さった薔薇を引き抜くと、枝の先端を自身の腕に軽く押し当てる。瞬間、薔薇の花はあっという間に生気を失い、枯れて床に落ちた。
 床に落ちた薔薇を一瞥しながら、アルバフィカは不愉快そうに軽く鼻を鳴らした。

 「なるほど、これがキュゥべえの生命エネルギーか。……文字通り碌な味がしない」

 「あ、アルバフィカさん…、そ、その薔薇って…」

 マミはポカンとした表情でアルバフィカを眺めている。あの赤黒い血のような薔薇はアルバフィカが投げたものなのだろうが、突き刺さった瞬間キュゥべえがミイラ化し、その薔薇をアルバフィカが自分自身に刺した瞬間、今度は薔薇が枯れ果てた。傍目から見たら何が起こっているのか全く分からなかった。
 アルバフィカはチラリとマミに視線を向けると右手に持っている薔薇の茎に再び視線を戻す。

 「この薔薇はヴァンパイアローズ。私が品種改良したオリジナルの薔薇でね、突き刺さった相手から血や体液等のエネルギーを吸い取り、それを糧に成長する。まあ逆にこの薔薇に溜めこんだエネルギーを利用して他者の傷を治したり非常食代わりに利用することも出来るのだが…、やはりキュゥべえのエネルギーは質が悪い…」

 血を吸い取る…、まさにヴァンパイアと言うべき薔薇である。薔薇が刺さったキュゥべえがいきなりミイラ化したのも体中の血液、水分を薔薇に吸い取られたから、薔薇が枯れたのもアルバフィカがあの薔薇の養分を吸い取ったからであろう。

 「あ、あの…それじゃあキュゥべえは、キュゥべえは死んだんですか…?」

 マミはアルバフィカに恐る恐る問いかける。
 先程は激昂して撃ち殺そうとしたものの、自分の魂を取り出して弄られはしたものの、仮にもあの事故から助けてくれた恩人でもあるキュゥべえが死んだ事に、マミ自身複雑な気持ちを抱きつつあった。
 死んだのならばせめてお墓くらいは作ってあげたい、そんな気持ちでアルバフィカに尋ねたのだ。
 そんなマミの問い掛けにアルバフィカは、いかにも気に食わないと言いたげな表情で鼻を鳴らす。

 「キュゥべえ…。ふん、奴ならいくら殺しても死にはしない。現に、そこにいるじゃないか」

 「え…?何を言って…!?」

 マミがアルバフィカの言葉に釣られ、キュゥべえのミイラのある方向を振り向くと、マミの顔が驚愕で歪んだ。
 ミイラとなったキュゥべえの隣に、紛れもなく生きているキュゥべえが、何事も無かったかのように座っていたのだ。

 「全くひどい事をするなあ」

 キュゥべえは甲高い、それでいて全く調子の変わらない口調で話しながらキュゥべえのミイラに近付いた。
 そしてキュゥべえは大きく口を開くとミイラにかぶりつき、そのまま一気に飲み込んだのだ。
 そのあまりに異様な光景に唖然とするマミと無表情なアルバフィカを尻目に、キュゥべえは軽くげっぷするとアルバフィカ達に向かって振り向いた。

 「身体のかわりは幾らでもあるけど、無駄に潰したらもったいないじゃないか。しかも中のエネルギーまで持って行くなんてさ」

 「か、変わりは幾らでもあるって…、そ、それってどういう…」

 目の前の光景に動揺し、訳が分からないと言いたげなマミを横目に見て、アルバフィカは軽く肩を竦めた。

 「…簡単にいえばこいつらキュゥべえの身体はただの器に過ぎないと言う事だ。たとえ一体潰したとしてもその個体の記憶を引き継いだ別の個体が動き出す。そしてその個体を潰してもまた別の個体が…、というふうに何体潰してもほぼ無限に記憶を引き継いだ個体が出現する、というわけだ。…全くどこぞの黒い害虫並み、いや、それすら上回るしぶとさだな、此処まで来ると呆れてくる…」

 「ゴキブリと比べられても困るけど、概ねその通りだ。まあ僕としては何で君が、いや君達聖闘士が僕達の事を知っているのかが興味深いところだけどね」
 
 キュゥべえがそう口にした瞬間、すぐ横に真っ赤な薔薇が突き刺さった。もう数ミリずれていれば、確実にキュゥべえへと命中していたその薔薇を投げた人物、アルバフィカは隠しようもない殺気の籠った視線でキュゥべえを睨みつける。

 「知る必要もないことだ。また無駄に身体を潰されたくないならとっとと失せろ、害獣」

 「害獣とはひどい事を言うなあ。僕達はこの世界の救済の為に働いているって言うのにさ。まあまた無駄に潰されたくないからここは退散させて貰うよ」

 キュゥべえは殺気を向けられても表情一つ変えることなく、そのままその場から立ち去った。アルバフィカは殺気を収めると自身もまたマミの部屋から出て行こうと玄関に向かう。

 「ま、待って下さい!!」

 と、突然背後からマミが声を上げる。アルバフィカが振り返るとマミは必死な、それでいて何処か疑念に満ちた表情でこちらをジッと見つめている。

 「あの…、アルバフィカさんは、キュゥべえの事を知っていたんですか!?それなら、それなら私達の魂がソウルジェムだってことも知っていたんですか!?」

 マミはまるで訴えかけるようにアルバフィカを問い詰める。
 アルバフィカはキュゥべえを殺してもまた替わりが出現することを知っていた。ということは、アルバフィカは、否、黄金聖闘士達は知っていたのではないのか?魔法少女のソウルジェムが魂である事を、魔法少女が契約する時魂を身体から抉りだされ、改造されると言う事を…。
 アルバフィカはマミの問い掛けに対し、しばらく沈黙していたが、やがて重々しく頷いた。

 「……ああ、知っていた。少なくともソウルジェムが魔法少女の魂だと言う事は調査済みだ」

 「…!そ、そんな!!なら何でそれを教えてくれなかったんですか!!それを先に言っていれば、さやかさんは…!!」

 マミはアルバフィカを非難するように声を荒げる。そんなマミの言葉に流石のアルバフィカもばつが悪そうな、苦虫を噛み潰したような表情でマミから顔を背ける。

 「……タイミングを逃した、というべきか、言いづらかったと言うべきか…。第一、言った所で信じるとは限らなかったものだからな。最も、せめてまどかとさやかには伝えておくべきだった、が、さやかが予想外に早く契約してしまったものでな…。てっきりシジフォスの忠告があるから契約しないものと楽観していた…」

 「で、でも……!!」

 アルバフィカの言葉に、マミはなおも食い下がろうとするが、アルバフィカは無視して玄関に向かってしまう。
 ドアを開けて出て行こうとしたアルバフィカは、一度振り返ると悲しげな表情でマミの顔をジッと見る。
 
 「マミ、帰る前に一つだけ言っておく。…魔法少女には、まだもう一つ秘密が存在する」

 「え?」

 「今回のショックが癒えるまで時間もかかるだろうから今は言わない。だが、これだけは言っておく。
 魔法少女は、君が思っているような正義の味方でも、希望の使者でも無い。その正体は、あの白い悪魔に魂を売り渡し、目先の願いと引き換えに『未来』という希望を奪われた、そんな存在だ。
 だからこそ今のままでは君達に希望は無い、あるのは…絶望という名の奈落だけ、だ」

 「え!?そ、それってどういうことですか!?アルバフィカさん!!」

 動揺したマミはアルバフィカに向かって叫ぶが、アルバフィカは構わずドアを開けて出て行ってしまった。急いでマミもあとを追ってドアを開けた。が…。

 「ま、マミ!?どうした一体そんなに泡を食った様子で」

 「し、シジフォスさん!?」

 目の前にいたのはアルバフィカではなく、射手座の黄金聖闘士、シジフォスであった。よく見ると背中には誰かを背負っているようだが、今のマミにそんな事を気にしている暇は無い。
 
 「あ、あのシジフォスさん!!あ、アルバフィカさんは…」

 「お、落ち着いてくれマミ!アルバフィカ?あいつは此処から出てくるなりテレポートしてしまったが…」

 泡を食った様子のマミの姿にシジフォスは若干戸惑いながらも返事を返す。シジフォスの言葉にマミはようやく落ち着いたのか肩を落として溜息を吐いた。
 そんなマミの姿をシジフォスは若干複雑そうな顔で眺めていた

 「その様子では…、どうやら知ってしまったようだね、ソウルジェムの、秘密を」

 「…シジフォスさんもやっぱり…、知っていたんですね…」

 「すまない…、もう少し早く明かしておければ…」

 シジフォスは苦しげな表情で俯いた。シジフォスもまた彼女達が知らない魔法少女の秘密を黙っていた事に、マミは少なからずショックを受けていた。
 確かに自分の魂がこんな石ころにされていた等と言われればショックだ。だが、いくら心配だから、傷つくだろうと言う理由があったとしても、その事実を黙ったままでいられていい気分はしない。
 シジフォスとマミとの間で気まずい空気が流れ始めた、その時…。

 「なあ…もうマミの家に着いたんだろ?いい加減下ろしてくれよ恥ずかしいんだよ!!」

 シジフォスの背中から背負われているであろう何者かの声が聞こえる。今更ながらもう一人この場にいた事に気がついた二人は、ハッとした様子で顔を見合わせる
 
 「む…、ああすまない!すっかり忘れていた。マミ、君にお客さんだ。怪我を負ってはいたが大体治しておいた」

 「へ!?お、お客さんって……え!?」

 シジフォスが背中からおろした人物の姿を目にしたマミは、目を丸くした。
 何故なら彼の背中から下りた人物は…。

 「…よおマミ、あんたのお友達のソウルジェム、取り返してきてやったぜ」

 さやかのソウルジェムを見せびらかす様に掲げながら笑顔を浮かべているかつてのパートナー、佐倉杏子だったのだ。


 アルバフィカSIDE

 その頃アルバフィカはマミの部屋からテレポートしたマンションの屋上で、策に寄りかかりながら何もすることも無く空を眺めていた。
 雲一つない、夕焼けで赤く染まった空を、アルバフィカはただ無表情で見上げている。
 結局マミから逃げるように此処に来てしまった。歴史どおり進ませるためとはいえ彼女達に黙っていたのは事実だ。何故か外にシジフォスがいたが後は彼が上手くやってくれるだろう。そして、マミももう自分の部屋にはこなくなるだろう…。
 当然だ、もしもソウルジェムの真実を教えていればさやかは契約しなかった可能性もある。もっとも彼女の性格からして魂を抉りだされると知っても契約した可能性もあるが…。
 だがそんな重要なことを知っていながら黙っていたのだ、そんな男には幻滅するに決まっている。
 少しばかり淋しさは感じるものの、アルバフィカの心には安堵の気持ちもあった。

 (これでいい。どう取り繕おうが自分の血は猛毒…。そんな人間の側にいたら、いつ巻き込まれるかも分からない。彼女の為にもこれでいい…)

 アルバフィカは自嘲気味な笑みを浮かべながら、心の中でそう呟いた。
 と、突然自分の身体を冷たい風が通り過ぎた。
 アルバフィカはふと自分に纏わりつくように吹く風に気がつくと、何気なく屋上の入り口に視線を向ける。
 そこにいたのは緑色の肩まである長髪が特徴的な男性、水瓶座の黄金聖闘士、デジェルであった。
 こちらに向かって歩いてくる同僚の姿を、アルバフィカは相変わらずの無表情で眺めている。

 「やあ、この世界での顔合わせは初めてだな、アルバフィカ」

 「デジェルか…、君も巴マミが心配で来たのか、それとも現在死体同然となっているさやかの事か」

 「両方、だが、どうやら私の出番は無いらしい。杏子君がさやか君のソウルジェムを無事奪い返して来てくれた。まあ相当ダメージは受けていたようだがな。一応アルデバランに連絡しておいた、直ぐに飛んでくるだろう」

 「そうか」

 アルバフィカはそう返事をすると再び視線を空へと向ける。そんな彼の態度にデジェルは特に気を悪くする様子もなくやれやれと肩を竦めた。

 「…ばれたな、ソウルジェムの秘密の一つが。まあどの道ばれなければならない事なのだから予定通りと言えば予定通りなのだが、な」

 「…歴史通り進ませるためとはいえ…、何も伝えられないのは正直歯痒いモノだ。とはいえ、伝えたら伝えたでとんでもない事になるのは目に見えているが…」

 結果的に本来の歴史通りの展開…、と言いたいところだが、そのせいでマミからの信頼は失ってしまったと言ってもいい。が、アルバフィカにとって、この程度は最良の結末を迎えるための必要経費であると考えており、割り切っている。
 そんなアルバフィカにデジェルは、少し複雑そうな視線を向けている。

 「…アルバフィカ、一つ聞きたいのだが…」

 「何かな」

 「君の師のルゴニス様は、君に女性には優しく接しろと教えなかったのか?」

 「そんな記憶は無い。そもそも私達は女性と『接する』ことすらあり得ないからな。優しくする必要性そのものが無い」

 「…ああ、そうか。分かった」

 まるっきり関心がなさそうに態度も変えない同僚に、デジェルも諦めたのか溜息を吐いてアルバフィカと同じく空を見上げる。
 空は雲一つない快晴、燃えるように赤く染まった空。それは美しくも、これから訪れる波乱の前触れのような、不吉な予感をデジェルに抱かせるのだった。


 マニゴルドSIDE


 同じ頃、巴マミのマンションとは別のマンションにある一室にて、暁美ほむらは分解された銃の組み立て、改造の作業に没頭していた。
 最近のほむらは魔女を狩る作業もせず、まどか達を見守る時以外はずっと部屋にこもり、火薬の調合や武器の手入れに時間を費やしていた。
 グリーフシードの心配が無くなったのももちろんだが、それ以上に無駄な魔力を使わずに、来たるワルプルギスの夜との戦いの為に温存しておく為でもあった。
 もはややり直しも出来ないこの時間軸、無駄な魔力の消耗は出来ない。幸い魔女狩りはマニゴルドと彼の助手がやってくれている為心配する必要はない。
 組み立て終えた銃を机に置いたほむらは長時間作業で疲れた目をもみほぐす。と、玄関からドアが開く音が聞こえてきた。

 「今帰ったぜ、おう」

 それと同時に響いてきたのはこの家の同居人の声。
 先程捕獲してきた魔法少女を警察署まで送り届けに行っていたのがようやく帰還したようだ。

 「おかえりなさい。どうだった?あの二重人格者は」

 「バッチリ交番近くに送っておいたぜ?魔法少女だった頃の記憶も消えてやがるし、もうソウルジェムもねえから変な事はしねえだろ」

 「そう、ごめんなさい、色々面倒な事押しつけてしまって」

 部屋に入ってきたマニゴルドは疲れたように大きく伸びをする。
 何しろ今日は、魂をソウルジェムに戻す作業だけでなく、本人曰く『得意ではない』分野の他人の記憶の操作を二重人格者に施したのだから、それなりにしんどかったのだろう。
 とはいえ元々規格外な黄金聖闘士の一員でもある彼からすればそこまで大仕事というわけでもなく、あくまで多少面倒な手作業程度なレベルである。とはいえ色々押しつけてしまったことは確かであるため、ほむらはソファーでくつろぐマニゴルドに軽く頭を下げた。
 マニゴルドは自分に礼を言うほむらに向かって寝転びながらヒラヒラと手を振る。

 「気にすんな、こっちもなかなか珍しい代物を見れたしな」

 「珍しいモノ?それって双樹あやせのことかしら?」

 そうそうそれそれ、とマニゴルドはソファーから上体を起こして返事を返す。

 「お前も知っているだろうが多重人格って言うのは一個の肉体に複数の人格が存在するっつう精神疾患の一種よ。っつってもそれは何らかのトラウマやら現実からの逃避のために本来の人格とは別の性格が生まれてまるで別の人間が同じ身体に入っているように見えるっつう程度のモンだ。
 ましてや一つの肉体にもう一つ魂が出来る、なーんてわけじゃあねえ。それは分かるな?」

 「分かるけど…それがどうしたっていうの?」

 何を言いたいのか分からないほむらは、眉を顰めてマニゴルドを見る。マニゴルドはソファーに座り直すと、真剣な表情でほむらをジッと見る。珍しく真面目な表情を浮かべるマニゴルドにほむらは気押されたように少し後ずさりする。マニゴルドは、そんなほむらに構わずゆっくりと口を開いた。

 「あの双樹あやせ、いや、此処は双樹姉妹というべきか…、一つの肉体に二つ魂をもってやがるんだよ」

 マニゴルドがもったいぶって告げた言葉に対し、ほむらは顔色一つ変えていなかった。むしろ、それがどうしたと言いたげな、むしろその程度の事で拍子抜けといった様子でいつもの鉄面皮を保っている。
 てっきり驚くかと予想していたマニゴルドは、全くの無反応、無関心な少女の様子に不満そうに舌打ちをした。
 
 「んだよてっきり驚くかと思ったのによ~!!もちっといい反応しやがれや!」

 「これでも摩訶不思議な事は嫌という程体験してきたのよ。今更魂が身体に二つある程度じゃ驚かないわよ。まあ、気にならないと言えばウソだけれど…」

 ほむらは表情一つ変えずにマニゴルドに向き直る。

 「…マニゴルド、確か貴方言ったわよね?多重人格者は幾つも魂持ってるわけじゃないって」

 「ああ言った。だけどあいつは例外ってことだ。簡単に言うなら普通の多重人格が闇マリクなら双樹姉妹は闇遊戯っつうことだ。お分かり?」

 「……嫌な例えね。多重人格の人間全部が顔芸しそうな…」

 「そいつはすげえ、是非見てみたいなそりゃ。…まあ冗談はそれ位にして、だ、あの双樹姉妹ってのはそういうかなり稀な部類の人間なんだよ。恐らく違う人格で異なる魔法使ってやがったのもそれが理由だ」

 確かに情報によれば、双樹姉妹は人格が変化すると魔法少女衣装だけでなく使用する魔法すらも変化すると言っていた。
 キュゥべえの説明では、魔法の種類は叶えた願いによって決定され、それ以後変化する事は無いとのことだった。たとえ二つ以上の人格があったとしても、魂が一つしかない以上二回以上契約することは不可能、あくまで一人の魔法少女が手にすることが出来る奇跡は一つ、それが魔法少女の常識である。
 しかし、双樹姉妹はあやせの時には高熱魔法、ルカの時には低温魔法と性質の相反する二つの魔法を使いこなし、さらにソウルジェムもそれぞれ別々のモノが存在しているという通常の魔法少女ではあり得ない事例を見せている。
 これが示す事実は二つ、自身の願いによって二つ以上の魔法を使えるようになっているか、若しくは、一つの身体に二つ以上の魂が存在するか、のどちらかだ。
 そしてソウルジェムが二つある以上、恐らく双樹姉妹の身体には二つの魂が存在している、と、マニゴルドは説明した。

 「それで、何で一つの身体に二つも魂が?」

 「さあ?原因についちゃあ推測しなきゃ分からねえが、恐らくは元は別々の身体にあった魂が、何らかの理由で同じ身体に居ついちまった、ってところじゃねえの?契約の願いか事故のショックでか知らねえけど、滅多にあることじゃあねえな、うん」

 ソファーから立ちあがったマニゴルドは、台所に向かって歩いていく。
 彼がほむらの家に居つくようになってからは、マニゴルドが食事を作る係りとなっている。
 マニゴルドはその性格から傍目から見れば料理等出来ないように思えるが、そもそも聖闘士は任務で世界各地に出向くことが多く、加えて黄金聖闘士はもっぱら守護宮で一人で過ごすことも多く、食事も一人でとることがほとんどであった。その為、必然的にある程度料理は出来る者が多い。
 マニゴルドも修行の合間に料理だの裁縫だのを師から教えられていた。曰く「聖闘士になろうとならなかろうと、覚えておいて損は無い」との事らしい。
 マニゴルドは食材を取り出す為に冷蔵庫の中を漁っている。ほむらはそれを横目で見ると、銃の手入れに使用した道具を片付けようと再び机に向かおうとした。

 「…おいほむら」

 が、突然マニゴルドに声をかけられ、作業を中断する。
 ほむらが後ろを振り向くと、そこには何時の間に着替えたのか、エプロン姿のマニゴルドが顔を引き攣らせて立っていた。
 意外と似合うものね、と場違いな感想を抱きながら、ほむらは目の前の料理人の視線を受け止める。

 「何かしら」

 「冷蔵庫に買い溜めしておいたチーズ、なんでこんなに少なくなってんだ?お前そんなにチーズ好きだったか?」

 見るとマニゴルドの手にはチーズの入ったタッパーが握られている。が、タッパーの中のチーズの量はかなり少なく、料理どころか一口食べるだけで無くなってしまいそうだ。
 ほんの2、3日前にタッパー一つ分どころか二つ三つ分は買ってきたはずのチーズがこれだけ少なくなっている…、もはや誰かが摘み食いしたとしか考えられない。
 マニゴルドの詰問にほむらは、軽く髪をかき上げ、何処から取り出したのか分からない耳栓を耳にはめると、再び机に向かいながら、返事を返す。

 「……なぎさが摘み食いしていたのを何度か見かけたけど」

 「べべー!!!テメエどこ行きやがった!!今すぐ出てきやがれコラアアアア!!」

 ほむらが返事するや否や、部屋にマニゴルドの怒号が響き渡った。が、その声に答える人間は、部屋の中に誰も居なかった。



[35815] 第28章 赤の少女の葛藤、魚座と魔女の再開
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆b1f32675 ID:f562ef5f
Date: 2014/03/28 21:29

 あの後マミは、杏子から受け取ったさやかのソウルジェムを急いでさやかに握らせた。
 すると、さやかはまるで何事も無かったかのように起き上がると、驚いた様子でこちらを見るマミと杏子、そして沈痛な表情で自分を見つめるシジフォスを、不思議そうに見まわしていた。
 その姿はどう見てもさっきまで死体だったとは思えず、心音、呼吸、その他身体の異常も全くと言っていいほど無い。文字通り死体から完全に生き返ったとしか言いようのない状態だった。
 路地裏で杏子に出会った時点で記憶が途切れているさやかは、何故自分がマミの部屋に居て、何故目の前にマミと杏子、シジフォスの三人がいるのか理解できずに混乱していた。
 杏子はさやかに、彼女が気を失った後何があったかを、その後マミがソウルジェムの真実とキュゥべえの正体について、かいつまんで話した。
 そして現在、マミの部屋にはマミ、杏子、さやか、シジフォス、そしてシジフォスから連絡を受けて駆けつけてきたまどかが集まっていた。
 
 「そ…そんな…ソウルジェムが、魔法少女の魂、なんて…」

 杏子の口から語られた事実に、まどかはショックを隠せなかった。
 たった一度の奇跡と引き換えに命懸けの戦いを強いられる運命…、魔法少女とはそういうものだと何度も聞かされていたまどかだが、それでも誰かの為に戦える魔法少女へのあこがれはあった。
 だが、今杏子とマミから告げられた事実は、そのあこがれを粉々にする程の衝撃をまどかに与えていた。それは、既に願いを叶えて魔法少女となったさやかも同様であった。
 魔法少女になったら今までどおりの日常は送れない、魔女と命懸けの戦いを繰り広げなければならなくなる、そんな事は契約した時に割り切っているつもりだった。
 だが、この宝石が、ソウルジェムが己の魂、この身体がただの抜け殻という事実はさやかにとってあまりにも衝撃が大き過ぎた。嘘だと信じたかったが、現に自分は双樹姉妹にソウルジェムを奪われ、一時的に死体となっていた。
 もはや受け入れるしかない、この身体が死体で、この手にある石ころこそが自分の魂だと言う事を…。

 「シジフォスさん達が、あたし達を魔法少女にしたがらなかったのは、この事実を知っていたからなんですか…?」

 さやかが虚ろな視線をシジフォスに向けてくる。
 その表情は、いつもの活発でまるで太陽のように明るい少女とは全くかけ離れている。それだけ、今回の事実がショックだったということだろう。
 シジフォスは沈痛な面持ちで、ゆっくりと頷いた。

 「……ああ、魔法少女の魂がソウルジェムという事は…、仲間の調査で既に知っていた」

 「じゃ、じゃあ何でそれを教えてくれなかったんですか!!そうすればさやかちゃんは、さやかちゃんは契約せずに済んだかもしれないのに…!」

 まどかの非難するような言葉に、シジフォスはばつの悪い表情で顔を背ける。確かにこの事実を伝えていれば、さやかは魔法少女にならなかった可能性はある。魔女化の事については告げられなくても、ソウルジェムの件についてはもう少し早くに教えられたはずだ。
 だが…。

 「……伝えるには衝撃的すぎることだったからな。戦いの危険性と恐ろしさを伝えられれば、充分かと思っていた。それに……、もし俺が仮にこの事実を言っていたとしても、さやかの契約を止められるとは……思えないな」

 「え……?」

 「そ、それって、どういう…?」

 シジフォスの言葉にまどかとマミは戸惑ったような声をあげ、杏子は特に興味もなさそうにシジフォスを眺めている。一方のさやかは、まるで自分の秘密を知られたかのように先程の無気力さから一転しギョッとした表情を浮かべた。
 シジフォスはさやかにチラリと目をやると、重々しく口を開いた。

 「……デジェルから聞いた、君が契約したのは、幼馴染の腕を、治すためだろう?」

 「……!!」

 シジフォスの言葉を聞いたさやかは顔を俯かせて両手を握りしめた。その反応にシジフォスは軽く溜息を吐いた。

 「…図星か。君の魔法が回復魔法だからもしやと思ったが、デジェルに聞いたら案の定だった。あいつが面倒をみているバイオリニストの少年の腕が、突如一晩で完治したと言う話だったが、やはり君の願いだったのか…」

 「さやかちゃん…」

 黙りこくるさやかの姿を、彼女が契約したわけを知るまどかは悲しげに見つめる。事情を知らないマミも、シジフォスの言葉で合点がいき、思わずさやかに詰め寄った。

 「さ、さやかさん!本当なの!?貴女が契約した理由って言うのは…」

 「………」

 「そんな……、なんて早まったことを…」

 返事をしないさやかの態度を肯定と受け取ったマミは、肩を震わせながら顔を俯かせる。
 願いを叶えるのなら後悔しないように、契約するならよく考えろ、そうさやかに伝えたと言うのに、シジフォスに至っては契約してはならないと言ったのに…。
 一方の杏子は何処となく冷めたような目つきでさやかを見ている。

 「……最初戦った時からなんだか気にくわねーと感じちゃあいたが、やっぱりか。ええと…、さやかとか言ったか、あんたも他人の為に願った類なのかよ」

 「…え?」

 何の前触れもなく杏子に声をかけられたさやかは、杏子に視線を向ける。さやかの視線を受け止めながら、杏子は何処かきまり悪そうに髪の毛を引っ掻く。

 「他人の為に奇跡願うと碌な事にならねー…。以前あたしはそう言ったな。あんたも分かったろ?後先考えずに他人の為に願いを使いやがって…。モロにそのしっぺ返しを食らってやがるじゃねえか」

 「…!!あんたにあたしの…って、そっか。あんたも自分の家族の為に…」

 杏子の皮肉めいた言葉に一瞬険しい顔を浮かべたさやかだが、マミから聞かされた杏子の過去が頭をよぎって、直ぐに怒りを収める。逆に杏子はさやかの口から洩れた言葉を聞くや否や、マミを思い切り睨みつける。

 「……てめえ、何でその事を……!おうセンパイ、あんたこいつに余計なこと吹き込みやがったな!!」

 「………」

 杏子の怒気の籠った視線に、マミは思わず顔を背ける。その頬を汗が一筋伝う。
 口に出さなくてもその態度が喋ったかどうかを雄弁に告げていた。マミのあからさまな態度に杏子は気に食わないと言いたげに舌打ちをする。

 「ッチ。図星かよ。まあいい。確かにあたしが魔法少女になったのは、親父の説法を皆が聞いてくれるようにする為だった。…本音でいやあその頃あたし達は貧乏してたから、家族の生活を楽にしたかった、てのもあったんだけどな。
 最初の頃は大成功さ。みんな親父の話を聞いてくれて、お布施も入ってくるようになった。あたしら一家の生活は見る見るうちに楽になっていった。
 あたしがマミと会ったのもその頃さ。何にも知らなかったあたしは、純粋に人の為に戦うマミを見て憧れた。それで、あたしはマミとコンビを組んで、魔女や使い魔を狩って、正義の味方をしてたってわけだ。
 ……あの時になるまではな」

 話を進めていくにつれ、自身の過去に記憶が思い出されてきたのか、段々と杏子の表情が淋しげな雰囲気を帯びていく。マミ達は杏子の話を黙って聞いていた。

 「…ある時教会に魔女が出やがった。よりにもよって親父が信者の人達に説法している時にな。当然あたしは魔女と戦って、魔女をブッ倒したさ。お陰で結界に引き込まれていた親父も信者も助かって、めでたしめでたし……と、普通ならそうなるんだろうけどな」

 一度口を閉じた杏子は自嘲するかのように乾いた笑みを浮かべる。
 
 「正気に戻った親父にな、ばれちまったんだよ、あたしが魔法少女だってこと。ついでに今まで集まっていた信者が、親父の話を聞く為じゃなくて、あたしの願いで文字通り『洗脳』されて集まったってこともばれちまった。
 全部知っちまった親父は…、壊れちまった、完膚なきまでにな。それから説法もしなくなって、酒浸りの毎日。信者を洗脳して集めたあたしを魔女呼ばわりして暴力を振るう日々…。ついにはおふくろや妹もあたしを避けるようになっていきやがった、親父の言葉を信じたのか、親父から見を守るためかは知らねえけど、な…。
 そしてあの日、あたしが親父の暴力から逃げて街ン中ぶらぶらしてから、帰ってきた時…、親父とおふくろと、妹は、冷たくなっていたよ。あたしを残して、無理心中しちまった…。あたし一人、此処に残して、な…」

 「そ、そんな…」

 「………」

 杏子の願った奇跡、そのあまりにも悲惨な結末に、マミ、さやか、まどかの三人は言葉も出なかった。シジフォスは表情こそ変えなかったものの、その視線には彼女への憐憫の情が籠っていた。
 こちらを見つめる周囲の視線に杏子は居心地が悪そうに体を揺する。

 「…てなわけだ。そう言うわけであたしは自分の為に魔法を使い続けることを決めた。もう他人の為に奇跡は願わない、魔法も使わない、ンな事してもやった方もやられた方も不幸になるだけだからな。だからあたしはマミとコンビ解消して風見野に戻った。そんでまあ使い魔逃がして魔女だけ狩って、グリーフシード稼ぎながら空き巣やったり万引きやったりで何とか食いつないでいたってわけだ。…今はどこぞのおせっかいなおっちゃんの家に居候してるから飯には不自由してないけど、な」

 「おせっかいなおっちゃん…。アルデバランの事か」

 「ん、ああ。そういやアンタら知り合いだったな、まあいい…。つーわけで新入り、あんたも魔法少女になったんなら、他人の為じゃなく自分の為に生きた方が良いぜ?ま、あんたは家族や友達いるから万引きやらしなくても生きていけるだろうからあたしのマネする必要もないだろうけど、他人の為に魔法使うのは、やめておきな、自分が馬鹿を見るぜ」

 「……あたしは…」

 杏子の言葉にさやかは言葉も出なかった。いつもなら口にできたであろう否定の言葉も、今日立て続けに起きた事件と知ってしまった衝撃の事実から頭の整理が出来ず、なおかつ何だかんだ言いながらも杏子は自分のソウルジェムを取り返してくれた恩人であるため、杏子に対して何も言う事が出来ない。マミとまどかの二人もさやかと杏子を不安そうに見つめるだけで、沈黙したままである。
 そんな魔法少女達の重苦しい雰囲気に、シジフォスはどうしたものかと頭を悩ませていたが、ふと何かに気がついたように視線を玄関の方に向ける。そして、微かに笑みを浮かべると少女達に向き直る。

 「あー…取り込んでいる所すまないが…。杏子、君に迎えが来たようだぞ」

 「んあ?迎えだ?一体誰が…」

 杏子が鬱陶しそうにシジフォスに視線を向けた瞬間、玄関から来客を告げるチャイムが鳴る。
 突然玄関からチャイムが鳴ったことで、今まで漂っていた重苦しい雰囲気が霧散する。が、あまりに突然だったためか、誰も応対に出ようとしない。
 と、玄関から二度目のチャイムの音が鳴る。それでも呆然としているこの家の主を見て、シジフォスは軽く嘆息した。

 「…マミ、取りあえず玄関に出て応対したらどうかな?俺達はこの家の住人ではないのだし…」

 「…え!?は、はい!!す、すいません今行きます~!!」

 シジフォスの言葉に目が覚めたようにハッとしたマミは、急いで立ち上がって来客を待たせている玄関へと向かう。

 「あの~…どちらさまでしょうか~?…て、ええ!?あ、貴方は!?」

 「あ~すまない、此処に佐倉杏子がいると聞いてきた者だが…どうやら当たりのようだな。昨日は碌に挨拶出来ずにすまなかったな」

 玄関が開けられる音と共に、マミの驚いた声、そして来客の声がリビングまで響いてきた。

 「うえ!?こ、この声ってまさか!?」

来客の声を聞いた瞬間、杏子がギョッとした目つきで玄関に視線を向けた。そんな杏子の反応にまどかとさやかはキョトンとした表情を浮かべ、シジフォスは笑いをこらえているのか顔を俯かせて肩を震わせていた。
そうこうしていると来客との話が終わったのか、マミが四人の待つリビングに戻ってきた。その後ろには例の来客と思われる筋骨隆々の大男と、彼に肩車された緑色の髪の毛が特徴的なまだ幼い少女がマミの後ろからついて来ていた。
 二メートル以上の巨体を誇る大男の姿に、杏子以外の人間は驚いた様子はない。それもそのはず、その男とは一度、顔を合わせた事があったのだから。

 「佐倉さん、保護者の人が、迎えに来てくれたわ」

 「やれやれ、帰りが遅いから探しに来てみたが…、随分とボロボロになったみたいだな、杏子」

 「キョーコ!かえりおそいからまいごになっちゃったとおもったよ!」

 「オイオイ…、何でここに居るって分かったんだよ、おっちゃん…、ゆま…」

 マミが連れてきた来客、牡牛座のアルデバランと彼に肩車された少女、千歳ゆまの姿を見て、杏子は呆けたようにポツリとつぶやいた。

 アルバフィカSIDE

 一方その頃アルバフィカは、マンションの近くにある公園、そこにあるベンチで、何をするでもなく座っていた。
 もう夕方だからだろうか、公園には誰も居ない。だからここで一人くつろいでも誰も見咎める者も居ない。
 アルバフィカはベンチの背もたれに寄りかかりながら、デジェルの言葉を思い出す。

 (…ルゴニス様から女性は大切にしろと教わらなかったのか?)

 「…そもそも近づけないのだから大切にする以前の問題だろうが。全くどいつもこいつも…」

 アルバフィカは茜色の空を見上げながらブツブツと愚痴を呟く。
 どうも生き返ってから、自分の体質を気にせず近付いてくる連中が増えてきた。
 前の世界の同僚然り、自分達を生き返らせ、家に住まわせてくれている一刀と彼と共に過ごす少女達然り…。
 自分と親しげにしてくれるのは別に嫌ではない、むしろ嬉しいのだが、もう少し自分の血の危険性というものを知ってもらいたい。こちらとしても自分の血が原因で仲間や友人を殺すような破目になるのは御免なのだ。

 「…毒蛇、ならぬ毒薔薇に素手で触れるようなものだろうが、はあ…」

 「あ~!!あ、貴方は~!!此処で会ったが百年目なのです!!」

 「む…?」

 アルバフィカがそんな物思いに耽っていると、突然まだ幼い少女と思わしき叫び声が聞こえてくる。不審そうに空を見上げていた顔を戻すと、目の前には薄い紫がかった長い髪の毛の少女が、こちらを睨みつけながら立っていた。
 見た所小学生、それも1年か2年程度の年齢の子供だ。そんな子供が親と一緒ではなくこんな所で一人でいることにアルバフィカは眉根を寄せた。

 「何かな君は。こんな所で迷子か?」

 「迷子じゃないです!!ようやく見つけたです!!なぎさを殺した仇、ここで取らせてもらうのです!!」

 「殺した仇…?いや、何のことかさっぱりわからんのだが…」

 少女の言葉にアルバフィカは心外とばかりに顔を顰める。
 この世界に来てから、アルバフィカは人間は誰一人として殺してはいない。
 確かに生前は多くの冥闘士を倒してきてはいたものの、生き返ってからは人一人殺すような事はしていない。
 この少女の言葉では自分はなぎさ、という少女を殺したらしいのだがそんな少女の事は知らないし、目の前の少女にも面識はない。
 全く覚えが無いと言いたげなアルバフィカの様子に、少女はさらに激昂して腕をブンブンと振り回す。

 「とぼけないでほしいのです!!ずっと前になぎさに変な薔薇投げつけて殺したじゃないですか~!!あの顔をボロボロにされた痛みは一日たりとて忘れなかったです~!!」

 オーバーなリアクションをしながら怒鳴り声を上げる少女。幸い今は誰も居ないが、これが真昼間ならば嫌でも周りの視線を集めてしまう事となったであろう。
 が、それはともかくとしてアルバフィカが気になったのは、その少女が自分が『なぎさ』という人間を殺したという事を、まるで自分自身が体験したかのように語っている事だった。

 「……えっと、一つ聞いても構わないかな?その私が殺したと言う『なぎさ』というのは…、もしかして君の事か?」

 「はいなのです!!」

 恐る恐る、と言った感じで問いかけたアルバフィカに少女、なぎさは元気な声を張り上げる。普通ならば微笑ましい姿なのだろうが、アルバフィカは頭痛を覚えたかのように頭を押さえた。彼女の言っている事に全く理解が追いつかないのだ。

 「いやまて、現に今君はこうして生きているじゃないか。私が殺したと言うのなら何故君はここでこうして生きている」

 「それは生き返らせてもらったからです!!今ではおうちで大好きなチーズを食べる日々を送っているのです!」

 胸を張って鼻息を荒くするなぎさの姿に、アルバフィカは盛大に溜息を吐いた。何処からどう見てももうお手上げとしか言いようのない様子だ。

 「…わけが分からん。それじゃあ聞くがその君を生き返らせたと言うのは一体どこのどいつなんだ」

 「それは…「み~つ~け~た~ぞ~ベ~ベ~。テメエ覚悟できてんだろうな~」…ひゃうう!?」

 もはや投げやりと言った感じで問いを投げられたなぎさが、アルバフィカに返事を返そうとした瞬間、突然なぎさの背後から地の底から響いてくるかのような唸り声が響いてくる。なぎさは声を聞いた瞬間ビクッと身を震わせてその場から逃げ出そうとするが、走り出そうとした瞬間にニュッと伸びてきた腕でえり首を掴まれて吊りあげられてしまう。
 一方のアルバフィカはなぎさを吊りあげた人物の姿におや、と少し驚いた表情を浮かべる。何しろ目の前の人物は生前の自分の同僚、蟹座の黄金聖闘士マニゴルドその人であったのだから。何故かエプロン姿をしているマニゴルドは憤怒の形相で片腕で吊り下げたなぎさを睨みつけている。

 「ふにゃああああ~!み、みつかっちゃったのです~!助けて欲しいのです~!!」

 「うるせえ!!勝手に冷蔵庫のチーズ喰い尽くしやがって!!もう勘弁ならねえ!!テメエの魂引っこ抜いてチーズにぶち込んで喰ってやらあ!!」

 「ち、チーズ!?チーズにされちゃう!?チーズになっちゃう!?」

 「黙れやクソガキ!!オラ!!キリキリ歩け!!」

 泣き喚くなぎさを引きずりながら歩くマニゴルド、何やら脳内でドナドナが流れそうな、はたまた彼の後輩の蟹座が天馬座の兄弟にして親友の龍座を引きずっていく場面を思い返しそうなそれを見て、アルバフィカはやれやれと何処か疲れた様子でベンチから重い腰を持ち上げる。

 「待てマニゴルド、事情は知らないがまだ幼い子供に乱暴をするとは、聖闘士以前に人間としてどうかと思うぞ」

 アルバフィカはベンチから立ち上がると幼女を引きずる同僚を軽くたしなめた。あれこれ訳の分からない事を口走っていたとしても、一応彼女の見てくれはまだ幼い少女。それが泣いている所を見て見ぬ振りが出来る程、アルバフィカも薄情ではない。
 一方のマニゴルドはようやく気がついたとばかりに後ろを振り向くと、普段積極的に人とかかわろうとしない同僚にきつい視線を向ける。

 「あんだよアルバフィカ、コイツ人が買い溜めといたチーズ残らず喰いやがったんだぞ!今その説教しようってんだぞ!邪魔すんな!!」

 「チーズを摘み食いした程度でまだ幼い子供をいじめるな。聞いたところその子はチーズが大好物なようだしその程度は大目に見てやってもいいのではないか?」

 どうみても幼い子供をいじめる大人にしか見えないマニゴルドに、アルバフィカは若干鋭い視線を向ける。いかに生前何度か任務に同行した仲であるとは言っても、否、見知った仲だからこそ間違った行いには喝を入れなくてはならない。そうせねばマニゴルドだけでなくこちらにまで悪評が立つ…。
 一方のマニゴルドは面白くなさそうに眉を寄せながら、やはり黄金同士で争うのは避けたいのか、取りあえずなぎさの首根っこを離す。なぎさは解放されてこれ幸いと逃げようとするが、マニゴルドに一睨みされると蛇に睨まれた蛙の如く固まって動かなくなってしまった。ガチガチに硬直しているなぎさを見てフンと鼻を鳴らしてジロリとアルバフィカに視線を向ける。

 「ったくよおアルバちゃーん、お前一度コイツぶっ殺してるだろうが、その御自慢の毒薔薇でよ。」

 「…?いきなり何を言っている。先程その子にも言われたが私はそんな少女など知らないし殺した覚えも毛頭ない。私をからかっているのか?」

 なぎさに言われた事と全く同じことを言われ、アルバフィカは再び困惑の表情を浮かべる。なぎさだけが言ったことならばまだ彼女の嘘か人違いだと解釈も出来るが、他人であるマニゴルドまでが彼女を殺したのは自分と言うのでは話が違ってくる。
 …まさかと思うが魔女との戦いで見ず知らずの他人を巻き込んでしまったのか?いや、確かに戦闘中人の気配があるか探って無い事を確認してから始めていた。いや、戦闘中とは限らない、まさか自分の血が少量彼女にかかって…。
 頭を抱えて自身の記憶を探るアルバフィカの姿を、マニゴルドは訝しげに眺めていたが唐突に何かを思い出したようにポンと手を打った。

 「…あ~、成程な、そうかそうかそりゃそうだわな知るはずもないわな。何しろ姿変わりやがってるし」

 「姿が変わっている…?いやマニゴルド、姿が変わっていようがいなかろうが、私は彼女の事を殺したこともなければ面識も全くない。他人の空似ではないのか?世の中には同じ顔の人間が二人いると言う言葉もあるしな」

 全く持って訳が分からない、その表情を崩さないアルバフィカにマニゴルドは軽く溜息を吐くと何処か真剣さを感じさせる表情でアルバフィカを見据える。

 「お前、病院で戦ったお菓子の魔女を覚えてるか?」

 「ああ、無論覚えているが…………まて、まさかその子は……」

 マニゴルドの質問に答えた瞬間、アルバフィカの脳裏にある予感がよぎった。
 確か自分は病院でお菓子の魔女を倒した、そして魔女を倒す際にはデモンローズを用いた、そして彼女は自分は変な薔薇で殺されたと言った…。
 まさか、彼女は…。アルバフィカの脳裏に浮かんだとある予感、その思考を読み取ったかのようにマニゴルドはコクリと頷いた

 「こいつはお菓子の魔女シャルロッテ。正真正銘本物のな」

 「本名は百江なぎさと言うのです!よろしくなのです!」

 マニゴルドに続いて元気よく挨拶した少女、かつてのお菓子の魔女こと百江なぎさの姿に、アルバフィカは呆気にとられた表情を浮かべる事しか出来なかった。

 杏子SIDE

 
 マミの部屋で過ごしてどれほどの時間が経ったのだろうか、すっかり太陽が傾き、空も真っ赤に染まっている。アルデバランと杏子、そしてアルデバランに肩車されながら眠ってしまったゆまの三人は、赤い夕陽を浴びながら自分達の住居への道を黙って歩いていた。
 シジフォスの手によって杏子の外傷は治療されているが、流石に戦闘によってボロボロになった服は元に戻らない。マミの家に自分を迎えに来た時には、杏子自身流石に小言の一つや二つは喰らうかと覚悟していた。
 が、アルデバランはそんな杏子に「よくやったな」と優しく笑いながら頭を撫でてやるだけで、特に咎めるような事はしなかった。
 結局ボロボロになった服はマミの物を貸してもらう事となり、今はこうして三人そろって家路を歩いている。
 アルデバランによると、彼の仲間からの連絡で杏子が魔法少女と戦い傷を負ったと知り、居ても経っても居られずに家から飛び出してきたとの事だ。ゆまが居るのは一人ぼっちにさせて淋しがらせるわけにはいかないからとの事だ。
 そのゆまは、アルデバランの大きな頭を抱え込んで気持ちよさそうに寝息を立てている。アルデバランはそんな歳相応の少女の姿に微笑ましげに笑いながら、ゆまが頭から落ちない様に足を押さえてやっていた。

 「……なあおっちゃん」

 「ん?どうした杏子」

 と、今まで黙っていた杏子が唐突にアルデバランに話しかける。アルデバランは何でもなさそうに応答する。杏子は顔を俯かせて歩きながら、おずおずと口を開いた。

 「…魔法少女ってさ、人間じゃねえのかな?」

 「はあ?なんだいきなり藪から棒に」

 杏子の問い掛けに、アルデバランは眉を顰めて杏子を見下ろした。杏子は横目でアルデバランを見上げながら、ボソボソと蚊の鳴くような声で呟く。

 「いやだってよ、魂身体ン中ねえんだぞ?身体はもうただの肉の塊でしかねえんだぞ?まあ今のあたしは違うけど、前まではあたしもそうだったし…。だからさ、魔法少女ってのは人間のふりした死体、ゾンビ見てえなモンなのかな、なんて考えちまって…」

 杏子の言葉にアルデバランは思案するように顎に手を当てる。もちろん肩車で眠っているゆまが落ちない様に膝をその丸太のような腕で固定しながらであるが。

 「成程なあ。まあ悩みたくなる気持ちも分かるな、魂を抉りだされて改造されるなどという事をされれば、もう人間じゃない、死体だゾンビだと思いたくなるだろう。俺だって同じ立場ならそうなる。
 だがな、杏子。これは俺の意見だが…、そう深く考える必要もないんじゃないのか?」

 「ああ?まあそりゃあたしはちゃんと身体ン中に魂あるし……」

 「そうじゃなくてだな、魂が身体の中にあろうと外にあろうと、魔法少女も立派な人間だ、と言いたいんだ」

 アルデバランの言葉に、杏子はまるで豆鉄砲を喰らった鳩のような顔でアルデバランを凝視する。そんな杏子の反応をアルデバランは面白そうに笑いながら眺める。

 「お前も、いや他の魔法少女達も、笑ったり、ふざけたり、はたまたソウルジェムの事で悩む事が出来る、人として持つべき当たり前の感情を持っている。魂の在り所は確かに違うがそんじょそこらで生きている人間と全く変わらん。間違いなくお前達は人間だ」

 「ん…まあ、そういわれればそうなんだろうけど、さ…」

 アルデバランの言葉に、杏子はなおも釈然としない様子で顔を背ける。
 確かに自分達は普通の人間と同じ感情を持ち、ソウルジェムを手放すことさえしなければ普通の人間と変わらず生活することが出来る。既に魂が元の肉体に戻っている自分等、魔法が使える事を除けばもはや普通の人間とほぼ変わらないだろう。
 それでもなお悩む杏子をアルデバランは笑いながら眺める。

 「なら逆に聞くがな杏子、お前の先輩の…、なんといったか、そうそう巴マミを見て、お前は彼女をゾンビだと、人間じゃないと言えるか?美樹さやかの事も人間じゃないと思えるか?」

 「…!!そ、それは……」

 唐突なアルデバランの問い掛けに杏子は言葉に詰まった。
 確かに巴マミも魔法少女、その魂は身体には無く、ソウルジェムとなって身体の外へと取り出されている。だが、だからと言って彼女をゾンビと呼べるのか…?
 彼女だって感情がある。喜び、笑い、悲しむことが出来る。そして、考え方の違いで別れてしまった自分の事をなおも心配してくれる優しさだって持っている。普通の人間と何の違いがあるのだろうか。
 そんな彼女の事を、身体の外に魂があるからと言って、本当にゾンビだと言えるのだろうか…。

 「それにな、ゾンビだ何だと言うのなら、俺達黄金聖闘士の方がよっぽどゾンビだ。それだけははっきり言える」

 思い悩む杏子に、アルデバランは投げかけるように言った。隣で歩く保護者の唐突な言葉に、杏子は眉を顰めながらアルデバランを見上げる。

 「はあ?おっちゃん達がゾンビ?一体どこが?」

 魂が肉体にある、どう見ても普通の生きた人間にしか見えない大男を眺めながら、杏子は盛大な疑問符を浮かべる。まあ確かにその戦闘能力は化け物染みてはいるのだが…。
 杏子の反応にアルデバランは気を悪くした様子もなく、笑いながら返事を返す。

 「簡単な話だ。俺達はな、一度死んでいる」

 アルデバランの返答を聞いた瞬間、杏子の足が止まった。足だけでなく顔も、アルデバランを見上げてポカンとした表情を浮かべたままで固まっている。先程アルデバランが言った言葉が理解出来ていない様子だった。

 「…おっちゃん、冗談にしちゃ下手糞だぞそれ。おっちゃん達はどっからどう見ても生きてるだろうが、つーか死んだんなら何で生きてここに居るんだっつーの」

 しばらくして放心状態から元に戻った杏子はジト目でアルデバランを睨みつける。
 いかに魔法少女として今の今まで色々と普段の日常では“有り得ない事象”に遭遇し続けた身だとしても、一度死んで生き返った等という話は易々とは信じられない。
 こちらは家族三人の死を看取って最近は家族の幽霊とも出会っているのだ、そう簡単に死人が生き返ってたまるか、という反発心も多少なりともある。
 杏子の予想通りの反応に、アルデバランも苦笑いを浮かべる。

 「まあお前の言うことももっともだがな、俺は一切嘘は言ってないぞ?詳しくは言わないが俺達黄金聖闘士は、速い遅いの違いはあれ、任務や戦いの中で一度死に、そして再びこの時代に生を得た存在だ。そら、ゾンビというのなら俺達の方が相応しいだろう?」

 笑顔で語るアルデバランを、杏子は黙って睨みつけていたが、やがてプイッと顔を背けるとそのままアルデバランの先に立って歩き始めた。アルデバランはそんな杏子の後を肩の上のゆまを落とさないよう気をつけながら追いかける。

 「…信じてない、と言った反応だな。まあ予想はしていたが」

 「信じらんねェ。仮にそれが事実だったとしても、だ、アンタ見てえなでかくて無駄に生き生きとしたゾンビがいるかってんだ。ゾンビだってんなら腐ってフラフラ歩きやがれってんだ」

 「それならお前達魔法少女も同じだろうが。ゾンビならば悩んだり泣いたり笑ったりするものじゃないだろうが。お前達見たいなゾンビがいるか」

 アルデバランの反論に、杏子はぐうの音も出ない様子で口を閉じる。
 黙って顔を俯かせたままトボトボ前を進む杏子に、アルデバランは面白そうにクックッと笑い声を上げる。

 「安心しろ、もしお前達をゾンビだの化け物だのほざく阿呆が出てきたら、俺が殴り飛ばしてやる。だからお前は胸を張って、魔法少女は間違いなく人間だと彼女達に言ってやればいいさ」

 「…ケッ、余計な御世話だっての。そんなのはあいつ等の問題だろうが」

 俯きながらもいつもどおりツンケンした態度を通す杏子に、アルデバランは「素直じゃない奴だ」とまるで娘を見守る父親のような眼差しを向けながら呆れたような声音で呟きつつ、夕暮れの道をトボトボと歩いて行った。



[35815] 第29話 なぎさの秘密、そして…
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆175723bf ID:9f458038
Date: 2014/04/16 19:59
「その節は、色々とすまなかった…」

 マミとアルバフィカが住むマンションの近くにある喫茶店にて、アルバフィカは目の前の少女、かつてのお菓子の魔女シャルロッテこと百江なぎさに深々と頭を下げていた。
 あの公園で百江なぎさの正体がかつて倒した魔女であった事を知ったアルバフィカは、しばらく呆気にとられた後に弾かれたように頭を下げ、なぎさに謝罪した。
 アルバフィカは聖闘士、数多くの敵と戦い生死の狭間を行き来してきた。
 無論戦いの中で多くの敵の命を奪ってきた事は否定しようがない、が、それも地上の平和を、多くの人々の平穏を守るためと思えば割り切ってこられた。
 だが彼女達魔女はアルバフィカにとって、敵というよりも平穏な日常と限りない未来を奪われた被害者、救うべき対象との思いが強い。それは彼以外の聖闘士も同じだ。
 しかし一度魔女に変貌してしまえば、元の肉体が存在しない限り元に戻すことは不可能、倒す以外に選択肢は存在しない。目の前の少女、シャルロッテもその一人だった。
 他の人々を守るためとはいえ、本来は救うべき存在、守るべき存在である彼女達をこの手にかけなければならないのはアルバフィカにとっては何ともやるせない気持ちであった。
 結局なぎさとは「好きなだけチーズケーキを食べさせる」ということで和解はしたものの、それでもまだ罪悪感は残っており、こうして美味しそうにチーズケーキを頬張るなぎさに頭を下げているのだ。

 「もういいのです~。あの時は魔女だったからしょうがなかったですし~。あっ!ならこの特大チーズパフェも頼んで…あいたっ!」

 「調子にのんなアホ。おうアルバフィカ、気にしなくていいからな。コイツチーズとなりゃ際限なく食いまくるからな。一万二万は軽く消し飛ぶぞ?」

 あっという間にケーキ一切れ食べ終わり、また新しいモノを頼もうとするなぎさの額に、マニゴルドは軽くチョップを入れる。が、アルバフィカは物悲しげな笑みを浮かべながら首を振る。

 「…いや、構いはしないさ。好きなだけ食べるといい。確かパフェ、だったな?」

 「え?あ、は、はいなのです…」

 アルバフィカの表情に戸惑いながらもなぎさは頷いた。アルバフィカは店内を回るウェイターを呼ぶとパフェを注文する。注文を受けて厨房に向かうウェイターの後姿を眺めながら、マニゴルドは疲れた様子で肩を竦める。

 「なあアルバフィカよ…、お前気負い過ぎだっての。確かにお前は魔女だったこいつをぶっ殺しはしたけどよ、あン時はマミがこいつに食われそうになってたから不可抗力だろうが。もうちっと割り切りやがれ」

 「…そうはいかんだろ。何であれ私は彼女の命を奪った。その罪滅ぼしだと思えば安いモノだろ」

 「ま、そりゃそうなんだろうけどさァ…。それ言うなら黄金全員魔女殺ししてやがるぜ?その件どうすんのよ?まさか魔女の葬式でもやってお墓でも建てるってか?」

 「いや…、そこまでしろとは言っていないが…」

 マニゴルドの反論にアルバフィカも思わず口ごもる。
 確かにこの世界に来た黄金聖闘士は皆、やむを得ないとはいえ魔女を少なからず倒している。無論アルバフィカ同様真実を知る彼等からすれば、魔女や使い魔を何体倒したとしても達成感も何も無い。むしろ助ける事の出来なかった、倒す事しか出来なかったことへの無力感程度しか覚える事はないだろう。
 だが、今この時もインキュベーターは魔法少女を増やし、魔法少女は魔女を生み出し続けている。無力さに嘆くのも魔女達の為の墓標を建てるのも全てが終わってから、それがこの世界の黄金聖闘士達の総意であった。
 何処となく暗い表情で沈黙するアルバフィカとマニゴルドに漂う空気に、なぎさは耐えきれなくなったのか慌てた様子で口を開く。

 「あ、あのですねっ、なぎさはもう気にしていないのです!だからアルバさんも気にする必要はないのですっ!たくさんチーズ食べさせてくれたから充分なのですっ!」

 「…て、当の本人も言ってやがりますぜアルバちゃん。だからもう気にする必要ねえの、分かった?」

 「む…、まあ、君がそう言うのならば…。あとアルバちゃんは止めろ」

 なぎさとマニゴルドの言葉にアルバフィカはばつが悪そうに、そしてマニゴルドを恫喝しつつ返事を返す。
 と、テーブルに店員が近付いてきて注文したパフェと伝票を置いていく。目の前のパフェになぎさは弾けるように歳相応な笑顔になり、パフェをパクパクと食べ始める。
 アルバフィカはパフェを口にするたびに頬を綻ばせるなぎさを何気なく眺めていたが、彼女の姿を見ている内に頭の中にふとある疑問が浮かんだ。

 「…それにしてもマニゴルド、彼女をどうやって蘇らせた?反魂転生には肉体が必要だろう?まあ肉体の方はキュゥべえの肉体を使えばいいだろうが、そもそも蘇生した魔女は人間の姿に戻れるのか?そんな話は聞いたことが無いが…」

 アルバフィカはなぎさを生まれ変わらせた当事者であろうマニゴルドに問いかける。
 そもそもマニゴルドの扱う術、積尸気反魂転生は生物の肉体を触媒に魔女の魂を蘇生させると言うものである。が、蘇生された魔女は大抵魔女の姿のままであり、魔女になる以前の姿、魔法少女の姿で蘇生される事は今の今まで無かった。
 が、目の前のお菓子の魔女であった少女、百江なぎさは見ての通り何処からどう見ても人間、とてもマミの頭を食いちぎろうとした魔女の面影はうかがえない、まさに人間そのものと言った姿だ。とても外見だけでは魔女とは見破れないだろう。
 アルバフィカの質問にマニゴルドは思い出したと言わんばかりにポンと手を打った。

 「ん?あーそれね?そりゃ触媒を変えたのよ。例のかずみちゃんと同じブツを使わせていただきましたから」

 「…かずみと同じものを、だと?」

 マニゴルドの言葉にアルバフィカの眉がピクリと動く。

 「ああ、生憎キュゥべえの身体じゃ魔女以外の姿になるのは無理なんでな、あすなろ市のお師匠提供のブツを使わせて貰ったぜ。あいにくこちとら仮の身体を作る技術なんざ持ち合わせちゃいないんでな」

 マニゴルドは得意げな顔でコーラを啜る。
 マニゴルド曰く、いかに魔女を蘇生できると言っても肉体の“質”によって変わってくるらしい。魔女そのものを蘇生させると言うのならばキュゥべえ一匹で充分だ。だが、魔女に魔法少女だった頃の姿や知性を取り戻させるとなるとキュゥべえの肉体程度では到底足りない。より質の良い、それこそ魔女そのもの、あるいは人間そのものが必要となる。
 だが、積尸気反魂転生は死体ではなく生者の肉体を必要とする降霊術、即ち生きた人間か魔女が生け贄となる必要があるのである。
 無論、生きた人間を生け贄にするなど論外、かといって魔女も元が人間であるため正直言って気が進まない。
そこでマニゴルドは、あすなろ市を拠点とする魔法少女集団、プレイアデス聖団そして自身の師であるセージを頼る事にしたのである。聖団は別の世界で魔女化した和紗ミチルのクローン、通称“かずみシリーズ”を各々の魔法で作り出していた。そこでシャルロッテの器となる肉体の精製を彼女達に依頼したのだ。
材料として崩壊寸前の結界で回収したお菓子の魔女の一部を提供し、それを元にお菓子の魔女のクローンを精製、その肉体を用いて輪廻転生を行い、百江なぎさとして生まれ変わらせたのだと言う。

「ま、つーわけでこいつは厳密には人間じゃねえ。正確に言うのなら“人間の姿にもなれる魔女”っつったところか?万が一さやかが魔女化したときに肉体が修復不能なレベルに損壊しちまった時の予防策として実験しちゃあみたんだが…、予想以上に大成功だ。流石俺」
 
 「“魔女(マレフィカ)の(・)肉詰め(ファルス)”か…。よくやるな。だが暴走とかはないのか?確かかずみの実験体もたびたび暴走して本物とは似ても似つかぬ状態だったと言うぞ」

 アルバフィカは得意げな笑みを浮かべるマニゴルドに問いかける。
 別の世界で聖団に精製された和紗ミチルのクローン、通称魔女(マレフィカ)の(・)肉詰め(ファルス)はかずみを含む合計13体精製されたものの、そのうちかずみ以前にミチルの記憶を埋め込まれて作られた12体は魔女との戦闘中に凶暴化、失敗作として封印される事となってしまった。そしてミチルの記憶を埋め込めずに作りあげた13番目のクローン、かずみもまたイーブルナッツを埋め込まれた事による弊害でたびたび暴走、凶暴化する事があった。
 以上の理由からアルバフィカは魔女の肉を用いたクローンには正直言って問題があると考えており、それを用いて蘇った以上、なぎさにも何らかの弊害があるのではないかと内心心配していた。
 マニゴルドはグラスに残った氷を噛み砕きながらアルバフィカの言葉を聞いていた。話を聞き終えると何かを考えるように顎を撫でる。

 「ん?あーそりゃ無いわけじゃねえぜ?どうやろうと魔女の肉体だ、一時的に魔女化しちまったり暴走しちまったりすることもある。つってもこいつはあの量産型かずみーズとは違ってオリジナルの魂をぶち込んでるからな。訓練やら何やらすればそれも自力で制御できらァ」

 「すなわち…、かずみシリーズと違って彼女は魂と肉体が一致しているから暴走の危険性がない…、ということか?」

 「そもそも量産型かずみーズはミチルちゃんのクローンだ何だ言ってもオリジナルとは別の魂だからよ。それに無理矢理オリジナルの記憶ぶち込んだんだ、何らかの不具合が起こってもおかしくねえ。そこらへんラストのかずみちゃんは上手くいった方なんだがな」

 マニゴルドは何でもなさそうに言いながらグラスに残った氷を口に流し込んでボリボリと噛み砕く。
 かずみシリーズは確かに和紗ミチルの魔女の細胞、データで作り出された和紗ミチルのクローンではあるが、それはあくまでクローン、ミチルと全く同じ魂は持っていない。それに和紗ミチルの記憶を無理に植えつければクローンそのものに何らかの弊害が出てくる可能性もある。あの暴走はその弊害の一つなのだろう。それに対してなぎさはあくまでクローンを素体として蘇った正真正銘“本人”である。だからこそ拒絶反応そのものがあったとしても、それはかずみシリーズよりかは軽度なもので済む、マニゴルドはそう言っているのだ。
 魂というものに精通している蟹座の黄金聖闘士の言葉に、アルバフィカも一応納得する。
 と、何時の間にやらチーズパフェを完食したなぎさが満足そうにゲップをする。

 「けふっ、美味しかったのです!ありがとうなのです!」

 「ん?ああもう満足したのか」

 「はいなのです!」

 歳相応の嬉しそうな笑顔、そこにはあのマミを喰い殺そうとした恐ろしい魔女の面影は何処にもない。そんななぎさの笑顔にアルバフィカも思わず顔を綻ばせる。

 「そういえば気になったんだが、君はどうしてキュゥべえ何かと契約したんだい?何かどうしても叶えなければならない願いでもあったのかい?」

 パフェを平らげたなぎさに、アルバフィカは何気なく問いかける。
 彼女は元々魔法少女、何らかの願いをキュゥべえに願い、その代償として魔女となる運命を背負う事となった。もっとも魔法少女になった時点では魔女になると言うデメリットは知らなかったであろうが…。
 だからこそアルバフィカは少々気になったのだ。何故なぎさが魔法少女になったのか、その魂と未来を代償にどんな願いを叶えたのかを…。
 アルバフィカの問い掛けを聞いたなぎさは、一度キョトンとした顔を浮かべたが…。
 
 「なぎさが魔法少女になったのは…、もう一度チーズが食べたかったからなのです!!」

 すぐさま元気よく返答した。そしてなぎさの答えに、隣に座っているマニゴルドは何処となく呆れたような表情を浮かべている。
 一方のアルバフィカはある意味予想外、そしてある意味想定内な答えに一瞬反応に困って沈黙してしまう。

 「…えっと、もう一度チーズが食べたい、それだけかな…?」

 「はいなのですっ!!」

 「……そうか、まあ予想外というかなんというか…」

 元気よく返事するなぎさに、アルバフィカは苦笑いを浮かべる。もう一度チーズが食べたい…、チーズが好きな彼女らしい願いではある、あるのだが…。
 
 「てっきり“食べきれない程チーズが欲しい”とでも願ったのかと思ったよ」

 「う~…、それは言わないで欲しいのです。実は魔女になってからは内心その願いにしておけばよかったと後悔していて~…」

 先程の元気な雰囲気から一転してしょぼんとした顔になるなぎさに、アルバフィカも我慢できずに噴き出してしまった。
 しかし、なぎさの隣に座っているマニゴルドは、何処か憐憫の表情を浮かべながらなぎさを眺めていた。
 まるで、彼女の願いの“何か”を知っているかのように…。


 さやかSIDE


 さやかがソウルジェムを強奪された日の翌日、さやかはまどかと仁美のいつものメンバー二人と一緒に登校していた。
 ただあまり眠っていなかったのかさやかの眼の下には薄らと隈が出来ている。何しろ機能は自分の本体がこの肉体ではなく今は指輪と化しているソウルジェムであると知ってしまい、さらにそれを奪われて一時的に死体と化していたのだ。その事実をまだ消化できていないさやかには、いつもの明るさは無く、完全に意気消沈していた。
 そんないつもの違う雰囲気のさやかを、親友であるまどかと仁美は心配そうに見つめていた。

 「さやかさん、どうしたんですの?目に隈なんか作ってあまりお加減もよろしくなさそうですし…。昨日はあまりお休みになられなかったのですか?」

 「あはは…、ちょ、ちょっと夜更かししちゃってさ~…」

 心配そうにこちらの顔を覗き込んでくる仁美に、さやかは乾いた笑みを浮かべながら咄嗟の嘘をつく。
 本当は魔法少女の魂がソウルジェムだということに対する悩みで眠れなかったのだが、まさか無関係の仁美に魔法少女云々を話すわけにはいかない。自分と同じ魔法少女の素質のあるまどかは仕方がないとしても、出来ることなら何の関係もない仁美には普通の日常を送ってもらいたい。だからこそ自分が魔法少女だということはかくしているのだ。
 
 「それはいけませんわさやかさん。夜更かしはお肌の大敵ですわよ?早寝早起きは健康を保つ基本中の基本ですのよ?」

 さやかの返事を聞いた仁美は眉を顰めてさらに顔を近づけてくる。下手をすればキスが出来てしまうくらい顔を近づけてきた仁美に流石にさやかは怯んで顔をのけ反らせる。

 「分かった!分かったよ仁美!!顔が近い、近いっての!!」

 「あ…、申し訳ありませんわ…」

 必死な顔のさやかに仁美も冷静になったのか少し頬を赤らめて顔を離した。仁美の顔が離れた事に安心したのかさやかはホッと溜息を吐いた。
 それから学校に着くまでさやかは仁美と元気そうに談笑していたが、そんな彼女をまどかは心配そうに見つめている。

 (さやかちゃん…、やっぱり…)

 まどかには今のさやかの笑顔は、何処か無理をしているように見えるのだ。仁美は気付いていないだろうが、やはり昨日の一件が相当ショックだったのだろう。なんとかして励ましてあげたいとは思うが、魔法少女ですらない自分の言葉が、どれだけ彼女に通じるだろうか…。
 まどかは悩みながらさやかと仁美と一緒に教室に入る。そして何気なく廊下に視線を向けた。

 「あ、あの人って…」

 まどかの視線の先に居たのは談笑している二人の男子、そのうち一人は松葉杖をついている。まどかは彼の顔に見覚えがあった。さやかの幼馴染で想い人、上条恭介。
 さやかが自分の魂を捧げてまで腕を治癒させた、いわば彼女の魔法少女の願いそのものと言ってもいい人物。彼と話せばさやかの心も晴れるかもしれない。

 「あっ、さやかちゃん、上条君だよ!」

 「えっ、あ……」

 まどかの言葉にさやかは思わずまどかの指差す方向に顔を向ける。幼馴染を見つめるその顔には想い人を見つけた喜び、というよりもどうしたらいいか分からない戸惑いの色が浮かんでいる。
 そうこうしている内に雑談が終わったのか恭介は友人と一緒に教室に向かっていく。その後ろ姿を、さやかは何も言わずにジッと眺めている事しか出来なかった。

 「さやかちゃん、いいの?上条君の所に行かなくて…。折角だから上条君とお話ししてくればいいのに…」

 「え、あ、うん…、今日は、いいよ…。ありがとう、まどか…」

 自分を気遣ってくれた親友に、さやかは何処か疲れたような笑顔を向ける。そんなさやかの姿を、仁美はただ黙ってジッと見つめていた。

 
 
 午前中の授業が全て終わると、まどかとさやかは屋上でマミとほむらと一緒に昼食にする事になった。無論昼食だけでなく、昨日明らかになったソウルジェムについての話もしたかったのだが…。テレパシーが使えればいいのだが生憎と魔法少女ではないまどかとはキュゥべえを介さなければテレパシーが行えず、昨日の一件からマミ達はキュゥべえが信用出来なくなっているため、屋上で直接会って昼食ついでに話をする事となったのである。

 「暁美さん…、貴方は知っていたの?ソウルジェムが魔法少女の魂だって言う事を…」

 弁当を広げるほむらに、マミが単刀直入に切り出す。ほむらはチラリと視線をマミに向けると黙ってコクリと頷いた。

 「…ええ、知っていたわ。本当はすぐにでも教えようと思ったんだけど、大分遅れて結局さやかの契約を阻止できなかったわ。許してちょうだい」

 「いいよ別に。気にして、ないからさ…」

 ほむらの謝罪の言葉にさやかは弁当を口に運びながら弱弱しく首を振った。どう見ても大丈夫とは言えない様子に、まどか達は心配そうにさやかを見ていた。

 「さやかさん…、やっぱり悩んでるの?昨日の、あの事を」

 「え、あ、はは…、まあ、少しは…」

 さやかは弱った様子で頭を擦る。本人からすれば少しというレベルではないのだろうが、多少なりとも自分は大丈夫だとマミ達にアピールしているつもりなのだろうが、当のマミ達からすれば無理をしていることが見え見えである。
 自分を見る彼女達の視線に変化が無いため、さやかは慌てて話題を変える。

 「そ、それはそうとマミさんはどうなんですか!?何だかいつも通りに見えるんですけど…」

 「私?そうね、まあ確かにショックと言えばショックだけど、あの時契約しなかったら私は死んでいたから、まあ命が助かった代償だと思えば安いものかなって割り切っているわ」

 マミは軽く息を吐きながら弁当を口に運ぶ。
 事実マミは交通事故によって命を落としかけた所をキュゥべえと契約し、結果として生きながらえる事が出来た。もし契約していなかったら自分はここにおらず、まどか達とも出会う事は無かったであろう。そう考えたら魂が身体の外に取りだされた位のデメリットはまあ仕方が無いと、何とか割り切る事が出来ていた。
 ほむらもまたマミ達よりも前にソウルジェムの真実に気付き、今ではもうその事実を受け入れている。が、さやかはまだ完全には受け入れられていない。何しろ今の今まで魔法少女は魔女から人々を守る正義の味方だと考えていただけに、ショックはより大きかったのだろう。完全に受け入れるには時間が必要だろう。
 それからは全員黙って目の前の弁当に口をつけ始めた。結局食事が終わり昼休み終了のチャイムが鳴るまで、彼女達は沈黙したままであった。



 「ふう…、結局みんなに心配かけちゃったか…」

 屋上から教室に戻ったさやかは軽く溜息を吐くと弁当箱をバッグにしまう。ちなみにまどかとほむらはトイレに寄っていて遅れてくるとのことだった。
 仲がよろしいことで…、と心の中で今この場にいない二人を茶化していると、仁美がおずおずといった雰囲気で自分の席に近づいてきた。さやかは突然近づいてきた仁美にきょとんとした表情を浮かべるが、仁美はどこか後ろめたそうな表情で口を開いた。

 「さやかさん、あの…放課後に少しお時間いただけないでしょうか。…お話があるのですが…」

 「ん?まあ別にいいけど…」

 何処か思いつめた表情の親友に少し戸惑いながら、さやかは仁美の言葉に応じる。
 
 これが、今の彼女を絶望へと追い込む事になるとも知らずに…。


 デジェルSIDE

 その日の夕方、恭介の家庭教師の仕事を終えたデジェルは上条邸を後にしようとしていた。玄関で靴をはいてドアを開けた彼は、わざわざ松葉杖をついて見送りに来た恭介に向かって一度振り返った。

 「それじゃあ私はこれで失礼するよ、予習復習はちゃんとやっておくようにね、恭介君」

 「はい、今日もありがとうございますデジェルさん」

 「ああ。君も作曲とリハビリを頑張ってくれよ」
 
 デジェルは恭介に軽く挨拶をするとそのまま上条邸を出てトボトボと家路を歩き始める。
 
 「ここまでは良し…、後はいつ彼をさやか君と引き合わせるか…、否、それ以前に彼にいつ魔法少女の真実を教えるか…だ」

 上条恭介と美樹さやかが結ばれるには、第一に魔法少女についての真実を上条恭介が知る必要がある。
 とある並行世界では、魔女に襲われた上条恭介と志筑仁美が自分達を助けた美樹さやかを化け物呼ばわりし、それが原因で美樹さやか、そして佐倉杏子が魔女化すると言う凄惨な結果に陥ったケースが存在する。これに関しては両者に魔法少女の知識が無かった事、そして美樹さやかが魔法少女だと知らなかった事、さらに魔女という人智を超えた怪物に襲われると言う極限状態であった事の三点が重なった結果起こった事例ではあるものの、この世界でも下手をすればそのような事態になる可能性が否定できない。
 そのような結末に陥らない為にも、上条恭介には美樹さやかが魔法少女である事、そして魔法少女がどのような存在であるかという事を知らせる必要がある。今デジェルは恭介の家庭教師をしながらそれを知らせる機会をうかがってはいるのだが…。

 「中々タイミングが見つからないな…。まあいきなり君の幼馴染が魔法少女云々言っても精々痛い人に見られるのが落ちだからな」

 デジェルは弱った顔でポリポリと頭を掻く。とはいえ今の恭介のさやかに対する印象は決して悪くはない。むしろただの幼馴染から段々と一人の女性として意識し始めている。これはデジェルとしても望ましい傾向だった。このままいけば恭介とさやかが結ばれるのも近いだろう。
 そう、恭介はまだいいのだ。今の問題は…。

 「さやか君、か…。やれやれ弱った…。昨日の一件で今は落ち込んでいるだろうからな…」

 デジェルは難しい顔で腕を組む。恭介曰く、昨日教室や廊下で何度かさやかを見かけたが、声をかけようとしたら逃げられてしまったとの事らしい。
 恐らく抜け殻と化した自分の身体を気にしての事なのだろうが、お陰で恭介は少々落ち込んでいた。もっとも深刻なのはさやかの方なのだが。もしもこの状態のさやかが志筑瞳から宣戦布告を受けたのなら…。

 「魔女化一直線…、いや、正史ではこれで正しいのだがな、どうしたらいいものか…。…ん?」

 来たるべきさやかの魔女化にどう対処するべきか考えていたデジェルは、ふと何かを感じたのか足を止めた。デジェルの視線の先には建物と建物の間の狭い路地があるだけであるが、デジェルはその路地から流れ出る何かを感じ取っていた。

 「この魔力は…、さやか君か。どうやら魔女と戦っているようだが…」

 路地から流れ出るのは、魔力…。この世界で魔法少女と魔女の身が発する力。聖闘士達の力の源である小宇宙とはまた違う力ではあるが、デジェル達はこれを感知することができる。そして、その魔力が誰の発しているものであるかも知ることが出来る。
 デジェルの見立てでは魔力を発しているのはさやか、そして魔力の乱れから魔女と戦闘しているとみて間違いなさそうなのだが…。

 「何故だ…、胸騒ぎがする…」

 唐突な不安に駆られたデジェルは急いで魔力が発せられている地点へと向かう。
 魔力の発生場所は路地裏に入って直ぐの突き当たり、人気の全くない場所であった。
 一見すると何も無い場所に見えるが、よくよく見ると周囲の空間が僅かに歪んでいる。そして、その歪みから漏れ出る魔力…。間違いなく魔女の結界の入り口だ。
 デジェルは小宇宙を歪みに集中させ、結界への入り口を強引にこじ開け、結界に侵入する。
 結界の内部はただただ黒い。まるで影絵のように周囲に黒い物体が生え、あるいは浮かんでいる。デジェルはその黒い回廊を魔力の残滓を頼りに走り、さやかの姿を探す。
 そして影の回廊をしばらく走り、やがて最深部と思われる場所に、さやかの魔力が流れ出る源流と思われる場所に到着したデジェル。その彼の耳に飛び込んできたのは…。

 「あはっ、あはは、あははははははははははははははははは!!!」

 「やめてっ…!もうやめてよさやかちゃんっ!!」

 少女の狂ったような笑い声、そしてまた別の少女の泣き叫ぶような悲鳴であった、
 狂笑、そして悲鳴の響く方向に弾かれたように視線を向けると、そこには三人の少女、そして一体の魔女が居た。
 魔女は結界と同じまるで影絵のような少女、まるで何かに祈りを捧げるかのように地面に跪いたポーズをしている少女の姿をしている。その背中からはまるで気の枝のような触手が伸び、彼女の周囲には使い魔と思われる触手のような細長い生物が辺りを動き回っている。
 そして探していた美樹さやかは…、いた。地面に膝をついて荒い息を吐いており、魔法少女服や体中が傷だらけだ。恐らくあの魔女の攻撃を受けたのだろう。離れた場所にはここまで付いてきたのか鹿目まどかと恐らくさやかの助太刀に来たのであろう佐倉杏子が居る。
 美樹さやかは息を整えると自分自身に回復魔法をかける。あっという間に傷は完治するが、さやかは傷が治るや否や魔女に向かって真正面から突撃していく。
 が、美樹さやかの様子がおかしい、明らかにおかしい。魔女から伸びる触手を避けようとせず、全て身体に突き刺さるままに魔女目がけて突撃し、魔女を斬りつける。回復魔法を発動しているのか受けた傷も流れる血も、彼女の魔法でまるでテレビを逆再生するかのように一瞬で消えてなくなり、傷が消えるやまた魔女に突進…、その繰り返しだ。その顔には狂ったような笑みが張り付き、いかなる傷を受けても眉一つ変わらない、文字通り人形のような顔であった。

 「本当だあ…!その気になれば、痛みなんて、痛みなんて完全に消しちゃえるんだあ…!あたしは、あたしは本当にゾンビ、もう死なない身体になってるんだあ!!!」

 「さやか、ちゃん…」

 「あ、あいつ…」

 さやかのあまりにも異様な姿にまどかと杏子も言葉が出ずにただ見つめる事しか出来ない。使い魔を斬りはらい、目の前の魔女に刃を叩きつけるさやかには、もはやいつもの明朗快活な少女の姿はない。ただ目の前の獲物を殺し、屠る狂戦士の姿でしかなかった。

 「さやか君、遅かったか…!仕方が無いっ!」

 デジェルは自身の最悪の予感が的中した事に歯噛みしながら、これ以上のさやかの蛮行を止めるためにさやかに小宇宙を集中させる。

 「あは、あははははははははははは!!!死ね、死ね、死ねえええええ!!!…え?」

 ただ無我夢中で剣を魔女に振り下ろすさやか、その腕が突然止まる。いや、腕だけでなく体全体が固まってしまったかのように動かなくなった。さやか自身も何が何だか分からない様子で戸惑った表情で視線を彷徨わせる。よく見るとその身体の周囲を細かい氷の結晶が取り巻き、まるで鎖のようにさやかの身体を拘束していた。

 「え…?なんで…?身体が…、動か…」

 「ストップださやか君、君はもう動くな」

 「……え!?」

 声がした方向に振り向いたさやかの目の前には、自称“恭介のファン”だという水瓶座の黄金聖闘士、デジェルの姿があった。
 黄金聖衣は纏ってはいないものの、彼の周囲から放たれる北風のような冷気に、さやか、そして離れた場所に居るまどかと杏子も驚いた表情を浮かべている。

 「話は後だ。まずは彼女に片をつける」

 デジェルは三人の少女を一瞥してそう言うと目の前に倒れ伏す魔女に目を向ける。
 魔女はさやかに何度も斬りつけられて全身傷だらけ、少しづつ傷を癒しているようだがもう既に瀕死だろう。このまま放っておいてもいずれは死ぬ。
 だが、かつて人間であり、普通の日常を送っていたであろう魔女がこのまま苦しみ続けるのを見ているのは、デジェルにはあまりにも耐えられなかった。
 もはや元の人間には戻す事は出来ない彼女に出来る事、それはせめて彼女に安らかな眠りを与え、この絶望の世界から解き放つ事しかない。

 「痛みはない。待っていろ、今眠らせてあげよう」

 デジェルは魔女を悲しげな眼差しで見据えると腰だめに右拳を構える。すると、デジェルの小宇宙が凍気となり、彼の拳を覆い始める。絶対零度とまではいかずとも、-100℃以下の超低温の凍気が彼の右拳に纏わりつき、まるで竜巻の如き渦を巻き始める。

 「ホーロドニー・スメルチ!!」

 デジェルは凍気を纏った右拳を思い切り魔女目がけて振り上げた。瞬間、凍気が竜巻の如く渦巻き、目の前の魔女目がけて襲いかかる。
 凍気は魔女をそのまま飲み込み、完全に覆い隠す。やがて竜巻が晴れると、さっきまで魔女が居た場所には、魔女の姿をした美しい氷像が屹立していた。
 デジェルはゆっくり氷像に近付くと、それを軽く指で叩く。すると氷像はまるでビスケットのように一瞬で粉々に砕け散った。それと同時に結界も段々と消えていき、元の路地裏へと戻っていった。

 「安らかに眠れ、影の魔女よ…、願わくば次の生に、君に幸があらん事を…」

 結界が消え去った後も、デジェルは双眸を閉じて魔女へと黙祷を捧げた。そして、伏せていた目を開くと厳しい表情でこちらを見つめる少女達へと振り向いた。
 
 「さてと…、それじゃあ君達、この状況……どういうことか、説明してもらえるかな」



[35815] 第30話 魔法少女の想いと葛藤
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆175723bf ID:9f458038
Date: 2014/04/30 10:21
影の魔女を撃破し、無事結界から現実世界の路地裏へと帰還した一同、だが、一同の雰囲気、特に魔法少女達三人の雰囲気は魔女を倒した後とは思えない程重苦しい。
 暗い表情で顔を俯かせるまどかとさやか、気まずい表情で顔を背ける杏子を、デジェルは厳しい表情でジッと見つめている。

 「…それで、何がどうなってああなったんだ?」

 「………」

 「えっと、それは、その……」

 デジェルの問い掛けに対して俯いて黙りこくったままのさやかと視線を揺らしながら口ごもるまどか。聞き取れないと判断したデジェルは視線を佐倉杏子に移す。杏子は
忌々しげに舌打ちをするとゆっくりと口を開いた。

 「…あたしが魔女の結界に侵入した時にな、そこの新人が魔女にボコボコにされてたんだよ。それでまあ何かの縁だから助けてやろうかと思ったら、人の好意を断った挙句あんな特攻を始めやがった、てな訳だ」

 「君はアルデバランが世話をしている…、確か、佐倉杏子君、だったな…。なるほど、それではさやか君、何故君はあんな無謀な突撃をしたんだい?怒ったりはしない、話してごらん」

 優しげな口調でさやかに問いかけるデジェル。だが、さやかは顔を俯かせたまま背け、一向に口を開こうとしない。そんなさやかの態度に流石のデジェルも困惑した様子で頬を掻いた。と、彼の背後の路地から誰かがこちらに走ってくる足音が聞こえてくる。デジェルは何気なく後ろに顔を向けた。

 「はあ…、はあ…、み、皆無事かしら…。魔女は…もう退治しちゃったみたいね。で、出遅れちゃったわ、ふう…」

 そこには全速力で走ってきたのかゼエゼエと息を荒げる巴マミの姿があった。こちらを見て唖然としている少女達の姿を確認し、マミは安心したように笑顔を浮かべる。魔女の反応を感じて此処に全力疾走してきたものの、既に魔女は倒され、かつ全員無事だと分かったので安心したのだろう。

 「君は…、確か巴マミ君、と言ったか」

 「…へ!?あ、は、はい。あの、そう言う貴方は…」

 デジェルから声を掛けられたマミは初めて彼に気がついた様子で少し驚いた様子でデジェルへと視線を変える。そんな彼女の様子にデジェルもフッと柔らかい笑みを浮かべる。

 「そんなに気を張る必要はない。私の名前はデジェル。アルバフィカ達の同僚…とでも言えば分かりやすい、かな?」

 「アルバフィカさんの同僚……っていうことは、貴方も黄金聖闘士ですか?」

 「ああ、水瓶座の…、と、その話はまた後でということで…」

 デジェルは視線をさやかに戻すと真剣な表情に戻る。

 「さやか君、答えてくれないか。何であのような無謀な特攻をしたのかを」

 「無謀な…、特攻!?さ、さやかさん!い、一体どういう事なの!?まどかさん!佐倉さん!!さやかさんが何を…」

 デジェルの言葉にマミは驚愕の表情を浮かべてさやか、そしてまどかと杏子を見つめる。
 さやかはマミの視線から目をそらし、まどかと杏子はしばらく沈黙していたが、やがてまどかがゆっくりと口を開く。
 
 「あの…、ここで、魔女の結界を発見して、マミさんやシジフォスさん達を待とうってさやかちゃんに言ったんですけど、さやかちゃんが早く倒さないとって結界の中に入っていって、それで魔女と戦いになっちゃって…」

 「んで、やばそうだからあたしが助太刀に入ろうとしやがったら、コイツ何をトチ狂ったんだか魔女に真正面から万歳突撃しやがったんだよ。魔女の攻撃で受けた傷は自分の魔法で回復しながらな。んでまあ魔女をバッサバッサと切り刻みだして、たぶんそこの兄ちゃんが来なかったら魔女が死ぬまでやってただろうぜ?」

 「な…!なんですって…!さ、さやかさん、それは本当なの!?そんな、そんな危険な事を何で…!!!」

 まどかと杏子の話を聞いてマミは驚愕と激情の入り混じった表情でさやかの肩を鷲掴みにする。マミに問い詰められたさやかは、視線をマミに向けると、疲れきったような、それでいて諦めに満ちた笑顔を浮かべて、ゆっくりと口を開いた。

 「ああでもしなきゃ、勝てないんですよ…。あたし、才能無いから、マミさんや杏子みたいに魔女と上手く戦えないから…。でも、もう大丈夫ですよ…。この戦い方なら、これならどんな魔女とだって戦える…!だってこの身体は死体なんだ…、あたしはゾンビなんだから痛みも感じない、痛くないならどんな攻撃だって怖くない…!!どんなに傷を負っても直ぐ治せる、あたしは、あたしはもう無敵なんだ!!どんな魔女だって敵じゃないんだ!!この力で見滝原を、街の人達を守るんだ!!」

 「さやか、さん……」

 狂ったような笑い声を上げるさやかに、マミは戸惑い、そしてどこか悲しみを含んだ表情を浮かべた。
 さやかが魔法少女を正義の味方だと盲信する理由…。それは自分のせいだ。
 自分が魔法少女の研修などといって魔女との戦いに彼女達を連れ回したから、まどかもさやかも自分に対して妙な憧れを抱いてしまっている。
 本当の自分は、ただの淋しがり屋だというのに…。
 彼女達の前ではお姉さんぶって、単に意地を張っていただけだと言うのに…。
 目の前の壊れたように笑うさやかを痛々しげに見つめながらマミは内心で歯を食いしばる。…と。

 「全く…、痛々しくて見ていられないな…」

 こちらをジッと傍観していたデジェルがマミとさやかの間に入ってくる。デジェルはこちらに意識を向けたさやかを、冷静な視線でジッと見つめる。

 「さやか君、何があったかは知らないが、今の君は誰かの為に戦っているのではなく、ただ己の鬱憤を爆発させてそれを魔女にぶつけている、駄々をこねて物に八つ当たりする子供のようにしか見えない。先程の戦い方も、ただ闇雲に自分を傷つけ、痛めつけて何か別の痛みを紛らわしているようにしか見えなかった。とてもじゃないがこれ以上君を魔女との戦いに出すわけにはいかない」

 「何ですか?デジェルさんも見ていたでしょ?あたしはもう痛みを感じないんですよ?無敵なんですよ?痛みを紛らわす?そんな必要なんてない。だってあたしはもう死体なんだ、もう生きてないんだ、もう……死ぬ事だって無いんだから!」

 デジェルの言葉にさやかは心外だとばかりに嫌悪感を滲ませる。憎々しげに歪んだ顔に、まどかはビクリと身を震わせ、マミは口元を押さえた。杏子は何か嫌な過去を思い出したのか、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。

 「無敵、本当にそう思うか。…なら仕方が無い」

 目の前の少女の変貌にデジェルは苦しげな顔で溜息を吐くと、軽く指を弾いた。
 瞬間、デジェルの凍気が足元のアスファルトを凍結させて、最終的にデジェルを囲むように半径40センチ程度の氷の円を作り出した。
 突然の行動に呆然としているさやか達を尻目に、デジェルは氷の円の中からさやかに向かって手招きする。

 「かかってきたまえ、少し相手になろう」

 「えっ!?か、かかってこいって…」

デジェルからかけられた言葉にさやかは思わずギョッとする。かかってこい…、それが意味する事はただ一つ、彼はさやかに自分と戦えと言っているのだ。あまりに突然の宣戦布告にさやかの思考は混乱してしまい、先程の怒りも何処かへ行ってしまう。そんな彼女の反応に構わず、デジェルは話を続ける。

 「君が本当に無敵なのかどうか、この私が試してみよう。ルールは単純、私をこの円から出すか、傷を一つでもつけたら君の勝ちだ。君が勝ったのならば魔女を狩るなりなんなり君の好きにするがいい。負けたら大人しく魔女退治は中断だ。どうだ?分かりやすいだろう?」

 「で、でも…聖闘士のデジェルさんとさやかちゃんじゃあ…、その、正直言って勝ち目が無いような…」

 まどかの不安げな声にマミと杏子、そして若干不満そうながらもさやかも頷く。
 無理もない。彼等黄金聖闘士の実力は彼女達自身近くで嫌という程見せつけられている。そして彼等が自分達魔法少女がたとえ束になってかかっても勝ち目が無い超人である事等とっくの昔に承知の上だ。
 その超人相手に戦いを挑む等、無謀というよりももはや自殺行為に等しい、万に一つも勝ち目が無い。流石のさやかも今回ばかりはそう判断せざるを得ない。
 そんな彼女達の反応を分かりきっていたのか、デジェルは軽く肩を竦めた。

 「無論ハンデはもちろんある。この勝負で私は一切小宇宙を使わないし使うのはこの右腕一本のみ、ついでにこの円の中から一歩も外へ出ない。君は魔法なり剣なり何なりと使って構わない。それで私に掠り傷の一つでもつけるなり円の中から出すなりすれば、君の勝ちだ」

 デジェルの提案したハンデに、さやかはようやく頭が冷静になる。
 …小宇宙を使わない、それはつまり今のデジェルは普通の大人の男性と変わらないと言う事だ。シジフォス達の話では、聖闘士の超人的な身体能力、そしてあの技の源は小宇宙と聞いている。それを封じる上に右腕以外は使わないのであれば、魔法少女としては新入りの自分でも、まだチャンスはあるはず…!さやかはそう判断する。

 「……本当に、本当に小宇宙を使わないんですね?それで、その円から出たり、掠り傷一つつければあたしの勝ち、それでいいんですね…?」

 「無論、二言はない」

 「……分かりました、その勝負、受けます…!デジェルさんにもあたしの力、見せてあげますから…!!」

 さやかは瞬時に魔法少女へと変身すると、鋭い視線でデジェルを見据える。一方のデジェルはさやかの視線を冷静に受け止めていた。

 「さ、さやかちゃん!そ、そんな、あの人は魔女じゃないんだよ!?」

 「心配しなくてもいいよまどか。重症にならないように手加減するからさっ!」

 まどかの制止を振り切り、さやかはデジェルに向かって殴りかかる。武器のサーベルを持たず、素手で殴りかかる…。明らかに今のデジェルを、小宇宙を使わないデジェルを下に見ているが故であった。その油断に満ちたさやかをデジェルは無表情で眺めながら…、

 「…いや、手加減は、しない方が良いと思うぞ、私は」

 ボソリと一言呟くとさやかの腕を右腕でつかみ取り、地面へと投げ飛ばした。

 「…ガッ!?」

 地面に背中を強打し、その衝撃で肺の空気全てが口から吐き出される。デジェルはせき込むさやかのバックル、そこに嵌めこまれた青い宝石、ソウルジェムに人差し指を突き立てる。

 「…まず一回」

 さやかは治癒魔法を使って強引に痛覚を遮断、息苦しさに耐えながら地面から跳ね起きてデジェルから距離を取る。その顔には明らかに戸惑いが浮かんでいた。
 小宇宙を使えないデジェルならば傷一つ程度ならば一瞬でつける事が出来ると思われたのに、逆に何も出来ずに地面に叩き伏せられた事が理解できないのだ。
 一方のデジェルは何でもなさそうにさやかをジッと眺めている。

 「私達聖闘士は己の肉体を武器とする。小宇宙は肉体を鍛え上げていく事によって徐々に目覚めていくものだ。故にたとえ小宇宙が無くても、並みの相手ならば己の肉体の身で充分相手にできる。……それがたとえ魔法少女でも」

 デジェルはまるでさやかの心の中の疑問に答えるようにそう言った。
 そもそも聖闘士は掟によって基本的に武器の使用を許されていない。例外として青銅、白銀聖闘士は聖衣に付属している補助武器を、聖闘士を補助する役割の雑兵、掟の範囲外の鋼鉄聖闘士は武器を使う事を認められているが、基本的に聖闘士は素手での戦いが基本。それは聖闘士最高峰の黄金聖闘士とて例外ではない。いわば聖闘士は格闘戦のスペシャリストでもあるのだ。
 無論デジェルも小宇宙を得る過程で数々の修練を積んでおり、そこには素手での戦い、各種武芸も当然含まれている。流石に格闘戦が専門である牡牛座や獅子座といった同僚には若干遅れはとるものの、それでも白銀レベルの敵では到底相手にならないレベルの戦闘能力を持っているのだ。ましてや今まで戦いとは無縁の世界で過ごしてきた魔法少女では、たとえ右腕一本だとしてもあしらうには充分すぎる程だ。 

 「分かったのなら本気で来たまえ。さもなければ私を円から出すことも、傷をつける事も出来はしない」

 「くっ…!あまり……、舐めるんじゃないっての!!」

 デジェルの余裕な態度に激昂したさやかは、自身の武器であるサーベルを両手に握り、デジェル目がけて突進する。もはや先程のような油断、慢心は無い。が、直線的な攻撃にデジェルは余裕を崩さずにそのまま待ち構える。
 と、さやかの顔に薄らと会心の笑みが浮かんだ。

 「…そこだあ!!」

 さやかはサーベルの柄のトリガーを引き、双剣のブレードをデジェル目がけて発射する。ブレードはデジェル目がけて飛んでいくが、デジェルは表情を変えることなく右腕を振るって難なくブレードを受け止める。しかし、この一瞬、この一瞬デジェルの右腕が塞がった。

 「もらったあ!!」

 さやかは新しく作り出した刃をデジェルに向かって振りあげる。刃は二本、そしてデジェルの右腕は塞がっている…、さやかは勝利を確信した、が…。

 「残念だが、君の負けだよさやか君」

 「え…?なっ!?」

 デジェルの言葉と同時にさやかの持っていたサーベルの刃が同時に砕け散った。驚愕の表情を浮かべるさやかに、デジェルは黙って右手に握られたブレード、さやかが飛ばしてきた刃の内の一本をさやかのソウルジェムに軽く近づける。ソウルジェムを砕かれる…、そう感じたさやかは反射的にデジェルから離れた。
 デジェルは背後に後退したさやかを眺めながら、先程さやかのサーベルを砕いたブレードを地面に投げ捨て、軽く息を吐く。

 「……これで、二回目。さやか君、もしこれが実戦なら君はもう既に二回死んでいる事になる」

 「なっ…、何を、言って、あたしは、不死身…」

 「忘れたのか?魔法少女のソウルジェムは文字通り魂そのもの、それを砕かれれば問答無用に命を落とすと言うことを。今回私がその気ならば、ソウルジェムを砕かれて君は為すすべもなく絶命しているところだったんだ。違うか?」

 デジェルの言葉にさやかは言葉に詰まったように口を閉じる。
 デジェルの言うとおり、ソウルジェムは魔法少女の魂。コレが砕かれれば身体がどれだけ無事であったとしても、魔法少女は一瞬で死んでしまう。
 先程の勝負で、デジェルは一回目では指でさやかのソウルジェムに触れ、二回目ではブレードをさやかのソウルジェムすれすれに近づけている。つまりデジェルがその気ならばさやかのソウルジェムは木端微塵に砕かれ、さやかも文字通りただの死体となっていたのだ。
 その事実に呆然とするさやかに、デジェルは表情を変えぬまま話を続ける。

 「これで分かっただろう?幾ら君の身体が不死身だろうと抜け殻だろうと、勝てる勝てないは別問題だ。もしも肉体ではなく魔法少女の本体であるソウルジェムを狙われたらまず間違いなく即死だ。身体の状態がどうであろうとね。
 先程の戦いだってそうだ。今回はたまたまソウルジェムに命中しなかったからよかったものの、もしもソウルジェムに触手が命中、破壊していたなら君はまず間違いなく死んでいた。あんな無謀な特攻戦法を続けていたら何時かそうなるのは目に見えている。さらに言わせて貰うのなら…」

デジェルはさやかに歩み寄ると、変身を解除していたさやかのソウルジェムを軽くつまみ上げると、さやか達に見えるように掲げる。さやかのソウルジェムの青い宝玉のような部分、本来海のような青い輝きを放っていたそこは、黒い穢れによって汚れきっている。そんなさやかのソウルジェムの状態にマミと杏子は眉を顰め、まどかは驚いた様子で口を押さえ、さやかはばつが悪そうに顔を背けた。

 「見たまえ、このソウルジェムの穢れを。僅か二回の戦闘でここまで濁っている。回復魔法を使うと言うのはそれだけ魔力を消耗してソウルジェムを濁らせると言う事なんだ。      
 魔法を使うと言う事はそれだけ大量の回復用グリーフシードが必要だ。もしもソウルジェムが完全に濁りきったら君はもう魔法少女として死んだも同然だ。仮に魔女との戦闘中にそうなったら…、君はもう回復も、否、魔法少女としていられなくなる…。分かるね?」

 「……」

 本当は魔法が使えなくなる等という生易しいものではないのだが、と心の中で呟きながら、デジェルはさやかのソウルジェムをいつの間にか回収したグリーフシードで浄化し、さやかに返却する。浄化されて青い輝きを放つソウルジェムを無表情で見つめるさやかに、マミがおずおずと背後から近づいた。

 「さやかさん…。貴女はしばらく魔法少女としての活動を休むべきよ。そんな精神状態で戦ったら、いつか必ず魔女に殺されてしまうわ…。だから、ね?」

 「………!!マミさん…」

 弾かれたようにマミの顔を凝視するさやか。その顔はマミの言葉が信じられないという思いがありありと浮かんでいた。マミは構わずさやかに説き続ける。

 「貴女が何を思いつめているのかは私も分からない。ただ、魔法少女の魂が外に抉りだされているって事だけじゃないのはわかるわ。だから、しばらくは魔法少女としての活動を休んで気持ちを整理する時間を作った方が良いわ。グリーフシードは私が届けてあげるから安心して…」

 「…………やめてよ」

 と、マミの言葉を遮るようにさやかが小さな声で呟いた。え?と眉を顰めるマミに対して、さやかは寒さに震える子供のように身体を震わし、恐怖に顔を歪ませながら絶叫する。

 「やめてよ、やめてよ、やめてよ、やめてよ!!あたしからそれを取らないで!!それが無くなったら、それが無くなったらあたしはあたしじゃなくなっちゃう!!あたしは本当に何も無くなっちゃう!!お願いだから邪魔しないでよォ!!」

 「!?さ、さやかさん!!」

 マミの手を振り切ったさやかは脱兎のごとくその場から逃げ出した。あわてて後を追いかけるマミ達だが、路地裏から出たさやかの姿は、行きかう人混みの中に紛れ込んでしまい、見えなくなってしまっていた。

 「…!こうしてはいられないわ!皆で手分けしてさやかさんを探しましょう!佐倉さん、貴方も手伝って!!」

 「何であたしまで…って言いてえ所だけど、しょうがねえか。わーったよ。乗りかかった船だ。付き合ってやる」

 マミの指示に杏子は悪態を吐きながら、杏子は人混みの中に分け入って姿を消す。それに遅れながらマミもさやかを探して人混みの中に消えていく。

 「わ、私もほむらちゃんに連絡して…」

 「まどか君、その前に少しいいかな?」

 「え…?」

 まどかがいそいそと携帯でほむらに連絡しようとした時、デジェルがまどかに話しかけてくる。彼の言葉にまどかが顔を上げるとデジェルは真剣な目つきでまどかをジッと見ている。

 「君に少し、聞きたい事があるんだが、何故さやか君がああなってしまったか、君には心当たりがあるんじゃないのか?」

 「え?えっと…、それは…」

 デジェルの言葉にまどかは思わず口ごもる。確かに知ってはいるものの、みだらに口に出来るような話題ではないのか話そうとしない。
 デジェルはそんなまどかの顔を見下ろしながら言葉を続けた。

 「すまないが、話してはくれないか?それが彼女を、さやか君を助ける手がかりになるかもしれない」

 「………」

 デジェルの言葉にまどかはしばらく迷っているかのように視線を彷徨わせる、が、最終的に納得したのかデジェルの顔を見上げ、コクリと頷いた。


 美樹さやかSIDE

 さやかは逃げていた、マミから、デジェルから、杏子から、まどかから。
 …そして、己が魔女と戦えないと言う事実から。

 (あたしが…、あたしの戦い方が、間違っていた…?あたしじゃ魔女と戦えない…?)

 人混みを走り抜けながらさやかは己の心の中で自問自答を繰り返す。
 己の長所である回復魔法、そして魔法少女だからこそできる痛覚遮断、それを利用して受けた傷を治癒させながら突撃する…。先程の魔女戦でたまたまおもいついた戦法ではあったが、それでも魔女戦では有効な戦法だと考えた、これならどんな魔女にも負ける事はないと思った。…だけど…。

 (…あんな無謀な特攻戦法を使っていては、いずれ君は死ぬ)

 デジェルに言われた言葉が胸の奥に突き刺さる。
 確かにソウルジェムは魔法少女の本体だ。これを砕かれたら幾ら肉体が無事でもその時点で死んでしまう事はさやか自身も分かっている。そして、デジェルと勝負したことで今回の魔女との戦いでソウルジェムが砕かれなかったのは、本当にたまたまだったからというのも嫌という程理解できた。そして、回復魔法の乱発で魔力の消耗が尋常でなくなるということも…。

 (…分かってる、分かってるよ…!あんな戦い方何度も出来るようなものじゃないってことも…。でも…!でも…!!)

 だからって魔女退治を止めることなんてできるはずがない…!!さやかは心の中で絶叫する。
 この身体は抜け殻、魂は石ころ、生きる屍の自分に残されたモノは、もはや魔女と使い魔を狩り続ける事しかないのだ。正義の魔法少女として、街の人達を守るために魔女を狩り続ける…、それしか自分の存在意義は無いのだ。

 (それを無くしたら…、それが無くなったら…、あたしは、あたしは、どうやって生きていけばいいのよ!!)

 走り続けるさやかの脳裏で、昨日の仁美との会話がフラッシュバックする。

 


 それは昨日の放課後、とある喫茶店で待ち合わせをしていたさやかと仁美は、窓際の席で向かい合って座っていた。

 「んで…、話ってなんなのさ仁美。ていうか今日習い事どうしたのさ習い事。休みなの?」

 さやかは運ばれてきたカフェオレをストローで啜りながら仁美に促した。一方の仁美は何か悩んでいるような、それと同時に何かを決意しているかのような表情でさやかを見つめている。
 さやかも流石に仁美の表情が真剣である事に気がつき、笑顔を引っ込める。やがて仁美は真剣な表情でさやかをジッと見据えながら、口を開く。

 「さやかさん、私、さやかさんにお話しがあって…」

 「うんうん、分かってるからさ~、もったいぶらずに早くいいなよ~」

 仁美は一度視線を伏せて、改めて決意の籠った視線をさやかに向ける。

 「単刀直入に言いますわ、私、上条恭介君の事を、お慕いしていますの」

 「え……?」

 さやかは、仁美が何を言ったのか一瞬理解できなかった。
 慕っている…?好き…?だれが…?だれを…?

 仁美が…、恭介の事を…、好き…?

 「え…えと…、それって、どういう…」

 「言葉どおりの意味ですわ、私もさやかさん同様、上条君に恋心を抱いていますの」

 はっきりとした口調で仁美の口から放たれた言葉に、さやかの思考が停止する。
 聞き間違いではないその言葉に、さやかは否応なしに理解せざるを、認識せざるを得なかった。
 仁美が、自分の親友が、恭介のことを、自分が恋している男のことを好きだということに…。

 「え?あ、あはは!そ、そっか、そうなんだ~!仁美も恭介の事が好きね~!あ、あいつも隅に置けないな~!あははははは!」

 「……さやかさん」

 誰が見ても強がっているようにしか見えない空笑いをするさやかに、仁美は憂いの籠った口調で彼女の言葉を遮る。

 「さやかさんは私よりずっと長い間上条君と過ごしてきました、そして長い間お慕いしていた事も知っています。だから、さやかさんには私より先に上条君に告白する権利がありますわ、いえ、そうでなくてはなりません」

 「ひ、仁美……?」

 「明日の放課後、私は上条君に告白します。私の告白まで一日猶予があります。ですからどうか、ご自身の後悔のない選択をしてください。…そして出来たら、上条君に告白して下さい。さやかさんになら、上条君をとられても後悔しませんから…」

 最後の方は蚊が鳴くような声になりながら、仁美はそこまで言うと自分の代金をテーブルにおいて、席を立った。
 背を向けて店から出ていく仁美を、さやかはただ呆然と眺めるしかなかった。やがて仁美の姿が見えなくなると、さやかはテーブルの上に突っ伏した。どうしたらいいか分からず、顔を苦悩によって歪めながら…。



 (結局、結局あたしは告白できなかった…!そりゃそうだよ…、あたしはもう人間じゃないもん、ゾンビだもん…!こんな体で、恭介に好きだなんて言えない…!抱きしめてもらえない…!キスしてなんて言えない…!)

 走りながらさやかは泣いた。息が切れるのも構わず、人にぶつかることも構わず、走りながら泣いて泣いて泣き叫んだ。
 走り続けているといつの間にか人気のない公園に辿りついていた。さやかは呆然と公園を見回す。人気はない。猫一匹すら居はしない。安心からかホッと息を吐くとさやかは公園のベンチにもたれかかるようにして座り込んだ。

 (あたし…何やってるんだろ…)

 空を見上げながら、さやかは呆然と心の中で呟いた。

 (あんな自殺まがいな戦い方して、デジェルさんやマミさんに駄目押しされて、まどかと杏子を心配させて…、あたしって本当に駄目な奴…)

 路地裏での魔女との戦い、そしてデジェル、マミの叱責を思い出し、さやかは一人自己嫌悪を覚える。
 あの時の自分には、もはや魔女退治しかないと思っていた。もう自分は人間じゃない、生きている意味は魔女を狩り続ける事しかない、そうしなければ生きている価値はない、今でもそう思っている。
 それをやめたのなら、自分はこれからどう生きていけばいい?何を支えにすればいい?その恐怖が、さやかはデジェル達の前から逃げ出すと言う選択を選ばせる事となってしまった。
 夕焼けに赤く染まる空、さやかはぼんやりとそれを眺める。

 (もう…、仁美は恭介に告白しているだろうな…、そして恭介も…)

 仁美の告白を受け入れて、晴れて恋人同士に…。そう考えた瞬間、さやかの胸の奥がズキリと疼いた。
 もう、この身体に魂は無い、この身体はただの肉人形、心が痛むはずもないと言うのに…。恭介と仁美、まどかとマミと杏子の事を考えれば考える程…。

 「胸が…痛いな…」

 自嘲するように、さやかはポツリとつぶやいた。…と、

 「やっと…、見つけたよ…。さやかちゃん…」
 
 聞き覚えのある声に、さやかは思わず視線を向けた。
 さやかの視線の先には、自分が心配を掛けてしまった親友、鹿目まどかが息を切らしながら立っていた。

  
 おまけ

 別外史、北郷邸にて…。

セージ「さてとアルデバランよ、後輩の教皇就任、まずはおめでとう。いや、まさか牡牛座が教皇就任とは私も予想できなんだ」

アルデバラン「うう…、あ、ありがとうございます…。お、俺もまさか牡牛座が教皇に選ばれる日が来るとは、全く思いもせず…」

ハクレイ「まあ確かにあ奴は幼いころから修行を受けた正規の聖闘士というわけではないが、心根のまっすぐな弱者を思いやる熱い心を持っておる。あの時代では教皇にもっともふさわしかろう」

アルバフィカ「まあ正規の聖闘士と言うのでないのならば私の後輩も同じですが。…結局マルスの戦乱で途中退場してしまいましたけどね」

シジフォス「俺は星矢という素晴らしい後継者に射手座が受け継がれたから、個人的に満足だ。お互い素晴らしい後継者を得れた事を喜びあおう、アルデバラン」

アルデバラン「…ああ!お前も素晴らしい後継者を持ったな、シジフォス!!」

デフテロス「お前ら俺を忘れるな。まあ俺は一応臨時だが天秤座だからな…。取りあえず紫龍、そして今は亡き玄武の二人の後継者に恵まれた事を……俺の弟子ではないから今あの世に居るこいつ等の師にでも線香代わりに報告してやるか」

アスミタ「フム、まあそれはいいがデフテロスよ。本来の担当の双子座についてはどう思うのかね?君自身は」

デフテロス「そんなことはアスプロスに聞け…、といいたいところだが兄貴は今どこぞの外史で東西統一したドイツの統治で忙しいらしいからな、ここしばらく帰ってこない。…まあ個人的に最初女だからと色々と不満だったが最後姉妹で分かりあえたのは何よりだった。…まあ残念だったのは和解してすぐに姉のパラドクスが死んでしまった事、か…」

アスミタ「…思えば君達双子座は、片割れの死の直前、あるいは死した後になってからようやく和解する例ばかりだったな。君達然り、後輩のサガとカノン然り…」

デフテロス「結局文字通り馬鹿は死なねば治らないと言う事だ。まあ今はこうして新しい生を謳歌しているわけだがな。…それはそうとアスミタ、お前の後輩への感想はどうなんだ」

アスミタ「む…?ああフドウのことか。感想と言われても…、まあ悪くはないと言ったところか。アレも世を憂い世の衆生を救うため、まずは友のマルスに与し、その後オリオン座との戦いの末に人間の行く末を見極めるためにアテナの下に就いた。取りあえずアテナだからと盲信せぬ点はまず及第点と言ったところ、か…」

セージ「そなたも最初はサーシャ様に不審を抱いておったからな」

アスミタ「あの頃の女神は神と呼ぶにはあまりに普通の少女過ぎていましたからね。まあ生まれてから貧民街で過ごしておりましたから当然と言えば当然ですが…」

ハクレイ「そうじゃの、カルディアの奴めが何処ぞに連れ出してから何処か変わったような印象が見受けられたが……、と、そう言えばカルディアは何処行きおった?」

アルバフィカ「マニゴルドにエルシドの奴もいませんね…。酒でも買いに行ったんでしょうか?」

シジフォス「…そういえばデジェルとレグルスも居ない。…レグルスの奴、テストが赤点すれすれだと言うのに大丈夫なのかあいつは…」

アルデバラン「一刀の奴が言う事には月に行ってストレスを発散させてくる、とか言ってたそうだ」

デフテロス「月だと?そんな所でどうやってストレスなんぞ………、ん?」

セージ「どうしたデフテロス?」

デフテロス「いや……、まさか、な…」


 別外史、月面 サクラブスコオリジナルハイヴ

マニゴルド「チクショオオオオオ!!!クソBETA共死に晒せやあああ!!俺の怒りを喰らいやがれええええ!!!二期に期待した俺がアホだったァ!!Ωでも蟹はネタ枠なのかよおおおおお!!!積尸気魂葬波ァ!!!」

デジェル「結局、結局水瓶座は装着者無し…!!結局氷河は白鳥座のままっ!!時貞は刻闘士に転向…!!オーロラエクスキューショオオオオオオオオン!!」

カルディア「うおおおおおお何故蠍は装着者がいねえ!!何故(仮)の装着者だけしか出てこねえんだ畜生ォォォォォォ!!!スカーレットニードル15連打ァ!!」

レグルス「あんまりにあっさりやられたから…!!ひょっとしたら生きてるんじゃないかって…!!第二期に味方になって活躍するって、信じて、いたって、いうのに…!!ライトニングプラズマアアアアアアア!!!」

エルシド「…山羊座はイオニアで終わり…、他に装着者は無し…、せめて…、死した後に改心する…、その希望すらも無し…!!山羊座が…!山羊座が一体何をしたああああ!!!」

マニゴルド「それに比べて他の連中はどいつもこいつも成り上がりやがって…!!特に牛は教皇射手座は美味しいとこ取り…!!こうなったらこの鬱憤全部このムシ共ぶっ殺して発散すっぞ!!月に派手な打ち上げ花火を上げてやらあ!!」

デジェル「いいだろう…、こうなったら月面全てを永久凍土と化すまで暴れるとしようか…!!」

カルディア「月面のBETA共は軽く億越えか…。ストレス発散にゃ少々物足りねェレベルだ畜生が!!」

レグルス「もーなんでもいいじゃん。とにかくこいつらぶっ潰してストレス発散させようぜ?これも一種の世直しなんだからさあ!」

エルシド「なんでもかまわん…、とりあえずこいつらを聖剣の錆にしてくれる…!!」


同時刻 ドイツ連邦共和国 首都 ベルリン 総統執務室にて…。

アスプロス「…ああ、ああ、分かった。とりあえずソ連の連中にはそう伝えておけ。俺もあとで向かう。…では後は任せたぞ」

アスプロス「全く、適当にハイヴ潰して帰ろうと思ったら成り行きで東西ドイツの統一を手伝った挙句総統に推挙されるとは…。結局引き受けてしまったが、こうなったらさっさとオリジナルハイヴ叩き潰して総統引退して適当な奴に引き継がせるか…。…と、こうしてはいられん、新型戦術機の開発、新兵の育成、インフラの整備、食料の増産及び失業者の再就職、ついでにシュタージ残党の阿呆共の一掃…、やることは山ほどある。これは今日も徹夜か…」

兵士「そ、総統閣下!!アスプロス閣下!!一大事です!!」

アスプロス「…ん?何だアイリスディーナ大尉か騒々しい。今仕事で忙しいんだ、要件は出来る限り手短に頼む」

兵士「はっ…も、申し訳ありません!!で、ですが緊急事態です!!に、にわかには信じられない話なのですが…」

アスプロス「だから…、何だと言うのだそれは…。まさかシュタージの残党共が反乱でも起こしたのか。だったら君達で軽く鎮圧…」

兵士「さ、先程観測所から入った情報なのですが…、げ、月面オリジナルハイヴが突如、謎の消滅を致しました!!」

アスプロス「……は?」




 さやかちゃん少しいじめすぎたかな…。とはいえ実際に影の魔女への特攻戦法は下手したら自分のソウルジェム壊しかねませんからね。ついでに魔女化の危険性もあると文字通り自殺行為な戦法ですから、デジェルさんから釘刺しておかないとまたやりかねない…。
 仁美ちゃん色々言われていますけど彼女も彼女なりにさやかの事を考えての行動だと思うんですよね。仮にさやかが恭介と付き合っても心から祝福したでしょうし。…ただ今回は間とキュゥべえが悪すぎた(笑)だけで。
 おまけはΩ最終回を記念して。本当に今更ですけど。
 ではみなさまよい連休を。



[35815] 第31話 すれ違う想い
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆b1f32675 ID:f562ef5f
Date: 2014/05/17 20:48

 「…成程、そう言う事があったのか…」

 まどかから一通り話しを聞き、デジェルは自分の予想が当たっていた事で唸り声を上げる。
 やはりさやかは志筑仁美から宣戦布告を受けていた。本来の世界の歴史と同じタイミングで…。
 考えうる限り最悪のタイミングとしか言いようがない。これが魔法少女になる前、魔法少女という存在を知る前に宣戦布告を受けたと言うのならまだいいだろう。
 仁美から与えられた猶予の間に心を決めて、自分に後悔のない選択をすることもできた可能性もあった。だが、今のさやかの心にそんな余裕はない。もしも今志筑仁美に勝負を挑まれでもしたら、もう人間ではなくゾンビ、上条恭介に告白する資格なんてないと考えているさやかにとっては致命傷だ。あそこまで荒むのも当然だろう。
 自分の想い人にして願いの起源でもある上条恭介、それが寄りにもよって自分の親友にとられてしまう…。たとえ魔法少女になっていなかったとしてもショックであろうに魔法少女として契約した後、それもソウルジェムの秘密を知って自分自身の身体が抜け殻だと知ってしまった時に告げられてしまうのだから、ショックも倍であろう。

 (全く持ってタイミングが悪い…。志筑仁美もせめて魔法少女になる前に告げていればいいものを…。いや、彼女が悪いと言うわけではない、彼女も親友に抜け駆けしたくないと言う思いからせめてもの気遣いでそう告げたんだろうが…、あまりにも間が悪すぎる…)

 彼女も悪気があったわけではないのだろう。あくまで親友と、恋敵と対等な勝負をしなければならない、そう考えた故に美樹さやかにあのような告白をしたのだろう。ひょっとしたらいつまでたっても想いを伝えないさやかに発破をかける意味もあったのかもしれない。だが、その善意が完全に裏目に出てしまっている。
 無論彼女は美樹さやかが魔法少女であると言う事どころか魔法少女と魔女という存在すらも知らない。仁美自身が魔法少女としての素質を持たない事とまどか達があくまで一般人である仁美を巻き込みたくない思いから彼女に黙っていたのもあるのだろうが、仮に知っていたとしたら、今とは別の行動をしていたのだろうか…。

 「…等と考えても仕方がない。まどか君、いそいでさやか君を探そう。何処か心当たりのある場所を手当たり次第に探すとしよう。私は病院と恭介君の家へ向かう」

 「は、はい!じゃあ私は学校と公園に行きますから!」

人混みの中へと消えていくまどかを見送ると、デジェルは上着のポケットから携帯電話をとりだしてシジフォスへと電話を掛ける。

『はい、もしもしシジフォスですが…』

数回のコール音の後に聞こえるシジフォスの声。デジェルはホッと息を吐きながら口を開く。

 「私だシジフォス、デジェルだ」

 『ん?デジェルどうしたんだ?何か状況に進展でも…?』

 突然電話してきた同僚に電話口のシジフォスの口調が真剣味を帯びる。電話の向こう側では険しい表情を浮かべている事だろう。デジェルは一拍置くとゆっくりと口を開いた。

 「さやか君が暴走した。そして…、逃亡した。今杏子君とマミ君、まどか君が捜索している所で私も捜索に向かうつもりだ」

 『…!!そうか、承知した。だがもうそんな事になっていたか…』

 「ああ…、時期的にさやか君の魔女化ももうすぐだ。そろそろ我等も本格的に介入をする時が来たようだ」

 『そうだな。魔女化から元へ戻す目処も既に立っている。後は時期が来るのを待つだけ、か…』

 デジェルの言葉に電話の向こう側のシジフォスも同意する。自分達がこの世界に居る事以外では、物事は全て本来の歴史通りに進んでいる。このままいけば、さやかは絶望の果てに魔女となる、そしてまどか達もソウルジェムの真実、そしてキュゥべえの正体を知る事となる。
 最終的にはさやかは元に戻せるため、ここまでは全く問題は無い。無いのだが…。

 「…やはり魔女になると知っていて、それを黙っているのは心苦しいな…」

 『仕方がない。仮に伝えたとしてもそれでマミが暴走してしまったら元も子もない。まあ最悪暴走は止められるだろうが、歴史は大幅に狂う。そこからどんな弊害が出るか分かったものじゃあない。ここは……、耐えろ』

 「ああ、分かってるさ…。なら私はさやか君の捜索に行く。発見したら、また連絡する」

 デジェルは電話を切ると、軽く溜息を吐きながら空を見上げる。晴れた空から一転、今にも雨が降り出しそうな雨雲が、空を覆っている。
 まるで、今の美樹さやかの心を代弁しているかのような…。

 「…好きな相手に振られるのはつらい、その気持ちは私にも理解できる。だけどさやか君、それよりももっと辛い事があるんだよ」

 それは、とデジェルは一度言葉を切るとかつて自分が聖闘士としての智を学んだ極寒の大地、そこで太陽のように輝いていた親友の姉の姿を、遂に想いを告げることなく別れる事となってしまった一人の女性の姿を思い浮かべる。

 「…愛する人に、想いを伝える事が出来ない、自分の気持ちを知ってもらうことすらできない事だ」

 ポツリと呟いたのを合図にしたかのように、デジェルの頭上から雨の細かい水滴が降り注ぎ始めた。

 まどかSIDE

 デジェルと別れてからさやかをさがして走りまわっていたまどかは、ようやく公園のベンチにポツンと腰かけるさやかを見つけた。
 元々運動が得意でないにもかかわらず街中を全力疾走して親友を探し回ったまどかは、こちらを呆然と眺めるさやかに声もかける事が出来ず肩を上下に動かしながら息を荒げていた。
 ようやく息を整えたまどかは、それでも若干息を切らしながらさやかに近付く。

 「ま、まどか…」

 「さやか…ちゃん。探したんだよ…?心配、したんだから…」

 「しん…ぱい…」

 「うん…、私も、マミさんも、杏子ちゃんも、デジェルさんだって、さやかちゃんの事心配していたんだから、ね」

 そう言いながらまどかはさやかの隣に座る。さやかは申し訳なさそうに顔を歪めながら、まどかに視線を向ける。

 「なんか…、ゴメン。まどかに、心配かけちゃってさ…。ううんまどかだけじゃない、マミさんに杏子、あとデジェルさんにも心配かけちゃって…、本当に馬鹿だよ、あたしって…」

 「き、気にしないでよさやかちゃん!マミさん達だってさやかちゃんが謝ればきっと許してくれるから!!」

 「うん…」

 それからはしばらく無言の時間が続いた。
 灰色の雲で覆われた空から雨が降り注いでいるが、幸いさやかとまどかが座っているベンチの真上には丁度雨を遮るように屋根が取り付けられており、二人に水滴がかかる事は無い。
 まどかは自分の肩に寄りかかるさやかを見つめ、昨日のさやかとの会話を思い出す。
 昨日、突然まどかは『相談に乗って欲しい事がある』とメールでさやかの住居のあるアパートの前に呼び出された。
 少し不安を感じながらもまどかが待ち合わせの場所に行くと、まどかを見つけたさやかはボロボロと涙を流しながらまどかに抱きついてきた。
 いきなりの行動に戸惑うまどかにさやかは訴えるように言葉を紡ぐ。

 曰く「今日仁美に呼び出され、仁美も恭介の事が好きだと言われた」

 曰く「仁美に明日告白すると言われて一日猶予を与えられたけど、こんな死体同然の身体にされてどうしたらいいか分からず、結局告白できなかった」

 「仁美に…、恭介を盗られちゃうよお…!!こんな身体で、こんな身体で恭介に好きなんて言えないっ!抱きしめてなんて言えないっ!!キスしてなんて言えない…!!」

 「さやかちゃん……」

 「ねえ、まどか、あたし、あたし一体どうしたらいいの…!!教えてよ、教えてよおっ…!!」

 さやかの泣き叫ぶ声を聞きながら、まどかはたださやかを抱きしめる事しか出来なかった。
 あれからさやかはまどかの胸の中で散々泣き叫んだ後、一言謝罪してマンションへと戻ってしまった。まどかも心の中に不安を抱えながらも自分の家へと帰って行ったのだが…。


 「ねえ…、さやかちゃん」

 まどかは自分の肩に寄りかかる親友に声を掛けるが、反応はない。まどかは構わずことばを紡ぐ。

 「さやかちゃん…、デジェルさんの言うとおりにしよ?しばらく、魔法少女お休みしようよ。マミさんやほむらちゃんが居るから大丈夫だよ」

 瞬間、まどかの肩から重みが消える。さやかはまどかから身を離して俯いている。その表情はうかがえないが両手は膝の上で握りしめられてブルブル震えている。その態度の変化に少し怯えながら、まどかはなおも言葉を紡ぐ。

 「だって…、痛くないなんて嘘だよ、みてるだけで、痛かったもん…。あんな戦い方を続けていたら、さやかちゃんの為にならないよ…。デジェルさんの言うとおり、いつか死んじゃうよ」

 「……あたしの為って、何よ」

 「え……?」

 まどかの言葉を遮るように暗い声を上げるさやか。呆然とするまどかを無視してまるで幽鬼のように音もなく立ち上がる。そしてソウルジェムを取り出すと虚ろな視線をまどかに向ける。

 「こんな石ころにされて、こんな姿にされた後で、一体何があたしの為になるっていうのよ…」

 「さ、さやかちゃん…」

 戸惑った表情のまどかに構わず、さやかは無機質な口調で淡々と言葉を続ける。

 「今のあたしはね、魔女を殺す、それしか意味がない石ころなのよ。死んだ身体を無理矢理動かして生きているふりをしているだけ。そんなあたしに誰が何をしてくれるって言うのよ、考えるだけ、無駄じゃない…。それに、あたしから魔女退治をとったら、どうやって生きればいいって言うのよ。生きる意味を失って、文字通りタダの生きる屍になって…、これからどうやって過ごせって言うのよ…!!」

 まるで血を吐くように独白するさやか。その姿にはもはやいつもの能天気で明るいさやかの姿はない。己の生に絶望し、己の今の姿に絶望し、己の中のありとあらゆる負の感情を吐き出し続ける、そんな自分の親友の姿にまどかの心に少なからず怯えが走った。
 それでもまどかは無理矢理気を奮い立たせるとまっすぐにさやかの目を見る。

 「で、でも、私もさやかちゃんを助けたいから…」

 「助けたい?助けたいですって?だったら…」

 まどかの言葉を聞いたさやかの顔が憎々しげに歪んだ。その表情は親友を見ると言うよりも、まるで憎々しい怨敵を睨んでいるかのようであった。

 「だったら、アンタが戦ってよ…!!」

 「……え?」

 さやかの言葉に、まどかは訳が分からないと言いたげな表情でさやかを見つめる。そんなまどかにさやかは怒気が籠った言葉を容赦なく叩きつける。

 「キュゥべえから聞いたよ、アンタあたしより凄い才能があるんだってね。あんたなら、あたしみたいな自爆特攻なんかしなくても、苦労しなくても魔女何か楽勝に倒せるんでしょう…!?」

 「そ、そんなこと……」

 「あたしの為に何かしようって言うなら、あたしと同じ立場に立ってみなさいよ…!!」

 あまりにも強い口調で言葉も出ないまどか。自分の言葉に返事も出来ないでいる親友の姿に、さやかは自嘲するような笑みを浮かべて、掌のソウルジェムを眺める。

 「無理だよね?ただの同情だけで、人間やめるなんて事、出来るはずがないもの」

 「同情だなんて…、そんな…」

 「何でもできるくせに何にもしようとしないあんたの代わりに、あたしがこんな目にあってるんだよ?それを棚に上げて…、知ったような口を利かないでよ…!ウザいし、目ざわりなんだよ…!!」

 荒々しくベンチから立ちあがったさやかは、そのままあちこちに出来た水たまりを踏みしめながら雨の降りしきる中へと出ていく。まどかはその後ろ姿を追いかけようとするが…。

 「付いてこないで!!」

 「………!!」

 さやかの突き放すような絶叫に、足が竦んでしまう。そんなまどかを尻目にさやかは早歩きでその場を立ち去ってしまった。まどかはただその後ろ姿を黙って眺めている事しか出来なかった。足を動かそうにも、地面に縫い付けられているかのように動く事が出来なかった。

 「さやか…、ちゃん…」

 降り注ぐ雨に濡れるのも構わず、まどかはさやかが去って行った方向をジッと眺め続ける。双眸からは、雨水と混じってポロポロと涙が零れてくる。降り注ぐ雨で服がびしょ濡れになり、凍えるように体が冷えるが、今はそんな事は全く気にならなかった。
 それほどまでにショックだった、自分の親友に拒絶された事が、親友に辛辣な言葉を投げかけられた事が…。

 「私、ずるい子だ…。さやかちゃんの苦しみなんて分かるはずないのに…。魔法少女なんかじゃない私に分かるはずがないのに…。さやかちゃんの苦しみを、分かっている、つもりでいて…。だから、だからさやかちゃんに嫌われて…う、うう…ひっく…」

 何も分からない癖に、何もしない癖に偉そうなことばかり言う、自分は最低だ、まどかは雨の中で濡れながらむせび泣いた。雨は無情にもそんなまどかに降り注ぎ、涙と雨水と判別がつかない程彼女の顔を濡らしていく。
 と、突然自分の頭上から影が差し、自分に降ってくる雨が途切れた。まどかはふと頭上を見上げると…。

 「まどか、こんな雨の中に居たら、風邪をひいてしまうよ」

 「シジフォス、さん…」

 そこには自分の頭上に傘を差してくれる射手座の黄金聖闘士が立っていた。自分に雨がかからない様に差しているせいで彼の身体の半分は雨ざらしになってしまっている。それでもシジフォスは気にしていない様子でまどかに優しく微笑んでいる。
 その笑顔を見たまどかの瞳から再び涙があふれ出し、まどかはシジフォスに抱きつくと声を上げて泣き出した。
 一方のシジフォスは突然抱きついて泣きだしたまどかに少し驚きながら、彼女を宥めるように髪の毛を優しくなでる。

 「まどか?どうしたんだ一体。もしかして、さやかの事か?」

 「っく…、ひっく…どうして…」

 「デジェルから話は聞いた。さやかが無茶な戦い方をして、君達と仲間割れをしたこともね。その様子だと、見つけはしたが仲違してしまったようだな」

 シジフォスの問い掛けに、まどかは頷きながらしゃくり上げた。

 「私、私、友達失格です…。さやかちゃんを傷つけて…。それで自分も傷つくのが怖くて、さやかちゃんを追いかける事が出来なくて…」

 「………」

 涙声で話すまどかの言葉をシジフォスは黙って聞いていた。
 恐らくまどかは本来の歴史と同じようにさやかを説得し、拒絶された。まどかは自分よりも力があるのに魔法少女にならない、お陰で自分はこんな目にあっていると若干八つ当たり気味なことをさやかはぶちまけたのだろう。
 無論さやかもソウルジェムの真実を知った事と志筑仁美の宣戦布告の影響で精神の均衡を崩していた事もあり、それが爆発してしまったと言えば仕方がないだろう。とはいえ幾らなんでも親友にそのようなことを言うべきではないと思うのだが…。
 シジフォスは何処からか取り出したタオルでまどかの頭を拭いながら心の中で小言を言う。とは言え、今この場には小言を言う本人はいないのだが…。

 「…大丈夫だまどか。さやかは今は心の均衡が崩れてしまっているだけだ。君に言ったこともきっと本心じゃあない。必ず仲直りは出来る、だから元気を出すんだ」
 
 「…く、ひっく、仲直り、出来ますか…」

 「ああ、君がさやかの事を本当の友達と思っているのなら、きっとできる。だからほら、涙を拭いて」

 シジフォスはまどかに優しく声を掛けながら、彼女の頬を濡らす涙を拭う。まどかもシジフォスに慰められたお陰かタオルで拭われた瞳からはもう涙は流れていなかった。だが、その顔には未だに悲痛な表情が浮かんでおり、何か悩んでいるかのように泣き腫らした眼を彷徨わせている。

 「あの…、シジフォスさん…」

 「却下だ、それは認めない」

 「ま、まだ、何も言って無いんですけど…」

 言う前に叩き斬られた事にまどかはしょぼんとするが、シジフォスは先ほどとは打って変わって憮然とした表情でフンと鼻を鳴らす。

 「言わなくても分かる、大方君もキュゥべえと契約して魔法少女になる、とでも言うつもりだったのだろう?そしてさやかの代わりに魔女と戦うとも…」

 「………!!」

 自分の言おうとした事をズバリ言われてしまった事にまどかは唖然として身体を硬直させる。そんなまどかの態度にシジフォスは呆れて様子で大きく溜息を吐いた。

 「…やっぱりか。いいかまどか、もし仮に君がキュゥべえと契約して魔女と戦うとしてもだ、それでさやかは喜ぶと思うか?君に感謝すると思うのか?何より…、君はその道を選んだ事を後悔しないのか?」

 「そ、それは…、その…」

 シジフォスの言葉にまどかは口を噤んでしまう。魔法少女の契約、その道を選ぶ事に後悔があるかと言われると、今のまどかははっきりと無いとは言えない。それに、さやかが喜ぶかどうかも分からない…。ただ、さやかに自分の為に何かしようというのなら、自分と同じ立場になってみろと言われたから、黄金聖闘士達からあれこれ言われたけど、やはり自分も魔法少女に、と考えてしまったのだ。

 「よく聞いてくれまどか、今のさやかは己というものを見失っている。想い人の為に願いを叶え、想い人を含むこの街の人々の為に魔女と戦う…、最初彼女は魔法少女に対してそんな理想を抱いていたのだろう。だが、今の彼女は魔法少女の魂が己の肉体に無い、そして自分の親友が自分の想い人に告白すると言う二つの現実の間で板挟みになってしまっている。自分は人間じゃない、だから愛する人に告白する事は出来ない…そんな苦悩を抱いて、その苦悩を魔女を倒すと言う行為でしか発散する事が出来ないでいる。仮に君が魔法少女となってさやかの代わりに魔女と戦っても、現状は良くならない、むしろ悪化する可能性が高いだろう。さらに君が魔法少女になる対価としてさやかを魔法少女から元の人間に戻す……、ということも出来ない事はないだろうが、そんな事をしてしまったらさやかはきっと後悔する。じぶんの無責任な言動で親友が代わりに危険な目にあっている、とね…」

 「そ、そんな…」

 まどかはショックを受けた様子で呆然とシジフォスを見上げる。シジフォスはまどかに雨粒がかからないよう傘で覆いながら、まどかと同じ目線になるようにしゃがみ込む。

 「まどか、君が魔法少女になりたいかどうかは俺は知らない。だが、これだけは言っておく。もし君が友達を、家族を、この街を大事に思っているのなら、絶対に魔法少女になってはいけない。もし契約したなら、君にとって最悪の結末が待っている」

 「…!!それって、どういう…」

 「詳しくは言えない。ただ一つ言えるのは、魔法少女になる時のリスクとは、魂をソウルジェム化される事だけではないと言う事だ。そんな事など生温い程の絶望を、魔法少女は背負っている。奇跡の代償は魂だけじゃあない。少女の未来、それも奪われる」

 「未来、ですか……?」

 「ああ、君達の目の前に広がる明日、無限の可能性が広がる未来だ。…さて、話はここまでにして、そろそろ家に帰らないか?俺が送っていこう」

 シジフォスは立ち上がるとまどかに向かって傘を傾けながらそう促した。だがまどかは走り去ってしまったさやかが気になるのか公園の入り口を見つめたまま、その場から一歩も動こうとしない。

 「さやかは俺の仲間が何とかしてくれる。親友が心配なのは分かるが、君自身の身体も大事にした方が良い。このまま此処に居て風邪を引いたら、マミやほむら、そしてさやかにも心配を掛けてしまうよ?」

 「……はい、分かりました」

 シジフォスに背中を押され、まどかはしぶしぶと言った感じで足を進める。シジフォスと並んで歩きながら、まどかは頭上に広がる雨空を見上げた。
 雨のやみそうな気配は、まだ無さそうであった。


 さやかSIDE

 (馬鹿だよッ…、馬鹿だよあたし…!!まどかになんて事言ってるのよ!!もう、もう救いようがないよ…!!)

 雨の中走りながら、さやかは心の中で絶叫する。
 傷つけてしまった、自分の親友を。自分の事を一番に考えてくれる大切な友達を…。
 まどかはただ自分を慰めたかっただけだ。自分を助けたい、自分の命を大切にしてもらい。タダその一心だけで自分と話をしてくれた。それなのに、それなのに自分はそんなまどかの好意を、友情を踏みにじった揚句に口汚く罵倒の言葉を浴びせてしまった…。
 まどかは傷ついただろう、悲しんだだろう。親友だと信じていた自分にあれだけ酷い事を言われたんだ、きっと泣かせてしまっただろう。そしてもう、自分の事など幻滅してしまっているに違いない。

 「当然だよね…、こんな、こんな自分勝手で酷いあたしなんか、まどかみたいな優しい子の友達になんか相応しくない…!あたしなんて、あたしなんて…!!」

 涙を流し、慟哭しながら雨の中を走るさやか。その手にあるソウルジェムには、先程浄化したにもかかわらず、段々と濁りが生じ始めていた。


 恭介SIDE

 時は少し遡り…。放課後、とある公園にて…。

 「志筑さん、こんな所に呼び出して、話って何?」

 上条恭介は志筑仁美に呼び出され、彼女と並んでベンチに座っていた。休み時間にさやかと話をしたいと思って探しているさなか、突然彼女に『放課後公園に来て欲しい』と請われたのだ。
 別々のクラスで精々さやかの親友という程度の面識しかないものの、何故か本人の表情が真剣そのものであった為に無碍にすることも出来ず、結局此処まで来てしまった。
 そして現在に至るわけなのだが、呼び出した当人である仁美は何故かソワソワしたり身体を妙にビクつかせたりとやけに挙動不審であり、中々話を切りだそうとしない。
 このままだんまりを決め込んでも仕方がない、痺れを切らした恭介は口を開く。

 「ねえ、しづ…」

 「あ、あの上条君!きょ、今日は、貴方にお話しがあってきましたにょっ!?」

 (噛んだっ!?)

 緊張のあまり舌を噛んでしまい涙目になる仁美、そんな彼女の姿を心なしか可愛らしいと思いながら黙って眺める恭介。仁美は二度三度深呼吸を繰り返し、緊張をほぐすと頬を赤らめながらも真剣な表情で恭介をジッと見据える。そのあまりにも真剣な眼差しに若干気押されながらも、恭介は仁美から視線を離せずにいる。

 「あ、あの、上条君…」

 「は、はい…」

 「私、私志筑仁美は、貴方の事を、貴方の事をお慕いしておりますの!」

 仁美は半ば悲鳴を上げるかのように叫んでガクンとお辞儀をした。顔は恭介には見えないものの、告白の恥ずかしさのあまりにまるで熟したトマトのように真っ赤に染まっている。一世一代の告白、それを成し遂げたと言う達成感と告白してしまったと言う羞恥心、それが仁美の心の中で渦巻いていた。

 「………え?」

 一方の恭介はポカンと口を開けて呆然としていた。仁美が自分に向かって叫んだ言葉、告白の意味が恭介には理解する事ができなかったのだ。
 お慕いしてる?誰が、誰を、いや、それよりも…。

 「お、お慕いしてるって…」

 「好き、という事ですわ」

 「す、好き…」

 好き、その言葉が恭介の耳を通って脳へと送られる。が、恭介の戸惑いは治まらない、むしろさらに大きくなっていく。
 好き…、志筑さんが、誰を?…僕を!?
 
 「し、志筑さんが…、僕の事を…」

 「よ、よろしければ、上条君の御返事を、聞かせて頂けませんか…?今、此処で…」

 仁美にジッと見つめられて、恭介は緊張のあまり身体がガチガチに硬直する。
 志筑仁美、資産家の娘でさやかの親友、そしてそのお嬢様然とした立ち振舞いと容姿から同学年から何枚ものラブレターを送られているまさに高嶺の花。
 そんな彼女が自分を好きだと言っている。普通ならば飛び上がって喜ぶべきだろう、一も二もなく喜んで彼女の告白を受け入れるだろう。
 だが…、

 (志筑さんが僕を好き、いつもだったら嬉しいはずなのに…)

 恭介は何故か仁美の告白に返事を返せなかった。好きだと告白された事は嬉しい、志筑仁美の気持ちが本気なのも彼女を見れば分かる、だが…。

 (さやか…)

 彼の脳裏をちらつく一人の少女。幼いころからずっとそばに居て自分のバイオリンを聴いてくれた少女。事故でバイオリンが弾けなくなっても、病室に通って自分を励ましてくれた幼馴染。あれだけ酷い罵倒を浴びせて傷つけてしまったのに、自分を大切に想ってくれた、自分にとって大切な人…。

 (僕は…、さやかの事を…)

 恭介は心の中で自問自答する。自分はさやかをどう想っているのか、彼女とどうありたいのかを…。
 タダの幼馴染?いいや違う。大切な親友?そんなものではない。
 …大切な人、たとえバイオリンと引き換えても構わない、この世でたった一人しかいない大好きな人…。

 (ああ…、そうか…)

 ようやく気がついた自分の本心、さやかに対する自分の心、自分の想い。自覚したソレに恭介は思わずクスッと笑みを浮かべてしまう。

 「え?あ、あの上条さん、私何か変なことでも…」

 「ん!?い、いやいやそんなんじゃない!!そんなんじゃないよ志筑さん!!」

 不安そうな顔をする仁美に恭介は慌てて否定すると、顔を引き締めて仁美に視線を向ける。

 「あの…、志筑さん」

 「はい…」

 返事を待つ仁美に向かって、恭介はゆっくりと口を開く。

 「告白してくれて、ありがとう。志筑さんの気持ち、確かに伝わったよ」

 「けれど…、ゴメン」

 恭介は仁美に向かって深々と頭を下げる。

 「僕には、僕にはもう、心の底から大切だって思える人がいるんだ。だから、君の気持には答えられない。だから…ゴメン」

 頭を下げながら恭介は仁美に謝罪する。彼女を振る言葉を口にする。
 かつての恭介ならば、もしもデジェルと出会わなかった恭介ならば、志筑仁美の告白を受け入れ、彼女と恋人同士になっていたであろう。
 だが、今の彼の心の内には何よりも気になって仕方がない少女の姿がある。ずっと側に居てくれたから、そしてこれからも側に居てくれると信じていたから、彼女に対する想いに気が付かなかった、否、もしかしたらその想いは単なる家族愛へと、友情へと変化していたかもしれない。
 でも今は違う、今の恭介は心の底から彼女の事を、自分の幼馴染であるあの少女の事を愛おしいと感じている。彼女と一緒に居たい、抱きしめたいと願っている。

 (さやか…)

 心の中で想い人の笑顔を思い出しながら、恭介は仁美に頭を下げ続ける。顔を上げて彼女の顔を見る事が出来ない。
 彼女はこんな自分に告白してくれた。バイオリン以外何にも取り柄のない自分を。
 何人ものラブレターを断ってきた彼女が自分から告白してきたのだ、きっと一世一代の告白だったろう。
 それを断ったのだ、彼女はきっと泣いている。ひょっとしたらビンタされるかもしれない。だがそれでも、それでも自分はさやかが好きだから…。

 「…そうですか、まあ、予想はしていましたわ」

 「え…?」

 てっきり泣き出すと予想していた恭介の予想に反し、頭上から振ってきた声は平静な声、ハッと恭介が顔を上げると、仁美は穏やかな、それでいて何処か諦めたような表情でニコニコと笑っている。

 「し、志筑さん…」

 「上条君の大切な人って…、さやかさんの事でしょう?」

 「……!?」

 あからさまに動揺して顔を赤くする恭介に、仁美は可笑しそうにクスクスと笑う。

 「やっぱり、でも仕方ありませんわよね、さやかさんずっと上条君の側にいたんですもの。初めから敵うはずがないって思っていましたわ」

 「…志筑さん」

 平然とした、むしろどこかスッキリした様子の仁美はベンチの背もたれに寄りかかり、目を閉じると語り始める。

 「私、さやかさんと勝負をしていましたの。どちらか先に上条君に告白するかを。さやかさんに一日だけ猶予を差し上げたのですけど…、フフ、どうやらチャンスを物にできたみたいですわね♪」

 「え…?さ、さやかが…?志筑さん、それってどういう…」

 仁美の言葉に恭介はキョトンとした表情を浮かべる。そんな恭介の反応に仁美は怪訝な表情を浮かべる。

 「え…?私の前にさやかさんに告白をお受けになられたのではなかったのですか?上条君」

 「い、いや、僕は昨日も今日もさやかに一度も会ってないけど…、ていうかこちらから話しかけようとしたら逃げられちゃって…」

 実際恭介も退院して学校に通学し始めてから何度もさやかと話をしようとした。
 しかし、復学して疎遠になっていた級友に揉みくちゃにされて中々教室でさやかと話をする事が出来なかった事、そしてようやく暇が出来てさやかと話をしようとしたら恭介の姿を見たさやかが直ぐに逃げ出してしまった事、そして事故の前は一緒に通学していたのに今では一緒に通学する事も無くなってしまった事からさっぱりさやかと会話する事が出来ていないのだ。

 「…そんな、さやかさんまさか、私のせいで…」

 仁美は驚愕に顔を歪ませて、顔を俯かせるとブツブツと呟きだす。その姿に恭介も少なからず不安を感じてしまう。

 「志筑さん!ぼ、僕さやかを探しに行ってくる!!そして、こ、告白してくるよ!!あ、あの、本当にごめんね志筑さん!!告白、嬉しかったよ!!」

 「え?あ、は、はいこちらこそありがとうございます上条君!!…あ、それから」

 松葉杖をつきながらさやかを探しに行こうとした恭介の後ろから、仁美の声がかかる。恭介が振り返ると、そこには仁美の優しい笑顔があった。

 「さやかさんをどうか、お願いいたしますね。さやかさんは、私の大切な親友なんですから」

 「……」

 恭介は黙って頷くとそのままゆっくりと公園を去って行った。仁美は黙って去っていく恭介の背中をジッと見つめ、恭介が居なくなった後もしばらく彼の去って行った方角をジッと眺めていた。
 やがて仁美はベンチから立ち上がると、空を見上げながらフッと笑みを浮かべる。

 「振られて、しまいましたわね。でも、意外と悪くないですわね、失恋というのも。やっぱり恋敵が親友だからでしょうか」

 恋心を抱いていた相手に振られたショックはある。だが、それ以上にさやかを、自分の恋敵にして親友である少女への祝福の想いもあった。さやかならば、たとえ恭介を盗られても納得できる、素直に諦める事が出来る…。だって彼女は、まどかと同じ自分の初めての親友なのだから。

 「フフッ、明日はさやかさんにおめでとうとお祝いしてあげなくてはいけませんわね。でもその前に、やけ酒ならぬやけ雪見大福とでも行きましょうか…」

 空を見上げ、スキップしながら歩き始める仁美。だが、その目尻から微かに涙が光っている。たとえ取り繕っても、やはり失恋のショックは少なからずある。だがそれでも、まどかとさやかの前では笑顔を見せたい。それに、やはりさやかが長年恋心を抱いていた相手と結ばれたのは親友として喜ばしい事なのは事実なのだから…。

 「…と、なんだか雲行きが怪しくなってきましたわね。早くコンビニで雪見大福を買って家に戻りませんと…」

 空に段々と集まる雨雲を見て、仁美は眉を顰めて駆け足で公園を後にした。
 それからすぐの事だった。マミ達から逃げてきた美樹さやかがこの公園を訪れたのは…。



 



[35815] 第32話 逃避する少女、真実を知った想い人
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆b1f32675 ID:f562ef5f
Date: 2014/05/31 19:57
 さやかを探し回るマミと杏子。雨の降りしきる中手当たり次第に心当たりのある場所を片っ端から探索しているものの、影も形も見当たらない。
 結局二人はもと居た路地裏の入口へと戻ってくる羽目になってしまった。

 「クソッ!!あの馬鹿一体どこ行きやがったんだ!!こんなあちこち探したってえのに見つからねえなんて…」

 「これだけ探して見つからないとなると…、後はまどかさんとデジェルさんの連絡を待つ以外には…」

 雨中で傘も雨具も無しに走りまわったせいで二人は体中雨水と汗でビショビショであった。杏子はぐっしょりと濡れた髪をいらただしげに掻き上げ、マミは半ば雨で濡れたハンカチで顔や髪の毛の水滴を拭っているが、雨は次から次へと降ってくるため、正直焼け石に水としか言いようがない。

 「…へくしッ!!…クソ、冷えてきやがった。おいマミ!このまま此処に居たらあたしら風邪ひいちまうぜ!?」

 「…仕方がないわね。一度私のマンションに戻ってシャワーでも浴びましょう。そしてまどかさんとデジェルさんに連絡して手がかりを探すしかないわね…」

 「だな、いつまでもこんな雨ン中うろうろしてるわけにもいかねえし…」

 マミの提案に杏子も鼻を啜りながら同意し、二人はマンションへ向かおうとした。

 「あら、巴さんどうなされたのですか?そんな傘もささずにビショビショで…、あら?そちらの方は…」

 後ろから誰かに呼び止められ、マミと杏子は反射的に背後を振り向いた。
 声の主はマミの同級生であり最近見滝原に転校してきた少女、美国織莉子であった。買い物をしていたのか手提げ袋を提げ、白い上品な傘をさして自分達を不思議そうに眺めている。こんな雨の中で傘もささずに濡れネズミになっているのだから当然の反応だろう。

 「あ、お、織莉子さん!!ええ、まあこれはその…、ちょっと友達を探していて…」

 「まあそうなのですか。でも無事に見つけられたみたいで良かったですね」

 「いえ!彼女は私と一緒に友達を探してくれてて…、ああ紹介が遅れましたね!!彼女は佐倉杏子さん!!佐倉さん、この人は美国織莉子さん。つい数日前に私達の学校に転校してきたの」

 「まあそうなんですか。初めまして、美国織莉子です」

 「ん…、佐倉杏子だ、よろしく」

 気さくに笑顔を向けてくる織莉子に、杏子は顔を背けながらも蚊の泣くような声で挨拶を返した。そんな杏子の態度にマミは小声で叱りつけるが、織莉子は気にした様子も無くクスクスと口元を押さえて笑っている。

 「ああそういえば、その方でないのだとしたらお探しのお友達というのはどなたでしょうか?よろしければ私もお手伝いいたしますが…」

 ふと織莉子は思い出したようにマミに質問をしてくるが、マミは困った様子で杏子と目配せする。

 (おい、マミ、あの織莉子って転校生、まさか…)

 (…多分、違うと思うわ。いずれにせよ軽々しく魔法少女云々の話は出来ないわよ)

 マミが見てきた限り、織莉子は一度たりとも魔法少女に変身した様子も無く、魔法少女らしき仕草も見せた事はない。学園でも普通にクラスメイトと仲良くしており、特に転校してくる前からの知り合いだったらしい呉キリカとはほぼ姉妹同然と言っていい程の仲の良さを見せている。
 これらの事からマミは織莉子は魔法少女ではないと考えている。断定は出来ないものの、いずれにせよ一般人である可能性がある人物の前で魔法少女や魔女の話題は口にするべきではないとマミは杏子にテレパシーで伝える。

 「…あの~…」

 「あ、ああごめんなさい!ありがとうございます織莉子さん。ですけどさっき携帯で連絡したらもう家に帰っていると言っていたので大丈夫です。私達も丁度家に帰ろうと思っていましたから…、ねっ!佐倉さん」

 「んえ!?お、おう…」

 いきなり話を振られた杏子はどもりながらもコクコクと頷く。織莉子はそんな二人の様子に若干不審そうな表情を浮かべながらも納得した様子でコクリと頷いた。

 「あら、そうなのですか。それじゃあ私が探しても意味が無さそうですね」

 「あ、あはは…、そ、それでは私はそろそろ帰りますわ。このままじゃあ風邪もひいてしまいますし。…行きましょう佐倉さん!」

 「お、おう、じゃ、じゃあそう言うことで!」

 マミは織莉子に背を向けると小雨が降る中小走りで駆け出した。杏子も織莉子に軽く会釈するとマミの後を追いかけて行く。雨の降る中を走っていくマミと杏子の後姿を見送った織莉子は、彼女達の姿が見えなくなると手に下げられたバッグから携帯電話を取り出して番号を入力すると耳に当てる。

 『ハーイもしもし織莉子?こちらキリカ、キミの愛しの呉キリカだよ~?』

 数回のコール音の後、通話口の向こうから織莉子の親友にして同じ魔法少女、呉キリカの声が聞こえてくる。織莉子からの電話だからかキリカの声は喜色に満ちている。満面の笑顔を浮かべているであろうキリカの顔を思い浮かべながら、織莉子は微笑ましげに笑みを浮かべる。

 「もしもしキリカ、こっちは巴さんとアスミタ様の情報にあった佐倉杏子って魔法少女と出会ったんだけど…、貴女の方はどうかしら?」

 『ん~?あー見つけたよ見つけた。何か公園で桃色の髪の子と何だか話してたんだけど喧嘩して逃げ出しちゃったよ。只今追跡中~、ついでに魔女の結界突入中~、ってとこ』

 キリカはまるで近くの公園に散歩に行っているとでもいうかのように気楽な口調で織莉子に告げる。
 一方キリカが魔女の結界に侵入していると告げた瞬間、織莉子の顔色が変わった。

 「魔女の結界ですって!?キリカ、大丈夫なの!?私も応援に…」

 『ちょ、ちょっと織莉子落ち着いて、落ち着いてっての!ノープロブレムノープロブレム。この魔女使い魔から成長したばっかりみたいだから弱くってさー、現に今交戦中、電話しながら。それでもよゆーよゆー』

 「た、戦いながらって…、キリカ!いくら使い魔から成長したばかりの未熟な魔女だからって油断しすぎよ!!今の貴女にはソウルジェムが無い!痛みだって普通に感じるし魔力が無くなったらタダの人間と同じなのよ!!」

 『分かってる分かってる。んも~、織莉子は心配性だな~。でも私の事を心配してくれるなんて、キリカ感激~♪』

 「き、キリカ!!ふざけないで…」

 『おおっと!よっと、それじゃコレ狩り終わってあの青い子と話したらまた連絡するからさ。そろそろ片付けないと魔力もったいないし…さ!』

 と、魔女との戦いが激しくなってきたのかキリカは向こう側から勝手に電話を切ってしまう。織莉子の耳には電話の切られた無機質な音が耳に流れ込んでくるのみであった。

 「キリカ?キリカ!!全くあの子ってば…、まああの子の事だからたぶん大丈夫でしょうけど…」

 織莉子は携帯をバッグにしまい込むと不満そうに頬を膨らませながら手に持った傘の柄をクルリと一回転させる。
 キリカの魔法少女としての実力は織莉子もよく承知している。たまに油断してしまうこともあるが、あの速度低速化の魔法は魔女にとっても魔法少女にとっても脅威となる。恐らくこの街の魔法少女でも対抗できるのは精々ベテランの巴マミ、あるいは佐倉杏子程度しかいないだろう。
 そんな彼女が使い魔から成長した魔女、未だ未成熟な魔女に苦戦するとは考えられない、が、やはり織莉子からすれば初めての親友である彼女の安否は気になってしまうところである。

 「何処に居るかも分からないし…、仕方が無いわ、屋敷に戻りましょうか…」

 キリカが何処に居るか聞きそびれ、かといって魔女と戦っている最中のキリカに電話で聞くわけにもいかない為、織莉子はしぶしぶと言った様子で屋敷に戻る道を歩いて行った。
 空から降り注ぐ雨は、未だに止む気配を見せなかった。


 さやかSIDE


 雨の中逃げるように走り続けたさやか。彼女はどれだけ走ったのだろうか、いつの間にか古ぼけた倉庫の中に居た。
 もう使われていないのか内部には何も残っておらず、建物の随所に置かれた機械も、今では完全に錆ついており今では動かすことも出来なさそうだ。

 「…なーんであたし、こんな所に…」

 さやかは何故こんな廃墟に居るのか全く分からず呆然と工場の中を見回す。何処をどう見ても何もめぼしいものは無い。さやかは疲れたように息を吐くと、さっさとその場を後にしようとした。

 「……!?」

 瞬間、己の指に嵌められたソウルジェムが光り輝いて反応を示す。魔法少女になって日が浅いさやかでも、その反応が何を意味しているのかは分かる。
 この近くに魔女が居る、ソウルジェムが魔女を感知しているのだ。

 「魔女……、倒さなくちゃ…!!」

 瞬間、さやかの目つきがまるで死んだ魚のようなものからまるで飢えた獣のような鋭い、凶暴な物へと変貌する。
 心の芯まで負の感情で染まっているさやか、今のさやかにとって魔女との戦いは、唯一自分自身の醜い面を忘れられる、そして自分の存在意義を実感できる瞬間であった。魔法少女へと変身したさやかは、目の前の何も無い空間へと近づいていく。普通の人間から見れば何も無いであろうその空間、だが、魔法少女であるさやかの目には、そこから魔力が染み出る裂け目がしっかりと目に映っている。その裂け目の先にあるのが魔女の結界、さやかの獲物、魔女はその中に居る…。

 「倒さなくちゃ…、倒さなくちゃ……!?」

 さやかがその裂け目に入り込もうとした瞬間、突然空間の裂け目が爆ぜ、そこから漏れ出ていた魔力が完全に消失する。そして、さやかが瞬きした瞬間には既にそこにあったはずの空間の裂け目は消えていた。ソウルジェムも何の反応も示していない。
 これが示す事実は一つ、先程まであった魔女の結界が消えたと言う事だ。そして、結界が消えた理由として考えられるのは二つ…。魔女がこの場から逃げ出したか、あるいは…。

 「ん~、存外弱い弱い、うん。この程度の魔女じゃあ魔力もそこまで消耗しないな、うん。まあグリーフシードもゲットしたし結果オーライ?かな?までも今の私に必要無いんだけどね、コレ」

 呆然と立ち尽くすさやかの耳に、突然何者かの声が飛び込んでくる。ハッとして声の聞こえた方向に首を向けるとそこには黒い奇抜な服装をした少女が、指でグリーフシードを摘まみながら立っていた。
 グリーフシードは魔女を倒した時に出現する魔女の卵。これを彼女が持っていると言う事は考えられる事実は一つしかない。
 目の前の少女は魔法少女、そして、彼女が結界の魔女を倒し、グリーフシードを手に入れた…。そう悟った瞬間、さやかの心の中で沸々と怒りが沸き起こる。
 
ふざけるな、ふざけるな、あの魔女はあたしの獲物だったんだ…。それを勝手に横取りするなんて、この女は何様のつもりなんだ…!

殆ど八つ当たりに等しい感情であったが今のさやかの心にはそんな事を考える余裕は無かった。

 「ん?おお?キミ、そこのキミ、その制服からして私と織莉子と同じ学校みたいだけど、何でこんなにびしょ濡れなんだい?」

 さやかの怒気の籠った視線に気が付いたのか、黒い魔法少女は変身を解除してさやかの方を向く。こちらに怒りを向けてくるさやかに対して、少女はなぜさやかが自分に怒りを向けてくるのかが理解できず、困った表情を浮かべている。

 「ん~、キミ怒ってる?いや私キミに怒られるような事した覚えないんだけどね~。というかそもそも私とキミは面識が無いと思ったんだが、違うかい?」

 「アンタは…、魔法少女…?」

 黒い魔法少女が問いかけても、さやかは変わらず怒りと敵意の籠った視線で彼女を睨んでいる。黒い少女からすれば全く持って身に覚えのない敵意を向けられているので、正直言って迷惑だと言うのが本音である。とはいえ、面と向かってそんな事を言ってしまえば余計面倒くさい事になるのは彼女自身分かっているので、まず少女はさやかの質問に答える事とした。

 「ん、そう、名前は呉キリカ。見滝原中学の三年。えーと…、キミは……、確か美樹、さやかとか言ったねぇ」

 「…!!あんた、何で…!!」

 「私の親友が教えてくれたんだ、っとまあそれはそれとして…」

 質問に返答した黒い魔法少女、呉キリカはさやかに向かってズイッと顔を近づける。いきなりキス出来そうな距離まで顔を近づけてきたキリカにさやかは思わず怯んでしまう。

 「さて質問の続きだ、キミは何故、こんな所でびしょ濡れになっているんだい?私に対して何を怒っているんだい?何やら悩み多そうな顔つきだ。よければ相談に乗ってあげようか?」

 「……!!余計な…、お世話よ…」

 「人の好意を無碍にしてはいけないと思う、よ?それに私は君より一つ先輩だ。年上に、失礼な口をきいてはいけない、な!」

 穏やかな口調で話しかけるキリカになおもそっぽを向けてしまうさやか、そんなさやかの態度にムッとしたのかキリカは彼女の額を指で弾いた。デコピンを喰らったさやかは悲鳴を上げて額を押さえるが、直ぐに涙目でキリカをキッと睨みつけてくる。

 「!?~~、な、何すんのよ!!」

 「何って……デコピン?」

 「ンな事は分かってるっての!!なんであたしにデコピンするのよ!!」

 「いやいや何だか知らないけどいつまでもツンツンした態度してるからさ、こりゃ実力行使しなきゃダメかな~、って思って」

 怒り狂うさやかに対してキリカは飄々とした態度で彼女の怒りを受け流している。どんなに怒りをぶつけても暖簾に腕押しと言った有様に、さやかのイライラも頂点に達する。

 「ああもう分かった!!分かったわよ言えばいいんでしょ!!あたしはアンタが魔女を先に倒した事が気に食わないの!!分かった!?」

 「魔女を先に?…ああグリーフシード欲しいのか!それならそうと先に言って…」

 「ちーがーうっ!!あたしはグリーフシードが欲しかったんじゃなくて魔女と戦いたかったの!!」

 「いやだから魔女を倒してグリーフシードを手に入れるのが…」

 「グリーフシードなんていらない!!ただ魔女と戦いたかっただけ!!あたしは、あたしは魔女と戦わなくちゃならないの!!」

 さやかの絶叫に、キリカは呆気にとられた様子で彼女の顔をジッと見つめる。やがて全く持って訳が分からないと言った風情で肩を竦める。

 「グリーフシードがいらない、魔女と戦うのが目的?何それ?いや普通に考えて魔法少女が魔女と戦うのはグリーフシード目的でしょうが。これ常識。Do you understand?」

 「…っ!!ざっけんじゃないわよォ!!」

 激昂したさやかは、キリカに向かってサーベルを振るう。が、キリカは変身していない状態にもかかわらず、難なくそれを避ける。まるで駄々っ子のようにサーベルを振り回すさやかの攻撃を避けながら、キリカは呆れた様子で溜息を吐いた。

 「…やれやれちょっとCOOLになりなよ。私はキミと戦う気は無いんだよ?変身していない魔法少女襲うなんて随分凶暴なことをするねぇ。それとも私、何か気に障る事言っちゃったかな?」

 「うるさいうるさいうるさい!!」

 さやかはキリカを斬り捨てようと、いや、もはやキリカどころか目につくもの全てを斬り捨てようとするかのように凶刃を振り回す。矢鱈滅多らに振り回される剣を、キリカは難なく避け続ける。が、さやかは全く諦める様子も無くキリカに向かってサーベルを振るい続ける。
 と、動き続けて疲労したのかいきなり動きを止めるキリカ。さやかはしめたとばかりにサーベルを振り下ろす、が…。

 「っ!?」

 「危ない危ない、全く凶暴だなあ。まるで狂犬だよ。魔女を倒せなかった鬱憤を私で晴らそうっていうのかい?本当に困ったものだなァ…」

 いつの間にか変身したキリカが、自分の右横に立っている。彼女は不気味な笑みを浮かべながらゆっくりとさやかに顔を向ける。キリカから放たれる不気味な殺気に、さやかは思わず一歩後ずさりしてしまう。

 「やれやれ、そんな躾のなっていない犬は…」

 狂ったように笑うキリカはダラリと両腕を垂らす、瞬間、服の両袖から三本の鋭い鉤爪が飛び出した。キリカは狂笑しながら両腕の爪を擦り合わせる。金属と金属の擦れ合う不協和音、まるで極上のディナーを前にフォークとナイフを擦り合わせるかのような仕草を見せたキリカは…。

 「お・し・お・き、しないとねえええええ!!」

 さやか目がけて両腕の爪を振り下ろした。自分目がけて振り下ろされる鉤爪に、さやかは慌てて回避しようとする、が…。

 「がっ!?」

 回避動作をする前に両爪はさやかの服と皮膚を切り裂いた。赤い鮮血が飛び散り、コンクリートの地面に点々と赤い染みを残す。苦悶に顔を歪めながら、さやかは自身に回復魔法をかけ、服と一緒に傷を治癒する。一瞬で跡かたもなくなる傷に、キリカは感心した様子で口笛を吹いた。

 「ほー、回復魔法得意って聞いてたからどれほどかと思ったら…、結構やるじゃ~ん?さっすがだ~いすきな幼馴染の為に願い叶えただけあるね~」

 「……!!なんで、その事を…」

 目の前の敵が自分の叶えた願いを知っている事に愕然とするさやか。そんなさやかをニヤニヤと笑いながら眺めるキリカは、さやかの質問を聞いて少し考えるような仕草をする。

 「ん~…、神様が教えてくれた、かな?」

 「!?ふざけてんのアンタ!!」

 「決してふざけちゃいないよマジもマジ、本当だよ~。でも回復魔法かあ~。厄介だね~、傷負わせても治っちゃうんじゃ。…でも、意外と対処は簡単だよね~」

 瞬間、再び魔法で治療された部位から血の花が咲く。目に追えない程の速さで振るわれた爪の一閃に、さやかは痛みを感じるどころか反応する事も出来ず、ただただ呆然とするしかなかった。キリカは爪を振るって血を落とすと、もう片方の爪をペロリと舐める。

 「治す前に新しく傷負わせちゃえばいいんだよねえ!!」

 瞬間、目の前のキリカが消えた。それから一秒遅れてさやかの右腕が切り裂かれ、血が飛び散る。

 「っく!」

 さやかは急いで腹部の傷と腕の傷を魔法で回復させようとする、が…。

 「させない、よお!?」

 再び振るわれる斬撃が、さやかの背中と、ふくらはぎを切り裂いた。鋭い痛みにさやかがかけようとしていた回復魔法は強制的に中断され、魔力は四散してしまう。足に傷を負ったさやかは手に握ったサーベルを杖代わりに、何とか立っていたが、体中が傷だらけ、鮮やかな青い服も血によって所々真っ赤に染まっており、命に関わるような傷は負ってはいないものの、どう見ても満身創痍としか言いようが無かった。

 「…はあ、はあ…、は、速すぎ、…」

 ゼイゼイと喘息の発作のように息を乱しながら、さやかは目の前に現れた敵を睨みつける。
 さやかの眼でも追えない速さ、そのせいで自分はあっという間に彼女に切り刻まれた。幸い致命傷は負ってはいないもののあの速さの前では回復する間も無く自分はあの爪に切り裂かれる。このままでは自分がやられるのも時間の問題だろう。

 (何か、何か手を…!!)

 痛みを痛覚遮断で緩和しつつ、さやかは必死に頭を巡らせる。と、突然その思考に割って入るかのように、キリカがまるでさやかをあざ笑うかのようにクックッと笑い始めた。

 「く、クククッ、速すぎるゥ?分かってないなあキミは。私は決して速くない。魔法少女としての速さははっきり言うならキミにも劣る」

 なら何故私が速いと感じるか?キリカは一度言葉を区切ると再びさやかの視界から姿を消す。さやかは急いで消えたキリカの行方を追って視線を巡らせる、が、突然背後からポン、と肩を叩かれる。ギョッとしたさやかはゆっくりと背後を振り向いた。

 「…キミが、遅く、なっているんだよ?」

 そこには残酷な笑顔を浮かべたキリカが、爪を構えて立っていた。慌てて背後に向かってサーベルを振るおうとしたさやか、だが…。

 「遅い」

 腕を斬られ、さらに返す一撃で両足を斬られて地面に倒れ込んでしまった。さやかは必死に地面をもがくが、足の筋を斬られたのか、今度こそ立ちあがる事が出来ない。さやかは怯えた表情で必死に後ろに後ずさろうとする、が、それよりも先にキリカがさやかに圧し掛かり、彼女の動きを封じてきた。

 「治したい?治したいならド・ウ・ゾ♪穢れは浄化してあげたからァ、まだまだ回復魔法は使えるよォ?でも、治して向かってくるのなら…、また身体をズタズタにしてあげるよォ?でも降伏するって言うんなら、特別に許してあげるけど?」

 傷を負ったさやかに圧し掛かったキリカはグリーフシードをさやかのソウルジェムにかざし、穢れを吸い取るとそのままさやかから身体を放す。そして両手を広げながらさやかをジッと眺めている。さやかは突然のキリカの行動に戸惑いながら、それでも体中の傷を魔法で治療し、剣を支えに何とか立ち上がる。
 傷を治したさやかはキリカに向かって剣を構える。圧倒的力の差を見せられながらもなおも馬鹿みたいに向かって来ようとする彼女に、キリカは呆れたと言うよりもどこか憐れむかのように肩を竦めた。

 「…まだやるの?…ったくほんっとうにくっだらないことで悩んでいるようだね~、キミは。本当に面倒くさい、な!」

 心底面倒くさそうに、キリカは再びさやかに襲いかかろうと身構えた、瞬間…。

 「さやかアアアアアア!!」

 突然倉庫の入り口から何者かがキリカ目がけて跳びかかってくる。目の前のさやかに意識を集中させていたキリカはその突進を避けられず、謎の影に押し倒される形で地面に倒れ込む。

 「ぐあッ!?な、なんだオマエ!!」

 「に、逃げるんださやか!!早く!!」

 「え…?な、なんで…?」

 キリカを押し倒した人物の顔を見て、さやかは戸惑いに満ちた表情を浮かべた。何故ならそこに居たのは、一番この場に似つかわしくない人物、そして、魔法少女となったさやかにとって、自身の起源とも呼べる人物であったのだから…。

 「どうして…、どうして此処に居るの…?恭介…」

 寒さに震えるように身体を震わせながら、さやかはキリカを地面に押し付けている少年、上条恭介を見ながら呆然と呟いた。


 恭介SIDE

 さやかがキリカと戦い始める少し前…。
 上条恭介はさやかを探している途中、突然降りだしてきた雨を避けるため、廃工場の屋根の下で雨宿りをしていた。

 「あーあ…、これしばらく止まないな…。一応家には連絡したけど帰るの遅くなっちゃいそうだな…。ま、仕方が無いか」

 恭介は工場の壁に寄りかかりながら、ぼんやりと灰色の雲が浮かぶ空を眺めていた。
 仁美の告白を断り、さやかに告白しようと彼女の携帯に電話しようとした。だが、電源が切られているのか応答しなかったため、さやかを探して彼女の家、学校、さやかが仁美達とよく立ち寄っているであろう店を巡ったものの、結局彼女の姿形も見かける事が出来ず、何故かこの廃工場にフラフラと入り込んでしまった挙句に雨も降りだしてきたため、こんな所で途方に暮れる羽目になったのである。

 「さやか…、君は一体どこに居るんだ…。僕は、君に伝えたい事があるのに…」

 灰色の雨空を眺めながら、想いを寄せる少女の顔を思い出す恭介。まさかと思うが何か事件に巻き込まれているのではないか、警察に連絡した方が良いんじゃないかと心の隅で考え始めてしまう。すると…。

 「ん…?何だ、さっきの音…」

 恭介の耳に何か金属がぶつかり合うような音が聞こえてきた。それも何度も繰り返し…。
 それだけではなく誰かの叫ぶ声も耳に入ってくる。怒号にも、悲鳴にも聞こえるが声の質からして女性であることは間違いは無い。

 「此処は廃工場だからもう機械は稼働していない…。それに女の人の叫び声…、気になる、行ってみよう」

 何故か妙に胸騒ぎがした恭介は松葉杖を突きながら声と金属音が聞こえた方向に向かって歩き出した。
 薄暗い工場内部で、松葉杖が地面を叩く音が無機質に反響する。正直不気味ではあったが、今の恭介には先程から聞こえる金属音と誰かの声の正体を知りたいと言う好奇心の方が強かった。
 しばらく工場を進んでいくと、そこにはドアが一つポツンと存在していた。鉄でできた頑丈そうな扉であり、ちょっとやそっとでは壊れそうにない。試しにドアノブを捻って見ると鍵が閉まっている様子は無い。

 「……よし」

 音の元は聞こえる限りこの先で間違いは無い。恭介はゆっくりとドアを開くと、その内部へと恐る恐る侵入した。

 「!?な、なんだこれは…!!」

 部屋の内部へと侵入した恭介は、驚愕のあまり表情を歪ませた。
 恭介の目の前に広がる空間、そこは先程の工場と大して変りは無い。がらんとした何も無い空間に、錆びて動かなくなった作業用の機械があちこちに転がっている。何の変哲もない空間だ。
 だから普通ならば恭介も驚く事は無いだろう。…目の前で起きている光景を目にしなければ。

 「お、女の子が…、女の子と…、殺し合っている…?」

 恭介の目の前で、奇妙な格好をした二人の少女が、互いの武器を手に殺し合っていたのだ。黒い服と両腕に鉤爪をつけた少女、そして青い衣装にサーベルを握りしめた少女が、互いに殺意を持って斬り合う、そんな非現実的な光景が目の前にあった。

 「…!!青い衣装の子が…!!」

 あまりにも衝撃的な光景に目が離せずそのまま見ていると、青い服を纏った少女の腕と両足から血が噴き出し、少女は地面へと倒れ込んだ。そして、地面を這いずって後ずさりしようとする青い少女に向かって、黒い少女が圧し掛かる。
 青い少女は必死に黒い少女を振りほどこうと身体を捩じったり無事な片腕を振り回したりして必死に暴れる、と、一瞬だけ青い少女の顔が恭介の目に飛び込んできた。

 「……!!そ、そんな、あ、あれは…!!」

 青い服の少女の顔、それは自分が必死に探していた少女、美樹さやかであったのだ。一瞬見間違いかと思ってしまったが、何度も顔を合わせている少女の顔を見間違うはずが無い。だが、もし彼女がさやかだと言うのなら、何でこんな所であんな変な衣装を纏ってあの黒い少女と戦っているのか…。恭介は頭が混乱して何が何だか分からなかった。
 そうこうしていると目の前の状況に動きが出てくる。何故か黒い少女がさやかから飛び退くと、突然さやかの身体から青い光が放たれ、光が収まるとさやかは剣を支えにゆっくりと立ちあがる。見ると、さやかの体中に刻まれていた傷が、服の損傷ごと完全に消え去っていた。

 (傷が…、消えている…?一体何が起こって…)

 黒い少女に向かって剣を構えるさやかを呆然と眺めている恭介だったが、黒い少女が両手の鉤爪を構えたのを見て顔色が変わった。
 
 (あの黒い服の子…、さやかを、さやかを殺すつもりで…!!)

 あの少女は今度こそさやかを仕留めるつもり…、そう感じた恭介は松葉杖を捨てるとさやかに襲いかかろうとしている少女に向かって走りだした。

 「さやかあああああああああ!!!」

 まだ完治していない両足、松葉杖無しに走っているせいで足に力が入らず足を踏み出すたびに両足に鈍痛が走る。だが、今の恭介はそんな事を気にしている暇は無い。
 幼馴染が、大切な人が殺されそうになっている…!今すぐ助けないと…!その想いが未だ完治していない恭介の両足を稼働させていたのだ。
 一方さやかと黒い少女も恭介の絶叫でこちらに気が付いたようで動きを止めてこちらに視線を向けている。恭介はチャンスとばかりに黒い少女に向かって跳びかかるとそのまま地面に押し倒した。

 「ぐあっ!?な、なんだお前!!」

 「に、逃げるんださやか!!早く!!」

 恭介は暴れる黒い少女を全身で抑えつけながらさやかに向かって必死に叫ぶ。一方のさやかはいきなり現れた恭介の姿に驚愕しており、呆然と恭介を見ながら小さな声で何事かブツブツ呟いている。が、その内に恭介を見つめる彼女の表情は、段々と驚愕から一転してまるで幽霊でも見たかのような怯えた表情へと変化していく。

「あ…ああ、やだ、やだよ…」

 「さやか…?」

 怯えた表情でこちらを見る幼馴染に、恭介は訝しげに顔を上げる。すると、さやかは後ろに後ずさりしながら、両腕で身体を隠す様に自身を抱き締める。

 「見ないで…。お願い恭介見ないでよ…」

 「さやか、何を言って…」

 「こんな死体になったあたしを!こんな醜いあたしを見ないでよォォォォォォ!!!」

 さやかは絹が裂けるような絶叫を上げるとそのまま工場の外へと飛び出して行ってしまった。

 「!!さ、さやか!!まっ……!?ぐあッ…!!」

 「く、クソッ!!邪魔だ!!邪魔だから放せこの痴漢…!?」

 突然逃げ出してしまったさやかを追いかけようとする恭介だが、今になって両足の痛みが身体に響いてきて、立ちあがろうとした瞬間に地面に倒れ込んでしまう。一方地面に押し倒された黒い少女も圧し掛かっている恭介を必死にどかそうとするが、その瞬間に彼女の身体を覆っていた黒い衣装が霞のように消え去り、別の服へと変化していた。よく見るとそれは見滝原中学の女子の制服、彼女もまたさやかや自身と同じ学生なのだろうか。

 「なあ!?こ、こんな時に魔力切れ…。チクショウ!!」

 「へ?ちょ、うわっ!!」

 黒い少女は悪態をつきながら自分に圧し掛かる恭介を横にころがすと、跳び上がるように地面から起き上がると先程さやかが逃げて行った工場の出口へと走っていく。が、入口から外を見回すとすぐさま恭介の倒れている場所へと肩を怒らせながら戻ってきた。

 「……逃した。ああクソ!!織莉子と神様になんてお詫びすればいいんだも~!!そこの痴漢!!キミが邪魔したせいで折角見つけた標的見失ったじゃないか!!落とし前つけてよ!!」
 
 「なっ…痴漢って…!僕は痴漢なんかじゃないよ!!君がさやかを殺そうとしたから僕はそれを止めようと…」

 「殺す!?誰が!!何を!!私はあの子とOHANASIしようとしたいただけだ!!それをあの子がいきなり襲ってきたから正当防衛でちょっと痛めつけただけで殺す気なんて欠片も無いっての!!あとキミ!!確か二年生だよね!!」

 「ええ?それが何か…」

 「私は三年生だ!!キミより一年先輩だ!!呼び捨ては許さない!!」

 凄まじい勢いで恭介に説教をしてくる黒い少女に、恭介も座ったまま動く事が出来ずにただただ頷いていた。やがて十数分怒鳴り続けて黒い少女も満足したのか口を閉じると、先程恭介が入ってきた入口へと歩いていき、そこに落ちていた松葉杖を拾い上げると恭介目がけて放り投げた。

「ほら、これキミのだろう?」

「へ?う、うわっ!!ら、乱暴に扱わないでくださいよ~…」

 自分の移動手段である松葉杖を存愛に扱われ、若干非難の眼差しを向けるものの、黒い少女は気にした様子も無い。恭介は諦めた様子で溜息を吐くと、先程から気になっていた事を黒い少女に問いかける。

 「あの…、貴女は一体…、さっきの姿も…」

 「ん~?ま話す義理はないんだけどさ、ま、いっか。私の名前は呉キリカ。見滝原中学の三年生だよ。まあそれはそれとして……キミは信じるかい?魔法少女って言うのを。私とさっきの…えーとさやかとか言ったかい?彼女はそれなんだよ」

 「魔法…少女…?」

 黒い少女、呉キリカの口から出たあまりにも非現実的な言葉に、恭介は僅かながら思考が停止してしまう。
 魔法少女?あのアニメとかで見る変身して魔法を使う、あの月に変わってお仕置きするアレ?

 「えと、魔法…、少女…?比喩とかそういうのじゃなくて、本当に、本物…?」
 
 「マジと書いて本物だよォ。フィクションじゃなくてリアルなんだよコレが。で、現実の魔法少女の役目ってのはー、人間世界に出てくる魔女って言う化け物と戦うのが仕事ってゆー…、んー正義の味方とはちょっと違うかなー…。いずれにしろ命懸けの仕事、ってところかな」

 キリカの説明を恭介は目を白黒させながら聞いていた、が、命懸けの仕事とキリカが言った瞬間、彼の目つきが変わる。
 魔女というのが何なのかは恭介には分からない、だが、自分の大切な人が何かと命を懸けた戦いをしている事だけは確かなようだ。

 「…なんで、さやかがそんなのに…」

 「魔法少女ってゆーのはね、願いを一つ叶える代償になるものなんだよ。何か一つ願い叶える代わりに魔女と戦わされる、まあ取引みたいなもんだよ」

 「願い…?願いって、さやかは何を…」

 「そんなの私は知らないよ、本人に聞けば~?それじゃ私はこれで」

 「あっ…!!ちょ、ちょっと待って…!!」

 キリカは話すことを全て話すとさっさとその場を後にしてしまう。恭介は必死に引き留めようとするが、不自由な両足では立ちあがるのも困難な有様であり、健全な両足のキリカに追いつくどころか彼女を追いかける事も出来ず、結局去っていく彼女の背中を眺めている事しか出来なかった。

 「さやかの…、願い…?一体それって…」

 コンクリートの地面に座り込んだまま、恭介は呆然と考える。
 さやかが魔法少女となる事を代償に祈った願い…。恭介はそれが何なのか頭を巡らせる。
 命懸けの戦いに身を投じる事となっても叶えたいと願う願い…、全く見当がつかずに悩む恭介。と…。

 『奇跡も、魔法も、あるんだよ!!』

 あの時、病室でさやかが口にした言葉が脳裏を横切った。
 瞬間、恭介は無意識に左腕を、あの時もう二度と動かないと宣告された左腕を握りしめた。

 「さやかの願いって………、まさか…」

 幼馴染の願った奇跡、それに思い至った恭介は、ただ呆然と座り込むしかなかった。


 あとがき

 もしもさやかの祈りに恭介が気が付いていたら、もしもさやかが仁美より先に告白していたら…。本編よりかは遥かにマシな結末になっていたでしょうね、さやかちゃんも。
 とはいえ新劇場版でもさやかと恭介は結ばれない運命ですので所詮はIFの話なのですが。でもそんな未来もあってくれたら…、と思わず考えてしまいますね。
 …というか今回聖闘士誰も出せなかった…。魔法少女中心に書いてしまいましたから…。



[35815] 第33話 迫りくる運命の刻
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆b1f32675 ID:f562ef5f
Date: 2014/06/14 14:10
 見滝原某所に建てられた広大な敷地を持つ屋敷、美国邸。その美国邸の一室には洋風な美国邸とは一見不釣り合いな和室が存在する。
 茶道、華道、日本舞踊と言った習い事の稽古に使われる為であろうその和室には、僧衣を纏い両眼を閉ざしたまだ若い男が、羽織袴を纏った白髪の老人に茶を点てている。そういで両目を閉ざした男性の名前は現在この美国邸に厄介になっている黄金聖闘士、乙女座のアスミタ、羽織袴姿の老人の名前はハクレイ。聖闘士を束ねる教皇セージの兄であり彼の補佐を担当している人物である。今回はアスミタから近況の報告を受けるためセージや娘の居るあすなろ市からここまでやってきたのだ。
ハクレイはアスミタが点てた茶を両手で押し戴くように持ち上げると、茶碗を傾けてゆっくりとお茶を啜る。アスミタは開かない双眸で黙ってハクレイの方向を見ていたが、ふと何かに気が付いたかのようにあらぬ方向に顔を向けた。

 「…フム、どうやらキリカは美樹さやかを逃がしてしまったようですね…」

 「む?何か状況に進展でもあったのかの?」

 空になった茶碗を口元から下ろすハクレイに、アスミタは再びハクレイに顔を向け直すと頷いた。

 「はい、廃工場で美樹さやかと遭遇して魔女討伐のいざこざで一戦交えたものの、結局取り逃がしてしまったのだとか。奇しくも本来の歴史で暁美ほむらが担うべき役割をキリカが担う事になってしまいました」

 「そうか…、いや、ここまでは史実通り進んでおるの。喜ぶべきか喜ばざるべきか…」

 ハクレイは唸りながら空になった茶碗をアスミタに差し出す。アスミタは茶碗を受け取ると粉末状の抹茶と茶釜で沸かしたお湯を茶碗に注ぐと、茶筅で再び茶を点てはじめる。茶を点てながらアスミタは話を続ける。

 「ただ…、キリカと美樹さやかの間に上条恭介が乱入してきた…、というのは少々予想外でしたが…。これも歴史が変わる兆しと言えるでしょうね」

 「ほう…、そうか、いやそれは良い変化というべきじゃな。魔女から元の人間に戻った時、思い人であるそ奴が側におるのならば、あの娘はもう絶望する事はあるまい、まっすぐに歩いていけるはずじゃ、のうアスミタ?」

 「さて、それはわかりませんよ。一寸先は闇、でございますからね。祭壇座の、否、牡羊座のハクレイ様」

 口元に薄い笑みを浮かべながら点てたばかりの茶を差しだしてくるアスミタに、ハクレイは憮然とした表情を浮かべながら茶碗を両手で受け取る。

 「…あのな、牡羊座はあくまで臨時じゃ。一刀とセージの奴めに押しつけられてやむなく就いておるが、ワシは乗り気ではなかったのじゃぞ?」

 「仕方ありますまい、そもそも席の開いた黄金聖衣を担える程の実力者は現状デフテロスとハクレイ様のみ、そのうちデフテロスは天秤座に就任しておりますから、結果的に消去法でハクレイ様が牡羊座を担う事となったのです。貴方の弟子のシオンに孫弟子のムウ、曾孫弟子の貴鬼も就任しておりましたから、実際一番適任でしょう?」

 「…まあ、そりゃそうなのじゃが…、なんじゃか牡羊座だけ世襲な気がしてならんの。確かに聖衣の修復を担う者のみが纏える聖衣と言われてはおるが…」

 ハクレイは何処となく納得のいかなさそうな表情で茶碗を傾けて抹茶を啜った。
 生前の頃のハクレイは祭壇座の白銀聖闘士であり、黄金聖闘士の座には就いてはいなかった。厳密には黄金聖闘士の座につく程の実力は充分にあったものの、本人が表立って動くことを嫌う性格であることから黄金の座も教皇の席も全て弟のセージに譲ってしまい、自分は教皇の補佐を担当する祭壇座の白銀聖闘士の座に甘んじたのである。
時は過ぎ、常人ならば二度寿命を迎えるであろう時を過ごしたハクレイは、その生涯の中で多くの聖闘士の弟子を育て上げた。その弟子のひとりであるシオンは牡羊座の黄金聖闘士へと就任し、聖戦の後に聖域の教皇へと就任、荒廃した聖域を立て直した。その後牡羊座の黄金聖衣はシオンの弟子であるムウ、そしてムウの弟子の貴鬼へとジャミール伝来の聖衣修復の技と共に師から弟子へと代々受け継がれていった。
さて、ハクレイとセージ、そして原作から243年前の冥王との聖戦で命を失った黄金聖闘士達は、とある人物達の尽力によって新たな外史で新しい命を得る事となったのだが、あの聖戦を生き延びて243年後の聖戦で戦死した牡羊座のシオン、天秤座の童虎は何故か生き返る事が出来なかった。その為牡羊座と天秤座の黄金聖衣は纏う聖闘士が存在しない空位の聖衣となってしまい、緊急で牡羊座及び天秤座の聖闘士を選ぶ事となってしまった。
黄金聖衣はイレギュラーな聖衣である神聖衣を除けば108の聖衣の中でも最高レベルの硬度を誇る、しかし、それゆえに纏う者もそれ相応の実力が無くてはならない。小宇宙の真髄である“第七感”はもちろんのこと、聖衣を正しい目的で使う事が出来る優れた人格も求められるのだ。
そんな中、牡羊座の黄金聖衣の装着者として白羽の矢が立てられた人物、それが元白銀聖闘士のハクレイであった。
彼自身実力、人格ともに黄金聖闘士として申し分なく、事実セージに譲ったとはいえ黄金聖闘士の座に推挙されたこともあった。また、熟達した聖衣修復技術、牡羊座のシオンに鶴座のユズリハ、暗黒聖闘士の首領アヴィドといった優秀な聖闘士を育てる手腕も併せ持っており総じて牡羊座の黄金聖闘士に相応しいと判断されたのである。
無論ハクレイ自身は嫌がって抵抗したものの、弟であり教皇の座を押し付けたセージの説得もあり、結局本来の装着者が見つかるまでの臨時の聖闘士という条件付きで牡羊座の聖衣を引き受ける事となったわけである。ちなみに肝心の牡羊座の黄金聖衣もハクレイによく馴染んでおり、聖衣の意思もハクレイを拒む様子は無かった。何故これほど聖衣が馴染むのかについてハクレイは「…あのお節介焼きの弟子のせいかのう…。いや、他にもあ奴の弟子もおるな。全く師弟とはよく似るものよな」等と呟いていた。

「とにかくじゃ!ワシはいつまでも牡羊座の聖闘士ではおらんぞ!ワシ以外にふさわしいものでも出てきたらそ奴に譲ってとっととワシは引退するからの!」

 「黄金聖衣を纏えるような人間などそうそう出てくるとは思いませんが…、まあシオン辺りが蘇ってくるのであれば話は別ですが…」

 茶を点てながらアスミタはまるでひとり言のように呟いた。今のところ黄金聖衣を纏える程の小宇宙の持ち主は自分達以外には存在しない。教皇であるセージも確かに纏える資格はあるだろうが、彼は教皇という職務に就いているため最初から対象外、他の知り合いにも今のところ資格のある小宇宙の持ち主は…、というより小宇宙そのものを持っていない人間が殆どであり論外。今のところハクレイの後任は見つかっていない有様だ。
 アスミタの言外に“諦めろ”という言葉に対してハクレイは、何処か余裕に満ちた笑みを浮かべていた。
 
 「…いや、案外そうでもないかもしれんぞ?ワシのお役御免も案外近いかもしれん」

 「…?それはどういうことですか?」

 アスミタはハクレイの意味ありげな言葉に疑問符を浮かべる、が、ハクレイはアスミタの問い掛けに答えぬまま、黙ってアスミタの点てた茶を啜っていた。

 まどかSIDE

 さやかと雨の公園でケンカした日の翌日、まどかは力ない足取りで通学路を歩いていた。
 あの時、シジフォスの説得で家に帰ったものの、やはり親友であるさやかの事が気がかりで夜も眠る事が出来なかった。結局一睡も出来ずに目に隈を作って学校へ登校する事となってしまった。仁美とさやかと待ち合わせる場所に向かう足取りも重い。シジフォスは五日仲直りできるとは言っていたが、それでもまどかの不安は晴れる事は無い。
 そうこうしているといつの間にか待ち合わせの場所に到着していた、が…。

 「あ、あれ?仁美ちゃん?さ、さやかちゃんは?」

 そこには肝心のさやかの姿が無く、仁美が一人でポツンと立っていた。

 「あ…、まどかさん。それが、さやかさんまだ来なくて…。早くしないと遅刻してしまうのに…」

 仁美もさやかの姿が無い事に困惑しているのか心配そうな表情を浮かべている。いつもならばいの一番にこの場に来ているはずのさやかが居ない…、昨日の事もありまどかは妙な胸騒ぎを感じる。

 「…わ、私さやかちゃんのマンションに行ってくる!!ひょっとしたら病気で学校に行けないのかもしれないし…!!」

 「私も行きますわ!私もさやかさんの事が心配ですし、それに…、ひょっとしたら…!!」

 「…?仁美、ちゃん…?」

 突如苦しげに顔を歪める仁美に、まどかは戸惑った。よくよく見ると仁美の眼の下にも薄らと隈が浮かんでいる。彼女も自分と同じく夜眠れなかったようではあるが、まどかにはその理由は分からない。

 「…!な、なんでもありませんわ!今大事なのはさやかさんの事です!!急ぎましょう!!」

 「え…?あ、ま、待ってよ仁美ちゃん!」

 突然駆け出した仁美を追って、まどかも走りだす。仁美のことも気になったが、今はそれよりもさやかの事だ。

 (さやかちゃん…!!)

 まどかは心の中で親友の顔を思い浮かべながら、足を必死に動かすのだった。

 デジェルSIDE

 「……そうですか、すみませんでした」

 まどかがマンションに向かって走っているその頃、水瓶座のデジェルは玄関でさやかの母親に軽く頭を下げて、その場を後にする。
 背後でドアのしまる音を聞きながら、デジェルは軽く息を吐いた。

 「やはりさやか君は戻っていない…、か。予想通りとはいえ、やはり心苦しいものだ」

 マンションの階段を下りながら、デジェルは先程のさやかの母親とのやり取りを思い出していた。
 デジェルがこのマンションに訪ねてきた理由、それは美樹さやかの安否の確認のためであった。
 本来の歴史ではさやかはまどかと喧嘩別れし、廃工場でほむらと争いになってからずっと家に戻っていない。その後行くあてもなく電車に乗り、その電車に乗っていたホスト二人の会話を聞いて絶望し…、というのが本来の流れなのであるが、自分達が介入し、工場で争った相手が呉キリカ、そしてキリカからさやかを助ける相手が上条恭介に変化している時点で本来の流れから外れる可能性も出てきたのだ。幸いというか何というか予定通りさやかは家には戻ってきていないとのことであった、が…。

 「…親御さんに心配を掛けてしまっている、というのはやはり気持ちのいいものではない、な…。本当のことを伝えるわけにはいかないしな…」

 さやかの母親の表情、自分の一人娘の事を心の底から案じている表情を思い浮かべながら、デジェルは重い溜息を吐いた、と…。

 「…あ、あれ?デジェルさんどうして此処に?」

 マンションの入り口を出ると、目の前に二人の少女、さやかの親友である鹿目まどかと志筑仁美が立っていた。恐らく待ち合わせ場所にさやかが来ない事が心配になって来たのだろう。

 「ああまどか君、か。ええと、そちらのお譲さんは…」

 「え、えっと、初めまして、志筑仁美といいます。まどかさんとさやかさんとはお友達で…」

 「…志筑さんか、よろしく。私はデジェルという者だ。上条恭介君のファンでね、彼に頼まれて美樹さやか君の様子を見に来たんだ」

 デジェルは咄嗟に思いついた嘘を交えながら仁美へと自己紹介する。恭介に頼まれたと言う事は流石に嘘であるが、彼がさやかの事を心配していたのは事実。それに、さやかの状態が分かり次第恭介に連絡すると決めていたため、この程度の嘘ならばそこまで問題ないという考えもあったのだ。とはいえもしも彼女達が恭介と会話して自分のことを話題に出した時に、色々と違和感を覚えられてしまう可能性もあるのだが、それもやむなしとデジェルは割り切っている。

 「上条君に…、そ、そうですか…。私達もさやかさんが待ち合わせ場所に来ないから心配で様子を見に来たんです。それで、さやかさんは今どのような?」

 恭介の名前が出た瞬間、仁美の顔が一瞬曇る。やはり失恋の件は本当だったらしい。幾ら受け入れたとはいっても、失恋の傷は浅くは無いはず。それでもなおさやかを心配する所は、彼女とさやかとの絆がそれだけ深いものであることを窺わせる。
 デジェルは内心少し感慨深くなりながらも、仁美の問い掛けにゆっくりと首を振った。

 「…悪いが行っても無駄だと思うよ。さやか君は昨日から家に戻っていないらしい」

 「…!?も、戻っていない!?そ、それってどういうことなんですか!?」

 デジェルの言葉にまどかは仰天する。見ると隣の仁美も驚愕の表情を浮かべている。

 「詳しい事は不明だが、昨日から自宅に戻ってきていないらしい。彼女の母上曰く昨日学校に登校する時の顔が何か思いつめたような表情だったとの事だが…、君達に心当たりは?」

 デジェルは何も知らないかのように振舞いながら、まどかと仁美に問いかける。それに対してまどかは何と答えたらいいのか分からないといった様子で視線を背け、仁美は視線を俯かせて何処か思いつめたような表情をする。デジェルは予想通りと言うべき二人の様子を見て軽く息を吐く。

 「…まあこの件は後回しだ。さやか君は私が捜索する。念のため警察にも連絡をしておく。もし発見したら連絡するから、君達は学校に行くんだ」

 「そ、そんな!さやかちゃんが大変なことになっているのに、学校なんて行けません!!私にもさやかちゃんを探させて下さい!!」
 
 「私も、私もまどかさんと一緒に探しますわ!!元はと言えば、元はと言えば私のせいでさやかさんが行方不明になってしまったかもしれないんです!!ですから…!!」

 デジェルの言葉に反発してくるまどかと仁美。それだけ親友であるさやかの事が心配なのだろう。その気持ちはデジェルにも分かる。幼馴染の親友が苦しんでいる、悩んでいるのならば助けてやりたいとも思うし、ましてや昨日から家に帰っていないとなれば、何か事件に巻き込まれている可能性もある。心配するなと言うのが無理な話だろう。とはいえ…。

 「気持ちは分かる…、が、もし学校を欠席したら親御さんや先生方に何と言い訳するつもりなんだい?それに、もしも自分のせいで親友が学校をずる休みした、等と言う事実を知ったらさやか君もいい思いはしないんじゃないのかな?」

 「そ、それは…」

 デジェルの諭す言葉にまどかと仁美は言葉を噤んで俯いてしまう。確かにもし此処で学校を無断欠席してさやか探索に向かったら、両親や先生に余計な心配を掛けてしまうであろう。それ以前に平日のこんな時間に女子中学生二人がフラフラ出歩いていたら明らかに不自然、下手をしたら補導されてしまう可能性だってあり得てしまうのだ。
 逆にさやかだって昨日の制服姿のまま街中をうろついていれば誰かに見咎められて補導される可能性もある。さやかには気の毒な話だが彼女が無事保護されるのならばそれに越したことは無い。

 「…うう、分かりました。で、でも!放課後になったら私達もさやかちゃんを探しに行きますから!!そ、それからもしさやかちゃんを見つけたら連絡ください!」

 「わ、私もお付き合いいたしますわ!お稽古事も今日はお休みにしてさやかさんを探します!!」

 デジェルの言葉にしぶしぶ同意しながらもなおもさやかを心配して放課後に探しに行くと言って譲らない二人の少女。特に仁美は恐らく一度も休んだことが無いであろう習い事を休んでまで探しに行くと言っている。改めて認識させられる二人とさやかの絆の深さに、デジェルは可笑しそうに笑みを浮かべる。

 「…分かった、もし見つけたら連絡する。あと、万が一ということもあるから放課後には君達の所へ保護者代わりの迎えを寄越そう。それで納得してくれるね?」

 「は、はい…、分かりました…」

 「異論は、ありませんわ…」

 「良し、なら早く学校に行くといい。早く行かないと遅刻してしまうよ?」

 デジェルに促された二人は早足でその場を立ち去る。が、それでもさやかが心配なのかチラチラと背後のマンションを振り返っていた。やがて二人の姿が見えなくなると、デジェルは何処か感慨深そうに、それでいて何処かやるせなさそうな表情で空を見上げた。

 「さやか君、君にはこんなに心配してくれる友達がいるんだ。それに、誰よりも君を想ってくれる人がいる…。だから…」

 まだ、絶望してはいけない…。本来起きるべき正史…。それとは逆の事を思いながら、デジェルはその場を歩き去った。

 
 まどかSIDE

 デジェルに諭されて学校へと向かったまどかと仁美ではあったが、心の中の不安は消えなかった。
 ホームルームで早乙女先生の話すさやかが行方不明だというお知らせも先生の授業も上の空で、無意識に何度も誰も座っていないさやかの席に視線を向けてしまい、仕舞いには何度も指された事に気が付かず先生に怒られてしまうこともあった。

 「…ふう…」

 休み時間、ようやく先生の説教から解放されたまどかは机にもたれかかりながらチラリとさやかの席に視線を向ける。
 幾ら見ても席は空、座っている人間は影も形も無い。そんな席を幾ら眺めても何の解決にもならないとは分かっている、分かってはいるのだが…。

 「まどかさん、少しよろしいでしょうか…?」

 ボーっとさやかの席を眺めるまどかの耳に突然仁美の声が飛び込んでくる。ハッとして視線をあげるとそこには暗い表情の仁美が立っていた。

 「仁美ちゃん、どうしたの?」

 「少し、お話がありまして…。此処ではなんですから別の場所で…」

 そう言うと仁美はまどかの返事も聞かずにそのまま背を向けた。
 仁美の思いつめた表情にただ事ではないと感じたまどかは、仁美の後に付いていく。二人は教室を出ると生徒たちがちらほらと居る廊下を通り、薄暗く人が居ない階段の踊り場で足を止め、お互いに顔を向き合わせた。

 「あの…、仁美ちゃん、話って?」

 まどかはおずおずと言った感じで仁美に問いかける。まどかの問い掛けに仁美はしばらく目を彷徨わせていた、が、やがて重々しく口を開いた。

 「…話と言うのは、さやかさんの行方不明の原因の事ですの…」

 「さやかちゃんの、行方不明の、原因…?」

 まどかは戸惑いながら仁美を見つめる。仁美はコクリと頷くと両手をまるで握りつぶそうとするかのように強く握りしめる。

 「…その原因は、私です。私が、私の軽率な言葉がさやかさんを、傷つけてしまったんです…!!」

 「……!ひ、仁美ちゃん!それって、もしかして…」

 血を吐くように仁美にまどかは仁美の言う『原因』と言うものが何なのか感付いた。

 「…どうやらまどかさんは既に知っているみたいですね、私とさやかさんとの『勝負』について」

 「う、うん…。二日前にさやかちゃんに相談されたから…」

 仁美に返答しながらまどかはおずおずと説明する。
 二日前の夜、さやかに相談があるとマンションの前に呼び出された事。
 さやかが仁美から宣戦布告された事をまどかに打ち明けた事。
 そして、このままでは仁美に恭介を盗られてしまうのではないかと不安になって泣いていた事…。
 さすがに魔法少女云々については告げる事は出来ないのでさやかの魂については省いたものの、それでも仁美には充分伝わったようで苦しげな表情へと顔が歪んでいく。

 「やっぱり…!私が、私が軽はずみなことを言ってしまったから…!さやかさんを苦しめて…!!なんて、なんて馬鹿なことを…!!」

 遂に仁美は床に崩れ落ちて泣き出してしまう。彼女の目から零れ落ちた涙が床にぽたぽたと滴り落ちている。まどかは床に膝をつくと、仁美の頭を胸に抱き寄せ、彼女を落ち着かせるように背中をゆっくりとさすってあげる。
 しばらく泣いていた仁美は、まどかに背中を摩られて少し落ち着いたのか、しゃくり声を上げながらもようやく泣きやんでおずおずとまどかの身体から離れる。まどかを見つめる両目はさんざん泣いたせいか真っ赤になっていた。

 「グスッ、ま、まどかさん…、すみませんわ…」

 「ううん、いいよこれ位。そ、それで仁美ちゃん…、不謹慎なことを聞くんだけど…。上条君に告白したの?」

 まどかは恐る恐ると言った感じで仁美に質問する。仁美は特に気を悪くした様子もなくコクリと頷くと、どこか自嘲するような笑みを浮かべる。

 「しましたわ、けど…、案の定振られてしまいましたわ」

 「そ、そうなんだ…」

 仁美の返事にただ一言答えたまどかはそれから一言もしゃべらなかった、否、話す事が出来なかった。
 やがて授業開始の予鈴が鳴りだしたので二人は早歩きで教室へ戻った。その間も二人は黙ったままであった。
 その次の授業も仁美とさやかの件でまどかは完全に上の空になってしまい、何度も先生に小突かれる破目になってしまった。最もそれはまどかだけではなく仁美もそうだったのだが…。
 やがて授業が終わり昼休みになると、まどかはお弁当を取り出すといつもマミ達と食事をする屋上へと向かおうとした。
 今日は何故かほむらが病気で欠席しており教室にはいないものの、マミは普段通り登校しているため、ひょっとしたらさやかの行方について何か分かるかもしれないと一抹の希望を抱いていたのだ。
 弁当箱を持ったまま教室から出ようとする、と、何やら教室の入り口で一人の男子生徒が困った表情でチラチラと教室の内部を覗いているのが目に入った。
 その男子生徒は足が不自由なのか松葉杖を突いており、教室を覗くときに決まってさやかの席をジッと見ている。
 まどかは男子生徒の顔を見た時にハッとなった。まどかは彼の事を知っていた。以前、さやかと一緒に病院に見舞いに行った時に彼とは挨拶程度だが顔を合わせた事があったのだ。

 「あの…、上条、君…?」

 「ん?え?あ、ああ君は!!確かさやかの友達の…」

 まどかはおずおずと男子生徒、上条恭介に話しかける。恭介は女子に突然話しかけられて一瞬驚いた様子だったが、話しかけてきた女子、鹿目まどかの顔を見ると以前さやかに紹介された友達であった事を思い出し、平静を取り戻した。

 「こ、こんにちは上条君。あの、私のクラスに何か用…かな?」

 「え、あー…、まあ、用と言えば用なんだけど…。…そうだ!鹿目さんなら知ってるかな…」
 
 恭介は何かを思い立った様子で、まどかに真剣な眼差しを向けてくる。まどかは恭介の真剣な表情に若干怯みながらも彼から視線を外さずに彼の言葉を待つ。

 「あの、鹿目さん、さやかが行方不明って、本当なの?」

 恭介の問い掛け、それはまどかも予想出来ていた。恐らく自分のクラスメイト達の話を聞いたのだろう。それでいても経っても居られなくなってさやかの教室に確かめに来たに違いない。
 仁美は恭介はさやかに想いを寄せていることで間違いないと言っていた。さやかの事を想っている彼に、さやかに起きた事件を隠しておく事は出来ない。
 まどかはゆっくりと頷いて、恭介の言葉を肯定する。
 
 「…そうか、そうだったんだ。じゃあ昨日の廃工場でのあれは…」

 さやかが行方不明だと言う返事に対して恭介は、悲しげな、さやかを案じているであろう表情は浮かべる。が、その顔にはそれ以外の別の感情も混ざっているように感じる。まるで、何かを後悔しているような…。

 「か、上条君…?」

 「…!!う、ううん!!何でもない、なんでもないんだ!そ、それじゃあ僕はこれで…」

 心配そうなまどかの声に恭介は慌てて作り笑いを浮かべると、松葉杖を付いてその場を立ち去っていく。まどかは彼の後姿をジッと眺めながら彼の表情を思い出す。

 (さやかちゃんが行方不明って聞いた時、上条君の様子が少し変だった…。なんだか誰かに謝りたいような顔をしていたけど…)

 「…まさか…」

 まどかの頭にある予感がよぎる。だが、まどかは直ぐにその予感を振り払った。そんな事はあり得ない、あるはずが無い、と。
 それでもまどかの心には、一抹の不安が残っていた。どこかもやもやとしたスッキリしない心境のまま、まどかはマミの待つ屋上へと向かうのだった。


 デジェルSIDE


 デジェルはまどかと仁美と別れた後、さやかの姿を探して見滝原を歩きまわっていた。
 途中シジフォス、マニゴルドと言った同僚に連絡、さやかの探索の手伝いを依頼して、度々彼等と連絡を取りながら街中を歩きまわっていた。

 「…ああ、ああ分かった。さやか君はまだこちらにくる気配は無いか。…了解した。引き続き張り込みを続ける」

 デジェルは携帯の向こう側のシジフォスの報告を聞き終えると、電話を切って物陰から再び駅の入り口に目を光らせる。
 さやかの心に決定的なダメージを与えるホスト二人の会話。それが行われるのは夜間の列車の内部。そして列車に乗り込む駅は此処、見滝原駅。
 もしも本来の歴史通りに進むのならば、必ずさやかは此処に現れる…。そんな確信を抱きながら、デジェルはチラリと腕時計に視線を移す。

 「12時ぴったり…、中学校はちょうど昼休み中、か…」

 デジェルはボソッと呟くと携帯電話を取りだすとどこかへ電話を掛ける。
 数回のコール音の後、ようやく電話が繋がった。

 『はい、上条ですが…』

 「恭介君、私だ、デジェルだ。実は君に少し話したい事があるのだが…」

 そしてデジェルは電話口の恭介に、ある事を話した。美樹さやかに関する“ある事”を。
 その事を話している内に、電話口の恭介の様子が段々変わっていくのがデジェルには分かった。無理もない、自分の幼馴染であり今の彼にとっては想い人である少女の背負っている残酷極まりない結末を知れば、平静でいられるはずが無い。本来ならば最後まで伏せておくべき事、彼は一生知らずにいるであろうことなのだから。だが、アスミタからの報告によれば恭介はさやかとキリカが交戦する姿を見てしまっている。ならばいつまでも隠しておけるような事ではない。明かすのならば早い方が良い、とデジェルは判断したのだ。
 そしてデジェルは、恭介に対して“ある事”を告げる。

 「…と、言うわけだ。放課後にはそちらに迎えを送る。もし先に到着してしまったのならさやか君が出てくるまでそこで待機をしていてくれ」
 
 『…分かりました。…あの!!』

 デジェルが話を切り上げようとした瞬間、恭介がデジェルを呼びとめる。その声には電話に出た時には無かった焦りが、恐怖が少なからず混じっている。電話口の恭介の表情はきっと、痛々しく歪んでいる事であろう、デジェルは思わずそんな事を考えてしまう。

 「…何かな?」

 『本当に、本当にさやかを、さやかを救えるんですか!?』

 恭介の必死な言葉にデジェルは一度押し黙ると、一拍置いて重々しく口を開いた。

 「…残念だが、私では彼女を、さやか君を救えない。…というよりも、彼女の心を救う事はたとえ親友であるまどか君達でも不可能だろうな」

 『…そんな、そ、それじゃあ…』

 「だが、一人だけ彼女の心を救える可能性のある人間がいる」

 恭介の言葉を遮るように言葉を紡ぐデジェル。言葉を遮られて口を閉じる恭介に、デジェルは優しく、諭すように告げる。

 「それは君だ、恭介君」

 『ぼ、僕…?』

 「ああ、君なら彼女の心を開き、癒す事が出来るかもしれない。さやか君の願いの原点であり、さやか君が誰よりも愛している、君なら、な」

 デジェルはそこまで話し終えると通話を切る。そして、再び駅の入口へと視線を向けた。
 
 「さて…此処からが正念場だ。果たして彼の“愛”は…、“運命”を越えられるのか…」

 呟きながらデジェルは、少し曇りがかった空を見上げる。
 運命の時は…、刻一刻と迫って来ていた。
 
 

あとがき

 …ちゃっかり明かしてしまいましたがシオンの代わりに牡羊座に就任しているのはハクレイでした。
 いやだって彼以外適性のある人いませんし。弟子が牡羊座、聖衣も直せる、ジャミール出身、小宇宙も黄金並み、あと麻呂。これだけ牡羊座要素揃っているんですからまとえてもおかしくないと思うんですよね、いや割とマジで。
 きっと世が世ならば牡羊座に就任していたんでしょうね~…とか考えなかったり考えたり。




[35815] 第34話 あたしって、本当にバカ…
Name: 天秤座の暗黒聖闘士◆b1f32675 ID:f562ef5f
Date: 2014/06/22 16:02
正午から駅に張り込み続け、美樹さやかが来るのを待ち続けるデジェル。
 仲間達からの連絡によればさやかは見滝原のあちこちを特に当てもなくブラブラとさまよい歩いているとのことだが、それでも警察や一般人の目を避けるように移動しているからか、誰にも見咎められてはいないとの事だ。
 だがもう既に時刻は7時を過ぎており、日も沈んで辺りはすっかり暗くなってしまっている。そろそろさやかが来てもいい頃だとデジェルは段々と暗くなっていく空を見上げながら心の中で呟いた。
 デジェルは自販機で購入したコーヒーを啜りながら駅の入り口付近でジッと待ち続ける。気配も完全に消しており、駅を出入りする人々の死角になる達一に立っているため、誰からも見咎められることなく待ちに徹する事が出来る。意図的に解除しない限り隠密行動が可能である。
 デジェルが注意深く入り口から出入りする人混みに目を走らせていると、駅に入ろうとする人々の中にチラリと見滝原の制服が見えた気がした。デジェルは目を細めて人混みを良く確認する、と…。

 「…見つけた、ドンピシャだな」

 電車の乗車券売り場、そこに呆然と立っている見滝原の制服を着た青い髪の毛の少女を、今度は確かに視界に捉えた。デジェルは軽く息を吐くと、人混みを掻き分けて乗車券売り場、そこに立っている目的の少女、美樹さやかの隣に立つと、彼女の肩を軽く叩いた。
 突然肩を叩かれたさやかはギョッとして背後を振り向く。その顔には一睡も出来ていないのであろうか目の下に隈が浮かんでおり、顔色も少し蒼ざめている。制服も昨日雨にあたって濡れたものをそのまま着ているせいで、未だに湿ってよれよれになっている。
 
 「こんな所で何をしているんだ、さやか君」

 「デジェル、さん…」

 自分の肩を叩いてきたのが自分の見知った人物である事に気が付いたさやかは、まるで掠れるような声で、彼の名前を呼ぶ。いつものようにハイテンションな彼女の姿からは想像もつかない今のさやかをデジェルは痛ましく思いながら口を開いた。

 「君が何故こんな所に居るのかはまあ聞かないでおくが…、君は昨日別れてから家にも帰らず学校にも行かずにいたそうじゃないか。親御さんもまどか君達も心配している。早く家に帰るんだ」

 「………」 

 さやかはデジェル言葉に何の反応も示さず、財布から小銭を取り出すと乗車券販売機に投入して切符を一枚購入する。

 「さやか君、聞こえているのか。というより君は電車などに乗って何処に…」

 「…何処でも、いいじゃないですか。あたしが、何処に行こうと…」

 デジェルのまるで説教するかのような強い語気にさやかは心底うっとおしそうに吐き捨てるとそのまま電車の改札口まで歩いていく。デジェルは彼女の反応に眉を顰めながら、自身も乗車券を購入してさやかの後を追いかける。

 「…何でついてくるんですか」

 「まどか君達に約束してしまった、君を連れ戻してくるとね。だから君が帰ると言うまで君から目を離すわけにはいかない」

 まどかの名前が出た瞬間、さやかの顔色が少し変わる。が、直ぐに悲しげな、何かを後悔するような表情を浮かべると顔を俯かせて黙って歩きだす。デジェルも彼女から半歩ほど離れて彼女の後についていく。
 それから電車に乗り、電車が発車するまでデジェルとさやかは一言も言葉を発しなかった。デジェルも彼女を慮ってか黙って彼女の隣に座っていたが、いつまでも黙っているわけにはいかないと思い、おずおずと口を開く。

 「さやか君、君に一つ伝えておくことがある」

 「………」

 デジェルの言葉にさやかは無反応だった、が、デジェルは構わずに言葉をつづけた。

 「仁美君が恭介君に告白したそうだ」

 「……!!そう…、ですか…」

 デジェルから告げられた事実にさやかは一瞬顔を強張らせる、が、直ぐに何処か諦めに満ちた笑顔を浮かべて乾いた声で笑い出す。恐らく彼女は、恭介が仁美を受け入れたと思いこんでいるのだろう。自分の女としての魅力なんて仁美に到底及ばない、ましてゾンビになってしまった今となっては…。そんな風に完全に自身を無くしている、だからこそ恭介に告白する事が出来なかったのだ。
 デジェルはそんなさやかの心境を察している。だからこそ彼女は真実を知らなければならない、デジェルはさやかを見てそんな事を考えながら再び口を開く。

 「だが、恭介君はその告白を断った。仁美君を振ったよ」

 「………え?」

 デジェルの言葉にさやかは初めてデジェルに顔を向ける。その顔には『信じられない』という思いがはっきりと浮かんでいる。上条恭介が志筑仁美を振った…、その事実がそれだけさやかにとっては非現実的なモノに聞こえたのだ。

 「う、嘘でしょ…?」

 「嘘じゃあない。恭介君は仁美君よりも君を選んだ。彼は君に伝えたい事があると言っていた。早く会いに行ってあげるといい」

 さやかの言葉にはっきりと嘘ではないと言い放つデジェル。彼の言葉と表情から、デジェルの言葉が嘘でない事を、さやかはようやく理解する事が出来た。…が、理解した瞬間、さやかは突然寒気に襲われたかのようにガタガタと震え始めた。

 「い、嫌、嫌あ…。あたし、あたしゾンビなのに…。恭介に、恭介に告白なんてできない…!!知られちゃった、あたしが、あたしが魔法少女だってこと…、人間じゃないってことを…!!」

 「いや、それは…」

 『そんなことはない』とデジェルがさやかを説得しようとした、すると…。

 「…でさ~、ったくまいっちまうよ俺も」

 「うわ~、それ分かりますわ~」

 突然男性の声二つが車両内に響き渡る。デジェルは何気なく声の聞こえた方向に視線を移す。視線の先に居たのは派手なスーツに金のブレスレットに指輪と言った趣味の悪いアクセサリーを付けた、恐らくホストと思われる二人組の若い男。二人共こちらに気付いた様子も無くゲラゲラ笑いながら談笑している。デジェルは一度車両中に視線を巡らせる、が、どうやらこの車両に乗っているのは自分とさやか、そしてあの二人組の男だけらしい。他の車両からも幸か不幸か人の気配はしない。
 デジェルは視線を二人組に戻すとそのまま観察を続ける。

 「…だから言い訳とかさせちゃだめっしょ。稼いできた分は全額貢がせないと。女って馬鹿だからさ、ちょっと金持たせとくとすぐくっだらねえことでぜんがくつかっちまうからさぁ」

 「いやー、本当に女って人間扱いしちゃダメっすよね~。犬かなんかだと思って躾ないと。あいつもそれで喜んでいるわけだし、顔殴るぞって言えばまず大抵は黙りますもんね~」

 ホスト達の言葉に隣に座ったさやかがビクリと身体を震わせている。女性を道具かペットのようにしか見ていないホスト二人への怒りか、それとも彼等の会話に出てくる女性と恭介の為に魂を捧げた自分を重ね合わせているのか、あるいは両方か…。
 かく言うデジェルも目の前の男達の会話に少なからず怒りが沸いていた。
 間接的に聞いた時にはそこまでではなかったにしろ、現実に、しかも目と鼻の先でそんな事を話されれば全くいい気分はしない。自分達を慕ってくれる女性を何だとおもっているんだ、と、今すぐにでもあの二人を殴り飛ばしてやりたい衝動に駆られてしまう。
 だがデジェルはその衝動を抑え込むと、そのまま二人の男の会話に耳を傾ける。
 
 「ケッ!あの女どもちょっと油断すれば籍入れたいだの何だのと言いだすからさぁ、甘やかすの厳禁だっての!ったくテメエみてえなキャバ嬢が10年後も同じように稼げますかっつーの、身の程わきまえろってーんだ、なあ?」

 「捨てる時もさあホントウザいっすよねェ?その辺ショウさん上手いから羨ましいっスよ、俺も見習わないと…、ん?」

 ふとホストの一人がキョトンとした顔で前を向く、と、そこにはいつの間にかさやかが男達を見降ろして棒立ちしていた。
 デジェルは座席に座ったまま何もしない。さやかが席を立った時も、二人組に向かって歩いていった時も。彼はこれから美樹さやかが彼等に何をするかを分かっている。無論今は傍観しているが、その時が来た瞬間止めに入る。

 「ねえ…、その人の話、もう少し詳しく聞かせてよ」

 さやかは顔を俯かせて、感情の籠らない口調でそう言った。前髪が顔を隠しており、デジェルの側からは彼女の顔は良く見えない。だが、その口調から大体の推測は出来る。先程の二人組の発言、それがさやかの心に決定的なダメージを与えてしまった事を…。

 「あれ?お嬢ちゃん中学生?駄目だよ子供がこんな所に居たら。夜遊びなんかしたら親御さんに心配かけるだろ?」

 「大方部活かなんかで遅くなったんだろうけどさ、早く家に帰りなよ?最近物騒だから下手にうろついてると通り魔やらひったくりやらの被害にあうかもしれないし」

 二人のホストはさやかの服装から中学生と判断したのか口々に彼女がこんな時間に電車に乗っている事をたしなめる。どうやら先程の発言を除けば人並みの常識は所持しているらしい。根っからの悪人、下種と言うわけでもないようである。それでも、先程の発言が相当不謹慎である事に変わりは無いのだが。
 ホスト二人の発言からそんな事を考えるデジェルに対し、さやかは二人組の言葉を聞いていないのかはたまた無視しているのか、顔を俯かせたまま話し続ける。

 「ねえ…。その女の人は貴方のために頑張っていたんでしょ?なのに犬と同じなの?役に立たなきゃ捨てちゃうの?」

 「い、いやその…、なあこの子お前の知り合い?」

 「…いやしらないっスよ。お、お嬢ちゃんさっきの話はほんの冗談!先輩の冗談なんだから気にしないで…」

 先程の会話を聞いていたと分かったホストは必死にさやかに言い訳しようとするが、もはやさやかは二人の言葉を聞いていなかった。

 「ねえこの世界、守る価値があるの?あたしは何のために戦ってきたの?」

 さやかが独り言のように呟いた瞬間、指輪のソウルジェムが青い輝きを放ち、さやかは魔法少女の姿へと変身する。その腕には魔力で作られたサーベルが握られている。そろそろか、と判断したデジェルはゆっくりと席を立ちあがる。
 一方目の前でさやかが変身するのをみたホスト二人は訳の分からない事を話していた女子中学生が突然妙な服にサーベルを持った姿に変身した事に頭がついていかず、完全に呆気にとられていた。が、さやかがいきなりサーベルを『ショウさん』と呼ばれた男の首筋に突き付けた瞬間、ホスト二人の顔が恐怖と驚愕に満ちたものへと変化する。そのサーベルの刃が間違いなく本物であり、彼女視線に宿った殺気が本物であるとようやく二人は気が付いたのだ。

 「ねえ、教えてよ、今すぐアンタ達が教えてよ?この世界が、守る価値があるのかどうか…」

 「ちょ、ちょちょっとお嬢ちゃん、い、いいい一体何してるのかな?」

 「ひ、ひひ、だ、だ、誰か助けて…!!」

 「…でないとあたし…!!」

 男の返事を待たず、さやかのサーベルがホスト目がけて振り下ろされようとした、瞬間…。

 「止めるんださやか君。そんな事をしてはいけない」

 「デジェル…、さん…?」

 デジェルはさやかの腕を掴み、ホスト二人に振り下ろそうとしていた刃を間一髪で止めていた。さやかはデジェルの腕を振り払おうとするが、デジェルの腕は万力のようにさやかの腕を握りしめて放そうとしない。

 「放して、下さい…。こいつら…」

 「よせ、こんな二人相手に君の手を汚してはいけない。代わりに私がやろう。だから君は下がるんだ」

 デジェルはさやかを押し退けると座席に座りこんで震えている二人組をジッと眺める。
 どうやら彼女の変身を目と鼻の先で見た事、そして彼女に本物の刃物で脅された事等が原因で腰を抜かしているだけのようで、それ以外には特に怪我も無い。精々今夜の事がトラウマになって夜不眠症になる等の精神的な影響が出る程度であろうが、そんな事になってしまったならホスト二人組がさやかの事を色々と言いふらす可能性もあり、そうなればこの二人組だけでなくさやかにとってもありがたい話ではない。
 デジェルは膝をついてホスト二人に目線を合わせると心配そうな口調で彼ら二人に話しかける。

 「…大丈夫か?どこか、怪我とかはしていないか?」

 「お、おお!!あ、ありがとうな助けてくれて!だ、大丈夫だ怪我は無い!と、ところでそこの女の子はアンタの娘か何かか?」

 「…まあ保護者とでも言っておこうか。それよりも、助けたついでに君達にやらなくてはならないことがあるのだが」
 
 するとデジェルは助けたホスト二人の額に両手を翳す。突然訳の分からない行動を始めたデジェルに男二人は翳された手を思わず振り払おうとするがデジェルの強い視線に気圧されて身体を動かす事が出来ない。。

 「え…?お、オイアンタ、何をするつもりだよ…」

 「悪いが彼女の姿を見た事を辺りにまき散らされては私達にとっては迷惑だ。命はとらん、傷もつけないし金品も盗らん。代わりにこの電車の中で起こったこと全て、忘れてもらうぞ」

 「な、わ、忘れてもらう…て……あ………?」

 「あ…なんか…意識…遠く………」

 瞬間、ホスト二人組はそのまま意識を失って座席に横たわるように倒れ込んでしまう。デジェルはホスト二人から手を放すとそのまま元の座席に戻って座り込んだ。一方さやかは自分が斬りつけようとしていたホスト二人が寝込んでしまっているのを見て、片手に握ったサーベルをそのままに呆然とするしかなかった。

 「…え?…え?えっと、一体何が…」

 こちらに困惑の視線を向けてくるさやかに、座席に座るデジェルは軽く肩を竦めた。

 「彼等が電車に乗っている間の記憶を消した。命は取って無いし傷一つつけても居ないからその内目を覚ますだろう。まさか魔法少女云々を言いふらされるわけにはいかないだろう?ついでに少々記憶に細工を施した。目を覚ましたら今まで金を貢がせた女性全員に謝罪巡りでもする事になるだろうな」

 「そ、そんな…、こんな奴等生かしておいても…」

 「罪を憎んで人を憎まずだ。私は無駄に殺生する気は無い。本人にやり直す気概があるのなら私はそれを尊重する、ただそれだけだ。さあ、早く変身を解きなさい、魔力の無駄遣いは良くない」

 デジェルに促されたさやかは、黙って元の制服姿に戻る。だが、その表情はデジェルが駅で見た時よりも暗く、重苦しいものになっている。チラリと見た腰のバックルのソウルジェムも相当黒く濁っていた。
 これは魔女化も時間の問題か、とデジェルが厳しい表情を浮かべていると、いつの間にか停車駅に到着しており、自動ドアが開いている。デジェルは座席から立ち上がるとさやかを視線で促して先に駅へと降りる。さやかもしばらく黙って俯いていたが、やがてデジェルの後に付いて電車を降りた。
 ホームに降り、駅の出入り口に出てくると、街灯に照らされた道に、誰かが立っている。 
 その人影はデジェルとさやかが駅から出てくるのを待っていたかのようにこちらに向かって歩いてくる。遠くに居た時には暗がりで分からなかった顔が、近付いてくるにつれて人影の顔がはっきり見えるようになってくる。そして、さやかから3メートル程の距離になって、さやかはその人影が誰なのかはっきりと視認出来た。

 「やっと見つけたぜ?このバカ」

 「あんた…、杏子…」

 さやかと同じ魔法少女、佐倉杏子は若干怒りの籠った視線でさやかを睨みつけている。一方のさやかは杏子を見つけた事に何の感慨も抱いていないかのように呆然と彼女を眺めている。そんなさやかの無気力な姿が気に入らないのか杏子は軽く舌打ちする。
 
 「何でこんな所に…」

 「そこの兄ちゃんが教えてくれたんだよ。ったく!碌に家にも帰らずにあちこちぶらつくなんて何考えてやがるんだよ!探し歩くこっちの身にもなりやがれってんだ…」

 憎まれ口を叩きながらも杏子は何処か心配そうにさやかを眺めている。さやかは無表情で杏子の愚痴を聞いていた、が、やがて何処か疲れたような表情で自嘲するような笑顔を見せる。

 「そっか…。ごめんね、心配かけちゃって…」

 「あたしだけじゃねえ、マミも、あのまどかって子も相当心配してやがったぜ?特にまどかって子は自分がテメエを傷つけたんじゃあねえかって気に病んでやがった…。ちったあ反省しやがれ」

 「………」

 さやかは杏子の言葉に何も返さず、近くにあったベンチに座り込んだ。いつもと違って力の無い様子のさやかに、杏子も流石にこれ以上きつい言葉は吐けず、黙って彼女の隣に座った。

 「…なあ、一体どうしたってんだよ。失恋と魂のことでショックなのは分かるけどよ、お前少しおかしいぞ?らしくないじゃんか」

 杏子は心配そうにさやかに問いかける。

 「…別に、何もかもがどうでもよくなっちゃっただけだよ」

 「どうでもいい、って…」

 杏子がなおも問い詰めようとすると、さやかの掌が杏子に突き出される。その掌に乗ったあるものを見て、杏子は息を呑んだ。

 「ねえ杏子、あたしね、一体何の為に魔法少女やっていて、何の為に戦っているのかわからなくなっちゃったんだよ」

 そんな杏子の同様を尻目にさやかは淡々と、事務的に話し続ける。デジェルはそんなさやかを悲痛な表情で、だが何も言わずに見つめている。
 さやかの掌にある物は、ソウルジェム。だが、本来は青く輝いていたはずのそれは、今や溜まりきった穢れでどす黒く染まっている。それはまるで、今の彼女の心をそのまま映しているかのようで…。
 
 「…キュゥべえがいつか言ってたんだ。希望と絶望は差し引きゼロだって…。あんただってそうだったでしょ?今のあたしは、ようやくそれが理解できた」

 「さやか…」

 「………」

 「あたしは確かに魔法少女になって人を助けるために戦ったよ?恭介の為に命も投げ出したよ?でも、その分恨みや妬みが重なって、最後には大切な親友まで、傷つけちゃった…」

 さやかは夜空を見つめながら乾いた声で笑い出す。だが、その双眸は潤んで、今にも涙が零れ落ちてしまいそうであった。

 「あたし達は、誰かの幸せを願った分、誰かを呪わずにはいられない…、そんな、そんな存在だったんだよ…。こんな、こんな状態になってようやくそれに気が付いた…」

 さやかは杏子に顔を向ける。その顔は笑っていた、だが、その瞳から、一筋の涙が頬を流れ落ちて行く。

 「あたしって…、ホント馬鹿…」

 そして、その涙がソウルジェムに零れ落ちた瞬間…、



 ソウルジェムが、爆ぜた。

 「なっ!?何だよこの魔力は!!」

 「杏子君!下がるんだ!!」

 ソウルジェムから放たれる禍々しい魔力の奔流。突然放たれたそれに杏子は吹き飛ばされそうになる。が、いつの間にか彼女の前に移動していたデジェルが瞬時に前方に薄氷の壁を作り出し、瘴気の奔流を防いでいた。
 何とか吹き飛ばされずに済んだ杏子は恐る恐るデジェルの背後から顔を出した。魔法少女の魔力とは全く異なる圧倒的な黒い魔力。その魔力はもはや『希望』の象徴である魔法少女の物ではなく、そう、杏子の記憶が正しければそれは…。

 「魔女…?」

 杏子が思わず呟いた独り言、それを証明するかのように瘴気が段々と薄れ、あたりへと広がっていく。それと同時にベンチに座っていたさやかの姿も浮かび上がってくる。
 さやかは地面に倒れ込んでいた。まるで死んでいるかのように微動だにしない。
 一瞬杏子の視線はさやかの方を向いた、がそれを見た瞬間杏子の顔が豹変する。さやかの事を心配する表情から、信じられない、あり得ないと言いたげな表情へと…。

 さやかのすぐ上に浮かぶ黒い罅割れたソウルジェム、そのソウルジェムがまるで卵の殻のように砕け、地面に落ち、やがてそこからひな鳥のように顔を出すモノ。

 「グリーフ……シードだと…?」

 魔女が生み出す魔女の卵、その名前を口にして杏子は目の前の光景に、自分の口にした言葉が信じられずに愕然とした。


 マニゴルドSIDE

 「しっかしお前らも随分とエグイ手段使うもんだなあ、インキュベーターさんよ」

 蟹座のマニゴルドはとあるビルの屋上で、眼下の光景を眺めながらポツリと独り言をつぶやいた。否、厳密には一人ではない。彼の隣には一匹の白い獣が座っている。だが、大概の人間がその獣を見たら本当に生物か?本当は人形なんじゃないか?と疑問符を浮かべる事だろう。それ位その生き物からは生気が感じられなかった。
 しかしその白い生き物は間違いなく生きていた。この生物はこの星の存在ではない、別の星からある目的を持ってこの地球へと来訪した生命体。
 その名前はインキュベーター、通称キュゥべえ。この星の少女に『奇跡』をばら撒き、その代償として『絶望』を刈り取る存在…。

 「君の方がえげつないと思うけどね、僕達からすれば」

 インキュベーターは顔色一つ変えず、口を開くこともせずに甲高い声を発する。まるで思春期の子供のような明るい口調ではあるが、感情が全くこもっておらず、何処となく機械音声を思わせる。

 「変わりは幾らでも居るんだけどさ…」

 「勿体ない、そう言いたいのか?自分の同族に対してちっとそれは冷たすぎねえか?」

 「確かに彼等はそれぞれ独自の魂は持っている、けど個人的な人格は存在しないからね。そんなイレギュラーな存在も居なかったわけではないけど、極めて稀な精神疾患と言うことで処理されてしまったから、僕達を個人で分けると言う事は無いと言ってもいいな」

 インキュベーターには個々に感情は存在しない。この場に居るインキュベーターの個体は母星に存在する本体が人間と交信するために用いるただの端末に過ぎず、一個体が破壊された場合別の個体がその個体の記憶を受け継いで行動を開始する。故にインキュベーターにとって他の個体の死には何の影響も及ぼさない。
 強いて言うならば、精々「変わりは幾らでもあるが無駄に潰してしまったら勿体無い」程度でしかない。端末が一つ壊れた、ああなんて勿体無いのだろうという生命と言うよりも物か機械程度にしか見ていない。

 「…ったくよお、俺からしたらこれだけ同族殺されて怒りも悲しみもしねえ、全くの無感情なお前等の方が理解出来ねえな、いや冗談抜きで」

 「何の感情も湧かないわけじゃないよ?言ったじゃないか、勿体ないって。でもどうせ変わりは幾らでもあるからね、そんなことで一々怒りや悲しみの感情を出した所で無駄じゃないか、最も僕達に感情は無いから、そもそも怒ることも悲しむことも出来ないんだけどね。というか、そんな感情があったらわざわざこんな星まで来て、魔法少女を魔女にするなんて面倒な事はしなかったんだけど、ね」

 インキュベーターがこの地球に来た理由、それは“希望”から“絶望”へと転化する際に生ずる“感情エネルギー”を回収する為である。
 遥か昔、今の人類より優れた文明を持っていたインキュベーター達は、いずれ宇宙のエネルギーが枯渇し、宇宙そのものが熱量死するという事実を観測するに至った。
 宇宙のエネルギー不足、それに伴うエントロピーの増加、それを覆すためのエネルギーを模索し続けたインキュベーター達は、遂に生物の持つ感情からエネルギーを取り出すと言う方法を考え付いた。だが、肝心のインキュベーター達には感情が存在せず、エネルギーを取り出す事が不可能、結局他の星の生命体の感情からエネルギーを取り出さなければならなくなったのだが、知的生命体の存在する星等極わずか、たとえ発見したとしても種族の個体数そのものが少なく恒久的にエネルギーを得る事が到底不可能な種族、あるいはインキュベーターと同じく感情そのものが存在しない種族等が殆どであり、インキュベーターの計画は暗礁に乗り上げかけていた。
 それでも諦めることなく宇宙に存在するありとあらゆる星を探索し続けたインキュベーター。そしてついに、彼等の長年の研鑽は実を結ぶ事となる。
 太陽系に存在する水の惑星、地球に生きる知的生命体、ホモ・サピエンス、即ち人類の発見であった。
 人類は喜怒哀楽を含む多種多様な感情を持ち、それほどの感情を持ちながら他者と交流し、社会生活を行う事が出来ると言うインキュベーターからすれば不可能と考えていた行動を行う、今までにない生命体だった。
 何故そのようなことが可能なのか、何故人間は多種多様な感情を持っているのか…、それらの疑問を覚えはしたもののインキュベーターにとってそのような事は些細な事、ようやく見つけた優良な『家畜』あるいは『エネルギー資源』とも言うべき存在を利用し、宇宙を救うエネルギーを得ることこそが最優先だったのだ。
 インキュベーターはすぐさま行動を開始した。人間の中でも第二次性徴期にあたる少女、その中でも多大なエネルギーを発生させる『素質』を持った少女に契約を持ちかけ、彼女達の願いを叶える代償として彼女達の魂をソウルジェムへと造り替える。その果てに少女達のソウルジェムが濁りきりグリーフシードが生まれ、希望が絶望へと変化した瞬間に発生するエネルギーを回収、宇宙の延命のための外的エネルギーとして利用する…。それこそがインキュベーターのエントロピー回避のためのエネルギー回収手段なのであった。
 契約した少女のソウルジェムから生まれるグリーフシード、そこから生まれる魔女と言う存在はその副産物。分かりやすく言うならば核燃料を使用した末に発生する核廃棄物のようなものなのだ。ちなみにインキュベーターが魔法少女から回収しているソウルジェムの浄化に使用したグリーフシードに溜めこまれた『穢れ』は、量で言えば魔法少女が魔女に変化する時のエネルギーに劣るとはいえそれでも貴重な外部エネルギーに変換できることから回収したあとにちゃっかりとエネルギーへと変換されている。

 「目的だけ見りゃあテメエらにも大義ってもんがあるんだなー…とか多少は同情出来るんだろうが……やってる事だけ見たら下種の極み、吐き気を催す邪悪そのものだな、お前等」

 「ひどい事を言うなあ。君達だって世界を救うために多くの命を犠牲にしていたそうじゃないか。敵の命は無論の事、多くの味方の命も戦争で失われたはずだよ?だから世界を救うために犠牲を出していると言う点について言えば僕達も君達も変わらないと思うんだけどね?」

 不満そうな声で反論を口にするインキュベーター。が、今度は逆にその反論を聞いたマニゴルドの表情が不機嫌そうに歪む。
仮にも世界の人々の平和、営みを守護するために戦ってきた自分達聖闘士と、いかに宇宙を守護するためとはいえ殆ど詐欺同然な手段で少女達を騙し、絶望させてちゃっかりエネルギーだけは回収していく詐欺師同然なインキュベーターを同じようなものと言われた事にマニゴルドも少なからず怒りを感じていたのだ。

 「…チッ、人が気にしている事をズケズケほざきやがって…。つまりテメエは俺とお前は同類だって言いてえのかよ?」

 忌々しげに顔を顰め、キュゥべえを睨みつけるマニゴルド。それに対してキュゥべえは相変わらずの無表情で、まるで何かを考えるかのように頭を傾ける。

 「うーん、同類と言うのは少々違うな。ただそれだけ強大なエネルギー、小宇宙、だったかな?それがあるっていうのなら何でそれをもっと有効活用しないんだい?特に君達が魔女…、いや雄個体に魔女と呼ぶのは語弊が生じるな、まあいいか。魔女になったのならどれだけ莫大なエネルギーが手に入る事か…。十二人全員ならこの宇宙も安泰、しばらくは契約をしなくても済むって言うのにね」

 「そりゃ何か?俺達に是非契約して下さいとそういいてェのか?」

 「無理強いはしないよ?ただ君達が契約して魔法少女…、否、この場合は魔法聖闘士になってその後魔女になってくれるっていうのなら、まどかの契約の件については綺麗さっぱり諦めるよ。君達のエネルギーが得られるのならわざわざまどかを魔女化する必要も無くなるからね」

 聖闘士達が契約すればまどかとの契約はしない、どこまで信用できるかは分からないがインキュベーターはそう口にした。確かに自分達聖闘士にはキュゥべえと契約する事が出来る程の素質はあるのだろう。現に教皇セージと臨時牡羊座のハクレイはインキュベーターと一度契約をしている。そして自分達が魔女化すれば莫大なエネルギーが得れると言うのも事実だろう、契約の際に願った願いにもよるが…。
 マニゴルドは少しばかり考えるような仕草をする、が…、すでに答えは決まっている。

 「前向きに検討…、とでも言うと思ったか?万が一俺らが魔女になって見ろ、ワルプルギスレベルの魔女12体がこの世界に降臨すっぞ。そうなっちまったらこの世界は終わり、テメエらも折角のエネルギー回収場所無くす羽目になっちまうだろうが」

 「それを差し引いてもお釣りが来るくらいのエネルギーを君達は秘めているんだよ。まあ僕は強制しないけどね。基本それは”許されていない“し。まあもしも契約しないって言うのなら、出来れば邪魔しないでもらえるかな?あちこちから報告が来ているよ?君の仲間のせいで折角魔女になろうとしている魔法少女達が次々と魂を肉体に戻されてるって。
 何でそんな事をするんだい?君達はこの世界の人間じゃない、いわば君達にとってこの世界は全く関係のない世界のはずだ。この世界で何体魔女が生まれようと、君達の世界には何ら関係も無いはずだよ?」

 キュゥべえは無表情のまま、心底分からないと言いたげな口調でマニゴルドに問いかける。
 彼等は元々この世界の人間ではない、その事実は既に今までの調査で分かっている。
 恐らく彼等はこの世界、そしてこの世界に連なる並行世界とは別の次元に住む人間なのだろう。どうやってこの世界に来たのか、彼等の住む次元がどのような世界なのか等色々と聞きたいことは山積みではあったが、取りあえず今聞きたいのは自分達の妨害をする目的である。
 彼等が魂を戻した魔法少女は今のところ100人にも満たない。世界中に多数存在するであろう魔法少女の総和から見たら微々たるものに過ぎない。だがそれでも損害は損害である。
 一度契約した魔法少女とは再度契約は出来ない、それに穢れの機能も魔法少女が魔女化する機能も全てソウルジェムに組み込まれている。それを元の魂に戻されて肉体に戻されでもしたら、こちらからすれば赤字でしかない。魔女や他の魔法少女達に殺されてしまう事については不幸な事故、やむを得ない犠牲として受け入れられはするものの、このようなイレギュラーは宇宙の延命の為にも出来る限り阻止していかなければならないのだ。

 「あいにくとこっちも仕事でな、依頼人からの依頼であのガキ共のお守をしてるわけだ。悪いけど邪魔するなってのは契約違反になるんで、却下させて貰いまっせ?」

 インキュベーターの申出にマニゴルドは肩を竦めて却下の返事をする。

 「まあいいや。それよりも僕にとって重要なのはこっちだ。正直言ってこんなに早くエネルギーが回収できるとは思わなかった。やっぱり美樹さやかは僕の見込んだ通りの魔法少女だったよ」

 残念そうに息を吐くとインキュベーターは視線をビルの下に広がる街のある場所へと向ける。

 「魔女化を止めるなら少し遅いよ。もう彼女は魔女になっている。まあ君達なら魔女になった魔法少女も元の人間に戻せるらしいから問題なさそうだけど…、どうするんだい?」

 インキュベーターはまるで赤いガラス玉のような双眸を隣の蟹座に向ける。

 「何言ってるんだよキュゥべえちゃん。此処まで全て、予定通りに動いてるぜ。俺達の予定通りに、全て順調に、な」

 マニゴルドは笑みを…、まるで勝利を確信したかのような笑みを白い獣に見せると一瞬でその場から消え去った。まるで蜃気楼のようにその場から消えてしまったマニゴルドにインキュベーターは特に驚いた様子も無く何も存在しない虚空をジッと眺める。

 「予定通り、ね。まあいいさ。僕達は僕達の役目を果たさせて貰うよ。僕達の使命を、何千万年もの時を掛けてようやく成就しつつある僕達の『救済』を、邪魔なんてさせやしないよ。君達にも正義があるように、僕達にも宇宙を救うって言う『正義』があるんだからね」

 インキュベーターはそう呟きながら、眼下の光景を見下ろしている。
 ソウルジェムが爆ぜ、グリーフシードが、魔女が誕生し、莫大なエネルギーが生まれるその瞬間を見届けるために…。

 あとがき

 ようやくさやかちゃん魔女化です…!ようやくここまで来ました。
 いや確かにキュゥべえもやってることは厭らしいんですが彼らもまた宇宙の延命のためという大義があるんですよね。まあ劇場版では最後碌な目に合わないけど…。
 魔女化の件黙っていたのももしばらしたら契約する少女がいなくなるからある意味仕方がない……のか?


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